28:腐敗臭
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
険悪ムードな妹弟子と年下少女。
それを取りなそうとする、魔法技工士サリーさん。
面倒そうなので、女子の事は女子に任せておこう。
それに、仲間割れなんかにかまけている状況でもない。
崖の下では、魔物を前に半泣き状態の、不憫な野郎がいるわけで。
「いくら<御三家>直系の魔剣士とは言っても。
貴公子、ひとりじゃなあ……」
俺はぼやいて、崖の下を覗き込む。
状況は、ほぼほぼ、小一時間前の<外骨河馬>戦と同じ感じ。
つまり、ヒョロい金髪貴公子がお一人様で、巨大魔物<六脚轢亀>とドッタンバッタン。
魔法と剣技の切り替え戦法を駆使し、なんとか攻め入る隙をうかがっている。
しかし、今度はだいぶん旗色が悪い。
スタミナ切れ、魔力切れ、敵の厄介さ ── 色々要因はあるが。
「異常個体は、さすがにムリか……」
貴公子は、なんとか甲羅の破損部分を狙おうとする。
だが、魔物もバカじゃない。
二つの首の噛み付き攻撃と、巨木のような脚のキックで、上手く防がれている。
お互いに決定打のない泥仕合だ。
スタミナ勝負になっているので、2連戦中の貴公子は、もう息が上がってきている。
拮抗状態が崩れるのは、時間の問題。
── いや、今その瞬間が、やってきた!
貴公子が巨脚キックを回避しそこない、河川敷を4~5mほど転がされる。
「やべぇ……っ
【秘剣・速翼:参ノ太刀・水深】!」
俺は、腰の模造剣を抜く。
同時に、『チリン!』とオリジナル魔法が起動。
魔法で加速したジャンプで、崖から高速で飛び上がる。
ロケット推進のような、垂直方向への急上昇。
そこからの反転、狙いをつけて急降下。
水中に飛び込み魚を狩る鳥のような、高速落下攻撃!
(※格闘ゲームだと、↓タメ↑+ [K])
狙いは出来たばかりの急所 ── 甲羅の欠損のむき出しの肉部分。
ズダンァ……ッ!、と高速落下の衝撃が、刺突の威力を倍化する。
── ギャオォォ! グギャ!
双頭が、悲鳴をあげてのけぞった。
痛みのあまり、軽くウイリー状態で、足をばたつかせる。
踏み潰されそうになっていた金髪貴公子は、ヒョロい身体を転がし、なんとか逃げて間一髪。
巨大魔物の方は、膝を折ってへたり込んだ。
<六脚轢亀>の異常個体に、痛撃を与えて動きは止めた。
だが、巨大な魔物には、俺の刃渡り40cmの<小剣>では致命傷が与えづらい。
(── その欠点を補うための技が、コレだ!)
「追い打ちだ、くらっとけ!
【秘剣・三日月:弐ノ太刀・禍ツ月】」
愛剣・ラセツ丸を突き刺したままで、『チリン!』と魔法の起動音。
剣身にまとう【序の一段目:断ち】の魔法付与。
これをネジ状に変化させ、回転させながら、さらにほどいて広げていく。
── 簡単に言えば『ドリル三日月』だ。
(※ 格闘ゲームなら ← ↙↓+ [P]連打、短距離の多段ヒット飛び道具)
俺は、剣を抜いて、すぐに身をひるがえす。
途端に、ドドドド……ッ、という振動と共に、傷口から血が噴き出した。
── ギャォ!? ギャオオォ~~ッ!
双頭<六脚轢亀>が、痛みに身を震わせる。
硬い甲羅で覆われたハズの場所を、ドリルでえぐられる。
(人間で言えば、麻酔無しの歯科手術って感じかな?
そりゃ、たまらないだろうな)
── ギャオオォ! ギャオオオオォ~~~ッ!
