75:氾濫の最中
異変から8日目の<翡翠領>。
街に押し寄せた、数万の魔物の群れは、もはや大河の様相だった。
大雨で氾濫した大河が、濁流と化して全てを押し流さんとするような、そんな様相。
都市城壁がいくら頑強であっても、膨大な群れと比べると、ちっぽけで頼りない。
増水した大河のど真ん中に残された、わずかな中州の土地、といった印象だ。
数万の魔物が形作る濁流に呑み込まれ、姿を消すのも時間の問題。
── そんな危機感が、さらに苛立ちを煽る。
「冒険者どもめ、何を遊んでやがるっ」
「やはり金貨2枚で雇いあげるなんて、カネの無駄だったんじゃないんですか?」
「A級とはいえ、所詮は冒険者。やはり騎士にもなれなかった落伍者の集団か」
騎士達に、そんな不満の声が上がっていた。
彼らは、まさに都市を呑み込まんとする『濁流』へと、飛び込まんとする、勇士の集団だった。
そして、上位の冒険者達は、その補佐を任されていた。
「まったく、うるさい雇い主様だ」
「はいはい、騎士様たち、えらいえらい」
「それじゃあ、ちょっと仕事ができる所を見せますかね」
冒険者の一団が、緊張感のない軽口を叩きながら、妙な物を担ぎ上げた。
防御柵に使いそうな、巨大な木の杭。
「よーし、ヤロウ共いけ! 死んでこい!」
── 『ほいさっ』
物騒な指示に応える掛け声は、軽妙を通り超して、軽薄なくらいだ。
身の丈ほどの巨大な木杭を抱きかかえた男が10人ほど。
誰もが、騎士顔負けの重装甲に身を包み、怖れも躊躇無く、魔物の大群へと飛び込んでいく。
魔物は、突如として飛び出した自殺志願者に驚いたのか、慌てて避ける。
そのわずかに開いた空白地帯に、ドンドンドン……ッと、木杭が半円を描くように、地面に打ち込まれた。
「あーらよっと!」
途端、10人の男達は、握り拳の倍くらいの金槌で、木杭の頂点をぶん殴る。
すると、太い釘のような金具が埋まり込み、ガキン!と石を叩くような異音が鳴る。
「よーし、引けっ 全力で引き上げろっ」
城壁外に飛び込んでいた男10人は、腰に巻き付けてあったロープで引っ張り戻される。
彼らが城壁の半分ほどの高さになった時に、杭が作動した。
『ゴーン!』と警鐘を打ち鳴らすような、魔法の起動音。
ズズズン……ッ!と地面が波打ち、陥没と隆起が同時に起こる。
まるで野外円形劇場のような、すり鉢状の地形が形成された。
それに多数の魔物が巻き込まれ、将棋倒しのように倒れ込んで、引きずり込まれる。
── ギャアギャア! ギヒィヒィン! グワァア! グルル!
まるで泥の渦巻きに吸い込まれるような光景。
次いで、もう一度、『ゴーン!』魔法の起動音。
すぐさま、ゴウゴウと灼熱の炎が広がり、一瞬で泥のすり鉢が真っ赤に焼け焦げる。
当然、そこに引きずり込まれた魔物の群れは、無事ではすまない。
一気に、100匹近い中型の魔物が焼殺される。
「な……っ なんだアレは!?」
騎士達がどよめいた。
冒険者のリーダーらしき男は、自慢げに説明する。
「火鉢って俺らは呼んでる。
木の根を掘り起こす抜根って言う街道整備の土木用魔法に、上級の灼熱魔法を足し合わせた、トンデモ魔導具だ。
灰ネズミって通り名の、モグリ魔法技工士のババアが、ああいうヤバイの取り揃えているんだ」
「おい冒険者ども!
