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異世界カクゲーSPIRIT'sサイキョー伝説[↓↘→+s] ~知ってる?異世界って格ゲー無いんだぜ(絶望)……ハッ!無いなら作ればいいんじゃね(閃き)~  作者: 宮間
Round 9:港町ステージ

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231/236

231:魔族『八将』

死闘の最中、転生者ロックの脳裏をかすめる記憶があった。



―― あれは、この2回目の人生で10歳になったばかりの頃。


ロック自身が不機嫌に、むくれている記憶だった。


『だから、付いてくるなって』

『なんでダメなんですの、お兄様』


執拗についてくるのは、つい半月前に妹弟子になった銀髪の少女。


『だから、お兄様じゃないって』

『いいえ、お兄様だって言いましたもん』


人形の様に、表情のない整った顔が、何か不快だった。

同じ10歳のはずなのに、つっかつっかえな、滑舌の悪さがいよいよ不愉快だった。


『うるせーな、さわんなって!』


少女が、ちょこんと引っ張った、服の裾。

それを、苛立ちのまま振り払った。

反応は、激烈。


『ビエエ~~ン、ヒン、フエェ~~ン』


まるで、赤子だ。

火の着いたような勢いで、泣きわめく。

外聞もなく座り込んで、口も大開けで、顔を隠す事もない。


『ふん……』


転生者ロックは、意地を張るような鼻息をひとつだけ。

幼い身体に宿ったせいか、子どもの精神年齢に近くなったのだろうか。


少し迷って渋面したが、結局は、苛立たしげな足取りで歩き去る。


―― そして、森林を泳ぐ陸鮫魔物の小型を見て、血相を変えて走って戻ってきた。


『【必殺・跳ね斬り】、トリャー!』


一撃で斬り捨てる。


ギギャ! ギギィ! ギヒャァ!

穴の開いた肺から悲鳴みたいな声を漏らし、バタバタと地面で跳ねる、全長2mほどの人食い魔物。

少年は、魔物へのトドメより先に、座ったままの少女へと振り返った。


『おまえ! ちょっと! お前っ!』


返り血を浴びた少年は、泣きわめくだけの少女に、ズンズンと荒い足取りで近づく。


『自分でなんとかしろよ、おまえ魔剣士なんだろ!!』


それは、コンプレックスの言葉だった。

自分が持たない物を、手の届かない物を、持つ恵まれた者への嫉妬がにじんでいた。


『ウェ~~ン、だってぇ、だっ()ぇっ

 おにぃひゃま(おにいさま)に、きらわれたら、わだくぢ(わたくし)……ヒンヒィ~~ンっ』


この世の終わり、とばかりに泣きじゃくる、銀髪の少女。


転生者ロックは、大人だった。

少なくとも前世は、中年まで生きて、人生経験も社会経験もあり、大人の弁えがあった。


そんな記憶が、幼い精神に成熟を呼びかける。

大人になれよ、と前世の自分の知見がささやいてくる。


『―― 仕方ないな……』


そう言って、少年は折れた。

自分の後継者の地位を奪った、新入りに、妹弟子に、一歩だけ歩み寄る。


『ほら、立てよ。

 土くらい、自分ではらえ、って……』


ぶっきらぼうに言いながらも、手を引いて立たせ、服の汚れをはたいてやる。


その少年のブスッとした顔に反して、暖かい手。

汚れをはたく、やさしい手つき。

飛んだ返り血を拭き取る、タオルの柔らかさ。


そういった物が、少女を泣き止ませる。


『……ぅ、ぅぅ……、ぁぅ……』


何か言ったら、また怒られるのでは?

何かしたら、また機嫌をそこねるのでは?


そんな伺う表情をする少女に、少年はこう告げる。


『おまぇ ―― ぁ……ぁぁ、うん、キミは。

 キミって、剣術、上手いんだろ?』

『う、ぁ、はぃ……?』


『じゃあ、俺に教えてくれよ』

『……う、ゅ?

