42:古代の遺跡
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
引き続き、魔物の森に逃げ込んだらしい、駆け落ちカップルを捜索中。
茂みを抜けると、小川を挟んだ向こう側に、石造りの建物がいくつも並んでいる。
「アレかな?」
「ほ、本当に、半日でここまでくるなんて……」
どうやら目的の場所に間違いなさそうだ。
ここが、行商のオッサンが以前に野営に使っていた、古代の遺跡なんだろう。
地図を見ながら、森を最短距離直行したお陰で、街道を通るのに比べて1/3くらいの移動時間でたどり着いた。
とは言っても、そろそろ夕方。
駆け落ちカップルも、夕飯の準備なんだろう。
たき火をする煙が、遺跡の一角から立ち上っている。
「よし、リアちゃん、またさっきのヤツだ」
「解りました! ブンブンですのっ」
道中で『魔物を斬るな』と禁止してただけに、ストレスが溜まっていたのだろう。
ウチの妹弟子が、凄まじい速さで針葉樹木を斬り倒していく。
刃渡り1.5mの<正剣>を持つリアちゃんは、伐採を担当。
俺のラセツ丸は、刃渡り40cmの<小剣>なんで、枝を斬ったり加工を担当。
兄妹弟子の共同作業で丸太材を作り、山の斜面を下りるための『道板』と、小川を渡る『丸太橋』を10分ちょっとで作り上げる。
(う~ん、強化魔法って土木作業や建設現場で便利だよな、きっと)
まあ、世間一般の魔剣士さん達はプライドが高いエリート戦士らしいので、こんな作業は絶対やらんだろうが。
そんな事を考えている内に、<駒>が引く荷車が遺跡までたどり着いた。
依頼人である行商のオッサンと、カタコト少女が、ペコペコと頭を下げていく。
「あ、ありがとうございますっ
これであの恩知らずの若造に、ガツンと言ってやれます!」
「エルも、お姉ちゃんと話してきますっ」
二人とも入り組んだ石造りの建物群へ、小走りで向かっていった。
「さて、ガイド終了でいいのかな?」
「……エルさんは、お姉さんを説得できるでしょうか?」
ウチの妹弟子は、珍しく道中で依頼相手と話をしていた。
年齢が近いので、馬が合ったのかもしれない。
「でも、身内のイザコザに他人が首突っ込むと、色々こじれるからな。
俺らは大人しく見守るだけにしような?」
「でもお兄様、アゼリアは心配ですの。
エルさんの、家族と一緒に居たいという気持ちは、痛いほどわかりますの。
でも、お姉さんの『好きになった人に着いていきたい』という気持ちも、大切にしてあげたいんですの」
どうやらウチの妹弟子、知らない間に恋バナに花を咲かせていたらしい。
そうよな、リアちゃんも年頃女子だしなぁ。
女の子同士、そういう話もするよなぁ。
(リアちゃんが、変な男に引っかかったら、どうしよう……)
世間知らずなお嬢様が、悪い男に騙されるとか、よく聞く話だし。
そもそも、リアちゃんのクソ母親も、そのパターンでリアちゃん産んでるわけで。
まったく有り得ないワケではない。
ああ、もしも、リアちゃんがそんな事になってしまったら ──
悪い男に騙され、捨てられ、アゼリアが泣くような事になったら ──
(ああ、いかん。
想像するだけで、ブチッと頭の血管キレそう……
もし、そんな事が現実に起きたら ──)
「── 兄ちゃん、活人剣の誓いを、破るかもしれん……っ」
「ど、どうしましたの、お兄様っ!?」
俺がポツリとつぶいやたら、リアちゃんがビクッとしてる。
なんでもないよ、と片手を振って誤魔化す。
我ながら恥ずかしい兄バカっぷりが、ちょっと漏れただけ。
もし聞こえても、聞き流してね?
あと、後ろの小川で、バシャバシャバシャ……って魚が跳ね出した。
え、何?
ひょっとして、俺が気がつかないウチに、デカい魔物でも近づいてきたりした?
▲ ▽ ▲ ▽
さて、ガチでデカい魔物がいた。
ヒマつぶしに遺跡をウロウロしていると、本当に魔物に遭遇した。
「お、この前、見たヤツだ」
「アレなんですの、お兄様?
