34:なんだコイツ
我らは、神王国の影であり、名誉なき騎士団である。
密偵、侵入、工作、略奪、誘拐、暗殺 ──
── それら非道を任務とする秘密部隊。
故に、何事にも動じない。
動じるのも、怖れるのも、敵の方。
我らこそは無敵の影、闇の精鋭部隊。
しかし、今夜。
「── なんだコイツは?」
そんな言葉が、2度、発せられた。
▲ ▽ ▲ ▽
我らは、ラピス山地にほど近い谷間に居た。
連邦からは『影の谷』とか『死屍の庭』とも呼ばれる、枯れ木の森。
ちょうど、北に連邦、南に帝国と、2大国の国境にありながらも、魔物の脅威から放棄されているも同然の土地。
好条件だった。
気候や地形からしても、『実験』に適してる。
最悪、何か不測の事態が起こったとしても、連邦と帝国の戦争の火種になるだけ。
第三者である神王国にとっては、それすら好都合。
しかし、こんな事態は、誰も予想もしていなかった。
「まさか『翡翠の子』が殺されるとは……」
「しかも、『番』2体ともに」
ひどい腐敗臭に、皆が鼻と口に布を当てる。
死骸の腐敗が進んでいて、片方については、ほとんど原型がないくらい。
数日前どころか、数週間経っているのかもしれない。
「メスはひどく負傷していた、それが足手まといになったのでは?」
「バカな、いよいよ凶暴化するだけだろ」
「事実、メスの首を噛み千切った<外骨河馬>は、追い出されている」
「あの時は、卵を腹に抱えていて、重鈍になっていたからな」
研究者4~5人が、少し離れた場所で意見を交わしている。
「おお、産卵には間に合ったか……っ」
「……5、6、7、8個か、すばらしい!」
「これだけでも、大きな収穫だなっ」
「異常個体の形質が固定できていれば、ついに量産に入れるぞ!」
「個体で脅威力5の『翡翠の子』が、さらに群勢になるんだ!
それはもはや、古代魔導王国の『飛龍の群勢』にも匹敵するっ」
「ハッハッハッ、他の<四彩>どもに吠え面をかかせられるぞ!」
「そうなると、<羊頭狗>の群れなど比べ物にならん!お払い箱だなっ」
「せっかくなら廃棄処分の前に、戦わせてみようっ」
「おお、是非、見てみたいっ」
イカレた連中だ。
魔物を ──『人食いの怪物』を、オモチャか何かと思っている。
だが、こんな狂人どもでも、その協力なしには事が進まないのも事実。
だから、闇の部隊の人間は、誰も彼らに言及しない。
「何にせよ、『翡翠の子』を討伐するとは、並の冒険者の仕業ではない」
「Aランクの冒険者チームか?」
「確か<翡翠領>には、3か4は所属していたはず」
「しかし、脅威力5を2体討伐となれば、100人以上の兵力が必要なはずだ」
「それほどの人の動きがあれば、<翡翠領>の間者が気づかないはずがない、か……」
「この討伐、まるで不可解だな……」
そんな不吉な空気の中、バシャン……ッ、と大河で何かが跳ねた。
「なんだ!?」
「慌てるな、大河の魚だろ?」
「こんなに月が明るいんだ、夜も活発でもおかしくない」
バシャン……ッ、バシャン……ッ、バシャン……ッ、と何度か河魚の巨影が飛び跳ねる。
「ほらな?」
「おどかすなよ……」
そんな、緊張からの油断。
それを見透かしていたかのように、『何者か』が大河から飛び出してきた
「── なんだコイツは?」
誰かが、警戒を呼びかけるように、そう叫んだ。
▲ ▽ ▲ ▽
「── %&この#$リア¥●/≧よく#*もおぉぉ!?」
飛び出てきた『何者か』は、何を言っているかも解らなかった。
何故か口にくわえていた巨大な河魚をはきだし、ひとしきり何かを叫ぶ。
と、すぐに四つん這いになって、ゲー……ゲー……と嘔吐を繰り返す。
溺れかけて、河の水を飲んでいたようだ。
「……なんだ、コイツは?」
緊迫が緩み、白けたような空気が広がる。
「……コイツの服装、式服か?」
「魔導師……冒険者パーティか?」
「仲間とはぐれ、夜の森で遭難でもしたのか?」
見るからに、華奢な少女。
荒事など、まるで得意そうでもない。
典型的な、後方支援を専門とする、魔法使いだ。
少女は、嘔吐で肺の水を出し終わって、ようやく立ち上がろうとする。
だが、その足取りも、フラフラしていておぼつかない。
── どうする?
という、仲間同士の目配り。
秘密部隊の暗号である、小さなジェスチャーがいくつか交わされた。
── 魔物のエサ。
── ただし、その前に『遊ぶ』。
我々は、別に不真面目なワケではない。
任務は遂行しているし、作戦は順調だ。
ただ、兵士としての福利厚生なんて何もない部隊だ。
こんな貴重な機会は見逃せない。
それにどうせ、泣いても叫んでも、山奥すぎて誰も来やしない。
いや、はぐれた仲間を探す冒険者パーティがやってくるなら、むしろ好都合。
口封じのために探す手間が省けるくらいだ。
目配りで、『お楽しみ』の順番が決まった。
最初は、クククッ ── いかん、思わず笑みがこぼれる ── わたしだ。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?
