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72/218

72:悪人と聖人、あと変態

俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)




6日目も相変わらず、トコトコ荷車の旅 in(イン) <ラピス山地>周辺。


今度はルーナさんが、ムダに(あら)ぶっとる。



「な、なんなんですか、あの人達はぁっ!!

 ほんとっ、ほんとぉ~にぃっ、失礼なっ!」



オレンジ髪の女僧侶(シスター)さんは、遅めの朝食を取りながら、鼻息荒くグチグチ言う。

というか、さっきからこのグチのせいで、なかなか食事が片付かない。


さっきの強盗まがいの村人たちに、思い出し(いか)りしているっぽい。


ねー、何様のつもりなんでしょうね?

眠い頭で雑にコクコク(うなづ)く。


そんな形ばかりの(あい)づちしていると、横から何かくっついてきた。



「── お兄様ぁ……っ

 この人うるさい、ですわぁ……っ」



妹弟子(アゼリア)がフニャンと、ネコみたいなあくび。

俺のシーツに顔を、グリグリと()り付けてくる。


当流派(ウチ)寝ぼすけ(リアちゃん)が、寝起きでご不満な時の身体表現(ジェスチャー)だ。

兄ちゃんが、頭をヨシヨシしてやる。


どうも今日はリアちゃん、他人(ひと)の怒鳴り声に敏感みたい。

徹夜の魔物退治(おしごと)が終わった直後に、村人にグチャグチャ言われて、イライラしてたっぽい。



「あ、ごめんなさい……っ」



女僧侶(ルーナ)さんが、声のボリュームを落とした。



「本当に、今までで一番ひどい村だったよなぁ……

 みんな、八つ当たりみたいな文句ばかりで、お礼の言葉ひとつもなかったし」



御者席(うんてんせき)から無精ヒゲ青年(ガチ勢さん)まで、会話に参加してくる。

いかにも陰キャというか、社交性がないっぽいヤツが、珍しい。



貴男(あなた)それ(・・)を言います?

 わたし、聞きましたよ。

 村を助けてもらった後、魔剣士のお(じい)さんに失礼な事を言ったってっ

 その無礼の『お()び』に、同行させられているって!」



聖教の女僧侶(シスター)だけあって、ルーナさんは礼節とか義理人情に厳しいらしい。



「わ、悪かったよ……

 俺だって、助けて貰ったのにあの態度はヒドかったって、反省してるんだ……」



なにやら、殊勝(しゅしょう)な発言してくるな。

旅の最初の頃とか、グチグチ文句しか言ってなかったヤツなのに、この “““本物(ガチ勢)””” 。



(そういやコイツ、最近、例の『陰謀ガー!』『神王国ガー!』『前世ガー(・・・・)!』とか頭おかしい(オカルト)発言しなくなってきたな。

 もしかして、毎日汗流して日光にあたって、心身が健康になったから……?)



そう言えば前世ニッポン(・・・・・・)で、ビタミン成分が足りないと、精神(こころ)の病になりやすい……とかなんとか聞いた覚えがあるな。



すると、妹弟子(アゼリア)がいよいよ不機嫌に。

ワガママっ子みたいに足をバタバタさせて、声を荒げる。



「── フウゥっ……!

