72:悪人と聖人、あと変態
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
6日目も相変わらず、トコトコ荷車の旅 in <ラピス山地>周辺。
今度はルーナさんが、ムダに荒ぶっとる。
「な、なんなんですか、あの人達はぁっ!!
ほんとっ、ほんとぉ~にぃっ、失礼なっ!」
オレンジ髪の女僧侶さんは、遅めの朝食を取りながら、鼻息荒くグチグチ言う。
というか、さっきからこのグチのせいで、なかなか食事が片付かない。
さっきの強盗まがいの村人たちに、思い出し怒りしているっぽい。
ねー、何様のつもりなんでしょうね?
眠い頭で雑にコクコク肯く。
そんな形ばかりの相づちしていると、横から何かくっついてきた。
「── お兄様ぁ……っ
この人うるさい、ですわぁ……っ」
妹弟子がフニャンと、ネコみたいなあくび。
俺のシーツに顔を、グリグリと擦り付けてくる。
当流派の寝ぼすけが、寝起きでご不満な時の身体表現だ。
兄ちゃんが、頭をヨシヨシしてやる。
どうも今日はリアちゃん、他人の怒鳴り声に敏感みたい。
徹夜の魔物退治が終わった直後に、村人にグチャグチャ言われて、イライラしてたっぽい。
「あ、ごめんなさい……っ」
女僧侶さんが、声のボリュームを落とした。
「本当に、今までで一番ひどい村だったよなぁ……
みんな、八つ当たりみたいな文句ばかりで、お礼の言葉ひとつもなかったし」
御者席から無精ヒゲ青年まで、会話に参加してくる。
いかにも陰キャというか、社交性がないっぽいヤツが、珍しい。
「貴男がそれを言います?
わたし、聞きましたよ。
村を助けてもらった後、魔剣士のお爺さんに失礼な事を言ったってっ
その無礼の『お詫び』に、同行させられているって!」
聖教の女僧侶だけあって、ルーナさんは礼節とか義理人情に厳しいらしい。
「わ、悪かったよ……
俺だって、助けて貰ったのにあの態度はヒドかったって、反省してるんだ……」
なにやら、殊勝な発言してくるな。
旅の最初の頃とか、グチグチ文句しか言ってなかったヤツなのに、この “““本物””” 。
(そういやコイツ、最近、例の『陰謀ガー!』『神王国ガー!』『前世ガー!』とか頭おかしい発言しなくなってきたな。
もしかして、毎日汗流して日光にあたって、心身が健康になったから……?)
そう言えば前世ニッポンで、ビタミン成分が足りないと、精神の病になりやすい……とかなんとか聞いた覚えがあるな。
すると、妹弟子がいよいよ不機嫌に。
ワガママっ子みたいに足をバタバタさせて、声を荒げる。
「── フウゥっ……!
もうっ、みんな、うるさいですわぁ……っ
わたくし、寝られませんのよ……っ」
「はいはい、リアちゃん、こっちおいで。
兄ちゃんを枕に、お寝むしようね?」
膝枕してあげて、雑音対策に頭の上にシーツを2~3重に被せてあげる。
しばらく背中をポンポンしていると、スースー寝息がし始めた。
当流派の怒りん坊が寝静まって、みんな、ちょっとホッとした表情。
やや声のボリュームを下げて、雑談が再開。
「ホントにもう……っ
あんな態度なら、今度から困っても、誰も助けてくれないでしょうに……っ」
「そうだねー。
『盗人猛々しい』を地で行く連中だったなぁ」
リアちゃんを寝かしつけつつ、ルーナさんの不満も聞いていやる。
まあ俺も最初から、あの村の連中、『コイツら文句ばっかりでグチャグチャうるせーな』と思ってたが。
たしか『窮すれば濫す』だったか。
貧乏が悪事に走らせる、みたいな意味の言葉。
あのBBAとか、明らかに不釣り合いな身なりだったし。
あんな自警団の規模も大した事ない小さな村で、その予算の弱小っぷりの割に、着ている物やアクセサリーがやたら豪華。
(アイツら、マジで定期的に盗ってるな?)
何も考えずに、村に着いてから、ずっと夜通しで見回りとかしてたけど。
今考えると、うっかり村の中で寝たりしなくて、良かったのかもしれん。
── 自分が助けた村で寝込み襲われる、とか最悪だもんな。
(ジジイも昔、それで死にかけたとか言ってたし?)
