59:魔剣士のつとめ
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
俺とボウズ頭と神童ルカの、男3人は<轟剣ユニチェリー流>の道場へと戻った。
ヤベえ黒髪メンヘラさんは、女騎士の姉ちゃんが、まだ外で何か話をしている。
ちゃんとお薬呑ませて、落ち着かせてね!
「で、結局、どうなるんだ。
『道場間決闘』の後って……?」
道場辞めたばかりなのに、舞い戻ってきてしまったボウズ頭が、居心地悪そうにしている。
「まあ、そもそも『道場間決闘』なんて、『厳罰粛正』が目的なんだろ?
全員ボコボコにしたから、これで終わりって事でいいんじゃね?」
「まぁ……せやなぁ……」
神童ルカも、叫んで、怒鳴って、木剣振り回して、傷だらけになって、ほぼ気力とスタミナがゼロ状態みたい。
もはや、当初のような激しい勢いがない。
「申し訳ないが、それではこちらとしても、申し訳がたちません」
意外と、ピシャリと反論を言ってきたのは、中年の男性騎士。
俺は、ちょっと意地悪く、口元を吊り上げる。
「負け犬共が、勝った俺に意見すんのか?」
「……我々がどうというよりも、外聞の話ですよ。
少なくとも、しばらくは道場を閉鎖して、道場生には謹慎してもらわないと」
『神童コンビ一行』の一番の年輩者が、一歩進み出た。
俺が睨み付けても、相手は涼しい顔。
「そりゃあまた、どういう言い分だ?」
「<帝国八流派>の魔剣士が、有り得ないような失態を晒した ──
── それは、剣帝様の一番弟子殿、貴君に敗北した事だけを問題視している訳ではありません。
道場生や道場OBの弛んだ態度、目下への者にリンチじみた折檻、道場主の甘い処分。
これら全て、人命を預かり、都市の守護者たるべき魔剣士に、あるまじき行いです」
「それは、まあ、そうだろうが」
「そもそも、宮廷に根回ししてまで半ばゴリ押しで法手続きを進め、可及的速やかに<翡翠領>にやってきたのは、他流派に弱みを握られないため。
分派とはいえ<帝国八流派>が ── そして<裏・御三家>が、その栄誉ある看板に泥を塗るような醜態をさらし、監督すべき本家道場が何もしなかったとなれば、他流派から責任を追及されます」
「うわぁ、めんどくせぇ……」
俺は思わず、グチを零す。
── 警察官が違反したのに、仲間内なんで『なあなあ』で済ませた。
── それじゃあマズいと、警察の上の方(警視庁とか)が内部調査に来て、追加で厳罰。
前世ニッポン風に例えると、そんな感じの話なワケか?
今回の『道場間決闘』って。
しかし悪いが、俺の知った事じゃない。
正義の味方でも、世直し隊でもないからね、剣帝一門。
不正がはびころうと、社会が上手く回っているなら、文句を付けてもしょうがない。
前世の世界でも、ワイロが重視される国とか、いくらでもあったし。
「ああ、つまり ──
── 俺にボコボコにされて性根を入れ替えたザコ共が、ようやく一念発起して訓練がんばってたら、分派から上納金巻き上げてるくせに監督不行き届きの本家道場が、今さらしゃしゃり出てきて営業停止を言い渡し、ザコ魔剣士の腕前をさらに鈍らせるのか……
端的に言って、ゴミだな、お前ら」
明らかな挑発を吐いてみる。
しかし、『神童コンビ一行』の中年男性は、眉一つ動かさない。
「さすがは、剣帝様の一番弟子殿。
痛烈なご指摘、我ら未熟の身には、痛み入ります。ハッハッハッ」
それどころか、笑って流されてしまう。
(なるほど、コイツが参謀役で、交渉役か……)
いくら挑発してもムダな感じで、色んな意味で『大人』な訳だ。
少なくとも『決闘ごっこ』で片付けれるような、子供ではない。
すると、神童コンビの細目の方が、軽く肩をすくめた。
「お前の言わんとする事もわかるが、世の中は単純やない。
<帝国八流派>の魔剣士は、確かに魔物から人を守るのが使命や。
だからというて、人間すべてが味方な訳もない。
お前自身も言うとったろ?