巨大カメが苦悶の絶叫。
痛みのあまり、手足も双頭も甲羅に引っ込める。
だが、甲羅の破損部分からの必殺技攻撃にはまるで意味が無い。
ムダな足掻きというヤツだ。
ドドドド……ッ、まだ血が噴き出している。
射程距離が短い分、効果時間が長いのも『禍ツ月』の特徴だ。
散々追い回してくれた凶暴な魔物が苦しむ様に、ちょっと気分がノってくる。
「ハッハッハッ
様あ見やがれ、くそカメ様あ見やがれ」
俺が勝ち誇っていると、貴公子が駆け寄ってきた。
「ロック君、ありがとう……っ!」
いや、なんか近い。
顔が近いって。
抱きつかんばかりに、顔を寄せてこないで。
「ありがとう! 君は命の恩人だぁ!!」
「……お、おう……」
いやスカイソード氏、感謝の気持ちは分かった。
しかし、熱烈に野郎の両手を握るのやめようよ?
あと、至近距離で潤んだ目を向けてくるのも、ちょっと……。
俺、そういう趣味、ないんで。
少女マンガみたいな金髪貴公子さんは、フツーに女子と仲良くしててね?
▲ ▽ ▲ ▽
「な、なんなのアレ!
なんなのアイツ!?
ビューンって飛んだわよ!?
しかもドドドォ!って、なんかスゴいの出たわよ!?」
うるさい子が崖の上で、また何か叫んでる。
それにリアちゃんが、自慢げな声で言い返した。
「何度も何度も何度も、言いましたわ。
お兄様の『必殺技』 ── 決まった動きを繰り返す魔法ですの」
「ウソつけぇええ!
『決まった動き』とか! なんも関係ない!
いい加減な説明するな、コンチクショー!」
「何が『いい加減な説明』ですの!?
イラッときましたわ ── ドォーン!」
「── キャッ!
またやったわね、この尻アタック女ぁ!」
君ら、元気だな(呆れ)。
でも、そろそろいい加減にしようね?
そう思った俺が、口を開きかけた時 ──
── キイキイキイ……ッ!
不意に、中型犬並のコウモリが群れなして飛んできた。
大河の流れどおり下流へくだるように。
上流の、15~20mの滝の方から、水面の上を飛ぶ。
金髪ボブの貴公子も、見上げて疑問の声。
「急に<岩蝙蝠>が……?」
せっかくのチャンス、さっさと巨大カメに止めを差したい所だ。
だが、今はそれより周囲に気を配る方が優先だ。
なにせ、小型の魔物が群で逃げてくる、というのは危険の前触れだからだ。
── ドオォォ……ンッ!!と、身体の芯に響く爆音!
<岩蝙蝠>の大群が、一気に叩き落とされた。
大河の水面にバチャバチャと落下して、水しぶきを立てる。
(── 今のは、魔物の魔法かよ……っ
たしか、さっきサリーさんが言ってた『吐息攻撃』とかいうヤツっ)
俺は確かに、爆音の直前に『ゴォーン!』と魔物特有の魔法起動音が聴き取っていた。
大滝のゴウゴォと流れ落ちる水を、暖簾のようにかき分けるて、ヌゥ……ッと巨大な顔が出てきた。
どうも滝の裏に洞窟があったらしい。
そこから、巨大カメ<六脚轢亀>が姿を現す!
「うそ……っ」
「もう一匹だなんて……」
途端に、ブゥンブゥン……ッ、と煩いくらいのハエの羽音。
強烈な腐敗臭が立ちこめる。
こっちも双頭だ。
だがしかし、片方の首の途中から紫色に変色して、ダラン……と垂れ下がっている。
噛み千切られたような大きな傷穴があり、片方の頭が壊死している。
「── うわぁ……くせえ……っ」
俺は、鼻をつまんで吐き気を抑える。
すると、崖の上で動く人影が目に付いた。
「カエルさん、お願いしますっ」
メガネ女子の魔法技工士が<中導杖>を振り上げる。
さっきの【滑翔・破水蛙・改】 とかいうヤツ。
強固な甲羅を破壊した、水の下級攻撃魔法の改造版だ。
── グオォ……ッ
新手の魔物は、その声に反応して、首だけを背後に向けた。
滝のそばの崖の上、女子3人が居る方へ。
そして、大口を開くと、舌の先に<法環>を生み出して回転 ──
「── サリーさん、メグ君!?」
「リアちゃんっ!」
貴公子の声は、仲間への危険の知らせ。
そして俺の声は、妹弟子への緊急指示。
『ゴォーン!』と魔物特有の魔法起動音。
ドオォォ……ンッ!!と、身体の芯に響く爆音。
巨大魔物その2の、吐息攻撃が炸裂!
