46:クズふたり
2022/01/18 ボウズ頭がクズっぽくないという不具合が確認されたため、上方修正しました
あと、上下編に分かれました。
念のため、前話を再読ください。(全体的な大筋はかわってません)
飲み屋街から10分ほど歩いたか。
俺・ロビンが、ドブ川にたどり着けば、もみあう男達数人の姿。
「なんだ、おあつらい向きじゃないか……っ」
嬉しくなって、気持ちが弾む。
「── ああん!
何やってんだ、テメーらぁ?」
思わず駆け寄り、酒焼けしたノドから声を張り上げる。
すると、もみあう男達が振り向く。
3人だ。
2対1だ。
最高だ。
1人の方に、助けてやったという名目で金をせびる。
叩きのめした2人からも、持ち金を取り上げる。
俺ひとりで、総取りだ。
連中の顔が、パンパンに膨れた財布にしか見えない。
今夜色街に繰り出す軍資金が転がっている、なんて幸運だ!
「ここが<轟剣ユニチェリー流>の訓練場所だって、解ってやってんのか?
チンピラどもが、魔剣士サマに逆らったら、タダじゃおけねえぞぉ!?」
「アホかい、コイツ……」
誰かの呆れ声。
イラッとして、睨み付ける。
細面の、小賢しそうな若手だった。
「アァン、何って言った、このチンピラが!?
てめぇ俺が ── ガフゥッ」
「うっさいわ、お前……」
喋っている最中に、ドンッと衝撃。
顔が熱い、鼻が痛え。
手でぬぐうと、ヌルッとする。
鼻血が出ていた。
殴り倒された?
「クソ……っ
魔剣士をナメやがって、殺すぞカスども……!?」
俺は、まだ酔いの抜けきらないまま、フラフラと立ち上がる。
すると、思いがけない声。
「── バカ野郎! なんで来やがった!
早く逃げろ……っ!」
魔剣士道場の、同期の長髪ヤローだ。
後輩をいたぶるのが趣味という、絵に描いたようなクソヤローだ。
「フハハッ、なんだ、お前、ボコボコにされてんのか?」
魔剣士のくせに、チンピラにやられるとか、クソださい。
どうせ、身体強化の腕輪を使う前に相手2人に捕まり、ボコボコ殴られたんだろう。
できる後輩をいじめるばかりの、才能無しだったし、コイツ。
「俺に助けて欲しいか?
でも、こいつは高くつくぜ? いくら出す?」
俺は上機嫌で言いながら、身体強化の腕輪のスイッチを ──
── あれ……、ない?
……いや、そうか、そうだった。
道場辞めた時、イライラしてたから、そのまま売り払ったんだった……。
いけねえ、俺、今、丸腰か……?
最悪だ、せっかくの稼ぎ時ってのに、風向きが悪すぎる。
「あぁ……せっかくの金づるが……ついてねえなぁ……」
「おいおい、逃がさへんで?」
興奮がさめた俺が、回れ右して帰ろうとすると、青い服の男が素早く回り込む。
さっき殴ってきた細面の、西方なまりヤローだ。
普通の人間の動きじゃない。
魔剣士か?
いや、並の魔剣士より、だいぶん速い。
「── 強化魔法……
魔剣士、それも<四環許し>か?」
「アホか、ワイらは<五環許し>やっ」
特級の魔剣士かよ……。
そりゃあ、才能の無い長髪ヤローじゃ勝てないよなぁ。
あいつ<巴環許し>昇段に、10年もかかったザコだし。
回り込んだ西方なまりが、こっちを見てニヤニヤ笑ってやがる。
「しかし、自分からノコノコ来るなんて、殊勝な奴やな
よかったな、相棒。
わざわざ街中をしらみつぶしの手間が省けたで?」
「うむ。
では、その方 ── ボウズ頭の青年も、木剣を構えよ。
今一度、仕切り直す故に。
つまりは、粛正!」
もう一人の方、上半身裸の筋肉男が、よく分からん事を言ってた。
「なんだ、この偉そうな奴らは……っ」
ひとを見下す態度の、性格のひん曲がったクズども。
ちょっと、若い内に<五環許し>になったからって、調子に乗りすぎだろ?
「なんやコイツ、丸腰やないか?
しゃーない、せめてこの木剣でも構えとき」
西方なまりの方が、木剣を投げ、俺の足下に落ちる。
それより、相手の顔をじっと見る。
2人とも、ここら辺りじゃあまり見ない顔。
よそ者か?