 ……わたくしが、剣術を?』


『その、……俺、剣術ヘタで、まだ魔剣士になれてないから、さ……。

 ―― 師匠も、剣の型が身につかない者は大成しない、ってさ、いつも言ってるし……』


勝ち気な少年がする、照れ隠しのような、仲直りのサイン。

それを理解したのか、少女はパッと顔を紅潮させる。


『教え、る! 教え、ますわ~!』

『そうか……、ありがとう』


『コツは簡単ですわ。

 諦めなければいいんですわ。そしたらいつか強くなりますから』

『……ぅう~ん。

 これは、想像の10倍くらいスパルタな予感が……』


『何、何ですの、お兄様!?』

『いや、何でもないよ、妹ちゃん……』


『ふ・あぁぁぁ~~! アゼリアが妹! 妹ちゃん! 妹ちゃんですわ~~~!!』

『待て待て! 走るな! 危ないから! ここ魔物の森だから!』


転生者ロックは、見境無く暴走しそうな妹弟子の手を握り、引き留める。

そして、そのまま彼女の手を引き、自宅である山小屋へ向かう。


『あ、では! 代わりに、わたくしに魔法を教えて下さい』

『俺の、魔法って……もしかして必殺技の事?』


『ひ、必殺ですの!? すごいですわね!!』

『いや、そいう意味じゃなく…… ――

  ―― いや、でも間違って、も、なくは、ないのか……?』


『アゼリアも、必殺技、使いますわぁ~~!』

『はいはい、そのウチに、ね?』


兄弟子・妹弟子となった少年少女は、手をつなぎ、連れたって歩く。


月日が流れると、それは当たり前の事になっていった。





▲ ▽ ▲ ▽



(……そうか。

 俺は、あの日あの時、俺たちは、『兄妹』になったのか……)



戦闘中にロックの脳裏に浮かぶ、過去の情景。

それは、気の緩みか。

あるいは、死が近づいた時の記憶の想起 ―― 走馬灯か。



―― 異国の男の戦闘。


確かに、超人・魔剣士を超える『竜人種』(ドラゴンニュート)は恐るべき強敵だ。

だが同時に、絶大な能力に飽かせてきた相手は、あまりに(ちから)(まか)せで未熟さが目立つ。



防御、受け流し、回避、反撃 ――

キン! カ・カ、ドン!


 ―― 回避、回避、防御、反撃、追撃 ――

  ボ・ボン! シャァ……カ・カ!


   ―― 防御、回避、回避、反撃、回避 ――……。

    ギャリン! ゴ・ゴ・ガン! ゴゴン!



「アタれぇ、このぉ!! ――」「―― フゥ……ッ」


ガムシャラな猛牛の突進を、熟練の闘牛士(マタドール)が、ヒラリ・ヒラリといなし(・・・)続ける様なものだ。


才能と素質の不足から、常に工夫を求められたロックからすれば、あまりに引き出しの少ない相手だ。



(力み ――……いや、体格の変化のせいか?

 攻撃が、さらに単調で、動きが鈍い)



『竜人種』(ドラゴンニュート)の攻撃が遅い訳ではない。

文字通り怪物級の筋力は、恐るべき破壊力と速力で、攻撃を繰り出してくる。


だがそれは、単発なのだ。

全力の攻撃は、その(おお)()りのせいで体勢を崩し、連撃にならない。

変身後の肉体を上手く操作できていないのか、攻撃が乱雑。


今のロックからすれば、あまりに簡単に、剣技が、技巧が、駆け引きが、いくつも成功する容易(たやす)い相手。

行動の単調さに、あくびが出る心地でさえある。



―― そういう緊張の緩みが、悪魔の様にささやいた。



(……もしかしたら。

 異国の男(コイツ)を殺し切れなくても、勝てないと(さと)らせれば、『引き分け』で終わるんじゃないか?)



