210:勘違い ああ勘違い 勘違い(五七五)
「―― あ、アレは……!?
アレは、いったい何だッ!!」
<封剣流>次期当主候補、パトリックは見た。
翌日から始まった武闘大会本戦の初日に、闘技場の観客席で。
今回の『剣駿杯』で起こった、騒動の発端を。
「完成された武!
我が<封剣流>1千年の研鑽が、ついに結実した!?
よりにもよって、あの『汚点の妹の娘』によって!!?」
―― 1日目の学生トーナメント、1年の部。
魔剣士の技を一切使わずに決勝まで勝ち上がった、不仲な姪っ子アゼリア=ミラー。
彼女の、剣士としての異常なまでの腕前。
「しかも何だ、あの奇天烈な技の数々は!?
まるで、【身体強化】魔法を封じられる事を前提にして、作り上げられているではないかっ!」
そして、オリジナル魔法『必殺技』で一撃決着するという、魔剣士としての異様で異彩な戦い方。
「状況に応じて自在に、しかも自力詠唱で、魔法を使いこなす、だとぉ……!」
魔剣士は、『魔導と剣術の文武両道』 ――
―― 武門の界隈でよく聞かれる言葉だが、実際に魔法技術の専門家である『魔導師』ほどに精通する魔剣士は、当然に少ない。
魔導を『玄人裸足』ほどに修めるなど、名門<御三家>においても尋常ではない。
さらに、『剣術でも同世代を隔絶する腕前に磨いておきながら』という前提条件が付けば、それはもはや夢物語の次元だ。
「いわば『暗部の手練れ』、接近戦闘を得意とする『魔法戦士』ではないかっ!?
とても表稼業の者が至るような戦闘術では無いぞ……っ!」
パトリックは、すでに闘技場の会場を後にして、ひとり帰路についている。
夕暮れの裏道で、周囲には人気も少ない。
だからこそ、その口から抑えきれない疑念と興奮が吹き出していた。
「―― いや……っ!
あの悍ましき『旧き闇』すらも、あんな常識外な技を用いないだろうっ」
そう独り言を続けるパトリックが顔を上げれば、暗い空と、城壁の向こうに沈もうとする赤い太陽が見えた。
かつて、この帝都には『夕闇の向こうから来る燐火』と呼ばれた集団がいた。
軍部の関係者からは、組織解体から十数年経つ今も『旧き闇』と畏れられている、国家の闇を仕切った『暗部』部隊。
<帝都>治安維持は、対人戦で圧倒的有利な『疾駆型』の<封剣流> ――
巨大魔物の対応は、最強魔法剣【天星四煌】の<天剣流> ――
そして、<帝都>周辺の魔物を根絶した事で『魔物退治のための集団戦』という出番が減った<精剣流>が、裏稼業を仕切る ――
―― かつては、そういった魔剣士<御三家>の役割分担があったのだ。
しかし、権力の独占状態が永く続けば、必ず腐敗は起きる。
様々な問題から『燐火』と呼ばれた暗部部隊は解体され、裏稼業の権限は<精剣流>から取り上げられた。
そして、親衛隊の内部へ組み込まれる事で『帝室』の直轄となった。
それが現在の帝室親衛隊の調査班、いわゆる『帝室の密偵』だった。
「そして、中央に偏りがちな『帝室の密偵』を補完するための、外回り担当が『第四の防諜』。
不穏分子であれば貴族すら粛正する権限を与えられた、帝国内部調査の監査部隊」
<封剣流>次期当主候補は足を止めて、さらに思考を巡らす。
「第四は帝国騎士団第四方面隊『巡回遊撃隊』という新・騎士団に組み込まれた、一番新しい『暗部』部隊。
その『第四方面隊』 ―― つまり『辺境の魔物被害対策』が新設された契機は、『剣帝剣号授与式典』における剣帝ルドルフの嘆願だ……っ
―― もしや繋がっているのか、この全てが……っ!?」
パトリックは、自分の言った言葉に、ゾクリと背筋を寒くする。
『隠された真実』に触れた緊張感から、思わず周囲を見渡してしまう。
夕暮れの、街灯がポツポツと灯り始めた街並みが、何かいびつで底知れない何かが息を殺して潜む、魔物の森の茂みの様にも思えた。
―― まったくもって完全無比に勘違いの、大暴投なのだが。
肝心の姪っ子なんて「ひさしぶりに本気のブンブン楽しいですわ~~!」と脳天気に剣を振り回して、同学年をボコボコ叩きのめしただけなのだが。
国家権力の中枢近くで、無数の策略・陰謀の類いに触れてきた男は、ありもしない秘密裏な計画の進行に “““気付いて””” しまう。
「―― 剣帝ルドルフは、いったい何を目論んでいる……?
