221:必殺にして禁忌の漁法
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
引き続き、<金鉱島>観光の3日目。
午前は良くわからない内に潰れ、そろそろ正午という太陽の高さになってきた。
俺の横をノッシノッシ歩く、クマ並の体格の白毛魔物・ブチ。
その背中にまたがる、銀髪のお嬢様へと声をかける。
「そろそろお昼か……。
いったん、街に戻ろうか?」
「でしたら、先にブチを水浴びさせたいですわ。
さっきから、首とかカイカイしてますの」
妹弟子・アゼリアが、そんな事を言い出した。
「あー、藪に入った時にダニでも付いたかな?」
そんな話をしながら山道を下っていると、ド・ド・ド・ド……ォ!と水の音と湿気。
道から斜面を下ったところに、小さな滝があった。
「ブチ、水浴びですわよぉ~」
『メェ~~~!』
上に乗ったアゼリアが、騎獣の首元をペチペチ叩く。
それから滝を指さすと、意図を理解した<羊頭狗>がピョンピョンとジャンプしながら岩だらけの斜面を下っていく。
巨体の魔物(たしか脅威力3らしい)を、意のままに操ってる。
完全に騎馬みたいになってる。
「アイツ……、将来は『魔物使い』にでもなるつもりか?」
昨日・おとといと、猟犬の群れに馴染んでいた事といい。
アゼリアのお嬢様言動と相反する野生児っぷりに、兄弟子も呆れちゃう。
―― ドバァ~ン!
『キャー、冷たくて気持ちいいですわぁ!』
『メェ! メェ!』
そのまま滝壺に飛び込んだらしい音と、1人と1匹の歓声。
チラリと崖の下をのぞくと、超絶スクールアイドル級な銀髪美少女さんが豪快に服を脱ぎ捨てて、ジャブジャブ水遊びを開始してた。
「……ハァ、ウチの妹ちゃんは自由だな……」
俺は、山道の脇にある手頃な石をイス代わりに座り込み、鉄弦を取り出し、ポロン……ポロン……と演奏の練習なんかを始める。
待っている間ヒマなので、時間つぶしだ。
だが、滝の水飛沫の霧が流れてきて、天然クーラーで涼しいくらいの位置なので、ドドドォ~……ッ!って落水の音がうるさすぎる。
自分が演奏している曲が合ってるのか、間違ってるのかも分からないくらい……。
「このクソうるさい滝の音、消せないかなぁ~……」
……って、そういえば前世ニッポンにそういう機械あったな。
周囲の騒音だけを消す機能。
音に真逆の音波をぶつけて消す『ノイズキャンセル』。
「こうか?」
魔力を操作して鉄弦をビィン!と鳴らす。
だが、まるで周囲の騒音が消えない。
波長が違うみたい。
「こう? いや、こう? 違うな、こう?」
鉄弦をビィン! ビィン! ビィン!と連続で鳴らす。
ランダムにしっちゃかめっちゃかに、色々な音を作るが、どれも今ひとつ。
「……う~ん。
そういえば、天才科学者アインシュタインがお寺の鐘の中に入った、とかいう話があったな」
あ、もちろん前世ニッポンの話ね。
お寺の鐘とか村中に聞こえる程の大音量だが、いざ鐘の中に入ってみると、音波が反響しあって打ち消し合う事でほとんど聞こえなくなる ―― らしい。
つまり、ノイズキャンセルの原理が働いているって事。
「んじゃ、音を操作するというより、単純に複写というか反響というか、音を『反射』させればいいのか?」
とか独り言を言いながら、色々と試してみると ――
―― ドォ!ドォ!ドォンッ!と重低音な大爆音が手元で発生。
(うるせぇ!! 耳が、耳が!!?)
音波合成☆大失敗!
本来『音波をぶつけて消し合う』つもりが、タイミングがずれたせいで『音波が大増幅』という合成波になってしまう。
「い、意外と、難しいぞ……これ……っ」
突然の爆音に野生動物もビックリしたのか、近くの茂みがガサガサ鳴った気もした。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな感じの『鋼糸使い』の練習で、妹弟子と愛玩魔物の水浴びを待っている俺。
―― 今度は、パァン!!と、竹でも燃やしたような音が、山の中に響いて木霊した。
「竹が燃えたなら、山火事? いや、野焼き?