わたくし、初めてみましたわ」
クマぐらいのデカさで、ゴリラみたな体格をした、ヤギか羊みたいな頭の外骨獣。
「確か、<羊頭狗>とか言ってたな。
なんか『古代の魔導文明の時に作られた生物兵器』とかなんとか」
「なんだかスゴそうですわ……」
「いや、全然。
外骨の防御がウザいけど、離れて『三日月』撃ってるだけで完封できる」
「リアもやってみたいですわ!」
「いいよいいいよ。
俺、この前だいぶんアイツ斬ったから、リアちゃんに譲る」
「まずブンブンして、強さを試しますのっ」
そう言うが早いか、リアちゃんは腕輪をスイッチオン。
ジジイ秘伝の身体強化魔法【五行剣:火】が『カン!』と発動する。
超スピードで突進し、魔物を追いかけ始める。
キャッキャッ、キャッキャッと、楽しそうに<正剣>を撃ち込む妹弟子。
それを尻目に、俺は夕飯の準備に取りかかる。
それから10分も経っただろうか。
丁度、即席の肉入りスープが温まった頃に、妹弟子が駆け寄ってきた。
「お兄様、お兄様!
見てくださいまし!
アゼリアは、剣術だけで倒しましたわっ」
言われて見れば、潰れたカエルみたいな体勢で死んでる<羊頭狗>が1匹。
外骨獣は、頭や胴体のような急所を硬い外骨格の鎧で守られているから、それ以外の部位から攻めないといけない。
手足を切り落とされ、動きが鈍った所で、アゴの下からノドを突いて絶命。
見た感じ、そんな倒し方のようだ。
「うん、さすがは『剣帝』様の後継者。
わざわざ難しい方法で倒すなんて、えらいぞ?」
俺は、褒めて欲しそうにする銀髪頭をなでる。
そのついでに、リアちゃんの小鼻横についた返り血をぬぐってあげる。
「あれ、アッチは斬らなかったの?」
俺が指差したのは、袋小路の壁に張り付いている、もう一匹の<羊頭狗>。
リアちゃんが討伐した1匹目に比べると、だいぶん体格が小さい。
さっきのがクマ並だったのに対して、こっちは人間の大人よりちょっと小柄なくらい。
それに加えて、二足歩行で『抜き足差し足忍び足』と、ソロソロ逃げようとしている動作とか、妙に人間くさい。
「アレも<羊頭狗>でしたの?
色も違うので、別の種類かと思いましたわ」
確かに、さっきの黒い毛色に対して、こっちは白ベースのブチ柄だ。
尻尾がしなびれて、股の間に入っているのが、なんだかビビった小犬みたいで、ちょっと面白い。
「あ、なんか黄昏れはじめた……」
チビな魔物は、虚空を見上げて、ぼんやりとし始める。
なんだか『ああ、俺ここで死ぬのか……』と感傷に浸っている人間みたいな動作だ。
「なんだか、人間みたいな魔物ですわね……」
妹弟子と、スープをすすりながら、しばらく観察する。
(そういえば、夜の森でブチのめした連中が、何か言ってたな……)
『古代の魔導師がつくった、最悪の生物兵器』だっけ?
あの金髪貴公子も『知能の高さが厄介な魔物』とか言ってたな。
(それじゃあ、今は無害かもしれんが、後々、面倒になるとアレだ。
とりあえず、始末しておくか……)
俺がそう心に決め、立ち上がろうとすると、
── 『イヤァァァ、お姉ちゃ~~ん!』
そんな悲鳴が木霊してくる。
「今のはっ!」
「エルさんの声ですのっ」
スープの器を放り出し、リアちゃんと慌てて駆け出す。
悲痛な泣き声が響いてくる方向を目指しながら、遺跡を探索。
「こっちか!?」
石造りの建物で、あまり崩壊してない一棟。
屋根の無事なそこで、キャンプするつもりだったのか、寝床がわりのシーツが敷いてある。
「お姉ちゃん、どうして! どうしてぇ!」
その横で、カタコト少女エルが、お姉さんの死体を抱いて泣いていた。




