57:譲れぬ者達
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
さて、試作中の奥義【仮称・嵐】で、細目細面男をぶちのめしたワケだが。
その使用感と、課題を指折り数える。
「さて、忘れる前に使用感を書いとくか……」
すぐにメモ帳を引っ張り出して、書き留める。
さすがは、式服は魔術師の装備だ。
ペンとか小型ノートとか、小物を入れるポケットが充実している。
オリジナル魔法の研究に、ばっちり!
(あとは、このサイズで『男物』があれば、言う事ないんだが……)
そんな事をしていると、長身な女騎士の姉ちゃんに肩を借りた、神童サマが戻ってくる。
「そうかお前……
<四彩の姓>……それも<青魔>の直系やな?」
「は?」
なんか急に、変な事を言い出した。
やべーな、いま吹っ飛ばした時、頭とか打ったのか?
「今さら取り繕っても、隠せんやろ。
『四重詠唱』に、戦略級魔法の『青い魔力光』 ── たしか『死神の加護』とか言うたか。
そんな事が出来るヤツ、帝都の魔法省付き術師でも、そうそうおらん。
なるほどな、『ロック』 ── 『その辺の岩塊』なんていかにもな偽名や。
そりゃそうやろ、本名を名乗れん事情があった、という訳かいな」
「………………」
……なんか勝手に、変な納得をされている。
(たしか<四彩の姓>って、アレだっけ。
あちこちの国で古代魔導を研究している、エリート一族とかいう……)
あと、確か金髪貴公子の仲間、あの赤毛のプンプン少女・メグ。
あの子の実家が、そうって話だったけ?
「魔力が足りんで、実家稼業の魔導師になれず、剣帝さんの後継者にもなれず……
そんなヤツが、こないな凄まじい『魔法』を練り上げたんかい……
まさに『執念』というヤツやなっ」
神童は、ウンウン感服しきり、とばかりに妙な勘違いをしている。
「…………」
俺は一瞬、『面倒なので勘違いされたままで放置しようかな……』とも思った。
だが、『落ちこぼれ剣士』の身で過剰な評価をされても、後々トラブルの元。
しかたなく、全否定する。
「あのよ。
俺、<四彩の姓>どころか、平凡な名字すらない、ただの辺境の村の子なんだけど」
「……は?」
「いや、マジマジ。
もうちょっと西の方にある、『竜神ジョフーの村』って知らない?
ウチのジジイ、剣帝の故郷なんだけど。
俺も、そこの生まれ」
「へ……?」
案の定、ぽかん、と大口開けてる。
「はぃ……?」
神童に肩を貸している女騎士の姉ちゃんも、声が裏返ってる。
(そりゃそうだよな……
この細目男、帝国西方で有名らしいし。
その『噂の神童コンビ』の片方が、いくら油断してたからって、ド田舎の『村人A』に負けたってのは、まあ納得できんよな。
── 『きっとコイツは、何か特別な人間に違いないっ!』 とか、勘ぐりするよな……)
本当に、残念。
正真正銘の『村人A』なんだ。
特別っていえば『転生者』ってくらいだが、でも俺の前世の知識とか、何の役にも立ってないからなぁ……。
相手が、ちょっと可哀想な気もするが、ネタばらしを続ける。
「あえていうなら、ウチの爺さんが剣帝の実の兄なんで、血縁ではあるけど……
まあ、別にウチの一族、フツーだし。
多分、魔剣士の素質や才能だって、ジジイが特別なだけ。
たとえば俺の父親とか、別に背が高くないし」
「は、はぁ……?」
今まで気迫が鬼気迫るくらいだった神童ルカの、今現在のポカン顔がマヌケすぎる。
敵ながら、直視に堪えない。
「守り神のクソデカ蜥蜴みたいなのが魔物を追っ払うから、やたら平和なんだよ。
故郷の村は、魔剣士も魔法使いもいない、誰も剣とか武器とか持った事もない。
剣帝とか、そいういう平和すぎるのが退屈で、村から逃げ出してきたタイプ」
「…………ちょっと、まってーな……えぇ……?」
あ、神童がスゲー顔で考え込んでる。
誰も幸せになれない、まさに『不都合な真実』というヤツだもんな。
悩むのも仕方ない。
「俺も幼い頃は、ひとりチャンバラやってたけど。
いつも親に『バカな事にかぶれるな、子どもだからって仕事サボるな!』って、殴られてた。
まあ、そんな感じなんで、別に特別な血とか家系とかじゃないからな?」
あ、そういえば、なんか思い出した。
今世の実兄もチャンバラ上手かったな。
中学生くらいの歳だったので、あまり付き合ってくれなかったが。
でも、この世界の剣術基本の握り方や構え方は、兄貴にならったモンだった。
小さい頃は、ジジイみたいに魔剣士とか目指してたのかな、今世の実兄も。
「── う、ウソや!
