219:ガクガクぱにっく(下)
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
さて。
なんか、たまたま山でピンチな人たちを見付けて助けに来たら、逆に襲われているワケだが。
『行け! <羊頭狗>どもっ』
『骨ひとつ残すな!』
魔物の被害者(偽)な連中は、黒覆面を被ってくぐもった声で指示する。
『メェ!』『メェ!!』『メェ~!』
と返事する、黒い巨体が3匹。
すると、俺の手元で鉄弦が、謎にビィン……ッ、ビィン……ッと揺れた。
(なんだコレ……。
もしかして、魔物の声に含まれる超音波にでも共鳴してんのか?
でも、ウチのブチの鳴き声で、こんな風になった事ないけどなぁ……)
ちょっと疑問が浮かぶが、今は戦闘中。
正直、共鳴した鉄弦から指に伝わる振動すらも、精神集中の邪魔。
鉄弦を巻き軸に収納(あ、もちろん『鋼糸使い』技能で、ね)する。
―― と、その一瞬で目の前まで迫る、黒漆色の巨体魔物。
ヒグマ以上の巨体が、丸太の様な右腕(前右脚?)を振り上げながら、3m以上飛び上がる。
『―― フゥ! メェェエ~~~!!』
「おっと……!」
俺は、とっさに魔法を自力詠唱。
特殊技【序の三段目:跳ね】のジャンプ攻撃の移動量を利用して、右横へ素早く回避。
ドオォ~ン!と落下した衝撃で、小石を散弾のように飛び散らせる、0.5tくらいの漆黒巨体。
『そのまま潰せぇ!』
黒覆面のひとりが叫ぶ。
だが、飛び込んできた漆黒の巨体は返事の代わりに、ブシャァ~~ッ!と血を吹き出す。
この黒覆面どもは、飛び込んできた<羊頭狗>の腹部を串刺しにした【秘剣・陰牢】の半透明の設置罠に気付いただろうか。
(うぅ~ん、やっぱり腹部の無防備さが<羊頭狗>の弱点だな……)
頭部・首・胸という生物的急所を鋼鉄並の外骨格で守る『外骨獣』。
だからといって、完全無敵ではない。
そして、ここ1年半ばかり養育魔物のブチの相手をしている俺には、<羊頭狗>の行動パターンは丸わかり。
剣山みたいに上向きに並べた『魔法の刃』で、ズッパリ上下分割できちゃう。
―― そんなワケで、先頭突撃の<羊頭狗>は腰で分断され、上半身が巨石のように、ゴロゴロゴロ~……ォッ!と山の斜面を転がり落ちる。
『な、なんだ!?』
『うわっ、うわ、うわぁ~~!』
『来るな! こっちじゃない!』
黒覆面ども、パニックになっとる。
呆れため息。
「フゥ……、とりあえず魔物から片付けますかね~」
▲ ▽ ▲ ▽
『メ!?』『メメェ!?』
―― 何? 何が起きたの? 何で先頭のアイツ死んだの!?
意訳すればそんな感じの、魔物たちの動揺。
魔物とは『魔法を使う人食い怪物』だ。
つまり、魔法を使うだけあって頭はいい。
しかし、そういう知能の高さは、必ずしも戦闘でプラスに働くワケじゃない。
時に、脳筋で無策で無謀な集団突撃が、策士の緻密な作戦を上回る事もある。
(今のだって、本能のまま勢いのまま、突進して挟み撃ち攻撃していれば、俺を殺せていたんだがね~……)
そう、2匹目の対処中に3匹目から背後攻撃されれば、俺が殺られる可能性もまあまあ有った。
―― しかし、悪知恵の働く魔物<羊頭狗>は、手堅い安全策をとった。
先行した仲間のトラップ即死を見て驚き、すぐに警戒の急ブレーキした。
それは、悪手だ。
全力走から急ブレーキで立ち止まれば、全身が硬直して次の行動にすぐ移れない。
武術で言う『死に体』というヤツだ。
そんな『死に体』な魔物の懐に、『チリン!』と【序の二段目:推し】で一気に飛び込む。
『フッ、シャァ~!』
<羊頭狗>は荒い吐息で気合いを入れ、漆黒の左巨腕を振りかぶる。
全力で振り回せば、空気が破裂する豪腕の一撃だ。
ひ弱な人間など、ひとたまりもない。
もちろん、豪腕の迎撃が間に合えば、という話だが。
「フッ、遅ぇよ!」
俺は、鋭い呼気で筋力を爆発させ、居合い斬り体勢からの三連斬。
もちろん、魔法の刃【序の一段目:断ち】を剣を振る勢いで飛ばす、飛び道具系の必殺技『旧式・三日月』だ。
振り上げた巨腕を斬れば、血を噴き宙を舞う。
