228:二の打ち要らず
<金鉱島>の魔物の森に、巨大な異物が出現していた。
直径1kmほどの四方と天井を、厚さ30cm程ある氷壁がぐるりと囲む。
氷の強度は鉄に匹敵するのだから、その氷壁は鉄壁に等しい。
そういう閉鎖空間『真・氷の結界』。
あるいは、デスマッチのリングか。
そこには、俺ロックと例の異国の男。
死闘に挑む、両名だけ。
「魔導師ごとき低能メ!
この俺に、1対1で勝てると思ったカ!?」
怒りに震える、金髪とワシ鼻と白い肌という異国容貌の隻腕の男。
まるで弓を引く様な動作で、左の手刀を引き絞る。
「ジャァ!!」
再三の、絶技。
怒りにより放たれる今回は、あるいは過去最高の破壊力だろう。
しかし、だからこそ ――
(―― その激怒だからこそ、技が荒い!)
『チリン!』と自力詠唱音。
運動エネルギーすら操る、オリジナル魔法【序の三段目:流し】を起動。
同時に、身体に染みこんだ動きを、反復する。
片方は義足、もう片方は固定処置という厳しい状況ながら、技が成立した。
「ハァッ ――」「―― なんッ……~~!?」
ギリギリまで敵を引きつけ、自分自身を開閉する扉のような動きで、攻撃をスカす。
同時に、敵の突き出した腕を抱きかかえる様に捕まえて、回転運動に引き込む。
くるりと一回転半。
―― ドォ……ン!と、まるで岩の砕けるような衝突音が、20mは上空の氷の天井から。
続いて『ゴヒャ……ッ』と苦悶の声か肺から漏れる音も、頭上から聞こえた。
「三度も同じ技を見せられれば、対処法くらい考えるさっ」
―― 剣帝の使う制圧術の一つ、無名の投げ技。
説明のために即席に名前をつけるなら、『螺旋昇』だろうか。
この回転に巻き込まれた敵は、突進の勢いを上昇の螺旋に転換され、気がつけば真上に飛ばされている。
この死が迫る土壇場の集中力が技量を底上げし、達人のする『神技』をなんとか成立させていた。
▲ ▽ ▲ ▽
―― 前世ニッポンでは、こんな言葉があった。
『一撃決着』
『初太刀必殺』
『二度打ち要らず』
武術における究極であり、戦闘における理想だろう。
異国の男がする絶技『長距離狙撃の手突』は、まさにそれ。
乱雑の一撃で、あらゆる敵を虫ケラのように殺してきたんだろう。
(それも当然。
あれだけの超・広範囲の、亜音速突撃で、致命的威力だ。
いくら超人戦士の魔剣士だって、その数段上をいかれれば、まずもって勝負にもならんよなぁ……)
例えるなら『未開の部族を銃兵で皆殺しにする』くらいの無敵さ加減だ。
圧倒的な戦闘力の差で、笑えるくらい楽勝だろう。
だからこそ、反撃を受けた事も、対処された事もないのだろう。
(それこそ『二度打ち要らず』に慣れすぎて、脇が甘すぎんだよ……っ!)
