29:キュアポーション
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
俺ら、男2人。
ログハウスくらいのデカい魔物を目指して、バシャバシャ川辺を走っている。
「── 切り込む!」
先陣をきる、ヒョロい金髪貴公子が、水面を爆発させた。
魔剣士特有の、魔法強化のハンパない脚力で、跳躍攻撃。
「ハアァ……ッ!」
異常個体<六脚轢亀>の3対6本の脚の、真ん中の脚の膝部分を狙った、強烈な斬撃。
しかし、ダン……ッ、と木の板にナイフを突き刺したような音。
硬い表皮を裂いたが、肉には刃が届いてなさそうだ。
── グォォッ!
元・双頭の魔物は、腐ってない方の首で吠え、すぐに巨木のような脚を振り回す。
「させるか、【秘剣・三日月】!」
人差し指の指輪に偽装した待機状態の魔法を解放。
魔法の術式<法輪>が、腕輪の大きさに広がって高速回転、『チリン!』と鳴る。
名前の通り三日月型の飛び道具系必殺技が、巨大な前脚にぶつかる。
これもやはり、ギギン……ッ、と大した傷をつけられない。
しかし、今はそれで十分だ。
即席の相棒・貴公子が、その隙に無事に後退。
周囲が滝や水の音で騒がしい中、ギリギリお互いの声が聞こえる位に近寄り、意見交換。
「こっちも甲羅を割らないと、どうにもならないかな?」
「それか、腐った方の首を狙うか……──」
「でも、あそこまで壊死してたら、痛覚も何も残ってなさそうだけど?」
「まあ、それっぽいな」
そんな作戦会議をしていると、片首の巨大魔物が大口を開ける。
「また、魔法かっ」
「させないよっ」
<法輪>が回転する最中で、貴公子が突っ込み、巨大な顎を下から切り上げた。
今度は、バシュ……ッ!と、多少は魔物の血が飛沫く。
「── もしかして……関節の内側も弱点か!?」
外皮の中でも、そこだけは折り曲げの関係上、柔らかいのかもしれない。
魔物が貴公子の一撃でのけぞった隙に、後ろ脚の下へ滑り込む。
同時に、右手の中指で<法輪>が高速回転して、『チリン!』。
「【秘剣・木枯】!」
秒間20発の連続刺突。
太股から膝裏やふくらはぎ辺りを、大雑把に狙い撃つ。
20連突きのほとんどは弾かれたが、2・3発は肉をえぐり出血をさせる。
── グォォッ!
怒った魔物の反撃。
ぐるりと転身しながら、尻尾振り回して周囲をなぎ払う。
「おおっと……!?」
かろうじて躱して、河川敷の砂利の上まで退避する。
貴公子も河の中から上がってきて、少し離れて横に並んだ。
「何とか行けそうだけど……。
でも、水中なのがキツいね」
「ああ、流石に足が取られるな」
俺も貴公子も、河の中の魔物に近寄ると膝まで水につかる事になるんで、どうしても動きが鈍ってくる。
走るにしてもジャンプするにしても、一瞬動きが遅れてしまう。
魔物の腹の下などに潜り込むとなると、なかなか危険度◎だ。
「でも、長期戦になるとマズい。
濡れたままだと体温が奪わるから、こっちはどんどん動けなくなる」
「そうなると、短期決戦、一択かよ……?」
何とか魔物の動きを止めて、ド頭に『禍ツ月』が一番手っ取り早いだろう。
だが問題は、その隙がなかなか無い事だ。
(ウカツに頭や甲羅の上に乗れば、長く伸びる首でガブリって感じか……?
う~ん……何か作戦を考えないとダメだなぁ……)
▲ ▽ ▲ ▽
俺は、ふと思い出して貴公子に訊いてみる。
「そういえば、お前。
魔物2匹が『番』とか言ってたな?」
「うん、多分ね。
相方のピンチで出てきたんだと思う ── いや、逆かな。
先の1匹目の方が2匹目を ── ケガをした相方を守るために、僕達を追い出したかった?」
「麗しき、夫婦愛かよ?