流石にそれは、違法行為だぞ!?」
「でも騎士さんよ。
お陰で生き残れそうだろ?」
「それは、……そうだがっ」
「それにこれで、騎士の皆様がたの出動する隙間ができただろ?」
冒険者のリーダーはなんとも無しに、爆心地を指差す。
魔物は知能が高い。
それ故に、未知を怖れ、仲間の死に警戒をする。
さっき、100匹の魔物に死を振りまいた魔導具のある辺りは、警戒して近寄りもしない。
「今日だけは、違法行為に目をつぶろう」
「まったく、お堅いねえ」
冒険者のリーダーがそう言うと、周囲の仲間からどっと笑いが起こる。
「便利だから使えばいいのに」「なんであんなに石頭なのかしら」「ルール守って死んでどうすんだ」「お役人様の考える事は解らんな」
そんな声には構わず、騎士達は縄ばしごを下ろして、城壁外へと出動していった。
▲ ▽ ▲ ▽
冒険者の戦闘は、3人1組での散兵戦術。
縦横無尽に動き回り、攪乱しながら魔物を狩るのが目的だ。
対して、騎士の戦闘は、重装甲による密集陣形 ── 横隊が基本。
防衛戦のような、一歩も引けない戦場こそが、彼らの仕事場だ。
「右前方から、<盾甲菱凧>の一群!
総員、防御態勢!」
── 『おうっ!』
奮起の雄叫びに、わずかに恐怖の震えが混じる。
故郷の危機に立ち向かう勇士達は、隊列を組んで巨大盾を揃え、前傾体勢で衝突に備える。
── ギャラガラガラガラガラ……ッ!
魔物の衝突音は、まるで回転ノコが金属をかすったような物だった。
肉弾の防波堤に、小型の魔物の一団がぶつかり、白波のように引いていった。
その魔物は『空飛ぶ二枚貝』であり、海洋生物のエイに似た外観だ。
白く薄い本体と、長くて細い尾を持っている。
低空に群れて浮かぶ姿は、まるで『連凧』だ。
「法撃用意! 構え!」
盾で作った防御壁から、刃が突き出た。
「<刻印廻環>起動! 放て!」
盾の眼形や、盾の上から突き出された<正剣>が、内蔵型<魔導具>を稼働させて、一斉に衝撃波を放つ。
── ズウゥ……ンッ!と、重々しい音を立てて空気が歪み、魔法の大槌が炸裂した。
低空に浮かぶ『連凧』のような魔物の群れが、硬い殻に亀裂を走らせて、落下する。
「総員、突撃! 総員、突撃!」
── 『うおおおおっ』
騎士達が駆け出し、今度は敵を囲い込む。
白い殻の魔物を、巨大盾で殴りつけるように抑え込む。
それを相棒が、二枚貝のような殻の隙間や、ひび割れに剣を突き立てて、止めを差していく。
その中には、不運にも反撃を受ける者もいた。
「うわあ、溶解液が足にっ!?」
長細い管状の尾から消化液をかけられ、パニックになる新兵。
「おい、落ち着けっ」
「いやだぁ、野良犬みたいにドロドロに溶かされたくないっ」
「大丈夫だ、少量かかったくらいじゃ死なんっ」
▲ ▽ ▲ ▽
── ボルルゥルゥウウ!と、地に響くような野太い叫び。
暴走する荷車を思わせる、巨大な魔物の襲撃。
その姿を端的に表せば、巨大なヒキガエル。
全身に岩のような突起を生やした魔物が、超重量級の体当たりをしてくる。
── 『うおおおおっ』
3列横隊の1列目が背丈盾で受け止めた。
すぐさま矢継ぎ早の指示が飛ぶ。
「反撃、用意! 構え! <刻印廻環>起動! 放て!」
3列横隊の2列目と3列目が、魔物を受け止める1列目の頭越しに<正剣>を突き出す。
真剣に内蔵された<魔導具>を起動。
20~30発の衝撃波が合わさり、巨大な激震となり、ズンッ!と巨体を揺らす。
── グギャッ!と魔物の大口から悲鳴が漏れた。
大の男の背丈の倍がある巨大な魔物が、たまらず体勢を崩す。
「もう一度だ! 法撃準備! 一点集中して装甲を叩き割れ!」
1列目の騎士が跪いて、<魔導器>内蔵型の剣を構える。
2列目・3列目の騎士は、その後ろに並んで、同じように構えた。
隊員約50人による、衝撃波魔法の一斉射撃だ。
ズウゥ……ンッ! ズウゥ……ンッ! ズウゥ……ンッ!と何度も魔物の巨体が揺れる。
さらなる追撃を、という時に、魔物が反撃した。
いきなり低く身を伏せたと思えば、喉の袋を大きく膨らませる。
ボルルゥ、ボルルゥ、ボルルゥ、ボルルゥ!