『妹弟子を悪い人間から守る』とか。
我らとて、政敵からつけ込まれない身の振り方も必要な訳や」
まあ、神童ルカの言い分も、充分に理解できる。
(しかし、俺もなんだかんだいっても、剣帝の弟子なんだなぁ……)
そう感じ入ってしまう。
ジジイが口癖のように言う『魔剣士がいざという時に役に立たず、魔物に遅れを取るようでは意味が無い!』という事の方が引っかかる訳だ。
さて、なんて言いくるめてやろう ──
── そう思っていると、銀髪の美少女(全世界級!)が、可愛らしくクイクイッと袖を引っ張ってくる。
「お兄様お兄様!
お話が終わりましたら、わたくし、今度は<魄剣流>の方と『決闘』したいんですの!
あの、地面をスーー……ッと動く歩法を攻略したいんですのよ!」
「ああ、リアちゃん。
そのくらいなら、後で兄弟子が好きなだけ見せてあげるから。
もうちょっと、お話が終わるの待っててね?」
「もう『歩法』を盗んだのですの!
さすがはお兄様ですわっ」
リアちゃん、お目々キラキラ。
それに反して、声を荒げてくる黒髪の男子。
「はぁ、冗談でしょう!?」
「いや従弟、マジやで?
コイツ、ほんまバケモンや……アタマ痛なるわ」
「はぁああ、それ本当なんですか、従兄殿!?」
なんだろう、この黒髪男子。
身長が残念な事や、目を吊り上げてくる顔立ちに迫力がない辺り、妙に親近感が湧く。
こっそり、そいつの剣術LVを探っていると、細目の神童が声をかけてくる。
「なぁ、男前の嬢ちゃん……
アレ使うなとまでは言わんけど、ウチの秘伝なんや。
勝手に、見せびらかさんといてや?」
「お前もさっきから、変な事ばかり言うよな?
いくら『門外不出の秘伝』でも、法則の上になりたってんなら、他のヤツが再現できてもおかしくない。
さっきも、そんな話したろ?」
俺が最近作った『青い魔力』装填術式。
確か、<四彩の青>でも同じような術式使って、『死神の加護』とか言うんだっけ?
真似されてグチグチ言うくらいなら、特許でも取っとけよ。
まあ、そもそも『特許』って、『真似される事が前提』の権利なんだけどね?
発明者のご褒美的な感じ。
「そうは言うても、や。
お前自身も、さっきの独自の魔法術式を、軽々しく他人に教えたりせんやろ?」
「なんだよ、お前、俺の『必殺技』を覚えたいのか?
別に、いいぞ。」
別に、秘密にするほどの理由もないしな。
今の状況は、システム上の『隠し必殺技』を自分だけが使える、という程度の有利。
誰かがその内にコマンド総当たりしてたら、いつか判明する程度の秘密。
前世ニッポンの対人戦なら、それもアドバンテージなんだろうが……
『人間対人間の戦争』が主要じゃない、魔物ワラワラ世界なら、あまり意味も無い。
むしろ、魔物退治の役に立つなら、積極的に教えてやってもいいくらいだ。
「お兄様!」「おい、ロック!」「おいおいおい」「マジかよ」「お前本気か!?」
なんか、やけに周囲がガヤガヤする。
俺は、気にせずに、道場の真ん中に向かっていった。
▲ ▽ ▲ ▽
「一番手っ取り早いのは、これかな?」
俺は、腰から<小剣>を抜いて、片手にペチペチ当てる。
「見ての通り、ただの模造剣だ。
当然、紙きれ一つ斬れない」
次に、愛剣・ラセツ丸を『腕の延長と錯覚させ』、魔力を走らせる。
落ちてた木剣を拾って、投げて、空中で一閃。
カカンッと、2分割された木剣が石畳を跳ねる。
「これが、俺のオリジナル魔法【序の一段目:断ち】。
まあ、俺が使っても手品くらいの意味しか無い」
「いや、ちょっと」「ロック、お前」「手品って、お前ぇ」「これが、手品扱い」「おい、マジか」「なあロビン、俺たちよく死んでないよな……」「ユーリ、今さらながら、背筋が寒くなってきたんだけど……」
なんか予想以上に、ザワザワされとる。
まあ、みんなこっちに集中しているから、よしとしよう。
せっかくプレゼン資料作ったのに、誰も興味なさそうというのが、一番堪えるからな……
前世ニッポンの会社勤めとか、上役に散々説明した挙げ句『結局そのクラウドとかいうヤツは、何なの?』とか質問されて、死にたくなったからな……
── 閑話休題。
