216:まきえ注意報
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
ただ今、船上の人。
つまり、リアちゃんと船旅の途中なんだが。
「……リアちゃん。 大丈夫か?」
「―― ウボボボボォ~~……っ」
兄弟子が背中をヨシヨシしてあげていると、海面がバシャバシャと跳ねる。
リアちゃんは、甲板の船縁にしがみついて、海面をじっと見ている体勢。
あとの詳細は、乙女のヒ☆ミ☆ツ!である。
―― 【悲報】異世界No.1ヒロインさん、船酔いでゲロインになってしまう【撒き餌now】
(―― ヒロインが! ゲロイン!(独り笑))
もう兄ちゃん、アハハハ……と笑うしかない状況だ。
しかし、もう10分くらい看病(?)してるんだが、一向に妹弟子の体調不良がおさまらない。
「リアちゃん、キミって港生まれじゃなかったっけ……?」
「そ、そうは、言ってもぉ、お兄さ、ま! ―― お、ぉボボボ~~、ウェ……!!」
「船に乗る前に、あんなにいっぱい食べるから……ハァ……」
妹弟子の食いしん坊っぷりを思い出すと、呆れのため息が出ちゃう。
貝のバター焼きやら、イカ下足の串焼きやら、鯖バーガーみたいなヤツやら、口休めの果汁たっぷりスムージーやら……。
<帝都>の港の出航前に、両手に☆おいしい物いっぱい☆という、超天才美少女魔剣士のアゼリア=ミラーさん。
まさに、『邪痴暴食』の限りを尽くしていた。
―― アゼリアは激怒した。
必ず、このけしからん海の幸を食さねば、と決意した。
アゼリアには屋台の相場は分からぬ。
アゼリアは、金に困らぬお嬢様である。
剣を振り、ヒツジ(?)と遊んで暮らして来た。
けれども美味に対しては、人一倍に敏感であった。
(―― それ、ただの食いしん坊じゃねーかっ!?)
兄弟子、心の中でツッコミしちゃう。
(せめて、<帝都>出てから旅行のお金使わない……?)
(まあ、旅行でテンション上がってるんだろうから、グチグチ言わんけど……)
とか思いつつも、旅行でテンション上げ上げな爆食っぷりを、生ぬるい目で見守っていた兄弟子だったのだが。
―― 現在、リアちゃんはお腹の中の海の幸を、盛大に食材還元中。
つまり『走れメロス』ならぬ、『戻せアゼリア』な現状である。
「―― ゥボボボ~ボ、ボ~ボボォ……っ」
「よしよし、もう全部出しちゃえ。
そしたら、ちょっとは楽になるだろうし……、ハァ……」
(船が外洋に出てハデに揺れだしたから、貨物室の魔物の様子を見に行くつもりだったけど。
まだ、それどころじゃなさそうだな……)
兄ちゃん、思わず黄昏れてしまう。
「も、もったい、ない、ですわぁ……せっかくのゴチソウがぁ……
2人の旅の、思い出がぁ……っ、ううぅ……っ」
「いや、仕方ないだろう?
早く全部出して、スッキリしちゃいなさい」
「せめて……お兄様に……。
……召し上がって、愛するリアちゃんの吐瀉物を……っ」
「……おい、ポンコツ妹。
キサマなんつー事を言いやがる」
「―― まさかの、拒否ぃ!?
そんな、愛が、愛が足りませんのぉ~……ウボボ~~っ」
「そんな、おぞましい愛はない!」
意外と元気な妹弟子の背中を撫でつつ。
そして、何か酸っぱい匂いから顔を背けつつ。
俺は、今回の船旅に出た『事情』を思い返した。
そう、現実逃避である。
▲ ▽ ▲ ▽
「うっひょ~~~! 雪のように真っ白なんてエッチすぎる!!
これは、たまりませんね!?」
「幼くもワガママな肉体がそそるぅ~~~~!! 拙者を狂わせるぅ!
ふぉぉおお~~~!」
「銀髪の美少女さん、こっち視線ください! デュフデュフッ、O・K!
