230:魔剣士、ロック
///////!作者注釈!///////
ごめんなさい
この回ではストレス展開が決着してません
予定の第230話から延びそうです
赤茶の異形人との空中激突。
その結果、俺は幸運にも木の多い方へと弾き飛ばされた。
林の木々の間へと落下する際に、鉄弦を四方に伸ばす。
もはや手足同然となった熟練の『鋼糸使い』技能により、木の枝を『掴み』、落下の勢いを弱める。
「さて、どうするか……?」
俺が鉄弦4本で木の枝にぶら下がっている姿は、空中ブランコみたいだろう。
その宙づり状態で『氷の義足を作り直そうか』と、あぐら体勢をしてから両脚に手を触れみて ――
―― ふと、気付いた。
「……あれ?」
脳裏をかすめた、バカげたアイデア。
それが実現可能か、簡単に試してみる。
右手の先に伸びた鉄弦が螺旋を巻いて、『足の骨格標本』みたいな形状を作る。
そして、その『右脚骨格もどき』を屈伸させたり、足の指でグー、チョキ、パーしたり……。
「―― できるじゃん!?」
思わず上げた声に、笑いが混じる。
平時ならともかく、今は死の間際。
勝率が1%でも上がるなら、なんだってやってやる。
だから、その思いつきを、すぐに実行に移した。
―― 太股に、左右それぞれ5本ずつ鉄弦をブッ刺す。
自分の肉体の一部と錯覚させてオリジナル魔法【序の一段目:断ち】を発動させ、鉄弦の先端に極小のメスをつけた感じで、『鋼糸使い』技能で操る。
表皮を貫き、筋肉の合間をぬって、大腿骨の残りに絡みつかせると、その延長線上へ。
そして5本の鉄弦が太股の切断面から突き出て、さらに螺旋を描いて伸びる。
「ハハッ、まさに『鉄弦での骨格』か……っ」
前世ニッポンの3D格闘ゲームを思い出し、苦笑い。
―― 簡単に言えば、『氷の義足』の操作性を上げるために螺旋巻き状態の鉄弦を内部に仕込み、生身の肉体構造を模倣しようというだけだ。
(そういえば、前世ニッポンでこんなの見たな……。
たしか大学か高校の美術科目で、彫刻の授業だったけ?)
そう、あれは『針金をより合わせて骨格を作り、粘土か何かで肉付け』という造形の工程だった。
それを鉄弦と氷魔法に置き換えたのが、この『新型の氷の義足』だ。
▲ ▽ ▲ ▽
「……出て、キた?」
木々が途切れた場所で、腕を組み待ち構えていた赤茶の異形人。
変身した異国の男は、この林という障害物の多い場所が苦手なのかもしれない。
「よう、待たせたか?」
まるで、待ち合わせていた友人にするように、ぷらぷらと手を振る俺。
不意打ち気味に『チリン!』と鳴らした魔法は、身体強化の簡易版【序の二段目:推し】。
まずは『新・氷の義足』の動作試験だ。
一瞬で異国の男の異形の驚き顔が近づき、すぐさま離れた。
「―― ィ……ッ!?
チクショー、フイ打ちカっ!!」
そのため、相手があわてて放った迎撃の手突がむなしく空を撃つ。
「幻術、カ……?
いや、ダガ……っ」
そう、この巨大な異形の視点からすれば、『瞬間移動のように敵が目の前に現れ、幻の様に消えた』という感じだろう。
―― だが今は、そんな事はどうでもいい。
「フ……、ハハッ ―― クソぉ! 何だコレぇッ!!」
笑いと、怒りが、同時に溢れる。
歓喜とやるせなさが、きっと顔面をむちゃくちゃにしているのだろう。
「生身の足の何倍も良いじゃね~~かよぉ!!!」
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。
剣術修行11年に呆れるほど繰り返し、ついに一度も成功させる事ができなかった、剣帝の奥義の代表格。
『無声の一迅』。
それは、走行剣の極み。
敵の間合いを侵略し、攻撃し、退避するまでが一連の動き。
―― つまり、今までの俺は!
