204:破天無明
ついに帝都のど真ん中で不穏をまき散らす『闘技場』へと、衛兵達がなだれ込む。
それに同行してた私・『月下凄麗』は油断なく、メイン会場の砂地の地面を踏んだ。
すると、通路から入ってすぐの場所に、顔見知りの男子生徒が座り込んでいた。
「あれ、『先輩』……?」
「スカイソード、どうしました?」
毒でも受けたように顔色と動きの悪い、士官学生の『同僚』へと近づこうとして ――
―― 不意に、大きな声が響いた。
「おいっ! ――」『―― ヒィッ!?』
片方は若い怒声で、もう片方は集団の悲鳴。
「グズグズするな!
早く応急処置してやれ!
俺が何でワザワザ、急所を外したと思ってるんだ!?」
「はいぃ!」「ち、治療しますっ」「はい!」「はい!」「ただ今っ」
声をかけられた白い服の一団は、口々に悲鳴じみた大声で返事しながら、大慌てで走って行く。
猛犬に吠えられて、猫の仔が怯えて散るような光景。
「………………」
私は、予想外の人物を見付けて、立ち尽くしてしまった。
怒鳴りつけた声の主の方だ。
(―― ……なんで、『あの少年』が?)
首をひねりながら事態を見守る。
―― 応急処置?、いったい誰を?
―― 治療班は、闘技場メイン会場の逆の端へ?
―― 壁際で倒れている帝室親衛隊の……、女性ぃ!?
「―― ちょっとっ、アレ!
<精剣流>の『席次持ち』じゃないですか!?」
つまり魔剣士<御三家>本家の精鋭だ。
帝室親衛隊の中でも、選りすぐりの部隊員だ。
さっき『闘技場』の入り口で揉めた準騎士なんて、予備人員の三下連中とは訳が違う。
しかし、後輩は気の抜けるような声を返してくる。
「はあ、そうですね……」
「いや、『はあ』ではないでしょう、スカイソード!
しかも……ん、なんだか、<錬星金>の剣が折れている様に見えるのですがぁ……?」
あとは、帝室親衛隊の特注品である白い鎧の胸部も。
アレは確か、<聖霊銀>板金で覆われた対・魔法装甲のはずだが。
「ア、ハハ……。 ロック君ってとんでもない、ですよね」
「えぇっ?
ちょっと、スカイソード! 貴男がやったのではないの!?」
私は、予想外すぎる返事に困惑する。
金髪美男子の後輩は、ため息と苦笑い。
「先輩……。
どうすれば、そんな異常な事ができると?」
「魔法剣【天星四煌】……――」
「―― そんなの、持ってきている訳ないでしょ。
観客が巻き添えになりますよ……」
「まあ……、そうですよね」
帝室親衛隊 ―― 文字通り、帝国で最も高貴な一族を守る、選ばれた精鋭だ。
支給される装備品は、例えば『2階建て家屋より巨大な魔物』にでも対抗できる超高級装備となる。
それこそ、『あらゆる魔物を滅する』という触れ込みの<天剣流>奥義でも使わないと、破壊できるはずがない。
奥義はまさに、世界的な魔導の権威<四彩の姓>が一つ・『赤魔』の最高傑作。
歴史に名を残す大天才が作り上げた『八連環』術式だ。
さらに約300年の間、その子孫達『赤魔一族』が改良し続けてきた事で『最新鋭』にも劣らない秘術的魔法だ。
―― だから、私はこうつぶやいた。
「……あるいは、<四彩>青の奥義・戦略級魔法並みの何かでも使った、とでも言うの?」
▲ ▽ ▲ ▽
―― 『おい! グズグズするな! 早く治療してやれ!』
―― 『俺が何でワザワザ、急所を外したと思ってるんだ!?』
『闘技場』メイン会場で発せられたロックの大声は、観客席まで届いていた。
(急所を外した……?)
(つまり『あの女性騎士は生きている』という事か……!?)
―― そう理解して、観客席の一般市民たちはホッと一息をつく。
『武闘大会』は、この首都<帝都>で行われる帝国最大の祭典だ。
1年待ち望んだせっかくの『晴レの日』が、血なまぐさい事で中止に追い込まれるなんて、冗談じゃない。
そんな、武門とは無関係で、興業舞台や公共賭博を楽しみにしていた観客の心境。
▲ ▽ ▲ ▽
対して、武門の関係者は、いよいよ顔を青ざめさせた。
(ワザワザ急所を外した……?)
(つまり『あんな破壊力を完全に制御している』という事か……!?
