66:苦しくったって
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
虫型魔物がワラワラな道中で、荷車が足止めくらっているので、野営でお昼を準備中。
さっきから引き続き、妹弟子が『魔法の練習』しながら魔物を殲滅中。
なので、得意の剣術は封印。
普通の数倍は、ザコ魔物討伐に時間がかかってる。
この世界の魔法は、遠距離で広範囲に攻撃できるのが利点だが、致命打を与えるのが苦手。
効果がデカい分、精度が雑というか。
まあ、魔物も魔法を使うだけあってバカじゃないので、魔法攻撃と感づかれたら急所を防御くらいするワケで。
── 前世ニッポンの生活で例えるなら、『魔法が殺虫スプレー』で『剣術がハエ叩き』か?
名前を言ってはいけない『漆黒のあの方』とか、スプレー攻撃したらワラワラ出てきたり、ひっくり返ったりするけど、殺虫スプレーだけじゃなかなか死なない。
場合によっては、直接攻撃が手っ取り早い。
つまり、そんな感じだと思ってもらえれば、大体OK。
── で、だ。
いつかの日に、あの小癪たらしいクソ金髪貴公子サマが、巨大異常個体にブッパした『最強魔法剣』のズルっぷりが解ると思う。
あんなん絶対、違法改造だるぅうがぁぁ!(思い出しただけで、ブチ切れ)
── それはさておき。
「今日は本当に、やたら虫型が多いな」
「虫型は、魔物の中でも弱い部類じゃ。
だからこそ、大群を作る」
料理の匂いをかぎつけて、起きてきたジジイ。
まだ眠そうな顔で、ポツポツ説明を始める。
── 『虫型の魔物』は、他の魔物より小型(座卓~コタツ大)だ。
ほとんどが『脅威力1』で、強くても『脅威力2』がせいぜい。
村の自警団の手にあまるが、超人的運動能力の魔剣士なら余裕。
なので、駆け出し冒険者のメインの討伐対象は、たいてい『虫型の魔物』。
きちんと頭数を揃えておけば、そんなに対応が難しくない魔物だし。
植物・生物・死骸でも何でも食べる、超雑食。
いわゆる『生態系の掃除屋』。
ポンポン死んで、ポンポン増えて、群れを維持している。
他の魔物のエサとして、『食物連鎖』の最底辺を支えている。
そんな『虫型の魔物』が、たまに、急増殖したり急減少したりする。
すると『食物連鎖』上位の中型魔物も、やたら増えたり、飢えたりする。
この積み重ねが『魔物の大侵攻』の原因ではないか ──
── ジジイの昔の仲間(故人)が、そういう事を実地研究していたらしい。
そんな話をしている内に、グツグツグツと、スープが泡立ってきた。
お昼ごはん、ほぼ完成。
あとは塩加減で、味の調整。
(う~ん、保存用の乾燥野菜ばっかり。
もうちょっとメインになる具が欲しいな……)
味見して首をひねっていると、リアちゃんが何かを手に下げて戻ってきた。
「おみやげですのよ。
お兄様のお好きな、鳥さんですわ」
「うわ~~ぁ、お、お嬢ちゃんアンタっ!
それ毒のある魔物じゃないのか!? なんてモン持ってくるんだよ!」
無精ヒゲの青年が、ムダに大騒ぎする。
「そうですけど、美味しいんですのよ?
お兄様がお疲れみたいですから、好物をとってきましたのよ」
「こんな物が、好物……っ
毒のある魔物が、好物……!?」
『うわぁコイツ、マジか?』みたいな顔をされる。
うるせぇ、お前だけ食わしてやんねーぞ。
カモ的な風味で、超美味いのに。
(しかしリアちゃん、兄弟子が悩んでいるのを心配してくれたのかぁ……っ
……そのやさしさが、疲れた心に沁みるなぁ)
ぐすん……。
涙が出ちゃう、『ナマクラ剣士』だもん。
▲ ▽ ▲ ▽
(── なあ、リアちゃん……?
兄ちゃん、もうゴールしていいかな……?
この先の見えない『無限の修行』から、卒業しても、いいかな……?)
体格は貧弱、魔力は一般人以下の底辺という状況、正直ツラいんや。
そんな恵まれない身の上で、凶悪な魔物どもと毎日『剣術ごっこ』は、死ぬほどツラいんや。
(というか、うっかり何回か死んじゃいそうなんだよ、マジでっ)
兄ちゃん、今までガンバったと思う。
自分で自分を褒めてやりたいくらい。
前世ニッポンのサラリーマン時代でも、こんなガンバった事はないと思う。
最近やたら『前世のアレコレ』を思い出すのは現実逃避じゃないのか、とかも思う。
(気がついたら左手が『業務用レバー』握る形で、『覇■翔吼拳コマンド』繰り返してるし……。
絶対これ、何かの中毒症状で、放置するとヤバいヤツ!!)