同時に『ゴーン!』と警鐘を打つような音が響く。
魔物の魔法起動音。
その効果は破格だった。
「な、なんだっ」「地面が揺れるっ?」
足下を襲った微震は、すぐさま局所的な激震に変わる。
魔法攻撃どころか、立っている事さえ精一杯の状況だ。
さらに、地中から石塊が次々と跳ね上がり、真下から突き上げてくる。
── ドォオオン!
「ぐわぁっ」
── ドォオオン!
「ひぃあっ」
── ドォオオン!
「うわぁあっ」
局所的な激震と、石塊の突き上げの魔法攻撃が終わると、隊列は崩壊していた。
はね飛ばされた者、落下した仲間の下敷きになった者の他に、激震に耐えきれず倒れたり尻餅をついた者も少なくない。
それを好機とみたのだろう。
魔物は、ボルルゥルゥウウ!と一際大きく声を上げて、突っ込んだ。
「うわぁああ……っ」
倒れた騎士が慌てて立ち上がろうとするが、間に合わない。
── しかし、ガキンッ!と異音が鳴る。
暴走トラックのような大型魔物の突進を、盾のような巨大な剣で受け止める巨漢の姿。
黒白斜め縞の上着は、<裏・御三家>は<轟剣流>が証。
背中に刺繍された意匠は、菱形4個が溶けて繋がった十字紋。
さらに、右下からの半円囲みは、枝に実る聖果・山梨。
左上から半円囲みは、翼の生えた雲の姿で表される聖水霊。
── 聖教の中でも、高位の聖職者しか袖を通す事を許されない、最上の聖紋衣だ。
「神童カルタ殿!?」
「ぬうぅっ、せいや!」
<轟剣流>が誇る若き英雄は、岩でも粉砕しそうな双腕の引っ掻きも、難なく受け流す。
「怯むな、ユニチェリーの道場生たちよ!
その方らに授けられた、剣帝流の秘術を忘れたか!
今こそ絶好の機なり、騎士の本分、魔剣士の勤めを果たせ!
── つまり、汚名返上!」
逞しい巨漢の背中。
頼もしく勇ましい英雄の姿に、同門の魔剣士達が奮起する。
「ああ、絶好の機会だ!」「斬鉄の魔法剣、見せてやる」「試し斬りの相手として、不足無しっ」「皆、神童に続け!」
ユニチェリー道場の門弟達が集まり、全員が指に付けた小さな<魔導具>を、一斉に起動。
── 『うおおおおっ』
十人弱の門弟達は雄叫びを上げて、魔物へと躍りかかった。
▲ ▽ ▲ ▽
日が沈む頃には、戦闘は鎮静化した。
大型の魔物は、昼行性が多いようで、日が暮れると森へと引き上げていった。
激戦の騎士達は、ようやく一息つく。
疲れと汚れをシャワーで流し、各々ケガを治療する。
そんな騎士詰め所の一角で、疑問の声が上がった。
「よう、<轟剣流>。
昼間に神童が言ってた『秘術』ってのは、何だったんだ?」
「そういえば、『斬鉄の魔法剣』とか言ってたな」
声をかけられた<轟剣流>分派のユニチェリー道場生2人は、顔を見合わせてニヤリと笑った。
「耳ざとい奴だな」
「やれやれ、仕方ない教えてやるよ」
彼らは、もったいぶって見せつけたのは、それぞれの利き手。
「なんだ、そのツタ……指輪なのか?」
「ウゲッ、こんな細い物に、びっしり魔導文字が刻んである」
「マジかよ、これ<魔導具>なのか!?」
「なんだ、どうした?」
そんな騒ぎを聞きつけ、他の部隊の騎士も近寄ってくる。
「コイツを起動すれば、木刀だって刃物に早変わり」
「真剣で使えば鉄兜だって真っ二つ、『斬鉄の魔法剣』さ」
自慢するように利き手に填めた『何重も巻かれたツタの指輪』を見せつける。
「おいおい、そんな<魔導具>聞いた事ないぞっ」
「魔法剣の大家<魄剣流>でも、そんな魔法剣ないぞっ」
ざわめきが衆目を集める。
「どうせ変な、まがい物を掴まされたんだろ」
近くに居た別の騎士が、冷めた顔でケチをつける。
最初に声をかけた騎士達が、その疑念を否定する。
「いや、コイツら、ただの錬金装備で<石伏蝦蟇>を斬ったんだぞ?」