『肝が冷える』なんて言葉では、とても追いつかない。
速ければ速い程、強ければ強い程、能力の制御は難しい。
武門の関係者たちはゴクリと唾を呑み、改めて女性騎士の周囲に目を向ける。
言われて見れば、確かに先程の『漆黒の閃光』は目標以外に被害を与えてない。
<精剣流>女性騎士の背後にあった観客席や石壁に直撃する事なく、煙のように消え去っている。
暴れ狂う嵐のような超絶の暴力を、完全に従える圧倒的な技量。
理解すれば、いよいよゾッとする。
(まさに『剣神』の再来か!?)
(例えば『我こそ武神の申し子である』と名乗ったとしても、いったい誰が非難できよう!!)
―― 剣帝の一番弟子への、嘲弄。
それが、今日という日をもって、ガラリと意味を変える。
それはもはや、『武の極限』へ至った偉大な者への『非礼』である。
能力と戦果を重んじる現実主義な魔剣士にとって、『天に唾を吐いた』に等しい行為。
汚く罵った言葉も、吐き捨てた悪態も、全て自分へ戻ってきて面子を汚すだけの愚行。
もはや彼らの心境は、天罰に震える敬虔な信者だ。
あるいは、死刑宣告を受けて牢につながれた囚人のような心地だ。
武門の関係者たちは、春先の陽気も暖かな『闘技場』で、血の凍るような気分を味わっていた。
▲ ▽ ▲ ▽
それとは、まったく正反対の者も観客席には居た。
血が沸き立つ気分で、興奮して顔面を紅潮させて、嬉々と独り言をまくし立て続ける。
「『―― それはまるで暗雲を地上に降ろした様であった。深夜の空色のように、あるいはカラスの羽根色のように深く暗い色が発せられた。まるで光を呑み込む様に、周囲を黒く暗く冬の夕闇を思わせる暗黒が立ちこめ一帯を陰らせた』ほとんど記述通りじゃないの『黒い雷、そうとしか表現できない光がほとばしる。海は裂け、小山は割れ、空に至れば雲すら粉々に四散した』さすがに比喩表現と思っていたけど、まさか写実性の高い解説文だった?でもオリハルコンの超硬度を難なく破壊した上、常温下では魔力絶縁の特性を帯びるミスリル鉱石を含む装甲をも魔法効果で破壊する?可能なのそんな異常な破壊?間違いなく幻の……確かに天魔グレイスは確かな史料が残る中では唯一の『十重詠唱者』だけど、10個の<法輪>を並列起動させる事が必須条件?であれば歴代の<青魔>の天才たちが到達できないのも当然の ――」
「―― 叔母さまがこわれたぁ~っ」
姪っ子が泣きながら抱きついてきて、ようやく彼女は正気を取り戻した。
「あら……?
どうしたのメグちゃ~ん、スゴく派手な魔法を見てビックリしちゃったの?」
中年女性は、自分と同じ赤髪の少女をなでながら、ノンビリとした声を出す。
すると実娘が、横から口を挟んでくる。
「魔法を見てビックリって、それはママ自身の事だと思うけど……」
「あらぁ、ママって今そんな感じだったのぉ~……?」
姪っ子のみならず、自分の娘からも心配そうな目を向けられて、赤髪の中年女性は微苦笑。
「ママ、ちょっと昔の癖が出ちゃったのかな?
若い頃は<四彩>の歴史研究なんてしてたから~」
「そうなの、叔母さま?」
「えぇ~、わたしも初めてきいたぁ」
「あら、言ってなかったかしら……?」
中年女性は顎に指を当てる。
そして遠い目で、過去を振り返る。
「ママの小さい頃は、よく姉さん ―― メグちゃんママと比べられてねぇ~。
『お姉ちゃんばかり誉められてズルイ』って。
『わたしもみんなに誉めてもらうんだ』って。
子供心ながら、対抗心を燃やしてた頃があったのよぉ~
だから、魔法の実技じゃなくて勉強をいっぱいして、みんなに注目されようと思ってぇ」
「それって、ワタシと同じ……?」
「そうねぇ、メグちゃんに似てるわね。
でもママには、メグちゃんみたいなお家を飛び出す勇気がなかったの。
だから、ご本家の蔵で、ずぅ~~っと<四彩>の過去の記録なんかを調べてたわ~」
「<四彩>の歴史研究?
ママって、そんな事してたの」
「色んな人が諦めた研究を自分が出来たら、きっとみんなビックリする ――
―― あの頃は、そんな風に思っていたのよね~」
中年女性は遠い目を止めて、闘技場の中心へと向ける。
彼女の居る観客席上層部よりは、15m以上は階下にあるメイン会場へ。
「それでねー、ロック君だったけ?
