41:サメ皮奇譚
<翡翠領>の冒険者ギルドは、今日も盛況だった。
素材の売り買い窓口で、受付嬢がお金の精算をしていた。
「はい、確かに。
── では、こちらが商品になります」
「ええ、毎度。
しかし、<翡翠領>の冒険者は素晴らしいですね。
わたしも行商であちこち回っていますが、感心しますよ」
取引先の商会の人間に言われて、受付嬢は顔を上げた。
「そうですか、普通でしょ?
別にお世辞なんて……」
「いえいえ、お世辞抜きに格別ですよ!
特にサメ皮の品質なんて、最高級と言っていいでしょう。
見て下さい、さっき買い取ったこのサメ皮なんて、ほとんど傷が付いていないんですよ?
一撃で仕留めないと、こんなキレイな状態になりません。
他所じゃ滅多と出回らない上物が、ここでは揃っている。
冒険者の質 ── 特に狩りの腕がいい証拠ですね」
商会の人間は、やや興奮気味に語る。
だが、受付嬢は冷淡で事務的な対応。
「そうですか?
── はい、こちらが領収書です」
「ああ、すみません。
それではまた、ご贔屓に」
「ええ、ありがとうございました」
受付嬢は商会の人間を見送り、姿が見えなくなってポツリと漏らす。
「……冒険者なんて、ただの荒くれ者。
どこの街でも、そう変わらないでしょうに……」
すると、別の窓口から声がかかる。
常連の冒険者だ。
ヒゲ面の中年男が、手招きしていた。
「ようカーサちゃん、ちょっといいかい。
依頼の手続きをしたいんだが」
「ハァ……
マルコムさん、またですか」
馴れ馴れしい中年男に、受付嬢は辟易として応える。
「そんな顔するなよ、カーサちゃ~ん。
依頼の受け付けもギルドの重要な仕事だぜぇ?」
嫌がれば嫌がるほど喜ぶのだ、この手の輩は。
受付嬢は、ともかく用件を済ませてしまおうと、男の元へと向かう。
「でも、またアレなんでしょ?
<ラピス山地>の周りで素材集め」
「お、解ってるじゃん?」
受付嬢の不評に構わず、中年男は申請書類を書き始まる。
その図太い態度に、潔癖そうな受付嬢は白い目を向ける。
「もぅ、山岳ガイドの依頼の手紙を出すだけでも、大変なんですからね?
配達業者も<ラピス山地>の近くってだけで、グチグチ言ってくるんですよ」
「じゃあ、この際<ラピス山地>にギルド出張所でも作れば?」
「── 冗談じゃありません!
なんでわたし達ギルド職員が、あんな危ない場所に!
貴方たち冒険者みたいな、無謀が服着て歩いている人種と一緒にしないでくださいっ」
中年冒険者のからかうような言葉に、受付嬢は血相をかえて噛み付く。
しかし、中年冒険者は軽く受けながし、話しながら書類を書き続ける。
「ハハハ、相変わらずキツいな、カーサちゃん。
まあ、そこが魅力なんだけど。
でも、<ラピス山地>だったら大丈夫、剣帝さまの所の子たちが助けてくれるよ」
「冗談もいい加減にしてください。
いくら剣帝様のお弟子さんとはいえ、まだ子供でしょ?
頼りになる訳ないじゃないですか」
受付嬢はグチグチと文句を言いながら、差し出された申請書類を確認する。
「いやいや、それがあながち冗談でもないんだぜ?」
「ハァ……?」
眉をひそめる受付嬢に、中年男はニヤニヤと悪戯でもするような顔で語り始めた。
▲ ▽ ▲ ▽
あれは、春先だったかな。
剣帝様が腰を痛めたらしくて、ガイドができなくなったんだ。
その代わりに、お弟子さん2人がやってきてよ。
まあ、正直、不満だった。
いくら弟子が2人って言っても、まだ若い。
いや、ハッキリ言えば、まだまだガキだ。
背もこんなんだしな。
お弟子さんが何人きても、剣帝様の代わりが務まるわけがない。
だが、わざわざ<ラピス山地>までやってきたのに、手ぶらで帰る訳にもいかない。
<駒>や荷車を借り上げるのも、無料じゃないしな。
ウチのパーティの連中もしぶしぶ、やむをえなく、って感じだ。
気にくわねえ所があれば、それを理由に依頼料を踏み倒してやろうかと思ってたくらいだ。
しかし、悪い事ってのは重なるもんでな。
いわゆる『偏り』ってヤツだろうな。
博打と一緒だ。
大勝ちする時もあれば、身ぐるみ剥がされる時もある。
幸運も不幸も、大体、まとめてやってきやがる。
その日も『偏り』の日だったんだろうな。
つまり、『身ぐるみ剥がされる』ような最悪の日だ。
ウチの斥候が、とんでもないヤツを見付けやがった。
「── フォ、<濃霧潜顎>だと!?」
「う、ウソでしょ! 脅威力5のバケモノ陸鮫じゃない!?」
「十中八九、間違いない……っ
この先に広がる濃霧、魔力が濃すぎる。
とても自然現象ではない」
その報告を聞いて、パーティはハチの群れに襲われたみたいな、大騒ぎさ。
「どうするんじゃ、リーダー?