超強力な衝撃波魔法で、大滝の水流が吹っ飛び、崖の岩が砕けて落下する!
── だが、ウチのリアちゃんが、素早く対処していた。
またしても以心伝心、銀髪美少女が魔法で強化された身体能力をフル活用。
「── スタコラですのっ 撤収ですわっ」
リアちゃんが、冒険者パーティの支援役2人組をかっさらった。
女子2人を両肩に抱えて、魔物の攻撃魔法をギリギリ回避していた。
しかし、銀髪美少女は眉をひそめて、悪態をつく。
「貴女たち重いですのぉっ」
「── お、お、重くなんてないですよぉっ
もし重いとしたら、昨日のケーキ2個食べちゃったせいですっ
明日には軽くなるはずですっ」
「ふたりとも贅肉つけすぎですわっ
ひとりあたり、男性のお兄様と同じくらいには重いですのぉ」
「ちょ……っ
やめなさいよ、そういう具体的な例を出すの……っ」
リアちゃん、本当にやめたれ。
女子にその発言はマズい。
ちなみにオイラ、チビでもガッチリしてて結構体重あるんだぜ?
これでも男なんでね、脱いだら意外と筋肉ムキムキなんだよ?
── グオォ……ッ
逃げる女子3人をさらに追撃しようと、巨大魔物その2が片首を高く持ち上げる。
「── させるかっ!」
金髪の貴公子が、<短導杖>で雷撃魔法を発動。
雷撃がムチの様に伸びて、河の中の巨大な甲羅で弾ける。
俺はそれを見て、慌てて注意。
「おいおい……水辺で雷撃魔法は怖えよっ」
「くわしいね!
水の通電を知ってるなんて、さすがロック君っ」
前世ニッポンじゃ小学生レベルの知識だからな ── という自嘲は、ひとり胸に秘めておく。
貴公子は、俺の忠告に従い<短導杖>を腰のホルスターに仕舞う。
「僕の魔法は、この状況じゃ使いづらいっ」
「じゃあ、接近戦闘しかないワケかっ」
男2人、並んで剣を構える。
「お兄様! 男の友情! ダメ絶対ですわ!!」
リアちゃんが、足手まとい2人を投げ捨て駆け寄ってくる。
「では、アゼリア君を加えて3人で ──」
金髪貴公子がリアちゃんをチラ見して、小さく肯く。
だが、そこに俺が口を挟んだ。
「── リアちゃん、アレ、片方の首が腐ってる。
臭いし、汚れるぞ、ものスゴく。
それでもいいなら──」
「── お兄様!
アゼリアは、こちらの魔物の止めを差しますわぁっ」
リアちゃん、疾風のようにやってきて、疾風のように去って行く。
貴公子が、<正剣>を構えたまま、目を点にする。
「── え、えぇ……?」
「ウチの妹弟子、腐った臭いダメなんだよ。
途中で離脱されるよりマシだろ?」
そうこうしているウチに、リアちゃんと他2人の女子が合流。
「アンタ、他人を物みたいに投げるの止めなさいよ!?」
「すぐ座り込むドジっ子のくせに、うるさいですわっ」
「こ・い・つぅ~~~っ」
「メグちゃん、<中導杖>は振り回さないで、壊れちゃうっ
それより、ほら、ちゃんと魔法で支援をしなくちゃ、ね?」
「その通りですわっ
お荷物メグさんは、遠くで魔法でもチマチマ撃ってるといいですわっ」
「キィィィィ!! このぉ~~~っ」
「ああ! メグちゃん<中導杖>を噛まないでっ」
向こうの女子3人は、相変わらずな様子だった。
「上手く二手に分かれた、と考えるかな……」
「実際は、戦力分断だけどな?」
「番で挟み撃ちされるよりマシさっ
── ロック君、手早く片付けようっ」
「おうっ」
かくして、俺たち男ペアは、河の浅瀬で水しぶきを上げながら走り始めた。
!作者注釈!
2021/11/02 必殺技コマンドを一部変更しました(誰にとってもどうでもいい改変情報)
2022/10/25 必殺技コマンドを一部変更しました(誰にとってもどうでもいい改変情報、約1年振り、2回目)