サイッ・コォ~~~!」
最初に思い出したのは、おぞましい男達の絶叫。
何かおかしな連中が、何かクネックネッと奇っ怪な動きで踊ってた。
しかも、<帝都>の国立魔法研究所・魔導三院の敷地の中にある、魔物用の檻の周りで。
「……な、何、アレ……っ」
―― メ、メェ~……っ
ブチも、包帯グルグルの変な人(?)たちに囲まれて、何だか困った顔している気がする。
というか野郎ども、鉄の檻のあたりで腰をカックンカックンさせるな。
さすがに色々キモチワルイぞ!
「あれが、例の『リネン研究室の下男3人組』よ……、フゥ~~……」
横に来てボソボソしゃべり、なんか重いため息ついたのは、いつもの女性事務員さん(眼鏡のキツい目つきの人、名前知らん)。
見たら、なんだか疲れた顔している。
「アンタが、<羊頭狗>なんて連れてくるから。
しかも、その中でも特殊な白変色個体なんて聞いたから。
連中、治療院の重傷治療室から抜け出してきたそうよ?」
「お、おぅ、そうなんですか……?」
というか、その『全部お前が悪い』みたいな目つき、止めてくれません?
「ともかく、あの白い魔物どっか連れて行きなさいよ。
しばらく、だけでも。
でないと、あの連中が治療院に戻らなくて、事務員が文句言われてるんだから」
「えぇ~~……。
そんな事を、急に言われても」
こっちも困る。
(そもそも俺だって、色々配慮はしているんだけどなぁ……)
そう内心ボヤいちゃう。
調教済みとはいえ、あの『人食いの怪物』をこんな人口密集地な<帝都>に置いておくのは、色々と気を遣うワケで。
万が一、何かあって『他人様を噛んだ』とかなったら、飼い主として責任重大なワケで。
だから、<翡翠領>のジジイへ送り返したいワケだ。
可及的速やかに。
(でも、なかなか剣帝からお返事の手紙こないしなぁ~……)
そろそろ半月以上経ったかな、『ブチ送り返したいんだけど?』の手紙を出してから。
ここ<帝都>から<翡翠領>まで往復2週間と考えれば、そろそろ配達されて返事が来てもいい頃なんだが。
そんな事を考えていると、キツい女性事務員さんが冷たい声で言ってくる。
「じゃあアンタ。
責任もって彼らが抜け出さないよう、治療院で見張りでもする?」
「…………」
(え、嫌すぎる)
「脱走の原因作った張本人として責任取って頑張るなら、それでもいいけど。
―― 毎日、彼らを治療院に送り返すのに手間取らされてる、事務員としてはァッ?」
女性事務員さんの声の迫力にビックリした。
よく見たら、ガチの顔だった。
目の下にクマとか出来てた。
「彼らのお陰ででこっちはさぁ! ほんっっっと! 毎日毎日! 走り回されてお陰で事務仕事がさぁ!! ぜんぜん終わんなくてさぁ! ずぅ~~~と毎日毎日毎日残業続きでさぁ ――」
「―― あ、はい! 了解!!
早急に原因の魔物、どうにかしまぁ~~す!!」
「ちょっとぉ、アンタ聞きなさいよぉ~~!」
スゲー長い愚痴聞かされそうな気がしたので、ダッシュで逃げた。
つまり、飼い慣らされ<羊頭狗>のブチちゃんを連れて、<帝都>から一時退去。
大変心外ながら、そういう事になった。
▲ ▽ ▲ ▽
「そんなワケで、ちょっとブチとプチ旅行にでも出かけてきまs ――」
「―― リア行きますわ!」
俺がダジャレに『独り笑』とする前に、食い気味に妹弟子が反応した。
「……え、何?
もしかして、リアちゃんもついてくるの?」
「行きます、行きますのよぉ!」
このボッチな妹弟子も、士官学校に通い始めて早1年。
仲良し4人組以外の同学級のお友達や、学校の先輩とかともお出かけ機会が増えてきた、今日この頃。
おかげで兄弟子、
『ようやく兄離れしたのかぁ~……。 ぐすん、泣かないもん……』
とか、少し物悲しい気分だったので、ちょっとビックリ。
どうした、妹弟子。
もしや、お友達みんな『夏休み』(士官学校の昇学年直前の長期休暇、前世ニッポンなら終業式後の『春休み』みたいな感じ)に故郷へ帰っちゃって、お前ひとりヒマだったのか?
