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75/218

75:氾濫の最中

異変から8日目の<翡翠領>(グリンストン)



街に押し寄せた、数万の魔物の群れは、もはや大河の様相だった。

大雨で氾濫した大河が、濁流と化して全てを押し流さんとするような、そんな様相。


都市城壁がいくら頑強であっても、膨大な群れと比べると、ちっぽけで頼りない。

増水した大河のど真ん中に残された、わずかな中州の土地、といった印象だ。

数万の魔物が形作る濁流に呑み込まれ、姿を消すのも時間の問題。



── そんな危機感が、さらに苛立ちを煽る。



「冒険者どもめ、何を遊んでやがるっ」

「やはり金貨2枚で雇いあげるなんて、カネの無駄だったんじゃないんですか?」

「A級とはいえ、所詮は冒険者。やはり騎士にもなれなかった落伍者の集団か」



騎士達に、そんな不満の声が上がっていた。

彼らは、まさに都市を呑み込まんとする『濁流』へと、飛び込まんとする、勇士の集団だった。


そして、上位の冒険者達は、その補佐を任されていた。



「まったく、うるさい雇い主様だ」

「はいはい、騎士様たち、えらいえらい」

「それじゃあ、ちょっと仕事ができる所を見せますかね」



冒険者の一団が、緊張感のない軽口を叩きながら、妙な物を担ぎ上げた。

防御柵に使いそうな、巨大な木の杭。



「よーし、ヤロウ共いけ! 死んでこい!」


── 『ほいさっ』



物騒な指示に応える掛け声は、軽妙を通り超して、軽薄なくらいだ。

身の丈ほどの巨大な木杭を抱きかかえた男が10人ほど。

誰もが、騎士顔負けの重装甲に身を包み、怖れも躊躇無く、魔物の大群へと飛び込んでいく。


魔物は、突如として飛び出した自殺志願者に驚いたのか、慌てて避ける。

そのわずかに開いた空白地帯に、ドンドンドン……ッと、木杭が半円を描くように、地面に打ち込まれた。



「あーらよっと!」



途端、10人の男達は、握り拳の倍くらいの金槌で、木杭の頂点をぶん殴る。

すると、太い釘のような金具が埋まり込み、ガキン!と石を叩くような異音が鳴る。



「よーし、引けっ 全力で引き上げろっ」



城壁外に飛び込んでいた男10人は、腰に巻き付けてあったロープで引っ張り戻される。

彼らが城壁の半分ほどの高さになった時に、杭が作動した。


『ゴーン!』と警鐘を打ち鳴らすような、魔法の起動音。



ズズズン……ッ!と地面が波打ち、陥没と隆起が同時に起こる。

まるで野外円形劇場のような、すり鉢状の地形が形成された。


それに多数の魔物が巻き込まれ、将棋倒しのように倒れ込んで、引きずり込まれる。



── ギャアギャア! ギヒィヒィン! グワァア! グルル!



まるで泥の渦巻きに吸い込まれるような光景。



次いで、もう一度、『ゴーン!』魔法の起動音。

すぐさま、ゴウゴウと灼熱の炎が広がり、一瞬で泥のすり鉢が真っ赤に焼け焦げる。


当然、そこ(・・)に引きずり込まれた魔物の群れは、無事ではすまない。


一気に、100匹近い中型の魔物が焼殺される。



「な……っ なんだアレは!?」



騎士達がどよめいた。

冒険者のリーダーらしき男は、自慢げに説明する。


「火鉢って俺らは呼んでる。

 木の根を掘り起こす抜根(モグラ)って言う街道整備の土木用魔法に、上級の灼熱魔法を足し合わせた、トンデモ魔導具だ。

 灰ネズミって通り名の、モグリ魔法技工士(クラフター)のババアが、ああいうヤバイの取り揃えているんだ」


「おい冒険者ども!

