51:天使にラブ文句wow!
「── この愚鈍!
ええから、こっち来んかいい!
『剣帝流』の成り損ないが!」
道場に戻ると、我が従兄殿が、珍しく怒声を張り上げていました。
自分ガイオ=シャーウッドは、少し道場の監視から外れていました。
同行者の何人かと、<轟剣流>の分派・ユニチェリーの道場主に、印章の隠し場所を詰問していたのです。
また、印章を探し出すのに、思ったより時間がかかった事も否めません。
そのせいか、道場に戻ってきた時には、おかしな事態になっていました。
「貴様には、ひと言ふた言では済まんくらい、言うてやりたい事があるんや!!」
『道場間決闘』に乱入してきた愚か者の一人を、建物の裏手に連れ出して行きます。
「……これから『決闘』、になるかどうかは解りませんが……
後々の事を考えると『立会い人』が居た方がよさそうですね。
── ラシェル、頼みますよ」
自分ガイオは、ちらりと斜め後ろに目線を向けました。
すると、妹ラシェルが驚いて目を瞬かせていました。
「え、兄上?
わたしが『立会い人』ですか?」
「ええ、手が空いているのでしょ、お前?」
「しかし、同門の者が『立会い人』なんて……
後で『不正があった』とか噂されて、ルカ従兄や<魄剣流>の評判にかかわりませんか?」
「まったく、くだらない事を気にしますね、お前は……」
まるで<表・御三家>のような言い様です。
妹のあまりの愚劣さに、吐き気さえ覚えます。
「く、くだらない事って……」
「この世のあらゆる勝負事において、敗者にこそ非があるのですよ」
いくら『裏切られた、騙された、罠に填められた』と喚いたところで、死人が生き返る事もなく、失った財産を取り返せる事もまた、ないのです。
我々<裏・御三家>は、<聖都>を死守するための衛士。
敗北は死より重く、卑怯・卑劣はむしろ褒め言葉も同然。
正々堂々なんてお題目を掲げるような、『お上品』な帝国騎士団の連中とは、隔絶した存在。
双子の兄である自分ガイオと共に、幼い頃から叩き込まれた心得でしょうに。
色恋に狂って以来、何を腑抜けているのでしょうかね、この愚妹は。
「相手は、我が<魄剣流>の神童ルカに仇なす無礼者。
どうせなら『決闘の見届け』だけでなく、隙を見て背中でも狙ってきては?」
「兄上……」
それとも、この女は、いつの間に折り目正しい貴族剣術にかぶれてしまったのでしょうか。
もしや、身の程知らずな事に、帝都の『召し抱え騎士』でも目指している?
「それは、さすがに……
……あ、ほら、その……
尋常の決闘に挑むルカ従兄にも、怒られませんか……?」
ラシェルは、相変わらず覇気の無い、オドオドとした表情と態度。
そもそも、先の発言は冗談、ただの軽口です。
自分ガイオの心配事は、従兄殿の『決闘』 ── いや、実力差を考えれば、もはや『成敗』か ── の場に横槍が入らないように、というだけ。
その程度の内心すらも、読み取れない。
他者の心の動きを読むのも、言動の虚実を見極めるのも、ともに武術の基本なのですが、ね。
この愚妹は、今はそれすらも疎かな有り様です。
「……もういい。
はやく、行きなさい。
無駄な贅肉ばかりつけているから、頭が回らないのです」
「そ、そんな事……っ」
「── え、何ですっ?」
「いえ、何も……」
いつも、こうです。
中途半端に反抗するくせに、睨みを利かせれば、すぐに引き下がる。
そんな風に時間を無駄にするなら、最初から黙って従えばいいのです。
まったく……。
こんな愚図な女が、双子の妹だなんてイヤになります。
昔はこうではなかった事を思い返せば、感傷もいよいよです。
区切りをつけるように、ため息を一つ。
意識を切り替えます。
「── さて、<轟剣流>神童カルタ殿、『剣帝流』のお嬢様。
お二方とも、お待たせいたしました。
自分が、『立会い人』をつとめさせていただきます」
自分ガイオが近づいていくと、長い銀髪の剣帝流の女子が、子供のように目を輝かせました。
「『立会い人』さんっ
貴男、<魄剣流>ですの?」
「ええ、『序列席次』もない末席の者ですが。
それが何か?」
「<魄剣流>の、石畳の上を滑るような歩法!
わたくし、初めて見ましたのっ
この後、貴男とも『決闘』をお願いしても?」
「ハハッ……」
思わず、苦笑いしてしまいます。
帝国西方が誇る『神童コンビ』の片方を相手に、もう勝った気でいるのですか、この女。
それは、いささか頭が『お花畑』なのでは?