<翡翠領>に来たばかりの田舎者が、調子にのっているだけか?
そう当たりをつけると、ちょっと笑いが出た。
「バカか、オメーら。
俺たちは<轟剣流>分派道場の人間だぞ?」
<轟剣ユニチェリー流>は、ここ<翡翠領>でも1番の道場だ。
領主家や地方騎士団とも繋がりがある道場と、モメ事を起こしたらどうなるか。
魔剣士の<四環許し>とか<五環許し>とか、個人の腕前なんて、権力の前には何も関係ない。
そんな『社会』が解ってない連中に、ため息がでる。
「俺らが、道場OBの官警に話せば、それで終わりだぞ?
お前ら2人、一生、牢屋のなかで臭い飯だ!
── さあ今すぐ地面に頭すりつけて謝れ。
あと持ち金も全部おいていけよ。
俺サマが有効活用してやるからよぉ」
この無謀なガキ2人は、すぐに青ざめるだろう。
しかし、焦った声をあげたのは、別のヤツ。
いじめ大好きの長髪ヤローが、蹲ったまま、枯れた声で叫んできた。
「バカな事言ってる場合じゃねえ!
ロビン、早く逃げろ!
── コイツら『本家の神童』だ!」
▲ ▽ ▲ ▽
「ハァぁ……? 逃げる? 俺が? なんで?
ってかシン、ドウ?
それって……なんだっけ……?」
二日酔いのせいで、頭がよく回らない。
俺が困惑している内に、遠くから足音が近づいてくる。
「通報どおり、まだ乱闘中だっ」
「そこ! 何をしているっ」
「警備隊だ、神妙にしろっ」
衛兵の制服組だ。
『カン!』『カン!』『カン!』……と起動音が立て続けに鳴り、強化魔法を起動した巡回警備隊が駆け寄ってくる。
「あかん、時間かけすぎたか……?」
「いや、不幸中の幸いだ。
背中の魔法陣は、全て見覚えのある形。
つまりは、同門!」
「左様か。
なら、ちょっと小突いても、問題にはならんな?」
西方なまりは、細い目を糸のように細めて、とんでもない事を呟く。
コイツら、よりにもよって、衛兵に暴力振るう気か!?
「武器をしまえ!」
「<魔導具>から手を離せ!」
「署に連行する、抵抗するなよ!」
囲み込もうとする、警備隊3人組。
西方なまりは、平然と近づく。
ヌルリと、水の中を進むような歩法で、3人の中心に割り込んだ。
「はい、お勤めご苦労さんっ」
何か『チリン!』と魔法を起動させた瞬間、剣先がブレた。
── 神速の突き。
それも離れて見ていてようやく解る程の。
かすれた木剣の残像が、衛兵3人の太股を襲う。
強化魔法を使っている衛兵の制服組3人が、反応もできないまま崩れ落ちた。
「くぅっ!」「がっ!?」「今のは、一体」
「……ああ、兵隊さんたち、無理に立つのはやめとき。
今のは【白霜の魔法剣:身竦み】や。
腿の筋が凍えて縮んどるんや、無理に動かすと断絶いくで?」
西方なまりの青服男は、白く変色した木剣を一振り。
同時に、雪の様な白い欠片が散った。
「『白霜の魔法剣』だと……」
「……もしや<魄剣流>か!?」
「<魄剣流>の、細目の、若者……まさか……?」
脚部を打たれて膝立体勢の衛兵3人は、顔を見合わせ、ギョッとした顔になる。
すると、西方なまりの男は、余裕の表情でもう一人の男を指差す。
「そうそう。
で、こっちはおたくらのお仲間、<轟剣流>や」
「同門だと……」
「薄茶のクセ毛で、カリアゲ……
長身で、鋼のような上半身、20前の若手剣士……?」
「まさか、ソイツ ── いや、そちらの方は、神童カルタ殿!?」
上半身裸の男は、偉そうに肯いた。
「いかにも!
そして、隣りに立つは、剣友<魄剣流>ルカ!」
「……西方の、『神童コンビ』!?」
「いつ、この<翡翠領>に?」
「なぜ、若き英雄のあなた方が、こんな所で乱闘騒ぎを!?」
衛兵3人の慌てた声に、西方なまりの男が目を細めた。
「きまっとる。
不出来な分派へ、本家による懲罰粛正 ──
── 『道場間決闘』や!」
辺りが、シン……ッ、と静まりかえった。
▲ ▽ ▲ ▽
長髪ヤローは何を思ったか、木剣を杖代わりにして、フラフラと立ち上がった。
「おい、神童2人……っ
そこのロビンはもう道場を辞めてる、<轟剣流>の人間じゃない。
道場以外の人間に手を出すのは、『決闘規定』違反のはずだっ」
すると、神童コンビは面倒そうにため息。
「はぁ、左様か。
それはまた、面倒やなー」
「うむ、しかし……
ロビンなる男、先ほど、自ら戦いの場に近寄ってきた。
参戦の意思を感じたため、こちらも反撃した。
つまりは、迎撃!」
「うん、まあ、後でモメたらその論法でいこか?