魔物のくせに……
── あ、もしかして、元気のいい子亀の群れが出てくるとか、そんな事ねえよな?」
「どうだろう……?
……いや、だけど……先の1匹目が、滝の方に ── 僕達が崖の上にいる時に魔法を撃たなかったのは……そういう事なのかな?」
貴公子があちこち周りを見ながら、ブツブツ独り言。
何か思いついたらしい。
「ちょっと、魔物の気を引いてみるっ」
貴公子は、言うが早いか一直線に駆けだした。
魔物の隣を通り過ぎ、そのまま上流 ── つまり滝の方へ。
── グォッ!? グオオオォッ!
魔物は雄叫びを上げ、ヒョロい金髪貴公子を追いかける。
何か、やたらと慌ただしい。
「急に、なんだ……?」
俺は困惑しながらも、貴公子のフォロー。
人差し指を、『チリン!』。
「【秘剣・三日月】!」
こちらに背を向けた魔物へ、飛び道具系必殺技で攻撃。
すると、今までなかなか狙えなかった巨大カメの尻尾には、ザクン……ッ、と飛ぶ斬撃がヒット!?
ハデに血が飛沫く!
「コイツ、尻尾が弱点か!?」
俺の叫びに反応したのか、魔物を引き寄せていた貴公子から声が飛んでくる。
「ロック君! こっちは! 『巣』に向かって! おびき寄せる!
さっきの! 甲羅の割れ目で! 使ったアレで!」
なお、貴公子の声が途切れ途切れなのは、泳ぎながら叫んでいるせいだ。
いつの間にか、かなり水位が深いところまで進んでいるようだ。
<正剣>の鞘を背負って、滝壺めがけて一心不乱に泳いでいた。
── ガァッ! ガァッ! グオォッ! ギャオッ!
<六脚轢亀>は、相当に苛立っているのか、あるいは焦っているのか、今までに無い叫び声。
「そうと決まれば話が早い!
── 【秘剣・速翼】ァッ!」
薬指を『チリン!』して、飛翔突進系必殺技を発動。
大河の水面ギリギリを飛び、ザクンッ!と尻尾を切り上げて、甲羅に着地。
巨大ハンペンみたいな尻尾に<小剣>を突き刺して、短距離射程の内部破壊攻撃を魔法発動。
「【秘剣・三日月:弐ノ太刀・禍ツ ──」
「── お兄様! 避けてっ!」
リアちゃんの悲鳴。
同時に、『ゴォーン!』とお寺の鐘のような轟音が鳴った。
▲ ▽ ▲ ▽
「ゲェー、ゲェー……っ」
気がつけば、吐いていた。
正確には、嘔吐の口の中の酸っぱさで、ちょっと意識が戻ってきた。
無意識で泳いだのか、自力で河岸まで戻ったらしい。
多分、魔物の超強力魔法を寸前で回避 ── しそこなって、端っこかすっただけで死にかけた。
うむ、紙装甲のデメリットが炸裂。
魔力がなさ過ぎ問題な俺には、超攻撃の一点突破以外の道がなかったワケで。
立ち回りに失敗すると、割と高確率で、こんな感じになる。
しかし、胃の中空っぽになるくらい吐くのは久しぶり。
リアちゃんの大嫌いな『ガイコツ蜥蜴』にハネ飛ばされて以来か?
あ、また吐き気。
「ゲェー、ゲェー……っ」
ああ、くそ。
意識が、グニャグニャする。
身体が、上手く動かない。
とにもかくにも、腹が痛い。
内臓がグチャグチャなんじゃないか、と心配になる。
「だ、大丈夫ですか、ガイドさん!?」
「ちょっと、顔真っ青なんだけど!」
両左右からの女性の甲高い声が耳障りで ── おかげで、遠のきかけた意識が、ハッキリした。
「ゼーゼー……こ、こし……ぽーち……ッ」
話そうとすると、腹部に痛み。
横隔膜あたりが痛くて、呼吸が浅く、なかなか息が整わない。
「ポーチ? コレ? あ、<回復薬>入ってる」
騒がしい赤毛が、ピンクの液の小瓶を取り出す。
── ちがう、それじゃない、と身振り手振り。
別の種類の小瓶を指差す。
「こっち? 青いの?
