表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/218

76:待ち人

!作者注釈!


ひさしぶりの更新。

そして、ひさしぶりの失敗。


未完成版がアップされてしまったので、一度削除してから更新しなおしました。



未曾有(みぞう)の災害『魔物の大侵攻(モンスター・パレード)』にさらされる、<翡翠領(グリンストン)>の領都(りょうと)

その城門の外には、相変わらず魔物の大群が押し寄せていた。


今までは、森や山から一直線に目指してくる、陸の魔物の群ればかりだった。

だが、昼頃になると、その戦闘情景に変化が生じた。


斥候からもたらされた、音魔法の伝達が、城壁の上に響き渡る。



── 『河川から魔物の侵攻を確認!』

── 『遊撃隊は、至急、城壁西側へ!』



接敵の連絡を受けた騎士達は、城壁の西側へと駆けだした。


西側城壁の下部には下水の放流口があり、アーチ状に放水されている。

その先では、下水の放流が大河に合流していた。


その大河から、中型の魔物が遡上(そじょう)してくる。

馬か牛ほどの体高のあるカニ型魔物の群れ。



「おいおい、大河に()んでる魔物が、全部集まってきてるのか!?」

「陸の魔物が一息ついたと思ったら、今度は水棲の魔物かよ」



カニ型魔物は、陸の魔物の死骸に集っていた水棲の虫型魔物を、()らえて捕食していく。

しかし、押し寄せたカニ型魔物の数が多すぎて、すぐに獲物の奪い合いが始まった。

牛ほどの体高の甲殻生物が、わずかなエサを奪い合い、あちこちでハサミを振り上げケンカを始める。



「まずいな、アイツら意外と器用で、城壁でも平気で登ってくる。

 都市から離れている今の内に退治しておかないとっ」



遊撃隊は、戦槌(メイス)戦斧(アックス)といった『装甲対策』の重量級武器に持ち替え、縄ばしごを下りていく。



「クソッ、今日は厄日だ」

「今さら何言ってやがる。 ここ10日ばかり、毎日が厄日だろ」



黒い甲羅に、緑の枝のような長腕を生やしている、大型のカニ魔物は<隻腕鞭蟹(スイッシング・シザー)>。

強固な甲羅は重鈍で、足も野太く、歩みは遅い。

その代わりに片腕を鞭の様に伸ばして、獲物を捕らえる。

長い方の腕の先端は、ハサミと言うよりも、ウニの殻のようなトゲだらけだ。


相対する騎士達が、及び腰なくらい慎重になるのも、無理はない。

ほとんど、重装甲兵士を打ち倒すための『棘付き鉄球(モーニングスター)』の様な物。

受け方が悪ければ、金属の盾すら簡単にへっしゃげるのだから。



「おい盾役(シールド)、ちゃんと防げっ」

「そうだ、こっちにかすってるぞっ」

「わかってるよ、うるせえな!」



では、比較的小さい方のカニ魔物が簡単かといえば、そうでもない。

6本足の先がすべて扇状に広がっている、<扇足泳蟹(フィンスイマー)>。

先の<隻腕鞭蟹(スイッシング・シザー)>の半分ほどの体格だが、それでも大型バイク程の大きさはある。


水中で巨体を高速遊泳すれば、水の抵抗が激しくなり、自壊する程の圧力がかかる。

それを防止するために、足の先端のヒレ部分だけを水中に残し、胴体は水面から出して高速移動する。

いわば、『アメンボウ』のような水上移動方法。

現代日本の科学技術で言えば、水中翼高速船(ジェットフォイル)のような物だ。

さらにこのカニ型魔物、<扇足泳蟹(フィンスイマー)>は風魔法を操り、低空なら陸上も浮遊できる。

小さく軽く装甲が薄い分、素早く手強い相手だ。



「チィッ、デカいくせにチョコチョコ逃げやがって」

「おい槌役(ハンマー)、ひとり遅れるなっ」

「ええい若造ども、ハァハァ、年寄りにはもっと気をつかわんかっ」



なれない種類の魔物との戦闘。

足場の悪い、水辺のぬかるみ。

突破されればすぐに都市に危険が及ぶという状況からの焦り。

何より、毎日の連戦による疲労と気力の低下。


