32:裏事情
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
「……ずいぶん、予定がずれたなぁ」
魔物の極大魔法を食らって、体調不良のまま<翡翠領>までもどったら、速攻で治療院にブチ込まれた。
翌日の夕方になってようやく、『異常なさそうだから帰っていいよ』と解放された。
どうも俺の、怒り心頭の八つ当たりを『コイツ、頭打ってオカシくなった!?』な勘違いをされたらしい。
(どっちかというと、高価な<治癒薬>の痛み止めの副作用なんだがなぁ……)
上等な<治癒薬>だけあって、効能も強力。
その副作用も、結構強烈だった。
体感としては『強い酒を呑んで泥酔』な感じ。
その酔っ払いがクダを巻いている『情緒不安定』な感じが、周囲には『精神錯乱』に見えたらしい。
「大丈夫だって、言ったのに……」
俺の自己判断は信じてもらえず、貴公子のパーティとリアちゃんの4人掛かりで、治療院のベッドに押しつけられた。
そして、検査入院と投薬治療で、ほぼ丸1日がつぶれたワケだ。
そのため、またも<翡翠領>で1泊。
そして明日は、1日遅れたリアちゃんとの約束の予定。
妹弟子の買い物と、買い食いに付き合わないといけない。
治療費や<治癒薬>の補給など、思いがけない出費が続き、ちょっとブルー。
「やっぱり『おいしい依頼』には裏があるな。
現金前払いなんかに釣られなきゃよかった……」
ため息つきながら安宿でゴロ寝していると、コンコン……ッ、と控えめなノック。
「はいよー?」
宿の従業員かな、と思ってドアを開けてみると、
「── やあ。
元気そうだね、安心したよ」
「お、おう……」
<天剣流>の直系男子、マァリオ=スカイソード。
さわやかスマイルのヒョロい金髪貴公子だった。
現金前払いで超危険な任務に巻き込んだ、クソ依頼主が、紙袋を片手に立っていた。
俺が、信頼の握手をバチコーン!と全力拒否して、『お前大っ嫌い』と言った貴公子が、笑顔で立っていた。
▲ ▽ ▲ ▽
部屋に招き入れて、一応、貴公子に椅子を勧める。
正直、気まずい。
「あ、一応、お見舞いの品です……」
「ああ、コレはコレは、ご丁寧に……」
俺は、とりあえず、ありがたく受け取っておく。
紙袋を触った感じからすると、どうやら果物っぽい。
正直、気まずい。
それは向こうも同じようで、視線がフラフラ空中を泳いでいる。
「えっと……アゼリア君は?」
「あ~……リアちゃんは、お風呂ついでに美容院。
あと2時間くらいは、戻ってこないかな……?」
何故か知らんがこの世界、美容院や理髪店が銭湯とセットになっている。
あと按摩みたいな店も併設してる。
まあ、髪を切った後にシャワーするのは理に適っているのだろうけど。
『せっかく街に滞在してるんだから、ついでに行っておけ』と俺がすすめた訳だ。
あの子、美人なのにあまりオシャレに気をつかわないからな。
色気より食い気に、全振り女子だし。
兄ちゃん、色々心配です。
「うん、それなら丁度良いな……」
貴公子がよく分からん独り言を漏らす。
何が丁度良いんだ?
つーか、お前が用があるとすれば、リアちゃんの方じゃないのか。
ほら、アレ、5年ぶりの『手合わせ』とか。
「昨日、ロック君にさんざん怒られたから、もうお見通しだと思うけど……
── 実は、今回の依頼には、複雑な事情が絡んでいるんだ」
「冒険者ギルドの極秘任務って、ヤツだろ。
他に何か、表沙汰にできない事情でもあるっていうのか?」
なんか昨日の道中で、そんな話をしていたような?
すると相手は、金髪貴公子っぷりを振りまくような苦笑いで、小さく肯く。
「やっぱり、解ってたんだね……
そうなんだ、それだけじゃない。
今回の騒動には『裏』がある……っ」
「……そ、そうか……」
い ら ん 、 そ ん な 裏 話 。
(ヤメろヤメろ、聞きたくない!
これ以上、厄介事もってくんなぁっ)
極秘任務の、さらに裏事情とか、どう考えてもヤバい話だろ!?
あと、俺が『事情を察知していて承知の上で受けた』みたいな誤解、ヤメて!
「その確認のために、今から森に向かいたい。
そう、昨日のあの場所だ」
「あのよう……
こんな夜更けに魔物だらけの森に行くなんて、自殺行為だろ?」
「だけど、人目を気にする『連中』が動くとすれば、夜。
しかも、昨日の今日で、異変を察知しているハズ。
『連中』の尻尾をつかむ、絶好の機会なんだ!」
「ほ~……大変だなぁ……」
こっちが他人事の顔と声で、『俺知らないよ?』アピールしているのに、貴公子のヤロー、マイペースに話を続ける。
「アゼリア君がいくら腕利きだとしても、女性だ。
こんな事を頼むのは気が引ける。
ロック君がいてくれて、正直、助かったよ」
なんか貴公子の中で、俺の同行が既定路線になっているっぽい。
俺、『行く』とかひと言も言ってないのに。
「……いや、俺とか、魔剣士の才能ゼロで。
ほら、クソザコに弱い上に、こんなチビなワケで。
『そんなの』が着いていっても、ムダに足を引っ張るだけだろ?」
「ハッハッハッ
ロック君は、相変わらず面白いね」
「いや、別に冗談とかじゃなくて ──」
「── <六脚轢亀>への連撃の、締めの一撃。
あれは剣帝様の奥義、『望星の撃剣』だね?