最も肝心な『退避』までは、成功できていなかった。
この技の『入り』と『抜き』において、前半分しか出来ていなかったんだっ!!
(……この、無才の能無しの、『生身の足』では!!)
「クソッたれ! クソッたれ! クソッたれ! クソッたれ! クソッたれ! クソッたれ! クソッたれ!」
内心の歓喜に反し、口は汚く罵り続ける。
「この! 役立たずの! 落ちこぼれの! 才能も素質も無い! 何の期待に応えることもできない! 師の顔と流派の看板にドロをぬるだけの! 恥知らずの面の皮が厚いだけの! 天才児アゼリア=ミラーの足をひっぱるだけしか能が無い! 役立たずの一番弟子がぁぁ!!!」
喜色満面で涙まで流し、しかし、地団駄を踏んで怒声をヤカンの蒸気みたいに叫び続ける。
「……何ダ……何なンダ……
コイツ、クルったカ……?」
俺が突然大騒ぎを始めたから、死闘の相手も驚き呆れている。
「狂ってねーさ。
むしろ『もっと早くに狂っておけば良かった』と後悔しているくらいだっ」
そう、もっと早くに『これ』に気付いていれば!!
そんな後悔が、奥歯をギリギリと鳴らす。
(今まで何度も何度も何度も、『魔剣士の成り損ない』などと嘲笑われる事もなかったのに……っ)
身を灼く程の屈辱と、拳から血が零れる程の悔しさと、石床で額を叩き割りたくなる程の申し訳なさ。
そんな心痛に比べるなら『生身の両脚を斬り落とす』なんてワケもなかったのだ。
―― この土壇場で、ついに功が成る。
「改めて、名乗ろう」
きっと、今の俺の声は、死地にあると思えない程に浮かれているだろう。
だから落ち着くために、フゥ……ッと、一呼吸。
「俺はロック、『剣帝』の一番弟子。
そして ――」
『チリン!』
『チリン!』
『チリン!』
と、まずは三つ、魔法を自力詠唱。
うち、即席に編んだ魔法が二つ。
氷の義足である左右の脚の駆動を、それぞれ生身の様になめらかにするための補助魔法だ。
「―― そして!
これが『俺の祖父の弟』が生涯かけて創り上げた『人類守護の剣』!」
最後の一つの魔法は、【五行剣:雷】。
俺の背後に浮かぶ、黄色の魔法陣……ッ!
すなわち、魔剣士の証である、身体強化魔法の発動状態。
それも、特級を超えた超級とでも言うべき、特別な『魔法』。
孤高の魔剣士が、たった1人で魔物の群れと闘い続ける中で編み出した、特別な『能力』。
「最強の魔剣士流派『剣帝流』だ!!
―― 魔剣士ロック、いざ参る!」
身体の奥底からの沸々とした震えを抑えながら、初めて『こう』名乗った。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな俺の『二度目の名乗り』を、異国の男は鼻で笑う。
「カ・カッ! マけンシ? キサまガ!?」
それは、そうだろう。
「サいキョー? 剣帝ぃ? ダカら何ダ!
コノ俺サマは! 人間をコえた、『超越者』ゾ!」
そもそもコイツは、『変身前』の生身の時点で ―― そして身体強化魔法を使わない『未強化』であって、すでに特級の魔剣士を超える超絶の身体能力を持っているのだから。
「低能メ、100人アツまっテも勝てンゾ!!」
しかし、『どちらの身体能力が強力か』なんて単純な力比べなんて、俺たち『魔剣士』には関係ない。
俺たち『魔剣士』は ―― そしてそれを輩出する武門は ―― 常に人間よりはるかに強大な存在・魔物を倒すために研鑽を続けてきたのだから。
だから、俺はあくまで静かに、告げる。
「さて、ご託はもういいか?
