44:苦悩の妹弟子
ワタシ、エル=スペンサーが、目が覚めると翌日の朝になっていた。
荷車で寝入っている内に、<ラピス山地>の麓にある村へと戻っていた。
『姉』の遺体の処置や、色々な手続きで忙殺され、その日はすぐに暮れてしまった。
そのため、任務の報告は、夜になってから。
酒蔵の地下貯蔵庫の一角で、会議が開かれた。
その部屋に入る前に、最年長の老婆に少し声をかけられる。
老婆とは言っても、弱々しい雰囲気は欠片もない。
長身で背筋が伸びていて、元騎士団の精鋭というに相応しい壮健さ。
「お帰りエル、大仕事だったね」
「親しい相手は初めてデース……。
まだ少し精神が乱れてマース」
わずかに祖母としての声を出した師匠に、孫として答える。
「それで済んでいるんだ、上出来さ」
「はい」
しかし、部屋に入り会議が始まれば、ただの幹部と構成員の関係に戻る。
暗い地下室の中央に、大きなテーブルを一つだけ。
その周辺に、ずらりと10人近い人間が、フードを被り顔を隠したまま並ぶ。
商会に入り込んで内偵していた工作員や、村に潜む連絡員、そういった組織の者達が勢揃いしている。
「ふ~ん、結局、例の番頭は自害かい?」
師匠は報告書に目を通し、こちらに上司としての目を向けた。
『例の番頭』とは、商会に入り込んでいた神王国の工作員の事だ。
ワタシも、部下として姿勢を正して、報告する。
「はい。
商会の会頭が、説得に行ったデース。
でも途中で逃げ出して、剣帝一門に捕まったデース。
逃げ切れないと解ったら、<魔導具>を使った後、自刃デース」
「<魔導具>で戦い、剣帝の弟子に斬られたんじゃないのか?」
「いえ、自刃デース」
件の番頭は、昨日の日没間近の暗がりで<魔導具>を起動させて、ひとしきり高笑い。
── 『貴様らもこれで終わりだ! 先に地獄で待っているぞっ』
そう言い残して、毒塗りの刃で自分の胸を突いて、自害した。
工作員が捕虜にされた場合、機密保持のため自害するのは定石だ。
それにしても、見事な果てっぷりだった。
「持っていた<魔導具>は、魔物を操る特殊な魔法だったようデース」
「何ぃっ!
エル、それは本当かい!?」
「番頭が使ってすぐ、特殊な魔物が ── 鉱石食いの土鬼の大群が来たデース」
「……よく、生きて帰ったね」
師匠の声に、少しだけ祖母の情が滲む。
だが、周囲は真逆の反応。
「おお」「流石は『殺戮人形』……」「お師範の秘蔵っ子だけある」「帝室の密偵どもにも引けをとらないな」
賞賛と嫉妬が入り交じるざわめき。
ワタシは、周囲の勘違いを正すために、事実を告げる。
「最大の功績は、剣帝一門デース。
あの2人とんでもない実力者デース」
「しかし、まだ若いんだろ?」「どうせ力押しで片付く、低級の魔物だっただけさ」「上の弟子の方にいたっては、無能すぎて破門されたらしい」「なんだそれ、本当か?」「ハハッ、傑作じゃないか」「魔力のない魔剣士など、犬のクソにも劣る」「ああ、役立たずだ」「今度、村に来たら、笑ってやろう」
小馬鹿にするような声が、あちこちで漏れた。
あの窮地を立ち会ってもいない連中の、好き勝手な憶測に、少し苛立つ。
「剣帝一門は歴戦の猛者デース。
番頭やケイ姉さんの隠し持っていた『切り札』を、難なく叩き潰したデース」
「隠し持っていた『切り札』ねえ……
それはワシも気になっていた所だよ。
神王国の工作員は知らんが、用心深いあの子が無策とは思えない。
この<ラピス山地>付近を安全に移動する手段を用意していたはずだ」
「ええ、それが先ほど話した、魔物を操る<魔導具>デース。
特別な性能なので、古代の秘宝かもしれないデース