パーティ全滅の、最後の事件、だったか?
ジジイの昔話とか、どクズの群れしか出てこないからな。
聞いていてイライラするし、出来れば弟子が敵討ちをしてやりたいくらいだが ──
── ジジイは、男だ。
それも男の中の男、漢である。
その漢が心に決めた事を、外野がグチグチ言う訳にもいかん。
ジジイは、前世ニッポン流に言うならば『罪を憎んで人を憎まず』みたいな、悟りの境地に至っている。
しかし、それは真っ当な意味ではない。
むしろ、本来とは真逆の意味で。
慈悲による『許し』ではなく、無力感からの『諦め』 ──
── つまり、『どいつこいつもロクでもない人間ばかり、いちいち憎んでいられない』。
ジジイの激動の人生において、不義理、不条理、裏切り、果ては善意を利用され、恩を仇で返される、等々 ──
── そんな事など今さら、らしい。
今さら、その程度の事で、激怒できるような心境ではないだろう。
そんな怒り、とうの昔にすり切れているはずだ。
だから、ジジイは、カッカする若い魔剣士を、優しくたしなめる。
「聖教の女僧侶のお嬢さんや。
先ほどのような事は、実は世間では、そう珍しくもない事じゃよ?」
老成し、達観した、穏やかであっても、隔絶した人生観で。
「世の中には、性根の悪い輩も少なくない ── いや、はっきりと言えば多いじゃろう。
特に婦人は、ワシら男より酷な目に遭わされる事もある。
最初は、よい人々と思えても、その内心は解らぬ物。
十分に気をつけなさい」
「そ、そんな……。
世の中、そんな人ばかりだなんて、信じたくありません。
わたし、聖教が掲げる『助け合い』の信念に感動して、その教えを広めたくて、聖教の司祭を目指したんですから」
「懐かしいのぅ……
ワシの仲間にも、聖教の僧侶がいてのう、『人と人は、自助と共助たるべき』と耳にたこができるほど聞かされたものじゃ……」
ジジイが、懐古の表情。
(あ、やべえ……)
すぐに内容を察した弟子。
話を止めようとしたが、間に合わない。
事情を知らない純真な女僧侶さんが、うっかり地雷を踏んじゃう。
「あら、そうなんですか。
『剣帝』のお爺さんのお仲間なんて、さぞ高名な御僧なのでしょうね。
その方は、今はどちらに?
もしかして<聖都>にいらっしゃたりします?」
「さあ、はたして、あの説教くさい坊主をどこで弔ったのだったか……?
虫に頭を食われ、いや、オオカミの爪を背に受けて倒れたか……
いかんのう、年齢をくうと記憶がおぼろげじゃ」
「…………」
ルーナさん、絶句。
(まあ、そうだよなぁ……
だからジジイよぉ……
死んだ仲間の事を聞かれて、嬉々としゃべるのヤメロって、いつも言ってるだろ?
他の人からしたら、死因含めてドン引き案件なんだからな、それ)
ジジイ、『人死に』に馴れすぎて、感覚おかしくなってるし。
俺は仕方なく、ちょっとフォロー。
「あぁ、ルーナさん、すまん。
ジジイの仲間って、ほぼ全滅だから。
聞いても、あんまり気持ちのいい話はないぜ?」
「……ご、ごめんなさいっ」
ほら、ちょっと泣きそうになってんじゃん?
ただでさえ、ここ数日は、行く先々の村で『魔物の被害者』に弔いしてた、女僧侶なんだから。
戦闘時の格好は『セクシー革鎧』でも、心はナイーブな普通女子なんだから。
ジジイ、そういうの止めたれよ。
「よいよい、気にするでない。
むしろ、久しぶりに彼奴の事を思い出せて、懐かしくて嬉しいくらいよ。
そもそも、この年頃になれば、知人友人が墓の下というのは、珍しくもないのでな?」
死別の悲しみなんぞ、とうの昔にすり切れたジジイが、優しく慰める。
(……相変わらず、ジジイが聖人みたいだな?)
