200:[06]人目
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
ちょっと今、妹弟子を誹謗中傷ってたクソ野郎を、絞め上げてます(物理)。
このポーリックとかいう中年男、一応は<精剣流>副当主・とかいう魔剣士の重鎮。
そのクセ、平気で一般人の観客さんを巻き込むし、ケガさせるし。
マジで、ロクでなし。
文字通り、キュッと首を絞め上げて、お仕置き中。
すると、そろそろ顔面がムラサキ色で、ブクブクと口から泡を吹き出す。
「ォ、オォ……ッ! ゥゥ……ッ! ガァ……!」
暴れっぷりが激しくなり、ガムシャラにポコポコ殴ってくる。
『ボコボコ』ではない『ポコポコ』だ。
痛くも何ともない。
「ハハッ、ムダだって。
お前の今の腕力は、4歳児か、病気の老人くらいなんだからっ」
そう、この中年男にかけた【身体弱化】魔法は、魔剣士の使う【身体強化】魔法とは真逆の効果。
つまり、パワー・スピード・反射神経なんかの身体能力を、お子ちゃまかお年寄り以下に減少させる。
いくら全力疾走しても、プールの中で水の抵抗を受けるような感じ。
どれだけ歯を食いしばって全力を込めても、ヘビーな筋トレした後くらい手足がプルプルして、まるで力が入らない。
「ンン! ン、ングゥ~~~!?」
「だから、ムダだって」
こうやって顔面を両拳でポコポコ叩かれようが、両腕に爪を立てられようが、小さな子どもがジャレてるくらいの痛みしかない。
「―― コ・ォ……ッ、カ……ハァ……ッ」
「フッ、ようやく落ちたか。
随分と粘ったな…… ――」
―― そんなボヤキをかき消すように、ジョボジョボジョボ……ッと派手な水音。
同時にニオってくる異臭。
顔をしかめて確かめると、この中年男のズボンがビチョビチョ。
気絶ついでに、失禁までしてやがる。
「うわ、汚ねーっ!?」
兄弟子、ビックリし過ぎて、おもらしオッサンをポイしちゃった。
慌てて、『鋼糸使い』技能を発動して、鉄弦4本で追いかけて空中キャッチ。
空中でブランブラ~ンと逆さ吊り。
(―― ふぃ~~~っ、危なかったぁ~~!
メイン会場の地面まで10m以上あるから、さすがに魔剣士でも即死だな……)
みんなも絞め失神す時には、落下さないように注意しよう!
異世界お兄ちゃんとの約束だよ?
―― そんな事を考えながら、シュルシュル……と鉄弦を伸ばしてメイン会場の地面へと降ろす。
(チッ……。
―― 『封剣流は、御三家の最弱っ(キリッ)』とか。
―― 『所詮は女、黄金世代の面汚しっ(キリッ)』とか。
あれだけ大口たたいてたヤツが、俺みたいなザコに瞬殺されてんなよ)
「ハンッ、みっともねーな ――」
中年男の小便のクサさにウンザリしていたせいか、思わず悪態が出ちゃう。
すると、それが聞こえていたらしい、敗者の身内から怒りの抗議が飛んできた。
「―― 貴様ぁ~~~!!」
── ででっでっでっでっ・でぇ~ん!
── ちょうせんしゃ あらわるっ!?
「…………」
えぇ~、またぁ?
もういいよ、乱入はさぁ。
兄弟子、そろそろ昼飯に行きたい気分だし。
昔の2D戦闘機ゲームのボス・ラッシュかよ。
▲ ▽ ▲ ▽
「待てぇ! 逃げるなぁ卑怯者ぉ!」
「逃げるにきまってるだろ、剣振り回して追ってくるなっ」
ブン!ブン!ブン!と、お怒りの剣ブン回しする、女性騎士さん。
ピョン!ピョン!ピョン!と、観客席を八艘飛びして逃げる、俺。
そんな追跡&逃走の果てに、結局また闘技場メイン会場へ逆戻り。
「追い詰めたぞ、痴れ者め!
父上の仇と屈辱、ここで晴らす!」
「……別に、失禁は俺のせいじゃなくない?
夜もトイレに起きるご年齢だろうし、きっと下半身が緩かっただけで ――」
「―― 殺すっ!!」
「……………………」
と、まあ、こういう感じ。
前世ニッポンでの中年経験から、『あ~、たしかに歳とると小便の回数増えるもんな~』と気を遣った言動しているのに、プリプリお怒りされてしまう。
俺も一応、なんとか穏当に話し合いの解決を持ちかけたのに。
一応、ね?