メグちゃんのお友達の、あの子」
柔らかな物腰の温厚な口ぶりで、鋭く目を細める。
貴婦人、あるいは母親の顔から、研究者の顔へと変化する。
「あの子が使った、さっきの黒い魔法。
あれは<四彩>の青、『青魔』が奥義『死神の加護』 ――」
それは、<四彩の姓>以外からは『戦略級攻撃魔法』とも呼ばれる、魔導の極限の一つ。
「―― 多分、それを極めた、その『先』。
伝承上たった3人しか到達できず、きちんとした史料が残るのは1人だけ。
秘められた魔導の究極」
そして一息。
フゥ~……ッと熱く震える吐息を吐き出しては、興奮を抑えるようにグッと太ももの上で両手を強く握りしめる。
「死神はね ―― つまり『青ざめた神』は、古代12神の中でも別格とされる創世3神の1柱・終末の神の子と言われてるのよぉ。
そして親である、終末の神の異名は『破天』。
だから、こう記されている」
メグの叔母であり、サリーの母である、『赤魔』本家に生まれた女性研究者は、歴史に埋もれて忘れ去られた『その秘術』の名を告げる。
「―― 『あれは、終末の神がもたらす全てを絶無へ帰す闇の魔力である』と。
すなわち、『破天無明』……っ!」
▲ ▽ ▲ ▽
「破天……、無明?」
「わたしも、初めて聞きます……」
姪っ子メグと実娘サリー、2人の赤髪少女は顔を見合わせた。
中年女性は、そんな姉妹のような仲の良い様子に微笑む。
そして、少し悲しそうに告げる。
「そうよねぇ~……。
もう『青魔』一族の中でさえ、『伝説』というより空想じみた『おとぎ話』扱いだものぉ」
「『伝説』の…… ――」
「―― ……再現?」
姪っ子メグは、何故か左手の腕輪型<魔導具>を隠すように。右の手の平を乗せる。
実娘サリーは、そんな従妹の方から視線を外して、ワタワタと落ち着きがない。
中年女性は、横の席の少女2人の様子に、小首をかしげる。
「―― ん……?
どうしたのぉ、二人とも」
「いや、ママ、あの……」
「えっと、アレよアレ!
―― そうアレ、マァリオも大丈夫かなって?」
「―― そうそう、そうです!
そうでしたぁ、マァリオさん魔物の試練で、ちょっとケガしてたみたいだけど、大丈夫でしょうかぁ~?」
「―― あら?」
中年女性は、少女2人の口から出た男性の名前に、ちょっと身を乗り出してくる。
「ええ、なになにぃ~?
例の、一緒に冒険者した金髪の男の子の事が気になるのぉ~?」
「そうそう、叔母さま聞いて!」
すると何故か、姪っ子メグが大きな声を張り上げる。
「サリー姉ったら、その<天剣流>魔剣士が美男子だからって、もう舞い上がっちゃって大変!」
「ち、違います! そんな事ないですぅ~!
メグちゃん、ママに嘘ばっかり言うの止めてぇ~」
「へぇ~……、ウチの子がねぇ~。
ママに似ちゃったのか、パパに似ちゃったのか、お友達と遊ぶより工房に入り浸って<魔導具>にかぶりついてた、この子がねぇ~……?」
中年女性は、年頃2人のじゃれ合いに、柔らかく微笑む。
「そしてぇ、メグちゃんは『あの子』なのねぇ~」
「……は?」
思いもよらぬ言葉に、赤髪の姪っ子はピタリと動きを止める。
「ほら、ロック君?
『破天無明』の子よぉ。
<副都>を飛び出したメグちゃんが、『伝説の魔導術式』を復活させるスゴい子をお婿さんに連れて帰るなんてぇ。
実家のみんなも、ビックリしちゃうわね~?」
「はぁ~~~! はぁああああ!!
何言ってんのよ叔母さまぁ!
ワタシとロックは、そういう関係じゃあ! 全然! 違うんだからっ!!」
赤髪の姪っ子は、興奮してブンブン両手の拳を振り回す。
「でもぉ、毎朝早くに、寮を抜け出して会ってるんでしょぉ?
寮母さんにこっそり教えてもらっちゃったぁ~」
「ち、違う、あれは魔法の訓練でぇ!」
「うんうんっ、ママ解ってるわぁ。
メグちゃんも姉さん ―― メグちゃんママと同じで、そういう『言い訳』が必要なタイプだもんねっ?」
「だ・か・ら! ――」
「―― ねえ、もうチューとかしたぁ?」
「叔母さまぁ~、違うんだってばぁ~~!」
彼女らの会話が、いっそう賑やかになる。
魔導の名門<四彩の姓>の血縁女性3人の話題は、いつの間にか『失われた秘技』から『恋愛事情』へと切り替わってしまっていた。




