229:竜人種
さっきの異国の男の絶技・3連スピン攻撃(仮称)で、俺の両脚は砕け散った。
そのため、空中カウンターで敵を退けたとしても、着地ができない。
ドサン……ドサッ!と地面をバウンド。
「グゥフ……ゲフ……クソッ」
まだ<治癒薬>ガブ飲みの効果で、全身の感覚マヒが続いている。
だが、息がつまるとか、せき込むみたいな生理反応はどうにもならない。
(しかし、さすがに『氷の義足』だとまともに動けない。
こんな風に『必殺技』雑撃ちのワンパターン戦闘だと、すぐに手の内を読まれてジリ貧になるな……)
そう思いながら、氷の義足を作るための【氷結魔法】と、身体を浮かせる魔法【浮遊】を二重自力詠唱 ――
―― しようとして、急に前に倒れる。
(なんだ……っ!?
視界が歪んでる、……耳をやられて平衡感覚がイカれた?
いや、チガ、ウ……手足にもチカラが……ぅ、ぁっ)
この症状に覚えがあった。
何せ、せっかく異世界転生したのに、魔力がノラ猫なみにザコな俺ロックだ。
他人よりも何度も何度も何度も、経験している。慣れている。
(魔力、欠乏症か……っ)
つまり、左足を犠牲にした『魔力精製』術式の、効果時間が切れてしまった。
とは言っても、肉体を分解して得た『莫大な魔力』を全て使い切ったワケではない。
さっき、その術式の効果を『25mプールの底に穴が開いて滝の様に流れ落ちてくる』と表現した。
その表現でいけば、『ついにプールの水が空っぽになった』という事になる。
せっかく左足の代償に手に入れた莫大な魔力だったが、結局はその99%以上を使い切れず、すべて拡散して無に帰ってしまった。
そんな状況を気付かずに、調子に乗って大量の魔力を使おうとしたため、弱った身体が音を上げたのだ。
「ウ、……クッ、ぅぁ……っ」
まさに、<治癒薬>大量摂取で感覚がマヒした事が、裏目に出た。
▲ ▽ ▲ ▽
「―― 勝機ゾ!」
異国の男は、その決定的な隙を見逃さない。
高さ4mの木に近寄り、<錬金装備>以上の鋭さを誇る竜鱗の左手刀で、スパッと一撃で斬り倒す。
そして右手で、人間の首ほど太さがある木の幹を掴むと、軽々と投げ上げる。
まるで前世ニッポンの陸上競技『槍投げ』だ。
ビュゥン!と空気をうならせ、樹木の投げ槍が弧を描いて落ちてくる。
「チィ……ッ、脳筋のくせに頭を使うっ」
すぐに鉄弦を操って、近くの岩へ伸ばすと、自分の身体を引き寄せて大木の落下を回避。
魔力消費の少ない『鋼糸使い』技能があったからこそ、対応ができた。
「死ね、低能メ!」
そして回避先を読んで、一気に詰めてくる異国の男。
飛び道具を回避した先を、高くジャンプして追撃してくる。
ザン!と落ちてくるギロチンのような手突。
寝そべった体勢の俺はソレを紙一重 ―― いや薄皮1枚は裂かれながらも、首をひねって避ける。
「かかったな! バカが!!」
まるで『待ち構えていた』と虚勢を張りながらも、即座に反撃のオリジナル魔法を自力詠唱。
『必殺技』より魔力消費の少ない『特殊技』のひとつ、吹っ飛ばし技の【序の三段目:払い】だ。
両脚がなく、背中を地面につけた変則の体勢であっても、その性能が発揮された。
覆い被さる体勢の敵を10m近くは吹き飛ばして、距離と時間を稼ぐ。
「ゴホッ、グフッ、でたらめな剣技と魔法っ
―― 本気を出す他ないカ!」
吹き飛ばされて、転がり、咳き込みながら何かつぶやく異国の男。
しかし、今はそんな事に構っていられない。
「はや、く……魔力ぅ……っ」
ひどい目眩に耐えながら、今度は右脚を太股の途中で切断。
あわてて斬り落としたから、右脚部の大動脈からハデに血が噴き出した。
慌てて、鉄弦で股関節を絞め上げて止血処置。
そんな処置を片手間にしながらも、自分の切り落とした肉体に<小剣>を突き刺す。
即席の術式、【仮称・肉体分解】を自力詠唱。
意識が途絶える寸前で、魔力供給が間に合う。
(ああ、滝だっ 魔力の瀑布だっ
溺れるほど大量な魔力の飛沫が、身体に染みこんでいくっ)
この肉体で受け止められない、なんて気にもならない。
使った端から補充され、すぐに満杯になって溢れかえる程に莫大な魔力。
「また、魔力が回復したカ……!