(さて、どうしようかなぁ、この女性……)
あのクソ中年男は、妹弟子を誹謗中傷ってたからブチのめしたけど。
正直、それで気が済んだし。
あのクソ中年男の娘らしいけど、この女性騎士さん自体には恨みも何もないしなー。
そんな困惑していると、ザン!と砂地に剣を突き立てる音。
「―― ……お?」
女性騎士さんは、剣を地面に突き立て両手をフリーにすると、野球の作戦指示みたいな事を始める。
「先程のような卑劣なだまし討ちで、我が<精剣流>の奥義『廻精の撃剣』を破ったと思うな!
暗部の連中とは違う、『本物』を見せてくれる!」
「……お、おぉ……っ」
なんか、例の『赤い閃光で威力アップする特殊な身体強化』をじっくり見せてくれるらしい。
え、マジ!? スゲー!
<御三家>の<精剣流>って、チョー太っ腹じゃん!
リアちゃん所の<封剣流>本家とか、どれだけ頼んでも噂の奥義『封魔の撃剣』を全然見せてくれないのに。
ケチー。
―― そんな風に、観察する事しばし。
<精剣流>女性騎士は『チリン!』と自力詠唱の音を鳴らし、例の『特殊効果のある身体強化』を発動。
「……………………っ」
「不意打ちで父上の奥義を妨害できたからと、驕ったか?
その思い上がり、すぐに後悔させてやる!」
(いや、『なるほど』って感心してただけなんだが……)
俺が、熱心にジッと奥義の術式構文を読んでいたら、変な勘違いされたらしい。
20~30m先には、面部解放の白兜から赤髪が流れる女性騎士。
その背後には、『3本燭台の魔法陣』。
そして、青筋立てたお怒りの形相で剣と盾を構えて、激しく口上を切る。
「<精剣流>本家、アイリーン=カンマジェム、参る!」
▲ ▽ ▲ ▽
「セヤァァァ!」
重装甲の騎士が、まるで噴射装置でも付けたような速度で突進してくる。
特級の『疾駆型』にも負けないどころか、上回るかもしれない超・高速移動。
(―― コレが、<精剣流>の奥義。
<御三家>の『剛力型』が追い求めた理想の姿……)
さすがに『未強化』で避けられる速さじゃない。
特殊技【序の二段目:跳ね】を自力詠唱。
ジャンプ斬りの魔法効果を利用して、斜め前へジャンプ移動して回避。
(つまり、『剛力型』の重鈍さを初速の超強化で補う、ってワケか。
……う~ん、なんというか微妙だな)
正直な感想は、『器用貧乏』。
元々が『剛力型』なんだから、黒ずくめ連中と同じ超・威力攻撃の方が合ってそう。
それか、無敵の防御にでも特化するとか。
前にも何回か説明したと思うが、魔剣士の修行で重視されるのは『技量』と『習熟度』。
簡単に言うと『慣れ』だ。
―― 慣れない剛力に振り回されて、剣で自分の足を斬ったり。
―― 慣れない高速ダッシュに感覚がついていかず、足をからませて顔面粉砕したり。
つまり、『慣れない事』をムリにやるべきじゃない。
そんな事を考えていて、少し油断していたせいだろう ――
「―― 殺った!」
「な、なにぃっ!?」
俺が着地した直後、予想外に女性騎士が目の前に迫っていた。
突進する全身にも、振り上げる<正剣>にも、例の『赤い光』が宿っている。
「死ねぇえええ! ――」「―― クッ!?」
突進の勢いを横回転に転化する、横薙ぎの撃剣。
ギャリィイン!と模造剣が砕けんばかりに悲鳴を上げた。
一応は、【序の一段目:断ち】の魔法付与で強度を上げているってのに!
さらには吹っ飛ばされ、ズザザー……ッと砂地を7~8mは滑らされる。
(……あ、危ねー!
防御オリジナル魔法【止め】の発動が間に合ってなかったら、死んでたなっ)
正直、今日一番焦った。
(どうなってんだ!?
俺が斜め前に回避した以上、突進攻撃を空振りした相手はUターンしてくるしか無いハズだろっ)
そうやって、急ブレーキ&再ダッシュしてきたには、あまりに速すぎる。
このクソ異世界が魔法のファンタジー(苦笑)だからって、物理法則って物はちゃんとある。
『慣性の法則』とかいう高速移動の最重要課題だって、れっきとして存在している。
(―― なら、その『慣性の法則』を誤魔化しているのが、『精剣流の奥義』の特性って事か……?)
―― ん? 『何の話か解んねー』って?
