226:夢物語の力
この異世界に輪廻転生した俺・ロックは、肉体的にも魔力的にも恵まれなかった。
剣技にしても、魔法にしても、力任せとはいかない。
だから、繊細に、緻密に、より効率的に。
そういう創意工夫が常に必要だった。
それが俺の持ち味となり、強みにもなった。
―― では、さっき敵の進路を妨害した、『超巨大な氷の障壁』は何なのか?
『特級の氷結魔法』の数十倍というデタラメな障害物を、どうやって作り出したのか。
魔力が人並み以下である俺・ロックが、『特級魔法の数十回分』なんて大量の魔力をどこから用意したのか。
その答えは、簡単で単純。
自分の肉体を分解して、魔力を精製したのだ。
今までも何度か、こういった話をしたと思う。
―― 『この世界の特性として、全ての生命は大なり小なり、魔力を秘めている』
―― 『だから、魔力感知能力は対生物用として万能のセンサーになる』
つまり、この異世界に生きる生命は、必ず魔力を持っている。
おそらく、魔力の存在する異世界では生命活動に必須の成分か、または不可欠な生命エネルギーとしての役割もあるのだろう。
もしそうであれば、人間や魔物が使う『魔法』というのは、肉体に取り込まれた魔力のうちで生命活動に不要な『余剰エネルギー』を活用した物ではないか ――……。
そういった仮説を、<帝都>魔導三院の研究書籍で読んだ覚えがある。
(つまり、肉体という魔力の貯蓄容器を丸ごと分解できれば、『生命維持のために蓄えている、本来は使用できない魔力』まで取り出せるんじゃないかな~?、って仮説があったワケだっ!)
命が燃え尽きる時でもないと実行できない、肉体を欠損させる禁忌の手段。
自分の生命を使い潰す前提での、緊急的で一時的な『魔力の増強方法』。
文字通り『命と引き換えの魔力』だ。
―― では、その『肉体を分解する方法』とは、何か?
術式のヒントになったのは、触れた物を木っ端微塵に粉砕する、破滅の魔法剣『黒剣』。
そう、『人食いの魔物』が『#1』の切り札だ。
『黒剣』は、『#1』の身体を蝕む呪いであり、同時に人間離れした異能の根幹でもある、『紫色の魔力』を利用した攻撃だ。
そして『#1』の『呪い/異能』である『紫色の魔力』は、異常個体<羊頭狗>の角が原因だった。
心臓付近に刺さったままの魔物の角が、一種の魔導具素材のような魔力の変換の働きをして『人間の魔力を異質な魔力』に変質させていたワケだ。
その魔力の変質の作業工程と、『紫色の魔力』の特殊波長を完全に模倣。
そうして創り上げたのが、物質破壊に特化した超必殺技『三日月の極限』だ。
―― つまり、『手段』は全て俺の手元にそろっていた。
あとは実行するための、俺の『意志』と『覚悟』だけの問題だった。
▲ ▽ ▲ ▽
―― 少し話が前後するが、奇襲を受けた直後から、改めて状況を話そう。
さっきの異国の男に、このクソ間抜けな兄弟子が一撃K.O.された後。
そして異国の男に、不甲斐なくも妹弟子を攫われた。
その後の話だ。
その直後の俺は、重傷で死にかけて失神していた。
前世ニッポンのマンガじゃ、手足なくなっても平気で殴り合いしているが、そもそも『肉体の欠損』というのは、失神する程の大ケガだ。
そもそも人間の身体は、手足を一本無くしたり、大量に失血しただけでショック死する程に脆弱なんだ。
そして、刹那の悪夢に飛び起きた。
(アイツを……殺す! 何をしても……っ!!)
