205:精剣ケーン
暗闇にぽつんと、それだけが居た。
それは最初、黒髪の麗しい少女の様にも見えた。
―― ク、ヒヒヒィ……ッ
異形の笑み。
ミシリ……ッと口が大きく裂け、獣の牙と蛇の舌が晒される。
「くるなっ」
思わず剣を抜いて、突き出す。
その頃には、肌は緑に変わり、瞳は金に染まる。
邪妖精。
伝説では『人を森の奥へと攫い弄んで殺す』と言われる。
「あっちに行け!」
全力で振った剣が、ひどく頼りない。
水中でもがいているように、身体の動きが重く鈍い。
―― クヒ、クヒ、クヒィ……ッ
「笑うな、おぞましい!」
剣を何度必死に振り回しても、踊るように飛び跳ねるソレにかすりもしない。
邪悪な緑色の小妖となった、それが飛びかかってきた。
「いやぁ、くるなぁっ」
叫びも抵抗もむなしく、押し倒される。
―― イヒヒヒィ……ッ
ベロンと顔を舐められ、全身が総毛立つ。
「わたしに、触れるなぁ!!」
対・魔法の<聖霊銀>装甲が、紙切れのように千切られた。
白い肌どころか乳房までもが露出する。
決死の力で両手両足を動かしても、簡単に抑え込まれる。
―― オンナ、オンナだぁ……ッ
犯される。
殺される。
「いやああああぁぁ!!」
暗闇に包まれる寸前に、最後の抵抗と声を張り上げた。
恐怖に震える声は、とても自分の物とは思えない甲高い悲鳴だった。
▲ ▽ ▲ ▽
女性は、自分の絶叫で目が覚ました。
「―― よお、従姉殿、案外元気そうだな?」
<精剣流>副当主の娘・アイリーン=カンマジェムは、目覚めの挨拶に首を向ける。
治療院のベッド横に、椅子に腰掛けた大柄な青年が片手を上げていた。
「ハァ……ハァ……、ゆ、夢……?」
悪夢だったのか、と寝汗をぬぐいながら上半身を起こして、彼に向き直る。
「―― ……ケーンか。
フゥ……、いつの間に南方大陸から帰ってきてたんだ……?」
「ああ、アンタが寝込んでる間にな」
年下の大柄な従弟は、快活な笑顔で土産話を始める。
彼は、ケーン=カンマジェム。
帝国の魔剣士名門<御三家>が黄金世代の1人。
つまり、<天剣流>マァリオや<封剣流>アゼリアに並ぶ、稀代の傑物。
「ワッハッハッ、大変だったぜぇ~。
ご帰還を『武闘大会』に間に合わせるため早めの船便を手配してたら、運のない事に季節外れの嵐がブチ当たってよぉ。
丸々1週間も<飛び石諸島>の真ん中で足止めだ」
そんな有望若手魔剣士は、第1皇太子の南方大陸への駐留に同行していた。
「みんなイライラしすぎて、親父なんか意見の分かれた<封剣流>と毎日毎日怒鳴りあい。
何回斬り合い寸前で止めたもんか」
<帝都>と皇帝を守る『3本の剣』の一つとして、未来の主君になられるであろう次期帝位継承者の供回りの任務だ。
一族が、流派が、そして国家が、彼に寄せる期待の大きさが解るだろう。
「……そうか」
「ま、ギリギリなんとかなったけどな。
第1皇太子様のご帰還も『武闘大会』最終日に間に合い、『剣駿』表彰式には出席されたし。
つまり『在るべき結末』、ドン・ドハレというヤツだ。
めでたしめでたし、ワッハッハッ」
<精剣流>随一の天才児は、大柄で豪快で気さく。
魔剣士<御三家>が『剛力型』の象徴となるべき人と為りだ。
「……お役目は無事に果たせたようだな。ひと安心したよ」
「フッ、そうかい?」
大柄な青年は赤髪をかきながら、立ち上がる。
早々に見舞いを切り上げて帰るのか ―― 従姉アイリーンがそう思った瞬間、衝撃が襲う。
―― ドンッ!と壁に叩きつけられ、そのまま吊り上げられる。
「『無事に果たせたようだな』だぁ?