つまり、『ハイスピード移動中に即・真逆に軌道変更とか、絶対ムリ!!』って事だよ。
地面をテレテレ低速で走る事しかできない、我々一般人にはなかなかピンとこない話だが。
簡単に言うと『スピードが出れば出るほど、減速の時間と距離が増える』という悪魔の仕様だ。
『慣性の法則』ってのは。
だから、【飛翔】魔法なんて空中で急停止・急旋回のできない超難易度で、使用者が極端に少ないワケだ。
ちなみに、この【飛翔】魔法ってのは、
―― 『低空で使えば、人・家・木に衝突しまくって前歯が全部なくなる』
―― 『中空で使えば、飛ぶ鳥衝突でアバラが粉砕』
―― 『上空で使えば、強風横殴りと上昇気流でモミクチャの後に魔法切れて墜落死』
という、3種全てそろったクソ魔法である。
(これも全部! 『慣性の法則』ってヤツの仕業なんだ!!)
兄弟子、【飛翔】魔法を改造して【速翼】造るのにスゲー苦労しました。
▲ ▽ ▲ ▽
(ともかく、コイツに動かれると厄介だ……!)
という判断から、即座に反撃。
ジャンプ斬りのオリジナル魔法【跳ね】を自力詠唱。
「―― はぁ?」「フッ……」
一瞬で距離を詰めて斬りつけた俺は、疑問符。
余裕シャクシャクと盾で受けた女性騎士は、鼻で笑う。
屈強な魔剣士だって脳天一撃で気絶させる特殊技のジャンプ斬りが ――
―― コォ~ンッと軽い音しか鳴らさなかったから。
まるで、濡れた洗濯物を木の枝で叩いたような、感触。
打撃の勢いが全て包み込まれ、吸収されたような、奇妙な手応え。
「『破斬』! ――」「―― チィ……ッ」
俺が地面に着地した瞬間、相手の反撃がくる。
盾の防御と入れ替わりに振り下ろされる、剛の剣!
(―― しかも、例の『赤い閃光』付き!?)
通常版より3倍魔力を消費する、強化版の【止め】(仮仕様)が間に合った。
ズドォン!と爆破じみた衝撃で、またも砂地をズザザー……ッと滑らされる。
「……ふぃい~~~。
砂や石を飛ばさないのは、やっぱ正統剣術のプライドなのかな?」
念のため胴体を覆った短期バリア【序の二段目:張り】がムダになったけど、まだ油断はできない。
なにせ、推定99%であの暗殺者の親玉のハズだ。
(チィッ、これはヤバいなぁ……)
内心、舌打ち。
この女性騎士が相手だと、結構、手札を使わされそう
公衆の面前なので、なるべく隠しておきたいのに……。
(できたら『瞬ごくs ―― 訂正、【ゼロ三日月・乱舞】は使いたくないな。
一応アレ、俺の対人戦・最終手段で『初見殺し』だし)
少なくともリアちゃん家の<封剣流>当主(剣術Lv80超!?)以外なら、初見で対応される事はないだろう。
奥の手として、自衛手段として、なんとか隠しておきたい。
兄弟子、なんといっても『か弱い一般人』だしっ(☆ミ)
とか色々考えていると、急に拡声器の<魔導具>の声が響いてくる。
―― 『おぉっと、いったい何が起きているのでしょうかぁ!』
―― 『先程の乱入者が、<精剣流>本家の魔剣士と戦っていますねー』
―― 『やはり! あの人物は! 不埒にも闘技場に入り込んだ無法者なのかぁ~~!?』
―― 『剣帝流の縁者。そんな名乗りも、一気に疑わしくなってきましたねー』
―― 『ええ、そうですね!! なにせ、この帝都を守る御三家の方に敵対しているのですから!』
―― 『それはもう! 真っ当な人間のはずがありません!!』
そんな実況と解説の、口早でわざとらしい言葉に、思わずため息。
(―― ……おい、お前ら、そこの2人。
いくら何でも、相手をひいきし過ぎじゃね?
そんな急に、あからさまに肩をもったら、雇い主が誰なのかバレバレだぞ?)
いえぇ~~い、乱入者でヤラレ役のロック君でぇ~す!
異世界のみんな、この興業出演が終わった後は、ちゃんと仲良くしてね?(青筋笑顔ッ)
そんな俺の、イライラでとっ散らかる思考を ――
―― ギギギィィィ~~~ィン!!という、金属が圧力で軋むような不快な騒音が引き戻す。
見れば、重装甲の女性騎士が『バイオリンを弾く』みたいな動作で、自分の盾に剣を押しつけて騒音を立てていた。
「なるほど。
『旧・暗部』を4人始末するだけはある。
まともな相手では、ないな」
おそらく20代半ばの女性騎士は、怒り顔から一転し、クスリと笑う。
そして、赤い前髪をよけて白い兜の顔面保護を下ろすと、<正剣>と盾を構え直す。
「もはや、貴様を侮ったりはせん。
―― ここからは、全力を尽くす!!」
そう言うが早いか。
<精剣流>副当主の娘・アイリーン=カンマジェムは、【身体強化】魔法の超人脚力で駆け出し、再び迫ってきた。