ロックの脳裏に、そんな甘い考えが浮かぶ。

過去の情景が、『人の心』を思い出させていた。


転生者ロックは、勝ち目のない戦闘だからこそ、狂気に入り、死兵と化した。

しかし、温かな思い出は、彼を狂気から引き戻してしまう。

ただの年頃の少年に戻してしまう。



(あぁ……、戻りたい……っ)



厳しくも面倒見のいい、お人好しの師匠。

絶世の美少女ながら短所ばかりが目立つ、妹弟子。


こんな命のひとつくらい、くれてやっても構わない。

それ程に、大事な2人。


その2人の間に挟まれた、賑やかで騒がしい日々に、いまさらながら未練がわく。



―― 死を覚悟した。

看取られずに朽ちる事を、応、と答えた。

命を賭けて、肉体を使い捨てにして、魂を削ってまで、勝利を目指した。



膨れ上がって脳裏を占める狂気がしぼみ、弱気の虫が顔を出す。


死の恐怖。

孤独への(おそ)れ。

人恋さびしい。


抑えつけていた(たが)が外れて、人として当たり前の感情が溢れかえる。



(ひとりで死ぬのは、嫌だ……っ

 無意味に死ぬのは、嫌だ……っ

 こんな若さで、まだ死にたくない……っ

 誰も知らぬ場所で、苦しみながら、ひとり死にたくない……っ)



虚飾が全て剥がれ落ちる。

―― 一番弟子。

―― ヤマト魂。

―― 兄弟子。

―― 転生者。

―― 兄貴分。

―― 剣士。

―― 大人。

―― 武人。

―― 男児。

―― 誇り。

―― 漢。

―― 男。



(せめて、せめて、あの子に……っ

 この震える手を握って欲しい……。

 死なないでくれと、泣いて悲しんで欲しい……。

 貴方は大切な人なのだと、求められる人間だったのだと、無意味で孤独の人生ではなかったのだと……っ

 そう、死の間際に()しんで欲しい……っ)



そこに居たのは、もはや絶世の勇士ではない。


死の恐怖におびえて、(はな)と涙をたらす小僧だ。

当たり前の、年並みの、普通の少年だった。





▲ ▽ ▲ ▽



ロックの攻めの手番(ターン)

敵の驚異的な能力を制限するべく、間合いを侵略し、前後左右と幻惑しながら、攻め続ける ――


―― それが、不意に止まった。


そして、大きく敵から距離を取る。

そんな付け(・・)入る(・・)隙を(・・)くれて(・・・)やれば(・・・)赤茶の異形人(ドラゴンニュート)は暴走列車のようなデタラメな突進攻撃を再開しかねないのに。



しかし、黒髪の少年は、自身の頭を抱えて喚き続ける。

涙をボロボロとこぼし、激情を抑えきれない様に、ジタバタと手足を振り回し始める。



「―― ふざ、けるな……っ

 ふざけるなよ、『俺』(ロック)ぅ~~!!」



怒号が天を突く。



「今さら甘ったれてんじゃねーぞ、コラァ~~~!」



怒髪天。



「テメー、男になるって決めたんだろうが!

 一度、男を()るって決めたんだろうが!

 だったら、最期まで貫き通せよ!!!」



発憤。



「うわあああああ、くそがあああああ!

 ふざけるなよ、こんちくしょうがあああ!

 俺こんなところで死にたくねええのにいいいいい!!!」



そして再度の、発狂 ――





▲ ▽ ▲ ▽



―― それは(まさ)に、発狂の有様(ありさま)だった。


対峙(たいじ)する赤茶の異形人(ドラゴン・ニュート)からは、そうとしか思えなかった。



彼は、ほんの一瞬前まで『敵を見誤っていた』という後悔で歯ぎしりしていたのだから。


絶え間なく続く、嵐の様な連撃。

恐ろしい剣技は、<聖霊銀(ミスリル)>に匹敵する超強度の竜鱗(スケイル)を、1枚1枚と斬り裂き、無敵の防御を崩してくる。



(なにが『妹弟子こそ最優先』だっ!

 なにが『兄弟子の方は無視して構わん』だ!

 さっき殴り倒した<封剣流>の銀髪の忌み子(アゼリア=ミラー)すら、これ(・・)に比べれば『子ども(だま)し』だぞ!?)



なぜ自分(オレ)は、初撃で即死させなかったのか。

なぜ自分(オレ)は、奇襲を失敗して、そのまま放置してしまったのか。


人外。

魔人。

悪鬼。

妖魔。

怪異。

邪妖精。

狂戦士。


どんな言葉でも追いつかない。

これ程異常で恐ろしい者を見た事がない。


死の間際で踏みとどまり、瀕死の重傷のまま、こちらを圧倒してくる。

そして、時間が経つほどに、さらに強くなり、さらに(たく)みになり、どんどん手に負えなくなってくる。



(もはや、あの『禁じ手』しか、ないのか……っ)



人外の身体能力を持つ、この変身後の異国の男(=赤茶の異形人(ドラゴン・ニュート))であっても『自爆攻撃』のような見境ない手段しか、状況を打開する(すべ)を思いつかない。



(特級魔剣士10人がかりを手玉に取る!