貴様、いったい何なんだっ」
異国の男は、口元を引きつらせ、碧眼を険しく細めて、襲いかかってくる。
直線的な動きは対応されると控えて、反復横跳びみたいなジグザグ軌道で木々の間を駆け抜けて幻惑しつつ、斜め後方から頭を狙ってくる。
だが、こちらも対応策は、すでに済ませている。
「林間は、俺の間合いだ!」
地面の落ち葉に隠してた鉄弦が跳ね上がり、2本が首元、5本が胴体に引っかかる。
ベキ・ベキ・ボキッ……ギシ・ギシィ……!と、鉄弦を導線していた木の枝や、細い幹が10本単位で、まとめてへし折れる。
暴走列車みたいなバカげた馬力の突進だったが、なんとか鉄弦の捕縛網で押さえ込めた・
俺の身体へ直撃寸前のギリギリで、あと10cmもない。
「また、新しい技カ! チッ! ――」「―― このチャンス、逃すか!」
慌てて飛び退るする敵の左の足首を、『鋼糸使い』技能で捕まえる。
「空中なら! ――」「―― チクショー! 低能の分際ガ!!」
俺が、敵の左足首を捕らえた鉄弦で空高く引き上げ、地面へ叩き落とす。
しかし、敵も然る者。
とっさに斬鉄の鋭さを誇る竜鱗の手刀で、シャァ……ン!と、鉄弦を切断。
さらに追撃の鉄弦4本も、ズバズバ……ッ!と空中落下の最中に左右の手刀で切り払う。
そのまま連続飛び退るで100m程は離れてしまう。
(やはり『鋼糸使い』技能じゃ、決定打にならないか……)
とは言っても、両脚が氷の義足というこの状況。
今さら剣術で闘ったところで、さっきの劣勢よりもさらに分が悪くなっているハズだ。
「クソ……ッ」
飛び跳ねて100mを前後する相手には、得意技の『飛び道具』すら封じられてしまう。
何せ、俺の斬鉄の飛び道具魔法は、流れ弾による『同士討ち』防止のために100mを上限とする術式を組み込んでいる。
その射程制限を見抜かれてしまえば、もはや『詰み』になってしまう。
「言ってみれば、得意技を封じられた上に不利キャラ相手のランクマ戦かよ……。
どんなドエム仕様だっ」
敵が、あまりに想定外すぎる。
今までの自分が、いかに甘ちゃんだったのかと、思い知らされて歯がみする。
「魔法を防御・回避される前提で、飽和攻撃して削りきるしか、ないか……」
そう舌の上で独り言を転がして、大量の魔力を集中し攻撃の術式を編み始める
その瞬間、異国の男が大声を上げてきた。
「また特級の攻撃魔法カ!
だったらっ、それも効かぬようにするだけダ!」
100mは離れた異国の男が、上着を脱ぎ捨てるのが見えた。
そして、腰ベルトのバックルのような、下腹部近くの金属をいじる。
途端に、上半身が真っ赤に紅潮して、膨れ上がる。
「が、ァ、ア、ァア! ガァア! ギィグゥ! ィギヒィ!」
―― ミシ……、ミシ……、ミシ……、そんな音が聞こえてきそうな、肉体の肥大化。
筋肉の一時的膨張とか、そういう真っ当な現象でない。
なにせ、20~30%増しくらいに、身長が伸びたのだ。
元々が190cm超の上背から、さらに目測で250cm程まで。
さらに、全身が赤茶に染まっていく。
いや、違う。
何か、赤茶の物が生えてきて、全身を覆ってしまっているのだ。
(おそらくは、あの両手の竜鱗と同種の物っ!)
肉体が膨れ上がり、強固な外装に覆われてしまえば、見た目は完全に別物だ。
もはや『人型の魔物』とでも言うべき、異形の姿。
「フッ・フッ・フッ……」
「変身して全身装甲の竜鱗、だとぉ……?
