211:それにつけても カネの欲しさよ(七七)
(ハァ~~……。
なんで、その親衛隊の隊員さん達って、『相手を見ず』にケンカとか売っちゃったのかなぁ……)
クローディアは、そう内心でぼやいた。
半ば理不尽で無理筋な話とは解っていたが、そうぼやかずにいられない気分だ。
士官学校の1年の女子生徒・クローディアが体育会系だからと、別に頭の巡りが悪い訳ではない。
だから彼女たち ―― つまりアゼリア=ミラーの仲良しグループの少女たちは、武闘大会が始まる以前から、当然のようにこの人物の『正体』には気付いていた。
そして、その『普通の人』からは隔絶した『異様さ』にも。
―― 剣帝の一番弟子、ロック。
彼は少なくとも、世間の噂で聞く様な人物ではない。
無能のくせに増長して、流派の勇名を笠にきて、身不相応の権威にしがみつく ――
―― そんな風に世間に悪く言われるような腐った人物とは、とても思えない。
むしろ明朗として活発で、さっぱり小気味良い男子である。
本来なら敵対してもおかしくない妹弟子を、本当の身内の様にかわいがる程に度量が大きく情愛も深い、好人物でさえある。
『名門流派の汚点』
『魔剣士にもなれなかった落ちこぼれ』
『稀代の女魔剣士アゼリア=ミラーにとって恥ずべき兄弟子』
そんな上辺だけの簡単な言葉で、片付けて良い人物ではない。
―― 例えば、彼・ロックの手の平の剣ダコは、拳骨の角を思わせる程に硬く大きい。
いつか暴れ出しそうになった時に、女友達3人で抑えてもビクともしない、根を張った大木のような優れた体幹。
それも少女3人とはいえ、帝国の士官学校というエリート魔剣士が、だ。
見た目こそは、大商会の令嬢じみた穏やかな容貌。
だが、その皮を一枚めくれば、単身で魔物に挑みかかる、荒々しい武術家の顔がのぞく。
この前なんかも、急に<副都>名産品を持ってきて、
―― 「身体なまりそうだったから、ちょっと遠出して珍しい魔物を斬ってきた」
とかのたまうような常識外の人物なのである。
あとあと友人同士で、
「リアちんのお兄さんってさ、魔物の事を釣り堀の魚くらいに思ってるよネ?」
「……さすがは、<翡翠領>の<ラピス山地>育ち」
「アッハッハッ……、『未強化』の人ってそんなに強かったかなぁ、ってなるよね」
「ですので、リアのお兄様はぁ、史上最強の剣士なのですわぁ~、ウフフ~」
そんな話もした。
(あと、<副都>名産品の干し魚は、軽くあぶってチーズ乗せて、パンで挟んでいただいた。塩気が絶妙でとても美味しかった。)
▲ ▽ ▲ ▽
―― クローディアは、そんな半分現実逃避から、意識を戻す。
サバサバ系の長身少女の耳に、またも膝から崩れ落ちそうになるくらいの、とんでもない発言が聞こえてきたから。
「あの帝室親衛隊にからまれなくなったら、今度は腕自慢のムキムキ冒険者みたいなのにからまれるし……。
ハァッ、なんかここ4~5日、朝・昼・晩と3人くらいは相手してるなぁ……」
「バ、バカでしょッ、その人たち~~ィ……っ」
クローディアは動揺のあまり、悲鳴じみたかすれ声になる。
「うん、バカだよなぁ~。
こんな帝国の首都の、厳重警備な施設の中で暴れるなよ」
「…………」
長身の少女は、ガックリと肩を落として小さく首を振る。
―― 違う、そうじゃない。
そういう彼女の思いは、残念ながら伝わらないようだが。
「しかも人混みの中で、【身体強化】魔法なんか使いやがった。
一応、罰として小一時間くらい逆さ吊りにしてから、衛兵さんに突き出したけど」
「あ、うん……はい、そうですか……、アハハッ」
長身の少女の相づちは、呆れておざなりな声にも聞こえる。
しかし彼女の内心は、あっさりと異常な事を言われてしまい、感情が飽和して言葉が出ないだけだ。
(うわぁ~~、やっぱり当たり前みたいに魔剣士に勝っちゃうよねー、このお兄さん……っ)
『剣帝流』という帝国最強の流派が異常なのか。
『未強化の剣士・ロック』という個人が異常なのか。
あるいは、その両方なのか。
クローディアが、そんな事を考えているとは露とも知らず。
小柄な少年は、のんびりとした口調で雑談を続ける。
「そういえば、前回のチャンピオンが今回も連覇したんだろ?