それとも急に雷でも落ちた?」
前世ニッポンの頃の俺みたいな都会人のために説明すると、竹は青いまま(乾燥前の生状態)で燃やすと『パァン!』と破裂音がする。
竹という植物には空気の入った節があり、さらに青い生状態だと水分を含んでいるから、加熱すると蒸発して1,200倍になった水分が節を大膨張させて破裂するワケだ。
花火の一種『爆竹』の語源がコレなんだろう、きっと。
まさに『青天の霹靂』って感じの爆音だった。
「お兄様ぁ~~!」『メェ! メェ!』
その霹靂みたいな音にビックリした妹弟子が、ガサガサと滝壺のある渓流の斜面を駆け上がってくる。
「お兄様ぁ~!」
「―― ああ、リアちゃん大丈夫、今のカミナリじゃない……」
俺の目の前に飛び出てきたのは、涙目の怖がりお嬢ではない。
笑顔満点の、超絶美少女さん。
「―― いっぱい、お魚とれましたわぁ~!!」
『メェ! メェ!』
バスタオル姿で『魚いっぱいのバケツ』を頭に乗せた、銀髪の妹弟子アゼリア。
そして、同じく『魚いっぱいのバケツ』をくわえて持ってきた、白毛黒斑点の魔物・ブチ。
「採れたてピチピチの大漁ですわ~」
『メェ! メェ!』
「変な角の子に横取りされた鳥肉さんの代わりですわ~」
『メェ! メェ!』
「これお昼ご飯にしましょう、お兄様ぁ~」
『メェ! メェ!』
ご機嫌な妹弟子と飼育魔物。
グルグルと円になって『豊漁の祝い』的なものをズンドコ♪ズンドコ♪踊っている。
「……フゥ……ッ」
兄弟子、呆れちゃう。
帝国の首都<帝都>でも指折りの武門の名家<封剣流>のお嬢様が、あるまじき野生児っぷり。
とりあえず、妹弟子を落ち着かせる。
白熱の『豊漁の踊り』でバスタオルがズルリと落下して、乙女的なアレコレが丸見えになる前に。
山道の端っこでたき火を起こして、着替えさせる。
「滝壺、いっぱい大きなお魚いましたのよ!」
「うんうん」
ビショビショの長い銀髪をタオルでふいて乾かしてあげてると、アゼリアが無邪気に戦果報告。
「潜って捕まえようとしても、スルスル逃げられますの!」
「うんうん」
目の前をヒュンヒュン逃げるから、意地になって追っかけてたワケね。
野生のネコかお前は。
兄弟子、なかなか水浴びから上がってこないな、と思ってたよ。
「だから、ブチに雷魔法をバリバリー!ってさせましたの。
一網打尽にしてやりましたの!」
「……おい、ポンコツ妹」
禁止漁法じゃねーか!?
漁協とか地元の漁師さんに、しこたま怒られるヤツ!!
「リアを小バカにしたお魚さんもビリビリ天罰ですのよ、お~ほっほっほ!」
ブラシでサラサラ銀髪を整えてあげていると、お嬢様は得意げに高笑い。
兄弟子は、呆れのため息。
「ハァ……。 『天罰』、じゃないがな……」
電気ショック漁法が禁止なのは、あまりにも『一網打尽』すぎるからだ。
つまり、電流ビリビリで水辺の生き物を根絶やしにするという漁法は、適切な漁業の範囲を通り越した、深刻な生態系破壊になってしまうワケである。
―― つまり、ただの『人災』な件について。
▲ ▽ ▲ ▽
「さて、可及的速やかに『痕跡』を抹消しないと、色々とマズいな……っ」
―― 水辺に大量の魚の死骸が!とか状況証拠がバッチリ過ぎる。
つまり、『死体があるから殺人事件、死体がなければただの失踪(疑惑)』という、ミステリー小説の犯人的な理論で誤魔化すワケだ。
そんなワケで、大量の魚の死骸(大漁で大量!(ひとり笑))を食いしん坊さん達のお腹の中へ証拠隠滅な緊急企画!
