65:昼あくび
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
「ひぃっ また虫の大群だぁっ」
情けない声に、イラッとした
荷車の御者の無精ヒゲ青年(陰謀論ガチ勢の人!)の声だ。
「またかよ……っ」
ウンザリしながら、仮眠用シーツから顔を出す俺。
進行方向を見ると、確かにワチャワチャ居た。
さっきから『虫』が多い。
めっちゃ『虫』と出くわす。
ああ、もちろん、魔物の話ね。
なので、サイズも普通のヤツとは桁違い。
小さくても座卓サイズ、大きければコタツサイズ。
「今日で何回目だ、これ……」
眠い目をこすり、太陽の位置を見ると、ちょうど昼前か?
── 昨日はやっぱり、2個目の村で寝ずの番になってしまった。
1個目の村(帝国なんちゃら部隊の工作員の皆さんをボコった村)の後、なんとか夕暮れ前に隣り村についたけど、結構、大変な事になっていた。
ちょうど『村の守りを破り、魔物の群れが雪崩れ込む寸前』みたいな状況。
── 『た、助かったあ……っ うっうぅっうっ』
ジジイと俺と妹弟子で、村を囲んでいた魔物を蹴散らすと、自警団の人達が座り込んで泣き出すくらいだった。
被害状況は、死者数人、ケガ人多数、村の防御柵や防壁の破損がまあまあ。
すぐに応急処置やっておかないと、また魔物の群れが襲ってきたらヤバイという事で、村人は夜通し復旧作業。
その間、俺ら3人は、村の周りを夜間警備。
徹夜で、村の外をグルグル巡回して、時々来る夜行性の魔物を退治。
(なお、『御者』の無精ヒゲ青年は村の中で、ちゃんと寝てもらった。次の日の運転があるからね)
それから夜明けすぐに、次の村へと向けて出発。
しかし、荷車の中で揺られながら仮眠しては、小1時間くらいで起こされる。
そのくらい、魔物の群れの遭遇率が高い。
しかも、ほとんどが虫型の小型魔物(とはいっても、コタツくらいのサイズ)。
(虫型魔物って、鬱陶しいんだよな。
コイツら、女王みたいなボス個体守るために、最後の1匹が全滅するまで襲ってくるし……)
ジジイも仮眠を止めて、あくびを噛み殺す。
「フワァ……。
さて、今度は、誰が行こうか……?」
「俺、パス。筋トレしすぎで、軽く筋肉痛」
というか、『必殺技禁止の縛りプレイ』のせいで、全身を酷使しすぎた感じ。
脇腹とか太股の横あたりまで、ピリピリしている。
まあ、荷車に座って寝ているのも悪いんだろう。
木製ベンチシートが硬いし。
クッション2枚重ね、プラス背もたれ1枚の、3枚使いだけど。
それでも、未舗装の田舎道をガタガタしていて、背中も尻も痛いし。
こんなのが1週間以上続く(予定)とか、身体ガタガタになりそう。
「では、お師匠様っ
アゼリアが参りますの!
そろそろ、中級の広範囲攻撃魔法の自力発動を安定させたいのですの!」
「よいよい、ここなら周りの迷惑にもならん。
思いっ切り、魔法の練習をするとぉ、よかろうぅ……ぅんっ」
ジジイが、半分寝ぼけているくらいの声で告げる。
さすがに歳だけあって、徹夜明けの疲れが抜けきってないらしい。
ほらな、昨日俺が言った通りだろ?
ジジイこんな状況で、半自動で<駒>が進んでくれるといっても、『御者』は無理だって。
「おいおい……ついに女の子1人だけかよ。
本当に、大丈夫なのか?」
ウチの超天才児のスゴさが解ってない野郎がなんか言ってる。くそワロタ。
「あの子、ああ見えて、帝都の名門の魔剣士流派の免許皆伝だからな?
並の冒険者の何倍も強いぞ」
「いや、そうかもしれんが、本当に1人で大丈夫なのか?
援護とか、そういうのは?」
「いらんだろ。
そもそも俺みたいな無能が手を出しても、足引っ張るだけだし」
眠いけど、自慢の妹弟子を推しとく。眠いけど。
チュドーン! バリバリバリー! ズチャチャチャチャ! ブオオオ~~~ン!