そのくらいの魔剣士になると、やっぱり心構えも違うのかな。
えっと、今回のタイトルだと、『剣駿』だったけ?
あの人、闘技場に入ってくる時と、出て行く時は、深々と礼をしていくんだ。
最初見た時は、ちょっと感心したね~」
「……それは ――」
(―― それはきっと、貴男の姿を見て敬礼をしたんじゃ……?)
少女はそうは思いはしたが、口に出すのも躊躇われた。
―― そもそも<帝国4剣号>に成り上がった武辺者が、そうそう簡単に他人に頭を下げるはずがない。
『最強の魔剣士』という称号はそれほど重い物であり、周囲からは賞賛されるとともに、権威ある者としての風格を求められる。
あまりに醜聞が酷ければ称号を取り上げられた事すら、実際に過去あったらしい。
まさに、この帝国と、魔剣士の代表としての『看板』を背負った身だ。
例えば、帝室や上級貴族のような身分差か、明らかに格上な相手でもないと、深く頭を下げるはずもない。
(それを考えると、本当にこのお兄さん、本当に普通じゃないよねー……)
何せ、最強決定戦のトーナメント勝者(しかも2連覇!)が、『明らかに格上の相手』と認識して礼を払っている訳だ。
実質的に、魔剣士名門<帝国八流派>当主とかと同様の扱いをされている、という事だ。
「アハッ、アッハッハッ……っ」
クローディアがそういう事に気がつけば、半泣きみたいな、自棄っぱちみたいな、変な笑い声が出た。
ついこの前まで、
―― 「もう、お兄さん、目線が店員のお姉さんの太ももに行ってますよ?」
―― 「んんん!? な・な、なんの事かなクローディアっ?」
―― 「エッチー……、ムッツリスケベは死すべし、慈悲はなし……」
―― 「まあまあ、リアちんのお兄さんも健全な少年だもんネ!」
―― 「もう! わたくしであれば、笑って許してさしあげてよ?」
みたいな軽口をかわしていた相手なのが、嘘みたいである。
▲ ▽ ▲ ▽
「お、居た居た、女房あそこだ」
「もう! クローディアったら、ここに居たのっ」
にぎやかで明るい声の中年夫婦が、小走りに駆け寄ってくる。
サバサバ系の少女クローディアは、すかさず紹介を始めた。
「あ、ロックさん、私の両親です
今日<帝都>に着いたばかりで、色々案内してたんだ」
「ああ、これはこれは、初めまして。
娘さんには、当流派の妹弟子が良くしていただいていますっ」
女顔の少年は、魔導三院の赤い式典用制服を着込んでいながら、武門式の礼をする。
胸に握り拳を当てて、深々と腰を折る作法。
金属製の鎧や装甲を身に付けた事を前提とする、戦闘者の立礼だ。
「おやまあ、娘のお友達のご父兄の方ですか?」
「こちらこそ。
ウチの娘と仲良くしていただいて、ありがとうございます」
少女の両親も、同じ武門の人間だと知れば態度が変わる。
魔導関係者の格好をしている人物に対する身構えが消え去り、一気に気安い笑顔になった。
ロックも柔和な笑顔をして、ペコペコと頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ。
一度は親御さんにお礼を、と思っていましたので、お会いできて光栄です」
「まあまあ、ご丁寧にありがとうございます」
「本当に、よいお友達に恵まれたようで。
なにせ、一番上で手がかからない子でしたので、男臭い道場で自由にさせていたら、ご覧のとおり男勝りに育ってしまい」
「ねえ、本当に。わたし、同年の女の子の友達ができるか心配で ――」
そんな両親からの評価という、年頃の娘としては居心地の悪い話題が始まった。
短髪長身の少女は、無言で一歩後退して距離を取る。
「そんな、明るく社交的でステキなお嬢さんですよ。
おかげで、妹弟子が孤立せずにすんで ――」
そしてクローディアは、社交辞令で大人の話相手をする、友人の兄貴分ロックを見ながら、