そんな積み重なった悪条件に、隊員達の不満がくすぶる。

それでもなんとか、多数で1体を囲み、装甲をたたき壊していく



── しかし、そんな戦線が維持できたのも、束の間。


帆布を畳んだ帆柱(マスト)が立つ、丘のような甲板。

一見すれば、大河を上ってくる漁業船のようだ。

しかし、陸に近寄るとそれは、6本の鎌脚(かまあし)を現した。


10人乗りの釣り船ほどの、巨大なカニ魔物が、陸に乗り上げた。





▲ ▽ ▲ ▽



バシュン……ッ、白煙のような物が空中に広がる。

巨大カニ型魔物が背負う、帆柱(マスト)のような『塔』が、何かを高速で吐き出し、周囲にまき散らした。



「なんだ……雪か?」



ヒラリヒラリと舞い降りてくる白い粉を、騎士の1人が手に受ける。

瞬間、閃光が目を()く。


── ドドォォオオオン……ッッ!!!と、聴覚を奪うような爆音が収まる。

魔物を取り囲んでいた騎士10名程度が、残らず地面に伏していた。

金属鎧が灼熱し、シュウシュウ……と白い煙すら上げている。


その魔法の効果に、無事だった騎士達さえも衝撃を受けた。



「ば、爆雷障壁だと!?」



数日前に故障した、都市防衛用の戦略魔法 ──

超大群の異常個体化した虫型魔物を、焼き払ってきた防御の(かなめ) ──

── 今、巨大な魔物が使用したのは、その『頼みの綱』に酷似していたのだ。



「そうかっ、こいつ<雷塔大蟹(クラックタワー)>か!?」

「チッ、都市防衛の<魔導具>(マジックアイテム)の素材かっ」

「なんだとっ」



まるで頼りになる味方が急に裏切り、敵に回ったような錯覚すら覚える。

その状況に、選抜された精鋭である遊撃隊であっても、激しく動揺して浮き足立つ。


そこに、再度、バシュン……ッ、と巨大カニ型魔物の背に立つ『塔』から、雪片が吹き出した。



「た、退避ぃぃ~っ!」



遊撃隊の小隊長がとっさに警告したが、間に合わない。

── ドドォォオオオン……ッッ!!!と、至近距離で雷光が爆ぜた。



「くそぉ……っ」



遊撃隊の小隊長が周囲を確認すると、既に40人の隊員の半数近くが倒れていた。



「たった一匹の魔物に、精鋭達が半壊させられたのか……っ」



誇り高い仲間の仇敵(かたき)を、この手で()ちたい ──

── そういう、騎士のプライド。


そんな衝動(プライド)を奥歯でかみつぶして、小隊長は理性的な判断を下す。



「……一時、撤退だっ

 無事な者は、負傷者を抱えて城壁へ!」



しかし、こちらの劣勢に対して、魔物の追撃。

背を向けて逃げ出した騎士達に、水辺の魔物達が襲いかかってくる。



「ギャァッ」「このっ」「邪魔するなっ」「グァッ、くそぉっ」



特に、負傷者や仲間を背負った者など、動きの鈍い者が集中的に狙われる。



「ダメだ、魔物が多すぎるっ」

「誰か増援を!」

「我々では手に負えん、神童たちを呼んでこいっ」



その悲鳴に応えるように ──



「ホンマ、こいつらはっ

 日頃は、部外者(ヨソモノ)(あつか)いで、まるでこっちの言うことなんぞ聞かんクセにっ」



神童ルカが率いる、青い上着の一団が到着する。

魄剣(はくけん)流>の魔剣士で構成され、自由裁量の許された特務小隊だ。



「ルカ様、今はそんな事を言ってる状況ではありませんっ」


「わかっとるわ、叔父貴(トニ)

 この際に恩でもを売りつけといて、あとで小銭でも強請(せび)ったるわいっ」



小隊長はそんな無駄口を叩いているが、部下たちの動きは非常にスムーズ。


3人ずつの小班に分かれると、それぞれ魔物に相対を始める。

特に、撤退する遊撃隊の背を狙う魔物へは、優先的に対応する。


魄剣(はくけん)流>が得意とする『魔法剣』が、あちこちで炸裂する。



「ワイらは、あの大物を相手やな」



神童ルカがそう告げて駆け出すと、供回りを務める親類の男性2人が追従する。



「あれは、<雷塔大蟹(クラックタワー)>っ!?

