236:善意のリレーの果て
都市外に出る城壁の『関所』では、AA級冒険者戦団『人食いの怪物』の雷名が役に立った。
突然の英雄の訪問に、衛兵たちが並んで敬礼をして、さらに周辺見回りに使っている荷車を貸し出してくれた。
お陰で、異変を感じて街を飛び出してから、魔物の森の中にある目的地へ到着するまで、30分もかからなかった。
「ねえ『#2』。
なんかあの辺り、森の木がメチャクチャに倒れてない?」
「ええ、よほどの大物が暴れ回ったのでしょうか……。
すさまじい破壊っぷりですね」
「いかん、血の匂いにつられて魔物が集まってきている。
―― 同胞よ!」
鹿ツノ兜の魔法使い『#3』は、荷車の後ろを追走する魔物を見て警告の声をあげる。
すると、戦団の#1の『骸骨被り』・エンリコは、騎士の立礼のように両手持ちの剣先を天に向けた構える。
全身から立ち上っていた紫色の魔力が、巨大剣に集中して漆黒に染め上げる。
「任せろ! 先に行けっ」
ヒツジ骸骨を被った巨漢は、ひとり荷車から飛び降りた。
狐型の魔物の群れ3匹は、急に目の前に降って湧いた人間へと、喜んで飛びかかる。
しかし巨漢は、成人男性が頭から爪先までスッポリ隠れるのではないか、と思うほどの鉄塊大剣を素早く振り回して迎え撃つ。
「フン! ハァ! オリャァ!」
ギャン! キャィッ! キャン! と魔物は悲鳴を上げて吹き飛ばされる。
巨漢の撃剣は、斬撃というより大槌の打撃。
もはや殴って押し返すような力任せで、3匹の狐型魔物は跳ね飛ばされたものの、転がって起き上がってくる。
「フン……ッ。
<電尾跳狐>どもの獣脂まみれ毛皮は『剣刃殺し』で、やはり並みの<錬金武装>じゃ『刃が立たん』な。
だが ――」
巨漢が骨兜の中でそうつぶやくと、3匹の魔物の身体に刻まれた『黒い斬撃痕』が、漆黒にまばゆく輝く。
そして、ヴォォン! ヴォォン! ヴォォン!と、闇が膨らみ爆ぜて、狐型魔物3匹を呑み込んでしまう。
「―― 魔法剣なら問題ないっ。
いい練習相手だ!」
そして『骸骨被り』は【身体強化】魔法を使っていない『未強化』でありながらも、疾駆型の魔剣士並みの疾駆で荷車に難なく追いついて、乗り込み、仲間に合流する。
「『破滅の魔法剣』の変則攻撃『連鎖起爆』、形になってきた様だな?」
「ああ、最初アイツに言われた時は『なに寝言ほざいてんだかっ』と思ったんだがな。
応用は思った以上に、使い勝手が良い!
まったく剣帝流さまさまだ!」
同年代の男性魔法使いの問いかけに、巨漢の『#1』は喜色満面の答え。
「見えてきましたよ!」
御者席で<駒> ―― 魔法で動く機巧の牽引馬代わり ―― を操っていた参謀役のメガネ青年が、声を張り上げた。
「森の中で誰か魔物と闘っています!
あれは ――」
「―― 剣帝流のお姫さまっ?」
妖艶な美女は、思いがけない相手との再会に、驚きの声を上げた。
―― 『このぉ……っ! 魔物どもがぁ!!』
荷車の進行方向の先から、激しい戦闘音と怒号が響いてくる。
森を抜ける街道らしき土砂の道の最中で、魔物の群れ相手に大立ち回りをする、銀髪少女の姿があった。
―― 『お兄様をぉ!』
―― 『食おうと、するなぁぁぁ!!』
―― 『殺してやるぅ! みんな全部、殺してやるぅ!!』
それは、戦闘の際の気迫などでは、もはやない。
怒りと憎悪が入り交じる、狂乱の絶叫だった。
「……何か、あったのでしょうか?
