23:追加料金サービス
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
年下少女メグが、回避をミスって尻餅をついていた。
多分、後衛のくせに前に出すぎたんだろう。
安全距離どりに失敗し、魔物に詰め寄られたっぽい。
どうにも初歩的なミス過ぎる。
この赤毛っ子、新米冒険者っぽい。
道理で、動きがぎこちないワケだ。
「い、いやぁ~っ こ、こないでっ」
いや、『こないで』じゃないがな。
すぐ立ち上がれって。
はやく逃げろって。
俺が呆れて見ていると、かろうじて妹弟子が間に合った。
「まったく、手がかかりますわね……っ」
リアちゃんが、ポツリとグチをこぼす。
年下少女メグを小脇に抱えて救出。
小型観光バスくらいの魔物<外骨河馬>の突進に、間一髪で滑り込んでいた。
そしてリアちゃんは、お荷物な赤毛っ子を雑に投出して、振り返り様に<正剣>を振る。
「【秘剣・三日月】ですのっ ──」
大ぶりの斜め薙ぎ。
さらに回転して、勢いのまま剣を振り上げる。
「── もうひとつ【秘剣・三日月】ぃぃ!」
『チリン!チリン!』と連続で、魔法の起動音。
リアちゃんの得意技が炸裂。
俺は、密かに『X字三日月』とか呼んでいる。
1発目と2発目の速度を調整して同時着弾させる、技巧的な必殺技の連続発動だったりする。
(この必殺技を作った俺ですら、そんな面倒な事はしたくないのに……
やっぱり、こういう所は天才児だよなぁ……リアちゃん)
ウチの妹弟子、剣も魔法も半端ないわぁ。
その上、可憐かわいいなんて、マジ聖女だわぁー。(兄バカ)
── グオォォッ!
突進で大木をへし折り、方向転換したばかりの巨大カバが、痛みに身悶える。
下顎に『X字』の傷が入り、ブワッと血が飛沫いた。
「す、すごい……っ」
目をいっぱいに見開く、赤毛の年下女子。
座り込んだまま、ポカンと観戦している。
(いや、そんな事より、早く立てよ……)
すぐに移動しろって。
前衛にとって邪魔なんだよ、その位置。
▲ ▽ ▲ ▽
「硬いですわっ
斬りにくいですわっ
イライラしますのっ」
リアちゃん、ブツブツ文句言いながらも、すぐに超スピード突進。
背中の赤い魔法陣の残像が、ロケットの噴射みたいだ。
小型観光バスくらいある魔物の、バタバタ暴れる前足を超スピードでかいくぐり、ズバッとすり抜けざまに後ろ足を斬りつける。
── グオッ! グオォォォォッ!
うん、確かに、傷が浅いな。
『鎧』の外骨格だけじゃなく、表皮も固いんだな、あの魔物。
「── な、何あれっ!
みたことない魔法!? 魔剣士の技なの!?」
「いえ、聞いた事ないです。
マァリオさんが使うところ見たことないですし」
「じゃあ、アレが『剣帝』の技!?」
そうです、あれが噂の【五行剣】ですよ、お嬢さん方。
しかし、本職の魔法使いでも驚くレベルなんだな、剣帝のオリジナル強化魔法。
まあ、あの突進力は驚異的だし。
リアちゃんが実家で授かった【特級・身体強化:疾駆型】に比べても、倍ぐらいのスピード感あるよな。
まあ、【五行剣:火】の欠点は『突進専門』なんで、方向転換とかが苦手な事だけど。
「── すまないっ
アゼリア君、待たせた!」
金髪ボブ男の貴公子が、集られていた<岩蝙蝠>の群を追い払い、戦線に復帰。
しかし、協調性のない妹弟子は、面倒そうにチラ見。
「……わたくし、ひとりでも出来ましてよ?」
「ごめんごめん!
これは、ちょっと頑張らないと、見直してもらえなさそうだね?」
「何でもいいです。
邪魔にならないようにしてくださる?」
「ハハッ、手厳しいなぁ……
── じゃあ、いくよ!!」
貴公子と妹弟子が、交互に突撃。
魔物の巨体の周りをグルグル回りつつ、左右または前後から、挟み撃ちで斬りつけていく。
即興とは思えない、抜群のコンビネーション!