「ご冗談をっ」
自分ガイオは、双子妹のような愚鈍な女は、大嫌いですが。
この流派を傘に着るような増長慢女も、やはり勘に障ります。
武門に、真っ当な女性はいないのでしょうか。
まったく。
▲ ▽ ▲ ▽
自分ガイオが、決闘に挑む双方の側方に立ち、挨拶を促します。
すると驚くべき事に、『剣帝流』の増長慢女は、きちんと頭を下げて対戦相手に礼を示します。
「『剣帝』の後継者、アゼリア=ミラーですわ。
一手、ご教授をお願いしますわ」
少し、目を見張りました。
まったく、意外でした。
『剣帝の後継者』と思い上がった高慢女で、鼻っ柱が高そうに思えたのですが。
そこだけ切り取って見れば、まるで礼儀作法をわきまえた名家の令嬢のようです。
あ、いや、そうか。
失念していました、元は<封剣流>本家の直系女子でしたね。
まさに、『名家の令嬢』でした。
「……ヒュゥ……ッ」
神童カルタ殿もそれに驚いたのか、目を見開いて鋭く息を鳴らします。
── 『剣帝』なる剣号は、『帝国の魔剣士を統べる頂点』の意!
てっきり、皇帝にでもなったかのような大上段の物言いをする、とばかり思っていたのですが……。
酷く、意外です。
「……あの、こっちは名乗ったんですのよ。
貴男の番ですわよ、聞こえてませんの?」
「── フン! ハァ! トリャ!」
「……貴男、何してますの?
無手術の演武ですの?」
神童カルタ殿のそれは、演武というよりも、ひとり訓練の型の反復です。
戦闘の高揚を抑え、平素の心を保つ時にも為さる、心を落ち着かせる『儀式』でもあります。
果たして、相手の立ち姿から高い技量を読み取り、戦意が高ぶったのでしょうか?
神童カルタ殿が紅潮した顔で、口上を高らかに言い放ちます。
「上腕三頭筋の働くは、風の如く!
広背筋の豊かなる事、林の如し!
僧帽筋の猛る事、火の如く!
大胸筋の膨らむ事、山の如し!
このカルタの身体は、今日はより一層に仕上がっておる!
つまりは、絶好調!」
「……いったい何ですの、筋肉自慢?」
困惑した剣帝流の女子が、こちらに視線を送ってきます。
しかし自分ガイオにも、何が何だか、という状況なのです。
説明を求められても、こちらも困るのです。
あるいは、神童カルタ殿は戦意高揚を示したいのでしょうか?
しかし、なんのために?
首を振って『解らない』とだけ、身振りで示します。
「やあやあ、その方は、可憐なるお嬢さん!
本日は大変よい天気だ、なんとも心地よい!
ふたりで一緒に、筋肉を鍛えて気持ちいい汗をかく、なんてどうだろう!
つまりは、逢瀬!」
かの神童は、何かよく分からない事を、のたまいました。
「……………………………………」
「……………………………………」
自分ガイオと、剣帝流の女子は、視線を交えたまま首を傾けます。
まるで状況が理解できません。
本当に、意味不明です。
仕方なく、自分ガイオが問いかけます。
「逢瀬……?
逢い引き……いや、デート……?
あの、今からお二人は『決闘』するんですよね?
……神童カルタ殿、いったい何をおっしゃっているんですか……?」
酔っ払いの妄言じみた、意味不明な発言でした。
もしや、今までの決闘で頭でも打って、意識が混濁しているのでしょうか。
木剣を用いる模擬試合で、そういう様子を見るのは珍しくもありません。
いくら神童とて、ひとりの人間なのですから。
しかし、剣帝流の女子は、嫌悪の表情で目を細めます。
「それは、『ナンパ』ですの?
……わたくし、道場やぶりの貴男がたと闘いにきたのですけど……?」
「そうかそうか!
なるほど、得心した、決闘か……っ!
強い男にしか靡かぬと言う、まさに武門の女子らしき回答!
俺が、君に勝ったら……お、お嫁さんにっ!
つまりは、妻取り!」
「はぁっ?
真剣勝負の時に、何をふざけてますの!?」
「ふ、ふ、ふざけてなんかないっ
お、おれ、俺の、め、め、目の前に、て、て、天使が舞い降りたんだ!
これはその手をつかめという、聖教の神のお導き!
つまりは、運命!」
なんでしょう、これ……。
どういう状況なんでしょうか……。
「うわぁ……っ
今まで最悪レベルの口説き文句ですわ……」
「すべすべの手!
すべすべの足!
ああ、なんて白い、初雪のような美しさ!
全身のお肌にチューしたい!
つまりは、天使!」
……聞けば聞くほど、頭が痛くなってきます。
「き、キモチワルイですわ、この人!
不気味なのは、剣筋だけにして欲しいですわ!」
「この鋼の肉体が(レンガを叩き付けて、どうもないアピール)
ブ、不細工!