明らかに、錯乱している様ですが……?」
「……アレは、まさかっ」
剣帝流後継者アゼリア=ミラーらしき銀髪少女は、左手だけ<正剣>を振り回し、1撃するたびに魔物を1体斬り殺している。
しかし、その動きが荒々しく見えるのは、右手にボロ袋の様な物を抱えたままに、戦闘を行っているからだ。
荷車がそこに近づいて、銀髪少女の抱える『荷物』の正体が明らかになれば、冒険者戦団の女性2人は、ショックを受けて口に手を当てる。
「―― ひぃ……っ」
「うわ……っ」
それは『人体』だった。
それも、本来の重量の1/3も肉体が残っていないだろう。
黒髪で、小柄で、少年で、傷だらけで、頭も半分欠けて、四肢は左手1本しかない ――
「―― ふざ、けるなよぉ……!」
沈黙が落ちた荷車の中で、太い声が重く響く。
『#1』だ、『骸骨被り』エンリコ=ダンヒルだ。
巨漢の冒険者は、青い目に爛々と怒りの火を灯し、ゆらりと立ち上がる。
「全員、手伝え……っ」
彼は、雑嚢から小瓶を1本取り出すと、自分の腰の革鞄に移し替える。
それは、黄金色の薬液の入ったガラス瓶 ―― 古代の秘薬<神癒薬>だ。
「あのバカ野郎を、ぶん殴ってでもたたき起こすっ!」
▲ ▽ ▲ ▽
銀髪を踊らせる少女・アゼリア=ミラーの剣術は、10匹近く集まってきた狐型魔物を次々と斬り裂いた。
わずか数分で、獣毛の死骸の山を築き、血なまぐさい匂いを一帯に漂わせる。
ほとんどが一刀両断。
あるいは彼女が、利き手の右手でお荷物を抱えて無ければ、もっと早く片付いたかもしれない。
おそるべき剣の才媛だった。
「並みの魔剣士10人 ―― いや、30人並みか?」
「まあ、さすがは剣帝流。
帝国最強流派の看板に偽りなし~、ですねぇ~っ」
痩せた長身の中年男性『#3』と、金髪と褐色肌の麗しい乙女『#5』は、そろって感嘆の声。
戦団で魔法支援を担当する2人は、他のメンバーが配置についたのを見て、同時に動く。
師弟である2人は流れるような規定動作で、<長導杖>の柄の中程を左脇に挟むと、木製の輪<刻印廻環>を目標に向け、右手で狙いを微調整しながら、魔法術式を起動。
機巧詠唱の『カン!』という音が同時に鳴り、また攻撃魔法の宣告も同時。
―― 『【下降颶】』
目標の上空30m程に狙って放たれた中級の支援魔法が、大気を吸い込んだ後に爆発。
大型魔物でも動きを鈍らせるような風の爆圧が、上空から地面に叩きつけられる。
それが森林を突っ切る街道らしき土砂道に降り注げば、道脇の木々の枝が強風圧により、ベキッ……ボキッ……とへし折れ、ゴウゴウと滝に似た轟音で周囲の音が聞こえなくなる程だ。
「―― いくぞぉー!!」
轟音に負けない号令を上げながら、先陣を切ったのは『骸骨被り』。
しかし巨漢のリーダーが紫色の魔力で身体能力を底上げして、風圧抵抗をかき分け突進しても、<封剣流>の天才児はヒラリと躱す。
「―― 何ですの!? 敵ぃ!? なら殺ス!!」
アゼリア=ミラーは、2重の支援魔法で地面に抑えつけてくる風圧を、まるで川魚が激流を泳ぐようにかき分ける卓抜の体捌きで、襲いかかった巨漢から距離を取る。
しかし、その言動は過激で極端で、明らかに冷静さを欠いていた。
「―― !?」
ザッ、という異音が風の轟音に混じる。
途端に影が差して、アゼリアは地面を転がって回避。
「クソったれ、上を見ずに奇襲避けんのかよ!」
樹上から飛び降りて捕まえようとしていた少年冒険者『#6』は、空振りの悔しさで地面を殴りつける。
「いくわよ!」「ハア!」
アゼリアが回避の転がりから起き上がる瞬間にあわせて、茂みから飛び出す男女2人。
ツリ目の褐色女『#4』とメガネ青年『#2』が、鞘を付けた<正剣>を構えて挟み撃ちだ。
「このぉ! うるさい! ですわぁ!!」
銀髪の少女剣士は、碧眼の目尻を険しく吊り上げて、魔物の返り血がついた<正剣>を構え直す。
襲撃者の左右からの同時攻撃、まずはその同時タイミングを崩す。
そのためにアゼリアは、剣を肩甲に担いで柄の先を、振り下ろしてくる女性の鞘付き<正剣>にぶつけに行く。
そうする事で、反対から挟み撃ちしようとしたもう1人に、切っ先を突きつける形になる。
「クッ……!」
喉元に剣を突きつけられたメガネ青年が、一瞬動きを止める。
「このっ! ――」「―― ヒュゥ……ッ!」
さらに変則的な鍔迫り合いになったツリ目の褐色女が押し込む力を利用して、後方へ ―― つまり挟み撃ちする青年の方へと跳ぶ。
「な、何ぃ!?」
メガネ青年は、さらに迫る剣先をのけぞり躱す。
すると、銀髪少女は飛び退きの勢いで背中から体当たりして、挟み撃ちから抜け出した。
「ちょっと! 一瞬で抜けられたんだけどっ!」
「これが、<封剣流>の忌み子にして秘蔵っ子……!」
挟撃を抜けてしまえば、速剣名門の天才児アゼリア=ミラーの独擅場だ。
ガ・ガン! ガ・ガ・ガ・ガ・ガ・ガ……!
