58:地雷女子
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
「── はぁあああああ!?」
決闘を観戦?立会?してた女子に、スゴい叫ばれた。
いわゆる、小柄で豊満っての?
背が低いけど、発育がいいタイプ。
そんな黒髪女子が、ズイっと迫ってくる。
なんか、超怒ってる。
「── はあっ? なんですか、それっ?
ちょっと剣の腕が立つからって、それで魔法も得意だからって、本当に自分が何かできるとか、そんな勘違いしちゃってるんですか、ねえ、ちょっとっ!」
「え、何……この子?」
言い詰められる。
前世ニッポンの会社勤めで、『古い領収書を持っていった時』くらいの怒られ方だ。
庶務の人に『はぁっ、3ヶ月前の領収書!? いまさら経費で落ちませんよ!』ってガミガミ説教された事を思い出す。
衣替えしてたら旅行カバンの底から出てきたんだもん……仕方ねえよな?
誰だってあるよな、そういう事?
ともかく、そんな理不尽な感じの怒られ方だ。
「はぁ、ただの一般人が、魔剣士だって逃げたくなるような魔物に立ち向かうとか、そんなの絶対無理にきまってますよね、ふざけてます? ふざけてますよね?」
「そもそも、何で怒られてんの、俺……」
スゲー目つきで、詰め寄られて、ちょっと怖い。
「ああ、そういう口だけの事いっちゃうタイプの人だったんですね、信じられません、失望しました、いえ別に貴男になんて期待なんてしてなかったんですけどぉ……っ
はん、見下げた男ですね!」
「………………」
陰湿にグチグチ責める口ぶりと、ちょっと焦点があってない目、そして異様な興奮っぷり。
うまく言い表せない『ヤバさ』を感じる女の子だ。
見た目的には結構好みのタイプだけに、残念さが半端ない。
「あら、急に口数が減ってきましたね、痛い所指摘されたって訳ですかぁ? ああ、そうなんだ。結局、やっぱり、そうなんだ。そうですよね、怖いですよね、魔物。まあ逃げちゃっても仕方ない、フツーの人ですし? わたし、別に、フツーの人なんかに、期待とかしてないですしぃ!
── あーあ、バカらしい、時間の無駄でしたね……ふんっ」
吐き出すだけ吐き出して、ちょっと声のトーンが収まってきた。
ここで上手くやれば、理不尽説教から逃れられそうな感じがする。
「なんか俺、この子に悪い事言ったっけ……?」
「……はは……」「……うわぁ……」
俺は『どういう事?』という目線を、お仲間2人(神童と付き添いの女騎士さん)に向けるが、苦笑いみたいな微妙な声だけが返ってくる。
(何のヒントにもならん、頼りがいのない連中だな……
いや、本当に、この子どうしよう……)
いや俺、この子自身については、別に何も言ってないよな、確か。
『リアちゃんは、兄弟子の俺が守る!(キリッ)』とか、格好付けただけなんだけど……?
「あーあ、妹弟子さんでしたっけ? アゼリアさん? その子も貴男みたいな口だけの、薄っぺらい、口先だけ男にいいように騙されて、なんでわたしたちっていつもこうなんでしょうね。ホントむかつく」
ブスブスと文句を言われているが、最初に比べたら、だいぶん大人しい。
どうも一気に『炎上』したおかげで、ずいぶんと『下火』になったようだ。
今が『消火』のチャンス!
「…………なんか、よくわからんが、すまん」
とりあえず、謝っておこう。
いや、『事なかれ主義』とか言うなよ!
そもそも、何か怖いんだよ、この子!
ちょっと、病的っていうかな!
前世ニッポンで言う所の、メンヘラってヤツ?
そういう、執拗で苛烈な、妙な『熱』を感じる。
「俺の言った事が気に障ったのなら、謝るよ。
俺が悪かった ──」
「── ハァッッン!!
ああ、そうですか!?
そういう訳ですか!?
そういう訳なんですね、ああもう最低!!」
「…………」
相手、また激昂。
ゴウゴウと『再燃焼』である。
アカン、どうも、対応をしくじったらしい。
「本当に見下げた男! なによ、この口だけ男!! アンタの口って上手い事言って、女の子騙すためだけの物なの!?
場当たりで甘い言葉を囁いておけば、女の子に優しくしたつもり!?
ウソだったんだって気付いた時の方が、ずっとずっと、傷つくのよ!?」
(なんで俺、見ず知らずの他人にこんな言いがかりみたいな事を……
なんか、段々ムカムカしてきたぞ……)
ウホッ好みのタイプとか、お胸がステキですね!とか、徐々にどうでも良くなってくる。
もはや、女性に対する遠慮すら失せてくる。
(ああ、コイツ、何かの弾みで腰の<中剣>とか抜かねえかな……
その瞬間、ボコボコに叩きのめすのに……)
「こんな男、結局、土壇場で女の子みすてて、逃げるだけの、安全な時だけ上手い事言ってるだけの、ペテン師なのに。剣帝の後継者の子? アゼリアさん、彼女も結局、見捨てられちゃうんだわー、かわいそー」
そう言われて、プチンッときた。
「── おい!