ションベン漏らしの分家の小娘が、何を上から目線でほざいてやがるっ」
「―― カ……ッ、ァア……ッ、ヒィ……ァッ」
アイリーンの状況は、まるで悪夢の再現だ。
人間離れした剛力に首を絞め上げられ、壁に押しつけられて、窒息寸前。
彼女は『剛力型』の魔剣士で、並みの男には体格負けしない長身の女性だ。
そんなアイリーンでが必死に両手で爪をたてても、巨漢の丸太のような腕はびくともしない。
「武門に無力は要らん。
己の無能を恥じながら、死ねッ」
巨漢の従弟・ケーンの顔は笑ってはいる。
だが、その瞳の中では怒りが荒れ狂い、マグマのように煮えたぎっている。
「―― ァ……ッ、カ……!? フ……ァ!」
アイリーンの意識が酸欠で遠のき始め、白目をむきかけた頃に、第三の声が割り込んだ。
「―― ケーン。
それは一応、自分の姉です。
そろそろ勘弁してやってください」
「……チッ。
しばらく戻ってこないように、遠くに買い物に行かせたのになぁ」
そんなぼやきの後に、ドサリと音が鳴った。
巨漢が絞首してたい片手を開き、怪我人の従姉を解放したのだ。
ゲホゲホ……ッと咳き込む入院患者の女性。
第三の声の主は、そんな実姉に一瞥しただけ。
冷ややかな声で、巨漢と話しを続ける。
「そうでしょうね。
最初から疑ってたので、全速力の駆け足で行って戻ってきました。
万事に抜け目のない貴男が、急に見舞いの品を買い忘れたと言い出すなんて、あまりに白々しい」
「フゥ……。
俺の付き人は有能だな、ハッ」
スラリと背の高い、パンツスーツの麗人だ。
短い髪といい、引き締まった長身といい、凜とした雰囲気といい、美形な男性と間違われてもおかしくない。
つまり、ボーイッシュな女性だった。
「で、愚かな我が姉を絞め上げて、気が済みましたか?」
「まあ、一応な」
「それは結構」
「じゃあ、用も済んだし帰るか……」
巨漢は、興がそれたとばかりに肩をすくめ、見舞客用の椅子から立ち上がる。
ボーイッシュな妹は、視線は彼の背を追いながら、おざなりに見舞いの品を押しつけてくる。
「―― という訳です、アイリーン姉さん。
貴女の命を守るために超特急で青果店に駆け込み値引き交渉する暇もなかった、高価な果実の詰め合わせです。
姉想いな実妹に感謝しながら、味わって食べて下さい」
アイリーンの両股の上に、フルーツバスケットがズシリと乗った。
姉はまだ、治療院の白いベッドシーツにへたり込んで咳き込んでいるのに、妹からは心配の言葉ひとつない。
そんな妹が退出すると、それと入れ替わりで巨漢がヒョコリと顔を出す。
「ああ、言い忘れてた。
次に俺のライバルに ―― マァリオとアゼリアの2人に手を出したら、その首をへし折る。
これは警告じゃない、宣告だ」
そして、別れの言葉もなく立ち去る。
残されたのは、かぐわしい匂いを漂わせる、フルーツがひと籠。
「―― ぅ……ぅうっ」
それを膝の上にのせた長身の女性は、ベッドの上で声を殺して泣き始めた。
無力、屈辱、羞恥、後悔、……様々な感情の入り交じった、冷たい涙だった。
▲ ▽ ▲ ▽
<精剣流>ケーンは、<帝都>で最も格式の高い治療院を出て、公園のベンチに腰掛けていた。
影の様に従うボーイッシュな女性従者は、出店で氷菓を買ったらしい天才青年に声をかけた。
「ところで、ケーン。
もう1人の愚か者 ―― 自分の父はどうなりました?」
「ワッハッハッ、ありゃダメだな。
剣士として折れちまってる」
ケーンは笑いながら、果汁氷菓を口へと運ぶ。
「最初はな、衛兵の取り調べがキツかった。
あるいは、『国家反逆罪』か何かで『帝室の密偵』から拷問でもされた、と思ってたんだが……」
巨漢の彼は、大口で紫色の果汁氷菓を1/3ほどゴッソリと囓り、ハフハフと噛み砕きながら答える。
「―― よくよく『見れば』アレは、プライドが粉砕された後だな。
例のアゼリアの兄弟子ってのは、相当な腕前らしい。
お前の親父殿が、ああも見事に鼻っ柱をへし折られるなんてなぁ、ハハッ」
「これで、父の妄執も醒めると良いのですが」
女性従者は、身内の暴走に辟易していたと、ため息。
「どうかな。
安直に溺れた連中が、いまさら真面になるか?」
「安直、ですか。
今回の旧・暗部の行動が?」
「いや、今回の行動ではなくて、そもそもの『手段』の話だ。
暗殺・殺人は、人間関係のトラブル解消の手段として、一番安直で愚かだ」
「人間関係のトラブル……、そんな軽い言葉ですむ問題でもないでしょ。
政略、陰謀、そういう陰惨な種類の事件だったのでは?」
「……そうか?
