表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/219

78:三つの刃(下)


翡翠領(グリンストン)領都(りょうと)の上空に、黒い巨影が浮かぶ。

まるで、巨大な魔物が『ここは己の縄張りだ』と主張するかのように。


しかし、それは魔物ではない。

人造物であり、人類の庇護者(ひごしゃ)


その証拠に、黒い巨影のさらに上に、幻像魔法で女の上半身が、大きく映し出されている。

年の頃は、30代半ばだろうか。

整った容姿に、精悍(せいかん)さと聡明(そうめい)さが同居する、女性指揮官。


幻像(それ)が、音魔法で増幅された声で、命令を発する。



── 『航空騎兵隊、展開! 城壁付近の魔物を一掃しろっ』

── 『散開行動後に<破魔杭(ステークス)>準備、降撃(こうげき)行動開始!』



そらに浮かぶ黒い巨影に付き従っていた、黒い点が一斉に散開した。

それは、騎士2人乗りの、軍事用<空飛ぶ駒(ドールウイング)>だった。


50機ほどの軍事用<空飛ぶ駒(ドールウイング)>は、まず都市の周りを低空飛行。

魔法攻撃で威嚇をしながら、戦闘中の魔物を追い回し、城壁から引き離していく。

あるいは、(みずか)らを(おとり)として、引き連れていく。


次に、城壁から100mほど離れた地点で、周回飛行に切り替える。

そして、空中高くを移動しながら、次々と巨大な杭を投下していく。


空中高くから投げ落とされた巨大な杭は、1/4ほど地面に突き刺さると、上部が割れるように変形して3脚を広げ、転倒しないように杭自身を支える。

それが500~600本ほど、打ち込まれただろうか。


まるで領土を主張するように、侵入防止柵を作っているような光景だ。



── 『<破魔杭(ステークス)>、起動!』

── 『安全装備(セーフティ)、解除!』



空中に巨大な幻像を魔法で映し出す、女性指揮官の指示に従い、50機の軍事用<空飛ぶ駒(ドールウイング)>は、細い鎖を引っ張り上げる。

それは、地面に打ち込まれた<破魔杭(ステークス)>に接続しており、鎖が抜けてしまうと、ガチンッ!と安全装置解除の機巧(ギミック)が鳴った。


約50機の軍事用<空飛ぶ駒(ドールウイング)>は、すぐさま上空へと退避。

そして15カウントの直後、<破魔杭(ステークス)>が広範囲の攻撃魔法を放出した。



ズドオォォォォン……!という破裂音は、まるで落雷を何本も束ねたような迫力。



空気が歪んで見える程の、強大な衝撃波が放たれた。


破魔杭(ステークス)>周囲の数十mにある全てが、綺麗に薙ぎ払われた。

魔物の巨体も、遮蔽物となる大木や岩石なども、街道に敷かれた石畳も。


衝撃波の特級魔法を起動した<魔導具>(マジックアイテム)により、その範囲の物全てが吹き飛ばされ、押しのけられる。



砂煙が収まれば、はっきりとその痕跡(こんせき)が解った。

都市城壁から100m程あけて、ドーナッツ状の空白地帯が生まれていた。



これで、一部の巨大な魔物を除き、城壁近くで戦闘していたほとんどの魔物は、軍事用<空飛ぶ駒(ドールウイング)>に追い出されて、魔導兵器の超広範囲攻撃で一掃されてしまった。