圧倒的な戦闘力にあぐらをかいている。
そんな心の隙をつけば、制圧する事もできる。
敵と俺の戦闘能力に『100』と『1』くらいの差が有ったとしても、必ず『戦闘力100』の方が勝つワケではないのだ。
―― 例えば、前世ニッポンの拳銃だってそうだ。
人間の拳打とは比べ物にならない、射程と、速度と、威力。
そんな圧倒的性能の『拳銃』を使う者が、『素手の制圧術』に完封させられる事も珍しくなかった。
野生生物と比べれば、爪や歯さえもか弱い人間が、はるか強者に勝つための知恵と技術。
知識と経験を積み重ねて、工夫を練り上げれば、どんな強敵をも打ち倒せる。
その人間の工夫の集大成が、武術である。
「あまり人間をナメるなって事だよ、性能表オタクのクソ化け物が」
俺がツバを吐く様に言う。
▲ ▽ ▲ ▽
俺の後方にドサン……! ドスン……!と落下音。
落下して地面をボールのように2度3度と跳ねると、さらに、ゴロゴロと10mほどは転がったらしい。
―― そもそもが、推定で時速300km超という「お前空でも飛ぶ気か?」と呆れる様な、異国の男がする超速・突進攻撃。
その運動方向を90度ずらされ、高さ20mの氷の天蓋に激突。
常人ならば、もちろん即死。
それも、3~4度は即死して、まだお釣りがくるような、大ダメージ。
頭蓋骨が粉砕。
頸椎の複雑骨折。
背骨だって折れているだろう。
心肺なんかの内臓も破裂しているかもしれない。
もはや『事故』だ。
列車衝突事故に、高所墜落事故。
人体の原型が残るハズも無い。
前世ニッポンのニュースなら、その凄惨さから『全身を強く打って』という婉曲的な表現がされるような、無残極まりない肉片になるハズだ。
―― 普通ならそうなるハズなのに、何事もなかった様にヒョッコリ起き上がってくる。
「なんだぁ……!? 今の技は……っ!」
しかし、金髪ワシ鼻の男は、奥歯を食いしばり痛みに耐える様な表情。
『ちょっとスッ転んだ』くらいの無事っぷりだ。
鼻血が出ている事が、ワザとらしいと思うほどに、無傷。
(なんで、この程度で済んでるんですかねぇ、コイツは……っ)
意味不明すぎてウンザリする。
そういう理不尽な存在 ――
―― つまりは『化け物』と、殺し合いをしなければならないらしい。
(ホントにこのクソ異世界、ロクな事ねーな……っ!!)
―― まあ、とっくに解っていた事だ。
俺の重傷を見てブチ切れたアゼリアが、禁断の音速刺突『四電』を使った。
(つまり、その時点でコイツは『即死』してなきゃおかしいワケだ)
しかし、見ての通り、まるで元気でピンピンしてやがる。
人体の限界とか、生理学とか、そういう常識から外れた存在だと思った方が良さそうだ。
(コイツに冷静に動かれたら、身体性能で劣る俺には、どうにもならない……っ。
このまま怒りと焦りでペースを崩し、暴風の様なガムシャラ攻撃を続けさせる!)
―― だから、俺は挑発を重ねる。
観察と読心術で推察した敵の心の古傷を、あえて抉るように。
圧倒的に不利で絶望的な『敗戦』を、少しでもマシな展開にするために。
「フハハッ、魔剣士の成り損ないの分際が!
だから、俺のような魔導師ごときに遅れを取るのだ」
「―― ~~~~……ッ!!?
キィ~~、サァ~~、マァ~~!!
絶対に殺してやるゾ、貴様ぁ!!!」
「奇遇だな……っ」
俺は、フッと笑ってから、一呼吸。
「俺も、お前を殺したくて仕方ねえんだよぉ!!」
同時に『ギャリィン!!』と、金属かガラスが強く擦られたような、異様な自力詠唱音。
殺意を青い魔力光に変えて、敵に斬りかかる。
▲ ▽ ▲ ▽
―― 『試作奥義:嵐』。
それは、魔法のジェット噴射に押されて『剣が勝手に動く』必殺技だ。
そのジェット推進力を疾駆の補佐として使い、義足と固定処置の両足でなんとか走って間合いを詰める。
立ってバランスを取っているのがギリギリな俺には、こんな方法しか思いつかなかったのだ。
「くらえっ、このぉっ」
上段、左切上、横一文字、回転して足切払……。
手首の回転でなんとか剣撃をつなぐが、不器用な攻めになるのは否めない。
ガン!ガン!ガン!ガン!……と、全て頑強な右手の竜鱗手甲で防がれる。
「カッ、ヒ・ヒ!
大言を吐いて、これカ!?」
異国の男が、ワシ鼻を膨らませて笑う。
と、急に地面すれすれを横回転するような、両足を揃えた回し蹴り。
ほとんど前世ニッポンのブレイクダンスのような、曲芸じみた動きだ。
「ガ……ッ、くそっ」
ほとんど両足が氷の義足状態で、自由の利かない俺は、回避より防御を選ぶ。
なんとか体勢を低くして、模造剣で足技を防いだ。
しかし、全身の体重を乗せた両脚蹴りの勢いで地面を転がされる。
(歩く事よりも、立ち上がったり、踏みしめて耐える事の方が課題だな……)
「この俺サマが相手でも、今の片腕という負傷状態なら何とかなるカ!?