 もうっ、みんな、うるさいですわぁ……っ

 わたくし、寝られませんのよ……っ」


「はいはい、リアちゃん、こっちおいで。

 兄ちゃんを(まくら)に、お()むしようね?」



膝枕(ひざまくら)してあげて、雑音対策に頭の上にシーツを2~3重に(かぶ)せてあげる。

しばらく背中をポンポンしていると、スースー寝息(ねいき)がし始めた。


当流派(ウチ)怒りん坊(リアちゃん)が寝静まって、みんな、ちょっとホッとした表情。



やや声のボリュームを下げて、雑談が再開。



「ホントにもう……っ

 あんな態度なら、今度から困っても、誰も助けてくれないでしょうに……っ」


「そうだねー。

 『盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しい』を()で行く連中だったなぁ」



リアちゃんを寝かしつけつつ、ルーナさんの不満も聞いていやる。

まあ俺も最初から、あの村の連中、『コイツら文句ばっかりでグチャグチャうるせーな』と思ってたが。



たしか『(きゅう)すれば(らん)す』だったか。

貧乏が悪事に走らせる、みたいな意味の言葉。


あのBBA(ババア)とか、明らかに不釣(ふつ)()いな身なり(ファッション)だったし。

あんな(・・・)自警団の規模も大した事ない小さな村で、その予算の弱小っぷりの割に、着ている物やアクセサリーがやたら豪華。



(アイツら、マジで定期的に()ってるな?)



何も考えずに、村に()いてから、ずっと夜通しで見回りとかしてたけど。

今考えると、うっかり村の中で寝たりしなくて、良かったのかもしれん。


── 自分が(・・・)助けた村で(・・・・・)寝込み(・・・)襲われる(・・・・)、とか最悪だもんな。



(ジジイも昔、それで死にかけたとか言ってたし?)



パーティ全滅の、最後の事件、だったか?

ジジイの昔話とか、どクズの群れしか出てこないからな。


聞いていてイライラするし、出来れば弟子(オレ)敵討(かたきう)ちをしてやりたいくらいだが ──

── ジジイは、男だ。

それも男の中の男、(おとこ)である。

その(おとこ)が心に決めた事を、外野がグチグチ言う訳にもいかん。



ジジイは、前世ニッポン流に言うならば『罪を憎んで人を憎まず』みたいな、悟りの境地に至っている。


しかし、それは真っ当な意味ではない。

むしろ、本来とは真逆の意味で。


慈悲による『(ゆる)し』ではなく、無力感からの『(あきら)め』 ──

── つまり、『どいつこいつもロクでもない人間ばかり、いちいち(・・・・)憎んでいられない』。



ジジイの激動の人生において、不義理、不条理、裏切り、果ては善意を利用され、(おん)(あだ)で返される、等々(とうとう) ──

── そんな事など今さら(・・・)、らしい。



今さら、その程度の事(・・・・・・)で、激怒できるような心境ではないだろう。

そんな怒り、とうの昔にすり切れ(・・・・)ている(・・・)はずだ。



だから、ジジイは、カッカする若い魔剣士を、優しくたしなめる。



「聖教の女僧侶(シスター)のお嬢さんや。

 先ほどのような事は、実は世間では、そう珍しくもない事じゃよ?」



老成(ろうせい)し、達観(たっかん)した、(おだ)やかであっても、隔絶(かくぜつ)した人生観で。



「世の中には、性根の悪い(やから)も少なくない ── いや、はっきりと言えば多いじゃろう。

 特に婦人(ふじん)は、ワシら男より(こく)な目に()わされる事もある。

 最初は、よい人々と思えても、その内心は解らぬ物。

 十分に気をつけなさい」


「そ、そんな……。

 世の中、そんな人ばかりだなんて、信じたくありません。

 わたし、聖教が(かか)げる『助け合い』の信念に感動して、その教えを広めたくて、聖教の司祭を目指したんですから」


「懐かしいのぅ……

 ワシの仲間にも、聖教の僧侶がいてのう、『人と人は、自助(じじょ)共助(きょうじょ)たるべき』と耳にたこができるほど聞かされたものじゃ……」



ジジイが、懐古の表情。



(あ、やべえ……)



すぐに内容を察した弟子(オレ)

話を止めようとしたが、間に合わない。


事情を知らない純真な女僧侶(ルーナ)さんが、うっかり地雷を踏んじゃう。



「あら、そうなんですか。

 『剣帝』のお爺さんのお仲間なんて、さぞ高名な御僧(ごそう)なのでしょうね。

 その方は、今はどちらに?

 もしかして<聖都>(センダード)にいらっしゃたりします?」


「さあ、はたして、あの説教くさい坊主をどこで(とむら)ったのだったか……?