お、おいおい、冗談じゃ、ねーぞっ」
特級の魔剣士を超えた運動能力に、<錬金装備>以上の防御力、さらに人間並みに高い知能まで備えた『人型の魔物』の様な存在。
―― あるいは、最強の生物・竜種の能力を持つ『竜人種』。
そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
▲ ▽ ▲ ▽
その『変身』の代償なのか、やけにくぐもった聞きづらい声で異国の男が告げてくる。
「ユくゾ!」
重い身体を動かす様にゆっくりと一歩踏み出す、赤茶色の敵影。
「冗談じゃねーぞ!」
とっさに『チ・チリン!』と二重詠唱して、特級の火炎魔法【爆炎焦禍】を叩きこむ。
<法輪>の着弾位置が敵から20m手前なのは、その高機動を警戒しての対策。
だが、敵は焦る様子ひとつない。
超広範囲の特級・攻撃魔法が広がり、そのまま爆炎に巻き込まれる。
ズドォー……ン!と、腹の底に響くような重低音がこだまする。
―― しかし、ザシュ……ザシュ……ッと、砂を蹴る足音。
赤茶の異形人は、何事もなかったかのように歩いて砂煙から進み出る。
「キカず!」
「ふざけんなよ、バケモンがぁ!」
敵のバカげた無敵装甲っぷりに、うっかりキレそうになった。
―― 即座に、俺は次の魔法を自力詠唱。
今度は、彼我距離100mから80mに近づいた敵へ【急乱洪河】。
津波か鉄砲水といった感じの魔法効果で、高さ5mになろうかという大水が押し流す。
「回避不能な純粋質量攻撃! これなら、ちょっとは!」
「くダラんっ」
赤茶の異形人は、少し笑ったような声色。
そのまましゃがみ込み、両腕を地面に突き刺した。
ザクリッ!と、まるでそこが泥沼のように肘まで両腕が沈み込んだ。
そして、ドォドォ~~……ッ!と大水量が直撃。
一瞬で魔物の森の中に、急流の河が生まれる。
へし折れた大木も押し流して、水が引いていく。
土砂草花が洗われて、小石ばかりになった地面。
そこには相変わらず赤茶けた巨体の人影が、カニのようにうずくまっていた。
「……オわりカ?」
変身した異国の男は、流されない様に杭代わりに突き刺していた両腕を、ズボ、ズボ……ッと引き抜く。
そして、身体の調子を確認する様に、グルグルと肩を回しながら、聞き取りづらい声で告げてくる。
「気がすンダ、カ?
ならコチラの番ン ――」
「―― いいや! まだだね!
炎魔法で加熱して、水魔法で濡らしたなら、次はこれだよな!」
俺は、広範囲で効果時間の長い水魔法で攻撃しながら、用意していた魔法を連続で放つ。
まずは、特級の水魔法【嵐氷凍渦】。
ヒュゥ~ゴォオッ、ジャジャジャジャジャジャ~~~!!と、氷の嵐の滅多打ちで敵を覆い尽くして氷像に変える。
次に、特級の雷魔法【輝雷七渦】。
ズパン!パパァン!ズパパパァズパパァ~~~!と、半径20メートルの程の効果範囲で、周囲6点と中央1点にプラズマ球が浮かび無数の放電の雷光を瞬かせる、
―― おれは、そんな騒音に負けない様に、大声を張り上げる。
「物理法則は前世と大差ないんだ。
だったら、どんな硬い装甲でも高熱の後の急冷却でヒビくらい入るだろう!?
まずは防御破壊、そして雷撃で動きを止めてぇ ――」
特級の攻撃魔法の術式と、魔法自体を移動させる特殊魔法【滑翔】の、二重詠唱。
それを一旦発動遅延して、さらに魔法を重ねる。
攻撃魔法を増強させる補助魔法を、三重詠唱。
これは範囲拡大の【広域】と威力増強を追加した【超広域】、そのさらに上位版として試作していた ―― 破壊力を一点集中させる補助魔法【破壊焦点】
『チ・チリン!』『チ・チ・チリン』と、合計5回の自力詠唱音が響く。
「―― 最後に次手で決着!!」
ボォゴ、ボゴッ、ボゴボゴボゴゴォ……!と、まるで凍結湖面みたいになった、氷の地面から石柱が突き出ててくる。
この【泥石隆災】は、<石震蝦蟇>が使う原始的魔法を人間用に改良した軍用魔法。
それが、俺の補助魔法により変化する。
グ・ゴ・ゴ・ゴ・ドド・ゴン・ガガガァ・ドゴォ~~……ンンン!!と、巨石も土砂も一カ所に殺到して竜巻の様にうねり、長細い小山を形成する。
まるで、巨大な手が天から降りてきて、地面をひねって持ち上げたような、螺旋の渦巻き。
