54:努力VS才能
「ただいまぁ~。
── って、何なんでこんな所で立ってるの、ラシェル?」
私ラシェルは、背後からの思わぬ声に驚き、振り向きます。
「あ、ベルタさん。
ちょっと、『決闘の立会人』を……」
「決闘? 立会人?
あ、あそこに居るのって、ルカ様にくってかかってた、あのバカな子?」
ウチのお父さんと一緒に、ここ<翡翠領>の領主官邸に向かった女性騎士が、もう戻ってきていました。
時間としては、まだ10分も経っていないくらいです。
私ラシェルの隣りに並ぶ彼女に、その疑問をぶつけます。
「ところで、やけに早いお帰りですね。
領主官邸までの早馬でも捕まえました?」
「いやいや。
追っ手がきても面倒だから、【特級・身体強化】で全力疾走しちゃったっ」
「ええっと……それ、バレるとまずいヤツじゃないですか?
街中で、無断で、『強化魔法』使用とか……」
「アッハッハッ
緊急事態だから仕方なしよ、ルカ様にも頼まれたしっ」
この大雑把な性格の長身の年上の女性は、少し紅潮した顔で答えます。
神童カルタ殿の姉君・ベルタさんは、ルカ従兄 ── いえ、神童ルカの大ファンで……
いや、正確には大ファンを通り超して命がけで、何かあったら死んじゃうくらいです。
まあ、つまりは、そういう感情を抱いているのです。
しかし、私ラシェルは彼女の『恋は盲目』っぷりを見ていると、いけません。
私自身の過去の失敗が思い出されるため、とても微妙な気分になってしまいます。
幼い頃からルカ従兄は、腕白で悪戯っ子で、いつも大人たちが頭を抱えているような、ちょっと困った人でした。
だけど、恋愛に関しては誠実ですので、ベルタさんにいい加減な事はしないでしょうから、そこは安心していいはずなんですが……。
そんな私ラシェルのどんより顔を見て、話題を変えようと思ったのでしょう。
ベルタさんは、アゴで前方を差し示します。
「ところで、決闘なんでしょ、アレ。
それなのにルカ様は、いったい何やってるの?」
確かに、『尋常の勝負』というよりも『組み手稽古』という感じの光景です。
強化魔法を使わずに木剣で打ち合っているのですから、どうしてもそういう感じになってしまいます。
── 『まだまだや、こんなもんやないでっ』
── 『このクソ男児がぁ、徹底的に叩きのめしたるっ』
道場裏の広々した資材置き場に、猛特訓といった感じの叫びが響きます。
帝国西方の若き英雄・神童ルカが、まだ年若い門弟に稽古をつけてやっている ──
── そんな光景です。
小柄な人影が、やや持て余しそうな長さの<中剣>の木剣を実に器用に使い、果敢に攻め始めました。
ですが、受け手であるルカ従兄には、まだまだ余裕が見て取れます。
体格差は、まさに大人と子どもなのですから、当たり前でしょう。
「ルカ従兄が、急にあの子を外に連れ出して……
なんでも、『剣帝流の元・一番弟子』とか……」
「あぁ……例の、落ちこぼれの。
<封剣流>のお姫様に、後継者の座を奪われたとかいう……」
ベルタさんは、目に見えて警戒を解きました。
腰に下げた<中剣>(こっちは木剣ではなく真剣)の鞘を握っていた左の手を、ようやく離して納得の表情。
「ルカ従兄、『剣帝』の事になると目の色が変わりますから……」
「そうねえ……
ここ<翡翠領>に来るって決まった時も、『バカ弟子を探し出して、始末をつける』とか息巻いてたもんね?」
「ええ」
正直、ルカ従兄が剣帝の後継者問題に、これ程に拘るとは思いませんでした。
私たちの従兄が、剣帝に憧れを抱いているのは、知っています。
上の年代の方から、辺境の英雄『剣帝』の武勇譚を、目を輝かせて聞いていたのは、昨日の事のように覚えていますので。
しかし、所詮は他流派の問題です。
外様が口を挟んでも、好転する事は何もないでしょうに。
「……あの子、結構、粘るわね」
「ええ、本当によく粘ります。
もう10分近く打ち合っているのに、いまだに決着がつきません」
「はぁ、10分もやってんの、あの子ども!?
ルカ様を相手に!?