―― 『いきなり!異世界クッキング大会』が開催!
(ドンドンドン!パフパフゥ~♪(効果音が古い!))
まずは、内臓を抜いて串打ちした塩焼き魚を並べた、たき火の調理。
もう一つ火を起こして、石を集めて簡易なかまどを組み上げると、鉄鍋の調理も開始する。
今日は『ダンジョン見学』のつもりで野営セットを持ってきていたお陰だ。
野外調理キット ―― 鉄鍋、木製食器、乾燥野菜、調味料に料理酒まで揃っている。
「美味しそうな匂いですわ~、お腹すきましたわ~」
『メェ~、メェ~』
目をキラキラさせている、1人と1匹。
この腹ペコさん達に、バケツ2杯分の川魚をたいらげていただく予定だ。
「しかし、意外と1番シンプルな塩焼きが、1番時間かかりそうだな……」
内臓抜いて開いて粗塩塗って焼くだけ!――
―― と一番楽ちんな料理が最初に完成しそうな気がしたのだが、実際にはなかなか火の通りが悪い。
鉄板で焼けば良かった、と初手から手順が失敗。
「仕方ねーな、方針転換だ」
熱した鉄鍋に、生活用<魔導具>で精製した飲料水をお玉2杯分くらい注いで、川魚の切り身を放り込み、下ゆで。
一度、下ゆでのお湯を捨てて、調理酒とネギ・ニラ・ショウガの臭み消しを入れて蒸し焼き。
「うん、だいぶん生臭さが消えたか?」
「蒸し焼き、美味しいですの!」
『メェ~』
なお、ブチがモシャモシャ食ってるのは、軽く湯通しだけした魚の頭と内臓だ。
あと、ここ数日は魚ばかりで若干飽きたらしいので、茹でた川ガニ(握り拳大!?)も与えると、ボリボリ甲羅を噛み砕いている。
(そう言えばコイツ、骨センベイとか好きだったなぁ~……)
陸鮫魔物の素材(主に牙と鮫皮)を採りおわった後の残骸で、特に歯ごたえのある軟骨部分がお気に入り。
それも、保存用に干してカリカリに乾燥させた、パリパリなセンベイ状態が大好物だった。
「お兄様! 次はコレが食べたいのですわ!」
「うぁ~……、ヒゲ生えてるけどナマズか、コレ……?」
アゼリアが川の主っぽい一番デカい川魚を持ち上げる。
軽く1mくらいある、巨大ナマズっぽい。
「一応さばいてみるか……?
―― うわ! ナマ臭ぇ!」
なんというか、数日清水に浸して泥を吐かせて、なんとか食べれるレベルの川魚っぽい。
「ってか、ナマズってどう料理するんだ……?
ウナギやアナゴみたいに蒲焼きとか……?」
というか、そもそも前世ニッポンの大豆発酵食品・ショーユがない以上、蒲焼きとか照り焼きとか絶対に無理だ。
もしかしたら魚醤くらいで代用できるかもしれないが、似て非なる料理になる公算の方が高そう。
(……そういえば中華料理じゃ、高温の油で魚の生臭さ取るとか、なんか見たな)
あ、もちろん前世ニッポンの動画サイトね?
物は試しと、ナマズの真っ白な切り身に高温の油をかけてジャージャー鳴らす。
「いい匂いですわぁ~、今度はどんな料理なんでしょ~」
当流派の食いしん坊は、フォークとナイフを持ってウッキウキ。
すると茂みから『グゥ~~……』『キュルルゥ~~……』と、何やら腹ぺこな効果音が2重音響で聞こえてきた。
「………………」
絶対、さっきの2人に違いなかった。
(だって、デカい鳥型魔物が木の上の方にとまってるし!)
バレバレすぎるんだよ、お前らバカップル!