「あの石みたいな背中の装甲を、切り刻んだんだ、絶対に普通じゃねえだろ?」
すると、着替えながら耳を傾けていた騎士達が、身を乗り出してくる。
「何、それ本当か?」
「おい、そんなスゴイ魔法剣があるのか!」
「おい<轟剣流>、俺にも教えろよ」
「どこに売ってるんだ、それ!」
「おいおい、何の騒ぎだ」
どんどん人だかりが増えてくる。
ユニチェリー道場生2人は、どさくさに紛れて拝借しようとする手を叩いて退け、ツタで出来た貧素な指輪を、大切そうに守る。
「バカ、こんな凄い物がその辺りに売ってる訳ないだろ?」
「おい、剣帝流の秘術だぞ! きたねえ手で触るなってっ」
その言葉に、周囲の騎士達は驚きの声を上げた。
「剣帝流だと!」
「剣帝流の秘術って何だよ!」
「おい、なんでお前ら<轟剣流>の分派が、そんな物を!?」
「お前らまさか、剣帝様に会ったのか!」
ユニチェリー道場生2人は顔を、チラリと視線を合わせて、曖昧に答える。
「あ~……つまりだ、ウチの道場主が剣帝様と顔見知りでな?」
「ああ、そうそう! 色々交流みたいなのがあるんだよ、お弟子さんと手合わせしたりとか」
「そういう縁があるもんで、特別に譲ってもらったんだよ」
「うんうん、魔物退治に是非役立ててくれって、特別に造ってくれてなっ」
苦しい言い訳をするような、微妙な顔で答える。
まあ、真実はあまりにも突拍子がないのに、素直にそのまま伝えられないという事もあるだろう。
1度道場破りに来た相手が、1月後には決闘の助っ人として登場し、さらに<魔導具>を売ってくれたとか、意味不明が過ぎる。
「倍の値段出すから、俺に譲ってくれ。いくらで買ったんだ?」
さっきから執拗に指輪に手を伸ばしてくる、同僚の1人が、ついにそんな事を言い出す。
「いや~、元は金貨1枚だからって、そんなに安くは ──」
「── おい、バカ! それ言うなって!」
片方のユニチェリー道場生がうっかり口を滑らせ、もう1人が慌てて口を塞ぐ。
しかし、遅かった。
「── きっ、き・ん・か・1・ま・いぃ~~!?」
「なんだソレ! 安すぎだろ!?」
「剣帝様って噂どおり、本当に無欲なんだな!」
「本当に剣帝流の秘術なのか、ソレ、安すぎだろ!」
「初級魔法の<短導杖>じゃねえんだぞ!」
「おし、俺5倍出す、金貨5枚で売ってくれっ」
「バカ言うんじゃねえよ、最低10枚だろ! 俺に売ってくれっ」
「俺、20枚で買うぞ! 剣帝流の秘術ってなら、そのくらいしても良いはずだ!」
騎士詰め所の更衣室は、収拾の付かない状態になっていた。
▲▽▲▽
夜半。
先ほど説明した通り ──
── 日が沈む頃には、戦闘は鎮静化した。
── 大型の魔物は、昼行性の物が多いためだ。
ほとんどの魔物は、都市防衛の騎士や冒険者達が屠った魔物の死骸を、森の中に引きずり、時折奪い合っている。
だからと言って、夜行性の魔物が居ない訳ではない。
さらには、外壁に爪を立てて登り上がってくる、器用な種の魔物も少なくない。
グル……ッ グルル……ッ
高山の谷間を住処とする、大型トカゲ<岩壁虎眼>。
カエルに似た声で小さな合図を交わしながら、物陰を素早く移動し、徐々に城壁を登ってくる。
── ビィィイイイン! と弦の音が微かに響いた。
「うぉりゃあああ!」
勇ましい叫びと共に、城壁から軽甲の女冒険者が飛び出した。
文字通り『飛び出した』彼女は、どういう訳か空中を走り、カーブしながら城壁半ばの魔物に接近。
魔物は、慌てて防御態勢をとる。
谷間の岩壁に擬態する外殻は、本物に負けず劣らずの防御を誇る。
しかし、勇ましい女冒険には問題ない。
彼女が振りかぶったのは、鋼鉄の大槌。
「── どりゃああ、落ちろ!」
ギャギャ!