例えば幼児が、片思いした相手に別に好きな子が居て、嫉妬してイジメる。
あるいは、学生が試験結果を競う相手を蹴落としにかかる。
そんな幼稚な行動と、何が違う?」
「いや、子どもの意地の張り合いではなく、『政治』ですよ。
多くの思想や、利権、利害関係も絡むでしょう……?
大衆演劇の悪党みたいに、商人と結託した不正で私腹を肥やす、なんて解りやすい悪事の方が少ないでしょうに」
「まあ、出世争い、利権争い、主導権争い、政治の世界だとそんな呼び名になるだろうが。
だからって、それが『片思いした相手の想い人をイジメて退場させ、相手を射止める』なんてガキの嫉妬と何が違う?」
「……フゥ。
まあ、例えばそれが根本的に同じ事だとして。
さっきの『安直』というのは?」
「さっきの子どもの嫉妬の話を、例としたらな。
恋敵が現れた時って、『自分を磨く』か『相手をおとしめる』か、2択になる訳だ」
ケーンは、指の代わりに2本の板を立てる。
さっきの果汁氷菓の手持ち棒で、片方は食べ終わり、もう片方は口を付けていない。
「で、ライバルを排除して『これで自分は安泰だ』なんてあぐらかいているバカは、成長のための努力なんて疲れる事はしない。
自分の非や不足を認めて高みを目指すより、他人の足を引っ張ったり蹴落としたりする方が100倍は楽しくて、1000倍は気楽だから」
「なんだか、妙に実感のある言葉ですね?」
「……俺も、な。
そんなクソガキの、『片思いした女子と仲が良いヤツをイジメる』気持ちが解るからな」
「―― ヒュゥ~♪
意外な話を聞きました。
<精剣流>きっての天才児の貴男が!
<御三家>黄金世代のケーンが!」
「―― やめろっ、茶化すな。
チッ、ハァ……」
「ヘェ~~! ハァ~~~!!
知りませんでしたよ従弟のケーン君ッ!
貴男にも、そんな可愛らしい時分があったのですね?」
従者のボーイッシュな女性は、軽口で微笑みながらも、その心中は真逆。
気分は重く沈み、口に当てた手でため息を隠す。
そして内心で、半ば確信した自問をする。
―― (それはやはり、帝国一の剣の才媛・アゼリア=ミラーの事なのだろうか……)
と。
▲ ▽ ▲ ▽
ケィラ=カンマジェム。
副当主ポーリックの娘で、帝室親衛隊の栄えある第1隊アイリーンの妹。
そして、この<精剣流>歴代屈指の天才青年の従者。
世話役として、あるいはお目付役として ―― またあるいは万が一の時は『肉の盾』と為るべくして ―― 直系の一族から選出された。
それが、この従姉のボーイッシュな女性・ケィラだ。
「自分の知る限り、貴男は幼い頃から自信満々で才気溢れる、まさに天才児でしたよ?
ええ、それはもう、憎たらしいくらいにっ」
黄金世代・精剣ケーンの伝説を一番間近で見てきた彼女は、誰よりもその在り様を知っている。
―― 突出した天才である彼にとって、世界は『灰色』なのだ。
―― 唯一『色彩』をもつのが、天剣マァリオと封剣アゼリア。
―― 彼と肩を並べる事ができるのは、同世代で同格の超絶の天才児2人だけ。
―― 私など、『灰色』背景の一部にしか過ぎない。
ボーイッシュな女性は、心のきしみを顔に出さずに押し殺す。
そして、努めて明るい声を出す。
「流派きって大天才に!?