俺は、内心、皮肉げに笑う。
── 聖人に必要なのは『鈍感力』だと言っていたのは、誰だったか。
七難八苦に耐え、非道や不義にも平常心を保てるのは、『心の柔らかい部分』を抉られる事への『馴れ』。
人は、何にでも馴れる。
生物の機能として、繰り返される状況に適応し、(悲しい事に)馴れてしまう。
耐えがたい苦しみも、死にたい程の絶望も。
絶え間ない心痛の果てに、それに馴れきってしまったという、『鈍感の極み』
例え、剣帝の後継者だとしても ──
例え、周囲に『女勇者』や『聖女様』なんて呼ばれても ──
── 俺のカワイイ妹弟子には『こんな鈍感』に成って欲しくはない。
(いや、むしろ、させねーよ?
この『対人戦特化』の俺がな。
そのための『必殺技』、そのための『超必殺化』、そのための『防御不可の奥義』だからな?)
かぁー、つれーわー。
かぁー、この世界、徳が低いヤツがアホみたいに多くて、つれーわー
かぁー、マジでシャレにならんレベルのクズ多すぎで、マジつれーわー。
(── やっぱ、純真な妹弟子に集る害虫は、兄弟子がボコボコにしなきゃ!(使命感))
自分の膝枕に乗る、サラサラ銀髪ロングを撫でながら。
俺は、決意を新たにした。
▲ ▽ ▲ ▽
── 同刻の、<翡翠領>
虫型魔物と交戦3日目。
昼間の戦闘は、端的に地獄だった。
「クソが! クソが! クソが! クソが!」
「おい、下がれ! ── いや、聞こえてないか。
誰かコイツを下がらせろ、魔力切れで唇まで真っ青だっ」
「予備隊の編制はまだかよ!?」
「何時になったら、代行様は戻ってくるんだっ」
『巣』を狙う捕食者の群れを、兵隊蟻たちが必死に押し止める ──
── 状況を俯瞰して比喩するなら、そのような感じ。
広範囲魔法の、爆炎が、水渦が、氷嵐が、衝撃波が、砂竜巻が、泥ネジ散弾が、次々と魔物の群れの中で炸裂する。
魔法の光が炸裂するたびに、城壁を飛び越えようとした群れは、羽根を砕かれて叩き落とされ、城門の上や都市の内外で、防衛隊と白兵戦を強いられる。
「剣や槍で斬ろうとするな!
異常個体の装甲相手じゃ、すぐに刃が潰れる!
刺突だ、突け!
刺突に全体重をかけて、押しつぶせ」
「ギャアアァ! 足が、足がぁっ!」
「クソっ はなせっ はなしやがれっ」
しかし、『虫型魔物』たちは、仲間の被害も死骸も一切気に留めず、生餌と定めた居住地を執拗に狙い続ける。
防衛側か攻撃側か、どちらかが全て死に絶えるまで終わらない、異種族間の生存競争。
「── ラッパの合図だ! 爆雷障壁がくる!
総員、安全地帯まで退避! 退避だっ 退避しろぉ~!」
「カウント15ッ、14ッ、13ッ…… ──」
「── 7ッ、6ッ、防御態勢!、4ッ、3ッ、2ッ、1ッ!」
都市の中心部の尖塔4点で、巨大な<法輪>が、『ゴォーン!』と銅鑼の様な音を立てて起動。
目を灼くようなフラッシュと爆音が頭上に広がる。
爆雷障壁 ── 戦術級の『雷撃魔法』が、城壁の尖塔12カ所へと枝分かれして、虚空を走った。
さながら雷撃のドーム。
超電圧の魔法攻撃。
城壁周りを飛び回っていた『虫型魔物』は、感電させられて煙を上げ、さらに薄翅を焼き切られて、次々と落下していく。
「今の内だっ
早く、魔物を全て城壁外に放り出せ!
死骸を捨てて、すぐに足場を整えろ!
急げ、急げ、次がくるぞっ」
前線で隊員達に檄を飛ばす現場指揮官は、誰も彼も、ノドが枯れてしまっている。
襲いかかる魔物の次波を、防衛隊の魔法が迎え撃つ。
広範囲魔法の、爆炎が、水渦が、氷嵐が、衝撃波が、砂竜巻が、泥ネジ散弾が、次々と魔物の群れの中で炸裂する。
その最中で、ひときわ大きな破壊音が鳴り響き、砂埃が舞い上がった。
ガラガラガラ……ッ!という不吉な崩壊音に、騎士達の動きが一瞬だけ止まった。
「── なんだ、今のはっ」
「小隊長、中央の尖塔か壊れていますっ」
「まさか!
