233:最終決戦奥義
春の晴天の<金鉱島>。
その島の中心付近にある魔物の森に、『氷の構造物』という巨大な異物が現れてから10分も経った頃だろうか。
―― 不意に、その氷壁に囲まれた内部にけたたましい音が響き渡る。
ヴゥオンッ!という音が、まるで雨雲の稲光かの様に大気を震わせた。
『……今のは、何ダ?』
続いて、 ヴォヴォヴォヴォヴォ……!と響き渡る獣のうなり声じみた重低音。
さらに異変が続く。
周囲が昏く陰ったのだ。
急に暗雲が立ちこめたように、辺り一帯が暗くなる。
「待ちわびたゼぇ……! 一日千秋のぉ、思いで……!!」
ロックは、『こらえきれない』とばかりに身体を震わせる。
しかし死闘の相手は、黒髪の少年に目も向けない。
『……な、何ダ……?』
金髪ワシ鼻の男は、まずは魔法で作られた『氷の天井』を見上げる。
だが、その向こうにある空は青く、太陽は照りつけている。
そのまま周囲を見渡すが、氷壁の向こうのどこを見ても、暗雲など見たらない。
「これで、約束どおり……! 誓いどおり、になぁ……!」
『何なんダ……? いったい何が、起こっていルぅ……?』
歓喜の声を上げる少年と、恐慌に近いパニック状態の巨体の異形。
さっきまで勝ち誇っていた『異形の人馬形態』が、突然の異変に顔を引きつらせる。
警戒を強めている理由は、何よりも『この異質で異常な魔力』の高まり。
彼、異国の男は、内心『あるいは、<四彩>の青魔が氷壁の外で包囲していて戦略級魔法でも狙い撃とうとしているのでは』とまで危惧した。
『オイ貴様ッ! いったい何を、しでカしたァ!!?』
「これで、お前をぉ……! 殺して、やれるぅ……!」
異国の男がすさまじい悪寒に襲われながら声をかける相手は、勝利の喜悦に震えている。
『なん、だと……?』
「このぉ、千倍の魔力でぇ……!」
大型車両なみに巨大な異形の者と、戦傷のあまり立つ事もできない小柄な者。
しかし、勝利を確信しているのは小柄な少年で、思いがけない窮地に顔を青ざめさせるのは人間と魔物を組み合わせたような男。
その見た目と、戦闘の優劣が、まるでチグハグだ。
「俺ごと全てを消し飛ばすぅ……!」
そう告げる形相は、死兵の狂気そのもの。
そして、座り込んだ黒髪少年の背後から、ドォン……ッ!と遠雷のような轟音。
「そのためのぉ、範囲30倍以上の極太のツクヨミ、だぁ……っ!!」
転生者ロックの勝利宣告。
数百mほど向こうの森林の中で、氷壁の天井を突き破って天を突いたのは、まるで巨大な『漆黒の柱』。
そうとしか見えない、飛び道具の必殺技の超・巨大化だ。
それこそ、桁外れの魔力量に飽かして準備した、ロックの『最後の攻撃』だった。
▲ ▽ ▲ ▽
ロックが今まで密かに起動を進めていた、奥の手。
超必殺技【秘剣・三日月:極ノ太刀・闇月神】。
それは、自分自身の魔力を魔術式で分解・再構成して『破滅の魔力』を精製し、魔力刃として射出するという『切り札』だ。
さらにその『超必殺技』を、肉体の分解という禁忌の術式で手に入れた莫大な魔力を制御できる限り全て注いで起動した。
―― ズドォー……ンッ!と、遠くに雷でも落ちたような轟音が響いた、
高さ20mある『氷の結界』の氷壁の天井をぶち破り、3~4倍の高度にまで達する。
縦で70m以上という、デタラメに巨大な黒い斬撃波が、その偉容を現す。
―― いったい、いつから?
―― 鉄弦を操作して、妹弟子を『氷の結界』の外へと離脱させた時から。
―― いったい、どこから?
―― 遥か0.5kmほど向こうから、熟練した『鋼糸使い』技能により、もはや指の延長に等しい鉄弦を介した遠隔操作で。
―― いったい、どうして?
―― 得意の必殺技を出来る限り使用せずに戦闘を続けて、その分の魔力操作の意識容量を『十重詠唱』へと優先的に割いて。
―― いったい、どのように?
―― 『破滅の魔力の精製』に不可欠な『魔力過充填』の青い魔力の特徴的な音(ィィィィイイイ……ィン! という音)を、『鋼糸使い』技能の演奏技術を応用した音波合成で消音しながら。
―― いったい、なにを?