あの愚弟は、クルスのヤツめは、剣帝と共謀して何をしようとしているのだ……っ。
例え絞め上げても、必ず聞きださねば……っ!」
―― この後、メチャクチャ兄弟ゲンカした。
▲ ▽ ▲ ▽
そして、盛大な勘違いは、同じ闘技場の中で、また別の方向にも発生していた。
こちらは武闘大会本戦、2日目。
場所は、メイン会場と地続きの選手用通路の中。
ロックに師事していた士官学校の生徒2人。
魔剣士科2年Cクラスの男女、オズワルドとマチルダ。
「……そ、そういう事だったのですか、恩師っ!?」
「わ、私たちに、大会の前週に秘技を伝えてくださったのは……っ」
2人は、選手控え室へと通じる通路入り口から、上級生たちの試合状況を見ていたのだ。
やがて本戦トーナメントでぶつかるかもしれない敵選手の偵察として。
そして、見た。
―― 2日目の学生トーナメント、3年生の部。
何かの謀略としか思えない、魔物退治の『試練』での異常事態。
「あぁ……、ああ、そうだ……!
別離の餞別だったのだ……っ」
「秘伝の伝授を受けたと、浮かれていた自分が恥ずかしい……っ」
士官学校3年生の優勝候補である<天剣流>天才児が、魔物退治の『試練』で謀殺されかける様子を。
そこに駆けつけ、助力して、騒動の下手人たちを捕縛する恩師・ロックの姿も。
「第2皇太子閣下の前でひざまづき、ご下命を受けて<御三家>の精鋭すら討ち倒す ……――」
「それをわざわざ、第1皇太子閣下のご帰還前に、この闘技場で示す ……――」
ロックが『旧・暗部』の精鋭集団を一蹴し、<精剣流>副当主や精鋭女性騎士と闘った姿は、彼らにはこう映っていた。
「つまり恩師は ―― 貴男は、第2皇太子陣営の『万能札』だったのですねっ
おそらく、恩師の師である『剣帝』と第2皇太子閣下の間には、特別剣号に推挙した事に関連する密約があり、『秘蔵っ子』として今まで存在を隠されてきたっ」
「それなら納得だわ、表に出られるはずがない……っ
次期帝位の最有力、第1皇太子陣営との後継者争いの暗闘で、あらゆる謀略から主君を守る『最強の懐剣』だと言うのならっ」
―― 【悲報】主人公ロック、ヤバイ権力争いの戦闘要員と勘違いされてしまう【人生終了!】
「今から、政争が始まるのかっ!」
「血で血を洗う様な、兄弟での帝位の奪い合いねっ」
「今考えてみれば、恩師が『路傍の岩』などという『いかにもな偽名』しか名乗られなかった事も……」
「我々を巻き込まないようにするための、気遣いだった訳ね……
師のお役に立てない、未熟な自分自身が恨めしい……っ」
ロックにとっては単に、朝練のついでで、兼・不良生徒の保護観察だったのだが。
そんな『行きずり剣術教室』の生徒さん2人は、ドラマチックな勘違いを進行させていく。
「それは違うぞ、『相棒』。
思い出せ、恩師はこうおっしゃっていただろうっ。
『お前たちは魔剣士なんだから』と…… ――」
「そう、そうだったわ……。
魔剣士の正道である『人類守護の剣』としての道を歩め。
そういう意味の、お言葉だったのねっ」
「『俺とは違って、お前たちは ――』か……。
ああ、恩師……っ」
「名も残らぬ暗部の自身と違い、我々には光の当たる道を……。
いったい、どれほどの想いと覚悟が込められた、悲しい言葉だったの……っ」
ついに、女子生徒マチルダが感極まり涙を流すと、それにつられて男子生徒オズワルドも鼻を鳴らして目を潤ませる。
「勝ち目のない政争と知りながら、あえて身を投じる……っ
貴男の人生は、苦難と死線ばかりではないかっ!」
「流派の恩義のために、師である剣帝様の不遇を救った恩人のために、険しい道を!