自分の背丈ほどの剣を操り、大人2人の魔剣士を相手に、連撃の手数で圧倒する。
「片手で、コレ!?」
「クッ……、予想以上の手強さっ」
まるで刃の嵐の様な苛烈さに、戦団『人食いの怪物』の冒険者2人は、一旦距離を取る。
「オイラも加勢するぜ!」
戦団『人食いの怪物』の最年少『#6』が、銀髪少女の背中に向けて突撃する。
そしてそれは丁度、アゼリアがずり落ちかけた右手の『お荷物』を、抱え直そうとしたタイミングだった。
「―― 邪魔ぁ、このぉ!」
銀髪少女が慌てて振り返りながら、横薙ぎの斬撃。
焦りから少し荒い迎撃を、年少の冒険者『#6』がバク転の要領で回避。
さらに、逆立ち体勢で身を縮める様に手足を折りたたみ、一気に伸ばす『逆立ち蹴り』の様な反撃さえしてくる。
「―― これは!? お兄様のぉ!!」
「アンタの兄貴に憧れて目標にしてるのは、アンタだけじゃないんだよ!」
年少の冒険者『#6』による予想外の反撃に、アゼリア=ミラーの体勢が崩れる。
その隙を見逃さず、男女2人の冒険者が駆け寄る。
「クッ、本当に何ですの!」
アゼリア=ミラーは、慌てて地面を蹴り、何度も飛び退る
先程から激しく落ちてくる風に抑圧された、小規模なジャンプの連続で距離を調整する。
しかし、それを狙っていたかのように、
「―― 勝機。
【強制解除】」
長身の中年男『#3』が<長導杖>を高く掲げた。
途端、上空から降ってくる激しい風圧が一瞬で消失。
「なっ! こんな手がっ!?」
アゼリア=ミラーは動揺の声を上げる。
予想以上の高度まで跳び上がってしまい、地上7m程の空中で焦る。
さっきまで、上空から降り注ぐ激しい風圧で『疾駆型の身体強化』による高機動を抑圧されていたのが、急に解除されて身体操作の力加減に失敗して、過剰な高さまでジャンプしてしまったのだ。
例えるなら、手足に重りを付けられていると全力を込めたらスッポ抜けた様な物だ。
そして、空中という身動きの取れない状況の銀髪少女アゼリアへ向けて、重りのついた鋼糸が飛ぶ。
それがまるで分銅鎖の様に、斬り払おうとする<正剣>に巻き付いた。
「このぉっ ――」「―― すまない、少女。【放電】ッ」
長身の中年男『#3』が自力詠唱で魔法を起動させると、ピシャン!と紫電が鋼糸を伝って炸裂。
感電した少女は、受け身も取れずに地面に落下した。
「ぁ、ぁ……う、……ぉ、……ぃぃ、……ぁ、ぁ……っ」
彼女が、感電して麻痺した右手を必死に伸ばす先には、落下してゴムボールの様に跳ねて転がる、一抱えの肉塊。
生前の1/3にまで削れた、黒髪の少年ロックの姿だった。
▲ ▽ ▲ ▽
「―― うわ……っ」
そうつぶやいて、目を伏せたのは誰だったのか。
無数の死線をくぐり抜けた、歴戦の冒険者戦団『人食いの怪物』でも、思わず言葉を失う様な有様だった。
かつて少年だったその『人体』は、頭部は上半分が欠損し、両脚は無く、胴体も右半分が消失している。
もう、脳も内臓もこぼれ落ちて無くなっていて、血すら流れ落ちてこない。
もはや手の施しようのない状態、などという次元では無い。
誰が見ても、明確で覆し様のない、『死』の有様だ。
