199:ディ・スペル
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
この異世界の剣術には、『練剣の修法』ってのがある。
まずは、剣の柄を両手で握り、切っ先を天に向けて構える。
よく見る、騎士の立礼のポーズだ。
その状態で、訓練相手と向きあい、1.5m以下に距離を詰める。
お互いが手を伸ばせば届く、至近距離だ。
そこで、両肘を脇で固定し、前腕と手首だけで剣を振る。
まるで拳で殴り合うかのように、至近距離で剣と剣をぶつけ合う。
肩の働きが、力強さを生む ――
肘の働きが、素早さを生む ――
手首の働きが、鋭さを生む ――
―― 特に対人戦でも求められる『素早さ』『鋭さ』を鍛える訓練。
衝突時の握りが甘かったら、刃が跳ね返って自分を斬る。
あるいは腕が疲れて剣速が鈍ったら、相手に斬られる。
速さ、力加減、粘り、気力、胆力、正確さ、相手の呼吸を読んで合わせる感覚 ――
―― シンプルな修行法ながら、対人剣術に必要なほとんどが詰まっている。
だから、初心者から上級者まで毎日やる、日課的な訓練だ。
少なくとも帝国内では、<帝国八流派>のどこにでも有るような、基礎的な訓練らしい。
(―― だから、だ)
この『練剣の修法』をやってみれば、相手の剣術Lvが解る。
こうやって剣を合わせれば、体格によらない『剣の腕』が明らかになる。
―― つまり、俺の構えは『誘い』であり、『剣の腕でも比べてみようか?』という種類の挑発だったワケだ。
当然、<御三家>が<精剣流>副当主ともあろう者が、公衆の面前で格下から挑まれて、尻尾を巻いて逃げるワケにはいかない。
(剣術Lv70手前……?
まあまあ、かな?)
ギンギンギンギンギン……ッ!と、金属の衝突音が響く中、生ぬるく目を細める。
1年前の俺なら、
―― 「剣術Lv70、だとぉ!?」
―― 「腰痛時の剣帝並みかよ!!」
とか、ビビリ散らかしてたかもしれない。
剣術Lv60をようやく超えてきたくらいで、得意になってた頃の俺だ。
+Lv10くらい上手の相手に、「予想外アワワワ……ッ」してたかもしれない。
(しかし、俺もここ半年くらいで、色々と経験したからなっ(得意顔))
『金ぴか爪のナントカ騎士』(実質的に弱体ジジイ並み)やら。
『変な仮面の女仙人』(拳術Lv70~80)やら。
『封剣流本家の妖怪ジジイ』(剣術Lv80超)やら。
さすがは<帝都>、人外だらけでイヤになる。
(しかし、この相手。
怒りっぽいというか、感情の制御がヘタというか……
技量以外のところが問題だなぁ~)
結構な技量があるハズのに、力任せで粗っぽい。
なんというか、当流派の剣帝なら
―― 「精神の乱れが剣筋にでているぞっ」
とか、お説教しそうな感じ。
見るからに鼻息が荒く、いかにも、
―― 『カッコ良く撃ち負かそう』
―― 『誰が見ても解るように圧倒してやろう』
そういう邪念がムダな力みになり、剣の衝突圧を過剰にしている。
すると、その分だけ、剣を引き戻す動きが遅れる。
小さな過剰と、小さな修正が、積もり積もって中年男自身の足を引っ張っている。
剣を制御するだけで精一杯になり、余力がなくなっていく。
まったく、隙だらけだ。
この中年男の状況を、簡単に一言でまとめると、
『格下に舐めプしたらピンチ!』
みたいな醜態だ。
(んじゃ、そろそろ終わらせるかァ~……)
ギンギンギンギンギン……ッ!と、単調な衝突音の途中に、急に変則行動 ――
―― シャァ……ン!と俺の模造剣の上を滑らせ、相手の<正剣>を受け流し。
跳ね返されるハズが、いきなりスッポ抜けて、相手の体勢が崩れる。
その瞬間、回転させた模造<小剣>の柄頭を、下から跳ね上げる。