 脅威力5の魔物ですよっ」


「きょ、脅威力5って……っ

 ちょっと大物が過ぎませんか、従兄(いとこ)殿っ」


従弟(ガイオ)、安心せいっ

 ワイらは時間稼ぎだけやっとればええ!

 ── ベルタ、その間にカルタ(相棒)連れてきてくれっ」



神童ルカが、少し離れた女性騎士へと指示を叫ぶ。



「わ、わかりましたっ」



女性騎士は肯くと、すぐに石壁に垂れる縄ばしごを駆け上がった。

城壁の上に置かれた伝令用の<(こま)>にまたがり、弟の守備位置へと急ぐ。


それを見送ると、神童ルカは指輪型<魔導具>(マジックアイテム)を起動させつつ、特級強化魔法の脚力で神速の突撃。


ブン……ッと迎撃で振るわれる巨大カニの(はさみ)を、軽快なジャンプでかわす。

同時に、魔物の背負う『塔』のような特殊器官を斬りつける。


しかし結果は、ガツン……ッと鈍い音。

神童ルカは、すぐさま敵を蹴った反動で後退。

さらに、爆雷障壁の魔法を警戒するように、必要以上に間合いを取った。



「流石に脅威力5ともなると、かったいのぉ~っ

 この甲殻が相手やと、『剣帝の(男前の)一番弟子(嬢ちゃん)』の『利刃(りじん)の魔法剣』でも、ザクザク斬り裂くとはいかんか……っ」



主人である神童ルカのぼやき声に、矮躯(わいく)の従弟ガイオが、思わず突っ込んだ。



「そんな破格(デタラメ)な性能の魔法剣っ! あってたまりますかっ」


「……脅威力2(ロングクロー)の爪を寸断し、脅威力4(ケイブピッカー)の魔法防御を貫く時点で、十分破格(デタラメ)ですけどね」



白髪交じりの叔父トニも、苦笑いでつぶやいた。





▲ ▽ ▲ ▽



「ついに、ルカの手にも余る魔物か……っ」



(こま)>の引く荷車に乗り込み、巨漢の神童・カルタは唸るように呟いた。

御者席に座る姉・ベルタが、首だけ振り返って尋ねる。



実弟(あんた)が助太刀に行けば、ルカ様も大丈夫よね?」


「この愚弟に任せよ姉上 ──

 ── と、言いたい所だが、流石に脅威力5の魔物となるとな。

 A級の冒険者が10人か15人で相手するような、手強い魔物。

 ── つまりは、苦戦必至」



自信家の弟の(しぶ)るような口ぶりに、女性騎士の姉は顔を強ばらせる。



カルタ(あんた)が居ても、そうなんだ……。

 <黒炉領>(ブラックフォージ)の『魔物の大侵攻(モンスター・パレード)』では、『神童コンビ(ふたり)』で脅威力4~5のとんでもない魔物でも、何体も討ち取ったって聞いたのに?」


「姉上、それは『何体かは討ち取れた』と表現すべきところだな。

 それにあの時は『神童コンビ(ふたり)』では、自分とルカだけではない。

 もう一人の猛者、『3人目』が居た。

 ── つまりは、現在は戦力不足」


「また、その話……?

 正直、何回聞いてもマユツバなんだけど」



弟の発言に、姉は困惑の表情。

すると、荷車の隅に腰掛けていた<魄剣流>の少女が、疑問の声を上げる。



「ベルタさん、その『3人目』ってなんですか?」


「ああ……ラシェルは聞いたことないの?

 <黒炉領>(ブラックフォージ)の『魔物の大侵攻(モンスター・パレード)』で、当家(ウチ)のカルタとルカ様以外にも、凄腕の魔剣士が居たっていう、噂話(うわさばなし)なんだけど」


「え、そんな人がいたんです?」



ラシェルが目を丸くする。

ベルタは小さく肩をすくめた。



「私は、全然信じてないんだけどね……

 だいたい『一番のピンチの時に颯爽と現れて、解決と同時に姿を消した』なんて、お芝居の主人公じゃあるまいし……っ

 しかも、顔が包帯でグルグルで、どこの誰かとも名乗らなかったとか、妖しすぎるでしょ?」


「しかし、この目で見たのだから、間違いない。

 そして、ルカと自分とその男と、3人で力をあわせて窮地を切り抜けたのだ。

 ── つまりは、我が戦友!」


「でも、その時ってカルタ(あんた)もルカ様も、ボロボロの状態だったんでしょ?