今回の探索は、素材を持って帰るため、備品は最小限で来ておる。
大型魔物対策の武装なんて、なんも持ってきとらん」
「そうだな……魔法使い組はどうだ?」
「一応こっちは、上級魔法の<長導杖>が2本あるよ。
でもね、セットしてる<刻印廻環>は雷撃と凍結だ」
「雷撃と凍結か」
「どちらも、霧を操る魔物には相性が悪いさね」
「土属性か風属性 ── せめて火属性なら、まだ勝ち目があったんだけどね……。
ごめん、みんな」
── 詰まるところ、打つ手なし。
空気が死んだ。
全員、顔を引きつらせて、コソコソ話。
まるで、葬式だ。
そりゃあ確かに、<ラピス山地>は<アルビオン山脈>に繋がっている。
その先じゃあ、地獄の門が口をあけて涎をたらし、マヌケが迷い込むのを待ってやがる。
そう、現世の地獄<ヴィオーラ巨大樹林>。
別名『巨人の箱庭』。
知識としては、知っていた。
だが、その本当の意味を分かっていなかった。
地獄に住む巨大なバケモノが這い出てくるなんて、予想さえしていなかった。
近くの村の連中が、絶対に立ち入るなって口酸っぱくするはずだぜ。
危険地帯に慣れて、甘く見て、心のどっかで舐めてた。
まったく、冒険者失格だぜ。
「どうする、リーダー」
「どうするもこうするも、お前……」
「なんとか、剣帝様の山小屋まで逃げ込めれば……あるいは」
「バカ、どれだけ離れてるって思ってんだよ」
「荷物を捨てて、全力で走れば」
「ハデに動くと、魔物を刺激するぞ」
「だけど、隠れていても時間の問題よ。あの霧は魔物の鼻の代わりなんだから」
「つまり、あの霧の中に入ったら最後、バケモノ鮫が襲いかかってくるのか」
「クソ…… どうにもなんないのかよっ」
俺らは棺桶に入れられるのを待つだけ。
いや、むしろ棺桶に入れる部分が残れば御の字か?
そんな気まずい沈黙に気づいたのか、お弟子さん2人が近寄ってきた。
「え、お客さん達、もう魔物は狩らないんですか?」
まだガキだから、訳が解ってないんだろう。
仲間もみんな、そう思っただろうよ。
お弟子さんは2人とも、見た目こそ華奢な子供だしな。
「ああ、それどころじゃ無くなってな」
「大変申し訳ないが、狩りは一旦切り上げる事にした」
「ごめんね、ガイドさん達。 せっかく来てくれたのに」
「もうちょっと、君らと話しておけばよかったな」
「そうだな、剣帝様の意外な素顔とか、面白い話が聞けたかもな」
「達者でな、子供達」
剣帝様には、恩がある。
せめて、お弟子さん2人だけは、逃がさないといけねえ。
それに俺らは、くさってもA級の冒険者パーティだ。
みっともない死に様だけは、晒せない。
みんな、腹をくくった。
遺言のつもりだったんだろう。
そういう顔をしていた。
俺らがそんなツラしてたのに、お弟子さん2人は呑気なもんさ。
近所を散歩しているようなノホホンとした感じ。
いや、考えてみれば、あの子たちにしたら、本当にそうなんだよな。
ただ近所を散歩しているだけなんで、何も間違ってはいないんだが。
「どうしましたの、お兄様?」
「ん~……
なんか、お客さん達、別に用事ができたみたい。
素材集めは、切り上げるって」
「で、では、お兄様っ
いいのですか!?」
「ああ、リアちゃん。
アレ、もらっていいみたい」
「じゃあ競争ですのよ、お兄様!
── 3、2、1、ゼロ!」
「おっし、負けねーぞ!」
急に、2人とも剣を抜いて、スゲー勢いで突っ走って行った。
先に広がる、濃霧の方へ。
つまり、バケモノ陸鮫の方にだ!
止める間もなかったよ。
── え、一目散に逃げたんじゃないか、って?
わざわざヤベー魔物の方に向かってか?