(本当にロックさんって、全然偉ぶらないよねぇ~。
腰の低さは、どちらかというと、商会の人間みたい……)
感心と呆れが、半々くらいの感想を抱いていた。
―― 庶民や文官からは『威張っている』と勘違いされがちな武門であるが、その高圧な態度にも理由がある。
無学な人間は、腰の低い人間を舐めてかかるから、その防止のためだ。
貴族がきらびやかに着飾るのと同じ事だ。
見た目から『この人物は偉いのだ』と示すのは、無用なトラブルの回避になる。
それに、衛兵や騎士として治安維持の職務に就く以上は、『強く見える』というのは必須条件だ。
番犬は『怖ろしい』と思われてこそ意味がある。
逆を言えば、『偉くない』『強くない』と知れば、いくらでも非道をしてくる性根の悪い輩なんて、世の中には掃いて捨てる程に居る。
クローディアの故郷にも、そんな無法者は多く見かけた。
それに、彼女の実家である魔剣士道場が治安維持の公的機関に関わりが深いから、門下生からもよくヤクザ者の話を聞かされていた。
―― クローディアがそんな事を考えている内に、知人男性と両親の社交辞令は終わったらしい。
いつの間にか隣に来ていた父親が、彼女の肩をつかみ、揺らしてくる。
「―― なあクローディア、話を聞いているのか?」
「もう、この子ったら、ぼんやりしちゃって」
「あ、ハッハッ、ごめん。
父さん、母さん、何?」
「お前が急にいなくなるから、父さんたちトイレから出て、しばらく迷ってしまったぞ?」
「もう、二人して田舎者丸出しで、恥ずかしかったわぁ~」
「ここ闘技場って、ずいぶんと広いからねー。 アッハッハッ」
家族でそんな話をしながら、闘技場を後にする。
そして、敷地を出るのをまって、娘は両親に切り出した。
「ところで、さ。
父さんは、『片目の狂犬』って聞いた事ある……?」
「お前なんだ、藪から棒に……。
ここ<帝都>だから良いが、ウチの故郷じゃあんまり、滅多と言う名前じゃないぞ?」
クローディアの父親は、途端に目を細める。
街中で犯罪者を見付けて取り締まろうとする衛兵のような、剣呑な雰囲気だ。
約1年ぶりに娘と再開して、ついでの<帝都>観光という、そんな浮ついていた空気が引き締まった。
▲ ▽ ▲ ▽
「あれでしょ、郷里のどこかの流派の魔剣士で。
しかも、他の道場の人を大ケガさせて、破門になった人」
「まったく、どこで聞いたんだが……」
娘・クローディアがそう言うと、父親は困ったと顔をしかめる。
そして、観念したように、詳細を話し始めた。
おそらく、あまり娘の耳に入れたくない類いの話で、今まであえて教えてなかったのだろう。
「それだけじゃないぞ、裏社会の抗争に加担したから忌み嫌われてる。
お前の幼い頃だから覚えてないだろうが、色街が血に染まる、ひどい有様だった。
元々は魔剣士のくせに、人を殺す事なんて何とも思ってないような輩だ。
見かけても、絶対にかかわるんじゃない ――」
「―― アハハッ、ごめん無理。
もう関わっちゃった」
クローディアは、振り返り、困った笑い顔で片手を上げる。
ごめん、という手振りだ。
「ハァ!? お前、どこで、そんな ――」
「―― あのね、聞いて父さん。
なんかね、本人、『片目の狂犬』さん?
今、改心して、まっとうな商人の護衛隊のとりまとめとかやってるみたいでね?」
「改心~~んん!?
アレが!? あの『片目の狂犬』が!?
特級昇格の目前でトチ狂って決闘狂いになった、あの『血まみれの ――」
「―― あの、だから聞いてよ、父さん。
ちゃんとした帝都の大商会に就職して、ちゃんとやってるみたいなんだよ」
「就職!
商会をゆすってる、の間違いだろうが!!
そんな、ちゃんとまともにやる訳ねーだろーが、アレがぁあ!
