214:スノーウインド(下)
調査チームの男の、過去の回想は続く。
―― 黒髪の子どもが為した、剣の届かない魔物を両断するという、『離れ業』。
剣技とはとても思えない。
であれば、あれは魔法攻撃の類いなのか。
「しかし……、『今の』は一体どんな魔法なんだ?」
「いや、本当にわからん。
俺も調査チームに入る前の冒険者時代から軍属の魔導師と付き合いがあるが……。
正直、『あんなの』は聞いた事もないっ」
まず、『魔法攻撃で自分の周囲を全てを薙ぎ払う』なんて、普通ではない。
魔法でそんなマネをしようとすれば、逆に自分で起こした魔法効果に巻き込まれ『自爆』するのがオチだ。
『魔物』という『魔法を使う人食いの怪物』に対抗するために開発された中級以上(つまりは軍用)の魔法攻撃は、たしかに非常に強力な威力だが、だからこそ細心の注意で扱わなければ術士本人や味方を死傷させてしまう。
老人と孫娘の様な魔剣士の師弟らしき2人も、口々に驚きの声をあげた。
「お兄しゃま、しゅご~~~~い!」
「これは、またっ!
ハァ……、あやつめっ、とんでもない技を編み出しおったのぅ……」
彼らも今の技を、初めて見たらしい。
「リアも! 魔物をまとめて『バシューン!』ってしたいですわ~~~!」
「やはり、わし程度の凡人の手には、とてもおえんなぁ。
この『神々から賜った子』は……、ハァっ」
「お兄様、リアも! リアも!」
黒髪の子どもの元へ駆け寄っていく、銀髪の少女。
『お兄様、リアも! リアも!』
『はいはい、もうちょっとで完成するから。その後に、ね』
『絶対ですわよぉ! 約束ですわよぉ! ウソついたらお兄様嫌いになりますからね!』
『はいはい、兄ちゃんカワイイ妹ちゃんに嫌われたくないから、約束は守りますよ?』
男児らしい黒髪の子どもと銀髪の女児は、仲よさそうにじゃれ合っている。
とても、魔物の森の中でする態度ではない。
魔物の死体のど真ん中というのに怖がる様子もない。
その頃になって『偵察妖精』隊員2人は、ようやく制圧術から解放された。
2人とも、身を起こして片腕をなでながら、達人の老人に尋ねる。
「あ、あんた達は一体何者だ?」
「魔剣士と、魔法使い、か?
こんな凄腕で、子どもと老人だけの戦団なんて聞いた事がない……」
「ああ誤解じゃ、わしらは冒険者ではないよ。
この辺りで山ごもり修行をしているだけの、魔剣士の一門。
わし自身は、既に一線を退いた老いぼれで、ルドルフという」
「る、どふる……、って、まさかっ」
「例の第5の剣号! 『剣帝』ルドルフか!?」
―― 『偵察妖精』は、冒険者ギルド直属の調査部隊。
つまり、冒険者ギルドにとって、目であり耳でもある存在。
だから、ここ<翡翠領>の冒険者ギルドで、『生きた伝説』となった魔剣士と最初に接触をもったのは、彼ら『偵察妖精』の隊員であった。
▲ ▽ ▲ ▽
―― そんな3~4年前の『思い出話』に花が咲いたのは、<翡翠領>の『偵察妖精・雪風隊』に、現在これといった仕事がないからだ。
今まさに、隣接領<硫黄領>で行われている魔物の大規模討伐は、一般の冒険者たちが主力となる。
派遣協力の一環として偵察要員の『偵察妖精』も着いては来たが、それも万が一の予備でしかない。
指令本部テントのある本陣の脇で、特に仕事も与えられぬまま、居心地の悪い思いをしているのが現状だ。
下手に出歩いて、<硫黄領>側の冒険者ギルド支部と揉め事になっても困る。
そんな軟禁じみた状況下では、雑談が唯一の暇つぶし。
やがて話す内容が尽きてくると、各隊員の過去や経歴、冒険者時代の思い出話などへと話題が飛び火していったのだ。
―― すると、今の話題の中心だった、唯一の女性隊員が小首を傾ける。
「そういえばリーダー。
その時の『わたしを助けてもらった話』って、あまり詳しく聞いた事がないんですが?」
「ああ、ジェシー、それか。
俺たちも現場にいながら、不甲斐ないが、詳細を説明できるほど見ていないんだ」
「はぁ……、どういう事ですか?」
「『剣帝』様と話している内に、冒険者戦団の被害の話がでて ――」
「ええ。
少し前に会った冒険者の1人 ―― つまり、わたしが丸呑みされた事を話した訳ですよね?」
「ああ。
そしたら、『剣帝』様がすさまじい速さで駆け出していき、俺たちはすぐに姿を見失ってしまった……
恥ずかしながら、な」
「―― はぃい?