「や、ぇ、てっ! おぃぃ、ちゃん! とぁ、ぁい、で!」
その声は、銀髪少女アゼリアの物だった。
感電してしばらくは動けないはずなのに、ずりずりと前に這って、その『人体』へと近づこうとする。
常識をくつがえす程に強い愛情と、それ故の深い悲しみと絶望が知れた。
「邪魔だ、誰か抑えてろ」
巨漢の『#1』はヒツジ骸骨の骨兜を脱ぎ捨てながら、仲間に指示する。
褐色の乙女『#5』は、銀髪少女を後ろから抱き上げるように拘束した。
「ごめんなさい。
でも、大丈夫だから、きっとウチの父さんが ――……」
「や、らぁ~、おぃぃ、ちゃん! ウェ~ン! ビェ~~ン」
電流の麻痺もあってか、舌足らずで泣き出す少女の姿は、悲しみのあまり幼児返りした様にも見えた。
「クソ……ッ、こりゃどうすれば良いんだ? 刺して使うのか?」
巨漢の『#1』は、腰の皮鞄から取り出した黄金色の薬瓶の蓋を抜いてから、舌打ちする。
通常使う市販の<回復薬>や<治癒薬>と違い、経口薬では無いらしい。
「注射と同じで、血管に刺せばいいのか?」
金色短髪の巨漢は思いついたままに、『黒髪少年だった人体』の首筋に<神癒薬>の薬瓶から出た針を刺してみる。
そして10秒、20秒、30秒……。
何の反応もなく、無為に時間が過ぎる。
ようやく雷撃の麻痺が抜けてきた銀髪少女アゼリアが、哀願の声をあげる。
「やめてぇ! もう傷つけないで!
お兄様、リアのために頑張ったの! いっぱい傷だらけで頑張ってくれたの!
だからもう、苦しめないで!!」
それを切っ掛けに、重苦しい空気に口を閉ざしていた冒険者のメンバーたちが、ポツポツと話し始めた。
「やはり……、これは戦闘痕。
これ程の使い手が、これ程に追い込まれる相手とは、いったい……?」
魔法使いの中年男性『#3』が、訝しむ。
「あの黄金色の虫型魔物以上の相手と闘った、って事ぉ……?
冗談じゃないわよっ」
ツリ目の褐色女性『#4』は、思いがけない危険に身を震わせる。
「つまり、あの落雷みたいな『青い魔法剣』でも殺せなかった魔物がいるって事かよ。
うわ~、マジかよそれっ」
最年少の少年『#6』は、悪夢だとばかりに天を仰ぐ。
そして、参謀役のメガネ青年『#2』は、巨漢の養父へと一歩近づいて、告げる。
「養父さん……。
<神癒薬>は『死者すら蘇る古代魔導文明の秘薬』とは言われています。
しかし、それはあくまで伝説で。
記録では、難病や、重傷が治った例はあっても、本当に死者が蘇った例は ――」
「―― ああ、ジェン、そうかもしれねえ。
だが、まだ解んないんだろ?
死人に<神癒薬>を使っても蘇らないとは、まだ誰も確かめてはないんだろ!?」
『諦めろ』と遠回しに告げる養息に、『最後まで諦めない』と答える養父。
巨漢の『#1』が周囲を見渡すと、今まで意識から閉め出していた、少女の泣き声が耳に入った。
―― ヒエェ~ン! ビェエエ~~! おにぃしゃま、おにいちゃぁ~ん!
―― どうしてリアを置いていったのっ
―― どうして連れて行ってくれなかったの!
―― ひとりは、やだよぉ~~~! ひとりじゃさびしいよぉ~!
―― ウェェ~ン! どうせ死ぬのなら、いっしょに連れて行ってよぉ~~!!
