36:青ざめたチカラ
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
「なんだ、アイツらは!?」
「ガ、<羊頭狗>だぞ!?
『王子』がいないとはいえ、<羊頭狗>の群れだぞ!?」
「こ『古代の魔導師』が造り上げた『最悪の生物兵器』が、あんなに簡単に!?」
「おのれ、皇帝の密偵どもめ! どこまでも邪魔をしてくれるっ」
アホだろう、コイツら。
ワーワー騒ぎながら、逃げんな。
俺と貴公子は、森を走りながら、顔を合わせてため息。
(いくらなんでも、追いかけやすすぎる。
もしかして、罠とか囮とか……?)
念のため、【序の四段目・風鈴眼】で周囲を確認。
うん、さっきの、なんか魔法?<魔導具>?使ったヤツが、やっぱり居るな。
うん、囮じゃないのは間違いないっぽい。
「クソっ クソっ もう追いついてくるっ」
「<羊頭狗>ども行け! 足止めしてこい!」
「バカか貴様っ!? 魔物の森で<羊頭狗>を離れさせるなんてっ」
「う、うるさい、追いつかれるんだぞ! それにあと少しで、隠れ家にぃっ!」
あ! ようしょくの ガクが とびだしてきた!
しかも、初手から3匹そろって魔法攻撃!
敵出現の直後に強襲攻撃とはやってくれる。
古いRPGの黒歴史『敵の一方的攻撃』かよ!?
案の定、ヒョロい金髪貴公子は、迎撃か回避か迷っている様子。
「チッ ──」
しかし貴公子が何かするより早く、俺が敵の眼前へ飛び出した。
「しゃらくせい!!」
右手・左手・あと舌先で、【衝撃角】を発動。
ほらあれだ、衝撃波の魔法、魔法同士ぶつけて盾代わりになるヤツ。
ブオォォン!という爆炎放射と、ドンッ!という衝撃波がぶつかり合った。
辺り一面に、白い煙が立ちこめる。
俺はそれに突撃して、真ん中のアホ面で硬直している(ビックリしたんだろう)魔物の口に模造剣を突っ込む!
「── 【秘剣・三日月:弐ノ太刀・禍ツ月】っ!」
ドリル三日月がギュワワワワンッ!と、魔物の頭を吹っ飛ばす。
「はぁっ!!」
右の一匹は、貴公子が空中スピン回転から繰り出す大斬撃で、胴を真っ二つ。
なんかコイツも、吹っ切れてきたのか、魔物の戦いになれただけなのか、攻撃の思い切りが良くなってきたな。
魔法が使えない局面なので、魔法&剣の二刀流チマチマ戦法ができないから、戦法を切り替えただけかもしれないが。
残る左の1匹は、俺が【序の三段目・払い】で吹っ飛ばした。
吹っ飛ばしたが ──
── 『め、めぇ……えぇ……っ?』
なんか、やたら情けない声。
(あれぇ~? 人間……じゃないよなぁ、魔物だったよなぁ……)
全身タイツの大人くらいの、妙に貧弱なヤツだった。
一瞬、本当に着グルミの人間かと思って、うっかり手加減してしまったくらいだ。
どうしよう……
一応、止め刺した方がいいのか?
それとも、実害なさそうだから放っておくか?
(『最悪の生物兵器』とか言ってたのが気になるが……
まあ、いいか……)
そんな事を自分に言い聞かせてウンウン肯いて、また追跡開始。
▲ ▽ ▲ ▽
「まさか、一瞬で全滅か!?」
「クソっ、まとめて一蹴しやがった!」
「足止めどころか、全然もたないじゃないかっ」
敵の悲鳴混じりの泣き言。
声からして、あまり先に行ってない。
身体強化の猛ダッシュをしたら、すぐに追いつきそうな位置。
それを貴公子も思ったんだろ、一歩前に出て【特級・身体強化】の腕輪をスイッチオン。
「よし、それじゃあ、僕が ──」
「── 伏せろ!」
貴公子が前のめりになった瞬間、俺は異常を察知!
まずは上!
「【秘剣・陰牢】! ──」
大木の間に仕掛けられていた原始的罠 ── 落ちてくる大網を『設置型斬撃』で寸断する。
次は、周囲!
襲ってくるのは、黒づくめ4人!
