22:ロックイーター
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
泥沼が、沸騰してた。
「うぉ……、温泉みたいだな」
魔女の森みたいな枯れ木の先に現れたのは、そんな光景。
ゴボゴボと泡立っている、泥沼。
突如、ドボォーンッと水面が吹き上がる。
「おおぉ……っ!?」
さては、温泉か、間欠泉か。
そんな勢いで飛び出した水流が、ねじ曲がった。
カーブした水流が、枯れ木に叩き付けられる。
正確には、枯れ木にぶら下がった、岩のような物に。
<岩蝙蝠>。
岩をまとう、というか泥をまとうコウモリだ。
全身にまとった泥を、土魔法で硬質化して、岩のような防御力を得ることが出来る。
深い森の中や、水辺の洞窟などに住むため、滅多と人と出くわさない魔物。
── 以上、ヒョロ貴公子からの受け売り情報。
泥沼から跳ね上がった激水流は、<岩蝙蝠>を激水流の水圧で押さえ込む。
身動きを取れなくなった所に、ねじ曲がるウォータースライダーみたいな中空水流の中を泳いでくる巨影が襲いかかる。
容赦ない大口がバックリ開き、2匹まとめて捕食される。
ゴォリッゴォリッと、岩並の防御のコウモリが、かみ砕かれる。
「うぉ……でっかい、カバが水を使って空飛んでる(?)……すげぇ」
捕食者の方の魔物は、ガイコツを被ったアフリカ象ぐらいのカバ。
ヒョロい貴公子の、冒険者ギルドからの極秘調査の対象が、どうやら見つかったらしい。
しかし、本人は険しい表情。
「── <外骨河馬>、だってっ!?
脅威力3の『河の主』が何で、こんな小さな沼なんかに……?」
調査任務を達成したのに、あまり喜んでないみたいだが。
▲ ▽ ▲ ▽
戦闘は、なし崩し的に始まった。
「キャアッ、こっちに来ますぅっ」
「2人とも離れてっ 僕が注意を引きつけます!」
「── そ、そうだ魔法! 魔法使わないと!」
そもそもこのカバ、ずいぶん気性が荒いらしい。
『縄張りに入ったヤツ、みんなぶっ殺す!』みたいな性格との事。
そもそもコイツ、生態的には別に『人食い』でもない。
しかし『また縄張り入った人間をミンチにしちゃった(てへ)』という人的被害が甚大なせいで、『人食いの怪物』扱いされているらしい。
はた迷惑な生き物だ。
「キャー、コウモリいっぱいくるっ
【水圧盾】!」
「メグちゃん動いてっ 足とめちゃだめですよ!」
「サリーさん、こっちに支援お願いっ」
小ぶりな観光バスくらいの図体で、グォーグォー暴れ狂うカバ。
捕食者にビビってキーキー飛び回る、コウモリ数十匹。
戦場は、かなりカオスな事になっている。
「大変だなぁ……」
俺とリアちゃんは、ちょっと離れた所で観戦中。
「お兄様お兄様っ
見てるだけとか、ウズウズしますわっ」
「んじゃあ、リアちゃん。
その辺りで、邪魔にならないように、素振りでもしてようね?」
ほら、俺ら、依頼されて着いてきただけの『山岳ガイドさん』なワケだし。
どっちかというと、『守ってもらう立場』だし。
冒険者パーティの人でもなければ、傭兵でもないので、手を出す気はない。
「今日のリアちゃんは、まあまあ調子が良いな」
「ええ、お兄様。 素振りの音が冴えますのっ」
「そうだね」
妹弟子は、素振りだけでなく、魔力操作の調子も良いみたいだ。
オリジナル魔法【序の四段目:風鈴眼】でさっきから観察しているが、剣の表面によく魔力が走っている。
これは、兄弟子直伝の、オリジナル魔法【序の一段目:断ち】だ。
俺が愛剣の『鈍剣』で、魔物を斬るのに使っている、アレ。
【断ち】を普通の真剣に使うと、刃こぼれしにくくなり、また切れ味と強度があがる。
いわば、魔力での武器の保護コーティング。
ジジイの流派である『五行剣』は、剣撃重視タイプなので、剣の切れ味は生命線も同然。
そのため『五行剣』継承者のアゼリアには、好相性の武器への魔法付与だ。
ジジイ本来の流儀とはちょっと違うかもしれないが、これだけはしっかり叩き込んでいる。
リアちゃん本人も、俺の必殺技を使いたがったので、熱心に覚えてくれた。
── と、黒い影が1匹、こちらに向かってくる。
<岩蝙蝠>だ。
「また、キーキーが来ましたの。 とりゃー!」
さっき説明したとおり、<岩蝙蝠>は泥を岩みたい硬化する魔法で防御を固める。
だが、この魔法防御が、飛ぶ時には重りになる。
そのため、飛び始めにズババンッと散弾みたいにバラまくのだ。
飛び始めのスピードが出ない時に、周囲を牽制するという、一石二鳥のディフェンス方法。
しかし、ウチのスーパー天才児には、全く効かない。
銀髪ポニーテールを揺らしながら、<正剣>を縄跳びみたいに手首で振り回す。
プロペラみたいな回転で、ビュンビュンッ、バシバシッ、と岩破片の散弾を弾き飛ばす。
さらに剣を回転の勢いのまま振り上げ、中型犬くらいのコウモリをぶった斬った。
「うむ攻防一体、完璧な対応だな」
ウチの妹弟子、天才! かわいい! 最強お嬢様ッ!!