ゴツン!と骨を叩く感触。
「―― クゥ……!?」
相手の手から<正剣>が飛んでいく ――
―― しかし、その瞬間、俺の視界が回転した。
▲ ▽ ▲ ▽
(―― ハハッ、さすがは達人の魔剣士、か……)
さすがは剛剣の<精剣流>。
俺が、相手の片手首を打って<正剣>を奪う ――
―― それに対して、即座に無手での反撃が来た。
さっき、中年男は打撃を受けていない片手で、俺の奥襟をつかみ、投げ技をかけてきたワケだ。
「―― カァ~~ッ!!」
前世ニッポンのジュードーで言えば、『一本背負い』のような体勢。
しかも『投げ飛ばす』のではなく、『地面に叩きつける』投げ技。
高く吊り上げて、高所から落とす ――
大きく弧を描いた軌道で、遠心力を強める ――
―― 石の地面に叩きつけられれば『骨折か、脱臼か』という、一撃で制圧する投げ技だ。
「……フッ」
だが、俺もまだまだ終わらない。
こんな時のための、必殺技。
こんな時のための、指輪に偽装した待機状態の魔法。
薬指の<法輪>を解放で、即座に自力詠唱。
投げ技で石段に叩きつけられす寸前に、相手の腕を両手で掴む。
抱き込むようにガッチリと固定。
「ブッ飛べっ」「な、何ぃッ」
雑改造した必殺技を使って、相手ごと空中スピン。
グルグルグルと竜巻みたいに回転して、遠心力で相手を逆に投げ飛ばす。
「―― ガッ……ハッ
この! バケモノめ!!」
屈強な中年男が石段に落下すれば、ドスン!ドサン!と砂袋のような重い音が響いた。
「うるせー!
『未強化』で石段転がりまくって無事な野郎に、バケモノ言われる筋合いねーぞ!」
「グォ……!」
追い打ちのプロレス式両足蹴りをたたき込む。
(ってか、全然こたえてねーな、コイツ。
うわー、『剛力型』魔剣士の達人クラスって高耐久過ぎて、かなり面倒クセーのか?)
俺のドロップキック直撃でふらつき、石段をさらに2段・3段と降りた中年男。
だけど何か、今ひとつ有効打になった感触がない。
(『未強化』でコレなら、【特級・身体強化】魔法とか使われると、かなり厄介に ――)
俺が考え込んで動きが止まった瞬間、後ろから『カン!』と機巧発動の音。
男同士の熱い肉体言語(?)を邪魔するように、女性の声が割り込んだ。
「―― 父上、助太刀します!」
女性魔剣士が、【身体強化】魔法を発動させて突撃してくる。
重鈍な『剛力型』でも、特級となればそこそこ速力が出るらしい。
まあ、でも上級か中級の『疾駆型』くらいか?
「伝統ある武闘大会を穢す、賊がぁぁぁ!」
「…………っ」
(―― しかし!)
俺は、慌てずオリジナル魔法を自力詠唱。
(超級の身体強化魔法『五行剣』を使う妹弟子や剣帝と手合わせしてる俺に、その程度の攻撃が利くワケない(得意顔))
「甘ェよ! ――」「―― な、何ぃ!?」
背後からの突進斬りを、ギリギリまで引きつけて、横に避ける。
そして同時に、剣を振り下ろす腕と突進する背中に触れて、投げ技補助【序の三段目:流れ】の効果を発動。
攻撃の勢いを縦回転に変換・暴走させてやる。
「ぅ、ぅわわああぁぁ~~!」
ゴロゴロゴロォ~~……!と石階段を転げ落ちる、女性騎士。
全身鎧の人間車輪が、助けようとしていた親父殿へ直撃した。
重装甲の騎士で、女性とはいえ180cm超の上背となれば、総重量120kgくらい。
ほぼ『人間大の丸太が落下して直撃』みたいな感じなんだが ――
「―― ガァ……!?」
「いや、『ガァ』の一言で済ますなよっ。
頑丈過ぎだろだろ、お前ぇ!」
そのまま娘と一緒に吹っ飛んでおかしくないのに。
何でこのクソ中年は、全身鎧の体当たり食らっておいて、フラついたくらいで済んでるんですかね?