とびっきりの悪夢を見た、お陰さまだ。
俺のかわいいかわいい妹ちゃんが、尊厳を踏みにじられて非業の死を遂げる ――
―― そんな理不尽な悪夢をみて、火を噴いたのは『殺意』。
その激情は頭をハンマーでぶん殴られたような衝撃で、全てをマヒさせた。
激痛と恐怖を遠くに押しやり、重傷の身で行動するための意気地を奮い立たせる。
まずは、動かない四肢の代わりだ。
今や利き手と同じ精度で自在に動く、『鋼糸使い』技能だ。
少し身体を動かすだけで激痛が走り、呼吸困難になりながらも、根性の魔力操作で鉄弦を操った。
鉄弦が触手のように動き、腰のポーチから<回復薬>と<治癒薬>の薬瓶を取り出し、ありったけを片っ端から口に流しこむ。
異国の男が、わざわざひっくり返して仰向けにして腹部の傷を踏みつけ、ののしりツバを吐きかけ嘲笑ってくれた、お陰さまだ。
なんてこった! お陰で体勢を直す手間が省けたぞ!?
(本当にお陰さまだ、アリガトウな、異国の男っ。
だから、この『借り』二つは殺意で返してやるぞ!
―― テメーこの、クソ外道なブラック企業並みにガン詰め好きのぉ、ドSド畜生パワハラDQNカスでぇ、毎晩彼女殴ってそうなクレイジー・サイコなイ●ポ野郎がぁぁぁ!!)
憤りが脈を高め、血流を早め、脳にドクドク送り込んでくれる。
すぐさま逆転の手段を考える。
今世と前世と、2度の人生で得た知識と知見を、全て出し尽くす。
まるで、本棚を全てひっくり返して、蔵書もメモも全て床にバラまき広げる様に。
―― そうやって閃いたのが、さっき説明した『肉体を分解する魔力精製』という非人道な術式だ。
(そもそも、自分の『肉体を分解』するなんて!
さっきの異国の男が、俺の足を『ついで』で踏み潰してなければ、こんなイカれた博打なんか、絶対にヤらなかったけどなっ!)
そう、最初の遭遇戦で、異国の男は『俺の左足』を踏み潰しやがった。
その直後に例の絶技、『<小剣>の防御を貫通し、そのまま脇腹に大穴を開けた、手刀の刺突』が来た。
練り上げた技で確実に倒すため、身体の動きを封じた上での一撃とは、武術の定石だ。
しかし、あいにく『今の俺』にとっては、あまりに効果的すぎた。
―― バケモノ怪力で踏み潰された足は、治療が不可能な程にグチャグチャ。
―― 腹部には握り拳ほどの大穴が開いている。
―― どちらも大重傷だ、すぐに生死に関わる程の。
―― さらに最悪な事に、妹弟子を攫われる。
―― そこに、『悪夢の未来』という刹那の夢が、ダメ押し。
あまりの絶望とピンチに、迷うヒマすらない。
窮鼠猫を噛む。
弱者を追い詰め過ぎれば、格上を相手にすら食ってかかる。
そう、異国の男は、弱者を追い詰め過ぎたのだ。
いますぐ、笑顔で自爆テロを敢行できる程に…… ―― っっ!!!
すぐに腹が据わった。
『覚悟』が決まった。
(もはや、俺自身の死は確定事項として受け入れたっ。
あとは、この人生の『わずかに残った時間』で、何を為すか……っ!?)
『意志』が最適解を選択し始める。
だからこそ、ためらいなく実行できた。
もう役に立たない『左足』を、自ら斬り捨てた。
(もちろん、左膝の下で鉄弦を巻き付け、止血処理はしている)
今までテストすらした事がない術式を即興で組み上げて、いきなり実戦使用。
そんな、一か八かの博打でも、迷う事がない。
(―― 自切した『肉体』を分解して魔力の精製、まさかの超・大成功!!)
