48:あこがれは遠く
!作者注釈!
2022/12/04 エピソード順番入れ替え
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「ええか、他の<帝国八流派>どもは、帝都でええ生活して、何かにつけて威張りくさって、のさばっとる ──」
轟剣ユニチェリー流の道場に、部外者の説教の声が響く。
異常な光景だ。
いや、異常はそれだけでは留まらない。
俺・ニアン=コペールは、『あの日』は朝早く、先輩達に殴り倒されていた。
なので、伝聞でしかないのだが。
今から1ヶ月前の、騒動の前日に出来た、俺の剣友 ──
俺より1コ年下、15歳のチビ。
そのくせ、ずっと剣が巧みで、スゲー頑張ってるヤツ。
そして、残念なくらい魔力が少なくて、どう考えても『魔剣士にはなれない』、不憫なヤツ。
── アゼリアさんの兄弟子、ロック。
そのロックが、ユニチェリー道場の門下生の全員を叩きのめした、らしい。
「弱い! ハァ!
── 次ぃっ」
それは、ひょっとしたら『今日のこんな光景』に似ていたのかもしれない。
約1ヶ月経った今日、そんな事を思わされた。
次々と、先輩達がかかっていき、渾身の一撃を打ち込み ──
「征くぞ、神童!
覚悟ぉ!!」
── ズン……ッ、と砂袋を打ったような、重い音。
相手の巨漢を打ち据えた音だ。
だが、相手から返ってきたのは、落第を告げるような一言。
「浅い! セヤ!」
同時に、ダァン……ッ!と激しい踏み込み。
そして、その音と一体化したような、反撃の一撃。
勝者は、転がる敗者には、もう目も向けない。
ただ、単調に繰り返しの声を上げる。
「── 次ぃっ」
あまりに簡単に、先輩達が倒されていく。
<翡翠領>の名門道場、<轟剣流>の分派ユニチェリー流の高弟たちが。
「次はわたしが行く!
── 神童カルタ殿、一手ご教授ねがおう!
セイヤー!」
しかも相手の男は、先輩達の攻撃を避けもしない。
いくら練習用の木剣とはいえ、魔法で身体強化された一撃は、骨が砕けてもおかしくない威力のはず。
「腰が入ってない! セイ!
── 次ぃっ」
それをバシンッ!ドシンッ!と何発くらっても、神童カルタは揺らぎもしない。
人間より幹の太い大樹に向かっていくような錯覚すら覚える。
そして、反撃は一撃必倒の超・剛剣!
まるで、大人と子供のような実力差だ。
(これが、噂の神童コンビ……っ
そして、これが<轟剣流>の秘技の一つ、『磊響戻破』か!?)
── 秘技『磊響戻破』
先輩達が言うには、【身体強化:剛力型】の中でも防御の極限の技。
岩石のような強固さで受け止め、岩石のような重撃で打ち倒す。
ゴクリ……、と思わずノドが鳴る。
すると、背後から、そっと耳元にささやかれた。
「……おいニアン、逃げようぜ……」
震える声に振り返ると、同期が2人、ビビって縮こまっていた。
「……逃げる、ってお前ら……」
「俺らみたいな下っ端が2~3人いなくたって、誰も気付かないって」
「そうそう、こんな理不尽な事に、いちいち付き合う理由ないだろ?」
周囲を見渡すと、出入り口を固めていた『神童コンビ』の手下達が、持ち場を離れ始めた。
どうも、道場から師範の住居である母屋の方へ移動するみたいだ。
「ほら、チャンスだぜ……?」
「逃げるなら今の内だ……っ」
そういう同期に、俺は首を振る。
「行けよ、二人とも。
俺は、逃げない」
「ニアン、バカ言うなよ……っ」
「……そうだ、先輩達が勝てなかった相手だぞ。
俺らが居て、なんになるっていうんだよ……っ」
そう言われると、確かに、とも思う。
「そうだな……」
でも、先輩達をまとめて蹴散らしてしまった、アイツなら。
ロックがここに居れば、そして『本気』を出しさえすれば、この神童2人すら倒すかもしれない。
そう思うと、心に悔しさが広がる。
▲ ▽ ▲ ▽
約1ヶ月前にドブ川の河川敷でやった、『決闘もどき』。
そう、ロックとの初対面の一戦だ。
