39:駆け落ち騒動
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
今日もジジイの代わりに、リアちゃんと二人で山岳ガイドのお仕事。
<ラピス山地>の中腹にある家(山小屋)から下り、麓の村に来ていた。
「お姉さんが攫われた ── ですか?」
依頼人は、村の酒蔵(村長の家よりデカい!?)に納品中だった行商のオッサン。
そんな豪邸な酒屋さんの応接間を借りて、くわしい話を聞いている最中だ。
「いえいえ、違います違いますっ
カケオチ、駆け落ちですよっ」
恰幅のいい行商人は、慌てて手を否定の方に振る。
さらには、人聞きの悪い、とちょっとムッとした顔。
しかし、その横の席に座っていた娘さんが、目を三角に吊り上げた。
「うそデース!
お姉ちゃんが、あんな根暗にホれる訳ないデース!
変態ムッツリ野郎にサラわれたに、決まってマース!」
メガネで、栗色の髪で、小麦色の肌の少女は、カタコトっぽい口調で反論。
すると商人のオッサンは、頑固に言い張る思春期の少女へ、ジト目を向ける。
「いや、しかしねえ。
行商の道中で、ウチの番頭と何回も逢い引きしてたし……っ」
「まだ言うか、このオタンコナス!
お姉ちゃんへの侮辱、許しまセーン!」
メガネのカタコト少女が、野良ネコみたいに栗色髪を逆立てて、商人に飛びかかった。
首を絞められるオッサンの顔が、どんどん紫になっていく。
「グェッ……く、くるし、い……っ」
「── ちょっと貴女、やり過ぎですわ!」
慌てたリアちゃんが、カタコト少女の後ろに回って羽交い締めでストップ。
「お、お姉ちゃんが、エルを置いて、どこかに行く訳ないデース!
エルとお姉ちゃんは、二人っきりの家族なんデース!」
「どうどう、ですわ。
少し落ち着くといいですわ」
「……ゲフ! ……エフ!
このぉ……っ、ジャジャ馬娘め……っ」
「……大丈夫ですか?」
俺は、ゼーセーいってる行商のオッサンの背中をなでる。
「きっと悪い男に、ダマされてるだけデース!
お姉ちゃんをバカにするな、デース!」
リアちゃんに抑えられても、まだジタバタしているカタコト少女。
このまま放っておいたら、いつまでも話が進みそうにないので、俺が話をまとめて先を促す。
「── ともかく、お話を整理すると。
昨日の朝から、商会の番頭さんと、エルさんのお姉さん、そのお二人の姿が見えないんですね?」
「ええ、その通りです。
これだから行商隊によそ者を入れたくなかったんですが……」
行商のオッサンはうんざりとばかりに、ため息。
すると、カタコト少女の叫びがキンキンと響く。
「なにが言いたいデース!
エル達が悪いと言うんデースかぁ!?」
(……マジうるせーな。
いい加減、俺も聞いていて疲れてきた……)
▲ ▽ ▲ ▽
なんでも、この行商のオッサンは、この辺りの地方(帝国東北部)を定期的に巡業している行商隊の一員との事。
最近は北の隣国にも船でまわり、海運貿易までしているらしく、その際にカタコト少女とそのお姉さんに会ったらしい。
両親が亡くなったので、隣の村 ── この麓の村 ── の親類に身を寄せる事になった、若い姉妹2人。
しかし、『隣の村』とは言っても、国境を挟んだ向こう側。
しかも、<ラピス山地>周辺は魔物が ── 『人食いの怪物』がゾロゾロ居る危険地帯。
少女2人だけで旅をするのは危険すぎる。
『行商隊に同行させて欲しい』と、北の国の漁村の村長に頼み込まれたそうだ。
行商隊も、最初は『足手まといだ』と渋ったらしいが、『身寄りのない子供を放り出すのもどうか』という事で議論になり、最終的に護衛費用を負担する条件で同行を認めたらしい。
貿易船で国境を越え、<ラピス山地>周辺まで陸路で、なんとか無事に越してきた。
旅程2週間かけて、この麓の村に着いたのが、一昨日の事。
しかし、せっかく親類のいる村についたのに、翌日(つまり昨日)の朝にはお姉さんの姿がない。
その上、オッサンの商会の若い番頭さんも、姿をくらましている。
さらには、商会の資金の一部もなくなっている。
── つまり、『若い二人が駆け落ちして、そのついでに商会の金を持ち逃げしたのでは?』という事でトラブルになっているらしい。
そのため、唯一の肉親に置いて行かれたカタコト少女は、パニクって若干ヒステリー気味。
昨夜は眠れなかったのか、目元を泣き腫らしている。
「── なんですか、その態度はぁ!?