思いも寄らぬ重撃で、大型トカゲ<岩壁虎眼>は岩壁から引き剥がされて、落下。
ひっくり返って、柔らかな腹部を晒す魔物に、他種の肉食性の魔物が殺到し、その姿はすぐに見えなくなった。
「ハハハ! 楽勝!」
中空に浮かびながら、勝ち誇る女戦士。
「さすがはアネキ!」「きゃー、リーダーかっこいい!」「今日もシックスパックがキレキレ!」「よ! <翡翠領>抱かれたい女ナンバーワン!」
城壁の上から喝采や口笛が飛ぶ。
それに応えるように、女冒険者はポーズを取って自慢の筋肉を披露し始めた。
その真横で、ビィイイン!と弦の音が鳴った。
「なんだい、いったいっ」
彼女がそちらを見れば、弦に絡まる魔物の姿。
コウモリの翼のような皮膜を後脚につけた、巨大な黒猫<後翅夜猫>。
その黒猫の首に別の弦が巻き付き、パアァン!と快音と共に血を吐いて落下する。
どうやら、弦を伝って衝撃波魔法を炸裂させたようだ。
「油断しすぎであ~る。
早く残りを片付けたまへ」
緑のマントを身につけた男が、城壁の上で片手を広げている。
弦だ、鉄弦が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
虚空を移動していてように見えた女冒険者も、鉄弦の上を走っていたのだ。
彼が、片手の指から伸びる弦を、ビン!と鳴らすと、『矢尻付きの舌』が跳ね返されて、舌を伸ばしていた大型トカゲ<岩壁虎眼>の顔面に命中する。
「ちぃッ、小うるさい男だね!
そんなんじゃ女房に愛想つかされるよ!」
女冒険者は悪態をつきながら、鉄弦を飛び跳ね、次々と大槌を振るう。
ガギン!ゴギン!ゴガン!と快音のたびに、岩石に擬態して防御する魔物が打ち落とされた。
「拙は旅の楽士くずれ、根無し草で帰る家も持たない。
ゆえに、独り身であ~る」
「なるほど、神経質そうだもんね、アンタ!
そりゃあ、女にモテない訳だ!」
「余計なお世話であ~る」
魔物が時折、舌を矢のように飛ばし、迎撃をしてくる。
だがそれは、マントの男が鉄弦で防御網を作り、防いでいた。
「全く、これだけ負担を分散させても、まだ指が千切れそうであ~る。
ウンザリといった顔で、楽士くずれの男・リュートは弦を操作し続ける。
女冒険者の走る道を作り、時折、死角からの攻撃を防御するために。
そして、時折の反撃から守るために。
「拙は、先ほど『弦の強度のため1人だけ、出来るだけ軽い女性冒険者を』と言ったはず。
それが何故、こんな『男顔負けの筋肉女』が出てくるのか……っ」
「なんだい、楽士くずれ!
何か今、文句でも言ったかい!?」
「……しかも、地獄耳であ~る」
軽口を叩きながらも、男の手は竪琴でも弾くかのように、細かく動き続ける。
それに連動して、鉄弦は絶え間なく形を変え、人間に有利なフィールドを形成し続ける。
「アイツ、意外とやるじゃねえか」
「魔力の量だけ見たら、まるで役立たずなのにね」
「弦に魔力を通して操るなんて、とんでもねえ特技だぜ」
「コイツは掘り出し物だ」
「アンタ、単身なんだろ。
どうだい、ウチのパーティに入らないかい?」
「おい、バカ、こっちが先だぞ」
「いやいや、アネゴのパーティに入るに決まってるだろ!」
「なんだ、やんのかコラ!」
「上等、昼間は手隙で体力持て余してたんだっ」
「お前ら、まとめて叩きのめしてやるっ」
周囲にたむろしていた冒険者達が、やいのやいの、と盛り上がり、勝手な事を言い始める。
しかも、昼間の防衛で仕事を終えているのか、片手にビールを持っていたりと、半ば宴会のような状況だった。
「こんな粗暴な連中にいつまでも付き合うなんて……
冗談じゃないのであ~る」
楽士くずれの男・リュートは、冒険者達の身勝手な言動に呆れ、こっそりとため息をついた。