── と、言いたいところだが。
実は、好き勝手に暴れてるだけの銀髪美少女と、その動きを予想して適宜フォローしている貴公子。
動きが噛み合っているのは、8割方が貴公子の功績だ。
(妹弟子、他人に合わせるの苦手だもんなぁ……)
それにしても、やはり貴公子がかなりの腕前だ。
5年も会ってない相手の、しかも昔より進歩した剣術の腕前に、即興でコンビネーション取るなんて。
言うほど簡単に出来る事じゃない。
さすがは<帝国御三家>の直系男子。
(── ライバルの5年間の成長を予想できているって事は、相当意識してたんだな。
本当に、報われないライバルすぎるだろ、貴公子のヤツ……)
貴公子が『弱音を吐いてたら、ライバル達に置いていかれる……っ!』
みたいな感じで、マジメに一直線に剣術を磨いてきたのが、手に取るように解る。
知れば知るほど、不憫なヤツだ。
あとで、5年ぶりの手合わせの機会くらい作ってやろうかとも、思うくらいだ。
そのためには、上手くリアちゃんを丸め込まないと。
また人見知りが発動しそうだけど。
(まったく……精神年齢は幼稚園児か、うちの天才児……)
そんな事を考えながら、泥沼の近くに歩いて行く。
「── サリー姉は、今のどう思う?」
「わたしはやっぱり、発動音が二回鳴っていたので、『二重詠唱』なんじゃないかなぁ、と」
「そうよね。
一つにまとめると、術式が複雑化しちゃうもんっ」
魔法使いの従姉妹2人は、支援するのも忘れて、魔法の解析談義に華を咲かせていた。
(いや、仕事しようよ、君ら。
君ら、魔法使いの仕事、後方支援でしょ?)
さっきまで、『おお、見たことない魔法がいっぱい!』とか術式の模倣に必死になってた俺が言うのも、アレだけどさ。
(……雇い主で女の子じゃなければ、ケツ蹴っ飛ばしてるぞ?)
そんな風に、俺がイライラして、腕組みして指トントンしている内に、
── グガァッ! グォォ………ッ!
ドスン……ッ、っと小型観光バスくらいの巨体が、ついに倒れた。
ラストは、天剣流の剣と魔法の二刀流攻撃で、雷撃魔法が止めになったようだ。
リアちゃん、貴公子、お疲れさん。
▲ ▽ ▲ ▽
戦闘が終わると、再び周辺探索が始まった。
俺は、先頭を行く金髪ボブ男に、小走りで追いついた。
「ちょっと良いかい、依頼主さん?」
「あ、ロック君。 どうかしました?」
「さっきの戦闘。
追加料金の話をしておこうかと思って」
「あはは、やっぱりそうなります?」
「そりゃ、そうでしょう」
俺ら、山岳ガイドなんだし。
契約外の仕事はしないよ。
したなら別料金だよ。
「ケチー!
いいじゃない、アレだけ強いんだから。
それに、そっちの女の子、マァリオの知り合いなんでしょ?
だったら、少しくらい手伝ってくれても、いいじゃないっ」
と、社会の仕組みが解ってない赤毛のお子様から、非難が入る。
「君らを無償で手伝ったと知られたら、他のお客様からもタダ働きさせられる。
しなかったら、『なんでウチだけ金取るんだ!』と他のお客様に文句言われる。
さらに『アイツら、相手によっては手抜きをする』とか、変な噂をされたら信用に関わるし、依頼も減る。
だから、ちゃんと契約書通りに別料金を請求する。
── わかった?」
「わ、わかったわよ……っ」
ブラック企業じゃあるまいし。
過度のサービスなんて、身を滅ぼすマネはしない。
技術やサービスに正規料金を払わないから、前世ニッポンの経済は衰退したんじゃなかろうか。
── とか、そんなムダな事すら考える。
まさに『異世界転生したヤツが何言ってんだ?』という話題だが。
俺は、手頃な枝を一本拾い、蜘蛛の巣を払いながら、貴公子と話を続ける。
「あとどのくらい調査を続けるんです?
さっき『調査対象が見つかった』みたいな話をしてましたよね?」
「う~ん、もうちょっと詳しい調査が必要なので……。
できれば日暮れ前には、<翡翠領>に戻りたいですね」
まるで『予定は未定』みたいな事を言われてしまう。
一応、山での遭難対策として、街に送り届けるまでは契約内だ。
なので山岳ガイドの業務として、相手の気の済むまで同行するしかない。
(たしか極秘任務の内容は、『<外骨河馬>や<岩蝙蝠>みたいな魔物が、本来の縄張りを離れた原因』の調査だったよなぁ……)
まあ、貴公子は、なかなか頭も回るようだ。
だったら『原因の輪郭』くらいは、おおよそ予想が付いているだろう。
── 『原因』をひと言でいえば、『環境』の変化。
本来の生息地(=水辺)で『環境』が変化し、住んでいた魔物達が追い出された。
だが問題は、その『原因 = 魔物の生息環境の変化』が起こった『さらなる原因』。
『根本的な原因』と言い換えてもいい。
(── 小型観光バスみたいな凶暴な魔物が、縄張りから追い出された『根本的な原因』かぁ……)
絶対、ロクなもんじゃねえな。
俺は、依頼人にバレないように、こっそりとため息をついた。