いやいや、何で今さら、そんなウソを!?
この期に及んで、ええ加減な誤魔化しすんなや!
じゃあ、何か、その村じゃ『岩石』とかアホみたいな名前、子どもにつけとるいうんかい?」
はい、まさに『アホみたいな名前』ですね?
俺も、異世界転生したばかりは、村中こんな名前なんで『普通なのかな?』と思ってたぜ。
村の外に出て、『スゲー非常識な名付け』と知って、頭抱えたぜ。
少なくとも、この大陸東部にある帝国周辺の文化では『物の名前を人名に付ける』のは非常識な事だ
「それ 『竜神ジョフーの村』の伝統なんだよ。
ジジイみたいに『ルドルフ』とか、普通の名前ついてる方が珍しいというか。
俺の兄貴とか『成馬』だし。
姉は『芝生』だし。
実の妹の方なんか、最悪な事に『泥地』だし……」
俺の今世での出生村が、遠くから移り住んできた開拓民の末裔らしい。
だから、遠い他国の文化が村の伝統になっている。
それにしても、女の子に『泥』とか変な名前付けんなよ、とは思う。
(元気かな。
あの泥まみれで大口カエル追いかけてた、ヤンチャな実の妹は……)
何年か前の、兄貴の結婚式だけだもんな。
今世の生まれ故郷に帰ったの。
その時は、あの実妹もキレイに着飾って、大人しかったけど。
ちょっと郷愁に浸ってしまう。
しかし相手は、そんな心穏やかな状況じゃない。
神童ルカは、俺の言った衝撃の事実に、顔真っ赤。
「おい、それじゃあ、お前、なにか?
あの『青い魔力光』の術式、自分で編み出したとでも言うんか?
ふざけんなよ!
アレ、<青魔>の戦闘魔術の奥義やぞ!
<四彩の青>が、門外不出の秘伝やぞ!
そんな精妙な術式を、市井の名も無い術師がっ!?
帝都の魔術研究者でもないヤツがぁ!?」
あと、過呼吸気味なのか、ヒューヒュー変な息してる。
大丈夫か、コイツ……?
「でも、よ。
ちょっと考えてみろよ、神童さんよ。
魔術の式で組めるって事は、存在する法則の上になりたってんだろ?
だったら、いくら『門外不出の秘伝』でも、他のヤツが再現できてもおかしくないだろ。
特殊な体質だの、特別な血筋だけしか使えないとか、そういう特殊な条件があるなら、ともかく」
「── く……っ!
そら、確かにそうやけどぉ!」
細面の神童、一応納得したらしい。
だけど、『アァー!!』とか『何じゃそら!』とか『意味がわからん!』とか、髪の毛かきむしながら、ひとり大騒ぎしている。
(おい神童、気持ちは分かるが、ヤメとけそれ……
あとあと、根毛や頭皮のダメージで、ハゲるぞ……?)
オッサンな、前世で中年の薄毛で悩んでたから、そういうの詳しいんだ!
▲ ▽ ▲ ▽
「……まあ、いい。
お前の出自がどうとか、勝負の結果には関係ない。
今回はワイの、負けや」
神童ルカは、髪をかきむしりながら一騒ぎ。
ボサボサの髪になるくらい暴れ回って、ようやくそう言う事を言ってきた。
「いいや、引き分けだろ?」
「はぁっ ── ぁ、痛ててっ
…………そりゃ、どういう事や、お前ぇ」
神童が、肩を貸す女騎士のお姉さんを振り払うように、前のめりで迫ってくる。
ほら、そんな事をするから、痛めた肋骨に響いて呼吸が苦しそう。
そんな半分ケガ人が、いちいち暴れるなって。
「今回のこれは『引き分けにしておけ』
つまり、そう言ってんだ『噂の神童コンビ』さんよ」
「なんやと……っ」
「俺も、あまり頭脳が立派じゃないが、これでも学習するんだよ。
魔剣士を、俺みたいな『落ちこぼれ剣士がブチのめした』とか、誰も信じない。
もし他人に知られても、あとあと面倒になるみたいだし」
<翡翠領>の<轟剣ユニチェリー流>を『道場やぶり』したら、今回<轟剣流>本家が出てきたんだ。
同じ様に、次回は<魄剣流>本家の腕利きが総動員されても、面倒くさい。
「ワイに……っ
この神童ルカに!
この負け試合を、一生ひた隠して、ウソの戦果を言い張れっていうか!?」
「……フゥ……お前なぁ……」
なんで、こんなに面倒くさいかね、このキツネ顔の性悪イケメンさんは?