―― 行くぞ!」
いざ尋常に、とばかりに呼びかけてから、一歩踏み出す。
あくまで、ゆっくりと。
―― 剣帝の奥義『無声の一迅』は、意識の盲点をつく緩急の歩法。
それはつまり、ジリジリと相手が焦れるほどにゆっくりとした初動から始まる。
人間は、そして魔物を含む生物は、素早く動く物体にこそ意識を取られる。
そう、思わず意識を奪われるのだ。
こちらが、焦れるほどにゆっくりと動いている最中に、敵の視界の端に、風になびく木の葉なり、遠くの鳥影なり、小虫の飛翔なり、雨の一粒なりが、素早く動けば ――。
瞬間、敵対者への警戒が薄れる。
注視していたハズの視線の焦点が、いつの間にか他の物体へと吸い寄せられる。
一瞬で疾駆!
敵前で急停止!
前方に転倒せんばかりの勢いを、斬撃に転換!
放たれるは、速力と剛力を備える、必殺の上段斬り!!
「マタ、幻術カ…… ―― いや、実体ぃ!?」
異国の男は ―― いや赤茶の異形人は、ギリギリで反応した。
竜鱗の両腕を交差しての全力防御。
「何ダ、コイツはぁ!!? ――」「―― ~~……ッ!!」
初見ではない事が、さっきの『義足の試運転』で一度見せてしまった事が、今は悔やまれる。
俺の無声の気迫で放たれる『無声の一迅』は、右手一本の撃剣。
しかし、ゴツン……!と防御を叩き落とす。
さらに、敵の額に刃が届き、縦の血線をいれる。
「ガァッ……!」
額が割れるというのは、昏倒してもおかしくない重傷だ。
頭蓋への一撃は確実な手応えで、即死もおかしくないハズだ。
だが、そもそもこの敵は常識が通じない相手。
「コのぉ、低ノォーメッ!! ――」
即座に反撃が来る。
ギュ……ッと、両脇に引き絞られた、両手の手刀。
刃物の鋭さを持つ竜鱗の五指が、断頭の刃と突き出された。
狙いは、上段を大きく振り抜き、しゃがんだ俺の首部!
ボ……!という空気の砕ける音と、ギャリン……!交差する両腕がかする音。
「―― ッッ!」
しかし俺は、一瞬で後退済み。
斬撃の終わりに発生する『余力の振り』を速力へ再転換して、瞬速の移動で安全位置まで再移動。
これが、『無声の一迅』。
余人には颶風が吹いた瞬間、敵が倒れたようにしか見えない。
魔剣士であっても瞬間移動したと錯覚する程の、速剣の極み。
「……チィッ、ヤッカいな!
なマ身のアシを潰したら、氷のアシとは……っ」
攻撃を空振りさせられた赤茶けた異形は、舌打ち。
対して俺は、思わず喜色の混じる吐息。
「フハ……ッ」
まさに完璧な『技の抜き』。
身体が思い通りに、自在に動く。
「け、剣術Lv70、か……っ!?」
ついに!
ついに、剣帝の、師匠の足下までに届いた……!!
この無能が!?
この無才の一番弟子が!?
(足が違うだけで、これだけ違うのかよぉ……!?)
