70:一瞬千撃
!作者注釈!
この作品にはオマージュ要素が含まれています
わたしルーナ=サンダースは、ちょっと油断していたのかもしれない。
「へ! ひゃっ」
「なんだっ!?」
何の前触れもなく、荷車がひっくり返された。
御者さんと2人放り出され、砂利道を転がり、立ち上がる。
(突風にあおられた?
── いや、ケモノ臭い匂いがっ
まさか、魔法で透明になる魔物だっていうの!?)
わたしたち人間をひと呑みに出来るような魔物が、透明になって襲ってくる!?
そんな、わたし自身の脳裏に浮かんだ仮説に、ゾッとする。
「これが、おじいさん達が言っていた、潜んでいた魔物なの……!?」
<四環>の身体強化魔法が発動しているのに、何の対応もできなかった。
平服を脱いで戦闘衣になる暇も無いくらい。
── ケケケッ!
── ケケケッ!
── ケケケッ!
周囲から、まるでこちらを小馬鹿にするような、鳴き声が聞こえる。
それなのに、姿はまるで見えない。
(こんなの、対処のしようがないじゃない……っ)
わたしは、思わず下唇を噛みしめる。
とにかく、<玉剣流>の双斧を拾い上げて、すぐに構えた。
(さっきの虫型魔物みたいな、脅威力1とか2とかの、低級の魔物じゃないんだ……っ
だったら、この魔物は脅威力3っ!?)
近づけば解るのかとも思っていたが、魔物の透明化の幻像魔術は、相当な高性能。
本当にどこに居るのか、見当さえ付かない。
気迫を込めて、周囲を威嚇するのが精一杯だ。
(一応わたしも<四環許し>だけど……
とても、単身で戦えるような魔物じゃないっ
熟練の冒険者パーティが何チームも共同で、数十人の頭数を集めて討伐するような、危険な魔物なんだ……!)
脅威力3どころか脅威力4 ──
── いや、群れの連携を見れば、脅威力5に近いのかもしれない。
遠目には、簡単に倒しているようだったので、気を抜いてしまっていた。
あの魔剣士のおじいさん、さすがは噂に聞く『剣帝』様。
『魔剣士にとっての皇帝』なんて、『本来なら有り得ない称号』で呼ばれるだけある。
「── うわぁ、なんだ!? たすけてっ」
御者のお兄さんが、空中につまみ上げられる。
見えない巨人でもいるみたいな、不思議な光景だ。
しかし、助けようにも、魔物の姿が見えない事には攻撃のしようもない。
下手に近づけば、逆にこちらがやられてしまう。
「おい、早く助けてくれっ」
「ま、まって、暴れないでっ」
とは言っても、どうしたら良いか解らない。
わたしが、オロオロしていると、何かが飛んできた。
鋼鉄製の剛弓から、凄い勢いで矢が放たれた ── そう思うほどのスピードで。
「【秘剣・速翼】!」
シュパン!と鋭い風斬り音。
途端に、首のない魔物が、血をまき散らしながら姿を現す。
「うわぁっ な、なんだ! なんなんだ!」
「やっぱり魔物なのね!?
でも、姿が見えないから、どうしたらっ」
わたしは、魔物から解放され尻餅をついた男の人を守るように、双斧を構える。
そして、改めてピンチの救い手の方に目を向ける。
短い剣を振って獣血を払っているのは、白い魔導師の服の子。
黒い髪を、たなびく尻尾のような一本結びにしている、落ち着いた感じの女の子。
(えぇっ、銀髪の妹さんじゃなくて、黒髪のお姉さんの方!?
どう見ても『魔剣士じゃない子』が、こんなに簡単に、魔物を倒しちゃうの!?)
あんな、使いづらそうな短い剣なのに、簡単に魔物の首を切り落としてしまったらしい。
そんな驚くほどの、鮮烈な一撃。
すごい腕前だ、剣術も、飛翔魔法も。
(……もしかして。
この黒髪の子って、わたしより強かったり?)
そんな、ちょっとお間抜けな疑念が頭に浮かんだ。
もちろん、わたしが聖教の女僧侶修行のついでに護身術で習っただけの、『半端者の魔剣士』だとしても、一般人に負ける訳ないんだけど。
(もっとしっかり、魔剣士の修行をしておけばよかった……っ)
<聖都>で指導してくれた<玉剣流>師範なら、気配だけで魔物を捉えるんだろな、と考えてしまう。
生憎、わたしはそんな達人じゃない。
それが今は、悔やまれる。
(わたしも、<ラピス山地>の麓に生まれ育ったんだから、魔物の恐ろしさは解っていたはずだったのにぃ……っ)
── ケケケッ!
── ケケケッ!
── ケケケッ!
姿を透明にした魔物達は、荷車と私達の周囲を跳ね回り、逃がさない様に威嚇している。
少なくとも、跳ね回る事で舞い上がる砂埃で、その辺りにいる事だけは解った。
(── どうしよう!?
