25:双頭の狂乱
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
「『双頭』っ! 異常個体か!?」
金髪ボブ男のヒョロい貴公子が、そう叫ぶ。
同時に、パーティの女子2人の手を引いて、緊急回避。
俺も、ジジイから聞いた事がある。
魔物の異常個体 ── 特に『双頭』となると、かなり危険だ。
本来は大人しい種類の魔物であっても、凶暴化するらしい。
『さらに厄介なのは、魔法じゃ。
双頭になり知能が増すせいか、威力が尋常ではない ──』
ジジイのそんな言葉を思い出した瞬間、それが来た。
魚をくわえてない方の巨大カメの頭が、大口を開く。
その中から伸びる、赤い大きな舌。
それを中心に、<法輪>が発生する。
「── ぶ、吐息攻撃が来ます!
みんな、伏せて!!」
周囲に注意を発したのは、魔法技工士のサリーさん。
── 『ゴォーン!』と寺の鐘でも突くような、魔物特有の魔法起動音。
同時に、ドオォォ……ンッ!! と、身体の芯に響く爆音。
「── お兄様、後ろへっ」
間一髪、リアちゃんが前に出て、<正剣>の内蔵<魔導具>を起動。
【圧水盾】という、中級魔法で防御してくれたから、無事で済んだ。
「やっべぇ……っ」
振り向いた先の、薄暗い森の枯れ木は、重機で切り開いたみたいに広範囲になぎ倒されている。
なお、ヒョロ貴公子ら冒険者3人は、サリーさんが起動した<魔導具>の土魔法の防壁に隠れている。
土魔法の防壁がボロボロになっている辺り、かなりギリギリな感じだが。
「コイツ……脅威力、いくつあるんだよ……っ」
「本来の<六脚轢亀>は、脅威力4!
双頭の異常個体という事を考えれば、脅威力5、最悪6かもしれない!」
俺のぼやきに、ヒョロ貴公子が叫び返してくる。
通常、冒険者に振られる魔物退治は、『脅威力5』まで。
『脅威力6』とかもう、冒険者程度の雇われ傭兵が出る幕じゃない。
正規の軍隊が出動するような、小規模な戦争レベル。
小さな市街なら、存亡の危機だ。
「う~わ~……帰りてぇ……っ」
気分は『午前様な残業が確定!?』という感じ。
前世ニッポンのサラリーマン経験で例えるなら『就業のチャイムの直前に、重大なトラブル案件が滑り込んできた』ようなモノ。
今から幹部クラスの緊急会議が始まり、同時進行で下っ端は現場で応急処置。
トラブル解消するまで、終電過ぎになっても家に帰れないパターン。
「もう、俺らがどうにかするレベルじゃなくないっ
領主の軍隊とか、騎士団とか、そういう所に任せようぜっ?」
「そうは言っても!
ここを切り抜けないと、帰るに帰れないよっ!?」
「まぁ、そりゃそうか……」
以上、俺と貴公子の、叫びながらの打ち合わせ。
「コイツも斬りにくそうですわっ
六本足の魔物、みんな面倒で嫌いですのっ」
リアちゃん、ちょっと不機嫌気味。
「えぇ……っ
ウソウソ、どうすのよ、コレぇ……っ」
半泣きなのは、年下少女メグ。
その従姉サリーさんは、意外と落ち着いている。
「大丈夫よ、メグちゃん。
マァリオさんと、アゼリアさんがついているんだから。
<御三家>天剣流と、『剣帝』後継者だもん、きっと大丈夫よっ」
「だ、だけど……サリー姉……」
さて、前にも似たような事を言った気がするが、魔法を使うので魔物は基本的に知能が高い。
人間の表情くらいは、簡単に察知する。
だから、まずは一番弱そうな人間 ── 怯えて顔を歪ませている、年下少女メグをターゲットにした。
── グオ! グオォォォ!
ズドズドズドン……ッと、河から陸上に上がっても結構な速度で迫ると、カメの首長をムチのようにしならせた。
サリーさんの土魔法の防壁へ、バガンッボゴンッと双頭を叩き付ける。
魔法攻撃を防いで既にボロボロだった、高さ1.5mの土塁みたいな障害物が、ついに決壊する。
「── キャァ……ッ」
「走って! メグちゃんっ」
サリーさんは、さすがヒョロ貴公子の冒険者メンバーだ。
ピンチとみるや、とっさに走り出した辺り、荒事に慣れてる。
しかし、手を引かれている従妹メグは、まだ新米。
恐怖で身体が強ばって、足も満足に動いていない。
すぐに蹴躓いて、ひとり残されてしまう。
「メグちゃん!」「メグ君!」
冒険者パーティ2人の、悲痛な声。
ギシ……ギシ……ギシ……ッ、と地面を軋ませながら魔物の巨体が持ち上がる。
「ひ、ひぃ……っ」
年端のない少女の顔に、深い影がかかった。
<六脚轢亀>の巨体の影だ。
一番後ろの脚1対と尻尾を支えに、ほぼ90度の直立姿勢。
そのまま倒れ込み、逃げ損なった獲物を押しつぶす気なんだろう。
推定50トンの甲羅のボディプレスなんて、どんな岩でも木っ端微塵。
たとえ鋼鉄の鎧だって、ペッシャンコだろう。
── 柔らかな女子供なんて、言う間でもない。
「ちぃっ 仕方ねえぇなぁ……っ」
俺は、舌打ち。
同時に、右手の薬指が『チリン!』と鳴った。
▲ ▽ ▲ ▽
── ドォォン、と爆発したような轟音が響いた。
土煙が舞い上がり、爆風じみた風圧が、周囲の木々を揺らす。
<六脚轢亀>の巨体のボディプレスは、中々とんでもない威力だ。
まるで、空から爆弾が落ちてきたという感じだ。
「── メグちゃん……! メグちゃぁ~んっ!!」
魔法技工士サリーさんの、泣き叫ぶ声。
それを目印に、俺は土煙の中、着地する。
「わ、わたしが、連れてきたから……
わたしのせいでぇ……っ
メグちゃんが、死んじゃったぁ……」
「── いや、死んでねえし……」
俺は、小脇に抱えたお荷物を、号泣している従姉さんに押しつける。
「メグちゃんっ!! よかったぁ……よかったよぉ……」
「うん、ごめん、サリー姉。心配かけちゃって」
「── ロックさん、ありがとうございますっ
……あ、でも……いま一体、どうやって?」
「あ、いや、その……」
サリーさんの追求に、俺は目を泳がせる。
すると、最悪な状況に止めをさす声が、俺の背中にかけられた。
「── あぁっ!