奥底から生じた歓喜の震えが、右手の模造剣をカタカタと揺らす。
穴あきの、氷で補強した愛剣<小剣>が、愉快そうに笑っている様にも思えた。
▲ ▽ ▲ ▽
隠密の対人技法だけあって、<魄剣流>の歩法は近接戦で抜群の効果を発揮する。
「ガァ! クッ、アァ! ジャァ!」
魔物じみた赤茶の異形人がする、ガムシャラな手突の連打。
ブ・ボ・ボ・ボ・ボ……ォ!と空気を砕く連撃は、どれも空振り。
直線的な攻撃は、左右に回り込む回避に弱い。
直線の動きが『剛』なら、回転の動きは『柔』。
まさに『柔よく剛を制す』だ。
<魄剣流>が得意とする歩法『地這い』は、決して素早い動きではない。
だが、その緩急自在で前後左右へ変化する流麗な動きが、敵を幻惑。
一撃必殺と言って良いほどの絶大な手撃を、何度も空振りさせ続ける。
「グルルゥ~~ッ! チクショー! ア・タ・れぇええ!」
イラ立つ敵は、時折に蹴り技も織り交ぜてくる。
しかし足技は遅い、変身前に比べてさえも。
おそらく『変身』の副作用だ。
上半身が膨れ上がった事で、下半身とのバランスが取れなくなった。
「ヒュッ ――」「―― クソッ、ウロちょロとぉ!?」
だから、脇をすり抜けながらの回転斬りで、カウンターが取れる。
カキィッ!と耳障りな硬質音は、竜鱗を一枚斬り裂いた音。
「コレなラぁ、どうダァ!?」
不意に、相手の姿勢が深く沈む。
おそらく『体当たり』、だろう。
狙いは、一度こちらを跳ね飛ばして、距離をかせぐ。
あるいは、回避か防御で俺の体勢を崩して、飛び退きで離れる ―― といった所か。
この一方的な展開を中断させ仕切り直すための、『力押し』の策だろう。
(コイツに飛び跳ねられると、面倒だっ)
なにせ、勢いが乗れば5~6歩で100mを前後するヤツだ。
それだけの距離を、何度も追いかけっこしたくはない。
身体能力で劣る俺が、根負けさせられる。
だから、『チリン!』と自力詠唱で身体強化魔法を入れ替える。
「ジャァ!! ――」「―― フッ……」
スドォオオン!と、すさまじい爆音が上がる。
俺が、トン!と踏んばった氷義足の右足の、その斜め後ろから。
まるで『地面に爆薬でも仕掛けてた』かのように、地面が破裂して砂煙を巻き上げた。
「―― ァ……、な、何ダぁ!?」
赤茶の異形人は、俺と肩を合わせる体勢でピタリと静止しながら、困惑の声。
この防御技術の原理を単純に説明すれば、前世ニッポンの『鉄球振り子』だ。
あの、理科室でカチカチいってた、鉄球が4~5個並んだ振り子。
異形人の突進攻撃を、自然エネルギーどころか運動エネルギーすら操る【五行剣:水】の効果で、俺の身体を素通りさせた。
人間をミンチにするくらいの衝突の超・破壊力は、俺の後ろの地面で炸裂。
そして、運動エネルギーを奪われた敵は、ピタリと静止させられたワケだ。
<精剣流>の奥義『廻精の撃剣』の術式の働きを参考にして、運動エネルギー操作の精度を上げた事でたどり着いた、特殊な防御方法。
つまり、敵の攻撃をいなす『化かし技術』の極致だ。
「そんな体当たりみたいな、雑な大ぶり攻撃するからだっ」
「チィ……、チクショーメぇ!」
俺は余裕の笑み。
それを見た敵は、焦った対応をする。
一瞬、身を沈めて飛び退きしようとする。
まさに狙い通りだ。
今なら、100%の追い撃ちができる。
至近距離で、しかも静止から動き始めた敵だからこそ、高度な技巧がかけられる。
「ヒュッ……!」
俺は、鋭い呼気と同時に、<小剣>の側面ですくい上げる振り動作。
狙いは、地面を蹴って大後退しようとする、赤い瞬影の片足の股の裏。
「―― ギ!? ギッ、ィ~~~~……ッ!?」
ギュルルルルゥ~~……ッ!と、俺の頭上より少し高い位置で、巨大な回転コマが浮かぶ。
赤い異形に変身した異国の男は、すさまじい高速で回転しているため、強烈な遠心力で手足を引っ張られて身動きを封じられているのだ。
「―― 『コマ墜とし』っ」
と、俺ロックが勝手に呼んでいる、投げ技。
(つまり、これも『無名の技』。
師匠からすれば、この程度は『名を付ける程の技巧でもない』ワケだ)
そして、重力と釣り合っていた浮力が消えた瞬間、人間(?)回転ゴマは地面に着地 ――
―― その着地する回転ゴマの軸の先端とは、赤い異形の頭部だ。
そう、真っ逆さまから、受け身も防御も取れない状況で、脳天から墜落する。
ダララララァ……ッ!とまるでドリルのように、頭を地面に押しつけ、身体が高速回転。
やがて勢いが止まれば、首を3回転半ほどねじり回された、致命傷の姿。
「……どうせ、死んでないんだろ?