腹を横一文字に両断すれば、上半身が落ちる。
大口開けた顎を斬り裂き、頭部を上下に分断。
「このくらい斬っとけば、充分かな……?」
これも何度か話したけど、図体の大きな魔物は細かく刻む必要がある。
死んでも肉体が(神経の反射か何かで)バタバタ動いて、危ないから。
『メェ! メェ! メエェ~~ッ!』
最後の1匹は、俺が近づくのを見て後ずさり。
そして、頭を下げて角を突き出す ――
―― 一見して突進のポーズだが、左右の巻角の間に、魔力光で輝く術式の輪<法輪>が現れた。
「チッ、魔法か……っ」
こっちも、とっさに魔法で対応。
薬指と小指の指輪に偽装した待機状態の魔法を解放。
魔法の術式<法輪>が、腕輪の大きさに広がって高速回転、『チ・チリン!』と2重に鳴る。
俺は、飛翔突進系の必殺技で姿をくらます。
―― と、ほぼ同時に、<羊頭狗>の魔法が『ゴォーン!』と鐘みたいな音で発動。
バチバチバチバチィ~……ッ!!と放電の光が、鞭の乱れ打ちみたいに、周辺の木々を爆ぜさせる。
魔物の使う魔法は原始的な術式だが、膨大な魔力で発動させられるため、非常に高火力。
小さな枝は弾け飛び、樹皮は焼け焦げ、あちこちの落ち葉から火が上がる。
その煙に紛れる様に、『俺』が背中に魔法陣を背負って突進!
『―― フシュッ、メェェ!』
待ち構えていた<羊頭狗>の漆黒の巨腕が振られて、一撃粉砕!
『やったか!?』
人影が真っ二つになり赤い物が散れば、黒覆面たちが身を乗り出して歓声。
―― 途端、舞い散った赤い花びらの『幻像』を吹き飛ばす、衝撃波魔法【撃衝角】。
ドォオオン! 『ギャァワ、メェ!?』 「やってねーよ!」
爆発音、魔物の悲鳴、俺のせせら笑いの声。
三つが重なり、<羊頭狗>の生首が、ポ~ンと飛ぶ。
鋼鉄並みの強度がある外骨格を、薄紙のように斬り裂いた落下斬撃。
「この『ミソギもどき』、正確に当てる事が最大の問題だな
威力は文句ないけど……」
そう、<副都>の<瘴竜圏>で巨大カブトムシ魔物を倒した、上空50mから落ちてくる即席の必殺技。
それを改良して、上空20mくらいに抑えた実戦検証版だ。
『バカな!』
『3匹とも、簡単に一蹴しやがったっ』
『ガク、だぞ! 古代魔導文明が生み出した、悪夢の生物兵器だぞ!?』
『ひ、人の領域を越えた剣技! まさに帝国最強流派か!?』
『ま、まさか、コイツも例の実験体と同じ……?』
『なんだと! 帝国め、我々の研究成果を盗み取ったのか……っ!?』
黒覆面たち6人が、なんかワーワー騒いどる。
(おいおい……、ノン気に『お話』してないで全員でかかってくるか、全員で逃げるか、どっちかしろよ。
中途半端にかかってくると、各個撃破で全滅しちゃうよ?)
兄弟子、呆れて失笑。
▲ ▽ ▲ ▽
―― 結論。
黒覆面6人は、俺の新技研究の実験台となって全滅しました。
南無三。
ちなみに使ったのは、対人用の制圧魔法の新作。
「ガドーケン!」 『ぎゃぁ!』
「ガドーケン!」 『ぐわぁ!』
「ガ・ショーケン!」 『くそ、この ―― がは!』
「空中ガドーケン!」 『ごほぉ!』
「ガドーケン!」 『ごぉべぇ~!』
そんなかけ声とともに、手の平から衝撃波的な物がでるヤツ。
今日の異世界は、魔法ブッパ、時々アッパー、所により空中からも降るでしょう。
(―― いや、違います。
たまたま似ているだけです!
勘違いしてもらっては困りますっ)
これは、ただの衝撃波魔法の3重発動。
つまり初級魔法並みに簡易化された改造・衝撃魔法【撃衝角・劣】を3個、しかも同時発射することで衝撃の波が敵の体内(防具の向こう)で重なり、威力が増幅されるヤツだ。
防具を貫通して体内に直接ダメージ系という、格闘マンガのロマン技だ。
前世ニッポンの物理科目で習う『合成波』って効果だ。
(―― そんな!
C▲PC●Nのパクリとか、変な事を言うの止めてください!
言いがかりです、迷惑ですよ!!)
ガドーケンという名前だって、アレだ。
我流の衝撃波がどうとかの拳法的なアレな名前なんだ。
略して、ガ・ドー・ケン。
何、『ドーの部分がない』って?
