45:神童ふたり
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
最近、リアちゃんがご機嫌だ。
なにやら同世代の女の子の友だちが出来たらしい。
ちょっと前に依頼であった子と仲良くなったらしい。
この前、その子からの手紙がきたようだ。
兄ちゃん、よく知らんが、ウソついてゴメンと謝られたらしい。
兄ちゃん、よく知らんが、麓の村には住んでおらず帝都へ移ったらしい。
兄ちゃん、よく知らんが、他人に言えない事情があったらしい。
兄ちゃん、よく知らんが、他にも悩みや秘密を打ち明けられたらしい。
兄ちゃん、よく知らんが、これからもリアちゃんと仲良くしたいらしい。
なんてピュアな少女同士の友情なんだろなー(棒読み)
大人の世界で穢れちゃった心に沁みるなー(棒読み)
なお、伝聞系なのは、全部リアちゃんからの聞き取り内容だからだ。
「へー、他にどんな事が書いてあった?」
と、俺が手紙の文面をチラ見しようとしても、
「だ、ダメですわ!
女の子同士の秘密なんですから、お兄様でも見せれませんの!」
パパッと、隠されてしまう。
それなら『ダイニングのテーブルで手紙を広げるなよ』とも思うが、浮かれまくっていて脇がおろそかなので仕方ない。
妹弟子は、人生で初めて友だちから手紙をもらったらしい。
手紙が届いた日なんて、『リアにお手紙がきましたの!』を10回以上聞かされたんで、相当ウキウキみたいだ。
(しかし、さすがに文面チェックは無理か……
まあ、相手も腐っても政府のスパイだ。
裏事情や機密がバレバレなアホな事は書いてないと、信じておこう……)
それに、友だちとの手紙を勝手に読むとか、プライバシー最低なマネしてリアちゃんに嫌われるのもアレだ。
(いよいよ気になったら、送り主を締め上げて聞き出せばいいだけだし……)
妹弟子は、それから1週間ほどかけて、お返事をしたためている。
<封剣流>ミラー家の『ご当主さま』宛ての、毎月の報告の手紙を書いている時より、ずっと真剣な様子だ。
ちょっと笑ってしまう。
もちろん、俺のその笑顔の裏では、
(アゼリアは生まれが不憫な子なんだから、もうちょっと手厚く面倒みてやれよ、ボケ当主が!
テメー、話を聞くにはアゼリアの実祖父なんだろうが!?
師匠の方がよっぽど『祖父』してんぞ、オイィ!?
── よし、『シバく奴リスト』に、+1回、しておこう……っ)
とか、フツフツと怒りが渦巻いているのだが。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな訳で、妹弟子の初『友だちへの手紙』を出すために、<翡翠領>にやってきた。
近くの村とか週に1回とか、下手したら月に1回とかしか、配達の人が来ないので、半日かけて遠出した方が手っ取り早いという。
山小屋の周りの<ラピス山地>は危険地帯なんで、不便なのは仕方ないね。
ちょっと遅い昼食を食べてから、配達業者の事務所に向かい、手続きをする。
アゼリアが自分で書きたがったので、依頼書を書かせて、俺は横で見守るだけ。
念入りに丁寧にするので、普通の2~3倍時間がかかったが、軽く事情を説明すると係員のひとも笑顔で見守ってくれた。
手続きに15分くらいかかって、ようやく外に出る。
すると、待ち構えていたように駆け寄ってくる、人影。
「剣帝流! 見付けたぞ!」
「── ……っ!?」
何事か、と俺が模造剣を抜きかけると、相手は予想外の行動。
ズザザァー!と、スライディング土下座してくる、アホが一匹。
── ヤメロヤメロ、何だ急に。
── 物乞いなら、外でやれ。
そんな事をブツブツ言って追い払おうとすると、土下座アホが顔を上げる。
なんだか見覚えのあるような、ボウズ頭の青年だった。
「頼む! 剣帝流!