これは、ゆくゆくは世界を獲る器だわぁ~!(身内びいき)
▲ ▽ ▲ ▽
「── しかし、向こうの3人は、なんか手こずってるみたいだな」
どうも今日のお客さん ── 新米っぽい冒険者パーティ3人の連携は、今ひとつ。
お陰で、こっちにも何匹か<岩蝙蝠>が飛んできてる。
まあ、リアちゃんが素振りの合間に、スパスパ切り捨ててるので、実害はないが。
「そうですわね。
腕は悪くないですが、動きがバラバラですわ」
リアちゃんの、天剣流の貴公子への評価。
確かに、ウチのスーパー天才児(全世界級)をライバル視するだけあって、かなり動けている。
問題は、後衛の魔法使いの従姉妹2人の支援が、今ひとつな点。
いやそれどころか、逆に足を引っ張っている感じもある。
(── 逆に言えば、お荷物を2人も抱えて、よく善戦してるよな。
スゲー、ただの軟弱男じゃないな)
自分で『<御三家>直系のエリートです(キリッ)』とか名乗るだけある。
若くして、魔力・剣術・精神力の3点が揃った、一流どころだ。
びっくり、マジでエリート魔剣士だった。
「で、リアちゃん。
アイツの動き見てたら、少しは思い出した?」
「む~……
今日のお兄様はイジワルですわっ
きっと見知らぬ男の人に、リアが取られないか嫉妬してるんですの」
アゼリア、『見知らぬ男の人』じゃないがな。
はやく思い出してやれ。
昔の『顔なじみ』がさすがに可哀想だ。
ライバル視してた相手に、顔も名前も覚えられてないとか。
ぜったい歪むぞ、貴公子の奴。
「かわいそうに……」
(まるで、主人公を一方的に敵視して、闇落ちするライバルみたいな境遇だな……
魔王幹部の闇騎士とかなるタイプか?
でも、敵の幹部にも『美形』が必要だもんな。
ゴツい武人、人外怪物、卑劣な策士だけじゃ四天王にならないし……)
そう考えると、あの嫌味な少女マンガ美形っぷりも少しは許せそうな気がする。
── さて、まだ闇落ちしてないライバルの戦いっぷりに注目。
デカい外骨カバをほぼひとりで相手しながら、縦横無尽の大活躍だ。
それが<天剣流>の流儀なのか、<正剣>と<短導杖>の二刀流の切り替え戦法。
魔物から離れては雷系の攻撃魔法、近づいては剣撃で、絶え間なく攻撃している。
剣術の腕前だけ見ても、かなりの練度だ。
枯れた木々を三角飛びして、ジャンプ斬りするとか、運動能力も半端ない。
まあ、ウチの天才児ほどじゃないが。
(多分、剣術Lv40~45くらいかな……)
俺が見た中で、ウチの剣帝様と妹弟子以外では、剣術Lv最上級。
だが、『敵が厄介』と『周りが当てにならない』のせいで、戦績は今ひとつ。
この巨大カバみたいな、『外骨獣』という魔物は装甲が固い。
長期戦になりがちなタイプだ。
金髪ボブ男の貴公子は、手堅い戦法。
良くも、悪くも。
地道に魔法でチクチクと手数を稼ぎ、焦れた魔物の大ぶり攻撃を待ち構え、強烈なカウンターで装甲を削っている。
その甲斐あって、だいぶん『外骨獣』と呼ばれる種類の魔物の『鎧』 ── つまり外骨格が剥れてきている。
(決着まで、あと半分。
ようやく折り返しを超えたくらいかな?)
大丈夫かな。
もう、貴公子、息上がってきてるけど?
「やっぱり、パーティ3人は無理じゃない……?」
聞いた話だと、冒険者は基本的に3人ひと組らしい。
で、冒険者パーティとなると、『3人組×3班=9人』が最低の人数構成らしい。
補欠やサポートメンバー考えれば、10人を超える大所帯になる。
(いつもの、魔物素材集めの冒険者パーティも、だいたい13~4人いるからな……)
また、10人という人数にも意味がある。
この異世界では『魔物のご飯』に過ぎない弱っちい人間でも、集団化すると魔物に襲われにくくなるのだ。
その、経験則の人数が、おおよそ10人以上。
まあ、イワシが群れているような物だと思って頂ければいい。
逆に、少人数で森を歩いていると、入れ食い状態で魔物が釣れる。
さながら美人さんがひとりで、<翡翠領>の中央広場を歩いているみたいになる。
(でも、ナンパ野郎を追い払って、決闘騒ぎまでいったのは、赤毛少年くらいか……
アイツ、アホ先輩達と試合で勝負つけるっていってたけど、結果どうなったのかな……)
そんな事を考えていると、甲高い悲鳴。
「メグちゃん!?」
「クソ、突破されたっ」
その悲鳴を聞いて、すぐさまアゼリアがフォローに向かう。
「── もうっ 何してますの……っ」
妹弟子は走りながら、身体強化魔法の腕輪をスイッチオン。
「あぁ、やっぱりやらかした……」
俺ら、山岳ガイドさんであって、護衛とか冒険者パーティの仲間とかじゃないから、そこは本来は契約外の仕事なんだが。
(まあ、小学生くらいの女児に、目の前で死なれるとか、寝覚めが悪いしなあ……
追加料金請求くらいで、許してやろう)
俺が、そんな事を考えている内に。
リアちゃんの、剣帝秘伝の【五行剣:火】が『カン!』と起動。
途端に、赤い魔法陣の残像を残して超加速。
ロケットの勢いで、救出に向かっていった。
2021/11/07 <外骨河馬>の脅威力を4→3に下げました。