魔剣士のおじいさん達が戻ってくるまで、どのくらいかかるかな?
それまで、黒髪の子と一緒に頑張れるかなっ?)
そんな事を考えていると、フラフラと黒髪の子が前に出た。
「── あぁ……そうか……」
黒髪の子は、ひどくボンヤリとした、心ここにあらずな声。
<小剣>を、パチン……ッと鞘に納めて、夢遊病のように歩き始める。
(── マズい!
多分この子、さっき飛翔魔法で魔力が尽きた!?
ムリしてまで、わたしたちを助けてくれたんだっ)
意識朦朧として、判断力が落ちているんだろう。
酔っ払いのように、足下も定まらない様子だ。
「おい、ちょっと……っ」
御者のお兄さんの声にも、振り返らず。
「あ、あぶないわよっ」
わたしが思わず伸ばした手からも、黒髪の子はすり抜けて行く。
── ケケケッ!
── ケケケッ!
── ケケケッ!
(最悪だ!
この子、魔物に目を付けられた!)
黒髪の女の子へ向けて、魔物達が一斉に襲ってきた。
透明化の魔法を解除して、代わりに氷魔法で鎧や爪や角を造りだす。
白い魔物は、荷車よりやや小さいくらいの体高で、群れていると迫力も一層だ。
わたしは、助けるつもりだった ──
── 少なくとも、そう思って飛び出したはずだった。
「── ひぃ……っ」
だが、一瞬だけ、白い魔物に気圧されてしまった……っ
簡単に、足が止まってしまった。
── その、残忍な笑い顔からのぞく、鋭い牙に。
── その、膨大な魔力で創り出した、頑強な氷装甲の威容に。
一瞬の、出遅れ。
致命的な、遅れ。
6匹の、氷武装の白い魔物。
身軽に跳ね回り、包囲して、殺到する。
まるで、小規模な雪崩だ。
それらが、黒髪の子を覆い隠すように、次々と飛びかかる。
どういう訳か、黒髪の子は吸い込まれるように、そっちに向かって走って行った。
「あぁ……っ」
わたしは、もうダメだ、と諦めた。
だって、子供が白雪の崩落に巻き込まれるような、そんな光景なんだから。
もう、打つ手はない。
そんなわたしの勝手な判断を、全く否定するように ──
── シュバババババン! と風を微塵に斬り裂くような、すさまじい撃剣の音。
白い魔物の群れが、一斉に崩れ落ちた。
「え……?」
一瞬で鮮血が舞い、バラバラバラっと小雨のように砂利道に降る。
(は? え? 今、いったい何が……?)
── 凶悪な氷武装の巨体が。
── あの、脅威力5かもしれない、化け物の群れが。
── 全て死体の山に、変わって、い、……る?
(── は、はいぃ~っ!?
え、ちょっと! いったい何これぇっ!
まさか、この子が、倒したって事ぉぉおっ?)
一瞬、そう思うが、わたしはすぐに否定する。
(いやいや、有り得ないって!
この子、『魔剣士じゃない子』なんだから!
いくら剣術と魔法が凄くても、そんなの、有り得ないってぇ!)
(そりゃあ、『本村』の伝統武術とかも、基本的に魔力とか関係ない感じなんで、どうして『強い』か解らない人もいるけど!
例えば、最近、村に居着いた『楽士のリュートさん』とか、何をやっているのか本当に意味不明なくらいだけどぉ!)
(その『リュートさん』でも、こんなムチャクチャな事、絶対出来ないからぁっ)
(そもそも、魔物の胴体を真っ二つとか、どう考えてもおかしいよっ
『あんな短い剣』で斬れる厚さじゃないってぇ!)
正直わたし、混乱しすぎて、頭が痛い。
強いお酒を呑んだみたいに、目も回ってきた。
魔物の毒にやられて、幻覚を見ていると言われても、信じてしまいそうなくらい。
だから、多分、御者のお兄さんもそんな感じなんだと思う。
「…………あ…………え?
……なん、だ……今の……?」
そんな、御者のお兄さんの疑問に、答えるかのように。
「これぞ、我が『一瞬千撃』!
しゅんご ── いや、【ゼロ三日月】! 『天』!!」
黒髪の子が、背を向けて仁王立ちしながら、何か不思議な事を言っていた。
▲ ▽ ▲ ▽
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
♪テンテレンテレン トゥルリラトゥルリラ
♪テンテレンテレン トゥルリラトゥルリラ
ちょっと、上機嫌で鼻歌中。
── お昼食べて、お腹が膨れたし。
── 『白イタチ』のクソ魔物どもは、一匹たりとも逃さず全滅させたし。
── ここ最近の懸念事項だった、『防御不可な超必殺技』開発も完成形が見えてきたし。
いやぁ~安心安心!
これでしばらく兄弟子の威厳も盤石!!