そんな斬新な撤退の仕方、今まで聞いた事もねえぜ。
ともかく、だ。
剣帝様のところのお弟子さん2人は、濃霧の立ちこめる森へと突っ込んでいった。
「は?」「え?」「何?」「あの子ら、何で突っ込んで行ったの?」「お、おい、止めなくていいのかよ」「止めるってお前」「うそでしょ……」「もう、追いつけねえぞ」「なんじゃ、あの子らは!」「ど、どうしたらいいの、この状況」
俺らは大人は、もうどうして良いのかわかんねー。
ボーと見てるしかなかった、恥ずかしながら。
その内、ズバズバとか、グギャァとか、スゲー音がしてくるの。
2~3分すると、霧の中から何か飛び出てきた。
カーサちゃん、何だと思う?
── いや、血まみれの子供は無いわ。
そんな状況だったら、今頃、俺、笑いながら話せねーよ。
血まみれの魔物だよ。
例のバケモノ陸鮫、<濃霧潜顎>。
その図体といえば、もう山小屋どころの騒ぎじゃねえぜ。
この冒険者ギルドの大広間が全部埋まっちまうくらいの、超大物だ。
ウソじゃねえって。
本当にそのくらいデカかったんだって。
それを追っかけて、お弟子さん2人も霧の中から飛び出てくるし。
「ああ、逃げましたの!
リアがとどめを狙ってましたのにぃ!」
「思った以上に大物だ!
アイツ、フカヒレにしたら何人分あるかなっ」
「でもお兄様。
あんなに大きいと、きっと大味で美味しくないですわ」
「いや、食ってみないとわかんねーぜ?
おい、デカいサメ!
逃げるな、ヒレよこせ!
フカヒレだけでも置いてけ!」
「そもそも、アレ本当にサメですの?」
「いや、アレ、デカいけどサメだろ?
なあ、陸鮫だろ、お前!
ヒレ置いてけ、なあ!
鮫ヒレだっ
鮫ヒレだろうっ?
なあ鮫ヒレだよな、お前!?」
そんな訳のわからん話をしながら、疾風のように走り去って行った。
俺らなんてもう、完全に蚊帳の外。
雁首揃えてポカンとしてるしかなかった。
「おいおいおい」「今、追いかけてったぞ……」「だな」「え? 陸鮫の方が、逃げていったのか?」「まさか、子供から逃げてる……」「うそでしょ?」「俺、昨日、ちょっと呑みすぎた?」「なんじゃ、あの子らは!」「ど、どうしたらいいの、この状況」
そういうしている内に、木が震えるようなドデカい断末魔が響いてきた訳だ。
▲ ▽ ▲ ▽
「よくよく考えてみれば、当たり前なんだよな。
あの剣帝様が、『自分の代わりに行ってこい』って言った訳だ。
つまり、そういう事。
お弟子さん2人がいれば、剣帝様の代わりが務まるって事なんだよな」
中年冒険者は訳知り顔で語るが、受付嬢は胡散臭いと目を細める。
「何をいい加減な事を……
その子達なら私も会った事があります。
まだ十代前半くらいの、こんな背丈の子供ですよ?」
「ああ、それが俺たちが束になったより強いんだからな。
全く、『剣帝流』はおっかねえぜ」
「……なんだか、怪談でも聞かされたような気分です」
「ハッハッハッ うちのパーティでも、しばらく流行ったからな。
『ヒレ置いてけ』『なあ、サメだろ、お前』『フカヒレ置いてけー』ってな」
「……私の事、バカにしてます?」
「まあ、実際見ないと信じられないのは解るさ。
だからこそ、是非ギルドの派出所を<ラピス山地>に ── 」
「── 絶対に、イヤです!」
ピシャリと言い放ち、ヒマを持て余して受付嬢をからかう中年男を追い払う。
「子供をネタに人をからかうなんて……
そんなにヒマなら、魔物の一匹でも狩ってくればいいのに……」
受付嬢はウンザリと、ため息。
そして、出された依頼の申請書を再度確認し、またため息。
「また、処理の面倒な依頼が……
もう、最近、山岳ガイドの依頼が多過ぎでしょ……
月に何回、<ラピス山地>行きの手紙を送らなきゃいけないのよ。
『あんな危険地帯に頻繁に行かされるのなら、ウチも特別料金でもいただかないと』とか配達業者には言われるし……」
受付嬢は、グチグチと言いながら処理を始める。
そして、ふと、先ほどのやり取りを思い出した。
中年冒険者ではない、その前の客の方だ。
── 特にサメ皮の品質は最高級と言っていいでしょう
── 一撃で仕留めないと、こんなキレイな状態になりません
── 冒険者の質、特に狩りの腕がいい証拠ですね
なんだか、そんな事を言っていた気がする。
「まさか、ね……」
剣帝様の弟子が、よくサメの皮を売りに来てたな ──
── そんな事を思い出すと、何故か受付嬢の額に、冷たい汗が流れた。
!作者注!
この作品にはオマージュ要素が含まれます。
あと、今回の冒険者は7~8話の人達とは別パーティです。