……えっと。
リーダーって『疾駆型』の特級魔剣士ですよね?」
「当時はまだ<四環>、上級魔剣士だったな……」
「いや、それにしても、上級の『疾駆型』を置き去りにする程の速力って、そんなの」
「『事態は一刻を争う!』『二人で探せ』『見つけ出したら、足止めしろ!』
―― とか、お弟子さんたちに指示出し始めたと思ったら、あっという間だったな……。
『剣帝』様ご本人どころか、まだ小さかったお弟子さん2人にも追いつけなかった……」
「さすがに、冗談でしょ……?
え、冗談、ですよね?」
「いや、本当だ。
必死に全速力で山の中を追いかけて、5分か10分か。
ようやく追いついた頃には、あの魔物 ―― たしか<座構蜥蜴>だったか? ―― は腹を裂かれて、粘液まみれのお前が引っ張り出されていた」
「は、はあ……。
すると、つまり、あの時リーダーは『剣帝』様の戦いっぷりは、ぜんぜん見ていない?」
「ああ、まあ、その通りだな。
しかし正直、あの時は魔物との戦闘どころか、ほとんど魔物が反撃する間もなく倒したんじゃないか、と思う様な外傷の無さだったよ」
「脅威力4の、<座構蜥蜴>を?
不意打ちの一撃で、って事ですか?
……なんか『剣帝』様の話って、予想の10倍は普通じゃないんですけど……」
「ああ、気持ちは解る。
俺も冒険者あがりで調査チームに入ったクチだから。
脅威力4の大型魔物とか、B級冒険者の戦団だと10人がかりで『どうにか』、ってハズなんだがなぁ……」
そんな雑談をかき消す様な、警告が響いてくる。
―― 『右からも脅威力4の魔物が出たぞ!』
―― 『こっちは群れだ! 10匹以上居る!』
―― 『B級戦団が二つ壊滅!』
―― 『大型トカゲ、<座構蜥蜴>だ!!』
▲ ▽ ▲ ▽
<翡翠領>の『偵察妖精・雪風隊』の面々が、テントから飛び出す。
―― ここ本陣がおかれた小高い丘の上からは、1,000人を超える冒険者の戦闘の様子が一望できた。
本来なら、第一陣が大斧で次々と木を切り倒して魔物の森を丸裸にしていき、第二陣が隠れ場所を失った魔物を取り囲んで討伐する作戦だった。
しかし、戦場は混戦状態で、魔物と冒険者戦団があちこちで散発的な戦闘を繰り返している。
下手に広範囲の魔法を使うと、誰に当たるか分からないような状況だ。
後方に控えていた第三陣、領主騎士団所属の魔導師部隊は、支援攻撃ができずに困惑してた。
隣の指令本部テントから出てきたお歴々が、そんな戦場の様子を見下ろしながら、しかめっ面を並べて野外の会議をしていた。
「魔物が予想以上の数ではないか」「問題は頭数より種類の多さだろう」「まったく魔物の見本市かよ」「やはり準備期間が短すぎではありませんの?」「いやいや、むしろ早めて良かった方じゃろ?」「ああ、このまま繁殖期に入られたら、たまらないよ」「しかし、予想以上に冒険者のケガが多いのう、治療院がパンクしかねんぞ」「ハァ、負傷手当や治療費の補助を考えると、今から頭が痛いな……っ」
彼らは、冒険者ギルドの重役ばかりではない。
今回の大規模討伐の費用を負担した支援者たち、大商会や貴族といった雲の上の人物も入れて十数名が、頭を突き合わせて話し合っていた。
―― そんな重鎮達は何かに気付くと、脇に避けて一斉に頭を下げる。
さらなる上位者、<硫黄領>と<翡翠領>の領主家の子弟2人が、最高位貴賓のテントから出てきたのだ。
「―― これは。
まずいですね、思った以上に大型魔物の数が多い」
「ええ。
『魔物の大侵攻』の時の魔物が、この山間地に棲み着いていると聞いていたが、これほどの大群になっているとは……っ」
「まったく、手前ども<硫黄領>の『偵察妖精』は一体何を調べたのだかっ。
あの無能どもめ、私に恥をかかせよって……!」
「ブラックパウダー殿。
今さらギルドを責めても仕方ないでしょう。
そもそも魔物の動き全てを把握できる人間などいないのですから……」
「ええ、そうですね。これは失礼した。
まったく、魔物がどこから来て、どこに行くかなんて、我々人間では到底見当も付かないのですから、ねぇ!!