(<封剣流>から派生した『剣帝流』は、どっちかというと『疾駆型』寄り。
屈強さが取り柄の『剛力型』が相手だと、どうも相性がわるいな……っ)
たしか『魔剣士の三すくみ』だったけ?
ほら、『剛力型は疾駆型に勝る』とかいうアレ。
(【身体強化】魔法を使われたら厄介だ。
このまま、速攻でたたみかける……ッ)
さっき、超・偉い人の前で調子に乗って、
―― 『OKッス! あのヤロー、俺が首に縄つけて捕まえま~す!』
とか安請け合いしておいて、無様に大失敗とかシャレにならん!!
「おらぁっ!」
「クゥ、このガキが……っ」
まずは、スラディング式足払いで転倒させる。
次に、うつ伏せダウン状態の背中を、片足で踏みつけて動きを封じる。
それから、腕輪型<魔導具>のついた左腕をもう片足で踏みつけて、【特級・身体強化】魔法の発動も封じる。
止めに、相手の首に鉄弦をグルグルにして、両手で引っ張り絞め上げる。
「グァ……ァッ、……アッ!」
中年男は、自由の利く片手だけで鉄弦を外そうとするが、ムダ。
首にめり込んで締まる鋼鉄の細線は、どうにもならない。
次に、右手を後ろに回して俺の足を掴もうとジタバタするが、肩甲骨の間までには手が回るハズもない。
「―― ふぅ……ッ!」
(早く落ちろ、このクソ中年!)
やがて窒息寸前で、真っ赤な顔が徐々に紫色になっていく、<精剣流>副当主。
だが、そんな中年男の、気絶寸前で震える右手が、複雑に動く。
そして、なにか呪文を唱えるように、あるいは数え歌を歌うように、唇が言葉を刻む。
―― 『チリン!』と、自力詠唱の音が鳴った。
▲ ▽ ▲ ▽
―― 次に鳴った、ビィイン!という耳慣れない音は、鉄弦の断末魔。
中年男は、特級魔剣士の超人腕力で鋼鉄の細線を引きちぎり、一気に跳ね起きた。
「小童がぁぁ!!」
振り向きざまに<精剣流>副当主が振り上げたのは、なんの皮肉か『木製の鞘』。
昨日の妹弟子の試合を見ては、
『あんな小細工、黄金世代の面汚し』
と小馬鹿にした男が、全く同じ様な手段をする。
つまり、『木製の鞘』を特殊な魔法効果で強化しての、攻撃!
さらに言えば、さっきの黒ずくめ達とまるで同じ攻撃だ。
―― ズドォォン!と、赤い閃光と破裂音。
俺はギリギリで避けたが、問題はその後。
空振りした『鞘』は、そのまま闘技場の通路を強撃。
『木製の鞘』は木っ端微塵だが、床材の白い石も粉々に砕ける ――
―― そして、木と石の破片が散弾と飛ぶ。
「―― チィ……ッ、おいおいっ!?」
(コイツ、最悪だっ
関係ない観客の人たちを、巻き添えにしやがった!!)
舌打ちして、回避の途中でムリヤリ体勢を変更。
一応は俺も、『人命優先な魔剣士流派・剣帝流』なワケで。
自分の背後や周辺の人に被害がいかないように、簡易バリアのオリジナル魔法【序の二段目:張り】と模造剣の防御で、カカカカン!と石片を弾いて守った。
だが、通路の反対側の観客までは、さすがに手が回らない。
流血して倒れている人がチラホラ居る。
「クソ……!
見境なしかよ、コイツっ」
「―― ハッ!
所詮は、辺境の魔物退治なんぞに、うつつを抜かした『剣帝』の流派か!?