あれ、結構本気の剣筋じゃない!?」
「ええ、そうですね……」
私ラシェルからすれば、感心半分、呆れ半分です。
<魄剣流>の強化魔法は『杖剣型』。
そのため剣術の理合も、『一撃での必殺』よりも『多撃での確殺』になってきます。
剣一撃の威力は、さすがに<轟剣流>の『剛力型』には及びませんし、剣の型も絶え間ない連続攻撃になってきます。
── だから、と言って神童カルタの撃剣が、例え未強化とて軽い訳ではないのです。
日々の鍛錬でも、私ラシェルと双子の兄ガイオの2人がかりだけでなく、父トニまで入れた3人がかりでも圧倒される程。
俊敏ながらズシンと重い撃剣が幾度となく打ち込まれ、受け手は20合もいなせずに手を痺れさせ、木剣を弾かれてしまうのです。
だから、あんな少年があのルカ従兄を相手に、20合・30合どころか、100合近くも絶え間なく打ち合っているという事実に、いまだに納得がいきません。
あんな顔立ちの少年が ── 恐ろしい事に、下手な看板娘より可憐な顔立ちをした男子(!?)が ── まるで、厳しい修行に耐え抜いた無骨な武術家のように、ですよ。
見た目と実力のギャップが、私ラシェルの双子の兄より、遙かに激しいのです。
いや、周りに優男といわれる双子の兄ガイオだって、彼と並べば随分と勇ましく見えるのではないでしょうか。
あの、まるで貴族の令嬢然とした、少女のように華奢な少年と比べれば。
「うわぁ、鍔迫り合いからの足技まで使ってるぅ!
ちょっとエグすぎ、ルカ様、本気すぎない!
あの子ども、そんなに手強いわけ?
相手はただの未強化の『魔剣士未満』なんでしょ?」
「ええ……。
でも何故か知りませんが、片手になってからの方が、剣が冴えてる感じです」
「え、片手って……何?」
「さきほどの決闘の序盤で、ルカ従兄に右肩を打たれて以降、左手1本で打ち合ってますよ。
あの、『元・一番弟子』君……」
「はぁ、ルカ様相手に片手で粘ってるのぉ!?
それ、どう考えておかしいでしょ ──
── ってか今なんか、ネコみたいに空中で回転したぁ!
あれ本当に人間!?」
「本当に惜しい才能ですよねぇ……
きっと、魔力さえ人並みにあれば、『魔剣士未満』にならずに済んだのでしょうけど……」
いえ、それどころか、魔力量さえ人並み以上であれば、今頃ルカ従兄やカルタさんに並ぶ使い手として知られていたのかもしれません。
「ははぁ……。
なるほどねえ、伊達に『剣帝の元・一番弟子』じゃないわけだ……。
とすると、ルカ様はあの子に引導を渡してやりたい訳かしら?」
「そう、かもしれませんね」
素質不足から魔剣士になれなかった人物が、いつまでも剣術なんかにすがっている。
まるで『死んだ子の歳を数える』ような、哀れでいたたまれない状況です。
── 確かに、誰かが引っぱたいてでも、止めてあげるべきでしょう。
確かに魔力量は、努力次第で増やす事も出来ますが、それにも限界があります。
彼の、あの、人並みを大きく下回り、無力な一般市民さえも劣るかもしれない極小の魔力量では、魔剣士になるなんて到底無理です。
諦めて『自分に相応しい将来』を目指す方が、よほど建設的でしょうね ──
「ハァ……」
── そこまで考えて、まるで私自身の事のようで、少し憂鬱になります。
現実になりはしない幻影にすがり、救いを求める。
さらに、終わってしまった過去を、いつまでも引きずっている。
『あの男』の囁く甘い言葉に浮かれていた『あの頃の私ラシェル』は、周囲にこう映っていたのでしょうか?
そして、今をもって、こんなみっともない様子をしているのでしょうか?
