76:待ち人
!作者注釈!
ひさしぶりの更新。
そして、ひさしぶりの失敗。
未完成版がアップされてしまったので、一度削除してから更新しなおしました。
未曾有の災害『魔物の大侵攻』にさらされる、<翡翠領>の領都。
その城門の外には、相変わらず魔物の大群が押し寄せていた。
今までは、森や山から一直線に目指してくる、陸の魔物の群ればかりだった。
だが、昼頃になると、その戦闘情景に変化が生じた。
斥候からもたらされた、音魔法の伝達が、城壁の上に響き渡る。
── 『河川から魔物の侵攻を確認!』
── 『遊撃隊は、至急、城壁西側へ!』
接敵の連絡を受けた騎士達は、城壁の西側へと駆けだした。
西側城壁の下部には下水の放流口があり、アーチ状に放水されている。
その先では、下水の放流が大河に合流していた。
その大河から、中型の魔物が遡上してくる。
馬か牛ほどの体高のあるカニ型魔物の群れ。
「おいおい、大河に棲んでる魔物が、全部集まってきてるのか!?」
「陸の魔物が一息ついたと思ったら、今度は水棲の魔物かよ」
カニ型魔物は、陸の魔物の死骸に集っていた水棲の虫型魔物を、捕らえて捕食していく。
しかし、押し寄せたカニ型魔物の数が多すぎて、すぐに獲物の奪い合いが始まった。
牛ほどの体高の甲殻生物が、わずかなエサを奪い合い、あちこちでハサミを振り上げケンカを始める。
「まずいな、アイツら意外と器用で、城壁でも平気で登ってくる。
都市から離れている今の内に退治しておかないとっ」
遊撃隊は、戦槌や戦斧といった『装甲対策』の重量級武器に持ち替え、縄ばしごを下りていく。
「クソッ、今日は厄日だ」
「今さら何言ってやがる。 ここ10日ばかり、毎日が厄日だろ」
黒い甲羅に、緑の枝のような長腕を生やしている、大型のカニ魔物は<隻腕鞭蟹>。
強固な甲羅は重鈍で、足も野太く、歩みは遅い。
その代わりに片腕を鞭の様に伸ばして、獲物を捕らえる。
長い方の腕の先端は、ハサミと言うよりも、ウニの殻のようなトゲだらけだ。
相対する騎士達が、及び腰なくらい慎重になるのも、無理はない。
ほとんど、重装甲兵士を打ち倒すための『棘付き鉄球』の様な物。
受け方が悪ければ、金属の盾すら簡単にへっしゃげるのだから。
「おい盾役、ちゃんと防げっ」
「そうだ、こっちにかすってるぞっ」
「わかってるよ、うるせえな!」
では、比較的小さい方のカニ魔物が簡単かといえば、そうでもない。
6本足の先がすべて扇状に広がっている、<扇足泳蟹>。
先の<隻腕鞭蟹>の半分ほどの体格だが、それでも大型バイク程の大きさはある。
水中で巨体を高速遊泳すれば、水の抵抗が激しくなり、自壊する程の圧力がかかる。
それを防止するために、足の先端のヒレ部分だけを水中に残し、胴体は水面から出して高速移動する。
いわば、『アメンボウ』のような水上移動方法。
現代日本の科学技術で言えば、水中翼高速船のような物だ。
さらにこのカニ型魔物、<扇足泳蟹>は風魔法を操り、低空なら陸上も浮遊できる。
小さく軽く装甲が薄い分、素早く手強い相手だ。
「チィッ、デカいくせにチョコチョコ逃げやがって」
「おい槌役、ひとり遅れるなっ」
「ええい若造ども、ハァハァ、年寄りにはもっと気をつかわんかっ」
なれない種類の魔物との戦闘。
足場の悪い、水辺のぬかるみ。
突破されればすぐに都市に危険が及ぶという状況からの焦り。
何より、毎日の連戦による疲労と気力の低下。
そんな積み重なった悪条件に、隊員達の不満がくすぶる。