 並みの兵なら100人でも鏖殺(おうさつ)できる!

 ―― この第2形態『竜騎士』(ドラゴンナイト)ですら、圧倒されるのかぁ!!)



もはや、かつての競争相手(ライバル)仇敵(アダ)という話を、否定する気も起きない。

むしろ、『コイツに見つかったのならレイの奴も運がなかったのだな』という納得と諦めすらある。



―― そんな、恐るべき敵の様子が、急変した。



「うわあああああ、くそがあああああ!」



何故か、カチンッと<小剣>を(さや)に戻す。

そして、泣きじゃくり、喚き散らかしながら、バタバタと駆け寄ってくる。



「ふざけるなよ、こんちくしょうがあああ!」


「―― ……ナに、カ?」

(あるいは、死が迫って狂ったか!?

 いや、魔法で制御していた『氷の義足』の操作を(あやま)ったのか!?)



そもそも黒髪の少年は、既に腹部に大穴という致命傷、さらに両脚を失った上での激闘。

出血多量で、いつ意識が混濁してもおかしくはない。


先程までの練達の歩法など忘れ去ったように、バタバタと素人のような無様さで駆け寄ってくる、黒髪の少年。


さらに、途中でクルリと回転。

背中を向けてこちらに向かってくる、(ぎゃく)(ばし)りだ。



「俺こんなところで死にたくねええのにいいいいい!!!」



言葉と行動が、支離滅裂。


奇行としか言いようがない。

だから、異国の男は『出血多量で意識混濁』と決めつけた。



(剣と魔導を極めた絶世の天才だとしても、()(ひん)すれば、この有様(ありさま)か……っ)



一瞬、寂寥(せきりょう)がよぎる。


特殊な方法で無敵の肉体を得た、自己(オノレ)

初めて、こんな窮地(きゅうち)にまで追い詰められた。


そんな恐るべき強敵が、自滅に近い形で敗北する。

決着というには、あまりにあっけない幕切れ。



(人間は(もろ)いな。

 この異形体(カラダ)に比べれば、あまりにも……っ)



優越感、というのはあまりに胸を突く感傷。

だからこそ、その死闘の相手の末期(さいご)を無様にはしたくはなかった。



(一瞬で絶命させてやろう。

 我が競争相手(ライバル)仇敵(かたき)よ。

 恐るべき帝国最強の剣士よ。

 せめてもの情けだ……っ)



―― そんな考えが頭をかすめたからこそ、竜鱗(スケイル)手刀(てがたな)を弓の様に引き絞る。

赤茶の異形人(ドラゴン・ニュート)の、最も得意とする技で(とど)めをさす。


迷い無く。

全力の一撃で。

魂を込める様な、渾身(こんしん)で。



背を向けるという無防備をさらす敵が、『渾身(ソレ)』を待ち構えているとも知らず ――





▲ ▽ ▲ ▽



転生者ロックは、(あふ)れかえった想いを、握りつぶし、押しつぶし、圧殺した。

生来の気弱さであり、希望や願望であり、優しさや良心といった部類の想念。

修羅の戦闘に不要な、柔らかい心根の全て。


その圧殺されて断末魔を上げた善良なる心根は、灼熱の怒りを生み出し、爆発的に燃え上がった。

まるで、こことは異なる世界ニッポンの内燃機関(エンジン)のように。


その想念の爆発力(パワー)をもって、少年はついに限界の向こう側へと到達する。



―― 剣術Lv(レベル)80到達!!