そいつはさすがに、聞き捨てならないぞっ
俺は、リアちゃんを、妹弟子を見捨てたりしない!
今まで5年、俺ら兄妹弟子は、ずっとそうやってやってきたっ
だから、これからだってそうだ!!」
「口先だけなら、誰でも、なんとでも言えるわよぉっ
貴男だって、魔物を前にしたら、女の子を置いて一目散に逃げるんでしょ!?」
「逃げるかよ!
死ぬまで、リアちゃんの傍で守ってやるわ!」
「うそだ! うそつき、逃げるくせに!
どうこう言っても結局は逃げるくせにぃ!
誰も守ってくれないくせに! 肝心な時には一緒にいてくれないくせに! 口先だけで責任とらない、ウソつきのくせに!!」
「うそじゃねえよ!
ずっとそばで守るって、誓ったんだ!」
「そんなの、出来る訳ないじゃない!
だったら、あんた、ここから一番近い魔物の森に ──
── ううん、あの<ラピス山地>に、わたしと一緒に行ける!?」
「……えぇ~っと……その、何と言えば良いか……」
俺が、ちょっと答えに困って言い淀む。
と、なんか黒髪メンヘラさんは、勝ち誇ったような顔になった。
「行けないわよね! 行けるわけないもん!
あんな魔物がいっぱい居るところ、普通の魔剣士だって、絶対近寄らないんだから!」
「……いや、その、すまん、あのな……」
「ほら、やっぱり、出来ないんだ!!
やっぱり、そうじゃないっ うそつき!
どうして、そんな有りもしない希望をもたせるのよ! だったら、最初から何もいわないでよ! 傷つくの、こっちなんだから」
「……いや、<魄剣流>の姉ちゃん、そうじゃなくてな……」
「何よ、言い訳なんて、聞きたくないっ! 話しかけないでよ!
なんなの貴男、結局お金!
お金が目的なの!?」
「………………」
俺が対応に困って黙り込む。
代わりに、細目細面男が口を開いた。
「いや、あのなラシェル……
剣帝さん一門って<ラピス山地>に住んでるんやぞ?」
「………………はぁ?」
黒髪メンヘラさん、ポカン顔。
「え、なに……?
え……?
今、なんて言ったの、ルカ従兄……?」
「……う~ん、ラシェルはホンマに知らんかったんか?
割と有名な話なんやけどなぁ……。
そういう訳で、すまんのう、男前の嬢ちゃん……」
どういうワケだか、まるで理解できないままだが。
まあ、理不尽に責められる状況は、なんとか決着したらしい。
最初から最後まで意味不明すぎて、なんか納得いかないんだが。
「まあいいけど……
ってか、『男前の嬢ちゃん』って、何、俺の呼び名として確定なの……?」
俺の疑問はあっさり聞き流し。
細目細面の神童ルカは、立会人の黒髪メンヘラさんに説明を続ける。
「だから、コイツというか、剣帝一門な、そろって<ラピス山地>を修行場として住み込んでんねんて。
あんな、脅威力3以上の魔物がウヨウヨいる場所に、やで?
流石は剣帝さん、常人には考えられんような、勇敢さや」
「……本当に……<ラピス山地>に……住ん、でる……?」
黒髪のメンヘラさん、なんかフワフワとした物言い。
声というか、視線というか、雰囲気というか。
そのフワフワしていたのが、ヒューッと絞られるように、コッチに向けられる。
なんか『ビー!ビー!ビー!ロックオン!』とかゲームっぽい効果音が、頭の中で鳴った気がする。
正直、なんか怖い。
可能なら、今すぐ全力ダッシュで逃げたいくらい。
「じゃあ、あなた、魔物と、その、闘ったりとか……」
「まあ、割としょっちゅうよな……あそこ、ウヨウヨいるから」
「魔剣士、でも、ないのに……?」
「仕方ねーだろ。
まあ、でも、さっきの『必殺技』があるから、どうにかなってるし」
「そんな……そんなのって……じゃあ、本当に……?」
なんか、泣き出しそうなくらいに、声が震えてる。
やっぱ怖えな、この黒髪メンヘラさん。
情緒不安定すぎる。
いつ刃物が飛び出してもおかしくない感じすらある。
(── わたくし、この方と、あまりお近づきになりたくありません事よ?)
そんな事を考えながら、口早に説明する。
正直、早くこの場を切り上げたい。
「リアちゃん、生まれは孤児みたいな感じだけど、育ちはいいんだ。
おかげで、ちょっと世間知らずのお嬢様なんだぜ?