まあ、あのクソ魔物どもに、買ったばかりの荷車ひっくり返されるとか、イラッとする事もあったが。
全体収支的には、充分プラス。
今日はラッキーデイ!
(なによりなぁ……!
俺、ついに、しゅんご ── ミス、ゲージ3本使いそうな【ゼロ三日月・天】がほぼ完成しちゃったワケで?
すまん、超必殺技もってない雑魚おる? ププッ)
内心、威勢り散らかしながら、スキップスキップ~。
あぁ、今日は良い夢見れそうっ
── あ、そうだ。
荷車で寝る前に、小用しとこ~、と。
♪ティラリラティラリン! チャッ・イナァ~
♪ポロロンロンロンポロロンロン
♪テーテ~~~テレンテレーテレテレテン テレレーテレレン
鼻歌うたいながら ── ふはぁ~っ
大自然で立ちションベン。
これは男の特権よなぁ ──
── って、女性もだったか……。
(長丈スカートの野外での使い道……
なぜ俺は、そんな『幻想殺し』みたいな余計な知識を手に入れてしまったのか……
冒険者パーティの『女子の内緒話』なんて、聞き耳たてなきゃよかった……)
ちょっと凹んでいると、隣のオッサンが変なうめき声。
やたら、小用中のこっちを凝視するし。
「………ぅ……ぁ……っ!?」
も~、なんだよ、無精ヒゲ青年ぉ?
男同士で並んで小用足してるからって、あんまりジロジロ見んなよ?
前世ニッポンに比べても倫理観ユルユルな異世界でも、マナー違反だろ、それ。
♪ユウ・ウィンッ! キャハハ ヤッタァ~
♪チャラッチャー チャラララン!
ふぃ~、ブルブルぅと……ッ、よし終了!
さて、寝んべ、寝んべ。
── さあ行くぜ、ネクストステージ、デデン!(画面転換効果音)
『七欲大魔王の睡魔サマ』に会いにいく!
『夢の中』 ── FIGHT!
今日はしばらくソロプレイ・オンリー台だからな、間違っても乱入してくんなよ!
邪魔しやがったら、俺の超必殺技(開発最終段階)が火を吹くぜ!
どんな魔物でも、『瞬で、獄に、殺る』からな!
『おい! ジイさん! おい、ジイさんって!』
『なんじゃ、騒々しいのう』
『なんですの、無職のオジさま。
毒蛇にでも咬まれましたの?』
『アイツ! 男!? オトコ! おとこぉぉ!?』
『…………リアや。
いったい、何を言うておるんじゃろうな、この若者は?』
『……お兄様が、「心の病」とか言っておられましたの。
ですので、何かの発作では?』
『オニイサマ!?
前から言ってた「お兄様」って、本当にそういう事ぉ!?
女の子だから「男装してる」訳じゃなくて!』
『なんですか?
何をそんなに、大騒ぎしているんですか?』
『本村の女僧侶、アンタも聞いてくれっ!
── アイツ、男! 男なの! 男だったの!』
『ハ、ハァ……?
え、何を言っているんですか?
旅の女の子が男装しているなんて、そんなの普通 ── 』
『── チガウ! 男装じゃない!
男だった! 下、付いてた! チン●ン! 付いてたぁ!』
『ハ…………ァ…………ァ゛あ゛っ?』
『……あの、アゼリアのお兄様は、元々男性ですけど?
でないと、リアのお婿さんに迎えられなくて、困ってしまいますわ。
この方、何を訳の解らない事をおっしゃっているんでしょう……』
『さぁ、のう……あえて言えば ──
── そうさな、ロックの目元は、少し女性的かのう?
優しげで涼やかで、どちらかと言えば母親似であろうなぁ』
『しかし、お師匠様。
お兄様の、その眼光は鋭く勇ましく、まるで猛禽のごとく。
まさに、猛々しい益荒男っぷりですわよ?』
『そうよな。まさに、まさに。
ロックが小柄だからといって、女性用の式服を着ているからと、女子と見間違えるとは……
── まったく、変わった青年よなぁ? ハハハッ』
『いや、「ハハハッ」じゃねえよ、ジイさん!』
『ウソ……男……?
あんなに可愛いのに……男……?
わたしより可愛い、オトコぉぉお~~!?』
── チラっと見たら、みんな昼食のたき火の辺りで、ワイワイガヤガヤしている。
(……遠くてよく聞こえんが、なんか盛り上がってるなぁ)
ちょっとだけ、そこに混じりたい気も起きたが。
しかし、今は眠気が優先。
(なれない技を使ったせいで、脳ミソが異常に疲れぇ、たぁ……ふぁぁ、んん……っ)
そんな訳で、シーツを頭から被ると、すぐに意識が遠くなった。
!作者注釈!
今「おチン●ンがついてる方がお得じゃん!」と言った子、素直に手を挙げなさい。
センセイ、怒んないから。