とか、広範囲魔法が定期的なリズムで炸裂する。
その単調なリズムが、ちょっと子守歌的で、いよいよ眠くなる。
(しかし、やっぱり、『魔剣士』ってのは、魔法が使えてナンボだよな……
広範囲化した攻撃魔法とか、魔力消費5倍だっけ?
俺みたいな、魔力量が一般人並のザコだと、あんなのポンポン撃ってたら、すぐ魔力切れだな)
つまり、人並みの数倍以上魔力があってこそ、『魔剣士』は強いワケで。
『魔(法を使う)剣士』という名称は、伊達ではないワケで。
現在の魔剣士流派が、『魔力量偏重主義』に傾くのも納得の理由。
(魔剣士の才能とか、端的に言えば『魔力の量 × 身体能力』みたいなモンだからな……)
体格の不利とかは、まだ『身体強化魔法』で、どうにかなる。
最悪、運動神経が悪くても『<魔導具>使って後方支援』という選択肢もあるし。
それより、『魔力たりな~い』方がよっぽど問題。
(なんで俺は、『特級の身体強化魔法』を2回発動したらぶっ倒れるようなザコ魔力なのに、魔剣士なんぞを目指してしまったのだろう……)
そういう、今まで目をそらしてきた、現実問題が眠い頭に浮かぶ。
ちょっと鬱になりそう。
以下、俺の素質。
・魔力の量:△・・(上限到達)
・剣の才能:★△・
・身体能力:★・・(上限到達)
(うん、適性ゼロだ、ミスマッチが過ぎる。
そりゃもう、ジジイが10歳で見限るワケだ……)
これ以上の成長って、いくら必死こいて頑張っても、ムダじゃね?
(だいたい、さ。
別に、リアちゃんとか、俺みたいなザコが守ってやらんでも、普通に無敵だし?)
妹弟子の素質とか、こんな感じだし。
・魔力の量:★★★☆☆(成長中)
・剣の才能:★★★☆☆(成長中)
・身体能力:★△・(成長中)
はい。
どこに出しても恥ずかしくない天才っぷりですね。
むしろ、ザコ兄弟子が一緒にいる事の方が、マズいんじゃない?
(無敵の超天才児にとって『外付け弱点』だろ、俺の最弱っぷり。
昔のゲームやマンガの『すぐさらわれちゃうお姫様』みたいな感じ?
むしろ、居ない方がありがたいんじゃね?)
考えれば考えるほど、気が滅入る。
疲れているせいか、思考がマイナスに行きやすい。
「うわぁ、すげぇ……あの女の子。
本当にひとりだけで、魔物の群れを相手している……
前世でこんな英雄とか、いたっけ……?」
うわぁ、怖ぇ……この無精ヒゲ青年。
本当にひとり言が激ヤバで、マジで相手したく無いぞ……
『前世』(呆)とかコイツ、厨二すぎだろ……?
(しかし、ホントマジないわー。
『陰謀論』に、『人類滅亡の魔王』に、今度は『生まれ変わり』かよ。
いい加減にしろよホラ吹きさん、『前世』(失笑)とかそんな事あるワケないじゃん、常識的に?
── 俺の前世ニッポンのことわざで言うなら『ブッタの顔も3度まで』だぜ?)