きっと異世界的な生活習慣病で、生活改善が必要なんだと思う!
産業医的な人から『これ以上の魔物退治はキケンです、控えてください』とか、ストップされちゃう的な!?
だから、俺もちょっとだけ、今日は勇気を出してみる。
退く事もまた『勇気』なんだと、信じて!
つまりは、『兄弟子、惜しまれつつも御勇退』なのである!
「リアちゃん。
妹弟子より弱い兄弟子とか、どう思う?」
「……?」
妹弟子が、可愛らしく小首を傾げた。
不思議そうに聞き返してくる。
「ウフフ、どうしたんです、急に?」
ああ、リアちゃんの笑顔がまぶしい。
「いきなり、そんな事を聞くなんて、おかしなお兄様っ」
ああ、世界一カワイイ美少女魔剣士さんが、いつもの笑顔で微笑んでらっしゃるっ!?
── 妹弟子に『無能は、近づかないでくださる? ……ペッ(ツバ吐き)』とか愛想つかされるなんて、杞憂だった……!?
── 弱い兄弟子を罵る、残酷な妹弟子なんていなかったっ!
── 『よくもまあ、そんな生き恥がさらせますわね?』とか冷笑する暗黒お嬢様なんて、現実にいはなかったんだ!!
(そうか、そうか……っ
兄ちゃんもう、無理に頑張らなくても、いいんだな……っ?
もう、この異世界で無能ながら歯をくしばらなくても、いいんだな……!?)
ココロの闇に、亀裂が入る……!
(俺は、所詮、無能な魔剣士!
落ちこぼれの、ナマクラ剣士!
無理に、背伸びしなくてもいいんだ!
ありのまま、等身大のままの俺でも、いいんだ!!
リアちゃんの傍に居るだけで、その精神を支えるだけでもいいんだ!)
暗黒の世界が、割れた!
見上げる一面のスカイブルーが、俺を祝福してくれる!!
── おめでとう!(幻聴)
── おめでとう!(幻聴)
── おめでとう!(幻聴)
師匠に ありがとう!
妹弟子に これらから独りでガンバれよ?
(── ナマクラ剣士ロックの奮闘記、堂々完結!)
感涙にむせびながら、奥歯を噛みしめる。
まさに、突発的『少年は神話になった』的な、感動の大団円。
(すごいぞ、エ■ァエンドは本当にあるんだ!!)
許されたっ
俺、超・許された!
もう魔物と『剣術ごっこ』しなくても済むんだ!
俺なんて最強ヒロインさんを影で支える家事男子で充分なんだ!?
(つまり!
これから毎日、朝からゴロ寝でマンガ的な娯楽本ゲラゲラ読みながら、リアちゃんを『いってら~』と雑に見送ってもOK!)
そんな堕落人生だって、きっと許してくれるに違いない!!
よ~し、兄ちゃんヒマを持て余して、前世ニッポンの大人気料理『ラーメン』とか再現しちゃうゾ☆
(早期退職からの余裕あふれる『第二の人生』っ
そういうのっ 前世からの夢でしたぁ!)
異世界サイバイバル生活の第2部!
安全安心スローライフなラーメン屋台チャレンジ、はっじまるよぉ~~っ
「── このアゼリアより弱いお兄様なんて、有り得ませんわっ」
── ピシィィッ!!! と『理想世界』にヒビが入った。
瞳孔が、キュッてなる。
キュッって。
キュッって。
(うぁ……ゑ? ゑゑぇ……?
あ、あれぇ……? り、リア……ちゃん……?
ど、どうしたのかなぁ?)
「いったい何をおっしゃってますの?
ウフフ、もう、変なお兄様ですねっ」
(── 『ウフフッ』とか笑ってんの、怖っ
え……リアちゃん怒? 激怒なの?
も、もしかして、『リアちゃんは、兄弟子の俺が守る!(キリッ)』って誓いを破りそうになったから……?
い、いかん……妹弟子の目を……直視、できな、ゐぃ……)
地獄(現実)
→楽園(妄想)
→絶望&自責(現実)
→ストレスMAXぅ!
俺の感情が、ジェットコースター!
「── クソ! クソが! このクソ魔物がぁ!」
ストレス解消のため、手近な相手に八つ当たりしてみた件について。
「食ってやる! 食い尽くしてやる!
