79:頭お花畑かよ?
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
「……また、お花畑か」
俺が、起きて開口一番そう言うと、膝枕してた女子が上品に口元に手を当てて笑う。
「あら、まあ、ウフフ。
またその夢ですか?」
銀髪美少女さんな最強無敵の妹弟子、アゼリア=ミラーである。
「たしか、綺麗な小川のそばの、河原で石遊びしたり、お花畑を駆け回る夢ですよね?
── お兄様かわいいっ」
俺が身を起こすと、こっちの顔をのぞきこんできながら、そんな事を言う。
なお、妹弟子の言葉には、色々語弊がある。
(誤)綺麗な小川
→ (正)三途の川
(誤)河原で石遊び
→ (正)犀の河原の石積み、という親不孝者のブッディズムなペナルティ
(誤)お花畑を駆け回る
→ (正)死者の世界に引きずり込まれそうになるのを必死に振り払い、現世へ戻るための猛ダッシュ!
(……兄弟子な。
お前のせいで、またも臨死体験してんだよ、このポンコツ妹……っ!
その『絶対コロスという殺意の具現』は、あからさまにヤベーから絶対ヒトサマ相手に使うなって繰り返し言ってるのに、なんで解りませんかね君は、もお~ぉっ!)
何回も何回も何回も何回も何回も注意しても、こんな始末である。
兄ちゃん激怒を通り過ぎて、軽くお疲れ気味なワケである。
『もう、歴史に名を残す最強の剣士たるお兄様に、そのような弱気、似合いませんわ』
じゃねえんだよ、リアちゃん。
お前な、ホントな。
(だから、いつもいつも、こんな魔剣士失格で貧弱であからさまに弱者な兄弟子を無闇にやたらに持ち上げんなって、いつも散々言ってんだろうが!
もぉ~っ! この妹弟子ヤダ!!)
▲ ▽ ▲ ▽
── 一応、今のところの経緯を説明しよう。
現在、まだまだ『付近の村々を魔物の大侵攻から助けようツアー』をやってるワケだ。
当初予定の1週間で終わるどころか、もう9日目に突入している。
絶賛、追加公演!実施中! なワケだ。
(追加公演のご予約、お問い合わせは『チ●ット●あ』まで! なんちゃってっ)
そんな知的すぎて異世界で通じない、前世ネタ爆笑ギャグは、さておき。
ここ2~3日の道中は、心配性な剣帝の予想に反して、魔物を見かける事が減っている。
いや、ぶっちゃけ、かなり少ない。
半日に1~2回くらい、小さな群れにカチ会うくらい。
魔物も弱いヤツばっかりで、村人の自衛装備でも切り抜けられそうなくらい。
── 『これ、もう「魔物の大侵攻」終わったんじゃね?』
── 『なあジジイ、この騒動、もう完全に収まったんじゃねーの?』
って、俺はしきりに言ってるんだが、肝心の当流派の剣帝サマは、何か色々言って聞かないワケだ。
となると、だ。
魔物が少なくなって、ブンブン出来ないと不機嫌になる子が、俺の隣りに居るワケで。
つまり、当流派の暴れん坊が、体力を持て余すワケである。
── 当然の帰着として、体力発散の練習モード開始。
『VS 兄弟子、Fight!』である。
そして、極々当たり前のように、即死刺突で試合終了である。
【秘剣・木枯:四ノ太刀・四電】の不可視攻撃がズドーン!
→ ギャー、それ死ぬから止めろっていってんだろがぁ!
→→ うわあ、うわあ、うわぁ~~ぁ!!(エコー演出) 兄弟子、惨敗!
→→→ ふ~、ヤレヤレ、本当に死ぬかと思ったZE☆(臨死体験馴れの俺)
という、練習場である山小屋周辺での、悪しき習慣が繰り返されてしまってるワケだ。
(これはもう、アゼリアの性格矯正は無理なんだろうか……
いい加減にお淑やかならないと、本当に嫁のもらい手なくなるぞ、この剣術大好きポンコツ妹めっ)
「あ、ロック君、目が覚めました?」
黒い僧侶服のルーナさんが荷車を覗き込んでくると、途端に美味しそうな匂い。
すぐに彼女が、お昼ご飯を運んでくれる。
保存用のパンをあぶった奴と、あり合わせのシチュー。
どうやら、ルーナさんのお手製らしい。
(ゲヘヘ、たまんねーな。
このスジ肉とか、もうトロトロじゃねえかっ
乾物のくせに、こんなにグチョグチョに煮込まれやがってっ
おツユも良い味だしてんじゃねえか、このコラーゲンたっぷりプルプルがぁ!)
セクハラじゃないよ!