平民の命なんぞが惜しいかよ!」
中年男は、さっきの俺の行動(背後の観客をかばった事)を見て、ニタリッと意地悪く笑う。
そして、落ちていた拳骨大の石片を、片手で拾いあげて、ゴリッ!と鳴らす。
―― 直後、バッ!と投げ放ったのは、砂と小石の目くらまし。
(片手の握力だけで、石が粉々になるのかよ……!?
特級 ―― いや、超級の『剛力型』ってトンでもないなっ)
握力が1トンくらいあるのかもしれない。
トンでもない握力だけに!(独笑い)
<精剣流>副当主が、舞い上がった砂の煙幕を引き裂き、素手で襲いかかってくる。
「愚かなり『剣帝流』!
有象無象の草民を庇って、無為に死ねぇぇぇえ!」
「クソッ ―― ハァ!」
一瞬で至近距離に入られ、剣の間合いを潰される。
まるで、トラかオオカミが押し倒してくるような、肉食獣の強襲だ。
俺は即座に、至近距離のカウンターに切り替える。
右拳を回転拳打するように、模造剣の逆端・柄頭で殴りつける。
「フンッ ――」「―― ……!?」
しかし、硬い!
ガツ……!と鳴った音も、手応えも異常。
顎を金属で打ち抜いたのに、微動だにしない。
(―― おいっ、コイツの身体って金属で出てきんのかよ!?
いくら<御三家>の『剛力型』って言っても、限度があるだろ!)
もしかして『無敵チート』ですか!?
そういうの止めてください、卑怯ですよ!
正々堂々、みんな楽しくゲーセン対決を!
「フハハッ、無駄だぁ!
これが! <精剣流>直系だけに伝えられる、奥義『廻精の撃剣』!」
そんな弱気な内心を読まれたのか、相手は俺の両肩をつかみながら、勝ち誇る。
「特級を超えた超級の『剛力型』の恐ろしさ!
五体を素手で解体されながら、思い知るがいい!」
「……グ、ァ……アッ!」
中年男は、超人の握力で、俺の両肩を圧迫。
ピキ……ピキ……ッ!と、左右の骨がイヤな音を立てる。
「これで貴様も ――」「―― 間に合った!」
相手が、殺戮の愉悦に瞳孔を広げ、歓喜の涎を垂らした瞬間。
俺は、用意していた特殊な魔法を『チリン!』と自力詠唱する ――
―― 対象を相手に指定して。
「ディスペル・エンチャント!」
俺の言葉に合わせて、パリン……!と、薄いガラスが割れる音。
<精剣流>副当主・ポーリックの背後に浮いていた、赤い魔法陣が砕け散る。
―― そして代わりに、ドス黒いモヤのような不吉な紋様が浮かび上がった。
▲ ▽ ▲ ▽
「―― なっ……、なぁ……ッ、なんだとぉ!?」
一瞬前まで勝ち誇っていた中年男の、血相が変わる。
「フン……ッ」
俺が簡単に、相手の両手を引き剥がしたから。
魔剣士<御三家>の『剛力型』、<精剣流>の特殊な【身体強化】魔法。
素手で人体を解体できるような超・剛力を、まさか『未強化』で破られるとは思ってなかったのだろう。
「ハッ ――」「バ、バカ、なぁ ―― ガァ……ッ」
驚きすぎて隙だらけな<封剣流>副当主の顔面に、俺の裏拳が炸裂。
「セリャ! ――」「クッ……、このガキぃ ―― ゴ、ォ……オッ」
顔面を押さえて悶絶している中年男に、膝蹴りの追撃。
キレイに胴の急所に入り、息を詰まらせて崩れ落ちる。
「ォフッ……ェフ……ゲフゥ!
バ、バカなァ……、何故こんな、ゲホッ、簡単にぃ……!?」
「魔剣士だろうが、【身体強化】魔法が使えなければ普通の人間 ――
―― つまり、そういう事だ」
「な、なにをぉ……。
フゥ、ハァ……、何を言っている、貴様ぁっ」
<封剣流>副当主は、片膝ついたまま見上げてくる。
「そのご自慢の秘術的魔法は、だいぶんお蔵入りしてたんだろうな……。
ちゃんと一度は専門家 ―― 宮廷魔導師だか、魔法技工士だか ―― に、見てもらった方がいいぜ?