お前ら魔物とか、根こそぎ滅ぼしてやんよ!!」
羽根という羽根をむしり、血まみれの手(※注:鳥の解体)でグヘヘへ……ッ
オラぁ、魔物なんぞ、種族まとめて地獄の釜茹でじゃァッ!
「まぁ、こんなにお元気に。
いつもの勇猛なお兄様にもどられましたわ、よかったっ」
「おぉリア、<毒赤鴫>か、御馳走じゃな。
これは身が柔らかいからのう、年寄りにはありがたい」
「おいおい……コイツら……
本当に、毒のある魔物とか、平気で食ってるよ……っ」
周りの声は、あまり耳に入らなかった。
▲ ▽ ▲ ▽
夕暮れ前には、3番目の村についた。
「さすがは『本村』は、ほかと違うな……っ」
無精ヒゲ青年が、感心している。
というのも、厳つい自警団が総出で魔物の群れを迎え撃ち、割とボッコボコにしているからだ。
この村は、俺たちがあんまりガンバらなくても、大丈夫そう。
そうサボる言い訳を ── ミス、体力温存を訴えてみたが、やっぱりダメだった。
「周りの森に、また<樹上爪狼>が潜んでおる。
あれは、夜を待って襲うつもりであろう、今の内に退治するぞ」
さすが『辺境の英雄』さんは、俺とは違うな……っ
最後まで無償労働する気が、たっぷりだもんっ
前世ニッポンの『T●PPO』かよ、ジジイお前!?
(俺とか、さぁ……
さっきの昼飯の時の事で、まだちょっとメンタルまいってるんだが……?)
── ん?
メンタル?
まいってる?
メンタルがまいったる?
「ププ……ッ」
い、いかん……、ふ、不意打ちで……っ
思いがけずっ、ブフゥッ!……つ、笑点にぃ……っ
「……なんでアイツ、いきなり笑い出したんだ?
昼飯の時は、泣きながら叫んでたし……情緒が不安定すぎるだろ?」
うるせーよ!
他の人間はともかく、お前みたいな “““本物””” にだけは言われたくないわっ
『陰謀論(笑)』とか『魔王(呆)』とか叫んで、ギャン泣きしてたお前だけにはよぉ!
── ギャイィィィン!
── ギャイィィィン!
── ギャイィィィン!
というワケで、サクサク死んで頂いてます。
俺のストレス発散のため。
(ああー、このくらいのザコ魔物って、楽でいいわー)
樹の上からの爪撃を、何も考えずヒョイヒョイ避けながら、何回か剣振ってれば、だいたい死んでるし。
(まあ、討伐時間の短縮とか、最小手順とか、一撃必殺とか。
そういう剣術の改善に拘らなければ、という前提だけどね……)
脅威力2とか、そのくらい、多分。
群れでもザコすぎて、周りをぐるりと囲まれても、余裕ヨユー。
肝心の魔法の威力がザコだし?
火魔法の火炎放射も、2回くらい同士討ちさせると、ビビッて使わなくなるし?
ウゥ~、ウゥ~言いながら仲間に指示してるの、バレバレだし?
俺ら魔剣士に不意打ちしたいなら、そのバレバレな『風魔法利用の通信』(短距離限定!)を、もうちょっと上手く隠せるようになってからな!
(オオカミもどき共、成仏しろよ。ナームー)
あ、そういえば。
────── 先日は、誠に申し訳ございませんでした。
釈尊たる御身を『ブッタ』を表記いたしましたが、ニッポン語表記としては正しくは『ブッダ』でございました。
日頃から常々お世話になっており、また輪廻転生の機会をいただくなど格別のお引き立てをいただいておきながら、当方まことに汗顔の至りにございます。
ここに改めて謝罪を申し上げると共に、天竺北部シャーキヤ族の王侯貴族という、輝かしいご経歴をもたれるゴータマ=シッダルタ様のますますのご清栄を、謹んで申し上げます。
異世界ファンタジー転生者より ──────
よし、ちゃんと謝ったので、万事OK!
さーて、ストレス発散できたし、念仏で精神も浄めたし。
そろそろ、また、我流剣術の追求とかすっかね?
(どうやら、この世界でも『早期退職』はムリそうだし、仕方ないね!)
▲ ▽ ▲ ▽
さて、昨日の『必殺技封印の縛り交戦』で判明したのは、リーチ不足だ。
・ 短躯なんで、四肢が短い
・ 愛剣ラセツ丸が<小剣>なんで、剣身が短い
問題点は、この二つ。
(さて、どうすっかね……)
この欠点を補うために作ったマイ必殺技が【秘剣・三日月】と【秘剣・速翼】だったワケだ。
(確かに今までも、剣身が短くて、大型魔物に手こずったからな)
そんな事を考えながら、そろそろ10匹目の<樹上爪狼>の首をスパン!
