73:6日目の夜
!作者注釈!
うわぁ、昨日予定の更新予告をブッチしちゃった……。
更新時間に待ってた人、超すまん、反省。
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
街道脇に荷車を止めて、お昼の準備中。
調理の分担作業している女僧侶のルーナさんが、なんだか妙な事を訊いてきた。
「── え、リュートって人?
いや、知らない」
「えぇ……本当に?
こう、ポロロン!って、いつも弦を鳴らしてる男の人だよ?」
ルーナさんが、ヴァイオリン弾いてるみたいな身振り。
なんでも、数年前に『本村』にやって来て、そのまま居着いた人らしい。
「いや、本当に知らん。
何でまた、俺の知り合いと思ったの?」
「あー……うん。
ロック君によく似てるのよ、その人。
その、不思議な魔力の使い方が」
また、よく分からん事を言われる。
「不思議な、魔力の使い方?」
なんの話だ、それ?
「……お兄様以外に、こんな魔力の使い方をする人がいますの?」
「それはまた、珍しいのう」
俺としては自覚がないのだが、妹弟子と剣帝が反応する。
「こんな魔力の使い方って……
別に、普通だろ?」
「いや、絶対普通じゃないでしょう?」
「いや、絶対普通じゃないですわっ」
「いや、絶対普通ではないじゃろ」
ルーナさん、リアちゃん、ジジイ、3人から口を揃えて否定された。
最初はルーナさん。
「そもそも、何で魔力を細い糸みたいにしてるの?」
え、青い魔力使う練習の事?
糸をグルグル巻きにする、前世ニッポンの釣りの巻き軸のイメージ鍛えてる感じ?
あと、俺の魔力量がザコだから、省エネのため魔力消費を極小化していったらこうなった的な?
次はリアちゃん。
「お兄様、その糸状の魔力を、あちこち繋いでますよね?」
え、有線制御の接続の事?
この世界の魔法って、遠隔操作とか無線制御とかが苦手な仕様みたいだし。
遠隔発動させるだけならともかく、発動中の魔法の術式内容を書き換えるには、有線接続しておかないと。
最後はジジイ。
「前から疑問だったんじゃが、その妙な魔導文字の配列はなんなんじゃ?」
え、魔力文字を縦4×横4の碁盤目に配列している事?
前世ニッポンの表意文字みたいに、文字を図形化してんだよ。
あと、種類ごとに特徴つけて、パッと見た目で解るようにして。
『ワ型文字』で始まる構文は、最上段に拡大して付けて『かんむり』みたいに。
『L型文字』で終わる構文は、最下段に拡大して付けて『しんにょう』みたいに。
あと、『V偏』だと何の属性とか、『セ囲い』はこういう効果、『C囲い』はこういう効果、とか。
共通点から規則化した図形にしておくと、構文ミスを見付けやすいし、判別しやすいし、多分、脳ミソの処理も軽くなってるし。
良い事づくめなんで、みんなオススメ。
── そういう事を、軽く説明する。
「うわぁ……」
「はぁ……」
「うう~ん……」
みんな揃って、感心半分呆れ半分みたいな、微妙な吐息。
「……リュートさんも、かなりだったけど。
この子も、負けず劣らず変わってるわぁ……」
ルーナさんには、そんな事まで言われてしまう。
いや、だからさ。
俺、魔力量がザコ過ぎるんだから、MP節約を頑張らないと仕方ないじゃん、って?
(まあ、魔力の糸形状化については、アレだ。
昔、今生の兄がこんな訓練してたのを、見よう見マネでやってたらクセになっただけなんだけどな!)
この異世界での実兄って、剣術の基礎も知ってたし、魔力量もかなりデカかったし、魔剣士の才能あったのかもなぁ。
まあ、本人は、生まれ故郷で幼なじみ(割と美人!)と結婚して子供まで出来てるし。
常にポーカーフェイスな実兄だが、嫁と子供には優しいし、まさに絵に描いたような家庭円満で幸せそうだから、今さら魔剣士なんて興味ないだろうけど。
▲ ▽ ▲ ▽
「それで、その『リュートさん』って人。
具体的には、どんな魔法を使うんだ?」
「え、えぇ……っと」
ルーナさんに聞き返すと、何か言いにくそうにゴニョゴニョ。
「えっと、冗談じゃないから、笑わないでね?」
そんな前置きすら、してくる。
どんなヤツなんだよ、その『リュート』とか言う楽士……
「魔力を繊細に制御して、弦の音を変えるんだって……」
「うん、それで?」
「……本人が言うには、それだけ」
「ん?