『妨害対策』がガバガバ過ぎて、『悪い事』し放題だ」
「『警備』……? 『切断』……?
いったい、何の話だぁ!」
察しの悪い中年男に、わかりやすく『手品』の種明かし。
「つまり、<精剣流>の奥義とかいう【身体強化】魔法を、上書きしたんだよ」
「―― はぁ~~ッ!?
何を、そんな、……あり得ん!」
そう、【身体強化】魔法には、『後で使った方で上書きされる』という特性がある。
多分、何回か話したと思うけど。
この特性を悪用すると、敵対者の【身体強化】魔法を弱める事ができるワケだ。
もちろん、この異世界では、そんな事は『周知の事実』で『常識問題』。
だから当然、普通の【身体強化】魔法は、『個人適合』という個人に合わせた調整の際に『妨害対策』が組み込まれている。
(まあ、前世ニッポンで例えるなら『PCのパスワード』みたいなモンかな)
悪意のある第三者にイジくられないために、重要かつ当然の『備え』だ。
―― そう、あくまで普通の【身体強化】魔法は。
(門外不出、一族直系限定、部外秘情報、閲覧厳禁 ――
―― そんな規則のせいで、『妨害対策』がガバガバのまま放置されてきたんだろうなぁ……)
言うなれば、『パスワード:00000000』の初期状態みたいな感じ。
慣れた人間なら、すぐに突破できてしまうガバガバっぷり。
―― そもそも、『身体強化魔法を上書き』なんて古典的すぎる。
元々は【身体強化】魔法は、軍人の魔法使いが兵士相手にダース単位でまとめて掛けていた『効果ビミョーな補助魔法』。
つまり、本来は外部から干渉できる魔法。
そういう魔法の歴史を知ってれば、誰でも思いつくイタズラだ。
だから現代では(あ、もちろんこの異世界の現代、ね)、当然のように対策されまくって、今さら『誰もやらないムダ作戦』。
だから ―― そんな現状だからこそ ―― 逆に、今までこんな『致命的な欠陥』が放置されてきたんだろう。
(なんか、『家宝の名剣を大事に大事にしまってたら、蔵の中でサビてました』って感じだなぁ……)
兄弟子、残念な気持ちになっちゃう。
▲ ▽ ▲ ▽
いかん、ちょっと考え事でボーッとしてしまった。
なにせ、相手の動きがクソ鈍い。
必死に逃げようとしているけど、歩いて追いつけそう。
ノタ……ノタ……ノタ……ッ、と腰の悪い老人みたいな速度だ。
ポーリックは、さすがは魔剣士の名門<精剣流>副当主だけあって、半分白髪になるような年齢でも、鍛えまくった筋肉質巨漢。
そんなダンディ中年が、キビキビ動いていたさっきとは、エラい違いだ。
(なんか、『初めてのホッカイドー旅行で雪滑りやった次の日の俺』みたいだなぁ……)
あ、もちろん前世ニッポンの頃の思い出ね?
ヨロヨロな中年男は、カツカツカツ……と俺が近づく足音に気付き、慌てて駆け出そうとして ――
―― そのまま足を絡ませて、ドサン……ッと無様に転んで四つん這い。
「カラダがぁ……いう事を……きかんっ
呼吸すら、ままなら、ん……ゼェ……ゼェッ」
中年男は、戦闘で消耗したとしても、ヘロヘロすぎる疲労具合。
さすがに『おかしい』と気付いたらしく、首だけ振り返ってニラみ付けてくる。
「この、手足に枷を掛けられたような、強烈な負荷…… ――
―― ……まさか!?