それでもなんとか、多数で1体を囲み、装甲をたたき壊していく
── しかし、そんな戦線が維持できたのも、束の間。
帆布を畳んだ帆柱が立つ、丘のような甲板。
一見すれば、大河を上ってくる漁業船のようだ。
しかし、陸に近寄るとそれは、6本の鎌脚を現した。
10人乗りの釣り船ほどの、巨大なカニ魔物が、陸に乗り上げた。
▲ ▽ ▲ ▽
バシュン……ッ、白煙のような物が空中に広がる。
巨大カニ型魔物が背負う、帆柱のような『塔』が、何かを高速で吐き出し、周囲にまき散らした。
「なんだ……雪か?」
ヒラリヒラリと舞い降りてくる白い粉を、騎士の1人が手に受ける。
瞬間、閃光が目を灼く。
── ドドォォオオオン……ッッ!!!と、聴覚を奪うような爆音が収まる。
魔物を取り囲んでいた騎士10名程度が、残らず地面に伏していた。
金属鎧が灼熱し、シュウシュウ……と白い煙すら上げている。
その魔法の効果に、無事だった騎士達さえも衝撃を受けた。
「ば、爆雷障壁だと!?」
数日前に故障した、都市防衛用の戦略魔法 ──
超大群の異常個体化した虫型魔物を、焼き払ってきた防御の要 ──
── 今、巨大な魔物が使用したのは、その『頼みの綱』に酷似していたのだ。
「そうかっ、こいつ<雷塔大蟹>か!?」
「チッ、都市防衛の<魔導具>の素材かっ」
「なんだとっ」
まるで頼りになる味方が急に裏切り、敵に回ったような錯覚すら覚える。
その状況に、選抜された精鋭である遊撃隊であっても、激しく動揺して浮き足立つ。
そこに、再度、バシュン……ッ、と巨大カニ型魔物の背に立つ『塔』から、雪片が吹き出した。
「た、退避ぃぃ~っ!」
遊撃隊の小隊長がとっさに警告したが、間に合わない。
── ドドォォオオオン……ッッ!!!と、至近距離で雷光が爆ぜた。
「くそぉ……っ」
遊撃隊の小隊長が周囲を確認すると、既に40人の隊員の半数近くが倒れていた。
「たった一匹の魔物に、精鋭達が半壊させられたのか……っ」
誇り高い仲間の仇敵を、この手で討ちたい ──
── そういう、騎士のプライド。
そんな衝動を奥歯でかみつぶして、小隊長は理性的な判断を下す。
「……一時、撤退だっ
無事な者は、負傷者を抱えて城壁へ!」
しかし、こちらの劣勢に対して、魔物の追撃。
背を向けて逃げ出した騎士達に、水辺の魔物達が襲いかかってくる。
「ギャァッ」「このっ」「邪魔するなっ」「グァッ、くそぉっ」
特に、負傷者や仲間を背負った者など、動きの鈍い者が集中的に狙われる。
「ダメだ、魔物が多すぎるっ」
「誰か増援を!」
「我々では手に負えん、神童たちを呼んでこいっ」
その悲鳴に応えるように ──
「ホンマ、こいつらはっ
日頃は、部外者扱いで、まるでこっちの言うことなんぞ聞かんクセにっ」
神童ルカが率いる、青い上着の一団が到着する。
<魄剣流>の魔剣士で構成され、自由裁量の許された特務小隊だ。
「ルカ様、今はそんな事を言ってる状況ではありませんっ」
「わかっとるわ、叔父貴。
この際に恩でもを売りつけといて、あとで小銭でも強請ったるわいっ」
小隊長はそんな無駄口を叩いているが、部下たちの動きは非常にスムーズ。
3人ずつの小班に分かれると、それぞれ魔物に相対を始める。
特に、撤退する遊撃隊の背を狙う魔物へは、優先的に対応する。
<魄剣流>が得意とする『魔法剣』が、あちこちで炸裂する。
「ワイらは、あの大物を相手やな」
神童ルカがそう告げて駆け出すと、供回りを務める親類の男性2人が追従する。
「あれは、<雷塔大蟹>っ!?