▲ ▽ ▲ ▽
── 「武門なんて辞めても良いさ」
── 「君が怖いっていうなら、イヤっていうなら、ね」
幼い少女の私ラシェルの目には、その人は救い主のように映りました。
── 「魄剣流直系とか、魔剣士の名家なんて関係ないよ」
── 「君のような可憐な少女が、命をかけて魔物と戦うなんて間違っている!」
そう言って貰って、どれだけ心が救われたか。
生まれる前から決まっていた、武門の宿命。
双子の兄と共に、当たり前のように続けてきた、厳しい修練。
密かに悲鳴を上げてた幼い心に、その言葉は蜂蜜より甘く染み込みました。
── 「ご当主や親父さんだって、勝手に君の人生を決めて良い訳がない」
── 「誰も言わないんだったら、俺が代わりに文句を言ってやろう」
── 「例え世界が敵に回っても、俺だけはラシェル=シャーウッドの、君の味方だ!」
そんな耳障りのいい口説き文句。
頭の中が桃色の靄で一杯になり、恋愛の熱病にうなされた私ラシェルは、それを真実の言葉だと思い込んでしまいました。
『あの男』は、耳障りが良い言葉が、いくらでも並べられるはずです。
だってそれは、最初から責任を取るつもりのない、空手形だったんですから。
人々を魔物から守る魔剣士。
その精鋭たる<帝国八流派>が一つ、<魄剣流>の総本山シャーウッド家。
そんな武門の頂点を率いる当主に反抗するなど、門下の人間ですら畏れ多いのに。
『ただの一般人に、そんな胆力があるはずもないでしょうに……』
『例えば、あの男に、本当にそんな気概があるならば、ですよ』
『なんで仕事ひとつ決まらず、プラプラ遊び歩いているんですかね?』
そういう双子の兄の指摘が、まさに的を得ていたのです。
しかし、当時の私ラシェルには、そんな忠告すら受け入れる事もできませんでした。
幼い頃から訓練を強いる祖父も父も、みんな敵で ──
祖母や母など身近な女性たちすら、味方になってくれず ──
血を分けて生まれた双子の兄すら、私の苦しみを理解も、思いやってもくれない ──
── そんな三文芝居の悲劇のお姫様に成りきってしまい、周りが何も見えなくなってしまったのです。
『相手の男は、信用できないよ』
『ラシェルは人が良いから、騙されているんだって』
そんな幼なじみの忠告すらも耳にも入れず、
―― (あの人を心の底から信じ切れば、私は救われるのだ)
―― (身も心も、欲しいのなら財産だって、いくらでも……!)
そんな思い込みのまま、愚かな事をしてしまいました。
幼い心は、恋の情熱に浮かされ、まったく地に足がついていませんでした。
―― 結局、夢が覚めたのは、『あの男』の身重の奥さんから、ビンタされた瞬間。
「アンタがホイホイ、毎日のように大金をやるからさぁっ
このバカ男、せっかく親戚に頼み込んでネジ込んだ仕事先、辞めちゃったじゃんか!」
「どうしてくれんのさ、お金持ちのお嬢さん!
アタイがこのバカ更生させるのに、あれだけ必死に努力したのに、全部おじゃんだよ!」
「ちょっと耳触りの良い事囁かれたからって、パカパカ股ひらくな、バカガキ!
姦るなら姦るで避妊くらいちゃんとしろ、その辺のイヌネコか!」
「好きなだけヤらせてやって、金まで貢いでやるとかさぁ、娼婦以下だよ?
男に都合のいいだけの、バカ女だよアンタ?
武門だか名家だか知らないけど、本当に哀れだね……」
頬をジンジンとする熱さ以上に、鼓膜を震わせる声が痛い。
あんまりな言葉に立ち尽くす、私ラシェル。
その瞬間まで『かわいそうな私を救ってくれる運命の王子様』と信じて疑わなかった『あの男』は。
ヘラヘラ笑いながら、馴れ馴れしく、私ラシェルの肩を抱き。
この耳元に、いい加減な謝罪の言葉だけを残して。
身重の奥さんの尻を、必死に追いかけて行きました。
── そう、『あの男』は、私ラシェルには一度も振り返る事も無く、去って行ったのです。
▲ ▽ ▲ ▽
── 『もう、ええわっ 貴様の相手も飽き飽きじゃあ!』
── 『成り損ない、これで沈めっ!!』
そんなルカ従兄の叫び声で、記憶の向こうから意識を引き上げます。
つい、また過去の思い出に心を捕らわれていました。
『立会人』なんて単純な仕事ひとつこなせなかったら、またあの神経質な双子の兄に、ネチネチと嫌味を言われてしまいます。
昔は、少々腕白でも、優しく面倒見のよい兄だったのですが……
私達は、とても仲の良い双子だったのに、どうしてこうなってしまったのでしょう……
── ああ、いけません、またです。
『決闘』に集中しなければ。
── 『ヒュゥ……ッ』
ルカ従兄が呼吸を深くしながら、姿勢も低く沈めます。
まるで相手の膝を狙い打つような、中腰から下段への片手突きの構え。
「ルカ従兄の切り札……」
「ルカ様……アレまで出すんだ……」
隣りに立つ、ベルタさんも思わず息を呑み、声量を小さくします。
ルカ従兄は、下段の片手突きの木剣に、もう片手を添えつつ、相手の側面を狙うようにジリジリと横に移動を始めま ──
── いや、もう撃った!
神童ルカが編み出した、対人戦の切り札!