寝て(臨死)起きた(蘇生)ばかりのせいか、思考が変な方向にぶっ飛んでるだけ。
あと、多分、半分くらい(臨死体験の)ストレスのせいだと思う。
「どうですか、お味は?」
「煮込みシチュー、うまぁ。
ルーナさん、料理上手。
きっと、良いお嫁さんになるよ」
「あら、ありがとうございます。フフフ」
そんな、通常ルーナさん(非・破廉恥モード)と、俺の心温まる会話。
そこに、なんか不機嫌そうな妹弟子が、口を挟んでくる。
「む~、リアの方がお嫁さんに相応しいですわよっ」
「……自分のパンツも洗えない子が、何言ってんだ?」
「それは仕方ありませんのよ。
リアのお世話は、お兄様のお役目ですの。
わたくしを妹ちゃんにした以上、お兄様には、一生面倒を見る義務がありますのよぉ!」
そんな義務、初耳なんだが?
「ですので、もっとちゃんとリアのご機嫌をとって、たくさん甘やかして、お膝の上でナデナデすると良いですわっ」
「フゥ……っ
キミは、いつになったら『兄離れ』が出来るようになるのかな……?」
前世ニッポンで言えば、15歳とか中学3年生くらい。
普通は家族と一緒に ── 特に男家族(父親・兄)とかと ── お出かけも嫌がる年頃だと思うのだが。
その会話を聞いて、ルーナさんがちょっと呆れ顔になる。
「ア、アゼリアさん……。
本当に、お兄さんに下着の洗濯してもらってるんですか?」
「なんですの! 関係ない方が口を挟まないでくださいましっ」
また、フシャーとか野良ネコみたいな体勢になる、当流派の残念娘。
お前、そろそろルーナさんに馴れろよ、この人見知りめ。
「アゼリアさんも、もう15歳なんでしょ?
年頃の乙女が、そういうのはちょっと……」
うんうん、ルーナさんもっと言ってやって!
兄ちゃんが甘やかし過ぎたのか、いくら言っても聞かないの、この子。
「うるさいですわっ
お兄様は、このアゼリアを『妹ちゃん』にしたのですわよぉっ!?
つまり『兄と妹の硬い絆』で結ばれてしまったのですわよぉ~っ!!
当たり前の事として、その責任はとっていただくべきですの!
社会通念上、当然の要求ですわっ」
……すまん、アゼリア。
兄ちゃん、お前の言う『当たり前』がよくわかんない……。
あと、『社会通念上』とか難しい言葉使うの、やめとけ。
変に格好つけると、またポンコツが露呈するぞ?
「でも、アゼリアさん、このままでいいの?
ロック君とこのままの関係で、本当に?」
「ど、どういう意味ですのっ!?」
「つまりね、このまま下着とかを洗ってもらってたら ──」
ルーナさんが、こちらをチラ見しつつも、アゼリアに何事か耳打ちし始める。
妹弟子の怪訝そうな顔が、驚き、絶句、消沈、悲しみ、感心、喜び、とクルクル百面相。
その結果。
「── しますの!
下着の洗濯くらい、自分でしますの!
わたくしアゼリアは、年頃の乙女ですのでっ
立派な淑女を目指し、今日から修行しますのよぉっ!」
どうやって説得したか、よく分からんが、リアちゃんに自立心が目覚めたらしい。
流石はルーナさん、年下の子の扱いが非常に上手い。
ちょっと保母さんみたいな優しげな感じで、アゼリアにパチパチ拍手を送っている。
「そうそう、ステキなお嫁さんを目指して、ね。
いわば、花嫁修業よ?」
「── お嫁さん! 花嫁ぇ!?
アゼリアが、アゼリアが、お嫁さんにぃ~~!!」
なんか、大声で叫びながら、くるくる回り始める。
アゼリアのくるくる回転とか、久しぶりに見たな。
そんな事を思っていると、今度は高笑いを始めた。
「わたくし、ちょースゴイ良妻賢母になりましてよぉ!
オ~ホッホッホッホ!!」
何か、アゼリア的に、よっぽど嬉しい事があったらしい。
見守るルーナさんは、ニコニコ笑顔でとても満足そう。
「うんうん、よかったよかったっ」
(あとで、どうやって説得したか、こっそり聞いてみよう……)
そんな事を考える俺。
で、結局、
「── 男の子には、ナイショ!」
とか、断られてしまった。
男女差別とか、イケナイと思います!!
▲ ▽ ▲ ▽
そんなこんな、平和な日常光景をやってたら、ジジイが降ってきた。
別に、魔法のあるファンタジーな異世界だからって、『今日はところにより、午後からご老体が降るでしょう』みたいな天気がある訳ではない。
魔剣士のジジイが、、『樹高100m級の巨木』とかアホみたいな物に垂直ダッシュで登っていき、周辺偵察を終えて巨木の上から降りてきただけだ。
なお、このアホみたいにデカい巨木、この辺りのあちこちに生えていて、地元民からは『紫雲の木』とか『日時計の木』とか呼ばれている。
<ラピス山地>に近づくほど増えてくるので、冒険者からは危険地帯の目印にもされている。
それはともかく。
俺の養父で、アゼリアの師匠をやってる、剣帝サマに偵察状況を聞いてみる。
「で、ジジイ。
何か解った?」
「やはり、東の様子がおかしい。
明らかに魔物の動きが、人口の多い領都側へと集中している」
さっきから妹弟子と話していたルーナさんが、こっちを振り向き口を挟む。
「え、それって、普通じゃありません?