おそらく、本来は<羊頭狗>を操る装置だと思いマース」
「<羊頭狗>だと!?」「古代の魔導師が造り上げた『最悪の生物兵器』じゃないか!?」「神王国は、そんな危険な<魔導具>を!?」「バカか、周辺諸国にバレたら、最悪戦争だぞっ」
ざわめきが室内を支配する。
さすがにやかましい。
── と、最年長の老婆が、眼光鋭く一瞥した。
「静かにしな。
騒いだら、わざわざ地下貯蔵庫で会議している意味がないよ」
その迫力に、一同が押し黙った。
「剣帝の弟子たちは、遺跡に隠れた<羊頭狗>にすぐに気づき、討伐してマース。
エルが見たのは死骸で、資料で見たより一回りも二回りも大きいデース。
しかも剣帝一門は、ケガ一つもないデース」
「一回りも二回りも大きな、<羊頭狗>か……
そんなモノを護衛代わりに引き連れていたなら、<ラピス山地>だって鼻歌まじりで歩き回れるさね」
「ええ、それがケイ姉さんの『切り札』デース。
番頭が壊した<魔導具>、同じ物をケイ姉さんが持ってたデース」
ワタシはそう報告して、脇に隠し持っていた<魔導具>を、テーブルの上にのせる。
すると、周囲から息を呑む気配が伝わってくる。
── 「なに……」「そんなっ」「バカな……」、そんな呟きを漏らした者もいた。
そうだ、番頭もケイ姉さんも、同型の装置を持っていた。
という事は、この<魔導具>は古代の秘宝を元にした模倣品であり、量産されている可能性がある。
神王国は、いくらでも魔物を操れるのだ。
これを脅威と呼ばず、なんと言うのか。
師匠は、さらに別の懸念も持っていたようだ。
「マズいね……
神王国は<羊頭狗>を飼い慣らしたどころか、繁殖させてる可能性がある。
野生のそれより、一回りも二回りも大きな体格は、エサを与えて食い太らせているからだ。
<羊頭狗>の群れなんかを軍事利用されたら、打つ手がないよ」
師匠のつぶやきに、ふたたび室内がざわめく。
当然だ。
もはや、神王国の暗躍などという簡単な話ではない。
亡国の危機、そんな国家レベルの緊急事態だ。
だが、師匠が片手をあげると、すぐに収まった。
ワタシは静かになるのを待って、続きの報告をする。
「それについても、報告がありマース」
「なんだい?
まだあるのかい……?」
もう勘弁してくれ、と言わんばかりの師匠の疲れた顔。
ワタシにもその気持ちは分かる。
痛いほどに。
だが、これは伝えておかないといけない情報だ。
「剣帝の弟子からの情報提供デース。
ここから北に、『影の谷』とか『死屍の庭』とか呼ばれている森がありマース。
そこに<羊頭狗>の群れがいたそうデース」
「ほ、本当かい、それは!?
なら、神王国の連中がそこに潜んでいる ──」
「── 師匠、ちょっとまって欲しいデース。
話しは先がありマース。
剣帝一門の兄弟子の方が、すでに全滅させたそうデース」
「……は?
ゼン……メツ……?、一体何を……?」
「── その……つまり、『全て』をデース。
<羊頭狗>の群れと、神王国の工作員、その全てデース。
『ヨソの国の連中が、なんか悪い事してたらしいから、魔物退治のついでにブチのめしておいた』そうデース……」
「……す、すまん、エル。
お前が何を言っているのか、ワシにはわからないんだが……」
「アイツら、頭おかしいデース……
最初に報告した『鉱石食いの土鬼の大群』も全滅デース……
『おお、なんか一杯レアっぽい金属でてくるぞ! 最高だなこの魔物』とか言って、喜んで戦ってマース……」
ワタシ個人としては、少女にしか見えないあの兄弟子が、
『え、もう移動? なんで? まだ魔物わいてくるのに? 暴れ放題のカネ稼ぎ放題だぜ? ボーナスステージだぜ?