お陰で、今まで戦闘していた騎士や冒険者などは、急に手持ち無沙汰(ぶさた)になってしまう。



「うわあぁ……、あれだけの数の魔物を吹っ飛ばしましたよ?」

「す、すさまじい威力ですね……っ」

「ええ、これは噂以上の制圧能力っ

 近年、帝都の魔導三院で、魔物対策の航空兵器を開発していると聞いていましたが、これ程とは」

「なるほど、なるほどっ

 ここ<翡翠領(グリンストン)>の騎士達が、『代行が帰ってくれば助かる』と信頼するだけある。

 ── つまりは、感嘆!」



特に部外者である『神童コンビ』一行は、<翡翠領(グリンストン)>の切り札の威力に、目を丸くする。





▲ ▽ ▲ ▽



しかし、まだ幻像魔法で空に投影される、女性指揮官の指示は終わらない。

いや、ここからが本番なのだ。



── 『旗艦・冥府の翼(オルセイラ)、微速前進!』

── 『主力法撃の発射態勢、準備!』



ついに<翡翠領(グリンストン)>の上空に留まっていた、空飛ぶ巨影が動いた。

大型輸送船を空中に浮かべたような巨影(それ)は、どんな魔物より巨大なくらいだ。


その外観形状(フォルム)は巨大なクジラかシャチのよう。

さらに、額から突き出た長い角があり、また6本の船帆(セイル)にも似た翼をあちこちから生やしている。


何も知らない人間なら、新種の巨大魔物と言われても納得するような、特異な外観だ。


その、巨大クジラか巨大シャチかという、魔導飛行艦が直立するように角度を変える。

つまり、イルカが海から跳び上がるような姿勢に変化した。


その巨大さは、まるで斜めに傾いた見張り塔のようだ。


そして、巨大クジラが大口を開けた。

いや、それは舌と下顎ではなく、大型魔導兵器とその操作台だ。



── 『六翼を対衝撃体勢に固定! 固定牽引(アンカー)を設置!』



6枚の翼が、それぞれ異なる角度で張り出す。

そして、斜め75度に傾いた艦体のあちこちから、巨大銛のような物が射出されて、鎖で地面に艦体をつなぎ止める。


まるで、大嵐の前に船舶を港に固定するような、物々しさだ。



魔物が追い払われた事で手持ち無沙汰になった、騎士や冒険者たちは、『これから何が起こるのか』と興味津々で見守っていた。


そこに軍事用<空飛ぶ駒(ドールウイング)>が、大慌てで飛んでくる。



「すぐに、あちらに避難して!」

「なるべく城壁の方へ!」

「全員、旗艦より後ろへ移動しろ!」

「さあ、早く移動して!」

「巻き込まれたら死にますよっ」

「人間なんて跡形も残らんぞっ」



魔物を追い回していた航空騎兵隊が、今度は、人間達を追い払い始めた。



その間に、巨大な魔導航空艦・『冥府の翼(オルセイラ)』の準備は続く。

幻像魔法の女性指揮官が、最後通告とばかりに最大音量で警告を発した。



── 『戦場に立つ、全ての騎士・冒険者に告げる!』

── 『今より、この旗艦・冥府の翼(オルセイラ)の主力法撃による攻撃を開始する!』

── 『攻撃魔法の余波に巻き込まれないように、必ず防御態勢をとりたまえ!』

── 『繰り返す、全員、必ず防御態勢をとる事! 以上!』



女性指揮官がそう注意勧告(アナウンス)をしている間に、旗艦の技師たちはあわただくし魔導兵器の使用準備を続けていた。



「5番牽引(アンカー)良し、艦体の固定完了しましたっ」「魔石転換炉、接続確認。魔力値正常」「第1・第2<刻印廻環(ループ・リング)>、術式確認、完了」「六翼、角度固定、完了」「第5から第8まで、<刻印廻環(ループ・リング)>確認完了」「照準器、正常です」「第3・第4<刻印廻環(ループ・リング)>、完了」「8連環機巧(ギミック)の動作試行(テスト)、完了しました」「全乗務員、安全帯の装着完了です」


「よし、全手順、完了確認(クリア)