―― この敵・異国の男は自分自身が大型魔物以上の脅威である事から、この『氷の結界』という構造物を、黒髪少年が妹弟子を奪い返して守るために作り出した『猛獣の檻』と勘違いしたのだろうが、そうでは無い。
―― いったい、どうやって?
―― この『氷の結界』とは妹弟子の身命に危害をくわえた、この『異国の男』を処刑の刻限まで逃がさない『死刑囚の監獄』なのだ。
―― いったい、どうする?
―― だから近接戦闘で敵の注意を引き続けて、最後の最後まで手札を隠した完全に不意をつく形で、『必殺』を為す。
▲ ▽ ▲ ▽
「さあ、消し飛べぇ……!
俺ごと全てぇ……!!」
『じ、自爆攻撃ダとぉ……っ!? 正気カ、貴様ァ~~!?』
ロックの独白により、危機を感づいた『異形の人馬形態』はすぐに離れようと巨体をひるがえす。
しかし ――
―― ビィイ~~……ンッ!と、鉄弦が震えて、逃げだそうとする巨体を束縛する。
いくつもの鉄弦が巨大な四本の脚部に絡みつき、それから周囲の樹木の幹へと伸びて張り詰め、束縛の鉄糸となって動きを封じる。
「逃がす、かよぉ……! ゲフッ……。
この、くそヤローがぁ……!!」
『チクショー、チクショー! チクショーメぇええ!』
異国の男の巨体は、まるでクモの巣にとらわれたヤモリの様に、ジタバタと。
しかし、彼はすぐに何か気付いて、両手を手刀の形にする。
『もう要るカぁ! こんなチクショーの下半身!
邪魔ダ、邪魔ダ、邪魔ダ、邪魔ダぁ~~!!』
赤茶の竜鱗の手刀を振り回し、自分の下半身にザクザクと突き刺す。
まるでミシン目のように等間隔の『切り取り線』を刻むと、両手の手刀で一気に切除。
金髪ワシ鼻の男は、鉄弦に引っかかった巨大な下半身を切り捨てて骨盤から上の『人間の部分』だけになると、捕縛網罠の拘束からなんとか抜け出した。
上半身と両腕だけで地面を這って逃げる、『四つん這い』ならぬ『二つん這い』だ。
『冗談じゃない! 冗談じゃない! 冗談じゃない! ――』
「―― 逃がすか、コラァ~~~!!」
その背中へと、ロックがしがみつく。
即席に飛翔魔法を使って、空中体当たりを行ったのだ。
「ふざけんなよ、テメー!!」
『離せ! 離せぇ~~~!!』
両脚を失った少年と、腰骨から下を自切した異国の男。
上半身と両腕だけという、同じような姿形の2人が、もみ合い、泥臭く争う。
しかし、超人を超えた筋力の異国の男と、満身創痍の『魔剣士失格』の少年。
その身体能力には、歴然とした性能差がある。
隔絶した、力量差。
異国の男が死に物狂いで繰り出した、左の肘鉄 ――
―― その一発だけで、背後から締め上げようとしていた、小柄な少年ロックの身体は1m以上も跳ね上げられる。
「ゲ、フゥ……ッ!?」
続いて、ガムシャラに繰り出された、右の裏拳 ――
―― 落下してきた黒髪少年ロックの顔面をとらえる。
パカァ~~……ンッ!と竹の割れる様な快音。
黒髪の頭蓋骨が破砕され、脳漿まで飛び散った。
「ガ、ハァ……ッ!!」
▲ ▽ ▲ ▽
―― 死ぬのか?
―― あと一歩というところで?
―― 死ぬのはいい、だが……。
―― 仕留め損なうのは、腹が立つ……っ
―― 何か……!!
―― 何か、ねーのかよ!!
―― あと一歩で、届くんだ……!!
―― そう、俺のいm★■●▲のために……!!
―― 大事な大事な&7%¥^#ァのために……!!
―― あの【今は名前も顔も思い出せない】娘のために……!!
―― 男 が 女 の た め 命 か け て ん だ ぞ !
―― どっかに奇跡の一欠片くらい、落ちてねーのかよ!!!?