 虫に頭を食われ、いや、オオカミの爪を背に受けて倒れたか……

 いかんのう、年齢(とし)をくうと記憶がおぼろげじゃ」


「…………」



ルーナさん、絶句。



(まあ、そうだよなぁ……

 だからジジイよぉ……

 死んだ仲間の事を聞かれて、嬉々としゃべるのヤメロって、いつも言ってるだろ?

 他の人からしたら、死因含めてドン引き案件なんだからな、それ)



ジジイ、『人死(ひとじ)に』に()れすぎて、感覚おかしくなってるし。

俺は仕方なく、ちょっとフォロー。



「あぁ、ルーナさん、すまん。

 ジジイの仲間って、ほぼ全滅だから。

 聞いても、あんまり気持ちのいい話はないぜ?」


「……ご、ごめんなさいっ」



ほら、ちょっと泣きそうになってんじゃん?

ただでさえ、ここ数日は、行く先々の村で『魔物の被害者』に(とむら)いしてた、女僧侶(シスター)なんだから。

戦闘時の格好は『セクシー革鎧(ひじょうしき)』でも、心はナイーブな普通女子なんだから。


ジジイ、そういうの()めたれよ。



「よいよい、気にするでない。

 むしろ、久しぶりに彼奴(あやつ)の事を思い出せて、(なつ)かしくて嬉しいくらいよ。

 そもそも、この年頃になれば、知人友人が墓の下というのは、珍しくもないのでな?」



死別の悲しみなんぞ、とうの昔にすり切れた(・・・・・)ジジイが、優しく(なぐさ)める。



(……相変わらず、ジジイが聖人みたいだな?)



俺は、内心、皮肉げに笑う。



── 聖人(せいじん)に必要なのは『鈍感力』だと言っていたのは、誰だったか。


七難八苦に耐え、非道や不義にも平常心を(たも)てるのは、『心の柔らかい部分』を(えぐ)られる事への『()れ』。


人は、何にでも()れる。

生物の機能として、繰り返される状況に適応し、(悲しい事に)()れてしまう。


耐えがたい苦しみも、死にたい程の絶望も。

絶え間ない心痛(いたみ)の果てに、それに()れきってしまったという、『鈍感の極み(せいじんの心)



例え、剣帝(ジジイ)の後継者だとしても ──

例え、周囲に『女勇者』や『聖女様』なんて呼ばれても ──


── 俺のカワイイ妹弟子(アゼリア)には『こんな鈍感(せいじん)』に成って欲しくはない。



(いや、むしろ、させねーよ?

 この『対人戦特化(ナマクラ剣士)』の俺がな。

 そのための『必殺技』、そのための『超必殺化(スーパーか)』、そのための『防御不可の(アルティメット)奥義』だからな?)



かぁー、つれーわー。

かぁー、この世界、徳が低いヤツがアホみたいに多くて、つれーわー

かぁー、マジでシャレにならんレベルのクズ多すぎで、マジつれーわー。



(── やっぱ、純真な妹弟子(リアちゃん)(たか)害虫(クズ)は、兄弟子(にいちゃん)がボコボコにしなきゃ!(使命感))



自分の膝枕(ひざまくら)に乗る、サラサラ銀髪ロングを()でながら。


俺は、決意(・・)を新たにした。





▲ ▽ ▲ ▽



── 同刻の、<翡翠領>(グリンストン)



虫型魔物と交戦3日目。

昼間の戦闘は、端的に地獄だった。



「クソが! クソが! クソが! クソが!」


「おい、下がれ! ── いや、聞こえてないか。

 誰かコイツを下がらせろ、魔力切れで唇まで真っ青だっ」


「予備隊の編制はまだかよ!?」


「何時になったら、代行様は戻ってくるんだっ」



『巣』を狙う捕食者(プレデター)の群れを、兵隊蟻たちが必死に押し止める ──

── 状況を俯瞰(ふかん)して比喩(ひゆ)するなら、そのような感じ。



広範囲魔法の、爆炎が、水渦が、氷嵐が、衝撃波が、砂竜巻が、泥ネジ散弾が、次々と魔物の群れの中で炸裂する。


魔法の光が炸裂するたびに、城壁を飛び越えようとした群れは、羽根を砕かれて叩き落とされ、城門の上や都市の内外で、防衛隊と白兵戦を強いられる。



「剣や槍で斬ろうとするな!