何がおかしいんですか?」
「ワシが昔の仲間から聞いた話によれば、『魔物の大行進』は飢えた魔物が一斉に殺到する災厄。
当然の事として、襲いやすい場所から狙われる。
つまり、小さな集落を手始めに、防衛力の弱い村から被害に遭いやすい。
逆に、防衛力の高い城壁のある都市は、後回しのはず。
周辺の村々が滅んだ後に、最後に狙われるはずなんじゃ」
そんなジジイの説明に、俺が解説を付け足す。
「それが何故か領都とかが先に、襲いにくい堅牢な防御施設を持った大都市から襲われてるって事か。
ここ2~3日、魔物の群れとカチ会う事も少なくなったしなぁ」
おかげで、しっかり仮眠が取れるようになってきた。
あとの不満としては、荷車の上で寝ているので、腰やら背中が痛い事くらい。
「なるほど……
確かに昨日の村も『最初の頃に比べたら魔物が減ってきた』って言ってましたね」
ルーナさんが感心の表情。
しかし、その顔が、ジジイの次の一言で曇る。
「ところで、武装した一団がこちらに向かって来ている。
皆、念のため、装備を身につけておけ」
ジジイに言われるまま、すんなり防具や装備を着け始める、俺と妹弟子。
「魔物の群れが大方片付いたら、今度は人間相手かよ……面倒だな」
「リアが悪い奴ぜ~んぶ、超必殺アルティメット奥義でやっつけますわっ
悪人はボコボコですのよぉ、ブチコロですのよぉっ」
妹弟子が、鼻息をフンスフンスして、妙に荒ぶってる。
「リアちゃん……。
人間相手に【四電】を使うのは、ピンチの時以外は控えようね?」
陸鮫にガジガジされても生きてる兄弟子や、この前の<轟剣流>神童みたいな、やたら頑丈なヤツばっかりじゃないんだ、人間ってのは。
うっかりすると、本当に死んじゃうからね?
部外者のルーナさんはついて行けず、オロオロと周りを見渡す。
「え? え? え?
その人達って、悪い人たちなんですか?」
「わからん。
だが、用心に超した事は無い」
そう答えるジジイは、気負いのない、いつもの顔。
あと、陰キャな無精ヒゲ青年の“““本物“““さんも、オロオロと周りを見渡しながら、「え、マジ……? 盗賊とか来るの?」とか言ってる。
お前は御者要員で非戦闘員なんだから、魔物の時と同じで、普通に荷車の中に隠れてたら良いだけなんだが。
「ほ、本当に、そのこっちに来るんですか?」
だが、聖教の女僧侶であるルーナさんからすれば、対人戦なんて勘弁して欲しいのだろう。
そもそも聖教の掲げる理想は『魔物から身を守るために、国家や人種の枠組みを超えて、人々が助け合う事』らしいので。
人を傷つける事への嫌悪感というか、忌避感というか、そういう感情で顔が引きつっている。
「あ、ほら、その、領主様の騎士団とかでは?
きっと、領民のピンチに援軍を出された、とか……?」
「かもね。
だからって、ソイツらが敵にならない保証もないけど」
ルーナさんの、なんか現実逃避っぽい楽観視に、忠告しておく。
覚悟の決まらない戦闘なんて、格下相手でも足下をすくわれるしね、仕方ないね。
「ロックの言う通り、非常事態というのは因果なものでな。
本来は、人々を守る職種であった者が『盗賊に身を堕とす』事も、さほど珍しくもない」
まあ、平和ボケした前世ニッポンでも『火事場泥棒』って言葉があったくらいだからな。
その前世世界に比べて、倫理観が激低な異世界住民なら、言うまでもなく、だ。
ルーナさんは、ジジイの実体験ありそうな言葉が、止めになったらしい。
「わ、わかりました……
一応、戦闘の準備をしておきます……」
ルーナさんは、シブシブという感じで装備の点検を始めた。
そのイヤイヤ感満載に対して、我が妹弟子のルンルンっぷりよ。
「久しぶりの人間相手ですわっ
最近は、ずぅぅ~っと単調な虫魔物ばかりが相手で、飽き飽きですわっ
広範囲の魔法攻撃ばかりで、剣の腕が鈍りそうですのっ」
アゼリアは、気炎を吐いている内に気分がノってきたのか、素振り練習を始めた。
「悪党の皆さん、たくさん来るといいですわっ
返り討ちにして差し上げますのよぉ! お~ほっほっほっほっ!!」
妹弟子よ、なんでそんなに血の気が多いんですかね?
兄ちゃん、色々、お前の将来が心配です。
「………………」
いたたまれない気分になった俺が、目をそらすと、今度は荷車と陰キャが目に入る。
無精ヒゲ青年の“““本物“““さんが、荷車の前でひとりオロオロし続けてる。
「── ねえ、俺は? 俺は? 俺はどうしたら?」
だから、お前は、荷車の中に隠れてろって!