兄ちゃんついていてやらないと、色々あぶなっかしいし」
「うそ……この人……ほ、本物……ぉっ!?」
何ソレ……本物って、何?
もしや、『本物のバカ』って事?
いや、確かに、そりゃそうか。
冒険者もめったに近寄らない、魔物の超危険地帯<ラピス山地>に住んでる『一般人』とか、『ただのバカ』だろうが……
「── ず、ずるい!」
「は?」
急に叫ばれた。
意味不明。
「あ、アゼリア=ミラー? その子だけ、ずるい!」
「え、何? 何言ってんの、この人?」
── おい、神童ルカ!
お前の身内なんだろ、この『ちょっと心が弱くて奇行が多い人』!?
どうせお前、1回くらい×××(死語)してんだろ、このぉモテモテ英雄さまがぁ!
姦った責任で、男としてどうにかしやがれ、このキツネ系の性悪イケメンさんが!
「どうして守るんです、どうして、その子だけ!
なんで守るんですか、いったいどうして、ねえ、答えて! ちゃんとこたえなさいよ!」
やべえ、ほら、また発作が!
目つきが、ヤバい感じで熱っぽい!!
それで、ガンガン迫ってくる!!
いや~~、はやくこの人どうにかしてぇ!!
「お、俺が、あの子の兄貴だからだよ!
血が繋がってねえ、流派の弟子の上下ってだけの、関係だけど!
それでも、俺はあの子の、兄弟子なんだ!
だったら、役に立たない落ちこぼれでも、せめて傍にいてやるくらいは、やるさ!」
「そ、そ、そうなんだ……」
「ああ、兄貴の勤めだろ……」
なんか、納得してくれた。
ほっと一息。
そして、ちょっとだけ『昔』の事を思い出した。
▲ ▽ ▲ ▽
『昔』の記憶 ── 前世の記憶。
ニッポンでの生活で思い返すのは、生涯の趣味だった『格闘ゲーム』の事ばかり。
俺、前世は今以上のコミュ障だったので、仕方ない。
それに人間関係では、あまり良い記憶が無い。
血の繋がった身内だって、散々だ。
そんな前世の人間関係で、唯一の例外。
(兄貴……)
同じ会社の先輩に、そう呼んだ人が居た。
体育会系で、陽キャで、お祭り好きで、人が好きで、人に好かれて。
前世の俺とは、真反対の人。
だけど、何故かウマがあった。
多分、陰キャと陽キャで性格のタイプは違ったけど、魂の根っこが似てたのかも知れない。
人付き合いの苦手な、こんな根暗な格闘ゲームオタクなんかを、よく面倒みてくれる人だった。
手に負えないトラブルを抱えた時、『よし俺に任せろ』と言ってくれる人だった。
まあ、解決の成否50%50%くらいで、一か八かの人だったが。
それでも、相談に乗ってくれて、『任せろ』と安請け合いしてくれるだけでも、頼もしかった。
何があっても、この人について行こうと、決めていた。
一緒にトラブルの反省会をするたびに、そんな話をしていた。
しかし俺は今、その人の『出世した姿』も『退職の姿』も思い出せない。
── つまりは、そういう事。
前世の俺は、多分、兄貴との約束も守れぬままに息絶えた。
独り身の中年男の、その不摂生がたたったのは間違いない。
ビールとツマミと格闘ゲームに埋もれて、そのまま目が覚めない朝があったのだろう。
自分自身としては、好きに生きれた100点満点中95点の、大満足人生。
── でも、と思う。
俺の葬式で、兄貴は泣いてくれただろうか。
それとも、約束が違うと、怒ったのだろうか。
異世界に居ては、もはや謝る事すらできない、前世の兄貴分
(そして、実兄……)
今世の実兄は、それとは真逆のタイプ。
常に慌てず、寡黙で、聡明で、しかし何を思っているか解らない、ポーカーフェイス。
しかし、幼い弟に、剣の握り方、剣の振り方を教えてくれた。
孤立していた村の中で、何かと気にかけてくれた、唯一の理解者。
(ああ、そうか。
俺は、彼らに、胸を張れるような。
立派な『兄弟子』をしたぞ、と誇れるような。
『そんな者』になりたかったのか……)
リアちゃんを守ろうと決めた、その根っこの気持ち。
それを、自分の中に見つけ出す。
▲ ▽ ▲ ▽
── そんな回想を終えると、不思議な事を言われた。
「だったら貴男の事『お兄ちゃん』って呼んだら、わたしも守ってくれる?」
「……ん? んん?? んんん???」
なんで、そんな話になる?
ってか、君と俺、赤の他人で、縁もゆかりもないぞ。
流派すら違って、ことさら『お兄ちゃん』と呼ばれる理由がないだろうに……
メンヘラって、マジ怖えな。
!作者注釈!
次回まで「ドロー演出」続きます