いやいやぁ~、隣の領地から押し寄せても、それは仕方ない事ですなぁ~~?」
「……いったい。
何が、おっしゃりたい? ブラックパウダー殿」
「いえ、別にぃ~……。
ただぁ、<翡翠領>は『魔物の大侵攻』が起こって以降、魔物の被害が激減したと聞いたもので。
同じ辺境の領地としてうらやましく思っただけです、ジェイドロード殿?」
「つまり、貴君は。
この魔物の大量発生は、我ら<翡翠領>の対応に不手際があったからだと?
『魔物の大侵攻』の後に、魔物の残党を処分せずに追いやり隣の領地に押しつけた、と言いたいのですか?」
「いやいやぁ~、そこまでは申していませんよ。
それに<翡翠領>領主家には、今回の大規模討伐の費用を、充分にご負担いただいていますのでっ!
―― ねえっ?、非常にありがたい!」
<硫黄領>領主家の子弟は、口では感謝のような事を言っていても、その目つきは鋭い。
内心の不満と、憤りのような物は確かだった。
「では、これ以上いったい何を ――」
「―― いかん、防御隊列が崩れる!」
領主家の子弟という、大貴族の発言を遮ったのは、場違いな程に質素な平服の老人。
彼は『チリン!』と魔導の音を残して、長い白髪と白髭をたなびかせて、矢の様に飛び出していった。
▲ ▽ ▲ ▽
老剣士が駆け出し、矢の様に飛翔する ――
―― それは、もはや『弓矢』どころの話ではない。
機巧式の巨大弩弓・バリスタの鉄鏃のように、ボゥッ!と風を割る。
5~600mは離れた戦場の最前線に、わずか1~2秒で到達。
「る、ルドルフ殿!?」
「『剣帝』様、いったい何を!?」
いがみ合っていた隣接領主家の子弟2人は、今さらながらに気付いて、驚きの声を上げる。
―― <翡翠領>の『偵察妖精・雪風隊』の面々は、先程から前線の様子を望遠装置で注視していたため、『その瞬間』の詳細を確かに目撃した。
まるで、肘鉄を食らわす様な攻撃姿勢だった。
<封剣流>独特の逆手握りの、刺突。
二の腕に剣身を貼り付けるような構えは、障害物や強風で切っ先がブレないようにする工夫だ。
―― 剣帝流奥義のひとつ、『疾駆の飛突』。
……ドォンッ!と遠雷のような衝撃音が、前線から離れた本陣までも届く。
身長200cmの体重100kg超の体格でする、時速200kmに迫る超速の突進刺突だ。
約500m向こうから飛んでくる突進攻撃という予想外かつ、デタラメな破壊力の刺突だ。
『奥義』を横っ面に食らった<座構蜥蜴>は、その衝撃エネルギーだけで頭部が半壊。
まるで花火のように、血と脳漿を弾けさせる。
「い、一撃かよ……っ!
あの脅威力4のトカゲ魔物が!?」
これは、<翡翠領>の『偵察妖精』リーダーの引きつった声。
望遠装置の向こうで、老剣士の活躍はまだ続く。
平服の老人が、倒れた盾兵 ―― 重装甲の魔剣士をかばう様に前に出て、剣をゆっくりと頭上に持ち上げる。
仲間を殺され、怒り狂った大型トカゲ魔物が殺到する ――
―― それに対して剣帝ルドルフは、まるで魔物を牽制するように<長剣>を何度も素振りする。
―― そう、あくまで素振り、だ。
まだまだ剣が届かない『遠間』の間合いなのだ。
10m以上離れた魔物に剣を振ったところで、威嚇以上の意味はない。
しかし、老剣士は『仕事は終えた』とばかりに剣を鞘に納めて、踵を返す。
「いったい、何を……」
「剣の型……練習?」
「いや、演武か何か……?」
「残りは冒険者に任せる、という事なのか……?」
0.5km程離れた指令本部テントの周辺では、首脳陣の何人かが困惑の声を漏らしていた。
―― 途端、白髪の老剣士の背後で、血しぶきが上がる。
いくつも血の噴水がまき散らされ、次々と大型魔物が崩れ落ちていく。
爬虫類の長首が、小屋のような巨体が、それを支える野太い四脚が、大槌のような分厚い尻尾が。
全て寸断され、打ち壊された廃墟のように、崩れ落ちていく。
▲ ▽ ▲ ▽
指令本部テントの周囲に響く、興奮した女性の声。
「あ、アレが……っ
アレが噂の、剣帝流の『瞬斬の神業』……っ!?」
『偵察妖精』リーダーの隣に立つ、女性隊員ジェシーだった。
命の恩人の並外れた強さを実際に目にした事で、深い感銘を覚えたのだろう。
それ以上に全身を震わせているのは、<翡翠領>領主家の子弟。
カチカチ……カチカチ……ッと、腰の剣に触れた手が震えて、小刻みな音を鳴らし続けている。
「ヒ、ヒィ……ッ、アレほどの強さ……、ま、まさか……っ
あ、兄嫁の……、ロザリア殿の『あの荒唐無稽』はァ……ッ
ま、まさか、真実の事だったのか……っ」
「……ジェイドロード殿?