おそらくは、順調に修行を続けて、30代で剣術Lv75がせいぜい。

そのまま40歳まで研鑽を続けても、果たして到達し得たかどうかも解らない。


そんな高みに、死の間際の一瞬だけ足を踏み入れる。


<封剣流>当主ベニート=ミラー、師・ルドルフの好敵手(ライバル)にも匹敵する剣の境地。

武力を重んじる帝国でも数人しか居ない、『神業(かみわざ)』の使い手の領域。


もはや、『落ちこぼれ一番弟子』はいない。

この戦場に立つのは、帝国魔剣士の頂点『剣帝』が編み出した『神業』の数々を継承する、若手最強の魔剣士だ。


だから、最強(カレ)は、当たり前の様に『奥義』を繰り出す。

師である『剣帝』ルドルフが、そうするように。

その門下筆頭(一番弟子)であるなら、当然とばかりに。



―― 剣帝流の奥義がひとつ、『逆天の回撃(リバーススピン)』。


攻撃には、かならず死角が生じる。


拳打(パンチ)蹴撃(キック)撃剣(ケン)、魔法攻撃、獣の(ツメ)(キバ)…… ―― あるいは、銃撃(ガン)のような、こことは異なる世界の武器であっても。

素手格闘にせよ武器戦闘にせよ、構えを取った時点で、視界のどこかがふさがる。

そして、攻撃の瞬間には、さらに死角が増えるものだ。


その、敵の攻撃の死角へと潜り込む動きから始まる技巧(ワザ)が、『剣帝流』にはある。


例えば『背中を(・・・)敵に(・・)向ける(・・・)ような(・・・)無防備(・・・)()さら(・・)して(・・)敵の攻撃を誘い、回避と同時に繰り出す、必殺の反撃。

『背後から攻撃される』という絶体絶命の危機(ピンチ)すらも、一撃必殺の好機(チャンス)に変える。

たったひとりで魔物の群れと戦い続けた、孤高の魔剣士の絶技。


それが、剣帝流奥義『逆天の回撃(リバーススピン)』。





▲ ▽ ▲ ▽



―― ボゥ……ッ!と、『竜人種』(ドラゴン・ニュート)は鋭い呼気(こき)で、弓矢のような竜鱗の手突(ツキ)を放つ。



「ジャァ!」



しかし、敵影(ロック)は煙と消える。


ロックは敵の背後に飛びながら上下逆転、ギュルルゥ……ッと竜巻のように回転し、剣を繰り出す。

ジャキィン!と、異形の後ろ首を強撃する、<小剣>(ショート)の回転斬。



「―― ガァ……! グ・フゥッ」



竜鱗(スケイル)に守られた急所・首部(くび)を斬り裂けば、少量の赤い飛沫(ひまつ)が枯れ葉の上に散った。


通常であれば、即死の反撃(ソレ)

しかし、敵が尋常の相手ではないから、さらに奥義を二つ重ねる。



―― 敵の前方に残る、ロックの姿。


むろん、魔法の幻像だ。

しかし、それが奥義たる由縁は、その魔法の幻像が攻撃力を有している事。

開発途中の超必殺技であり、未完成奥義の『幻影(げんえい)剣舞(けんぶ)』。

幻影の動きにあわせて、内部に仕込まれた斬撃の必殺技【三日月(みかづき)】を放つという、いわば『分身攻撃』だ。



―― そして、ロック本体が放つ超必殺技『ゼロ三日月・乱舞』。


敵の背後から、超速の連続斬撃を繰り出す。



剣技・魔導・その複合、三つの奥義が重なる。



始撃の首の次は、右肩。

それと全く同じタイミングで、敵前に残した幻像のロックも、同じ箇所(かしょ)を【三日月】で攻撃。

敵の肉体を斬撃で挟み込む、前後同時攻撃だ。


喉、右肩、左脇、左胸、右腰、反撃しようとする左腕の(ひじ)、踏み込もうとした右脚の(ひざ)、左腰、防御しようと上げた右腕の手首、左足首……。



ガン! ガ・ガ・ガ・ガ! キ・キ・キン! カ・カ・カ・カ・カ……!

ガン! ガ・ガ・ガ・ガ! キ・キ・キン! カ・カ・カ・カ・カ……!