──って、こっち<治癒薬>じゃない。
これって、病気の薬よ?」
── いいから早く渡せ、と身振り手振り。
震える手で、栓の抜かれた小瓶を受け取り、5回に分けて飲み干す。
(相変わらず、カァーっとくるな……
これが引いたら、痛み止めが効いてくる……はず)
祈るような心地で、ハッハッハッ、と浅い呼吸を続ける。
たしかに<治癒薬>は、風邪みたいな軽い病気の治療や、解毒作用がメイン。
でも、服用してすぐに楽になれるように、痛み止め成分も含まれているワケだ。
これ豆知識な?
(……前世ニッポンで言えば、パブ■ンか?)
戦いの最中では、一時的痛みを麻痺させる事も、必要なワケだ。
ジワジワと、腹の痛みが治まってくる。
(効いたよね、早めの<治癒薬>?)
そして。
痛みと恐怖の抑制作用のために、『怒り』に火を点ける。
(── いくぜ、激ムカ着火ファイヤー・エクストリーム!
テメーこの! よくもやってくれたな! くそカメがぁ! 絶対ぶっコロす!)
ジジイいわく、感情というのは『使う物』であって、主体である人間が感情に『使われる』などあってはならん事。
怒るなら、笑え。
怯えるなら、怒れ。
苦しいなら、楽しめ。
浮つくなら、怖れよ。
自在に感情を書き換え、本心は精神の隅に押し込めて隠し、必要な時にだけ爆発させろ。
(この身体の震えは、『痛み』や『恐怖』じゃねえ!
俺の『怒りゲージ』がMAX状態な証!
歯を食いしばれ! 鼻息を荒げろ! 烈火の血流を全身にドクドク送り出せ!)
そんな自己暗示みたいな事をしていると、少し上流の戦闘音に気がついた。
「── お兄様のカタキですわっ
ぜぇったい、許しませんわあっ!」
リアちゃんが、水面を走りながら大暴れ。
剣帝の秘伝な強化魔法【五行剣:水】を起動したんだろう。
(やっぱり、最近のうちの妹弟子がNINJAな件について……)
いくら魔法の効果があるとはいえ、着地の際の水面のたわみを利用して、トランポリンみたいに跳ね回るとか、尋常じゃない。
さすがは、<御三家>はミラー家の秘蔵っ子。
超天才魔剣士の面目躍如な戦闘センスに、感心を通り超して、ちょっと呆れてしまう。
「明日デートでしたのにぃ!
お兄様がケガしたら台無しですわぁっ」
ガンガンギンギンの剣撃音と、怒りMAXの叫び声。
河の上流の滝の音に負けないほどの、騒がしさ。
「屋台のアイスぅーっ!」「お膝の上でだっこぉおっ!」「アーンして食べさせっこぉ!」「ついでにチョコバナナもぉっ!」
リアちゃんの、止める事がない、高速ジャンプ斬りの連続攻撃。
それに、焦れた魔物が、大口を開けて吐息攻撃の<法輪>を起動。
── ガアァァァッ!!
「お前が『アーン』するんじゃ、ありませんわ!!
【秘剣・三日月】! 【秘剣・三日月】!」
リアちゃんが飛び道具系必殺技で、吐息攻撃を阻止。
── ってか、今、あの子、空中で『×字三日月』撃ったぞ!?
(うわぁ……俺の妹弟子スゴすぎ……!?)
「うわぁ……僕の幼なじみがスゴ過ぎ……っ」
そんなぼやきに振り向くと、上流の河岸で貴公子が<正剣>片手に、呆然と立ち尽くしていた。
── なお、俺に『息吹攻撃』をブチかましてくれた1匹目の双頭<六脚轢亀>については、魔力の反応を感じない。
女子チーム3人での袋叩きで、すでに止めをさし終わっているようだ。
(これは、いかんな……
このままじゃ、男子チームに手柄なさすぎで終わってしまう……っ)
いくら無才な魔剣士といっても、俺は兄弟子で、男の子なワケだ。
女の子の後ろで、指をくわえて見ている訳には、いかんのだよぉ!