 流石にそれは、違法行為だぞ!?」


「でも騎士さんよ。

 お陰で生き残れそうだろ?」


「それは、……そうだがっ」


「それにこれで、騎士の皆様がたの出動する隙間ができただろ?」



冒険者のリーダーはなんとも無しに、爆心地を指差す。


魔物は知能が高い。

それ故に、未知を怖れ、仲間の死に警戒をする。


さっき、100匹の魔物に死を振りまいた魔導具のある辺りは、警戒して近寄りもしない。



「今日だけは、違法行為に目をつぶろう」


「まったく、お堅いねえ」



冒険者のリーダーがそう言うと、周囲の仲間からどっと笑いが起こる。


「便利だから使えばいいのに」「なんであんなに石頭なのかしら」「ルール守って死んでどうすんだ」「お役人様の考える事は解らんな」



そんな声には構わず、騎士達は縄ばしごを下ろして、城壁外へと出動していった。





▲ ▽ ▲ ▽



冒険者の戦闘は、3人1組での散兵戦術。

縦横無尽に動き回り、攪乱しながら魔物を狩るのが目的だ。


対して、騎士の戦闘は、重装甲による密集陣形 ── 横隊が基本。

防衛戦のような、一歩も引けない戦場こそが、彼らの仕事場だ。



「右前方から、<盾甲菱凧(シルドカイト)>の一群(いちぐん)

 総員、防御態勢!」


── 『おうっ!』



奮起(ふんき)の雄叫びに、わずかに恐怖の震えが混じる。

故郷の危機に立ち向かう勇士達は、隊列を組んで巨大盾(タワーシールド)を揃え、前傾体勢で衝突に備える。


── ギャラガラガラガラガラ……ッ!


魔物の衝突音は、まるで回転ノコが金属をかすったような物だった。

肉弾の防波堤に、小型の魔物の一団がぶつかり、白波のように引いていった。


その魔物は『空飛ぶ二枚貝』であり、海洋生物のエイに似た外観だ。

白く薄い本体と、長くて細い尾を持っている。

低空に群れて浮かぶ姿は、まるで『連凧(れんだこ)』だ。



「法撃用意! 構え!」

 


盾で作った防御壁から、刃が突き出た。



「<刻印廻環(ループ・リング)>起動! 放て!」



盾の眼形(スリット)や、盾の上から突き出された<正剣>(フォーマル)が、内蔵型<魔導具>(マジックアイテム)を稼働させて、一斉に衝撃波を放つ。


── ズウゥ……ンッ!と、重々しい音を立てて空気が歪み、魔法の大槌が炸裂した。

低空に浮かぶ『連凧(れんだこ)』のような魔物の群れが、硬い(から)に亀裂を走らせて、落下する。



「総員、突撃! 総員、突撃!」


── 『うおおおおっ』



騎士達が駆け出し、今度は敵を囲い込む。

白い(から)の魔物を、巨大盾(タワーシールド)で殴りつけるように(おさ)え込む。

それを相棒(バディ)が、二枚貝のような殻の隙間や、ひび割れに剣を突き立てて、(とど)めを()していく。



その中には、不運にも反撃を受ける者もいた。



「うわあ、溶解液が足にっ!?」



長細い管状の尾から消化液をかけられ、パニックになる新兵。



「おい、落ち着けっ」


「いやだぁ、野良犬みたいにドロドロに溶かされたくないっ」


「大丈夫だ、少量かかったくらいじゃ死なんっ」





▲ ▽ ▲ ▽



── ボルルゥルゥウウ!と、地に響くような野太い叫び。


暴走する荷車を思わせる、巨大な魔物の襲撃。

その姿を端的に表せば、巨大なヒキガエル。


全身に岩のような突起を生やした魔物が、超重量級の体当たりをしてくる。



── 『うおおおおっ』



3列横隊の1列目が背丈盾(ハイタワー)で受け止めた。


すぐさま矢継(やつ)(ばや)の指示が飛ぶ。



「反撃、用意! 構え! <刻印廻環(ループ・リング)>起動! 放て!」



3列横隊の2列目と3列目が、魔物を受け止める1列目の頭越しに<正剣>(フォーマル)を突き出す。

真剣に内蔵された<魔導具>(マジックアイテム)を起動。


20~30発の衝撃波が合わさり、巨大な激震となり、ズンッ!と巨体を揺らす。



── グギャッ!と魔物の大口から悲鳴が漏れた。

大の男の背丈の倍がある巨大な魔物が、たまらず体勢を崩す。



「もう一度だ! 法撃準備! 一点集中して装甲を叩き割れ!」



1列目の騎士が(ひざまず)いて、<魔導器>内蔵型の剣を構える。

2列目・3列目の騎士は、その後ろに並んで、同じように構えた。


隊員約50人による、衝撃波魔法の一斉射撃だ。

ズウゥ……ンッ! ズウゥ……ンッ! ズウゥ……ンッ!と何度も魔物の巨体が揺れる。


さらなる追撃を、という時に、魔物が反撃した。

いきなり低く身を伏せたと思えば、喉の袋を大きく膨らませる。



ボルルゥ、ボルルゥ、ボルルゥ、ボルルゥ!