前後から同時に同箇所に撃ち込まれる、魔剣士ロックの速剣と飛ぶ斬撃【三日月(みかづき)】。


しかし、既に50枚以上の竜鱗(スケイル)を裂き、その下の肉体を斬りつけたとしても、ひとつひとつは浅いかすり傷に過ぎない。

赤茶の異形人(ドラゴン・ニュート)の五体を斬り刻むには、敵の全身を覆い尽くす竜鱗の防御が硬すぎた。


致命傷にはほど遠い。


だが、それは問題ではない。

むしろ、想定内だ。


前後から同時に放たれる、濁流のような連撃。

その目的は、敵の動きを一切停止させる事だったから。



「―― これで、終撃(シメ)ぇ!」



気迫と共に放つのは、下段から跳ね上がる飛昇系の斬撃(ジャンプ・アッパー)

師・『剣帝』の奥義にして最も得意とする技『望星の撃剣(スターゲイザー)』。


前方からは、斬撃の必殺技【秘剣・三日月(みかづき)】による遠隔攻撃。

後方からは、斬鉄の魔法剣【序の一段目:()ち】を魔法付与(エンチャント)した<小剣>(ショート)


それが、敵の股間から斬り上がり、下腹部で交差する。

最初から狙っていた『要点(コア)』を破壊するため。



(本来なら両手(・・)で撃つ奥義『望星の撃剣(スターゲイザー)』が、片手では十全に威力を発揮しない ――

 ―― なら、『魔法の斬撃(ミカヅキ)』を重ねて威力を(おぎな)えば良いっ!!)



ガキイイィン!と、模造剣(ナマクラ)と飛び道具の必殺技が一点に集中する。


敵の下腹部だ。

先程の『変身』の際に何かしら操作していた、ベルトのバックル状の金属部品があった位置を。




―― ドクゥンッ!と、何か力強いモノが、震えた。





▲ ▽ ▲ ▽



場所は変わって、帝国西北部の寒村・竜神ジョフーの村。



―― 『ついに、明日ね』

―― 『あの子へのプレゼント、用意してくれてる?』



ひとりの若い父親が、朝食の際に言われた妻の言葉を思いだし、ため息をついていた。



「フゥ……、ついにこの日が来たか」



帝国歴295年の春の月(なか)ば。

明日は、我が子の満6歳の誕生日で、無病息災の祭事を行う日。


そして、なんの因果か『この日』は、男が経験した過去の数多の『繰り返し(ループ)』において大きな事件が起こり、歴史の分岐点となった。



「こんな『休憩(きゅうけい)(かい)』でも、気を()んでしまうとは……。

 俺も、仕事中毒(ワーカーホリック)だな」



失敗した『分岐(ルート)』では『剣神(けんしん)』と呼ばれた青年は、書斎で日記帳をパラパラとめくる。

見ているのは過去の出来事を書いた、自身の日記ではない。


それらのページの端に、模様のように書かれた『暗号文』。

様々な経験を持つ『自分(ケンシン)』しか解読できない文字で書かれた、未来の予定表だ。


そこに、今月の『予定』も書かれていた。



「『金鉱島(ゴルドアイル)事変』……」



今日この日を基準に前後1ヶ月の幅で、大きな事件が起きる。

この帝国のみならず、世界中を騒がす、大きなニュースになる。


帝国南部の離れ小島<金鉱島(ゴルドアイル)>の攻略済みダンジョンにおいて、<神癒薬(エリクサー)>が発見されるのだ。


隠し部屋に残る手つかずの秘宝という、古い噂話を信じた地元出身の冒険者チームが、10年近い執念の探索の末に『おとぎ話』が現実だった事を証明する。



「未完成の<神癒薬(エリクサー)>、か……」



死人さえ蘇る、と言われた古代魔導文明の秘宝<神癒薬(エリクサー)>。

それ以上に、研究者や国家機関が注目したのは、同時に発見された数本の『未完成の神癒薬(エリクサー)』。


つまり、完成品の<神癒薬(エリクサー)>と、未完成の ―― つまりは、何らかの要因で精製が中断されたエラー品<神癒薬(エリクサー)>の数本を比較して解析すれば、その製法や材料を究明できる。