剣持って斬りつけてきた、そういう事で口裏あわそう」
衛兵の制服組が目の前に居るってのに、平然とそういう事を言う。
神童コンビは、どうやっても、俺を叩きのめしたいらしい。
「── させるか!」
長髪ヤローが、なけなしの力を振り絞るように、一方に斬りつけた。
木剣が上半身裸の男の背中へ、叩き込まれる。
とは言っても、剣の勢いは今ひとつ。
『身体強化魔法の効果切れ』どころか『とっくにスタミナ切れ』で苦し紛れの一撃だ。
だとしても、硬い木材での一撃。
しかし、カルタとかいう上半身裸の男は、ビクともしなかった。
防御の構えすらなく、背筋の筋肉だけで木刀の一撃を受け止める。
「こちらの青年は、仕置きが終わった。
寝ていろ、死なれても困る。
つまりは、安静!」
長髪ヤローはもうボロボロで、軽い足払いひとつで無様に転げ回る。
「グァ……ッ
ち、ちくしょう、この……」
「しぶといアンちゃんやなぁ。
友達とおそろいで、仲良ぉシバかれとき。
<裏・御三家>の看板にドロ塗った罰にしては、格安やで?
── 相棒、そのボウズ頭、逃げる気やで?
早よ捕まえとき、早よ!」
細目の西方なまりは、まるで背中に目でもあるみたいに、俺が逃げようとするタイミングを言い当てるやがる。
「ロビンなる男、強化魔法なしでも全力で打ち込め。
<轟剣流>の正統として、一切受けて立ち、そして打ち砕く。
つまりは、圧倒!」
上半身裸の男が、木剣を担いで迫ってきた。
俺は、鼻血の混じったツバを吐き捨てる。
「ふ、ふざけるなよ、テメーら……
さっき、長髪が言っただろ、俺はもう道場を辞めてんだ!
おかしな事に巻き込むなよ……っ」
「その方の失態は、道場を辞めた程度ではとても帳消しにはならない。
分派とはいえ、<裏・御三家>そして<轟剣流>の名誉を穢した行い、許しがたい。
つまりは、因果応報!」
目の前まで迫ってくると、上背で筋肉ムキムキな男は、圧迫感があった。
背中でも見せようものなら、背骨をたたき折られかねない程の圧力だ。
すると、また長髪ヤローだった。
「や、やめろ……っ」
アイツが、見えない所で何かしたらしい。
細目の西方なまりが、いきなり怒り狂って暴れ出した。
「── アアァン!?
お前みたいなザコが、汚らしい手で何さわっとんねん!
そんなに死にたいなら、ここで止めさしたるわ!」
「ルカ、やり過ぎだ!
それ以上は、命にかかわる!
つまりは、容赦!」
「うっせーわっ、放さんかい、相棒っ
<聖女>様から賜った、聖紋やぞ!?
負け犬のきたねえ手で穢されて、黙っていられるかいなっ」
慌てて仲間を羽交い締めにする、上半身裸の男。
俺は、その間に逃げ出した。
▲ ▽ ▲ ▽
しばらく走って、ゲロ吐いて、水飲んで、ようやく息が整った。
見渡せば、昼の閑散とした飲み屋街。
行きつけの飲み屋のそばまで戻ってきていた。
「くそ……っ
せっかくクソ道場を辞めてやった、ってのに……
<裏・御三家>の神童コンビに狙われるなんて……
どれだけツイてねーんだ……」
神童コンビの話は、俺だって聞いている。
俺ら、ヘボ魔剣士が10人束になっても、とても敵うような相手じゃねえ。
「へへ、長髪、ボロボロだったな……っ
良いザマだ、脅してた後輩どもにも見限られてやがる……っ」
そもそも、俺は、同期の長髪ヤローの事が嫌いだったんだ。
あの、先輩にこびへつらい、後輩はいたぶる、性悪さ。
ズラズラと後輩を引き連れて街を練り歩き、王様気分。
酒癖も悪くて、飲み屋で必ずトラブル起こしやがる。
そんだけ性格がクソのくせに、女の前じゃあ善人ぶりやがって。
好みの女の前じゃ『ボク』とか言いやがるんだぜ、あのチンピラが。
それに、ナルシスト丸出しの長い髪が、まず気にくわねえ。
魔力は髪に宿るから、魔剣士は髪を伸ばすヤツも多いって?