同時に『ゴーン!』と警鐘を打つような音が響く。

魔物の魔法起動音。

その効果は破格だった。



「な、なんだっ」「地面が揺れるっ?」



足下を襲った微震は、すぐさま局所的な激震に変わる。

魔法攻撃どころか、立っている事さえ精一杯の状況だ。



さらに、地中から石塊が次々と跳ね上がり、真下から突き上げてくる。



── ドォオオン!


「ぐわぁっ」



── ドォオオン!


「ひぃあっ」



── ドォオオン!


「うわぁあっ」



局所的な激震と、石塊の突き上げの魔法攻撃が終わると、隊列は崩壊していた。

はね飛ばされた者、落下した仲間の下敷きになった者の他に、激震に耐えきれず倒れたり尻餅をついた者も少なくない。


それを好機とみたのだろう。

魔物は、ボルルゥルゥウウ!と一際大きく声を上げて、突っ込んだ。



「うわぁああ……っ」



倒れた騎士が慌てて立ち上がろうとするが、間に合わない。



── しかし、ガキンッ!と異音が鳴る。

暴走トラックのような大型魔物の突進を、盾のような巨大な剣で受け止める巨漢の姿。


黒白斜め(しま)の上着は、<(うら)御三家(ごさんけ)>は<轟剣(ごうけん)流>が証。


背中に刺繍された意匠は、菱形4個が溶けて繋がった十字紋。

さらに、右下からの半円囲みは、枝に実る聖果・山梨(やまなし)

左上から半円囲みは、翼の生えた雲の姿で(あらわ)される聖水霊(クラムボン)

── 聖教の中でも、高位の聖職者しか袖を通す事を許されない、最上の聖紋衣だ。



「神童カルタ殿!?」


「ぬうぅっ、せいや!」



<轟剣流>が誇る若き英雄は、岩でも粉砕しそうな双腕の引っ掻きも、難なく受け流す。



「怯むな、ユニチェリーの道場生たちよ!

 その(ほう)らに授けられた、剣帝流の秘術を忘れたか!

 今こそ絶好の機なり、騎士の本分、魔剣士の勤めを果たせ!