<魄剣流>最新の秘技、神速の3連突き『鉤猫』!
木剣に添えた片手で、相手の視界から剣身を隠し。
下段構えで注意を足下に向けつつ、実は相手の上半身 ── 頭・首・胸の3点を狙い撃つ。
さらには、重心が乗っているように見える前に出した足は『虚』で、重心の『実』は胴体の直下で曲げたもう片方の脚。
その片足一本が、まるで発条のように弾け、突如として間合いを詰めてきて、神速の3連撃を放つ!
いわゆる『初見殺し』の秘技。
いや、識っていても防ぐのが難しい程の、対人技術の妙技。
例えば、今のように『未強化』であっても、相手に必ず手傷を負わせる ──
── いわば『必殺』の技と言えるでしょう。
それが、まさか…… ──
「うそ……」
「う、受けたの?
あの子どもが?
今なんか、ガガンとか、いったけど……」
ベルタさんは、『ガガン』と言いましたが、正確には『3回』鳴っています。
つまり、『必殺』の刺突3連撃が ──
<魄剣流>最新の秘技・『鉤猫』が ──
「── ふ、防ぎきられたんですか……アレが……?
大叔父さまも……ご当主さまだって『無理だ』って言った……あの技が……!?」
衝撃の大きさで、私ラシェルは目眩さえ覚えます。
正直、悪い夢でも見ているように、現実感すら薄れてきています。
頭の中の冷静な自分が、見間違えでは、と囁いてさえいるのです。
しかし、そんな疑念もルカ従兄の一言で、確定してしまいます。
── 『見事や……「未強化」なんて言い訳はせん』
── 『我ながら「抜群や」と思ったし、「決まった」と思った……』
── 『それが全部防がれるとか、もう打つ手ないわ……引き分けやろ、こんなん?』
ひ、引き分け!?
ルカ従兄 ── 神童ルカと!
若手魔剣士の最上位『神童コンビ』と、『魔剣士でもない、ただの剣士』が引き分けた!?
「う、うそでしょ……
あんな小さな子が、ルカ様と互角って事ぉ!?」
「………………っ」
ベルタさんの声は引きつり、ほとんど悲鳴同然です。
だけど、ショックの具合は、私ラシェルも同じくらい。
こっちは、驚きすぎて声すら出てないのですが。
そんな『立会人』と『観客』の女性2人は置き去りに、ルカ従兄は話を続けます。
── 『なぁ……お前……?』
── 『本当に、なんで降りたんや、剣帝さんの後継者を』
ルカ従兄は、構えを解いて中腰になると、木剣を杖のように立てて、腕組みアゴを乗せて休憩します。
いや、相手の目線の高さに、自分のそれを合わせているのでしょうか。
もはや、戦意は失せたという穏やかな表情です。
── 『練武、体術、技巧、気迫、とても10代のガキのそれやないで?』
── 『だが天賦やない、ぶっちゃけ不細工や、決してスマートやない』
── 『元々、たいした才能がないのは解る』
ハァ!?
たいした才能がない、あの少年が!?
だって、『未強化』とは言えルカ従兄 ── 神童ルカと一歩も引かず闘っているのに!?
そんな事ができる人、うちの<魄剣流>本家道場にすら、誰一人いないのに!?
まともに相手になるのなんて、それこそ相棒の神童カルタさんくらいしか居ないのに!?