「…………さて、これで ――」
先程2度目の、肉体を犠牲にした魔力精製で、また莫大な魔力を得た。
その際限の無い魔力量に飽かして、思いつく限りの破壊攻撃を重ねてはみた。
―― ボオォン!!と、螺旋渦巻き状の土砂の巨大柱が、内部から打ち砕かれる。
まるで、マグマの内圧で爆発した火山の様だ。
「―― あ、うん……。そうだろうな」
そして、土砂の巨大柱から這い出てくる、赤茶の異形人。
「タったヒトりで、マドー小隊ニひってキする火リョクとハ……。
バケもの、メっ」
「………………」
どうやら、高熱&急冷却の装甲破壊から始める、強制土葬(圧殺オプション付き)の魔法コンボでは引導を渡せないらしい。
(まあ、知ってたけどな……)
魔力センサー魔法【序の四段目:風鈴眼】で、状況確認した時点でピンピンしてたし。
▲ ▽ ▲ ▽
攻めの手番が、相手に移る。
赤茶の異形は土砂の山に振り返り、自分を押しつぶそうとした巨石を、ヒョイッと軽く持ち上げた。
「チッ、ギリギリか……っ」
俺は、急いで魔法の<法輪>を補充。
左手の指に、回避と迎撃用のオリジナル魔法『必殺技』が3個、まあ上出来だろう。
―― ヒュ~~~……ドォン!と、急落下してくる巨石。
敵の攻撃の、まだ『手始め』に過ぎない。
なんとか氷の義足を動かして、ギリギリでかわすだけで『必殺技』はまだ温存する。
「ヒュゥ……」
「やっぱりか……っ」
巨石で射線と視界を塞いだ一瞬で、巨体が詰め寄ってきた。
目測50m強を、2~3秒で侵略する移動速度。
おそらく全力の1/3~1/4という、軽いフットワークなのだろう。
この異国の男にとっては。
「ジャァ!」
俺の両脚が動かしづらい氷の義足だから、回避の体勢が崩れる。
それを狙って、敵が放ってくる回転手刀。
俺は一発目をしゃがんで ―― いや、ほとんど倒れる勢いで躱して、同時に迎撃用の必殺技を自力詠唱。
「―― 【秘剣・木枯:参ノ太刀・星風】!」
「ガッ、こノォ!」
敵の連続する回転手刀を、こちらも回転の2連斬で迎え撃つ。
敵の両手を弾き、一瞬だけガードをこじ開けた。
そして、下段から跳ね上がる飛昇系の斬撃。
魔法の術式が、姿勢を強制的に修正して、五体無事の時と同じ動きを再現する。
(―― 作ってよかった! 格ゲーの必殺技ぁ!!
やっぱり格ゲーは異世界で役に立つんだ!? 情報元は俺!!)
しかも、両手持ちの『3斬目』は、赤茶けた異形の竜鱗に、縦の傷跡を残していく。
攻撃を一点に集中すれば、なんとか防御を破壊できるかもしれない。
「ナメるナァ!」
一瞬のけぞった敵だが、次の一瞬で体勢を立て直した。
超反応のリカバリー。
超人である魔剣士でも有り得ない、反応速度。
足だ、鳥の蹴爪のような足だ。
それでガッチリ地面をつかみ、足一本の筋力だけで上体を強制的に引き戻したのだ。
さらに即座に反撃してくる。
斜めジャンプの体当たりだ。
飛昇系の斬撃で跳び上がった俺を、地面に着地する前に跳ね飛ばす。
そして、上空15mまで吹っ飛ばす程の、強烈な一撃。
―― ズガァン!と模造剣がきしみ、欠損をふさいだ氷の補強が割れかける。
(今のとっさの防御! ギリ間に合ったか!?)
痛みがマヒしているとダメージを受けたかどうかも解らなくて、マジで困る。
俺を空中へ跳ね飛ばした異国の男(変身済み)は、こちらへ向かって超速の疾駆。
そして、デタラメな跳躍力で空中追撃しにくる ――……!?
(―― クソが! 空中コンボだと!?
ふざけんなよ、そいつは俺だけの特許だろうが!!)
敵は、空中で身体を寝かせて横回転する、いわゆる『胴回し』系の攻撃。
俺は、それを単発最強の斬撃、特殊技【序の三段目:払い・強化】で迎え撃つ。
空中で放つとはいえ、敵の『変身前』は有効打になった【序の三段目:払い】の強化版だ。
「シャァ~~ッ! ――」「―― ハアァッ!」
ゴガン!と、まるで岩と岩がぶつかり合う様な重い音。
空中で竜鱗の手刀と、俺の模造剣が全力衝突。
そして、空中に居るお互いを、反発するように弾き飛ばした。
///////!作者注釈!///////
すみません、決着が予定の第230話からさらに延びそうです