俺は壁際に置かれていた、撃剣訓練用の人型標的から、鉄兜だけを取って持ってくる。
「リアちゃん、GO!」
「はい、ですの!」
俺がその鉄兜を高く投げると、意図を理解した妹弟子が駆け寄り、一閃。
カカンッ、と鉄兜が、真っ二つ。
── 『おおぉ~~~!!?』 と大きな声が響く。
俺は、どよめきが収まるのを待って、解説を続ける。
「こんな手品みたいな補助魔法でも、魔剣士が使えば、鉄の防具を切り裂くワケだ」
「どんな魔物でも、真っ二つですのよぉ!」
リアちゃんが、鼻息フンスッフンスッと、スゴい得意げです。
「いや、魔法って……何も発動音がしてないんだけど?」
「だよなぁ……」
「なんか、魔導師だけができるとか、そういう特別な技術じゃない」
「そんなの俺らが覚えられるのか?」
受講者一同様たちの、疑問と不安の声。
ジジイが頑迷に『アゼリアのような若手はともかく、ワシのような年寄りに、今さら修得できる訳もなかろう』とか言い出した事を思い出す。
「ニアン、ちょっと前に出てこい」
「え、俺……?」
顔見知りの、赤毛少年を引っ張り出す。
「これを指につけて、発動しろ。
あ、強化魔法の腕輪と同じ感じね。
あと、使い慣れた木剣もって、こっちに」
と、ニアンに、『ラピス山地』産のツタで作ったのお手製の<魔導具>『らせん状グルグル指輪』を付けさせ、魔法起動。
── 『カン!』と拍子木みたいな音がするが、あいにく不発。
「── おい、ニアン!
木剣に魔力が走ってねえぞ、ちゃんと集中しろ。
剣の先から、柄の端まで、意識を向けて、魔力を送り込むような気持ちで。
はい、もう一回、起動。
よし、この木剣、斬りつけろっ」
ニアンの木剣に魔力が走っているのを確認して、俺の持つ木剣の欠片を斬らせる。
途中まで切り込み、そして本人が驚いたせいか、刃筋が流れて『く』の字に逃げる。
しかし、一応は、ちゃんと斬れた。
「ま、マジか!?
うわぁ、木剣で木剣が切れた!」
「マジだ」「うわぁ」「マジか」「ありえねえ」「なんやコイツ」「黒金樫だぞ」「人間ですか、この男」「やべえぞ剣帝流!」
大盛況。
行き帰りの荷車の中で『新魔法の【序の一段目:裂き】用として改造しようかな』と、お手製の<魔導具>を持ってきてよかったぜ。
「あと、刃こぼれしにくくなるという、便利な機能もあるんだぜ。
魔物と戦う時は、そっちの方がありがたいんじゃないかな?」
俺がそんな補足説明をしていると、細目細面男が口を挟んできた。
「おい、男前の嬢ち ── いや、ロック。
本当にお前、この魔術式を他流派の人間に教えるつもりか?
ぶっちゃけ、<帝国八流派>の口伝や秘伝扱いでも、おかしくない魔法やぞ?」
「うちのジジイに、無理矢理これを覚えさせた時、こう言われたよ。
『ワシが若い頃に、この魔法を使えていれば、みすみす仲間を死なせずにすんだのに……』ってね。
── 流派の奥義だか、口伝だか、秘伝だか、知らんが。
魔剣士が出し惜しみして、人死に増やして、どうすんだ?」
「…………」
「うちのジジイは ──
── お前らの大好きな剣帝様は、どんな窮地でも生き延びた最強の魔剣士かもしれん。
世間の噂の通り、どんな魔物にも負けず、戦い続けてきたかもしれん。
だからって、仲間が居なかった訳でもないし、後悔がなかった訳でもねえよ」
ため息じみた、息継ぎ。
話を続ける。
「お前らは、『魔剣士サマ』なんだよ。
腕が足りず、頭脳はお花畑で、こんな『魔剣士未満』に蹴散らされる程度だが。
それでも、俺みたいな『魔剣士になれなかった落ちこぼれ』とは違うんだ。
他人様に頼られ、世間様に期待され、その背中には『重責』を背負ってる。
そんな連中が、『あの時こうしておけば』とか、後悔するような生き方すんなよ?」
(── あ、いかん……
調子乗って、気持ち良くしゃべっちまった……)
一気に会場が、シ~ン……、とする。
ちょっと説教が過ぎたのかもしれん。
いかんね、オッサンの上から目線説教とか、若手から大不評が確実。
居酒屋でしかウケない、最低な下ネタのジョーク以下だぜ。
俺がちょっと後悔していると、神童ルカがいよいよ目を細くする。
「そうかロック、お前は、そうなんやな?