「シャアァァ!」「くたばれ!!」「はぁぁ!」「せいや!」
「── からの!
【秘剣・木枯:弐ノ太刀・旋風】っ!」
回転しながらの対空技で、ズドドド!とマシンガン突き。
闇からの包囲&強襲を、全て返り討ちにした。
「やはり、一筋縄ではいかんか」
── ででっでっでっでっ・でぇ~ん!
── ちょうせんしゃ あらわるっ!?
ボス格が、ついに参戦!!
黒づくめの中で、一番剣術Lv高そうなヤツが待ち構えていた。
▲ ▽ ▲ ▽
「今までにない、使い手が2人も……
帝室の密偵も、ついに万能札を切ってきた、という事かっ」
ボスは忌々しく吐き捨てながら、<中剣>を構える。
少しして『カン!』と音が鳴り、腕輪型<魔導具>が身体強化の魔法を起動。
それを見て、隣の貴公子が忠告の声だけ寄越してくる。
「特級の身体強化魔法……
帝国とは若干違うけど、おそらくは『疾駆型』」
「それは厄介だな……っ」
このボス格の黒づくめ、なかなか手強そう。
剣気とか、闘気とか、そういう凄みがにじみ出ている。
剣術Lv40以上は、あるのかもしれない。
俺と貴公子の即興コンビネーションでも、防御に徹すれば捌き切りそうな雰囲気を出している。
そんな対峙をしているウチに、ドタバタと研究者らしき男達が遠ざかっていく。
「い、今の内にぃっ」
「あー、はー、はー、もう限界だっ」
「くそっ なぜ我々、選ばれし血がこんな、薄汚れた事を」
「口を動かすひまがあったら、足を動かせっ」
「── チィ……っ」
俺は舌打ちして、模造剣を構える。
「貴公子、俺『は』行くっ」
果たして、この短いメッセージは伝わったのか。
それを確認する前に、俺は地面を蹴る。
背中に強化魔法の魔法陣を付けて、黒づくめボス格へ襲いかかる!
「フン、焦れたか。
まだ若いな……っ」
黒づくめボス格は、余裕の笑みと共に、ギリギリに躱して、同時に胴薙ぎ。
攻防一体のカウンターが、俺の胴体に炸裂!!
「むぅ……っ」
しかし、ボス格はカウンター攻撃の最中で、慌てて地面を転がり、離脱。
手応えで察知したのか、そもそも何か感じる所があったのか ──
── 途端、ドォン!!と衝撃波!
「【遠隔起動】……っ」
俺の本体は、【秘剣・速翼:四ノ太刀・夜鳥】で木々の上を飛びながら、幻像に仕掛けていた【撃衝角】を発動させたのだ。
(しかし今のを、間一髪でかわされた、か?
腕前以上に、経験値というか、場数踏んでいるというか……
勝負感が鋭くて、なかなか厄介だな)
そのまま高度を下げ、逃げる研究員たちの方を走って追いかける。
すると、後方から、俺の狙いを察知していたらしい貴公子の声。
「── 追わないの?」
「……結果は同じだ。
全ては計算の内、ウチの部下が連中を逃すさ」
「大した自信だね?」
「いや、逆だ。
天下の<天剣流>が直系 ── それも当主候補に背後を許すほど、自惚れてはない。
帝室親衛隊の調査班が、屈指の機関員!
その腕前を、見せて貰おうか!」
「そんなに評価してもらっているなんて、光栄だね。
── ただ、彼を甘く見ているなら、後悔するよ?」
「貴様の相棒が使い手なのは ──
── ……ん?……『彼』?
……おい……まさか『アレ』……男なのか……?」
「そう、らしいよ、一応……」
「おい、正直、今夜一番の衝撃だぞ……っ」
「……僕も、昨日から、5回くらい性別を疑っている。
でも、骨格を見ると、確かに男性っぽくて……
だから、気持ちは分かる……」
「……社交界に放り込んだら、男が殺到しそうな、あの見た目で?
── いや待て、本当に『付いてる』のか、アレで?」
「……本人にその気はないんだろうけどさ。
可憐な見た目と、豪快な言動のギャップが効いてるんだよね……」
「破天荒なお嬢様か……ふむ。
世間知らずの御曹司が入れ食いになりそうだな……
ハニートラップ要員としてほしいな、アレ……」
ブ チ コ ロ す ぞ 、 お 前 ら !?