脅威力5の魔物ですよっ」
「きょ、脅威力5って……っ
ちょっと大物が過ぎませんか、従兄殿っ」
「従弟、安心せいっ
ワイらは時間稼ぎだけやっとればええ!
── ベルタ、その間にカルタ連れてきてくれっ」
神童ルカが、少し離れた女性騎士へと指示を叫ぶ。
「わ、わかりましたっ」
女性騎士は肯くと、すぐに石壁に垂れる縄ばしごを駆け上がった。
城壁の上に置かれた伝令用の<駒>にまたがり、弟の守備位置へと急ぐ。
それを見送ると、神童ルカは指輪型<魔導具>を起動させつつ、特級強化魔法の脚力で神速の突撃。
ブン……ッと迎撃で振るわれる巨大カニの鋏を、軽快なジャンプでかわす。
同時に、魔物の背負う『塔』のような特殊器官を斬りつける。
しかし結果は、ガツン……ッと鈍い音。
神童ルカは、すぐさま敵を蹴った反動で後退。
さらに、爆雷障壁の魔法を警戒するように、必要以上に間合いを取った。
「流石に脅威力5ともなると、かったいのぉ~っ
この甲殻が相手やと、『剣帝の一番弟子』の『利刃の魔法剣』でも、ザクザク斬り裂くとはいかんか……っ」
主人である神童ルカのぼやき声に、矮躯の従弟ガイオが、思わず突っ込んだ。
「そんな破格な性能の魔法剣っ! あってたまりますかっ」
「……脅威力2の爪を寸断し、脅威力4の魔法防御を貫く時点で、十分破格ですけどね」
白髪交じりの叔父トニも、苦笑いでつぶやいた。
▲ ▽ ▲ ▽
「ついに、ルカの手にも余る魔物か……っ」
<駒>の引く荷車に乗り込み、巨漢の神童・カルタは唸るように呟いた。
御者席に座る姉・ベルタが、首だけ振り返って尋ねる。
「実弟が助太刀に行けば、ルカ様も大丈夫よね?」
「この愚弟に任せよ姉上 ──
── と、言いたい所だが、流石に脅威力5の魔物となるとな。
A級の冒険者が10人か15人で相手するような、手強い魔物。
── つまりは、苦戦必至」
自信家の弟の渋るような口ぶりに、女性騎士の姉は顔を強ばらせる。
「カルタが居ても、そうなんだ……。
<黒炉領>の『魔物の大侵攻』では、『神童コンビ』で脅威力4~5のとんでもない魔物でも、何体も討ち取ったって聞いたのに?」
「姉上、それは『何体かは討ち取れた』と表現すべきところだな。
それにあの時は『神童コンビ』では、自分とルカだけではない。
もう一人の猛者、『3人目』が居た。
── つまりは、現在は戦力不足」
「また、その話……?
正直、何回聞いてもマユツバなんだけど」
弟の発言に、姉は困惑の表情。
すると、荷車の隅に腰掛けていた<魄剣流>の少女が、疑問の声を上げる。
「ベルタさん、その『3人目』ってなんですか?」
「ああ……ラシェルは聞いたことないの?
<黒炉領>の『魔物の大侵攻』で、当家のカルタとルカ様以外にも、凄腕の魔剣士が居たっていう、噂話なんだけど」
「え、そんな人がいたんです?」
ラシェルが目を丸くする。
ベルタは小さく肩をすくめた。
「私は、全然信じてないんだけどね……
だいたい『一番のピンチの時に颯爽と現れて、解決と同時に姿を消した』なんて、お芝居の主人公じゃあるまいし……っ
しかも、顔が包帯でグルグルで、どこの誰かとも名乗らなかったとか、妖しすぎるでしょ?」
「しかし、この目で見たのだから、間違いない。
そして、ルカと自分とその男と、3人で力をあわせて窮地を切り抜けたのだ。
── つまりは、我が戦友!」
「でも、その時ってカルタもルカ様も、ボロボロの状態だったんでしょ?