これが<封剣流>の奥義、『封魔の撃剣』かァッ!?」
「その伝聞をヒントに、俺がテキトーにでっち上げた、【身体弱化】魔法だよ」
さっきも説明したが、『身体強化魔法には、後から発動した身体強化魔法で上書きできる』という特性がある。
この『上書き特性』を悪用して、『弱体化』という動きを制限する負荷の魔法を、強制付与してやったワケだ。
「あ、ありえん……っ
最新鋭の研究をする宮廷魔導師すら、そんな真似ができるハズもないっ」
「悪いが、俺も一応は【五行剣】の『剣帝流』でね。
【身体強化】魔法のアレコレじゃ、他に負けねー自信があるんだよっ」
―― 兄弟子、自流派の秘術的魔法を改良する係の人だから!
俺はそんな話をしながら、自力詠唱。
身体強化のオリジナル魔法【序の二段目:圧し】だ。
そして、猫の子をぶら下げるように、中年男の襟首をつかみズルズルと引きずる。
(あ、『ズルズルと引きずる』 ――
―― いかん、こんな! 不意打ちでぇっ(内心爆笑い))
「なんだァ……っ
何を、何を笑っている、貴様ぁ~~!?」
「―― ……フッ、~~~~ァッ、ク……ゥっ」
俺が、不意に笑いのツボに入り、笑いをこらえていると、何か勘違いされたらしい。
半分白髪の中年が、涙目で必死に暴れる。
俺は、肩を振るわせながら(※注意:必死にダジャレを耐えてるだけ)、黙って進む。
観客席の中段最前列は、バルコニーのように飛び出した形状になっている。
そして、下段最前列と違って電流の流れる鉄網がない、見晴らしの良い先端に立って、片手を突き出す。
「このぉ、は、離せぇ……っ クソぉ!」
ジタバタと暴れる身長190cmの巨漢を、空中に突き出すように。
身長140cmの男児が、片手で吊り下げたままの状態で。
「―― ……『人を守る事が使命』の魔剣士が。
関係ない観客を、ワザワザぁ、巻き込みやがってぇ……っ!」
ようやく笑いの発作が収まる。
そして、怒りが、にじみ出す。
―― 『ママ! ママァ! しっかりしてっ』
―― 『ぃ、痛い……、痛いよぉ~、お父さんっ』
―― 『大丈夫だ、すぐに治療室に! だから意識をしっかりもてっ』
―― 『あ~ん! あんぁん! うわぁあ~~~ん』
そんな、さっきクソ外道が情け容赦なく巻き添えにした、罪のない人々の声。
格下が格上を相手に『冷静に戦闘を進める』ため、あえて意識から遮断していた悲鳴が、いまだに遠い客席で響いているから。
「……なんか。
さっき、随分とエラそうな事を言ってたな、オマエぇ?」
―― 『この国を800年支えてきた武門の重鎮』?
―― 『旧・王都の三剣』?
「ハッ、笑わせるな。
弱い人間を平気で踏みにじるような、クソ野郎がぁぁ!」
「な……、に……、をぉ……!?」
片手で吊した相手に、もう片手を添える。
再度、自力詠唱と身体強化を時間延長しながら。
「テメーはきっと、生まれた時から恵まれた図体と家柄で、弱い者や恵まれない者の痛みを知らんのだな?
せっかくの機会だ。
全力で抗っても手も足もでなくて、泣き寝入りするしかない ――」
「ン~~! ゥンン!!」
小男が、首を絞める。
巨漢が、必死に爪を立てる。
しかし、【身体強化】魔法と【身体弱化】魔法で、能力差が逆転した状況では、わずかにも揺るがない。
「―― そんな弱い立場の、無力な悔しさって心痛を、味わってみやがれ!」
「~~~~ッ!? ~~~~~~~~……ッ!!」
<御三家>が<精剣流>副当主・ポーリック=カンマジェム。
魔剣士という選ばれた戦士の中で、エリートの中のエリート ――
名門の中の名門、精鋭の中の精鋭 ――
―― それが、紫の顔色で呼吸困難の気泡まで吐いた。