「婚前旅行! 夏は恋の季節!
海辺で二人の距離が縮まり、大胆な愛の致命的決着!!
フィアンセから幼妻へのランクアップ・イベントが、この夏カミング・スーンですわ!!」
「んん、フィアンセ?
今リアちゃん、兄弟子の婚約者候補の話した?
今なにか平成イケイケ淑女ハリエッタ=ローズガーデンさんの話題を振られた?」
「キィイイ~~ッ! してませんわ!
ハリちん先輩の話なんて、これっぽっちもしてませんわよぉ~~~!」
「あれ~……、おかしいなあ?」
兄弟子、最近ちょっとモテ期がきた事で、『鈍感難聴系主人公』になってしまったのかもしれん。
昨今、何かと紙一重で『婚約者候補ハリエッタ=ローズガーデンさんの話題』をキャッチしそこねてしまうんだ。
(こっちとしては、いつでもバナナの皮にすべって、セクシーな胸元にダイブする準備はOKだぜ!!)
ハーレムラブコメ主人公の役目だもんな!
今の俺なら、【序の三段目:流し】と<精剣流>の奥義を併用して、運動エネルギーを操作する事で、
『イヤ~~ン、もうバカァ~~!!(照れ隠しパンチ)』
『うわぁあ~~~~(ドップラー効果)……キラーン☆(空の彼方へ)』
という、ラブコメの『定番シーン』すら再現可能!!
―― 行くぞ扇子姫、”””武器”””の貯蔵は十分か!!?
(街角で衝突、パンチラお願いしやす)
「<封剣流>当主のお祖父様公認の婚約者なリアが、一緒に旅行に行くって言ってますのに、なんで他の女性の話ばかりしますの!
おかしいですわ! 不条理ですわ! 浮気者には死あるのみですわ!!」
急にご機嫌ななめになった妹弟子が、手近な物にバフ!バフ!バフ!と体当たり。
デカいヌイグルミに八つ当たりする、みたいな光景だ。
ぶつかられる度に毛並みがワッサ!ワッサ!揺れる白変色<羊頭狗>が、迷惑そうに「メ~……」とか言ってる。
なんか、そんな感じで、旅の道連れがひとり増えた。
2人と1匹の珍道中が始まってしまった。
▲ ▽ ▲ ▽
船旅2日目。
晴れ渡る空。
爽やかな潮風。
白波を裂いて進む船舶。
そして、ボチャボチャ……ッ、ボチャボチャボチャ……ッと海に還るお食事。
「―― ウボボボボォ~~……っ」
そう、絶賛『大海に還りなさい生まれる前に』と、どこかしらで聞いた事がある、ザザーン……ザザーン……な少年の神話的な補完計画である。
「き、気持ちわるい……っ」
「お兄様、よしよし、よしよし。
1日遅れの船酔いですのね、お水飲みますか?」
すっかり元気になった妹弟子と、立場逆転して船酔いMAX状態の俺。
「リ、リアちゃん……あまり近づかないで……。
兄弟子のゲロで、汚れちゃう……ウボボ~~」
「……大丈夫、ですわ。
病める時も、健やかな時も、富める時も、貧しき時も。
いつもお側で支えるのが、わたくしアゼリアですわ」
「リアちゃん……」
兄弟子、感激!
ああ、なんてこった……ッ!
―― 【超報】ウチの妹弟子がやっぱり天使さんな件について!!【マジ女神】
背中に10枚くらいの白翼が! 白翼が!
その、昼間の空に浮かぶ白い月面が霞むくらいビッグな大器に、兄弟子お胸が”””高鳴り”””しちゃうぜッ!!
甘き死よ、来たれ!!
「だからわたくし、きっと。
一気飲みできますわ、口移しなら、きっと!
愛するお兄様の吐瀉物だって……っ、リアがんばってゴックン一気飲み!」
「―― やめろっ」
どうやら、まだまだ『兄離れ』が出来ていない甘えん坊でした。