巨漢の脳裏で、最愛の妻を失った日の事が思い出される。
銀髪少女が幼児退行した様に泣く姿が、母親を失った愛娘の泣き顔に重なった。
▲ ▽ ▲ ▽
カッと、巨漢の怒りに火が付く。
「ふざけてんじゃねーぞ、テメー!!」
かつて少年だったその『人体』の首筋に刺していた、古代の秘薬を抜き取り、今度は胴体の中程から斜めに、深くに刺す。
人体の急所・水月から、さらに斜め上へと抉り込んで、心臓に届かせるつもりだ。
「戻ってこい! 戻ってこい、このクソガキが!」
ガラス瓶の中の黄金色の薬液が、少しずつ流れ込んでいるのを確認しながら、『黒髪少年だった物』の肋骨を両手で圧迫し始める。
心臓マッサージだ。
既に血液など全て流れ落ちて一滴も残っていない心臓へと、古代の秘薬を直接流し込み、そこから血管を通じて全身に送り込もうという考えらしい。
「守ると決めた物を守れない男には価値がない、だと!?
バカお前この野郎! 俺に向かってそんな大口叩いたんだ、勝手に死なせないぞ!」
その救命行為というには狂気的で鬼気迫る様子に、誰も口が挟めない。
巨漢が押し潰さんばかりに身を乗り出し、何度も何度も胸部を圧迫する。
「お前、これで、いいのかよ!
お前の妹、後追い自殺でも、しそうな、勢いだぞ!」
肋骨がきしみ、その奥の臓器が傷つく程の、荒々しい感情のこもった力強さで。
「いいのか! 良くないだろう! だったら、もどってこい!
もどってこい! 男として、果たす事! まだ、あるだろう!!」
不意に、ビクリ!と手が挙がった。
少年の死体で、唯一残った左腕が、天へと伸ばされる。
まるでそれは、死後硬直に電気が走って反射で動く様な、一瞬は蘇生したと錯覚する様な動き。
しかし、錯覚とは違うと、明らかに解る『異常』が起こる。
―― 『まもる!』と死人が叫んだ。
―― 『なにをしても!』と天へと高らかに声が響いた。
それはあるいは、死の末期において、最後に告げられなかった言葉なのかもしれない。
やがて、ドクン! ドクン! ドクン! と鼓動に合わせて身体が揺れ始める。
そして、ビキビキ……ッ、ミシミシ……ッ、メキメキ……ッと様々な異音が、小柄な肉体から響き始めた。
破壊された肉体の断面から、ピンクの肉が盛り上がり始め、全身にあった無数の擦過傷も癒えて塞がり始める。
「ハッ! 手間のかかるガキだぜ!」
『人食いの怪物』の悪名をもつ冒険者・エンリコは、そんな悪態を嬉しそうに吐き捨てる。
「見ろよ、お前ら!
この『骸骨被り』が背中を預けた、当代無双の英雄だ!
ああ、お前がそんな簡単にくたばっちまう訳ないよな!!」
豪傑無双のAA級が、嬉しそうに少年が蘇生していく様子を見守る。
「お兄様ぁ~~!」
銀髪の少女が泣きながらすがりつく。
その肩を優しく撫でながら、褐色肌の乙女が目を潤ませた。
「……あらゆる苦難を高潔な魂で下し、ついに死すら超越する。
さすがは、リザベルの勇士様ぁ~」
―― ここは異世界。
人食い魔物に人々が脅かされる、厳しい世界。
しかし、そこにも人間が生き、社会があり、善性がある。
善意は弱い、悪意の前に、たやすく塗りつぶされて消え去る。
しかし、それが守られ、繋がり、伝えられ、広がっていく事もある。
そして、そんな善意のリレーの果てに、大きな成果を為す事がある。
人はそれを、奇跡と呼ぶ。
▲ ▽ ▲ ▽
地面に寝かされた少年は、ただただ天に左手を挙げていた。
―― 『我に再戦の意志あり!』、と。
左の握り拳を、まるでコインでも握りしめる形で天に突き上げていた。
―― 『連続コンテニュー上等!』、と。
別世界ニッポンに掃いて捨てる程にゴロゴロしている、ゲーム熱狂者という負けず嫌いな人種が、いつも顔を真っ赤にして言うように。
―― 『俺が勝つまで続ける! 意地でもクリアしてやる!!』、と。
だから、ここは彼らゲーマーの流儀で言おう。
別世界ニッポンからの乱入した挑戦者ロックは再戦した、と。
GAME OVERのカウント20を過ぎて、カウント0になり、さらに1,896ものマイナス・カウントの果てに。
── ででっでっでっでっ・でぇ~ん!
── てんせいしゃ よみがえるっ!?