そんな、ザコな魔力しかないヤツは、魔剣士なんて辞めちまえばいいんだよ。
「弱っちいくせに、格好ばっかりつけやがって。
なんで、今さら良い人ぶって、俺とか助けてんだよ、あのクソ野郎が……」
イライラする。
酒が抜けても、胸がムカムカする。
「しかし、厳罰粛正か……」
── <轟剣流>本家と、分派の<轟剣ユニチェリー流>の、『道場間決闘』
それに負けたら、どうなるんだ?
「道場は、取り潰しか……?」
今さら、辞めた道場がどうなろうが、知った事ではない。
知った事では無いが ──
「俺の、せいか……?
俺と長髪ヤローが、バカやったせい、なのか……?
その巻き沿いで、道場が潰される……?」
やっぱり門下生全員が、魔剣士の資格を取り上げられるのか?
マジメに魔剣士を目指してた連中も、みんな途方に暮れるのか?
官警や衛兵、領主の騎士団なんかに入っているOB連中は、一体どうなる?
師範代の先輩や、赤毛後輩たち後輩連中は?
甘ちゃんの道場主や、帝都の士官学校に行ってるお嬢さんは?
── 『ロビンさん、ユーリさん』
── 『わたしが戻ってくる頃には、貴男たちが師範代になる番なんですからね?』
── 『ケンカばかりじゃなく、後輩さん達を導いてあげないと、ダメですよ?』
溌剌としたお嬢さんの、帝都出立の日の言葉を、今さらながらに思い出す。
── 俺と長髪ヤローのせいで、あの道場が、終わるのか……?
「ブルース先輩が聞いたら、ぶん殴られるかな……」
……いや、あの人の事だ。
すぐに『後輩の不始末は、先輩の責任』とか言い出すからな。
『すまない、自分のせいだ』とか謝ってきそうだ……
俺たちが……俺が……悪いのに……
「ここまで庇われて……
俺が……俺だけが、何もしなかったら……
まるで、俺だけ、腰抜けみたいじゃねえか……」
そうは言っても、神童から尻尾巻いて逃げてきた俺には、今さらどうしたらいいか解らない。
今からドブ川に戻って、神童コンビに殴られれば、話が済むのか?
いや、その程度で『道場間決闘』がおさまる訳がない。
俺ら2人をボコボコにするだけなら、そんな面倒な手続きする訳がない。
── 『道場間決闘』
── 『決闘』という形を借りた、暴力による矯正だ。
理不尽すぎる。
本家道場と分派道場との決闘なんて、やるだけムダだ。
本家道場の天才どもに敵う訳ねー。
分派道場の跳ねっ返りが、一方的にブチのめされる。
最初から勝負の決まった、形だけの決闘。
「勝てる訳ねえよ……
一般人が、魔剣士相手にケンカするようなモンじゃねーか……」
そう言って、ふと、思い出した。
── 強化魔法の腕輪ひとつ持っていない、貧素な体格のガキ
── だというのに、身体強化した魔剣士2人を、簡単に叩きのめす
たしかに、そんなメチャクチャなヤツが居た。
魔剣士未満のくせに、魔剣士道場を道場破りするような、超絶理不尽存在。
「剣帝、流……
そうだ、あのガキなら……」
目には、目を。
理不尽には、理不尽を。
『道場間決闘』なんて、分派道場が逆立ちしても勝てないような理不尽 ──
── それをどうにか出来そうなのは、あんな理不尽が服を着て歩いているヤツだけ!
俺・ロビンは、神に祈るような気持ちで、街中を駆けずり回る。
── すると、だ。
まるで<天の恵みの神>が、采配したかのように。
配達業者の事務所に入っていく、長い黒髪の少女のような少年剣士を見付けた。
!作者注釈!
多分、ボコボコにされている長髪の目線的には、ボウズ(ロビン)登場が
「へへ、なにやられてんだよ、お前っ
やっぱ相棒の俺がいねえとダメだな!
あと、衛兵も呼んどいたぜ?」
みたいな、タイミング抜群の助っ人カットインに見えた感じ。