さっきの発動で『戦術級魔法の<刻印廻環>』が破損した?」
「そ、そんなっ!」
「チィッ! もう、爆雷障壁は当てにならんっ」
指揮官の言葉に、部下達の間に波紋が広がる。
疲労と精神的ストレスが、不満となって爆発しそうになる。
「破損だって、マジかよっ」
「冗談じゃねえぞっ」
「魔導兵器の支援なしとか、ムリだろっ」
「メンテナンス、ちゃんとしてたのかよ!?」
「能なし魔導師どもが、雑な仕事しやがって!」
だからといって、敵が ── 虫型魔物が待ってくれるワケもない。
現場指揮官の小隊長達は、なんとか部下を奮起させようと、声を張り上げる。
「嘆いても仕方ないっ、今はやるしかないんだっ」
そこに、ポロロン!と不思議な音色が響き渡った。
「ああ、激しい剣戟に、無数の羽音、魔法の奏でる不協和音、まさに無慈悲なる戦場の狂想曲であ~る!
迫り来る魔物の脅威! 都市という住居の危機! 今にも決壊しそうな防衛線! 家族を守るために奮起する戦士達!
── なんという、ありふれた窮地!
この地上で億万回繰り返された、日常の光景!
これすなわち、自然の描き出すダイナズムであ~る!!」
「なんだ、コイツ!」
「楽器の音? 吟遊詩人か?」
「おい、アンタ、どうやって登ってきたっ」
「早く城壁から降りろ、危ないぞっ」
困惑した騎士団員たちは、とにかく捕まえて強制的に避難させようと取り囲む ──
── 楽士風の男は、軍人の包囲を、当たり前のようにすり抜けた。
「ふむ、単調なリズムであ~る。
実に力任せで、肝心のパッションもおざなり。
そんな事では、小鳥たちとの協奏もかなわないのであ~る」
意味不明な事を言いながら、ポロロン、ポロロン!と弦を弾き続ける。
そんな 楽士風の男へと、虫型魔物が襲いかかった。
「あぁっ!」「よけろっ」「言わんこっちゃないっ」
薄い鉄板くらい簡単に裂く、虫型魔物の牙顎が迫る。
騎士達の脳裏に『魔物に噛み殺され、血を噴き出す細身の青年の姿』が浮かぶ ──
── しかし、それは現実にならなかった。
バィインッ! と謎の音を立てて、中型犬くらいの虫型魔物が吹っ飛ぶ。
間髪入れず、その魔物の薄翅が切断され、城壁外へと遊戯球のように跳ねて転がっていく。
「……は?」「なんだ、今の?」「魔物が吹っ飛んだ?」
「騎士諸君、安心したまえ。
拙は、自然美を讃えながら旅する、流しの『楽士くずれ』。
旅人の備えとして、魔物からの自衛くらい、心得ているのであ~る」
「いや、自衛って」「お前、さっきの……何?」「魔法? いや、違う?」
一同、珍奇な闖入者に困惑。
「おい、どうした! コイツは何だ!?」
騒ぎを聞きつけ、兜にたてがみ飾りの小隊長が近寄ってきた。
▲ ▽ ▲ ▽
楽士風の男は、ポロロンポロロン!と弦を弾く手を止めて、小隊長に訊ねた。
「── ところで、次の防衛魔法の発動は、どのくらい先であろうか?
拙は、この身をつんざく大音響と合奏を希望するのであ~る」
「……残念だが、頼みの綱の、戦術級魔法『爆雷障壁』は故障した。
これ以上、空飛ぶ魔物を抑え続ける事は、難しい」
「ああ……なんたる事か……っ
空を駆けた彼女の高らかな独唱に、まさに相応しい音作りをしている内に、こんな事になるとはっ」
「解ってもらったら、早く避難してくれ」
「では、せめて一曲!