 ── つまり、汚名返上!」



逞しい巨漢の背中。

頼もしく勇ましい英雄の姿に、同門の魔剣士達が奮起する。



「ああ、絶好の機会だ!」「斬鉄の魔法剣、見せてやる」「試し斬りの相手として、不足無しっ」「皆、神童に続け!」



ユニチェリー道場の門弟達が集まり、全員が指に付けた小さな<魔導具>(マジック・アイテム)を、一斉に起動。



── 『うおおおおっ』



十人弱の門弟達は雄叫びを上げて、魔物へと躍りかかった。





▲ ▽ ▲ ▽



日が沈む頃には、戦闘は鎮静化した。

大型の魔物は、昼行性が多いようで、日が暮れると森へと引き上げていった。


激戦の騎士達は、ようやく一息つく。

疲れと汚れをシャワーで流し、各々ケガを治療する。


そんな騎士詰め所の一角で、疑問の声が上がった。



「よう、<轟剣流>。

 昼間に神童が言ってた『秘術』ってのは、何だったんだ?」

「そういえば、『斬鉄の魔法剣』とか言ってたな」



声をかけられた<轟剣流>分派のユニチェリー道場生2人は、顔を見合わせてニヤリと笑った。



「耳ざとい奴だな」

「やれやれ、仕方ない教えてやるよ」



彼らは、もったいぶって見せつけたのは、それぞれの利き手。



「なんだ、そのツタ……指輪なのか?」

「ウゲッ、こんな細い物に、びっしり魔導文字が刻んである」

「マジかよ、これ<魔導具>(マジック・アイテム)なのか!?」

「なんだ、どうした?」



そんな騒ぎを聞きつけ、他の部隊の騎士も近寄ってくる。



「コイツを起動すれば、木刀だって刃物に早変わり」

「真剣で使えば鉄兜だって真っ二つ、『斬鉄の魔法剣』さ」



自慢するように利き手に填めた『何重も巻かれたツタの指輪』を見せつける。



「おいおい、そんな<魔導具>(マジック・アイテム)聞いた事ないぞっ」

「魔法剣の大家(たいか)魄剣(はくけん)流>でも、そんな魔法剣ないぞっ」



ざわめきが衆目を集める。



「どうせ変な、まがい物を掴まされたんだろ」



近くに居た別の騎士が、冷めた顔でケチをつける。

最初に声をかけた騎士達が、その疑念を否定する。



「いや、コイツら、ただの錬金装備で<石伏蝦蟇(ストンシェイカー)>を斬ったんだぞ?」

「あの石みたいな背中の装甲を、切り刻んだんだ、絶対に普通じゃねえだろ?」



すると、着替えながら耳を傾けていた騎士達が、身を乗り出してくる。


「何、それ本当か?」

「おい、そんなスゴイ魔法剣があるのか!」

「おい<轟剣流>、俺にも教えろよ」

「どこに売ってるんだ、それ!」

「おいおい、何の騒ぎだ」



どんどん人だかりが増えてくる。


ユニチェリー道場生2人は、どさくさに紛れて拝借しようとする手を(はた)いて退け、ツタで出来た貧素な指輪を、大切そうに守る。



「バカ、こんな凄い物がその辺りに売ってる訳ないだろ?」

「おい、剣帝流の秘術だぞ! きたねえ手で触るなってっ」



その言葉に、周囲の騎士達は驚きの声を上げた。



「剣帝流だと!」

「剣帝流の秘術って何だよ!」

「おい、なんでお前ら<轟剣流>の分派が、そんな物を!?」

「お前らまさか、剣帝様に会ったのか!」



ユニチェリー道場生2人は顔を、チラリと視線を合わせて、曖昧に答える。



「あ~……つまりだ、ウチの道場主が剣帝様と顔見知りでな?」

「ああ、そうそう! 色々交流みたいなのがあるんだよ、お弟子さんと手合わせしたりとか」

「そういう縁があるもんで、特別に譲ってもらったんだよ」

「うんうん、魔物退治に是非役立ててくれって、特別に造ってくれてなっ」



苦しい言い訳をするような、微妙な顔で答える。

まあ、真実はあまりにも突拍子がないのに、素直にそのまま伝えられないという事もあるだろう。


1度道場破りに来た相手が、1月後には決闘の助っ人として登場し、さらに<魔導具>(マジック・アイテム)を売ってくれたとか、意味不明が過ぎる。



「倍の値段出すから、俺に譲ってくれ。いくらで買ったんだ?」



さっきから執拗に指輪に手を伸ばしてくる、同僚の1人が、ついにそんな事を言い出す。



「いや~、元は金貨1枚だからって、そんなに安くは ──」

「── おい、バカ! それ言うなって!」



片方のユニチェリー道場生がうっかり口を滑らせ、もう1人が慌てて口を塞ぐ。

しかし、遅かった。



「── きっ、き・ん・か・1・ま・いぃ~~!?」

「なんだソレ! 安すぎ(・・・)だろ!?」

「剣帝様って噂どおり、本当に無欲(・・・・・)なんだな!」

「本当に剣帝流の秘術なのか、ソレ、安すぎだろ!」

「初級魔法の<短導杖(ワンド)>じゃねえんだぞ!」

「おし、俺5倍出す、金貨5枚で売ってくれっ」

「バカ言うんじゃねえよ、最低10枚だろ! 俺に売ってくれっ」

「俺、20枚で買うぞ! 剣帝流の秘術ってなら、そのくらいしても良いはずだ!」



騎士詰め所の更衣室は、収拾の付かない状態になっていた。





▲▽▲▽



夜半。


先ほど説明した通り ──


── 日が沈む頃には、戦闘は鎮静化した。

── 大型の魔物は、昼行性の物が多いためだ。



ほとんどの魔物は、都市防衛の騎士や冒険者達が屠った魔物の死骸を、森の中に引きずり、時折奪い合っている。



だからと言って、夜行性の魔物が居ない訳ではない。

さらには、外壁に爪を立てて登り上がってくる、器用な種の魔物も少なくない。



グル……ッ グルル……ッ


高山の谷間を住処とする、大型トカゲ<岩壁虎眼(タイガーアイ)>。

カエルに似た声で小さな合図を交わしながら、物陰を素早く移動し、徐々に城壁を登ってくる。



── ビィィイイイン! と弦の音が微かに響いた。


「うぉりゃあああ!」



勇ましい叫びと共に、城壁から軽甲の女冒険者が飛び出した。

文字通り『飛び出した』彼女は、どういう訳か空中を走り、カーブしながら城壁半ばの魔物に接近。


魔物は、慌てて防御態勢をとる。

谷間の岩壁に擬態する外殻は、本物に負けず劣らずの防御を誇る。


しかし、勇ましい女冒険には問題ない。

彼女が振りかぶったのは、鋼鉄の大槌。



「── どりゃああ、落ちろ(・・・)!」



ギャギャ!