寝ぼけた頭で、そんなツッコミをした。
▲ ▽ ▲ ▽
── 同刻の、<翡翠領>。
若い冒険者風の青年が、大あくび。
「フワァ……ッ」
すると、『チッ』と舌打ちが、どこからか飛んできた。
ウンザリとして、青年は会議室の中を見渡す。
周囲の若手騎士達から、鋭い視線を向けられていた。
針のむしろだ。
昨日の、魔物の襲来が原因だろう。
未知の魔物相手に都市の守護者たる領主騎士団は遅れをとり、余所者が活躍した。
それも、1度では済まず、2度3度。
そして、上司がよりによって『その余所者に協力依頼』。
勇猛果敢で怖れ知らずのはずの『都市の守護者』には、面子がたたない。
その『やり場の無い怒り』が、針のように突き刺さってくる。
「たくっ……面倒くさい連中や……」
「何か?」
訊ねてきたのは、今まで部下の報告に耳を傾けていた、騎士団の上役。
ずんぐりとした体格の、禿頭の壮年の騎士。
しかし、問われた青年 ── 神童ルカは別の事を口にした。
「いや。
責任者の会議と聞いた割には、若手ばかりで年配の騎士がおらんようやけど。
どうしたんや?」
「数日前から、守衛隊の3分の1ほどが、任務に出ている。
次期領主代行殿に付き従い、領内の村を巡視している最中だ」
「それはまた、タイミングが悪い」
「いや逆に、不幸中の幸い ──
── 『タイミングが良かった』とも言えるかもしれない」
「どういう事や?」
「周辺村落への救援部隊という意味では、ちょうど良いタイミングだっただろう?
それに、領内の村の救助が済み、その部隊が戻ってくれば、魔物を挟み撃ちで一掃できるっ」
その言葉を発する騎士団の上役には、信頼と希望の輝きがあった。
「えらい、かっとるんやな。
その『代行』っつーヤツを」
「次期領主代行殿は、若君の奥方様だ。
元々は名門の魔剣士だけあって軍事に明るく、騎士団からの支持は厚い」
「ふぅん、奥方で魔剣士か……領主家の嫁には珍しいのぅ?」
神童ルカが、首をかしげる。
すると、今まで黙っていた隣席の叔父トニが、口を開いた。
「……もしや。
ロザリア=スカイソード」
「『ロザリア=スカイソード』やと!
元・<天剣流>第2席次か!?
『無冠の剣号』とか『剣王に最も近い』とか言われとった女やろっ?」
「ええ、そのご当人です」
「そらまた、いかつい嫁をもろとんなぁ……。
しかし、ここ<翡翠領>に、最強魔法剣【天星四煌】の使い手がおるんやったら、どんな魔物が来ても安心やな……」
神童ルカはそうつぶやいて、周囲を見渡す。
部下達の顔にも余裕があるも当然だろう。
近いうちに心強い増援が駆けつける事を、誰も疑ってもいない。
「なるほどな」
魔剣士にとって、集団戦闘は必須科目。
軍事に素人の『純粋な貴族』よりも、指揮を預けて安心だと信頼されているのだろう。
「ともあれ、方針としては『籠城』。
しかも、近くに援軍のあてがある訳かい……」
守りに徹していれば、1戦交える事なく魔物を追い払う事も可能だろ。
城壁にとじこもり時間を稼げば充分なのだから、命がけで戦うなんてバカらしいくらいだ。
神童ルカは、『そりゃあ、空気が緩んどるはずやな』と口の中だけでつぶやいた。
同時に、『今ここで危機感を訴えても、誰も取り合わないだろう』と判断した。
そして、『別意見を会議に投じて、派閥が割れる方がマズい』とも判断した。
── 上層の意見が割れて騎士団の団結力がなくなった事が、あの<黒炉領>で被害が拡大した原因の一つだったから。
「ルカ殿たち『西方の神童コンビ』は、2年前の<黒炉領>で『魔物の大侵攻』を経験したと聞く。
率直に尋ねるが、今回のこれは『魔物の大侵攻』だと思われるか?」
「……今のところ、半々や。
あの時は、最初に押し寄せてきたのは『虫型魔物』やったはず。
しかし今回は、『草食性の獣型魔物』や。
それが、この<ラピス山地>近くでは、魔物の『生態の層』が違うせいか。
それとも、今回は単なる『群れの大規模移動』なんか、今ひとつ判断がつかん」
神童ルカがそう答える。
── 『役立たずめ』『結局解らないんじゃないか』『頼りにならない……』
周囲から、あからさまな失笑や、侮蔑の声が漏れた。
彼は気にせず、上役に向き直る。
「ひとつ、ええか?