お兄様、こっそり必殺技を使いましたわね!」
そう、オリジナル魔法【秘剣・速翼】を使った。
飛翔突進系必殺技で、潰されそうなメグを間一髪で救出したワケだが ──
「── うっ、リアちゃん……っ
ほら、今のは、その、緊急避難っていうの?
依頼人の尊い命がピンチだったワケで……」
「わたくし、言い訳など聞きたくありませんの!
悪い子のお兄様なんて、お師匠様にカンカンに怒られれば良いんですわっ
まだ謹慎期間中なのに ── あと1週間あるのに、勝手に必殺技を使ったんですものっ!!」
「いや、ちょっと待って、リアちゃんってば。
あとで、ゆっくり兄ちゃんと話し合おう? ね?」
「いやですのっ
今日はずっとわたくしが、お兄様をお守りするつもりでしたのにぃ!
お兄様ったら、すぐにひとりで行くんですものっ
さっきからずっと、リア、プンプンですわ! 怒ってますの!」
そんな騒ぎをしていれば、当然、魔物が向かってくる。
── ガアァァッ!
「うるさいですわ、お前っ!」
リアちゃん、『チリン!チリン!』と【秘剣・三日月】を連続発動。
得意技の『×字三日月』だ。
巨大カメ<六脚轢亀>は、とっさに双頭を甲羅に引っ込め、必殺技をやり過ごす。
だけど、多少なりとも血が飛沫いた。
引っ込めた首周りの肉が裂け、巨大甲羅にも傷が付いた。
それで、リアちゃんを『危険な相手!』と認識したんだろう。
── グオ! グオォォォ!
巨大カメが雄叫びあげて、こっちに突進。
薄暗い森の枯れ木を、次々となぎ倒しながら、迫ってくる。
俺とリアちゃんは、木の間をすり抜けるように走って逃げる。
「── よし、リアちゃん、わかった!
明日は兄ちゃんと、<翡翠領>でお買い物しよう!」
「お兄様ったら!
わたくし、そんな事でそそのかされませんわっ」
魔物から逃げながら、併走する妹弟子に交渉をもちかける。
「えぇ~、リアちゃん、中央広場で屋台のアイス食べたくないの?
残念だなぁ、兄ちゃん、山に帰る前にアイス食べたかったのにぃ」
「う、あ、アイスですの……?」
リアちゃんが今朝、<翡翠領>中央広場で、物欲しそうにしてたのを忘れてないぜ。
屋台のチョコバナナかアイスか、2択だったけど、アタリを引いたみたい。
「そうそう。
二人で別々のアイス買って、食べ比べしようか?」
「アイス………お兄様と……?」
「アイス、何がいい?
バニラ、チョコ、ブドウ果汁のヤツもいいかなぁ?」
「……お兄様の、ひざの上で?
リアに『あーん』してくれます?」
おう……難易度が高いことを……。
公衆の面前で、なかなかの羞恥プレイ。
たまにこういう、お子ちゃまな事を言うな、ウチの妹弟子。
「── あぁー……うん、そうだね。
ひさしぶりに『食べさせっこ』しようか?」
「い、いきますわ!
リア、明日はお兄様とデートですの!」
「そうかそうか……
じゃあ兄ちゃん、今から必殺技を使っても大丈夫かな?」
「ぜんぜん大丈夫ですわ!
リア、きっと今日の事なんて全部、ゼンゼン忘れてしまいますのっ」
「……そ、そうか?」
「アイス・アイス・愛々・アイスぅ~♪
愛スクリーム、ランランラン♪」
「…………」
リアちゃん、上機嫌でスキップ。
魔物と命がけの追いかけっこ中というのに、まるで緊張感がない。
あと、ウチの甘えん坊が、なかなか兄離れできない件について。
最近いよいよ義兄愛が激しくなってきて、兄ちゃんちょっと心配です。
「まぁ……ともかく、片付けるか」
何は、ともあれ。
『お目付役』から、必殺技の使用について限定解除を頂きました!
ジジイから決闘と道場破りの罰で、謹慎3週間目の俺。
巨大カメ<六脚轢亀>異常個体討伐戦に、緊急参戦!
「いくぜぇ、くそカメぇっ!」
── ででっでっでっでっ・でぇ~ん!
── ちょうせんしゃ あらわるっ!?