せっかくだから全滅させてから出発しようぜ』
と、土鬼の群と延々と戦っていた姿が、一番印象深い。
「兄弟子……おちこぼれじゃない……全然弱くないデース。
依頼の行きも帰りも、弟子2人とも、ずーと、ずーと、魔物吹っ飛ばして遊んでたデース」
「……け、剣帝は、なんだかトンでもない弟子を育てたみたいだね」
「<ラピス山地>に住んでるだけありマース……」
魔物だらけの危険地帯に住んでいる内に精神が狂った、と説明された方がまだ納得できるような、剣帝の弟子たちだった。
出来れば、二度と関わりたくない。
ちょっと精神的外傷な体験だった。
▲ ▽ ▲ ▽
ワタシが、報告を終えると、案の定の状況。
また室内が、ガヤガヤとさわがしくなる。
「おいおい」「いくら、なんでも」「そんなマユツバを聞くために集まった訳じゃない」「エル、冗談もいい加減にしなさい」「そんなバケモノ、いるわけない」
しかし、今度は、師匠が止める前に、誰かの声が響いた。
「── おい、誰がバケモノだ……っ」
ゾワッと肌が粟立つほどの、迫力を秘めた声。
── ドン!、と部屋の中央にすえられたテーブルの上に、誰かが飛び乗る。
フード付きのローブが払われる。
蝋燭の灯りに、顔が露わになる。
まるで高貴な令嬢のような品のある顔立ち。
男子だと信じられないような、たおやかな外見。
「── 剣帝一門の、兄弟子……っ!?」
ワタシの叫びが引き金となり、皆が殺到する。
全員が、第四方面隊 ── つまり国立騎士団の人間。
暗殺術すら修めた、暗部の構成員。
相手が、特級の身体強化魔法を使う魔剣士だとしても、そうそう遅れを取らない ──
── そのはずだった。
一蹴だった。
「【秘剣・三日月:参ノ太刀・水面月】」
剣技なのか、あるいは魔法なのか。
いや『チリン!』と起動音が聞こえたので、なんらかの秘術的な魔法を自力発動させたのだろう。
ともあれ、<小剣>を抜いて一振りで、全員が壁に叩き付けられていた。
── ドンッ! と壁を打つ音が済むと、一気に静かになる。
唯一立っているのは、彼の真後ろに立っていた、ワタシだけ。
いや、もう一人。
対面側で、師匠が<中剣>を構えている。
「ほう、バアさん、今のを受けたのか。
ジジイとリアちゃん以外では、初めてだな」
「ハハ……久しぶりに冷や汗かいたよ。
さっきの話しの方が100倍マシと思うくらいに、トンでもないガキだね……
一応確認しておきたいんだけど、アンタは本当に『剣帝の後継者』じゃないのかい?」
「おう、当然。
俺なんかよりも、妹弟子の方が何倍も強いしな。
才能なんて、天と地ほども差がある」
「……じょ、冗談だろ?
剣帝は、何を考えて……こんなバケモノ共を育てて……一体何を……?
……まさか、皇帝の位でも簒奪するつもりなのかい……?」
「……何を言ってんだ、バアさん?
ウチのジジイが、そんな面倒なマネするわけねーだろ。
自由気ままな老後生活をエンジョイしてるわ。
あと、なんか、死ぬ前に旅行に行って、昔戦った街を巡りたいと言ってたけど」
「じゃあ、アンタは何の用なんだい?
依頼料は、色付けて払ったから、不満を言われる筋合いはないよ?」
「ああ、そうだ。
何しに来たのか、忘れるところだった」
と、師匠と話していた、剣帝の兄弟子がこちらを向く。
「おい、お前。
エルとか言ったか?」
鋭い眼光。
厳しい戦闘訓練をうけたワタシが、竦み上がりそうになるほど。
そして、意外な言葉が発せられる。
「リアちゃんの友だちになるか、俺にブチのめされて魔物のエサになるか。
── 好きな方を選べ」
何も。
何も理解が出来ない。
生きるか死ぬかの究極の2択問題が、刃のない剣と共に、目の前に突きつけられた。
!作者注釈!
2022/11/29 聖王国 → 神王国に変更。(聖都と紛らわしいため)
特に理由のない暴力がスパイの皆さんを襲う!
あと、行商人と番頭の会話。
「カネの持ち逃げなんて、もう良いから帰ってこい。
お前に特別ボーナスでも出したと思って諦めるから!
ウチにはやっぱり、お前の腕が必要なんだ!」
「え? 実は神王国のスパイ?
潜入工作のために商会に、偽の経歴で就職していた?」
「だからどうした?
お前のような切れ者なら、経歴なんか気にせんわい。
そもそも、商人の世界にウソや偽証なんて日常茶飯事だってわかっているだろ?
いや待てよ、本職の工作員の技術か……よその商会への妨害工作に使えるな……」
「魔物を操り、護衛に……だと!?
なんと素晴らしい!
これで危険地帯も、どこでも安全だ!
スゴイ、よその商会を出し抜き、利益を独占できるぞ!」
「神王国が戦争を起こす、だと!?
おほほぉ!
いいじゃないか、戦時特需バンザイ!
わたしも、こんな辺鄙な一地方の行商人で終わるつもりはなかったんだ、絶好の商機が到来!」
「やはりお前は、ウチの商会に必要な人間だ!
わたしに幸運をもたらしてくれる!
これからも右腕として頑張ってくれないか!?」
とか、どれだけ事情をぶっちゃけてもウエルカムな姿勢で、後ろ暗い裏稼業の方がドン引き。
番頭が説得途中で逃げ出したのは、「こんなヤベー奴に付き合ってられねえ」というどっちが悪人かという解らん状況。
作中本分に入れるところなかったんで、ここに置いておきます。