── 『手探りで、我流で、必死こいて、一歩一歩、1日も休まず、気の遠くなるくらいに積み上げた結果や』
── 『天才とか、才能とか、特別とか、安い言葉ですましたらいかん……』
── 『お前が、積み重ねた努力への侮辱やろ、それは』
いい歳して悪戯っ子の気が残るルカ従兄には珍しい程の、殊勝な声色。
あるいは、相棒である神童カルタさんに向ける信頼のような、真っ直ぐな瞳。
── 『今からでも、ウチの道場連れていきたいくらいや』
── 『才能や素質に胡座かいとる天才気取りに、こんな奴おんねんぞ、と見せつけてやりたいくらいや』
木剣同士の、しかも『未強化』の手合わせ。
しかし、真剣にぶつかり合った者同士でこそ通じ合う、そんな何かがあったのでしょう。
まるで数年ぶりにあった故郷の友人に向けるような、暖かで柔らかな声なのです。
── 『その歳で、そんだけのモンを、そんだけ磨き上げるような奴が』
── 『なんでやねん……いったい、なにがあったんや……?』
── 『なんで剣帝さんの仇敵、<封剣流>なんぞに譲ったんや……?』
そして、そんな旧友に裏切られたのが今をもっても信じられない、そんな声なのです。
私ラシェルの心の古傷に沁みるような、とても切ない声。
── 『おい……っ』
その返答は、とても重い声。
── 『何を勝手に、黄昏れてやがる……っ』
向けられた相手でもないのに、私ラシェルまで、ゾワリと肌が粟立つほどの熱量の情念。
── 『他流派の魔法剣が見れると思って、楽しみにきたら……っ』
── 『ワケのわからん因縁つけられ決闘ゴッコ……っ』
── 『それならせめて「お稽古」と思って相手してやれば、今度は手を抜きやがる』
── 『本気出せと、何度言っても、聞きゃしねえ……っ』
── 『それどころか、上から目線でお説教だ……っ』
── 『よっぽど偉いんだな、お前ら神童っていうザコは?』
当主様や大叔父様くらいの、剣術の達人が時折みせるような、すさまじい威圧感。
「ザ、ザコって、アンタ……っ
ちょっとルカ様に認めてもらったからって、調子にのるな『落ちこぼれ』のくせにぃっ」
私ラシェルの隣で、ベルタさんが怒声を上げますが、相手は一瞥もしません。
「ちょっと、アンタぁ ──」
「だ、ダメです、ベルタさんっ
まだ決闘が終わってないです、手出ししたら問題になりますっ」
今にも乱入しそうな勢いのベルタさんに、私ラシェルは『立会人』として、慌てて抱きつき、抑えつけます。
「お、おぉぉ~い!」
そんな時、声を上げて、慌てて走り寄ってくる人影。
なんでしょう、道場の方からです。
ボウズ頭の、若い男性?
「おおい、剣帝流!
お前の妹弟子、あのお嬢ちゃん ──」
ハアハアと息を切らせて、顔を上気させ、目を見開いて、興奮気味な声で。
「── やりやがったぁあ!!
<轟剣流>本家に!
神童カルタに勝っちまったぞ!!」
有り得ない事を、吹聴します。
「……何を言っているんですか、この人」
「ハァ……?
ちょっと、すぐに解るようなウソつくのやめなさいよ。
<轟剣流>のカルタが、あんな小さな子に負ける訳ないでしょ?」
「ええ、そうですよ。
魔剣士の『3すくみ』で圧倒的に有利なのは、<轟剣流>なんですから」
「何?
もしかして、ルカ様を動揺させて決闘を有利にしたいの?
残念でしたぁ、もう終わってまーすっ
無い頭で『いっしょうけんめい』考えた作戦だったりしたの?
あらあら、無駄な努力だったわね?」
「ち、違うっ そんなんじゃねえ!
ウソじゃねえって、ホントに、本当に、お嬢ちゃんが勝っちまったんだ!!
── お、お前なら信じてくれるだろ、剣帝流!?」
そう言って、離れて立つ2人の片方に呼びかけます。
そして、その答えは ──
── 『当たり前だろ……』
── 『ウチのリアちゃんが、この程度の相手に負けるワケねーし……』
そんな風に、虚勢にしても傲慢が過ぎる事を、堂々と言い放ちます。
もしや、ここ<翡翠領>では、帝国西方の『神童コンビ』の事が、上手く伝わっていないのでしょうか?
それとも、『魔剣士の頂点・剣帝流』としての、なけなしの意地なのでしょうか?
『剣帝の落ちこぼれ弟子だからこそ、流派の勇名にしがみつく』というのは、いかにも有りそうな話ではありますが。
そんな推測に頭を巡らせていると、剣帝の落ちこぼれ弟子は、自分の木剣を半分に切り分けました。
── 素手の手刀で。
「は……?」
「え、今の、何……?」
「何だ今の……俺の目の錯覚……?」
私ラシェルも、隣のベルタさんも、駆け寄ってきたボウズ頭の男性も、一様に困惑の声を上げます。
── 『よし、向こうが終わったなら、こっちもケリつけるか』
── 『お前、たしか……神童ルカって言うんだっけ?』
── 『意地になって「未強化」を通したいなら、別にそれでも構わんが』
小柄な人物は、先程まで<中剣>の長さだった木剣を<小剣>の長さにして、具合を確かめるように軽く素振りをしています。
そして、
── 『死んでも、知らんぞ?』
呆然とするルカ従兄の方へと、<小剣>の木剣を突きつけ、酷薄に笑ったのでした。
!作者注釈!
この双子、マジで書き難い!!
お前らもう、二度とでてくんな!
というワケで、次回から主人公一人称に戻ります。
の予定。
(未定)