うっせえよ! だまれよ!
(お前さぁ、格ゲー16年おあずけされてる俺のキモチとかわかんの!?
わかんないよね! わかんないからさぁ! 安易にパクり、とか! そういうヒドイ言い方すんだよね!!?)
そんなワケで、最後1人の実験台に怒りをぶつける。
『ひ、ひぃ! た、助けてぇっ』
「ゲージMAX! 大気よ震えよ! 俺の怒りで!!
震空ぅ~~、ガドーケン!!」
最後の敵には特別サービス。
5重魔法発動で、威力166%(当者比!)のスーパー版をお見舞い。
『ゴホォ……! グフゥ……ッ、カ………ヒィ……ッ』
「…………ん……?」
アレ……なんか今、血を吐いた様な……。
まさか、内臓とか破裂……?
やべえ、うっかり人殺しになっちゃうぅ!
「よしよしキミ、最後まで頑張ったね?
ゴホビに俺の改造<回復薬>をあげよう、いやいや、遠慮はいらんよ遠慮は!」
『―― ゲフ! ゴホ、ゴホォ……ッ、ハァハァ……ッ』
あわてて心臓マッサージしたから、無事に蘇生完了!
心拍も回復!
脈拍も安定!
呼吸にちょっと血が混じったかもしれんが。
実質的に『死亡事故ゼロ』だったから、結果オーライ。
(こんな簡単にボコボコにできるザコ(笑)でカス(呆)みたいな連中で、殺人未経験を卒業したくないし!)
あとはワイヤー張って、逆さ吊りした黒覆面ども(縛り上げてミノムシ状態)をジップライン方式で搬送。
魔物の血まみれ死体の近くに放置してたら、一緒に食われてしまうだろうし。
(まあ、ダンジョン入口に陣取っている冒険者ギルドのテント周辺に置いておけば、誰か気付くでしょう!)
今日も誤安全だったな、ヨシッ!(指さしネコちゃんポーズ)
▲ ▽ ▲ ▽
俺が【飛翔】魔法でヒュルルル……ッと風を鳴らしながら、元の場所へ戻る。
低速飛行なんで、5分どころか、10分近くかかった。
というのも、無防備に空とか飛ぶと飛鳥直撃がヤバい。
だから警戒して飛ぶハメになり、空中360度の上下まで気を配ると、飛行距離1kmあたり5分くらいまでにスピードが落ちるワケだ。
さて、無事に対岸(?)の山に着くと、ちょうど妹弟子が戻ってきた。
白毛<羊頭狗>(ウチのペットの方!)の散歩が終わったらしい。
「お兄様ぁ~~!」
『メェ~~~』
山を自由に駆け回ってご機嫌なのか、ルンルン♪な足取りの白黒魔物。
その上に騎乗して、フンス!フンス!鼻息の荒い妹弟子。
なんか遠くてよく見えないが、後ろにズルズルと引きずっているような気がする。
「お兄様!
今日はデッカい鳥さん、捕まえましたわぁ~!
今日は『鳥の串焼きパーティー』ですわ~!
ブチもお腹いっぱい食べ放題ですわぁ~!」
『メェ! メェ!』
ニッコニコで手を振ってくるアゼリア。
暴れ馬みたいに、ドサンッ、ドサンッ、ドサンッ!とスキップみたいな跳ね走りしてくる、白毛黒斑点の<羊頭狗>。
巨体のため食糧代が半端ないウチの愛玩魔物。
なので、肉食わせると高く付くから、この島にきて魚ばっかりだったし。
「お肉! お肉! 鳥肉、食べ放題!」
『メェ! メェ! メェ!』
上機嫌な、1人と1匹。
すると、その背後に、バサッ!と木から飛び降りる人影。
顔も髪も服装も隠す、全身フードのあやしげな風体で、小柄な人物だ。
「―― うわぁ~! ルゥキ食べないで! 殺さないで!
わたしの友達なの! 返して! 返してよぉ!」
魔物にまたがったスーパー美少女な超天才魔剣士さんを追いかける人影の、その半泣きの声は年頃の少女のようで甲高い。
「何ですの、貴方!
まさか、リアの狩りの獲物を横取りするおつもり!?
ブチとわたくしとお兄様の、晩のご飯ですのよ! 一口だってあげませんわよ!」
「狩りの獲物じゃなぁ~い、晩のご飯じゃなぁ~い!
その子、わたしの友達ぃ!
勝手に食べないでぇ!」
言い争う少女2人。
『……メ?』
ガイコツ頭を傾げて立ち止まった、ブチ。
その後ろに、ロープのグルグル巻きで気絶したままの、<羊頭狗>並みに図体のデカい鳥系魔物(?)。
―― 誰がどう見ても、トラブル案件だった。