連日連戦で意識が朦朧としていて、白昼夢というか幻というか、そういうの見ただけじゃないの?」
「自分としては、逆に疑問だ。
なぜ、姉上達がそうとまで言って、我らの言葉を信じないのか。
事実以外は口にしていないというのに。
── つまりは、明々白々」
渋面でぼやく巨漢に、姉の女性騎士は呆れ顔で答えた。
「だって、あんたさぁ……
その『3人目』が『神童コンビに匹敵する若い達人』とか言ってたでしょ?
そんな人間が、そこらにポコポコいてたまるもんですかっ」
「── え!? ええぇ~~っ!
ルカ従兄やカルタさん並の腕前なんですか、その『3人目』って人!?」
少女は驚きの声を上げて、揺れる荷車の後部座席から身を乗り出してくる。
すると、巨漢が首を振って否定。
「姉上とラシェル、それは違う。
おそらく『3人目』は、あの時はまだ病み上がり!
どこか動きがぎこちなく、まだ全力ではなかった様子!
おそらく本来の腕前は、自分やルカより練達!
── つまりは、格上!」
「う、うそぉ……っ」
「そ・れ・が! いよいよ、有り得ないっていってんのよ!」
巨漢のそんな解答に、同席の少女は目を丸くし、御者席の姉は目を吊り上げた。
「おいバカ弟!
お前、自分自身が『聖教公認の英雄』って自覚ないの!?
帝都の<帝国八流派>本家道場だって、『神童コンビ』レベルの若手魔剣士なんて、ほとんど居ないんだからね!」
「うむ、まったく、姉上の言われる通り。
あれほどの腕前となると、帝都の<表・御三家>本家道場にすら、ほとんど居なかった。
となると、あの男は一体……。
剣筋や動きは、明らかに<封剣流>のクセが染みこんでいるのに、<封剣流>本家が誰も心当たりがないとは、それもまた面妖な。
── つまりは、不可思議極まりない」
巨漢はしみじみと肯く。
だが、論点がずれた反応に、姉は呆れ果てて、声の勢いが平常に戻る。
「だから何度も言ってるでしょ?
幻覚よ幻覚っ
ほら、山や森で迷った冒険者が『死んだ家族やペットに導かれて、街に辿り着いた』とかよく聞く話でしょう。
<黒炉領>の『神童コンビ』も、戦い疲れて幻覚を見ただけなのよ」
そんな話をしていると、<駒>の進む先に『城壁西側』の河川と、そこで暴れ狂う巨大な魔物の影が見えてきた。
▲ ▽ ▲ ▽
── それから20分も経っただろうか。
ギャギャギャァ……ッ!、と耳をつんざくような凶音。
鳴き声なのか、歯ぎしりのような物なのか、判然としない魔物の断末の音だった。
10人乗りの漁船くらいの巨大なカニ魔物が、片方の鋏と、何本かの脚を失い、動きを止めていた。
そして、無慈悲に振り下ろされる、止めの一撃。
「フンッ!!!」
ズガァアアン! と、大金槌が炸裂したような、大破壊音。
神童カルタという巨漢の弟が振るう武器は、『剣』と呼ぶには長すぎて、『槍』と呼ぶには太すぎる。
3mの長柄の先に、2mの巨大で分厚い諸刃の刃。
それが、分厚い外殻を叩き破ったのだ ──
── 脅威力5という、破格に凶悪な魔物の甲羅を。
「流石は、ワイの相棒や!
帝国一の豪傑やで!!」
気安く肩を叩くのは、相棒の神童ルカ。
超人的な軽業と、多彩な魔法剣で、人間なんて簡単にペチャンコにできる魔物を、翻弄し続けた卓抜の魔剣士。
破壊の化身たる巨漢、<轟剣流>神童カルタ ──
卓抜で流麗な魔法剣使い、<魄剣流>神童ルカ ──
── この二人の前には、例え脅威力5という精鋭十数人がかりの魔物すら、恐るるに足らず。
神童カルタの姉・ベルタは、『こんな規格外な魔剣士が、そんな何人もいてたまるもんですか』と、口の中だけでぼやくのだった。