 連日連戦で意識が朦朧(もうろう)としていて、白昼夢というか幻というか、そういうの見ただけじゃないの?」


「自分としては、逆に疑問だ。

 なぜ、姉上達がそうとまで言って、我らの言葉を信じないのか。

 事実以外は口にしていないというのに。

 ── つまりは、明々白々(めいめいはくはく)



渋面でぼやく巨漢に、姉の女性騎士は呆れ顔で答えた。



「だって、あんたさぁ……

 その『3人目』が『神童コンビ(じぶんたち)に匹敵する若い達人』とか言ってたでしょ?

 そんな人間が、そこらにポコポコいてたまるもんですかっ」


「── え!? ええぇ~~っ!

 ルカ従兄(にい)やカルタさん並の腕前なんですか、その『3人目』って人!?」



少女は驚きの声を上げて、揺れる荷車の後部座席から身を乗り出してくる。


すると、巨漢が首を振って否定。



「姉上とラシェル、それは違う。

 おそらく『3人目(あの男)』は、あの時はまだ()()がり!

 どこか動きがぎこちなく、まだ全力ではなかった様子!

 おそらく本来の腕前は、自分やルカより練達!

 ── つまりは、格上!」


「う、うそぉ……っ」


「そ・れ・が! いよいよ、有り得ないっていってんのよ!」



巨漢のそんな解答に、同席の少女は目を丸くし、御者席の姉は目を吊り上げた。



「おいバカ弟!

 お前、自分自身が『聖教公認の英雄』って自覚ないの!?

 帝都の<帝国八流派>本家道場だって、『神童コンビ(あんたたち)』レベルの若手魔剣士なんて、ほとんど居ないんだからね!」


「うむ、まったく、姉上の言われる通り。

 あれほどの腕前となると、帝都の<表・御三家>本家道場にすら、ほとんど居なかった。

 となると、あの男は一体……。

 剣筋や動きは、明らかに<封剣流>のクセが染みこんでいるのに、<封剣流>本家が誰も心当たりがないとは、それもまた面妖な。

 ── つまりは、不可思議(ふかしぎ)(きわ)まりない」



巨漢はしみじみと肯く。

だが、論点がずれた反応に、姉は呆れ果てて、声の勢いが平常に戻る。



「だから何度も言ってるでしょ?

 幻覚よ幻覚っ

 ほら、山や森で迷った冒険者が『死んだ家族やペットに導かれて、街に辿り着いた』とかよく聞く話でしょう。

 <黒炉領>(ブラックフォージ)の『神童コンビ(あんたたち)』も、戦い疲れて幻覚を見ただけなのよ」



そんな話をしていると、<駒>の進む先に『城壁西側』の河川と、そこで暴れ狂う巨大な魔物の影が見えてきた。





▲ ▽ ▲ ▽



── それから20分も経っただろうか。



ギャギャギャァ……ッ!、と耳をつんざくような凶音。

鳴き声なのか、歯ぎしりのような物なのか、判然としない魔物の断末の音だった。


10人乗りの漁船くらいの巨大なカニ魔物が、片方の(はさみ)と、何本かの脚を失い、動きを止めていた。



そして、無慈悲に振り下ろされる、止めの一撃。



「フンッ!!!」



ズガァアアン! と、大金槌が炸裂したような、大破壊音。


神童カルタという巨漢の弟が振るう武器(エモノ)は、『剣』と呼ぶには長すぎて、『槍』と呼ぶには太すぎる。

3mの長柄の先に、2mの巨大で分厚い諸刃の刃。


それが、分厚い外殻を叩き破ったのだ ──

── 脅威力5という、破格に凶悪な魔物の甲羅を。



「流石は、ワイの相棒や!

 帝国一の豪傑やで!!」



気安く肩を叩くのは、相棒の神童ルカ。

超人的な軽業と、多彩な魔法剣で、人間なんて簡単にペチャンコにできる魔物を、翻弄し続けた卓抜の魔剣士。



破壊の化身たる巨漢、<轟剣流>神童カルタ ──

卓抜で流麗な魔法剣使い、<魄剣流>神童ルカ ──


── この二人の前には、例え脅威力5という精鋭十数人がかりの魔物すら、恐るるに足らず。



神童カルタの姉・ベルタは、『こんな規格外な魔剣士が、そんな何人もいてたまるもんですか』と、口の中だけでぼやくのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