拙が、彼女の歌声の代わりに演奏するであ~る!」
「おい、聞いてるのか!」
たてがみ飾りの小隊長が、説得に応じない闖入者を捕まえようと近寄る。
その瞬間、魔物の群れが蠢いた。
空中で黒い渦巻きを形作っていた虫型魔物たちが、一斉に向かってくる。
── カン!カン!カン!カン!……無数の<魔導器>発動音が鳴り響いて応戦が始まる。
騎士達が構える<中導杖>から、次々と広範囲攻撃魔法が放たれる。
軍用の中級魔法どころか、精鋭部隊の放つ上級魔法まで混じっているが、その圧倒的破壊力をもってしても、魔物の群れを押し止める事はできない。
「喉枯らすまで、歌い上げた君!
どうか拙の旋律を聞きたまへ!
── 【即興曲:貴女のための独唱】っ」
おかしな男が、おかしな台詞を口走る。
そして、さらにおかしな事が起こった。
楽団の指揮者のように大仰に広げた両手の十指から、糸が伸びた。
よく見れば、それが鋼鉄の線 ── 鉄弦だと解る。
「時に強く、時に優しく!」
その10本の弦は、それぞれが虫型魔物に巻き付き、手元の指の動きを増幅するように波打つ。
途端に、鉄弦は巻き付いた魔物を暴れさせ、次々と空中衝突を始める。
鉄弦で操られた1匹が、バゴン!と他の1匹を弾き飛ばし、またそれが別の1匹を弾き飛ばす ──
── バゴン!バゴン!バゴン!……と、ドミノ倒しのような、連鎖反応。
虫型魔物の群れが密集しているからこそ、有効な手段。
「時に激しく、時に緩やかに!」
楽士が両手を、その十指を動かすと、糸に操られた虫型魔物は巨大なアメリカンクラッカーのように振り回される。
ガン!ガン!ガン!ガン!……と、次々と衝突を起こして仲間内の被害を拡大させていく。
10体の魔物を鉄弦で振り回すだけで、その数十倍の魔物を叩き落としていく。
「ああ、雷鳴よ! 天翔る潔癖なる乙女よ! 金切り声の、眩き黒雲の娘よ!
今こそ地上の観客達は、貴女の鮮烈なる歌声を待ち望んでいる!
だからこそ、この拙が、声枯らした歌姫に代わり、人々を慰撫しよう!」
両手を高々と振り上げれば、虫型魔物と巻き付いていた鉄弦が、全て空に放たれた。
空飛ぶ魔物の群れの上空で、鉄弦が絡み合い、円陣を形作ると、閃光。
「鳴り響け! 【万雷の喝采】!」
── バァアン!と雷音が弾け、周囲の魔物を弾け飛ばす。
いや、それだけに終わらない。
落下する虫型魔物が、別の虫型魔物にぶつかり、またも次々と連鎖反応を起こしていく。
楽士が鉄弦に込めた雷撃の魔法など、中級が精々の威力だろう。
1発で10体の動きを止めれば、十分という程度。
しかし、それは始動に過ぎない。
最初の10が10を弾き、20が40に、40が80に、と次々とドミノ倒しのような連鎖が始まる。
楽士が使ったのは、空を飛ぶ虫型魔物の質量、そのもの。
落下する魔物が、次々と他の魔物を巻き込み、その連鎖がまるで雪崩のようになっていく。
いや、より正確には『落下してくる虫型魔物に吸い寄せられるように、他の虫型魔物がワザワザぶつかりに行く』という方が正しいか。
ともあれ、次々とぶつかりあい、既に落下する魔物は百を超えて、千に近い。
千の落下が、さらに千の魔物を叩き落とし、黒い波のように密集を生み出す。
まるで、劇場のカーテンが下がるかのような光景。
── そんな、今まで見た事も聞いた事もない、特異な戦闘術に騎士達は目を丸くする。
そして、騎士の誰かが茫然と問いかけた。
「な、なんなんだ、アンタは……?」
「あいにく姓名は、母国を出た時に捨たのであ~る。
今は『本村』の人間から、『リュート』と呼ばれているのであ~る」
『楽士くずれ』と名乗った男は、相変わらずポロロン、ポロロン!と弦を弾き続ける。
だが、その弦の先には、楽器らしき物は何もない。
ただ鉄弦を肩と手の間に張って、それを奏でるおかしな男が居た。
!作者注釈!
2022/07/12 【万雷の喝采】の説明をちょこちょこ修正
2022/11/29 聖王国 → 新王国に変更。(聖都と紛らわしいため)