思いも寄らぬ重撃で、大型トカゲ<岩壁虎眼(タイガーアイ)>は岩壁から引き剥がされて、落下。


ひっくり返って、柔らかな腹部を晒す魔物に、他種の肉食性の魔物が殺到し、その姿はすぐに見えなくなった。



「ハハハ! 楽勝!」



中空に浮かびながら、勝ち誇る女戦士。



「さすがはアネキ!」「きゃー、リーダーかっこいい!」「今日もシックスパックがキレキレ!」「よ! <翡翠領>抱かれたい女ナンバーワン!」



城壁の上から喝采や口笛が飛ぶ。

それに応えるように、女冒険者はポーズを取って自慢の筋肉を披露し始めた。



その真横で、ビィイイン!と弦の音が鳴った。



「なんだい、いったいっ」



彼女がそちらを見れば、弦に絡まる魔物の姿。

コウモリの翼のような皮膜を後脚につけた、巨大な黒猫<後翅夜猫(ナイトグライダー)>。


その黒猫の首に別の弦が巻き付き、パアァン!と快音と共に血を吐いて落下する。

どうやら、弦を伝って衝撃波魔法を炸裂させたようだ。



「油断しすぎであ~る。

 早く残りを片付けたまへ」



緑のマントを身につけた男が、城壁の上で片手を広げている。


弦だ、鉄弦が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

虚空を移動していてように見えた女冒険者も、鉄弦の上を走っていたのだ。


彼が、片手の指から伸びる弦を、ビン!と鳴らすと、『矢尻付きの舌』が跳ね返されて、舌を伸ばしていた大型トカゲ<岩壁虎眼(タイガーアイ)>の顔面に命中する。



「ちぃッ、小うるさい男だね!

 そんなんじゃ女房に愛想つかされるよ!」



女冒険者は悪態をつきながら、鉄弦を飛び跳ね、次々と大槌を振るう。

ガギン!ゴギン!ゴガン!と快音のたびに、岩石に擬態して防御する魔物が打ち落とされた。



「拙は旅の楽士くずれ、根無し草で帰る家も持たない。

 ゆえに、独り身であ~る」


「なるほど、神経質そうだもんね、アンタ!

 そりゃあ、女にモテない訳だ!」


「余計なお世話であ~る」



魔物が時折、舌を矢のように飛ばし、迎撃をしてくる。

だがそれは、マントの男が鉄弦で防御網を作り、防いでいた。



「全く、これだけ負担を分散させても、まだ指が千切れそうであ~る。



ウンザリといった顔で、楽士くずれの男・リュートは弦を操作し続ける。

女冒険者の走る道を作り、時折、死角からの攻撃を防御するために。

そして、時折の反撃から守るために。



(せつ)は、先ほど『弦の強度のため1人だけ、出来るだけ軽い女性冒険者を』と言ったはず。

 それが何故、こんな『男顔負けの筋肉女』が出てくるのか……っ」


「なんだい、楽士くずれ!

 何か今、文句でも言ったかい!?」


「……しかも、地獄耳であ~る」



軽口を叩きながらも、男の手は竪琴でも弾くかのように、細かく動き続ける。

それに連動して、鉄弦は絶え間なく形を変え、人間に有利なフィールドを形成し続ける。



「アイツ、意外とやるじゃねえか」

「魔力の量だけ見たら、まるで役立たずなのにね」

「弦に魔力を通して操るなんて、とんでもねえ特技だぜ」

「コイツは掘り出し物だ」

「アンタ、単身(ソロ)なんだろ。

 どうだい、ウチのパーティに入らないかい?」

「おい、バカ、こっちが先だぞ」

「いやいや、アネゴのパーティに入るに決まってるだろ!」

「なんだ、やんのかコラ!」

「上等、昼間は手隙(てすき)で体力持て余してたんだっ」

「お前ら、まとめて叩きのめしてやるっ」



周囲にたむろしていた冒険者達が、やいのやいの、と盛り上がり、勝手な事を言い始める。

しかも、昼間の防衛で仕事を終えているのか、片手にビールを持っていたりと、半ば宴会のような状況だった。



「こんな粗暴な連中にいつまでも付き合うなんて……

 冗談じゃないのであ~る」



楽士くずれの男・リュートは、冒険者達の身勝手な言動に呆れ、こっそりとため息をついた。



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