そのリュートって人、魔力操作で楽器の音が変えられるだけの人なの?」
何の役に立つんだ、それ。
「本人が、よ。
本人が言うには、それだけらしいのよ。
── でも違うの!
絶対それだけじゃないのよ!
そんなので、魔物だらけの<ラピス山地>までひとり旅できる訳ないし!」
そりゃまあ、そうだろう。
ポロロンポロロン鳴らしてたら、魔物が催眠状態になるとかなら、まだしも。
ってか、そんな便利能力なんて、このファンタジーな異世界でも聞いた事もない。
「なんかね、弦を指に巻いて、バーって広げるのっ
すると、鉄製の弦が伸びて、魔物に巻き付けて引っ張ったり、投げ飛ばしたり、スゴい事するのよ!」
「な、なにぃ……い、糸使い……だとぉ……?」
しかも、鋼鉄製の弦だと!
つまり、本物の『鋼糸使い』!?
なんてこった、中二病の権化じゃねえか!
さすがは異世界、マジ半端ねえな!
(や、ヤバイ……っ
ちょっとだけ俺、ソイツに弟子入りしたくなってきたぞ!)
── いや、いかんいかん!
いくら落ちこぼれでも、俺はジジイの一番弟子!
魔剣士失格のナマクラ剣士だとしても、その恩義だけは忘れねえ!
「それ、どうやって操ってるんですか?って訊いても、『楽士に出来るのは、良い音を鳴らす事だけ』とかしか言わないし……
なんか、すごい変な人なのよぉ~っ」
ルーナさん、思い出しただけで、ジタバタ。
多分、その人の事、すごい苦手なんだろうな。
カエルやヘビ見た女子みたいな反応だし。
しかし、『音』か。
音って、つまり空気の振動。
んじゃ、楽器を鳴らす振動を利用して、弦を操ってるのか?
(うぅ~ん、新しい『必殺技』作るヒントになりそう……
マジで一度会ってみたいな、その『糸使い』さん)
そんな推測をしてると、ルーナさんが何かグチグチ言い続けてる。
「盗賊とかに会わなかったんですか?ってこっちは心配しているのに、『音楽は多くの人の心を揺り動かす術なのであ~る』とか、変な事ばっかり言うし」
ああ、なるほど。
楽器演奏で説得(物理)って事か。
鉄製の弦とか言ってるから、それでグルグル巻きにして盗賊退治してんのか。
「ひとりで魔物だらけの森とか、平気で入っていっちゃうし。
すごい変な人なのよ、もうっ」
「……なんか、その『リュート』って人。
盗賊退治とかで、旅費稼いだりしてそうだな……」
この辺りの魔物相手でも平気なら、対人戦は無敵だろ。
「もー、ロック君も、そういう事いわないっ
盗賊退治の報奨金でお金儲けとか、そんな危ない事ダメだからね?
ウチの妹みたいな事、いわないでよ!」
それからしばらく、ルーナさんの妹さんのグチを延々と聞かされ続けた。
俺だけ。
ジジイとリアちゃんは、そそくさと離れて、荷車で仮眠中。
俺も、まだ徹夜の疲れが抜けてなくて、眠いのに。
<聖都>で魔導師の勉強している、とか。
ルーナさんの女僧侶修行時代に下宿先に乗り込んできてそのまま居着いた、とか。
ドラゴンでも一撃粉砕する攻撃魔法を開発するのが夢、とか。
強くなったら盗賊狩りの報奨金ガッポガッポ、わたしお金持ち~!とか言ってる、とか。
「もう、あの子バカなんだから!
ねー、本当にどう思います、ウチの妹!?
お父さんもお母さんも、あの子には甘いし、もう最悪なのよぉ!!」
妹さんも、お姉さんに負けず劣らず、やたら濃いな!