エル達は、アナタ達のお客様デースっ」
「……客は客でも、招かれざる客ですよ」
情けをかけたら裏切られた、みたいな状況の行商のオッサンは苦い顔。
「で、でも!
ちゃんとお金払ってマース!!」
「お金を払えばいいとか、既にそんな問題じゃないでしょう?
それに、大したお代はいただいていません、赤字も良いところですよ」
さっきから、ちょっと話す度に、こうだ。
ワーワーギャーギャー、話がすすまない。
仕方ないので、俺が口出し、話を仕切る事にした。
「まあ取りあえず、依頼の内容は『姿をくらました男女2人を探す』って事でいいんですね。
しかし、聞けば聞くほど『山岳ガイド』より『冒険者』の仕事のような……」
前世ニッポンなら、人捜しとか探偵の仕事だな。
つまり何でも屋案件 ── この世界では『冒険者』 = 『何でも屋』なワケである。
「ええ、そうですね。
しかし、他の場所ならともかく<ラピス山地>周辺となると、不慣れな者ではどうにもなりません。
行商隊の護衛達も、海賊や山賊も怖れない屈強な連中ですが……
それがこの辺りでは、街道を外れるのも嫌がるくらいですから」
行商のオッサンは苦笑い。
事件が昨日の朝に事態発覚してから、護衛の人達と『探しに行く・行かない』と随分と揉めたらしい。
お陰で、呼び出された俺とリアちゃんの登場に、
『あんな子供たちが』『本当かよ?』『悪い冗談だ』『魔物のエサになるだけだぞ』
みたいなザワザワ噂された。
(テメーら、ウチのリアちゃん貶めてんのか!?
『剣帝』様の後継者な、ウルトラスーパー超天才児だぞ、ヲオォォンっ!?)
とか、因縁でも付けてやろうか、とすら思った。
でも、まあ、仕方ない反応でもある。
そんな風に『とても女子供が行けないヤベー場所』って思われてるからこそ『山岳ガイド』なんて微妙な仕事でも儲かるワケなんで。
「……しかし、駆け落ち ──
── いや、商会のカネを持ち逃げって言っても、麓の村からドコへ?」
ちょっと疑問に思ったので、訊いてみる。
<ラピス山地>の周辺には村がいくつか有るけど、どこも距離が離れていて、人の足じゃ数日かかる。
護衛がいて装備のそろっている行商隊ならともかく、人間2人くらいで野宿とか魔物のエサになるだけだ。
運良く他の村まで逃げのびたとしても、結局は横領罪とかで官警に捕まるだけ。
あんまりに場当たり的な行動すぎて、意味がわからない。
「……実は、心当たりのある場所が一つ。
昔、陸路で北の隣国と貿易をしていた時に使っていた行程の途中に、古代の遺跡がありましてね」
「古代の、遺跡……?」
「ええ、廃墟とは思えないような頑丈な建物が残っているので、野営には丁度良いのですが。
しかし<ラピス山地>にかなり近づくという事で、この辺りの村の住民でもめったに近寄らない、そんな場所なんですよ」
え、マジ!?
そんないかにもファンタジーなステキ地点が、この辺りにあったの?
隠し部屋とか、地下ダンジョンとか、伝説の武器的な希少なアイテムとか ──
── もしかして、そういうロマンが遺跡の中にあったりしちゃったり!?
「そこで野宿して、北の隣国へ抜けるつもりではないかと。
国境さえ抜けてしまえば、大抵の罪は『お咎め無し』ですから。
あとは、元の漁村に戻るのは無理でしょうけど、どこかの村にでも逃げ込む算段なのでは……」
前世の世界みたいに、国と国と行き来が簡単にできないから、その手もありか。
よっぽどの重罪人でもなければ、他の国から身柄引き渡しとか、手間のかかる事をいちいちヤらんだろうし。
── まあ、そんなクソ下らん犯罪逃亡劇よりも、ロマンあふれる古代の遺跡だ!
「いやー、それは大変だなぁー。
さっそく探しに行かないと、日が暮れたら魔物があぶない!
若い二人の尊い人命にかかわる、緊急事態だ!
商会のお金も心配だし!
ああ、大変だなー、すぐに行かなきゃ(棒読みセリフ)」
という訳で、二つ返事で引き受けた俺。
「……なんだか、お兄様がワクワクしてますの」
妹弟子には、あっさり見抜かれたみたいだが。
まあ、付き合い長いからね、仕方ないね。
!作者注釈!
この作品にはオマージュ要素が含まれています。