こんな事を頼むのは、筋違いだとは解っている!
でももう、お前しか頼れる奴がいないんだ!」
どっかで見たボウズ頭が、青アザの顔で、必死に訴えてきた。
すると妹弟子が、冷たい目を向ける。
「お兄様、なんですの、この人?」
「……なんか前に、宿の前でブチのめした奴に似ている……」
「似てる、じゃなくて、その本人だよっ」
冗談だ。
もちろん、覚えている。
赤毛少年をボコボコにしてた、アホ先輩の片割れだ。
「……んで、何の用だ、<轟剣流>?」
道場破りの一件は、ジジイと向こうの師範との間で、カタがついている。
とは言っても、荒事で勝った方と負けた方。
うっかり顔を会わせれば、ケンカになってもおかしくない。
そのため、俺もあまり<轟剣流>の道場には近寄らないようにしていた。
向こうもそのつもりのはず。
お陰で、ニアンの報復決闘がどうなったか解らず、モヤモヤしてるのに。
よりによって、その報復決闘の相手の、アホ先輩2号の方がやってくるなんて。
そんな風にイラついているので、どうもトゲトゲしい口調になる俺。
しかし、相手の次の言葉を聞いて、向き直る
「ウチの道場、潰されるかもしれねえ!
本部からヤベぇ奴らがやってきたみたいなんだ!」
「なんだそりゃ。
くわしく話してみろよ」
それは聞き捨てならない。
すると、<轟剣流>のボウズ頭 ── 名前はロビンとかいうらしい ── が顔面の青アザの経緯を語り出した。
▲ ▽ ▲ ▽
俺・ロビンの、今日の目覚めは、最悪だった。
「── ちょっとぉ、お・客・さ・ん!?
もう、いい加減に帰ってくれない!
夜の仕込みのために、一度店をしめたいんだけどぉ」
「んぁ……」
目覚ましはババアのダミ声で、寝覚めに見たのはブタみたいな面。
せっかく良い夢見てたのに、台無しだ。
一発ヤマを当てて、色街で豪遊するサイコーの夢だったのに……。
こっちは機嫌最悪なのに、ブタ鬼みてーな女将は人を追い出しにかかりやがる。
「ほらほら、いいかげん出てってくれよ。
はい上着、ほかに荷物わすれてないかい?」
「うっせーババア、魔剣士サマなめてんじゃねーぞ!?
誰のお陰で、毎日安心して生活できていると思ってやがる!
オメーみたいなブタ女が魔物にかじられずに済んでるのは、誰のおかげだぁ!?」
どいつもこいつも、この<翡翠領>の連中はクソばかり。
他人様に対する礼儀が、まるでなっちゃいねえ。
「何を偉そうに……
そんな大口叩けるほど活躍しているなら、さっさと未払料を払っておくれよ!」
「なんだとババア……っ
それが客に対する態度か!
道場トップの俺サマが後輩どもにひと声かけたら、こんな小汚え店なんてすぐブッ潰せるんだぞ?
魔剣士サマに使っていただいてるだけ、ありがたいと思え!」
「はいはい、スゴ腕の魔剣士サマ、またご贔屓にっ
さあ、帰った帰った」
無礼千万なクソ女将をブン殴ってやろうと思ったが、酒で足下も定まらねえ。
店から追い出されると、二日酔いで目が回り、尻餅をついてしまう。
立ち上がり、数歩歩くと、気持ち悪くなって座り込んでしまう。
こみ上げてくる、酸っぱい味。
すぐに口から溢れかえり、逆流をそのまま、地面に吐き捨てる。
すると、壁越しに店の中の声が聞こえてくる。
「……女将さん、さっきのアレ、大丈夫なんです?」
「いいのいいの、気にする事ないさ」
「でもなんか、おっかない事いってませんでした?」
「あはは、魔剣士がどうこうって、アレかい?
心配ないよ、アイツ、魔剣士道場を破門になってるからね」
「あ、そうなんですか……」
違うっ!