お前、クローディア、見たんかお前、アレがまともにやってるわけ ――」
「―― いや、だから見たし、会ったんだって、ここ<帝都>で。
黒いスーツでピシッとして、繁華街の衛兵というか守衛というか、そんな事をしている、取りまとめ役の黒服の。
自称『片目の狂犬』さん、って人に、アハハ……」
娘・クローディアの話は、よほど信じがたい物だったのだろう。
父親は、ほとんど重罪人を睨み付けるような、厳しい眼光。
「…………何の冗談だ?」
「で、その人に頼まれたんだよ。
迷惑かけた故郷に詫びてケジメつけたいから、仲介というか、仲裁というか、ウチの道場に間に入ってくれないかって。
表社会に戻る筋を通すために、迷惑かけた故郷の道場とかに『手打ち』のお金とか持って行って、過去の清算したい、って。
なんか、ウチの道場というか、父さん個人の事も知ってる口ぶりだったし……」
「…………これは、アレか?
オレぇァ、帝都の宿屋でなんかおかしな夢でもみてんのか?」
父親は、ついに自分の頬をつねり始めてしまう。
すると、横で黙って聞いてた母親が口を挟んだ。
「ねえ、クローディア。
人違いとかじゃないの?」
「でも、そこの大商会の会頭さん? ―― みたいなスゴイ偉い人にも『是非に』ってお願いされてさ。
アハハ……」
「まあ、そうなの……。
それじゃあ、人違いじゃなさそうね」
母親と入れ替わりで、また父親が話し始める。
「……100歩譲ってだ。
クローディアが言ってる事が本当だとして、なんでアレがいまさら改心とか……」
「なんか、元々はここ<帝都>の、かなり危ない組織に居たらしんだけど……。
なんだっけ、たしか『赤猫会』?
それで、辞めたくても辞めれない時に、組織が壊滅させられたんだって。
本人も、いっしょにボコボコにされたとか……」
「ほぉ……、帝都の衛兵も、なかなかやるじゃねーか。
ククッ、背丈と優面だけの青二才だけじゃねーってか……っ?」
クローディアの故郷は、田舎の小都市だけに、領主騎士が衛兵の仕事まで兼任させられている。
そんな『荒事全般を担当させられている』父親は、思わず仕事用の顔が ―― つまり、ヤクザ者を相手にする時の悪相が ―― チラリとがのぞいた。
「……アハハッ、そうじゃないんだけどなぁー」
「ん、違うのか?」
「うん、その『片目の狂犬』さんをボコボコにしたの、さっきの人だよ?」
「さっき、って……どの『さっき』だ?」
「いや、だから。さっき挨拶してた、ロックさん」
少女が告げると、先に母親の方がピンときたようだ。
「あら、さっきの感じの良い係員さん?
魔導師の赤い制服着てた?」
「おいおい……、そりゃアレだろ?
さっきの人って、お前の例の友達の流派の兄弟子って、つまり、その、アレだ ――」
「―― あ、そうよね。
あの人って、さっきクローディアが『そう』だって言ってたわよね……?」
両親は、困惑の声を上げると、顔を見合わせた。
今を時めく、帝国最強魔剣士『剣帝』ルドルフ=ノヴモートの後継者・アゼリア=ミラー ――
―― その兄弟子なんて、唯の一人しか居ない。
帝国の魔剣士界隈において、最も忌むべき存在。
旧・後継者、『剣帝の一番弟子』。
そして、つい先日『最強流派の門弟として一切の不足なし』と知らしめた、『最強の剣士』。
―― クローディアは、『その最新情報をまだ知らない』両親の驚く顔を、のぞき込む。
「ロックさんってね、リアちゃん ――
―― 封剣流の秘蔵っ子に『稽古』がつけられる位の剣の腕前なんだって」
「……は……?」
「……え、何、言って……?」
「あの『御三家の黄金世代』を相手に、だよ?
しかも、『未強化』の剣士が。
アッハッハッ、信じられる?」
「…………」
「…………」
両親は目と口を大きく開いたまま、石の様に固まってしまう。
驚きが連続したあまり、声もでなくなってしまったのだろう。
サバサバ系少女クローディアは、いたずらが成功した子どもの様に微笑んだ。
!作者注釈!
以上で、第二部(学園&帝都編)が終了です。
第三部(神王国編)の準備がまだまだ不十分なので、ちょっと掲載再開に時間がかかるかもしれません。
応援してくれる皆様には申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。