俺の! この! 肉体美が! 不細工だと!?
つまりは、侮辱!?」
「剣ですの! 剣筋の話をしてますの!
この人、男のくせに脇毛まで剃ってますわ、気持ち悪いですの!」
「美しい物には、毛なんて醜い物は生えない……
天使の君だって、そうだろ?
つまりは、必然!」
ああ、なんたる事か……
あの『神童コンビ』が……
ああ我らが『帝国西方の誇り』が……
偉大なる『<黒炉領>の英雄』が……
「……ア、アゼリアも大人の女ですのでっ
あちこち、お毛々が、ボーボーなんですわよぉ!
── オ~ホッホッホッ!」
何を口走ってますか、剣帝流女子!
貴女に淑女としての羞恥心はないんですか!?
「まじかよ」「あんなかわいい子が」「ボーボーなのかよ」「うっそだろ」「なしよりのありだな」「うっそだろお前」
しかも、周囲からどよめきの喚声が上がる始末!
見渡せば、先ほどまで倒れていた分派の道場生たちが、高見の見物をしていました。
そんな事で盛り上がるな、痴れ者ども!!
いくら<轟剣流>が、むくつけき男ばかりとしても、最低限の礼節はわきまえなさい!!
「あ、アゼリアさん……?
大勢の前で、そういう事を大声で言うのは……さすがにちょっと……」
流石に見かねたらしい、ユニチェリー門弟の青年が止めに入ります。
周りの連中、少しはこの赤毛の青年を見習いなさい!
「うるさいですわ、赤毛ゴリ!
お兄様に気に入られてるからって、調子に乗らないでくださいまし!
それに、リアだって恥ずかしいのガマンしてますのよ!
でもコイツみたいな『キモチワルイの』から好かれるより、ずっとマシですわ!」
そうは言っても、剣帝流女子。
貴女も、こんなむさ苦しい男所帯で、おかしな事を口走らないでもらいたい。
女子同士の集まりの中だけですよ、許されるのは。
「そ、それでは俺が、君をふさわしい姿に!
我が花嫁にふさわしい、つるつるスベスベにしてあげよう!
全身くまなく、赤子のように!
うむ、それが最善!!
つまりは、『婚前美容』!」
やめろ!
やめろおぉぉ!
もう、おかしな事を口走るな、神童カルタぁ!!
これ以上、<裏・御三家>の看板に泥を塗らないで下さい!
正直、『通りがかりの剣術家に、簡単に道場破りされた分派』と比べても、格段に武門の面汚しですよ、今の貴男は!!
「── へ、変な事いわないでくださる!?
ボコボコにしますわよ!
ブチコロですわよぉ!?」
剣帝流女子が、変質者に詰め寄られたみたいな、及び腰になっています。
「天使の君が、俺をボコボコに!?
そ、それも、意外といいかもしれん……
つまりは、新境地!」
「ひ、ひぃ……っ」
……いったい、どういう心の動きなんでしょうね?
自分ガイオは、この知己を、巡回警備隊の方に引き渡したくなってきました。
「…………ハァ……ッ」
── 我々『帝国西方の民』からすれば、『神童コンビ』は偉大な存在です。
人々を魔物の脅威から守ってくれる、若き英雄です。
名の知れ渡った最近では、もはや『安寧の象徴』とも言えます。
当代の<聖女>様から聖紋衣を授けられて以来、上級の司祭か、それ以上 ── つまり<聖女>様ご本人に匹敵するような、尊敬の念が向けられているのです。
── 名実ともに『<聖都>守護の剣』なのです。
では、その人間性が清廉潔癖かと言われれば、もちろんそういう訳ではありません。
我が従兄殿・神童ルカも、幼少の時分から悪童や悪戯坊主として、大人を悩ませてきたような人柄です。
その内面は、普通の人間に過ぎません。
聖職を極め、列聖を目指すような、宗教家のような崇高な精神の持ち主ではないのです。
とは、いってもですよ……。
だからといって、こんな所で思春期爆発させでくださいよ……。
「マジキモチワルイですわぁ、コイツぅっ!」
剣帝流女子は、半ば涙目です。
「な、なんだ……罵られる度に我が胸中に浮かぶ、この高揚!
つまりは、性的倒錯!!」
ハアハア興奮するな、この色ボケ青少年!
(もうやだ、この神童……)
「…………もういいです。
はやく、決闘でもなんでも、好きなように始めてください……っ」
自分ガイオは、重いため息と共に、決闘の開始を告げたのです。
半ば『いっそ剣帝流女子に、無様なほど叩きのめされればいいのに……』とすら思いながら。
!作者注釈!
次回、【涙腺崩壊必至!】君の●●を食べたい【なろう感動の名著】!