それは一瞬の、脳神経の火花。
頭蓋が砕けて飛び散る脳細胞たちが、末期に交わした神経伝達。
ある詩人の言葉を借りるなら、『仮定された有機交流電燈』がチカチカと最後に放った、青い電光の輝き。
まるで、そんな希求に応えるように、どこからか雪の結晶ようなモノがひらひらと一欠片。
砕けた頭蓋の下でポカンと開けっぱなしの、まるで死骸の様な大口開きへと。
何かが、降って、入った ――
▲ ▽ ▲ ▽
矢の様な速さで迫り来る、巨大な漆黒の柱。
バリバリと氷の天井を割り砕き、森の木々も、土砂も全て呑み込みながら、竜巻の様に迫り来る。
近づいてくれば、その強大さに身震いする程だ。
『チクショー、チクショー! チクショー ――』
相変わらず、『四つん這い』ならぬ『二つん這い』で逃げる異国の男。
不意に、ビュビュンッ、ビィン!ビィィ……ンッと、楽器用の弦が震えて鳴る音が響いた。
上半身だけで逃げる金髪男の、必死に地面を掻く胴体に、両肩に、両腕に、鉄弦が絡みつく。
決して逃がさぬと、筋肉を絞め上げ、骨を軋ませる。
『チクショー離せ! このクソガキぃ…… ――
―― ぃ、ぃぃ、ひぃ~~~!!?』
「貴様、何を勝手に逃げている?」
首だけ振り返って、異国の男は悲鳴を上げる。
死体が、口をきいたからだ。
「貴様、何を勝手に生きようとしている?」
『ひっ……!』
頭が上半分砕けて脳を無くし、すでに両の目玉が飛び出し眼窩から向こうの景色が見える。
そんな明らかな死人だ。
それが、空中に浮いて、両手で鉄弦を操りながら、異国の男に迫ってきた。
正に亡者、怨霊、幽鬼の類い。
「お前はここで俺と死ぬのだ」
『ひ、ぃぃぃぃ! ひぃ! ひぃ~~~!!?』
淡々と告げられる声が、何よりも恐ろしい。
生まれてきた事を後悔する程に、恐ろしい。
そして、それよりもさらに恐ろしいのは、その人影の向こうから、夜の闇よりなお昏い『何か』が迫っている事。
少年だった物の後方0.5kmから ―― いや、もう残り100mもない程に近づいている ―― すさまじい勢いで闇が迫ってくる。
ヴォヴォヴォヴォヴォ……ッ!と、飢えた獣の喉を鳴らす音を、何百倍にもした轟音をまき散らしながら。
『い、いやだ! たす、けて! たすけて! たすけて! 死にたくない!!』
異国の男はガタガタと震えながら、身体にめりこんだ鉄弦を引きちぎる。
両手の竜鱗の鋭さを使って斬り裂き、必死に鉄弦の捕縛網罠から抜け出す。
彼の真後ろの居る、死霊の様な少年は、もはや必死の足掻きに構いやしない。
ただただ、死を宣告するように、こう告げる。
「これは、貴様を葬るための俺ロックの最期の『必殺技』」
闇が迫る。
濃紫色の、超巨大な柱が。
「俺の『%ト3゜?ヨ』を踏みにじった貴様に絶対の死をくれてやるために、肉体を犠牲にした千倍の魔力量を込めて、一日千秋の憎しみで創り上げた、絶死の奥義」
まさに、天を突く程の巨大斬撃。
「―― すなわち、『最終決戦奥義』!
見せてやる、『三日月』の極限を!!
これが、『闇月神』の必殺剣だァ!!」
以前に戦った『魔物の大侵攻』の首魁の巨体すら呑み込む程の、超・必殺技だ。
「【千滅ノ太刀:死剣・尽黄泉】ッッ!!!」
『うわぁ~! いやぁ! 来るなぁ!! いやだぁ~~!』
異国の男が、いくら超人の戦士・魔剣士を超えた肉体能力があるとはいえ、両足を失っては素早く移動できない。
『未強化』の子どもが歩く方がマシな、遅々たる移動速度で、とても逃げ切れない。
だから、両腕で這っての『逃走』を諦めた。
代わりに、その場で地面を掘り返し始めた。
土中への『退避』だ。
ザクザクと竜鱗の手刀をスコップ代わりにして土石をかき、ドシャン・ドシャンッとまるで水しぶきの様に巻き上げながら、必死に穴掘りを続ける。
『母ちゃん! 母ちゃんたすけて! 死ぬのは、いやだぁ~~~!!』
そんな涙目の悲鳴すら、狂った獣の唸りが塗りつぶす。
濃紫色の闇が、世界の一切を塗りつぶす。
その間際に、かつてロックであった屍体は ―― 常世の理を超えて動く死人は、こう告げた。
「■■■■=■■■に仇為す者よ、闇夜の露と消えろ。
無用の一番弟子と共に」
そして、ああっ、と感嘆のような息を吐いて何か告げる。
その口から出る蒸気か、あるいは冷気の様な白い吐息が、天へと昇る。
それには、狂気に入り死兵と化した男の、最後の人間性が込められた。
「XXX、XXXXXX……っ」
しかし、その言葉も、末期の声も、全て深紫色の闇に呑まれて、消えた ――……。
///////!作者注釈!///////
2025/11/01 『最終決戦奥義』の決めセリフ追加