 異常個体の装甲相手じゃ、すぐに刃が潰れる!

 刺突(ツキ)だ、突け!

 刺突(ツキ)に全体重をかけて、押しつぶせ」


「ギャアアァ! 足が、足がぁっ!」


「クソっ はなせっ はなしやがれっ」


しかし、『虫型魔物』たちは、仲間の被害も死骸も一切気に留めず、生餌(エサ)と定めた居住地(コロニー)を執拗に狙い続ける。


防衛側か攻撃側か、どちらかが全て死に絶えるまで終わらない、異種族間の生存競争。



「── ラッパの合図だ! 爆雷障壁がくる!

 総員、安全地帯まで退避! 退避だっ 退避しろぉ~!」


「カウント15ッ、14ッ、13ッ…… ──」


「── 7ッ、6ッ、防御態勢!、4ッ、3ッ、2ッ、1ッ!」


都市の中心部の尖塔4点で、巨大な<法輪>(リング)が、『ゴォーン!』と銅鑼の様な音を立てて起動。

目を灼くようなフラッシュと爆音が頭上に広がる。

爆雷障壁 ── 戦術級の『雷撃魔法』が、城壁の尖塔12カ所へと枝分かれして、虚空を走った。


さながら雷撃のドーム。

超電圧の魔法攻撃。

城壁周りを飛び回っていた『虫型魔物』は、感電させられて煙を上げ、さらに薄翅(はね)を焼き切られて、次々と落下していく。



「今の内だっ

 早く、魔物を全て城壁外に放り出せ!

 死骸を捨てて、すぐに足場を整えろ!

 急げ、急げ、次がくるぞっ」



前線で隊員達に檄を飛ばす現場指揮官は、誰も彼も、ノドが枯れてしまっている。



襲いかかる魔物の次波を、防衛隊の魔法が迎え撃つ。

広範囲魔法の、爆炎が、水渦が、氷嵐が、衝撃波が、砂竜巻が、泥ネジ散弾が、次々と魔物の群れの中で炸裂する。


その最中で、ひときわ大きな破壊音が鳴り響き、砂埃(すなぼこり)が舞い上がった。

ガラガラガラ……ッ!という不吉な崩壊音に、騎士達の動きが一瞬だけ止まった。



「── なんだ、今のはっ」

「小隊長、中央の尖塔か壊れていますっ」

「まさか!

 さっきの発動で『戦術級魔法の<刻印廻環(ループ・リング)>』が破損した?」

「そ、そんなっ!」

「チィッ! もう、爆雷障壁は当てにならんっ」



指揮官の言葉に、部下達の間に波紋が広がる。

疲労と精神的ストレスが、不満となって爆発しそうになる。



「破損だって、マジかよっ」

「冗談じゃねえぞっ」

「魔導兵器の支援なしとか、ムリだろっ」

「メンテナンス、ちゃんとしてたのかよ!?」

「能なし魔導師どもが、雑な仕事しやがって!」



だからといって、敵が ── 虫型魔物が待ってくれるワケもない。

現場指揮官の小隊長達は、なんとか部下を奮起させようと、声を張り上げる。



「嘆いても仕方ないっ、今はやるしかないんだっ」



そこに、ポロロン!と不思議な音色が響き渡った。



「ああ、激しい剣戟(けんげき)に、無数の羽音(はおと)、魔法の奏でる不協和音(ふきょうわおん)、まさに無慈悲なる戦場の狂想曲(きょうそうきょく)であ~る!

 迫り来る魔物の脅威! 都市という住居(すみか)の危機! 今にも決壊しそうな防衛線! 家族を守るために奮起する戦士達!

 ── なんという、ありふれた窮地(きゅうち)

 この地上で億万回(おくまんかい)繰り返された、日常の光景!