早く起きろよっ」
「ギャぁ……ぁぁ! はァ……はァ……あァ!!
―― ゥルルルゥ……、キざマぁ~~ッ」」
―― 案の定だ。
怒りの声で立ち上がってくる。
ネジ巻きになった首を、ブルル~~ンッと回転させて元に戻す。
ひん曲がった頭の位置を両手で整える光景なんて、ほとんど前世ニッポンのギャグアニメだ。
(しかし、これで長距離への跳躍移動は封じたっ)
魔物は賢い。
人間も賢い。
分析し、理解し、学習し、対策する。
命のかかった戦闘なら、いよいよだ。
―― だから、敵の選択肢を奪える。
行動の幅を狭めて、知略の袋小路に追い込める。
これもまた、『武術』という物だ。
▲ ▽ ▲ ▽
それからの戦闘は、一方的だった。
「ギッ、ア! ジャァ! グハッ!」
俺は、敵の手突を避けながら走行剣で脇を裂く。
そして、振り返る回し蹴りをジャンプで回避、雷撃のような落下斬撃で反撃。
速剣と剛剣のコンビネーション『鎌風鉞雷』。
<天剣流>の王子様系美男の技だ。
「ゴ……ッ、グア! クソっ」
頭から出血した赤茶の異形人は、ガムシャラに両手を振り回す。
普通は一歩引くだろう竜鱗手刀の嵐に、あえて踏み込む。
キ・キ・キ・キン!と最小の動きで防ぎながら、隙を見て ―― というより隙をこじ開けて、身体をねじ込んでいく。
それに感づいた敵の攻撃を低身で避けつつ、重心を落下させる勢いで加速する、太股への刺突。
これは<剛剣流>分派<ユニチェリー流>の赤毛少年の得意技(のおそらく完成形)。
「グゥ……! 低ノウ・メ! 低ノウ・ガぁ! 低ノーのブン際でぇ!!」
敵は一瞬ひるんだが、『引く』よりも、『踏み込む』を選択。
ゴゥ・ゴゥ・ゴゥ・ゴゥゴゴゴゴ……!!と、まるで風がうなり竜巻に成長。
両手を振り回す打撃技『ダブルラリアット』が、そのまま竜巻回転で迫ってくる。
「ザ▲ギかよ……っ
いや、タ▲先生か……?」
前世ニッポンの格闘ゲームの登場人物が思い浮かび、ちょっと笑う。
そして見知った技だから、その利点と、欠点がわかる。
これはウカツに防御してはいけない、押し切られてしまう。
(だから、こう ―― っ)
その竜巻回転を、まずは地伏で躱す。
即座に横飛びしながらすり抜ける、その一瞬で胴体を3度刺す。
<魄剣流>神童ルカが見せた妙技『鉤猫』だ。
「まったく、格ゲーは異世界で役に立つぜ……っ!」
そんな軽口すら出てしまう。
―― 何故なら! 俺は今、両手を駆使しているからだ!!
つまり、剣を持たない左手を『鋼糸使い』技能で専有させて、両脚の操作をさせている。
そして、右手は<小剣>を操り、攻撃や防御をこなす。
(―― お解り頂けるだろうか……っ!?)
こんな窮地なのに、こんな土壇場なのに、笑ってしまいたくなる程にテンションが上がる。
(左手でキャラクターを移動させて、右手で動作を指示!!
つまり、これは『格ゲー』なんだよ!!)
そう!
まさに、前世ニッポンのアーケード・ゲーム操作方式!!