<回復薬>か何か持っているかい?」
勤めて紳士的に、近づき、その華奢な肩に手を置く。
氷のように冷え切った肌は、しかし、撫で回したいほどに滑らか。
水を滴らせる長い黒髪が、黒曜石のようで、美しい。
「ケホ……ッ ケホ……ッ」
相手が、嘔吐の口を拭い、少し顔を上げる。
瞳も黒。
唇は青ざめて、しかし、それが扇情的だ。
肌は、健康的な小麦色で、くすみ一つない磨かれたような麗しさ。
「ホゥ……ッ」
思わず、感嘆の吐息が漏れた。
おやおや、随分と上玉じゃないか。
それに、この、知性と品位を感じさせる顔立ち。
どこかのご令嬢と名乗られてもおかしくない。
── 滅多とない獲物。
── それも、とびっきりだ。
思わず、内心、舌なめずり。
── ああ、この顔が!?
── 絶望と恐怖に染まり、泣き叫び!
── 最後にはプライドも何もかもかなぐり捨てて、命冥加に何度も許しを請うのだ!
そんな事を想像すれば、もうたまらない!!
ああ、だがダメだ。
じっくりと楽しまなければ。
いきなり、『壊して』はいけない。
手荒にせず丁重に、『最後まで保たせないと』、後で待つ仲間たちに申し訳ない。
背後でそっと捕縛縄を用意して、彼女の肩を抱く。
そして、両手を縛り、くつわを噛ませて、驚く顔を見ながら、さてお楽しみと ──
── ……え?
何故、急に月と夜空が……?
どこかで、ガスン……ッと、何か鈍い音が…… ──
▲ ▽ ▲ ▽
「なんだコイツはぁ……!?」
同じ言葉が3度、発せられた。
その時には既に、半数近い部隊員が地に伏せていた。
── 1人目を、河原の石に叩き付けるように、投げ倒し。
── 2人目に、怪鳥のようなスピードで、宙を舞って襲いかかり。
── ナイフを持って駆け寄った3人目は、腕を折られた上に、自分のナイフで傷を負う。
秘密部隊特性の、即効性の毒が仕込まれたナイフだ。
苦悶の声を上げ、口の端から血の混じった泡を吹き、背骨が折れそうなくらい悶絶しながら、昏倒した。
── その間に、5人ほどが周囲を包囲して、一斉に掛かった。
圧倒的多数による、必倒の陣形のはずだった。
1分ほど、バシバシバシ……ッと、殴打の音が絶え間なく響く。
だが、囲んだ5人の顔に余裕はない。
むしろ、焦りが浮かび、次に驚き、最後に恐怖が浮かび、異様な形相が深まっていく。
── まさか、周囲5人を相手に、攻撃を捌いているのか……?
── 暗殺を生業とする神王国の秘密部隊の隊員を、5人も相手に、たった1人で?
── あんな、小柄な少女が?
見る者の心に、そんな不安がよぎり始める。
突如として、円陣攻撃から転がり出る、小さな人影。
白い服の、濡れた式服の、黒髪の魔導師の ──
── それが、人差し指に<法輪>を宿して、ひと言。
「【遠隔発動】」
5人の隊員が、雷に打たれたように身を震わせ、地に伏せた。
「うん。
通電が怖い【放電】も、これなら使い道が出てくるな」
少女の姿をした『何者か』は、まるで緊張感のない声で、独りつぶやく。
そして、突然と空気を吸い込み、急に大怒号を発した。
「── キィ・サァ・マァ・ラァアアア~!!
アゼリアミラーニィィテェダシタンダァッ!
モオォイノチハイランヨナァアァ!!!」
意味がわからない。
理解ができない。
魔物の叫声と違いがわからない。
現場に混乱が広がる。
「なんなんだ、なんなんだ、コイツ!?」
「噂に聞く『帝室の密偵』か!?」
「知らん、異常だ、まともにやり合うな!」
「そうだ、『アレ』を! <羊頭狗>どもを出せ!」
バタバタと、残りの隊員達が茂みの中に駆け込んでいく。
「アハハ……ッ」
白い式服の『それ』は童女のように笑う。
逃げている、こちらの無様を嘲笑っているのか。
数の不利を覆す、自分の武力に酔っているのか。
── 見ていろ、バケモノ気取りのガキめ!
── キサマに、ホンモノのバケモノを、見せてやる!
── 神王国の秘密部隊の、本当の恐ろしさ、思い知らせてやる!
そんな隊員達の苛立ちが、恐怖の空気を払拭し始める。
しかし、白い式服の『それ』は、全てを見抜くような黒く澄んだ目で、茂みを一瞥。
「……魔物を、飼っているのか。
魔物なら、斬っても構わんよなぁ……?」
腰から抜いたのは、<小剣>。
たかだか40cmしかない小ぶりな武器など、魔物相手には素手と大差ない。
しかも、研ぎの形跡がまるでない。
鈍い輪郭のそれは、どう見ても刃があるようには見えない。
傷だらけの、模造剣 ──
── それが、何故か。
『青ざめた凶神』が携えると言われる、魂を刈る神器 ──
── 『死神の大鎌』のようにも思えた。
!作者注釈!
2022/11/29 聖王国 → 神王国に変更。(聖都と紛らわしいため)
以下、恐怖の実話 ──
そう!!!
誰も!!!
まだ誰も!!!
リアちゃんには!!!
ちょっかい出してないのである!!!!(アフ■田中風)