誰がお嬢様だコラ!
リアル破天荒なお嬢様はリアちゃんの方だぞ!
走って戻って、『物的証拠』見せたろうか!?
いや、そんな事しているヒマはないんだけど!
え~い、クソ!
後でまとめてブチ転がしましてよ、貴男たち!?
▲ ▽ ▲ ▽
そんな背後のグダグダ会話に聞き耳たてていたのが、悪かったのだろうか。
「逃げられたか……」
半分、取り逃がした。
残念無念。
5人の研究者っぽい男と、兵士が1人。
うち3人は『離陸』に間に合った。
魔物の巨大鳥に乗って逃げようとする寸前で、【秘剣・速翼】で巨大鳥の首をたたき切ってやった。
その背中に乗ってた研究者3人は、高さ5mくらいから墜落して、ウンウン呻いている。
「た、たまごが……長年の結晶がぁ……── ギャァッ」
一番無事そうな痩身メガネが、何かわめいてるので、蹴っとばして昏倒。
八つ当たりじゃないよ?
魔物を飼い慣らしているようなヤベえ連中だから、無力化しているだけ。
「── クソが!」
敵の残り3人は、既に空のかなた。
飼い慣らしていた巨大な鳥系魔物は、大の大人3人乗せても、中々のスピードで飛び去っていた。
残りが若手ばかりなので、研究者の主任を逃がされたっぽい。
(── ああ、これはダメなパターンだな……)
任務失敗パターン。
ゲームでいうと、2周目で頑張りましょう。
イベントに関係するヒロインのバッドエンド要因が成立。
なんだかんだで、禁断のヤバい研究がすすみ──
悪夢のような実験が、すすんでしまい ──
『あたたかい』
『最後は、お兄様の腕の中で』
『うれしい』
『アゼリアは、幸せでした……』
『だから、泣かないで』
── か弱い誰かが
── 罪のないダレカかが、不幸ニなっテ
── 大事なナニカが、こノ手から枯ボれヲ散る……!?
存在しない記憶が脳内に溢れる!
脳を灼くような激怒が、再燃する!!!
「── カ゛ア゛ア゛ア゛ァ! ウワァアアアァァァ!!」
「ひ、ひぃいっ!?」
「た、助けてくれ」
何か雑音が耳に入るが、怒りが全てを塗りつぶす。
「ぜぇぇったぁいぃぃ、に逃すか、クソがぁぁぁぁあ!!!!
── 【秘剣・速翼】ぁぁぁ!!」
飛べ、俺!!
高く、空の果てまで!!
枯れ木の森から飛び上がり、上空20mほどへ。
そこで一度、風魔術の推進を止めて、周囲の夜空に目をこらす。
「── いた!!」
西側の地平に向けて、大きな翼が羽ばたいていた。
既に、数百m ── いや1km近く離れている。
── 遠い。
もはや、【秘剣・三日月】射程外。
── 速い。
【秘剣・速翼】の最高速度と同等か、それ以上。
「── 【秘剣・三日月】!」
魔法の設計思想の通り、飛ぶ斬撃は100mほど進むと、煙のように消える。
ムダだと解っていた攻撃。
まさに、ムダな足掻きだ。
(クソが! このまま見送るしかないのか!?)
俺には長距離飛行の魔法がない。
そして、障害物の多い陸路で出せる速度では、決して追いつかない敵の逃亡スピード。
新たな魔術を編み出す時間も無い。
そもそも、【速翼】の滞空時間も過ぎつつある。
(今、ここで、なんとか、しないと……!)
そこで思いついたのは、我ながら、ヤケッパチの無謀。
(── 【三日月】に魔力を通常の数倍押し込んで、飛距離をムリヤリ伸ばす!)
電圧を上げれば電化製品の性能がアップする! ── みたいな無謀だ。
10%アップや20%アップくらいなら、製品が持つかもしれない。
だが、元の数倍の過電圧とか電化製品なら、部品が壊れて発火・炎上するのがオチだ。
── ほら、案の定!