―― そう思ったんだろ、低能兄貴、お前ぇ!!」
異国の男は、ニヤニヤしながら、肩から先がない右腕を掲げた。
そして力を込めると、ブッシャ……!と血が噴き出す。
そして次に、ミチミチ……ッと、肉の軋む音。
やがてそれは、ゴキ……ゴキ……ゴキ……と、関節の軟骨を鳴らす様な音にとって代わる。
―― そして、右腕が『生えた』!?
「……ぉ、おいっ。 なんだ、そりゃ!?」
この魔法のある異世界にウヨウヨ居る常識外の魔物でも見ない、デタラメな再生能力。
「カカカカッ、ヒィ~~……ッ。
驚いたろ、低能兄貴メ!
例え俺の腕を何度も切り落とすガ、それは生爪が剥がれた程の不利も無しダ!」
自慢げに見せびらかす、超速で再生した右腕。
それには、例の頑強な竜鱗装甲が、ビッシリと覆い尽くしている。
(まさか、アレ……。
防具の手甲じゃない、って事か!?
自前の鱗か何かで、身体を覆っているって事か!?)
剣帝流の新弟子となったばかりの、獣人の熱愛2人。
彼らと同じように、コイツも特殊な能力を生まれ持つ『獣人』である可能性が出てきたワケだ。
(まるで『トカゲの尻尾切り』のような能力!
つまり、自切と再生!?
コイツもしや、トカゲ科の獣人って事か!?)
俺が混乱しながらも、敵の能力を分析していると、一瞬で間合いを詰めてくる。
「さあ、死ぬ時ゾ!」
竜鱗の手甲のような、右腕と左腕。
手刀にすれば鋼鉄を貫く。
防御に転じれば、魔法の刃【断ち】をも防ぐ。
それが、暴風のような連撃で襲いかかってきた。
▲ ▽ ▲ ▽
ヒュゥ……ッ、と異国の男がする吸気音が、不吉に響く。
「低能魔導師の剣術ごっこ! いつまで保つカ!?」
左右の鱗手が、交互に振られる。
ブ・オ・オ・オ・オンッ!と激しく風を鳴らす、手刀の5連手突。
当然だが、万全の状況となった事で手数が2倍になり、攻撃の間隔も半分になった。
もはや俺は、防戦一方。
キン!キ・キ・キ・キン!と、耳障りな連撃音。
「チィ……ッ、『腕が生える』超回復とか予定外すぎる!」
特級魔剣士を越える、速力と剛力。
防戦一方といえ、その超速の連撃ついてけるのは、ひとえに俺が剣帝流だから。
(俺はダテに、剣帝流で『魔剣士の成り損ない』やってねーんだよ……!)
そう、【五行剣】の『剣帝流』は、ダテではない。
この程度の超人身体能力なら、まだ知覚が追いつく。
少なくとも、【五行剣:雷】を使った時の剣帝ほど理不尽ではない。
技巧だって、後継者としてまだ未熟なアゼリアにさえ、全然およばない。
(なら! この程度! 全てさばき切れる!!)
カカカカカカカ……ン!と、休むヒマ無く続く攻防の音。
竜鱗に覆われた両手の貫手の連撃を、そして時折意表をつく肘撃を、すべて<小剣>で打ち払う。
そして、その超級の【身体強化】魔法に対応するべく、磨き上げた小剣術。
防御特化の<小剣>を駆使する剣技は、一撃必殺を目指した『必殺技』の補完でもあるのだ。
「この低能メぇ! クソ粘りするカ!?」
手刀でする連続突きは、この異国の男の得意技だったのだろう。
単調なそれだけでは俺を殺しきれないと判断したのか、数歩下がって動きを止める。
「ヒュゥ~……ッ」
深い呼気の音。
肺の中の空気を一度に全て吐ききり、新鮮な空気を補充。
そして、動きが変わる。
先程までの追い迫りながらの直線連撃から、今度は左右に回り込む曲線連撃へ。
虎爪が、手刀が、裏拳が、回転肘が、上腕撃が、上段中段下段をランダムに攻めてくる。
ブ・ボ・ボ・ボ・ボ・ボ……ン!と、空気を粉砕する回転音は、まるで人間プロペラだ。
―― そしてさらに、連撃の途中に挟み込まれる、『指がらみ』とでも呼ぶべき特殊な動き。
それはおそらく『剣刃殺し』。
竜鱗の指で剣を絡め取る、剣士殺しの接近戦闘技術。
俺は、慌てて回避動作を大きくして、小剣の『防御』から『迎撃』に方針を切り替える。
(やはり! コイツはアイツと同門!? あの『なんとか騎士』とかいう、『金ぴか爪』の!?)