左手の中でスティックを転がし、右手でボタン叩く、キャラクターの操作方法!
(―― やっぱり~~~っ!
やっぱり、格ゲーは異世界で役に立つんじゃないかっ!!
チート能力皆無な俺がやってこれたのは、すべては『格闘ゲームさん』のお陰だったんだっ!!!)
(※注意:効果には個人差があり、効能を確約するものではありません)
「ゲーセンは、前世ニッポンの義務教育にすべきだな!」
前世の趣味に深い感謝をしながら、超人的な攻防を続ける。
―― カニ歩きで一瞬で背後に回り、一刀両断する剛の上段斬撃は、<狼剣流>の腹筋殺し。
―― 敵の雑な攻撃を転身回避しながら回転の勢いで斬る、<封剣流>の『寝技』。
―― 後退しながら敵の追撃を剣で弾き続けて、一瞬の隙をとらえる速拳の様な高速刺突の反撃技術は、<玉剣流>の『目抜き』。
―― 敵が防御を固め始めれば、練り上げた防御破壊『鉄山靠』で体勢を崩して、大木槌の様な掌底と、さらに追い撃つ衝撃波魔法【撃衝角】で痛撃を与える。
「―― ガ、ハァ……! ヒィ、フゥ~……! グゥ……、ギギッ
な、ンだ、コイツは!」
「ああ……っ」
俺の口から、思わず感嘆が漏れた。
ありがとう、<天剣流>。
ありがとう、<封剣流>。
ありがとう、<精剣流>。
ありがとう、<轟剣流>。
ありがとう、<玉剣流>。
ありがとう、<魄剣流>。
ありがとう、<狼剣流>。
ありがとう、<東拳流>。
そして、ありがとう、<炎罪流>
お前たちのお陰だ。
選ばれし魔剣士の達人たちがその練武を、その流派で長年積み上げた秘技の数々を、俺に見せてくれた。
だから、この才能なしは、今まさに異形の怪物と斬り合う事が出来ている。
「―― コンな、マけンし……ッ
聞いタ事ガなイ、ゾ!」
「落ちこぼれが、『魔剣士』、か……っ」
苦笑い。
―― しかし、すぐに平静を装えなくなる。
師・剣帝の教えを思い出し、精神を制御しようとしても、上手くいかない。
それ程に激しい感情が、胸中に荒れ狂う。
「ああ……っ、ああ……!!」
不意に、感傷があふれる。
抑え込んで、冗談めかして茶化して、誤魔化していた、本心が溢れそうになる。
もはや、魔力の不足も、身体操作の不足も、無い。
ならば、ここからの俺は、名目通りの『剣帝流の一番弟子』。
ああ、何度、夢に見たか。
ああ、どれほど、思い焦がれたか。
この瞬間を得たからには、もはや第二の人生には悔いは無い。
▲ ▽ ▲ ▽
幼いあの日の、あの始まりの言葉が、今さらの様に思い出される。
── 『魔剣士!?』
── 『ああ、魔法と剣を使いこなし、魔物と戦う最前線の戦士じゃよ』
── 『ボクも! ボクもなりたい! おジイちゃんみたいな、スゴい魔剣士!』
── 『そうか……そう、言ってくれるか。 兄さんの、孫よ……』
師匠!
誉めて下さいっ。
俺ようやく、
俺ようやく、
魔剣士になれました!!
遅まきにも、ようやく、
誇り高い貴男の弟子であると
ついに、恥じる所なく、何の負い目もなく、胸を張って言える様になりました
落ちこぼれの、なり損ないの、弟子ではないと
まがい物の、得体の知れない、何か解らない技ばかり使う、弟子ではないと
―― だから、今日のこの武功は、必ず為し遂げます
必ずや、貴男の後継者を、次代につなぐ者を守り抜きます
必ずや、貴男の待つ<ラピス山地>へと生かして帰します
それがせめてもの、この不孝者で不祥の弟子が出来得る、唯一の、
お別れのご挨拶でしょうから…… ――