魔剣士になれんかった、剣帝さんの後継者になれんかった……
そんな事は全て、些細な事に過ぎん。
剣帝さんの流派は継げんとしても、『こころざし』はしっかり引き継いどる……
『剣帝の一番弟子』……なるほどな、そういう事か……」
「………………」
相変わらず、よく解らん事を言って、1人納得している。
あれ、ちょっと泣いてねえ、コイツ……?
(コイツにとっての『俺』って、どういう風に見えてんだろ……?)
▲ ▽ ▲ ▽
しかし今は、様子の変なキツネ顔の性悪イケメン様に構っているヒマもない。
こんな絶好の『商機』を逃す訳にはいかないのだ!
「── さて! 話がそれたな!!」
声を張り上げていく。
活気を取り返さないと!
「その指輪は、魔法の補助器具みたいなモンなんだよ。
毎日つけて起動していれば、その内に慣れてきて、自力発動でできるようになる。
とは言っても、魔力の扱いに不慣れなら、最低半年くらいはかかるか?」
ウチのジジイも、そのくらいかかったしな、【序の一段目:断ち】の修得。
「半年続ければっ」「覚えられるのか!?」「俺も、あんな斬鉄の一撃が!?」「おいおいおい、<轟剣ユニチェリー流>始まったよぉっ」「秘剣・兜割と命名しよう……いや、メタルスラッシュの方が格好いいか……?」
ゴツい道場生たちが、思わず身を乗り出してくる。
「ちょっと高価くても、覚えて売れば元が取れちまうぞ?」「もし、覚えられなかったとしても、この指輪さえあれば」「これなら<風切陸鮫>も」「いや、<毒尾蜥蜴>だって」「俺、この指輪を手に入れたら、サメ皮で稼ぎまくるんだ……っ」「端的に言って色街に通い放題じゃね!?」
会場は、またも大盛り上がり!
さあ、そろそろいきますかね?
「さあ、この新式オリジナル魔法の指輪!
『ラピス山地』だけでしか自生しない特殊な素材、特殊なツタを使った、特殊な構造!
何より、この魔術刻印を刻めるのは、北大陸広しといえど、この俺ロックだけ!
しかも、精緻な魔術を織り込むため、製造に大変な時間と手間がかかる、まさに匠の一品!
これを、日頃から親交のある、<轟剣ユニチェリー流>道場の皆サマだけに! 幸運にもここにいる方だけに! 特別に! 数量限定で! 特別ご奉仕!
── 今回を逃すと、もう2度と受注生産されない可能性もある、特別品ですよ!!」
── 『ゴクリ……ッ』と、受講者一同様のツバを呑む声が聞こえてくる。
「さあ、これを、今回特別ご奉仕価格!
金貨1枚、金貨1枚で、どうだ!?(べんべん、と机を叩く音)
錬金装備の1等級<正剣>と思えば、安い買い物だ!」
「よし、買った」「俺も!」「俺もだ」「まて、ワシが先だろう」「先輩とか関係あるか」「こっちも頼む」「買わせてくれ」「ちょっと実家で金借りてくる」「ありよりの、ありだなっ」「俺は二つ買うぞ!」
1日4~5個作れる程度のお手製<魔導具>が、飛ぶように売れる!
山小屋の庭に生えてるツタが原材料なのに、1個あたり日本円換算13~15万くらいで、売れる売れる!
(おいおい、たまんねーな!
俺この、『新製品普及会』商法で、異世界チート攻略出来ちゃうんじゃね?
『異世界をSF商法で蹂躙してやった件』とか消費者庁コラボしちゃうぜ!?)
そんな風に、爆売れっぷりに調子に乗っていると、神童ルカがじっとこっちを覗き込んでくる。
「なぁ……男前の嬢ちゃん?」
「お、おう? な、なんだよ……」
うっすらとした後ろめたさから、ちょっと挙動不審になってしまう。
(── あの、ほら、技術料って大事じゃん?
なんでもかんでも『原価だといくら?』とか言えば良い話じゃ無いし?
ほらボクってさ、そういう技術者を大事しない、昨今のニッポンの風潮って、嫌いだなぁって……)
「その指輪、やけどな」
「う、うん……?」
金貨が2枚、差し出される。
「── ワイらも買ってええか?」
「うむ、是非とも買い求めておきたい。
── つまりは、必要不可欠っ」
「はい、毎度ぉ! 納品は2週間後ね!!」
お客様は神様 ── ではなく『神童コンビ』さまでした。