「── 『元々は<轟剣流>と剣帝流のモメ事』。
── 『<轟剣流>神童カルタと、剣帝流のアゼリア=ミラーで、決着付けたら良い』
さっき、そう言ったの、お前自身じゃねえか……」
「せやけど、お前……
まがりなりにも、尋常の決闘でワイに勝った。
この『帝国西方の英雄、<魄剣流>神童ルカ』に勝ったんやぞ」
「だから?」
「これは、お前の汚名を払拭するチャンスやないんかいっ!?」
「はぁ……」
「何が『はぁ』や、お前、日和るなっ
お前自身をバカにしてきた連中を、見返すチャンスやないんか!
剣帝さんに破門された、落ちこぼれ! 能なしの一番弟子! 帝都の女子に後継者の座を奪われた根性無し!
お前自身、今まで散々悔しい思いしてきとったんと、違うんかい!?」
「どうでもいい……」
「どうでも良い事あるかっ
ワイは、<裏・御三家>が<魄剣流>の、若手筆頭やぞ!
それを、お前自身が実力で下した!
これ、剣帝さんに、胸張って報告できるやろ!?
それに、お前が外された『後継者』とて、これで返り咲ける!
まさに千載一遇のチャンスやないんか!?」
「ホント、お前なぁ……」
まるで言葉が通じてない感じがある。
なんなんだろう、コイツ、意味不明すぎる。
俺のクソザコ魔力量じゃ、ジジイの【五行剣】を2回も起動させたら、それでガス欠。
そんなヤツが『剣帝の後継者』とか、まるで意味がない。
その程度の事、魔剣士として眼力を磨いているコイツなら、見れば解る問題だろうに。
── だから、多分それを言ってもムダだと思い、別の事を口にする。
「俺はな。
アゼリア=ミラーを支えてやるって、心に決めたんだ。
男が一度決めた事に、他人がとやかく口出しするな」
「バカ言うな、なんで帝都の貴族気取りなんぞに、剣帝さんの ──」
「── ああ、リアちゃん、出生は帝国東北部だからな?」
舌を噛み切りたくなるような言葉が、この口からまろび出る。
俺も、大事な妹弟子の、醜聞的な過去をこんな所で話したくない。
「<塩竃領>だったか、ここから南に下った港町。
そこで<封剣流>から出奔したバカ女の母親が、ヤリ捨てクソ野郎のバカ親父の子ども産んで、物心ついた頃に捨てられてんだよ」
だが、このバカはこうでも言わないと、いつまでも延々と言ってきそうだ。
「気の良い叔父さんが、様子見に行ってなければ、今頃死んでたかもな?
ほら、良かったじゃねえか。
お前らが望んだとおり、『帝国東北部、辺境生まれの子』が『剣帝様の後継者』だぜ?」
嫌味ったらしく、言う訳ではない。
皮肉めいて、言う訳ではない。
まかり間違っても、冗談のように笑ったりしない。
ただただ、殺意を込めて、告げる。
<ラピス山地>で、魔物を前にした時のように。
模造剣に魔力を走らせ、利刃の真剣に変えるように。
もう、これ以上くだらない口をきいたら、貴様ら全員殺す ── と。
「…………っ」
「…………っ」
「…………っ」
「…………っ」
どうやら俺の誠意は、きちんと伝わったらしい。
(うん、人間同士、話せば分かり合えるもんだね!
すまん、暴力じゃないと意見通せないザコおる?)
しかし、説得が効き過ぎたのか、妙に空気が重い。
そのせいか、俺の軽口が、さらに軽くなり、上滑り気味。
「ほら、魔剣士って魔物から人を守るのが、使命なワケじゃん?
だったら、『魔剣士じゃないヤツ』は何もしなくていいのか、って話だよな?
そんなワケねーよ、そんな一方的に働かせるような、腐った話は通らねえ。
リアちゃんは、魔剣士として剣帝の後継者として、『魔物から人を守る』。
だったらジジイの後継者になれなかった俺は、その『リアちゃんを悪い奴から守る』ってだけ」
思えば俺は、ちょっと調子にのってたのかもしれない。
「ほら、兄弟子の面子的な、アレとかあるじゃん?
だから、せめて役立たずなりに、対人戦技術とか磨いておこうかなぁ、とか?
ほら、そんなワケで、『噂の神童』さんは魔物専門なんで、まあ今回は相性悪かったので仕方ないというか?
まあ、とにかく『あんな可憐な子が、命がけで魔物と闘うなら、せめて誰かそばにくらい居てやるべき』だろ?」
だから、うっかり、何か踏んでしまったらしい。
どこかに埋まっていた、超特大の地雷を。
「── はぁあああああ!?」
なんか、観客女子の背の低い子(割に、発育の良い子)が、スゴイ形相で、えらい声を上げていた。
!作者注釈!
次は地雷女子さんのターン。