とは言っても、太い首の直径からすると、7割くらいしか切断できてない。
まあ、これでも十分に致命傷なんで、<樹上爪狼>の時は問題ないけど。
(『魔力刃の魔法付与』【序の一段目:断ち】を、もうちょっと伸ばすとか?
そんな事をするくらいなら、もういっそ、【三日月】で倒した方が早いし。
かといって、こんなザコの群れを倒すのに、いちいち必殺技を連打していたら、俺みたいなザコ魔力じゃ全然足りな~いワケで)
どうすっかねー、と昨日と同じ、堂々巡り。
油断しきっとる斜め後ろのオオカミもどきを狙う。
【序の三段目:跳ね】で後ろ向きに突っ込み、すれ違いざまに胴体をザクン!
── ギャイィィィン!
と悲鳴があがるが、重傷を受けても狼型魔物は樹から落下しない。
なんとか長爪を食い込ませて耐えている。
つまり、傷が浅かった。
「そう、つまり、こういうのが面倒なんだよなぁ……」
これがもっと長い剣(<中剣>とか<正剣>)なら、充分に真っ二つできてるのだが。
「【秘剣・三日月】っ」
人差し指の指輪に偽装した、待機状態の魔法を解放。
魔法の術式<法輪>が、腕輪の大きさに広がって高速回転し、『チリン!』と鳴る。
ズバン!と一撃必殺。
メリメリメリ……ッと、そこそこ太い樹が倒れる。
取りあえず、手負いの魔物を樹木ごと真っ二つにしておく。
考え事している最中なので、対応が雑になったというか、面倒になった。
「【三日月】と、【断ち】ねぇ……」
── 結局、魔物を鈍剣で斬るためには、常に『魔力刃の魔法付与』【断ち】を発動させてるワケで。
その【断ち】に『飛ばす魔法』を組み合わせると、第1の必殺技【秘剣・三日月】になるワケで。
で、速度と射程アップのため改良を続けたら『飛ばす魔法』部分が複雑化して、かなり魔力消費が増えたワケで。
その魔力消費の多い『飛ばす魔法』部分を省略できたら、【断ち】のみ縛り交戦と同じくらいには魔力節約になる ── ……はず。
(── ん、待てよ。
そういえば、必殺技作ったばかりの初期の頃【秘剣・三日月】は、『剣を振る勢い』で飛ばしてた事があったな……)
その『旧式の三日月』だと、スピードが遅くて、射程も短かった。
その欠点を補うため、別に複数の術式を組み合わせた複雑な『飛ばす魔法』をこしらえる必要があったワケだ。
俺は、人差し指にまた指輪偽装の<法輪>を補填しながら、ちょっかい出してくる魔物をテキトーに刻み続ける。
(で、今となっては『飛ばす魔法』の方がはるかに魔力消費量が多い、と……
── アレ、これってもしかして?)
ちょっと、思いついた事がある。
なんで、どいつかで試してみたいところ。
お、左の1匹がいい感じ。
なんかサルみたいに、木の枝ぶらさがりスイングしながら、半分に折りたたんでいた長い爪の腕を伸ばしてくる、オオカミもどき。
(いつも思うけど、コイツって『テナガエビ』みたいな身体構造だよなぁ……)
ちょうど良かったので、あえて突っ込んでやる。
── ビュン!とサイドスローで振り回される、4本指の長い爪。
それをギリギリで避けて、魔物の脇腹に振り上げる1撃。
俺みたいなチビだと、背伸びして<小剣>を振り上げても、かする程度のギリギリの高さ。
(── よし、今!)
わずかに刃が表皮を裂き、かすり傷程度の浅い斬撃。
その瞬間、剣を振る勢いのままに【序の一段目:断ち】を剥離させる!
久しぶりに使う『旧式の三日月』!
楽々と、魔物の胴体を真っ二つにした!
「難しく考える必要は、何もなかったのか……」
<小剣>の浅傷を魔法で押し広げて、致命的な深傷に至らせる。
簡単に言えば、それだけの事。
ひたすら悩んだ割には、ひどく簡潔な答え。
「つまり、ゼロ距離で、超短距離射程の飛び道具を叩き込む ──
── 『ゼロ三日月』とでも名付けるか?」
ゼロとか、オメガとか、アルファとか、アルティメットとか、最終究極奥義とか。
中二病が、超たぎるよね?
作者注釈
2022/05/17 22:12 微妙修正
ゴータル=シッダルータ様 → ゴータ『マ』=シッダ『ルタ』様