寝不足でこんな話きかされ続けたら、胃もたれしそう(精神的に)。
▲ ▽ ▲ ▽
夜更けの<翡翠領>。
『魔物の大侵攻』の兆しから、6日目の夜。
「フワァ……ッ
夜に魔物が襲ってこないのだけは、ありがたいな」
「そうだな、フゥ……ン!」
城壁の上で、夜警の若い騎士2人が、あくびを噛み殺した。
そして1人が面白そうに、周囲を見渡す。
照明の<魔導具>に代わり、数百年ぶり並べられた篝火。
その炎の周りには、小さな蛾のような小虫が飛び回り、時々炎に焼かれていた。
「見ろよ、不思議なもんだな。
こういう普通の虫は、炎にたかるってのに。
虫型魔物は、魔法の光じゃないと反応しないんだぜ?」
「なんだ、お前。
本当は騎士じゃなくて、学者でも目指してたのか?」
「いや、そうじゃないけどな。
もし才能があれば、魔導師になりたかった、ってのはあるな。
まあ、うちが軍人家系って言っても、下っ端の貧乏貴族だ。
魔導師の学校に通うのは、ちょっとムリだったからな ──」
そんな身の上話をして ── ようやく若い騎士は気付く。
見張り番の相方の、反応がまるでない。
── いや、それどころか、呼吸の音すらも!
「── お、おい……!?」
炎に見とれていた、若い騎士は、慌てて振り返る。
そして、周囲を見渡す。
人間1人が、まるで幻のように消えてしまった。
「やめろ、バカ!
こんな時に、タチの悪い冗談はよせ!」
そんな必死の呼びかけに答えるように ──
── ガン、ガラン!と、背後で上がる金属音。
首ひもが切れて、血まみれになった鉄兜が、無造作に転がっていた。
「ひ、ひぃ……っ」
跳び上がりそうな恐怖を押し殺し、勇敢にも先を見上げると、ランランとした金色の瞳が闇に浮かび上がる。
漆黒の毛並みをした巨大な獣が、相棒の首を折ってぶら下げ、城壁の尖塔に着地していた。
── フシャァッ ニャァ~~!!
まるで、苛立つネコのような声が響く。
「こ、このぉっ
そいつを離せ、化け物がぁ!」
仲間を救おうと、<正剣>を構えて、内蔵型<魔導器>を起動しようとする。
しかし、彼もまた、同じ運命を辿る事になる。
つまり ── 漆黒の暗天から高速滑空してくる魔物に、死角から攫われて、空中で噛み殺されてしまった。
▲ ▽ ▲ ▽
「ルカ! ネコだ! 黒ネコが出た!
── つまりは、緊急事態!」
「ああ、相棒。
ワイも、今ちょうど聞いたとこや」
部屋に駆け込んできた巨漢に、2人の男が目を向ける。
その一方、武装した騎士は巨漢の方に振り返ると、慌てて姿勢を正した。
そしてすぐさま、右拳で左胸を叩くような独特の敬礼を行った。
「これは、神童カルタ殿!
も、申し遅れましたっ
わたくし、<翡翠領>防衛隊でレンジャー中隊を任されています ──」
「── いやいや、伝令さんって。
そんなん、今はええから、緊急事態やろ?
それより、早く、おたくの大将の所に戻って伝えてや」
その騎士に、もう1人の男・神童ルカが声をかける。
つとめて、軽い声で。
「神童ルカがこう言うとったってて。
『空飛ぶ黒猫は、先触れや』、と。
『魔物の大侵攻』の本隊が到着するという、先触れや」
そして、緊張し、切迫し、鋭く細めた眼光で。
「まさか、またこのような日が来るとは……っ
── つまりは、悪夢の再来!」
神童カルタは、忌々しいと、床を踏みしめる。
巨漢の体重をかけた、板張りを踏み抜かんばかりの力で。
「── す、すぐに報告してきます……っ!」
『西方の英雄』神童コンビの ── 『魔物の大侵攻』という特級の災厄を生き抜いた2人の様子に、伝令の騎士は表情を引きつらせた。
そして、理解した。
帝国の東北部最果ての都市<翡翠領>で、これから本当の地獄が始まるのだと。