── 相手は『魔剣士じゃない』。
だから、手加減をした。
身体強化の腕輪を使わなかった。
だが、俺は知らなかった。
気付いてもいなかった。
── それは、相手も同じだった、って事に。
アイツは、やろうと思えばこの道場の人間を全滅させれるような、スゴイ魔法を習得していた。
そして、その事をあの決闘では、おくびにも出さず、その素振りすらしなかった。
全力でぶつかりあった、男同士の決闘だった。
少なくとも、俺はそのつもりだった。
必死に練習した、奥の手の剣技も出した。
アイツの、変幻自在の剣術も、全て受け止めた。
それで決闘相手の事を、全部わかったような気になってた。
── 『もしコイツに魔剣士になれるくらい魔力があれば、いい競争相手になれてたのかもな……』
そんな上から目線の、勝手な同情すらしていた。
そして、次の日には、すべて勝手な勘違いだったと思い知った。
ロビン先輩とユーリ先輩からケンカを売られ、あっさり返り討ち。
さらにその足で、この道場に殴り込み、不良先輩達の蛮行を見逃してきた、身内に甘い道場の門弟たち全員に制裁をくわえた。
なんて事はない。
ロックのヤツは、やろうと思えば俺みたいな不出来な門下生ひとりくらい、簡単に蹴散らす実力を秘めていたのだ。
── 剣の腕では負けたけど、体格とか色々考えたら、アイツとは互角くらい
── いや、正式な魔剣士として<双環許し>を受けてる分、俺の方が上だ……!
そんなバカな思い上がりが、一瞬で吹っ飛んだ。
顔から火が出るほどに、恥ずかしくさえあった。
しばらく顔を合わせないですんだのが、幸運なくらいだ。
この1ヶ月で道場で一層の訓練を続けて、俺の胸にジワジワと燃え上がってきたのは、生来の負けん気。
── このままでいいのか?
── 競争相手と思った男に、負けたままでいいのか?
(アイツは、魔剣士になれなかった……
でも、何も諦めてなかったんだ……っ)
── 『魔法と剣技を融合させた攻撃』
── 『魔法剣とは一線を画す、全く新しい術理』
── 『特級の身体強化魔法に匹敵する、すさまじい攻撃』
結局、『道場破り』の瞬間を見る事ができなかった俺には、それがどんな物か解らない。
その身に受けた先輩達が口々に言う事を聞いても、いまだに想像すらつかない。
ただ一つ。
アイツは、すさまじい努力と修行の結果、『特級の魔剣士』に匹敵する力を手に入れた、という事は理解した。
(ロックに追いつきたい……っ
あの時に言った『次は俺が勝つからっ』という言葉を現実にしてやりたい……っ)
そのためには、俺自身が変わらなければならない。
いくらグズだからって、先輩達に殴られて、そのままじゃいけなかった。
理不尽な思いをして、そのままでいてはダメだったんだ。
▲ ▽ ▲ ▽
「俺は、逃げずに戦う!
殴られたら、殴り返す!
理不尽には屈しない!」
同期2人にそう告げて、次々と決闘に臨む、先輩達の勇姿に目を向ける。
師範代も、ほかの高弟の先輩も、一撃で打ち倒されていく。
でも、誰も逃げはしない。
── 何が『道場間決闘』だ!
── 何が『本家道場から分派道場への粛正』だ!
── 『国家機関が許した』だと、だからどうした!?
そんな気迫に満ちている。
ロックは、この道場に巣くっていた、淀んだ空気を吹っ飛ばした。
名門道場の魔剣士数十人を向こうに回し、たった一人で、軽々と。
それから、約一ヶ月。
この道場は、少し変わった気がする。
(── まあ、もっとも。
あんなムチャクチャなヤツを見たばかりなので、みんな感覚がマヒしているだけなのかもしれないけど……)
そう思って笑うと、少し緊張も薄らいだ。
「バカ、そんな事言ってる場合かよ……」
「もう、俺たちだけでも、逃げちまおうぜ……?」
同期2人のヒソヒソ話を尻目に、門下生がつくる人間の円の方に目を向けた。
『道場間決闘』に挑むウチの道場生は、もう残り10人を切っている
「神童だか何か知らんがガキが舐めやがって!