そんな『片想いの嫉妬で歯がみ』するような、可愛らしい思い出があるなんて!!」
「だから、やめろって。
で、話の続きだが」
「では、この話はまた今度に」
「二度とするか、畜生っ」
「はいはい、純真少年。
拗ねないで」
本当に恥ずかしかったのだろう。
珍しく頬を赤くして、口をとがらせている青年の横顔に、女性従者は苦笑。
「―― で、続きだ。
殺人は悪い手段、中でも暗殺は最悪の手段だ。
それは、倫理の話でも法律の話でもない。
本人の心理の話だ」
「……意外ですね。
心を病むとか、そういうメンタル的な話なんです?」
「近いが、お前が考えている事の1000倍は悪い。
―― 『1人殺すも2人殺すも同じ』チンピラやヤクザ者がよく言う台詞だが。
あれは、真理だ」
「はあ」
「『人を殺す』という究極のズルをして問題解決を図る。
そういう『安直』が上手くいってしまえば、もはや人間は止まらん。
『また困ったら殺せばいい』から始まり、『欲しい物は殺して奪う』にすり替わり、やがては『気分を害したから命を奪う』までに至る」
「まるで、伝説にある<央乃宮国>の暴君ですね」
「アレは、大衆演劇だから脚色もあるだろうが……
まあ、最終的には<精剣流>も似た様な状況だったみたいだな。
―― 正道を外れた人殺し集団如きが、まるで人の生死を定める『死神』気取りだ」
巨漢の青年ケーンは、2本目の果汁氷菓にはまるで手をつけず、話を続ける。
「―― いや、例えるなら、涎を垂らして犠牲者を吟味する『人食いの怪物』か……?
『人食いの怪物』から人を守るはずの魔剣士が、魔物と同類にまで堕ちた。
それが、20年前までの我が一族の惨状だ。
傲り高ぶり、無用の死をばら撒き続け、ついには帝室が介入。
介入せざるを得なかった。
この平穏な<帝都>で内乱がくすぶる程に、怨恨を買った。
貴族、商人、庶民、ヤクザ者、どこ向いても恨みと因縁だらけの不始末の塊だった」
「―― 内乱、そこまで? 本当に?
自分、そんな話、初めて聞きましたよ……」
「まあ、年寄りは誰も言わないだろうな。
商人を脅して借金踏み倒したとか、宮廷文官の人事にも横やり入れてたとか、領主が地方に戻っている間に帝都の館を物色してたとか」
「想像以上に酷い……」
「ああ、だから帝室は、我々<精剣流>から暗殺稼業なんて汚れ仕事を引き上げて下さった。
そして、『今まで苦労をかけた』『お前達の献身に甘えすぎた』という労いまで頂戴した。
社交辞令ではない、ご本心の慰労だろう。
旧・王国時代からの忠臣に汚れ仕事を押しつけ、武門としての在り様を歪めてしまった。
帝室側も、そんなご心痛があられたのだろう。
まさに『臣の不徳の致すところ』。
主君に要らぬ恥をかかせる無法者集団だな」
ケーンはため息を一つ。
そして、食べ終わった果汁氷菓の手持ち棒を、無造作に投げる。
見事に、遠くのクズ籠へ。
「―― 狙い違わず。
天才児、ですね」
さすが、と誉める従者の女性。
その口元へ、巨漢はもう1本の果汁氷菓を突き出す。
「……食べないのか?」
「―― ……?
遠慮します、春とは言え身体を冷やしたくない」
「まあまあ暑いぞ、今日」
「ええ、どうぞ。自分の事は気にせず、お好きなだけ」
「ハァ……、そうか」
「……?」
従弟ケーンのおかしな態度に、ケィラは首を傾げる。
―― (従者の前で1人むさぼっていたのが、気まずかったのだろうか……?)