 これすなわち、自然の描き出すダイナズムであ~る!!」


「なんだ、コイツ!」

「楽器の音? 吟遊詩人(ぎんゆうしじん)か?」

「おい、アンタ、どうやって登ってきたっ」

「早く城壁から降りろ、危ないぞっ」



困惑した騎士団員たちは、とにかく捕まえて強制的に避難させようと取り囲む ──

── 楽士(がくし)風の男は、軍人の包囲を、当たり前のようにすり抜けた(・・・・・)



「ふむ、単調なリズムであ~る。

 実に力任(ちからまか)せで、肝心のパッションもおざなり。

 そんな事では、小鳥たちとの協奏(きょうそう)もかなわないのであ~る」



意味不明な事を言いながら、ポロロン、ポロロン!と(げん)を弾き続ける。

そんな 楽士(がくし)風の男へと、虫型魔物が襲いかかった。



「あぁっ!」「よけろっ」「言わんこっちゃないっ」



薄い鉄板くらい簡単に裂く、虫型魔物の牙顎(あぎと)が迫る。


騎士達の脳裏に『魔物に噛み殺され、血を噴き出す細身の青年の姿』が浮かぶ ──

── しかし、それは現実にならなかった。



バィインッ! と謎の音を立てて、中型犬くらいの虫型魔物が吹っ飛ぶ。

間髪入れず、その魔物の薄翅(うすはね)が切断され、城壁外へと遊戯球(ボール)のように跳ねて転がっていく。



「……は?」「なんだ、今の?」「魔物が吹っ飛んだ?」


「騎士諸君、安心したまえ。

 (せつ)は、自然美を讃えながら旅する、(なが)しの『楽士くずれ(・・・)』。

 旅人の備えとして、魔物からの自衛くらい、心得ているのであ~る」


「いや、自衛って」「お前、さっきの……何?」「魔法? いや、違う?」



一同、珍奇(ちんき)闖入者(ちんにゅうしゃ)に困惑。



「おい、どうした! コイツは何だ!?」



騒ぎを聞きつけ、(かぶと)たてがみ(・・・・)飾りの小隊長が近寄ってきた。





▲ ▽ ▲ ▽



楽士(がくし)風の男は、ポロロンポロロン!と(げん)を弾く手を止めて、小隊長に訊ねた。



「── ところで、次の防衛魔法の発動は、どのくらい先であろうか?

 (せつ)は、この身をつんざく大音響と合奏(セッション)を希望するのであ~る」


「……残念だが、頼みの綱の、戦術級魔法『爆雷障壁』は故障した。

 これ以上、空飛ぶ魔物を抑え続ける事は、難しい」


「ああ……なんたる事か……っ

 空を駆けた彼女の高らかな独唱に、まさに相応しい音作りをしている内に、こんな事になるとはっ」


「解ってもらったら、早く避難してくれ」


「では、せめて一曲!

 (せつ)が、彼女の歌声の代わりに演奏するであ~る!」


「おい、聞いてるのか!」



たてがみ(・・・・)飾りの小隊長が、説得に応じない闖入者(にんにゅうしゃ)を捕まえようと近寄る。


その瞬間、魔物の群れが(うごめ)いた。

空中で黒い渦巻きを形作っていた虫型魔物たちが、一斉に向かってくる。



── カン!カン!カン!カン!……無数の<魔導器>(マジックアイテム)発動音が鳴り響いて応戦が始まる。


騎士達が構える<中導杖(ロッド)>から、次々と広範囲攻撃魔法が放たれる。

軍用の中級魔法どころか、精鋭部隊の放つ上級魔法まで混じっているが、その圧倒的破壊力をもってしても、魔物の群れを押し止める事はできない。



(のど)()らすまで、歌い上げた(きみ)

 どうか(せつ)の旋律を聞きたまへ!