私たちの恩師は、やはり強く、優しく、正しい方だわ……っ」
「ああ、そうだ! まさにあの方らしい!」
「それだけに、これ以上貴男から学べない事が、残念で仕方ありません……うぅっ」
彼らは、鮮烈な出会いから始まった、半年にも満たない修行の日々を思い返す。
―― 不良生徒を囲い込む地下組織に勧誘され、国家転覆の陰謀に巻き込まれる。
―― 経歴不詳の達人に助けられ、その元で師事する事になった。
―― 時に、魔物退治に駆り出され、<副都>を滅亡させる巨魔とも闘った。
―― 特殊な訓練と実戦経験を重ねた事で短期間で上達。
―― その成果を認められたのか、ついに強力な切り札となる『秘技』すらも伝授される。
―― しかし、その偉大な恩師は、宿命の闘いに身を投じて姿を消す。
「せめて、貴男から受け継いだ剣と秘術は、後世に伝えていきます!!」
「ええ、必ずや!
貴男の弟子である、私たち2人が!!」
男女2人の士官学生は、握り拳をぶつけ合って誓いの言葉を口にした。
そんな感じで『生涯の別離となった』と思い込んでいる、オズワルドとマチルダだった。
▲ ▽ ▲ ▽
そして、嵐のような武闘大会が終わる。
最終日の夕暮れに、目当ての人物を見付けて、背の高い少女が駆け寄った。
「ふぅい~~~、1週間ながかったなぁ~……っ」
「リアちゃんのお兄さん、お疲れ様っ」
くたびれた声で背伸びをする、魔導三院の赤い制服を着た小柄な少年・ロック。
そんな彼の背中に声をかけたのは、健康的な小麦色肌で短髪長身の少女・クローディア。
「お、クローディアも今日は闘技場に来てたのか?
他の子達は?」
「ええ、今日は私だけ。
故郷から両親が来たので、案内してます」
「うんうん、親孝行な娘さんだねー」
「アッハッハッ、相変わらず親御さんみたいな事を言うお兄さんですねー」
「アハハ……、ちょっとオッサンくさいかな?
リアちゃんの保護者みたいな事してたらねー」
闘技場の観客用廊下の端で2人が雑談していると、遠巻きに関係者が通り過ぎていく。
その中には、白く目立つ装甲を着た屈強な一団もいた。
彼らは、整列して深々と一礼し、退出して行く。
その様子を見た、士官学生の少女が、ピタリと動きを止める。
「―― あれ……?
今のって、親衛隊の人たち、ですよね……?」
「あぁ~、来賓とか帝室とか偉い人用の護衛の人たちね。
あの白づくめ連中、最初むちゃくちゃ態度悪かったんだけど、なんかクレーム入ったんじゃない?」
「……クレーム?
帝室親衛隊に対して……? いったい誰が……?」
この少女の、疑問の言葉を詳しく説明するなら、
『皇帝と帝室以外には一切の干渉を受けない最上位武官・親衛隊に対して、誰が苦情などを言って、態度を改めさせられるのか?』
という、権力構造を理解しているからこその、問い返しだった。
「さあ……?
闘技場の運営の事務員とか、所長とかが言ったんじゃない?
アイツら大会前の準備とかの時も、やたら横柄だったし。
―― 『貴賓席の周りをチョロチョロするなって言ったろうがぁ~っ』とか。
―― 『おい平民アレ取ってこい。 ほら早く! チッ、走れよ!』とか。
―― 『何オレら親衛隊に逆らってんだよぉ! なあ! チビスケがぁああ!』とか。
先週とか、会場準備や掃除の手伝いしてたら、妙にからまれたし」
「からまれたぁ!? 誰が! 誰に!?」
「だから、俺が、アイツらに」
「……ぃ……っ」
クローディアは喉まで上がってきた悲鳴を、なんとか抑え込む。
(―― よ、よりにもよって、この『お兄さん』に……!?
この『剣帝の一番弟子』にぃ~~っ!!)
士官学校1年生の長身少女は、日焼けした顔を青ざめさせた。
ここ数日で評価が180度反転した、この人物に不敬を働く。
その顛末を想像しただけで、背筋が冷たくなる。
(うわぁ~~~、その『親衛隊の隊員』さん達、今頃はすごく大変な事になってそう……
ア、ハッ、ハ~~……)
なにせ『剣帝流』という『皇帝陛下を後ろ盾とする流派』の高位門下生に対して、無礼を働いた訳だ。
それは『帝国の頂点に向けて唾を吐いた』に等しい行為。
―― しかも、よりにもよって、帝室親衛隊の隊員が。
クローディアとすれば、当の『親衛隊員の身の上』が心配になるくらいだった。
!作者注釈!
2025/03/03 あんまりにも意味わからん文章があったので、訂正・加筆しました。マジすまんのう。