 ── 代行、報告します。

 旗艦・『冥府の翼(オルセイラ)』、主力法撃準備、完了しました」



艦長からの報告に、軍服の次期領主婦人・ロザリア=ジェイドロードは、深く肯く。



幻像魔法の女性指揮官が、艦の内外に告知する。



── 『【主力法撃・三叉矛(トリアイナ)】っ、術式始動!』





▲ ▽ ▲ ▽



── さて本来、ほとんどの魔物は、身の安全(・・・・)のため(・・・)、姿を隠して活動する。



野生生物として、当然の本能であり、必要不可欠な防衛手段だ。

深い森の中や、大河の水の中に、その巨体を隠しながら移動して獲物を探し出し、狩猟の一瞬だけ姿を(さら)す。


並の人間では絶対に敵わない、熊や象のような巨体の魔物すら、そうだ。

それは、この異世界にさらに強大な捕食者がいて、自分たちがまだ(・・)弱者の側(・・・・)という、自己認識による物だ。


しかし、稀代(きだい)の災厄『魔物の大侵攻(モンスター・パレード)』では、そんな平常通りにはいかない。

食糧不足で飢えて狂乱した魔物たちは、ガムシャラさから非常識な行動を取っている。


己の身を隠すのを止めて、移動しやすい平地を爆走し、人間(エサ)を求めてその都市(巣穴)へと殺到している。

人間達が流通のために整備した街道を、魔物の大群が砂煙を上げて駆けてきているのだ。


見晴らしの(・・・・・)良い場所を(・・・・・)駆け抜ける(・・・・・)なんて、本来なら自殺行為(・・・・)に等しい事さえも、(いと)わない。


いや、そんな余裕すら、もうないのだ。


だから、街道には、高山や深い森に潜んでいた魔物があふれ出していた。

あちこちから移動してきた魔物の群れが、街道で合流して都市(こちら)に向かって殺到する。


その様子は、まさに大雨の後に濁流で溢れかえる大河のようだ。


人間の兵団など、簡単に呑み込んで無に帰す、恐るべき魔の濁流。



── それ(・・)を目がけて、魔導航空艦の搭載魔導兵器が、極大の攻撃魔法を撃ち込んだ。





▲ ▽ ▲ ▽



まず最初に、風がうなり(・・・)始めた。



グォン…………グォン……グォン、グォングォン、グオオォォォン!



水槽の底栓を抜いたら、水が流れ出し、やがて渦巻きができるような、そんな音を何万倍にしたような大音響が、城壁の外に響き始める。


やがて造り出されたのは、大竜巻だった。

極大魔法(それ)を吐き出す40~50mは有ろうかという、巨大クジラ型の艦体すら呑み込むような、強大な竜巻。


しかし、それは天に昇る物ではなく、横方向へと伸びる不自然な現象。

砂石をまき散らし、時々緑の枝も巻き上げながら、魔物の群れへと襲いかかる。


巨大台風の暴風圏のような強力な向かい風に、足を止めざるを得ない。

魔物の侵攻は、魔法の強風により足止めを食らう。


だが、都市に向かってくる魔物も、すでに脅威力1~2程度の小物ではない。

熊か象かという巨体は、さすがに風の攻撃魔法で簡単に吹き飛ぶ物ではなかった。

人間くらいの軽くて弱い生物なら吹き飛ぶそれも、大したダメージを与える事は出来ない。




── 故に、【主力法撃・三叉矛(トリアイナ)】の2番目の刃が、煌めいた。



ザアァァァ……!と、にわか雨のような音がさざめく。

そして、その音は、ゲリラ豪雨のように全ての音を塗りつぶしていく。


風魔法の生み出した大気の(うず)に、流水が混じり始める。

すぐにそれは爆発的に増水し、あっという間に怒濤(どとう)の大流水となった。

そして、『竜巻』(かぜのうず)『渦巻き』(みずのうず)へと、取って代わる。


竜巻に耐えた魔物たちも、渦巻く大海嘯(だいかいしょう)のような攻撃には、ひとたまりも無い。

大津波(おおつなみ)のような莫大(ばくだい)な質量に押し込まれ、押し流されていく。




── 止めとばかりに、【主力法撃・三叉矛(トリアイナ)】の3番目の刃が、(うな)りを上げる。


今度は土魔法だ。


ガラガラガラ……ッ!と、轟き渡る騒音は、まるで激しい稲光や雷雨のようだ。


莫大な泥や石が岩が生み出され、横向きに放出される大渦巻きに乗って、吐き出される。

山崩れの土石流に、超スピードの縦回転が加えられたそれは、巨大な回転寸断機(ミキサー)も同然だ。


拳大の石から、大きい物では成人男性なみの巨岩まで、無数の岩石が渦巻きの勢いに乗って、襲いかかる。

魔物の装甲が、甲殻が、あるいは外骨格が、鋼鉄並の防御であっても、まるで関係ない。


全てを叩き潰し、すり潰す、悪夢のような横渦巻きが、魔物の群れの先頭から襲いかかる。

その極大の攻撃魔法は、蛇行しながら次々と無数の群れをなめ回す(・・・・)