バチバチと、魔力が漏れ出し暴走し、術式が崩壊し始めてる。
ムダだ。
無謀だ。
無為だ
無意味だ。
そんな弱気の虫が、一瞬だけ魔力制御を甘くする。
── 自分の腕の延長だと、誤魔化して魔術付与している<小剣>の魔力ショートが、一気に逆流してくる。
(── ヤベェ……っ)
アゴを思いっ切りアッパーカットされたみたいな、脳打撃!
一撃で天国に登れそうな、死の衝撃!
いや、コンマ何秒か、本当にあの世に足を踏み入れたのかもしれない。
視界が赤い。
口にも、鼻にも、錆臭さで一杯。
多分、今、俺、顔面が血まみれだ。
── もう、死ぬぜ?
── いい加減、諦めろよ……
── アゼリアが、今日明日死ぬような、そんな話でもないだろ?
……そんな風に、状況分析する冷静沈着な『もう一人の自分』に、啖呵を切る!
「テメェエエ゛エ゛!
この俺自身う゛う゛ぅ!!?
── あの子のタメに、何でもしてやるって誓いはウソか!?
ちょっと死にかけるくらいの事、ガマンしやがれぇええ!!」
ゲフゲフッと、喉に入った鼻血でむせ返りながら、気合いを入れる。
術式を再構築!
魔力を再充填!
さらに、魔力を過剰充填!
(── 魔力量110%、120%、130%……)
魔力が暴れ出し、手が付けられなくなる。
やかましい、言う事を聞け!と、【飛翔】やら【保持】やら【固定】やら何やら……、ともかく思いつく限りの魔術を重ねて、魔力を抑え込む。
(── 魔力量140%、145%、147%、149%……)
また、魔力ショートが、腕を伝って ──
── その瞬間。
何故、そう思ったのか、我ながら全くの謎だが。
(── もしも……
押し込んだり……
抑え込むのが、ダメなら……
魔力を、引き込んだら……?)
糸を巻く時に、巻軸にきつく巻き付けるように。
外からの圧力では抑えるのではなく、内側から強く引きつけて、重ねていく。
紙をグシャグシャに握りつぶしても、小さくしずらい。
だから、最初から丁寧に折り目をつけて、小さくたたむむように。
イメージとしては、そんな感じの方法論。
── 魔力を、か細い『線』として捉え
── こよりのように捻って束ねて『糸』として
── さらに軸に強く巻き付けて、ほどけないように抑え付け、最小限の大きさに!
(痛え! 痛え! 痛え! 脳ミソが痛えぇっ!
チェーンソー魔術付与の何倍もぉ! 脳が攣りそうだっ!)
魔力というあやふやで不確かな神秘力は、本来そんな精緻な操作ができる物では、ないのだろう。
少なくとも、人間の脳みその限界を超えている。
だが、為した!
為し遂げた!!
(── 魔力量350%……400%……450%……
……そして、魔力量500パーセントォォッ!!)
ィィィィイイイ……ィン! とか、明らかに異常な音がしているが!
本来『暖かい黄系色』の魔力の光が、なんかヤバイ『寒々しい青系色』しているが!!
超難易度の魔力制御だけで、脳ミソが4~5回こむら返りしてるけどなぁぁ!!
「テメェー、このクソ!
死ぬほど痛えんだよぉおおお!!
── 【秘剣・三日月】超過負荷バージョン!!」
魔法の起動音すら、異様だった。
『ギャリィン!!』と、金属かガラスが強く擦られたような、異音。
シャァァン!と、刃研ぎみたいな音と共に飛び出したのは、真っ青な刃。
多分、死にかけてる俺の顔色なみに、ぞっとする程に青ざめた色。
なぜか死を連想させる蒼白、あるいは鬼火の色。
『鬼火の斬撃』が夜空を斬り裂き、超速で飛ぶ!
「あ、くそ……っ」
飛翔系必殺技【速翼】の滞空時間も過ぎて、枯れ木の森の中に落下する ──
── その寸前に、俺は確かに見た。
青い【三日月】が、遠くを飛ぶ魔物の一部を斬り裂いた!
そして、血を飛沫かせ、魔物がユラユラと不安定な飛行をするのを!
「様を見ろ、クソ野郎ども!
うちのリアちゃんに、手ぇ、出すからだっ!
自国に帰って、死ぬほど反省しろ、アホーーー!!」
後先考えず、夜空に吠える俺。
うん、落下途中で、枯れ枝がクッションにならなかったら、死んでたな。
反省。