どうされた、ご気分が悪そうだが?」
その死人のような血相に、さっきまでいがみ合っていた<硫黄領>領主家の子弟までも、心配そうにのぞきこむ。
しかし、<翡翠領>領主家の子弟は、あまりのショックで周囲の声が聞こえていない。
ブツブツと熱病の譫言のような独白を続ける。
「剣帝が……剣帝一門は……まさか本当に……っ!?
……ほ、本当に、あ、あのっ!
あの、<終末の竜騎兵>を討った、とでも言うのかァ~~……っ!!?」
「―― しゅ、しゅ、<終末の竜騎兵>!?
<終末の竜騎兵>を『剣帝』が討った!?!?
ジェ、ジェイドロード殿!!! その話は本当かーーーぁっ!!?」
胸ぐらを掴まんばかりの勢いの<硫黄領>領主家の子弟。
「―― ア……っ! ぁ、ぅ……っ」
<翡翠領>領主家の子弟は、慌てて口を両手で覆い、青ざめた顔を伏せる。
その失言に黙り込む動揺の姿は、なによりの説得力を持っていた。
シィ……ンと、一気に静まり返る本陣テントの周囲。
誰かが、ポツリとつぶやいた。
「……しゅ、<終末の竜騎兵>……」
帝国東北部に広がる<ラピス山地>周辺では、禁忌とされる言葉。
世界の終わりの日『雪禍の旦』に、人類全てを滅亡させる巨大魔物。
百数十年前には、精鋭700の命がけで『なんとか1匹は倒せた』と伝えられる、天外の怪物。
そんな言語を絶する存在がうようよと巣くうのが、現世の地獄『巨人の箱庭』。
北方の連邦国との間に横たわる白銀の連峰<アルビオン山脈>の、その一角にある封印地にして禁足地<ヴィオーラ巨大樹林>。
その口にする事すら忌まわしい『禁じられた名』に、そのまま指令本部テントの周辺に、重い重い沈黙が落ちる。
―― それとは対照的に、戦場を駆ける冒険者たちは熱気を高めた。
『見ろ<硫黄領>の冒険者たち、これが剣帝様だ!』
『大型魔物がいくら居ても、恐るるに足らん!』
『俺たちには、“魔物の大侵攻”の英雄が付いているぞ!』
『今のうちに隊列を整えろ、我らも剣帝様に続くぞぉぉ!!』
『剣帝流のお膝元、<翡翠領>の冒険者を見せてやれ!』
老剣士の神懸かりな活躍に、冒険者たちの萎えかけた士気が一気に盛り返す。
戦場となった森林地帯に、熱気が陽炎の様に立ち上った。
―― そして、本陣テントに集まっていた者たちは、ようやくポツリ、ポツリと声を小声で語り始めた。
「竜殺し、『剣帝』ルドルフ=ノヴモート……っ」
「あの方は、人類の救い手でいらっしゃるのか……っ」
「なるほど、皇帝陛下の名代たるお方……っ」
「まさに、魔剣士にとっての皇帝……っ」
「ああ……っ、なんと偉大な! まさに、魔剣士の長よ……っ」
誰もが声をひそめるような小声だったが、その言葉には抑えきれない熱が籠もっていた。
感動と、感謝と、畏敬という、魂が震える時に発する熱だ。
そして、徒歩で本陣まで戻ってくる白髪老人に対して、誰からともなく自然と跪き頭を垂れ始める。
冒険者ギルド関係者のみならず、大商会の重鎮や、貴族、領主家子弟という大貴族すらも。
―― それは、聖者の前に跪く敬虔な信徒たちの様な、宗教画のような光景だった。
///////!作者注釈!///////
2025/08/17 距離と速度がおかしかった部分を修正しました