と。
巨漢の青年は、眉を寄せてガスガスと果汁氷菓を噛み砕きながら、話を再開する。
どこか不機嫌の様にも見える。
「―― しかし、見事なまでの落着だ。
『人類守護』の正道を忘れて人殺しに堕した魔剣士一党が、『未強化』ですら斬魔竜殺を体現せんとする崇高なる一般人に討たれる。
誰も言い逃れできない、完全なる敗北だ」
「たしかに。
例えば『帝室の密偵』、あるいは<天剣流>なり<封剣流>なりの介入なら、まだ鼻息が荒いお歴々が居たはずですね」
今日の<精剣流>本家は、まるで喪中の静けさだった。
日頃は口うるさい年寄り難物どもの青ざめた顔。
元々から『旧・暗部』の復権に反対していた、この主従2人は声を殺して意地悪く笑ったものだ。
「超級の魔剣士、対、『未強化』の剣士。
腐った古豪、対、清貧の新鋭。
暗殺、対、不殺。
―― ここまで見事な対比、誰ひとり文句がつけられない」
ケーンは春先に白い息を吐いて、急ぎ果汁氷菓を食べ終わる。
そして、2本目の手持ち棒も、クズ籠へと遠投して処分した。
▲ ▽ ▲ ▽
「まさに『在るべき結末』、聖教の連中が言う『ドン・ドハレ』。
神々の聖なる意思が、多くの人の願いと結びつき、正しき未来へと繋がった」
<精剣流>天才児ケーンは、聖教の聖典でもそらんじる。
「暗殺に怯えてた領主や貴族だけじゃない。
我が<精剣流>『旧・暗部』を恐れてた商人・庶民・ヤクザ者、みんな『剣帝流に乾杯!』と大喜びしている頃だ」
そして、巨体を勢いよくベンチから起こす。
ゆっくりとした足取りで、公園の出口へと向かう。
その巨漢の青年に、影の様につきそう女性従者は、先程から抱えていた疑問を口にした。
「―― しかし、さっきの話は20年前の話ですよね。
自分も貴男もまだ生まれていない頃。
それを、まるで見てきたかのように言うのですね」
「この程度、我が身に『通せば』誰でも解るだろ?」
「…………」
解る、訳がない。
―― つまり、これが<精剣流>きっての天才児、ケーン=カンマジェムなのだ。
彼が言う『通す』とは、端的に説明すれば、優れた共感能力。
武門であれば誰もがそなえている、相手の立ち姿や、わずかな表情・気配の変化、魔力の波長により内心を読みとる『読心術』の応用。
この男は、それを数百年の単位で、平然と行う。
例えば、かつての高祖、遠い時代に生きた達人たちが、いったいどんな人物で、何を想い、何に悩み、そして何を目指したか。
そんな事を、先人達が残した型稽古で、あるいは技を反復する事で、全て読み取ってしまう。
日記や史料のひとつも目を通さずに、心情や境遇を理解する。
さらには、怪我や夭折という不幸により到達できなかった武の極意、過去の達人が目指した終着点を、己が身で完成させる。
つまり、このケーンという男は、<精剣流>の生きた秘伝書なのだ。
過去の世界に存在した全ての達人の技量を、祖霊を憑依させたかのように再現できる。
―― まさに、絶世の天才児。
最強の魔法剣を継承するため、魔導と剣術の両方で遙か高い水準を要求される<天剣流>の天才児・マァリオ。
帝国最古の流派として千年積み上げた武の研鑽を、見事その身に極限として結実させた<封剣流>の天才児・アゼリア
その2人に比肩される武才は、伊達ではない。
「…………」
従者ケィラも同世代ではあるが、彼らとは住む世界が違う。
ありふれた凡人と、数百年に1人という超級の英傑。
だから、ケィラは目に見えない分厚い壁の向こうへと届けと、強い意思で声を飛ばす。
「読心術の極致、便利な能力ですね」
「そんな良い物でもないさ」
「そうですか、対人戦は無敵でしょ?」
「……一番肝心な相手に利かん能力なんぞ、あっても一緒だ」
「ああ、なるほど。
たしかに黄金世代相手だと、簡単にはいかないみたいですね」
「チッ、そんなんじゃねーよ」
すねたように、吐き捨てる。
そんな二つ程年下の巨漢の従兄弟が、珍しく年相応に見えた。
ケィラは、こっそり微笑む。
そして、話題を変える。
「ところで『首のコレ』、もう外していいですか?」
「首巻き薄布か、なんで?
目印代わりだ、外すなよ」
「……もう、南方大陸じゃないんですよ、<帝都>に戻ったんですよ。
別に人混みに紛れて、わからなくなる事もないでしょ?」
「いいから着けとけって。
お前が攫われたら、俺が困る」
「……南方大陸の<新都>ではあるまいし。
<御三家>の縁者を、そうと知って狙うバカも居ないでしょう?」
「わからんぞ。
お前の親父殿と姉貴が、無駄に恨み買ってるからな」
「はいはい……、わかりましたよ」
巨漢の青年と、長身の麗人は、連れだって公園から出て行った。