破門なんかじゃなえ!
俺は、あんなカスばかりの道場 ──
── 俺の才能もわからねえクソ道場、こっちから辞めてやっただけだ!
「安心したかい?」
「ええ。
でも、破門になったくせに『魔剣士、魔剣士』って、よっぽど未練があるんですね」
「魔剣士サマ魔剣士サマって、持ち上げられてた頃が忘れられないんだろ?」
「ハハッ、みっともないなぁ」
違う!
一度も『魔剣士サマ』なんて、持ち上げられてねえ!
高いカネ出して魔剣士道場に通い、せっかく<双環許し>になっても、<巴環許し>になっても、女どもは誰もなびきもしねえ!
「魔剣士やめたら『一般人』。
いや、荒事以外に何の芸もない分、『一般人』以下さ。
武門の連中がいくら威張りくさっても、魔剣士の才能がない奴なんて、犬のクソ以下だよ」
「アハハ、辛辣~。
女将さんも言いますねぇっ」
「あんな、図体だけデカくなった悪ガキに、どれだけ迷惑かけられてるもんか。
偉そうにお客様だ何だって言うのは、未払料を片付けてからにして欲しいもんだよ」
ガマンの限界だった。
── ダァン……!と、壁を殴りつけて、立ち上がる。
命がけで魔物と戦う魔剣士相手に、無能どもが恩知らずな。
クソ女将どもへの苛立ちで、迎え酒する気にもならねえ。
俺は、嘔吐の際にこぼれた涙を片手でぬぐって、飲み屋街を後にした。
ただ、真っ直ぐに、家に帰る気にはならなかった。
昼間から酔っ払っていると、親兄妹がグダグダうるさい。
「まったく、どいつもこいつも、ムカつく事ばかり言いやがって……っ
道場やめようが、どうしようが、俺の勝手だろうがっ
クソッ、『息子に幾何かけたと思っているんだ』とか、知るかよっ」
魔剣士中級者の<巴環許し>くらいでなれる職は、街の衛兵がせいぜいだ。
領主の騎士団に入るなら、最低は<四環許し>。
貴族になりたけりゃ、<五環許し>とデカい魔物を何匹も退治するような勲功がいる。
そこまでくれば見合いだって、名家のお姫様が引く手あまただ。
俺ほどの才能なら、今頃そうなっていてもおかしくない。
むしろ、出世できてない今の方がずっと異常なのだ。
つまり、全ては、あの甘ちゃんなクソ師範と、精神や礼節だの口ばっかりな高弟の師範代ども、連中の指導が悪いからに他ならない。
いくらカネ注ぎ込んだと思ってんだ、あの三流道場め!
「俺が魔剣士でもねえ、あのクソガキに負けたのは、アイツらの指導が悪いからだ……
そうに違いねえっ
そうでもなきゃ、天才の俺が負ける訳がねぇ……っ」
二日酔いのせいか、頭にくる事ばかりが思い出される。
「こんな時は、誰かブン殴って、スカッとするに限る……っ」
ケンカといえば、鉄板の場所がある。
城壁の近く、街外れのドブ川だ。
道場OBで、男のくせに潔癖症のヤローが警邏担当の地区なので、1年で数回も巡回に来ない、穴場中の穴場だ。
ウチの道場関係者なら誰でも知ってる、ムカつくバカの処刑場。
いつの間にか、チンピラやヤクザ者まで、勝手に場所を使い始めていやがる。
「チンピラどもが居たら、そいつらに因縁つけてボコボコに……
いや、本職つかまえて、酒でもおごらせるか……?」
上手くいけば、無料で色街で遊べるかもしれない。
そう思うと、少し足取りも軽くなった。
── だから、噂の『神童コンビ』にカチ会うなんて事、欠片も想像していなかった。
2022/01/18 ボウズ頭がクズっぽくないという不具合が確認されたため、上方修正しました
あと、上下編に分かれました。