結果、手に入ったのは『莫大な魔力』。
もくろみ通りどころか、その数百倍 ――
―― いや、数万倍は上手くいった。
それ程の、絶大な量の魔力を精製(いや、還元か?)する事に成功したワケだ。
▲ ▽ ▲ ▽
―― これは、まるで前世世界のSF物語で言うところの『反物質』だ。
物質をエネルギーに転換したら、桁外れの力を生み出すという夢物語。
その夢物語の『力』を、俺は今、手にしている。
本当に、とんでもない魔力の量だ。
さっきから湯水の様に使っても、1割どころか1%すらも、使いつくせない。
それどころか、『俺』という矮小な容器では、受け止める事すらできない程だ。
例えば、前世ニッポンの学校の25mプールに、満タンの水があるとする。
そのプールの底が抜けて、大水量が滝の様に流れ落ちてきても、手元にバケツ2~3個しかないなら、はたして何%を受け止められるか。
つまり、そういう次元の話だ。
―― 時には、大型魔物にさえ比べられる程に強大な魔力を持つ、天才児・アゼリア=ミラー。
(この、今の俺は ――
―― 今だけは俺は、妹弟子の数十倍はある量の魔力を、まるで湯水のように使う事ができるのだ!)
そんな全能感に、思わず身震い……っ!!
▲ ▽ ▲ ▽
「―― おっと、いかんいかん……っ」
あわてて、精神を制御する。
湧き上がってきた『昂揚』と、それに付随する『油断』を腹の底に沈める。
つとめて冷静な頭脳をもって状況を俯瞰する。
(―― いくら心が激昂しようと、頭だけはどこまでも冷静に。
『感情は、道具だ』
『主体は、人間にこそある』
『主体である人間が、従属である感情に使われて、なんとする』)
激情なんて、爆発させて最後の一押しをする時まで、取っておけばいい。
必ず、思いの丈を叩きつける機会は訪れるのだから。
今さらだが、そんな師匠・ルドルフの教えに、感謝だ。
そうして、敵の反応を予想して、いつものように手順を組み立てる。
そう、いつもどおりに、両手の十指に指輪に偽装した必殺技を装填。
―― ィィィィイイイ……ィン! と、ようやく魔力5倍の超過負荷が完了する。
そして、斬り捨てた『生身の左足』の代替である『氷の義足』で一歩踏み出してみる。
不慣れな『左の義足』でなんとかバランスを取りながら、大穴が開いて氷で塞いだ模造剣を構える。
「さあ、人でなしの誘拐犯よ!
お前が、どこまで化け物じみてるか、試してやろうっ」
『ギャリィン!!』と、金属かガラスが強く擦られたような、異音。
「【秘剣・三日月:参ノ太刀・水面月】!」
穴あき模造剣を横薙ぎにして放ったのは、青い魔力光の【裂き】の周辺攻撃。
ズザザザン!と、強化された範囲攻撃が、半径50mの一切を斬り払う。
森林の木々はもちろん、盛り上がった小丘も、岩石も、すべて俺の腰の高さを基準に、斬り倒す。
―― 『青い魔力ダ!?』
―― 『あ、ありえん!! なんだ貴様ぁ!』
崩れゆく景色の中で、ピョン!ピョン!とノミのように飛び跳ねる、誘拐魔。
その姿を、直接目視。
しかし、すぐに今の攻撃の50m半径から飛び退き、森林の中へと逃げ隠れしようとする。
どうやら、不確定要素となった俺と戦う気はないらしい
やはり、ヤツが最初に言っていた通り『アゼリア=ミラーの身柄』が目的か。
目的を達した以上、このまま神王国へと逃げ帰るつもりか!?
(させるかよ!!)
俺は、すぐさま手札の内で、とっておきの1枚を切った。
「驚くのはこれからだ!
これが、俺の奥義・試作の一つぅ ―― !!」
これは生涯一度きりの奥義だ。
今だから ―― 魔力が無限に使える、この特殊な条件下だから ―― 使用が可能になった本来なら夢想で終わったはずの『奥の手』を放つ。
『チ・チ・チ・チ・チ・チ・チ・チ・チリン!』
やかましい程に、魔法の自力詠唱の音が重なる。
その数、実に9重。
「―― 【秘剣・陰牢:極ノ太刀・陽射神】」
俺の必殺技の中でも最も特異な術式で、多数の敵へ対応するために広範囲・多段攻撃に特化した破壊の奥義 ――
―― すなわち、魔法攻撃の『極限』だった。