ドリャァ!」
「気迫は声だけか!? ハァ!
── 次ぃっ」
<轟剣流>本家の神童カルタは、次々と先輩達を打ち倒している。
「その誉れ有る『聖都の剣』の末席のくせに、なんやお前ら!──」
<魄剣流>本家の神童ルカは、倒れた先輩達にネチネチと説教を続けている。
── つまり、神童コンビは相変わらずな様子。
いや、行動が単調化していて、隙が生じているかもしれない。
(……逃げるとしたら、今がチャンスか……?)
そう思って、同期2人に目配りする。
「……いいよ、行け。
俺のワガママだ、2人まで付き合う事はないよ……」
「……すまん、ニアン」
「……おい、早く行こうぜ」
同期2人は、頭を低くして抜き足差し足を始める。
俺や、残り少ない先輩たちが立つ陰に隠れるように、背中を曲げてソロソロと逃げ出した。
▲ ▽ ▲ ▽
死角になった勝手口から逃げようとする、同期2人。
その隠しきれない未熟な気配に、もう1人の『神童』が反応した。
「おいおい、逃がさへんで」
西方なまりの失笑。
石畳の上をすべるような、異様な歩法で一瞬で距離をつめる。
そして『チリン!』という魔法の自力起動音と共に、10mくらい指が伸びた。
そんな風に錯覚するような、魔法だった。
それが、素早く2回発動した。
── ザクンッ!
── ザクンッ!
同期の2人の太股に、野犬の牙が突き刺さったような傷と出血。
逃げようとした2人は、それであっけなく倒れ込み、脚を押さえてうめく。
「背面に傷を負うなんて、武門の恥さらしやぞ、お前ら。
ちと、反省せいや」
「ぎゃあっ」「ひぃっ」
神童ルカが、ヘラヘラ軽薄に笑いながらも、容赦なく傷口を踏みつけた。
同期2人の脚の上を飛び跳ね、順番に踏みつけていく。
「魔物が街に襲ってきた時、魔剣士が真っ先に逃げるんかい?」
「痛いっ」「あぁっ」
表情はヘラヘラしているし、声も軽薄だが、どこか怒りがにじみ出ている。
「魔剣士の強化魔法は、逃げ足のためとでも思っとるんかい?」
「ぐぁっ」「や、やめっ」
まるで、子供が河原で石の上を跳びはねているような、動き。
それを、柔らかな筋肉と硬い骨のあわさった複雑な人体でやるのだから、とんでもないバランス感覚だと解る。
「たまにおるんや、お前らみたいな、どクズがっ
平和な時は『オレは魔剣士や!』いうて、エラそーにしとるクセに、危のーなったら、いの一番に逃げ出すヤツ!
ワイ、そういう輩がいっちゃん嫌いやねんっ!」
踏みつける力も、どんどん強くなっていく。
もはや、脚の骨を踏み折りそうなくらいの、ジャンプ踏みつけだ。
「おい、やめろっ」
「── なんや、お前?
誰に向こうて、『や・め・ろ』とか偉そうに言うとんねん……?」
神童ルカが、フラフラと酔っ払いのような歩き方で寄ってくる。
何かの歩法なのだろう。
速度が不安定で、攻撃のタイミングが読めない。
「……クソ、やってやるっ」
俺は、冷や汗まじりで、木剣を握り、構える。
欠片も勝てる気がしないが、逃げる訳にもいかない。
さっきからずっと、ロックの事が脳裏をチラついているから。
(ここで無様に逃げて……
それで、アイツのライバルとか、言える訳がねえからなっ)
尊敬する師に ── 剣帝様に ── 『魔力が足りないので魔剣士になれない』なんて言われた時、アイツ、どんな気持ちだったんだろう。
『俺には、魔剣士の才能はなかったが ── 剣術の腕だけはそこそこ自信があるぜ?』
そう言い切れる程の腕前になるまで、どれほど辛酸をなめたのか。
魔剣士でもないヤツが、魔物だらけのラピス山地に住むとか、想像を絶する恐怖だろう。
それに比べれば、上段者の魔剣士と決闘するなんて、訳もない!