あの時に<黒炉領>におった、ワイの経験から言うと」
「聞こう」
「市民には『籠城は当面だけ、1週間のガマン』とでも、言っておいたほうが、ええ。
前途不明とか、きびし過ぎる目標を言うと、ヤケを起こす連中が出る。
こんな時は、耳障りのいいウソとて必要や」
「なるほど、確かに。
足下を固めるために、まずは情報の統制か」
「身内にポロッとしゃべって、そっから漏れる事も少なくない」
「助言通り、引き締めよう」
「それに1週間というのは、意外とあてに出来る数字や。
例え、村を見に行った部隊が戻って込んでも、や。
1週間あれば、早馬が、聖都まではつく。
1週間あれば、隣の都市から、救援がくるかもしれん。
1週間あれば、伝令が、帝国騎士団の第三、街道守護隊と出会うかもしれん。
1週間あれば、帝国騎士団の第四、魔物討伐の巡回守衛隊が駆けつけるかもしれん」
「ふむ、なるほどな」
禿頭の上役は、厳格な表情を少し緩めた。
そして、ふと思いついたとばかりに、ひとつ付け加えた。
「あとは、そうだな。
あてに出来そうな相手とすれば ── たしか『剣帝一門』が近くの山に住んでいるとか」
「おいおい……っ」
禿頭の騎士団上役の、何気ない言葉。
神童ルカは、目を細めて口の端を吊り上げる。
「剣帝さんは、あてにできんで?
こんな大都市より、防衛設備の整ってない、小さな村々を回っているさかい。
剣帝さんは、弱い者を見捨てん。
つまり、こんな大都市に住んで、立派な城壁に守られ日頃ぬくぬく生活して、ワイらは魔物に襲われんからよかった思って田舎見下しとる、こないな『強者』は後回しにされる。
当たり前やろ?」
「田舎の村と領都では、あずかる人命の数が違いすぎると思うが」
騎士団の上役は、少し呆れたような口ぶり。
すると、若手騎士達の口から、この際とばかりに不満が噴出する。
「剣帝など、そんな初歩的な判断もできない輩か!」
「『帝国第5の剣号』と持ち上げられても、所詮は冒険者あがりっ」
「我々、重責を担う騎士とは違う!」
「<翡翠領>を見捨てるようなヤツが、なにが『辺境の英雄』だっ」
「どうせ今までも、手強い魔物からは尻尾を巻いて逃げて、そうやって生き延びてきたんだろっ?」
しかし、そう言われれば、神童ルカも止まれない。
己の『憧れの人』を悪く言われて、そのまま大人しくしているような者が『天下無双の天邪鬼』などと自称するはずもない。
周囲を見渡し『浅はかな連中だ』と鼻を鳴らしてせせら笑う。
そして嫌味たっぷりに言い放った。
「それやったら、最初から、あんな山奥にとじこめてんなや。
無理矢理でも<翡翠領>に『剣帝流道場』とか用意して、イヤでも月一通って来るような環境造っとけ。
どうせ、帝都で幅きかせとる<表・御三家>にニラまれたくないゆーて、腫れ物扱いしてきたんやろ?
そんな連中が、こんな時ばかり剣帝さんに、頼るなっ!」
徐々に嫌味だけでは済まず、興奮し始める。
慌てて、隣の叔父トニが袖を引いて止めるが、神童ルカはそれを振り払った。
そして、決定的な言葉を吐いた。
「そんなだから、辺境の民は! 2等領民は! 卑しい連中とバカにされるんや!
── 『生活が貧乏』なだけやない!
貴様ら心根まで貧しい、礼儀知らず恩知らず言われとる!!」
「そこまでです。
それ以上、今言う必要の言葉ではありません」
叔父トニは、頭痛に耐える表情で立ち上がり、感情を荒げた甥っ子に詰め寄る。
神童ルカは、『言い過ぎた』と後悔の見え隠れする表情で、しかし意地を張る。
「痛い目みらんと、行いをたださんっ
愚か者は特に、や!」
「しかし今言えば、ムダに反感をかい、連携に支障がでます。
それは非常時の防衛に、悪影響です」
「叔父貴は大人やの」
「神童ルカに諫言できる、だから叔父が同行させられているのですよ」
叔父トニはそう言うと、神童ルカの従者として、騎士団の上役に非礼を詫びた。