なんだっけ、あれ、名前!?
ほら、アイツ!
えっと、その、あれよ、アレ!
リアちゃんの文通友達が、『アルカナのうんちゃらかんちゃら』言ってた、野郎!
(うっせぇ~! これだからコミュ症は……、とか言うな!! 1回しか顔合わせてない他人なんて、名前覚えるワケないでしょ、フツーさぁ!)
※ただし、毎日アイツの幻像魔法とトレーニングしているのはノーカンとする。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな気持ちの乱れが、剣筋に出たのだろう。
「ヒュゥ……ッ」「―― はっ」
異国の男は、一瞬の隙をつく足払い。
それも、ほとんどスライディングに近い、地面に寝そべる様な蹴り技だ。
先程からの回転攻撃の勢いのままに、地面を滑って間合いを侵略してくる。
俺は、氷の義足と固定処置の足で、なんとかジャンプ回避を成功。
しかし、そこに2回転目の回し蹴りが襲いかかる。
地面に横寝そべったままで回転して、さらに勢いを増し、胸の高さまで振り上げられる『二の蹴り』。
ほとんど、前世ニッポンのブレイクダンスみたいな動きだ。
「ジャァ……ッ ――」「―― クソっ」
俺の氷の両足が、砕け散った。
氷の義足の左足と、氷で固定処置したまだ生身の右足も、だ。
氷塊なんて石や鉄に近い硬さなのに、蹴りの一発で木っ端微塵。
この異国の男め、お得意の手刀だけではなく、四肢の全てが鋼鉄の様に鍛え上げられているらしい。
緊迫が、視界をスローにする。
空中に氷の破片が散り、それに鮮血の赤色と、生肉のピンク色と、骨か筋らしき白色が混じる。
そして、その向こうでニヤリと勝ち誇る、金髪ワシ鼻で上背の異国の男。
「殺った! 止めゾ!!」
敵がする怒号は、全力を振り絞る気迫だろう。
地上3回転スピンしながらの連続攻撃なんて、超人の身体能力でも難しい絶技だ。
ブレイクダンスの転倒回転から起き上がり、大きく一歩踏み込んでくる。
ボォ……ン!と空気を破裂させる、右の竜鱗腕の手刀。
「ハッ、まだ殺ってねーゾ!?」
俺は鼻で笑い、揶揄するように言う。
中指の指輪に偽装した待機状態の魔法を解放。
魔法の術式<法輪>が、腕輪の大きさに広がって高速回転、『チリン!』と鳴る。
魔法の効果で、空中の姿勢を修正。
<小剣>を構えた迎撃態勢で、必殺技を放つ。
「【秘剣・木枯】っ! ――」「―― なん、ダぁっ!!?」
ガガガガガ……ッ!と、1秒間に20発という高速の刺突。
鉄をブチ抜く竜鱗腕の手突を弾き飛ばし、さらに敵の上半身にも傷跡を残す。
―― 俺の繰り出した、空中カウンター。
予想外の迎撃に驚いた異国の男は、ワシ鼻の顔をしかめて後退。
「格闘戦の最中に、自力詠唱ぉ……ダァ!?」
わずか一飛びで後方20~30mに逃れて、警戒の構え。
「武術と魔導の技を、同時に……。
<四彩の姓>とて不可能な異常ゾ?
あるいはキサマ、『月下凄麗』以上の化け物カ!?」
「……フッ」
俺は敵の言葉には応えず、ただニヤリと不敵に笑う。
(痛みがマヒして傷の状態が解らないのは、思った以上に困るな……。
自身があとどれだけ保つか、まったく解らないんだから)
内心の焦りと冷や汗を、必死に隠しながら。