「お前なんかな、怖くともなんともないんだよ……!」
俺は、なんとか勇気を絞り出すように、虚勢の言葉を吐き捨てた。
▲ ▽ ▲ ▽
── ふと、背後から野太い声が割り込んできた。
「ルカ、止めよ。
場を乱す相手はともかく、決闘相手に手を出すのは、立会人の分を超えている。
つまりは、越権!」
神童カルタだった。
振り向けば、もはや立っている先輩は誰も居ない。
「その方が、最後の1人。
不出来な兄弟子たち、無様な同輩達、<轟剣流>を名乗る道場にあるまじき失態。
それら全てを、挽回する心地でかかって来い!
つまりは、有終!」
「そうかい……っ」
ほっと、ひと息 ── となる訳もない。
<毒尾蜥蜴>に襲われるのと、<風切陸鮫>に襲われるの、どっちがマシかという話だ。
腕に填めた『双環』の上位の方 ── 下級の身体強化魔法 ── を操作。
数秒経って、『カン!』と木を打ち合わせたような、魔法の起動音。
「轟剣ユニチェリー流、最後の門弟・ニアン=コペール、参る!」
「<轟剣流>本家が、カルタ=ウォーホース、受けて立つ!」
流石は神童!
上背の巨体から放たれる気合いの声を、真正面から浴びただけで、腰が抜けそうだ。
(どうせ一撃で終わる! だったら、得意技に全てをかける)
『図体だけのグズ!』
何度も浴びせられた、罵声。
幼い頃から体格に恵まれた俺は、それだけで魔剣士になれると、勘違いしていた。
だが、武門には俺なんかより上背の人間なんて、いくらでもいた。
何でも力押しでやってきた俺に、他人に褒められるような技術力なんて、欠片もなかった。
だから、師範の言葉にすがりつく他、選択肢がなかった。
『他人より不器用というのは、悪い事ではありません。
一つの事を熱心に続ければ、きっと次は<双環許し>になれますよ』
年下にも『無様』と笑われながらも、ひたすらに基礎の反復練習をしたのは、少しでも憧れに近づくためだった。
(ブルース先輩……)
轟剣ユニチェリー流で一番の天才児も、最初の頃は伸び悩んでいたという。
<双環許し>を受けたのは、同期より遅い、16の時。
才能がある者は、14には<双環許し>に至っている。
ブルース先輩は、経済的に苦しい家庭だったらしい。
魔剣士を目指す最後のチャンス。
今度の試験でダメなら、道場を辞めて、家計を助けるために近くの工房で下働きする。
そう腹をくくって、基本だけをひたすら繰り返したという。
だが、俺と天才児ブルース先輩では、天と地ほどに才能が違うとは、もちろん解っている。
なにせ、ブルース先輩は、<双環許し>になった16歳のうちに、<巴許し><四環許し><五環許し>と、次々と昇段の試験を突破し、免許皆伝まで至ってしまったのだ。
俺みたいな凡人とは、才能が違いすぎる。
それでも、ウチの道場の誇り・天才児ブルース先輩と同じ、『16で<双環許し>』!
それだけが、俺の唯一の自慢で、ちっぽけな自信の源だった。
だが、今は、もう一つ。
最強の競争相手がくれた、唯一の賛辞!
── 『デカい身体に似合わず、器用な細かい突きしてきやがって』
(お師匠さま以外に、ロックだけだよ!
こんな俺を褒めてくれたのはなぁっ!!)
「── 貫け、ハァァ!」
フェイントも何もない。
相手が避けない事を良い事に、太股へ向かって、渾身の ── 全体重を預けた、文字通り全身全霊の ── 刺突!
ズン……ッ!、と手に返る感触は、まるで打ち込み用の的ような頑強さ。
いくら防御に優れた【特級・身体強化:剛力型】を使用しているとはいえ、とても人体とは思えない手応えだった。
「未熟 ── 」
そう言って、神童カルタが木剣を振り上げる。
「── しかし、よき研鑽! ハァ!」
ムカつく敵に褒められて、ちょっと満足してしまう、自分が悔しい。
(ちぇ……っ
こんな事で満足してたら、いつまでもブルース先輩みたいになれないぞ、俺よ)
そんな思考を最後に、横薙ぎの一撃で、意識が刈り取られた。