あの技を、実戦で使いこなす同世代が居るなんて……っ
しかも、剣帝様の幻像記録を、そのままを再現するような剣の冴え……!
本当に、身体が震えたよ……っ」
『望星の撃剣』── 剣帝の奥義で、代表格2個の片方。
地面を滑るような歩法で巨大な魔物の腹の下に潜り込み、ジャンプアッパーの要領で斬り裂きつつ、後方宙返りして離脱する。
しかし『言うは易し行うは難し』の超・高難易度の技だ。
離脱ばかりに気が取られると、斬撃が浅くなり、致命傷を与えられない。
斬る事ばかりを意識すると、離脱に失敗して魔物の巨体に押し潰され、自分の下半身を失う。
(……う~ん、アレを褒めてもらってもなあ。
イカサマ込みの『習得』なんだよなぁ、俺の場合……)
リアちゃんが散々言っていた『必殺技』の特徴 ── 魔法を使って『決まった動きを繰り返す』事で、なんとか再現できているだけなんだが。
ジジイは伊達に『剣帝』なんて、エラそうな称号をもらってない。
流石は、剣に人生捧げて60~70年という達人だ。
俺や妹弟子では『奥義の型稽古』は出来ても、ジジイと同じように『実戦で使いこなす』とまではいかない。
今回は、たまたま上手く的中しただけ。
そういう意味では、【秘剣・木枯:参ノ太刀・星風】は、まだまだ試作段階。
「夜の森で、魔物と斬った張ったなんて……
こっちは、退院したての半分ケガ人だぜ?」
俺、なんとか戦力外をアピール。
変な事情を察知してて、でも協力しないとか、身の安全がヤバそう。
口封じとかで、命狙われたくないし。
なんとか上手く、協力できない言い訳をしておきたいところ。
「ああ、そこは大丈夫。
夜の森に潜入とは言っても、そんなに危険がある訳じゃないんだ。
万全の準備は整えてるからね。
今回は、暗躍する『連中』の姿を確認するだけ。
ロック君にお願いしたいのは、敵に発見された場合のサポート ── 万が一の保険ってだけさ」
やっぱり、俺の同行と当然のように考えている、貴公子。
あと、助っ人として役立つみたいな、認識されてるのも謎だ。
コイツって、俺をいったい何者だと思ってんの?
(こっちは、ただの一般人に毛が生えたレベルの、剣術家ですよ?
戦力としては、妹弟子の1/4が良いところですよ?
魔剣士の才能ゼロだから、剣帝サマの後継者から失格した、ハズレ兄弟子ですよ?)
さて、何て断ろうか、と思案していると ──
「あ、もちろん、報酬は出すよ?
夜間任務プラスの口止め料、危険手当もつくから、結構な額になると思うけど」
「よし、行こうか」
「行こう」
報酬で即決になった。
▲ ▽ ▲ ▽
「見えてきたね……
ちょっと、音消しの魔法を使うよ?」
貴公子が、<空飛ぶ駒>の頭部を操作すると、『カン!』と魔法起動音が鳴って、周囲に風の結界が発生する。
「これで、僕らの声や気配は、外から察知できない。
とは言っても、大声は出さないでね?」
「いや、見境無く、叫んだりしないって」
<空飛ぶ駒>に二人乗りしている、貴公子と俺。
眼下には、魔女の森みたいな枯れ木の森。
少し先に、大河と滝が見えてくる。
そして、その周辺に、いくつもの松明が揺れていた。
「おいおい……本当に、夜の森に集まってる……
なんつー命知らずな……」
「後ろ暗い『連中』だからね……昼間には出歩けないのさ……」
その『連中』について予想がついているのか、貴公子は思わせぶりな事を言う。
眼下の妖しげな集団は、松明片手に異常個体<六脚轢亀>の死骸2体を検分中。
少しして、滝の方から、数人、何かを抱えて合流する。
「何か持ってきた……卵か、アレ?」
「ロック君は気づいてたと思うけど。
異常個体が2体いっしょに居るなんて、普通、有り得ない。
しかもそれが、同じ特徴の異常個体なんて、とんでもない低確率だ」
「何が言いたい?」
「つまり、双頭の<六脚轢亀>の『番』が不自然なのは当然の事。
それはもともと、人為的な原因だって事さ。
『連中』は魔物を飼育し、なんらかの方法で異常個体を意図的に産み出している」
「まさか、魔物を、改良しているのか……?」
「ああ、禁断の研究さ。
とても、『自分の国では行えない』ような、危険きわまりない研究」
魔物は、人類の敵だ。
この異世界では、全ての国での共通認識のはずだ。
そんな物を、生体兵器として改良の研究をしているとなれば、まさに戦争の原因になりかねない。
「……『自分の国では行えない』、ねえ。
だからって他人様の国で、勝手にやられてもなぁ……」
── 不意に、バシャン……ッ、と何かが跳ねた。
前世ニッポンのマグロくらいの、巨大な川魚。
それに、<空飛ぶ駒>が下から突き上げられ、バランスを崩す。
「── うぉ……っ!?」
「ろ、ロック君……っ」
いつもなら、なんともない程度の傾き。
しかし、戦闘のダメージが尾を引いてたのか、崩れたバランスを立て直せない。
── バシャン……ッ、ゴボゴボゴボ……ッ
俺は、夜の大河へ真っ逆さまに落下し、暗い水の底へとダイビングしていった。