研究が進めば、現在流通する<回復薬(ポーション)>や<治療薬>(キュア・ポーション)の効能が飛躍的に上昇する。


―― 表では、商業ギルド、冒険者ギルド、貴族、帝室、聖教などが、大金を積み上げる。

―― 裏では、帝国の暗部と、神王国の暗部が、血で血を洗う。

そういう、商戦と暗闘が繰り広げられた。



かつて『剣神』と呼ばれた男は、ページの上に指を滑らせて、次の注意書きに目を向ける。



「『魔族六将(・・)を、魔族八将(・・)にしてはいけない』……か」



この男以外は誰も読めない文字で書かれた『予定表』を読み、ため息。

過去の数多の『繰り返し(ループ)』において、重大事件や後々に大きな影響を及ぼす分岐点を書き記した、自分用のメモだ。


彼は『何度も同じ人生を繰り返す』という呪いのような宿命を背負っている。

その特性から生じる対人(・・)関係(・・)()弊害(・・)から、自分自身に心理外傷(トラウマ)患者用の治療魔法【回想(かいそう)阻害(そがい)】の魔法を使用しており、重要事項でも書き残さないと思い出せなくなるのだ。



―― 魔族の中で別格に強い『魔族八将』の中でも、もっとも厄介な2強者。


黒騎士。

地竜の将。


そしてこの(・・)2人(・・)は、魔族についた人類の裏切り者でもある。


様々な意味で、厄介な2人だ。


金鉱島(ゴルドアイル)>の『神癒薬(エリクサー)争奪戦』にどちらも顔を出すのが、絶好の機会だ。


可能なら両方とも。

少なくとも『地竜の将』だけでも、抹殺しておきたい。



第1形態『竜拳手(ドラゴンフィスト)

第2形態『竜騎士(ドラゴンナイト)

第3形態『竜騎兵(ドラグーン)



一対一で闘い、最後の切り札である第3形態まで追い込む必要がある。


そして最終形態で使う『桁外れの全力攻撃』。

あの『自然災害そのものの攻撃』を反射させて、完全に抹殺する。

それが最善策だ。



「まだ若い天剣マァリオだと、魔法剣【天星四煌(スターライト)】の起動前に殺される確率が高いからなぁ……

 戦闘慣れしていない<四彩>の『青魔(カエルラ)』など、論外だし……」



<練星金>(オリハルコン)を破壊する程の威力の攻撃となれば、限られる。

そして、<天剣流>の奥義にしても、<四彩(しさい)>の『青魔(カエルラ)』の奥義にしても、起動時間の問題がある。


敵もバカではないのだから、異常な魔力の高まりを感づけば、早々に逃げ去ってしまう。

あの天災そのものである『地竜の将』相手に、下手な味方など足手まといにしかならない。

狂乱した仲間の魔法攻撃に巻き込まれて死ぬなんて、バカバカしい。


だから(・・・)、一対一で闘うのが最善なのだ。

だから(・・・)、【五行剣:水】なのだ。

その精髄(せいずい)・『推流(すいりゅう)(ずい)』に至る必要がある。



「この、なまった(・・・・)今の俺では手に余る相手……。

 あの理不尽に出会った時、『弟』(アイツ)はどうするんだろうな……?」



彼は、何故か(・・・)自分の(・・・)代わり(・・・)()、剣帝ルドルフの弟子におさまった実の弟・ロックに、思いを()せる。



すると、書斎に駆け込んでくる、幼い子ども。

それを追って入ってくる、若く穏やかな母親。


彼は、フッと笑って、日記帳を閉じる。



―― 今の(・・)()(そば)には、最愛の女性と、その間に生まれた宝石のような我が子。


そう、この『分岐(ルート)』には、愛する女性に別れを告げ、故郷を後にして世界のために戦い続けた、勇猛な男性は居ない。


対魔族国家連合の中心的存在であり、人類の救世主とまで(あが)められた最強の英雄『極星(きょくせい)剣神(けんしん)』は居ない。


彼は、竜神ジョフーの村人であり、ただの父親。

退屈な田舎で、穏やかで平和な生活を送る、ひとりの男が居た。



―― 長い長い、あまりに(なが)い、繰り返しの人生(タイム・ループ)疲弊(ひへい)した身心を、失敗や裏切りや戦闘の狂気で(けず)れた魂を、愛に満ちた生活で()やしながら。




///////!作者注釈!///////


2025/10/18 技名変更『幻影乱舞』→『幻影剣舞』

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