数千、数万という巨躯の魔物の大群を、石礫(いし)巨岩(いわ)の滅多打ちで、ボロ布に変えていく。




第一の刃、風魔法が生む横竜巻で、敵の行動を抑制 ──

第二の刃、水魔法が生む渦巻きが、敵を押し流してまとめる ──

第三の刃、土魔法が生む土石流が、固まった敵を粉砕して撃破 ──


── この連続攻撃魔法(三つの刃の矛)こそ、旗艦・『冥府の翼(オルセイラ)』の主力法撃【三叉矛(トリアイナ)】だった。





▲ ▽ ▲ ▽



── 全てが収まって、しばらく。



静寂の時間が、数分流れる。

誰も彼もが、息を殺して、そっと周囲を伺う。

そんな、天変地異もかくやというほどの、極大魔法だった。


やがて、竦めていた首を伸ばし、恐る恐ると立ち上がれば、異様な光景が広がっていた。

今までの3~4倍に広がり泥だらけになった街道が、地平まで伸びていた。


無数の魔物の大群が、ほとんど姿を消している。

魔法攻撃で蹴散らされ、土砂の下敷きになっているのだろう。

運良く生き残った個体が居たとしても、あの土石流の暴虐を受けた後だ、無傷のはずもない。




『……ぅ、ぅぅう、うおおおおおおぉぉぉぉ!!!』




やがて、誰からともなく、歓声が沸き起こる。


そして、歓声が膨らんでいく。

城壁の外から、上から、そして中からも。


先ほどの極大魔法【三叉矛(トリアイナ)】の爆音すら上回る、大歓声だ。




『我ら、人間の勝利だぁぁ!!』


『ばんざーい、ばんざーい!!!』


(たお)れた戦友に(いの)りを!』


『生き残った仲間と共に(よろこ)びを!』


天の恵みの神(アーメ=ユージュ)を始めとする、天に(おわ)す神々に感謝を!』


『そしてぇ! 偉大なる翡翠領主(ジェイドロード)家にぃ!! 末代まで忠誠をぉ!!!』




誰もが、勝利を疑わない ──

── だから(・・・)、皆、その声(・・・)になかなか気付かなかった。




── 『……ずまれっ』

── 『ぜ……し……まれっ』


── 『全員、静まれぇぇぇぇ~~~!!』



無数の鎖で、半浮遊状態で固定された旗艦・『冥府の翼(オルセイラ)』。

その上空に、幻像魔法で映し出された女性指揮官は、青ざめた顔で声を張り上げる!



その異様な様子に、一気に静寂が広がった。



幻像魔法が空中に映し出す、軍服の次期領主婦人・ロザリア=ジェイドロードは、地平の彼方を睨みながら、乾いた賞賛の言葉を告げる。



── 『我が勇ましき騎士よ、有能なる冒険者諸君』

── 『この度の、貴君らの活躍すばらしいものであった』



そして、厳しく冷たい声で指示を下した。



── 『さあ、もうひと(・・・・)働きだ(・・・)っ』

── 『すぐに城壁内に戻り、休息を取りたまえっ』

── 『各部隊の長は、食事を終えたら、領主官邸に集合!』

── 『今すぐに、次の戦闘(・・・・)に備えるぞ!』



彼女が言葉を発する度に、盛り上がった熱気が冷めていく。

戦場には、不気味なほどの沈黙が広がっていく。


意を決した現場指揮官のひとり、老齢の騎士のひとりが、声を張り上げた。



「代行殿!

 僭越(せんえつ)ながら、おたずね申し上げます。

 この蒙昧(もうまい)の身では、お言葉の真意が(はか)りかねます!」



── 『魔物の姿が見える、のだ……っ』

── 『街道の先に小山が動くような……途方もなく巨大な魔物の姿だ……っ』

── 『おそらくアレが、この度の魔物の大侵攻(モンスター・パレード)を引き起こした首魁(しゅかい)

── 『行進の最奥にいた首魁(アレ)には、【三叉矛(トリアイナ)】がまるで効いていない……っ』



「そ、そんな……っ!」



空気が凍えるようだった。

戦勝の熱気が一気に失せて、絶望の暗雲が立ちこめる。



── 『総員、撤退だ……っ』

── 『まだ「魔物の大侵攻(モンスター・パレード)」は終わっていない……!』

── 『すぐに城壁内に戻り、次の戦闘に備えよ!』

── 『この<翡翠領(グリンストン)>を踏み潰すような、巨大な魔物がやってくるぞ!!』



戦闘に疲れた騎士や冒険者は、重い足取りで都市へと戻り始める。

もはや、口を開く者は、誰1人として居なかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