 ── 【即興曲:貴女(あなた)のための独唱(アリア)】っ」



おかしな男が、おかしな台詞を口走る。

そして、さらにおかしな事が起こった。


楽団の指揮者のように大仰に広げた両手の十指(じゅっし)から、糸が伸びた。

よく見れば、それが鋼鉄の線 ── 鉄弦(てつげん)だと解る。



「時に強く、時に優しく!」



その10本の弦は、それぞれが虫型魔物に巻き付き、手元の指の動きを増幅するように波打つ。

途端に、鉄弦(てつげん)は巻き付いた魔物を暴れさせ、次々と空中衝突を始める。


鉄弦(てつげん)で操られた1匹が、バゴン!と他の1匹を弾き飛ばし、またそれが別の1匹を弾き飛ばす ──

── バゴン!バゴン!バゴン!……と、ドミノ倒しのような、連鎖反応。


虫型魔物の群れが密集しているからこそ、有効な手段。



「時に激しく、時に緩やかに!」



楽士(がくし)が両手を、その十指(じゅっし)を動かすと、糸に操られた虫型魔物は巨大なアメリカンクラッカーのように振り回される。

ガン!ガン!ガン!ガン!……と、次々と衝突を起こして仲間内の被害を拡大させていく。


10体の魔物を鉄弦(てつげん)で振り回すだけで、その数十倍の魔物を叩き落としていく。



「ああ、雷鳴よ! 天翔(てんかけ)潔癖(けっぺき)なる乙女よ! 金切(かなき)り声の、(まばゆ)黒雲(くも)の娘よ!

 今こそ地上の観客達は、貴女(あなた)の鮮烈なる歌声を待ち望んでいる!

 だからこそ、この(せつ)が、声()らした歌姫に代わり、人々を慰撫(いぶ)しよう!」



両手を高々と振り上げれば、虫型魔物と巻き付いていた鉄弦(てつげん)が、全て空に放たれた。

空飛ぶ魔物の群れの上空で、鉄弦(てつげん)が絡み合い、円陣を形作ると、閃光。



「鳴り響け! 【万雷の喝采(カーテンコール)】!」



── バァアン!と雷音が弾け、周囲の魔物を弾け飛ばす。


いや、それだけに終わらない。

落下する虫型魔物が、別の虫型魔物にぶつかり、またも次々と連鎖反応を起こしていく。


楽士が鉄弦(てつげん)に込めた雷撃の魔法など、中級が精々の威力だろう。

1発で10体の動きを止めれば、十分という程度。


しかし、それは始動に過ぎない。

最初の10が10を弾き、20が40に、40が80に、と次々とドミノ倒しのような連鎖が始まる。


楽士(がくし)が使ったのは、空を飛ぶ虫型魔物の質量、そのもの。

落下する魔物が、次々と他の魔物を巻き込み、その連鎖がまるで雪崩のようになっていく。

いや、より正確には『落下してくる虫型魔物に吸い寄せ(・・・・)られる(・・・)ように、他の虫型魔物がワザワザぶつかりに行く』という方が正しいか。


ともあれ、次々とぶつかりあい、既に落下する魔物は百を超えて、千に近い。

千の落下(それら)が、さらに千の魔物を叩き落とし、黒い波のように密集を生み出す。

まるで、劇場のカーテンが下がるかのような光景。



── そんな、今まで見た事も聞いた事もない、特異な戦闘術に騎士達は目を丸くする。

そして、騎士の誰かが茫然(ぼうぜん)と問いかけた。



「な、なんなんだ、アンタは……?」


「あいにく姓名(せいめい)は、母国(くに)を出た時に捨たのであ~る。

 今は『本村』の人間から、『リュート』と呼ばれているのであ~る」



楽士(がくし)くずれ』と名乗った男は、相変わらずポロロン、ポロロン!と(げん)を弾き続ける。


だが、その(げん)の先には、楽器(・・)らしき物(・・・・)は何もない。

ただ鉄弦(てつげん)を肩と手の間に張って、それを(かな)でるおかしな男が居た。





!作者注釈!


2022/07/12 【万雷の喝采(カーテンコール)】の説明をちょこちょこ修正

2022/11/29 聖王国 → 新王国に変更。(聖都と紛らわしいため)


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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど…剣帝殿は言ってみれば『実力が備わっていたエ○ヤ』みたいなものなんですなぁ、某聖杯を巡る争いの英霊で例えるなら。
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