197:ただ今勝ち抜き中
<帝都>の象徴的施設・闘技場。
最大の目玉である『武闘大会の本戦』とは思えない、静まり返った会場内。
しかし、貴賓席には、そんな観客席とはまた違う、不思議な緊張感が漂っていた。
せめぎ合う空気 ―― つまり、緊迫だ。
一触即発、いつ爆発してもおかしくない。
そんな静寂が、ピン……ッと痛い程に張り詰めていた。
「―― フゥ……ッ」
静寂を破ったのは、最上段の席 ―― 帝室関係者の席に座した者。
豪奢な衣装の中年男性の嘆息。
「黒装束の賊が使った、魔法。
アレは貴殿の ―― カンマジェム家の奥義ではなかったかね?
<精剣流>の副当主殿」
鋭い目つきの美丈夫が、静かな抑揚で問いかける。
疑義を向けられた相手は、下段の席から立ち上がり、最上段へ振り返った。
「異な事を申されますな、閣下。
卑しくも旧・王国時代から王の懐にあった<御三家>が一つ、我が<精剣流>の奥義があのような『無様な力押し』に比べられるとは……!?
まったくもって、嘆かわしいっ」
「ほう、貴殿は『違う』と申すか?
―― しかし、我ら『武門の素人』には、同じような特殊な身体強化魔法と思えたが?」
自身を『武門の素人』と称した最上段席の男だが、服の間から見える首は野太く、指は節くれて荒々しい。
人物や来歴を知らずとも、屈強な武人とひと目でわかる。
そんな並々ならぬ美丈夫と、武門の重鎮は、視線をぶつけ合う。
「………………」「………………」
まるで剣術試合のように、無言の気迫がぶつかり合う。
周囲の貴族達は、声を潜めて思わず首をすくめた。
そんな硬直を崩したのは、下段の席から見上げていた、<精剣流>の副当主。
半分白くなった赤髪短髪を撫でつけながら、溜息。
「フン、……なるほど、確かに。
素人目には『同じ術式』に映る ―― でしょうなっ」
しかし、その声は不義を疑われた者としては、強気で不遜。
「我が<精剣流>直系カンマジェム家に伝わる、奥義『廻精の撃剣』。
閣下のお立場であれば既にご存じでしょうが、この奥義は元々、遙か西方から流れてきた流民の秘伝を買い上げ、長年をかけて改良した術式」
「……………………」
最上段席の男の責めるような目線にも、<精剣流>副当主はまるで動じない。
劇場弁者が物語を読み上げるかのように、朗々と答弁を続ける。
「あの金銭に賤しい流浪者集団の事です。
おそらくは、方々でその秘伝を安売りして回っていたのでしょう。
―― アレらの賊は、その買い手の一つかと」
「……フゥ、なるほど」
やがて、鋭い目つきの美丈夫は、いよいよ目を細めて尋ねる。
「つまり貴殿は、『大本は同じだが、別物である』と申し開くのか?」
「失礼ながら、閣下。
『申し開く』のではなく、『事実として別物』なのです。
もちろん! ――
―― 魔剣士として皆伝でいらっしゃる御身であれば、ひと目でお解りの事でしょうがッ」
カンマジェム家の年配男性が、フン!と鼻息を明らかに鳴らす。
―― 『特級の魔剣士のくせに、その程度の違いも見極められぬのか、この若造は』
そんな内心を隠しもしない。
壮年か初老の<精剣流>副当主の顔には、20は年下の相手に明らかな侮りがある。
武門の最高峰<御三家>の重鎮だとしても、帝室を舐めているとしか言いようがない。
あまりに不敬な態度だった。
▲ ▽ ▲ ▽
帝室の美丈夫は、嘲笑ってくる武門の重鎮に、ただ冷たい声を返す。
「複雑な魔導の術式を『見れば解る』と?
そんな教鞭を放り投げた説明で、いったい誰が納得しよう」
安い挑発には乗らぬぞ、とばかりに冷静に対応する。
「貴殿も疑惑を晴らす気があるのなら、その奥義『廻精の撃剣』と、賊の使った魔法との違いとを、少しは詳細に説明して欲しいものだな」
「なんと!
まさか閣下は、我が一族伝来にして門外不出の奥義『廻精の撃剣』について、『この場で説明しろ』とおっしゃいますか!?
このような有象無象の輩が並ぶ場で!
誰が聞き耳を立てているか解らぬ場で!?
秘伝術式の開示を!?」
赤髪を半分白くした<精剣流>副当主は、鍛え抜かれた肺活量で、ビリビリと空気の震えるような怒号を上げる。
「さらには『疑惑』ですと!
いにしえより王都を! 帝都を! お守りした、我ら<精剣流>に!?」
そして、両手を広げて、『嘆かわしい』と叫ぶ。
まるで演劇じみた、大仰な身振りと声だった。
「―― これ以上の侮辱には、耐えかねます。
この国を800年支えてきた武門の重鎮として、許し難い扱いだ!
退席を願いたい!!」
<精剣流>の副当主は、『願いたい』と言いながらも、既に背を向けていた
豪奢な衣装を着た上司の許しを待つこともなく、一方的な宣告をして勝手に出て行こうとする。
それを見かねた貴賓席付きの守衛の1人が、進み出る。
長槍を突き出して、<精剣流>の副当主の行く先を塞ぐ。
「お、お待ちを! カンマジェム殿 ――」
「―― なんだ貴様ァッ!
その身のこなし、さては<狼剣流>の門弟か!?
たかだか4~500年の歴史しかない新参の、異国流派の、しかも小童がァッ!
この『旧・王都の三剣』である、<精剣流>の副当主の前にィ、立ち塞がるなッ!!」
「―― ぅ……っ」
守衛の騎士は、副当主の気迫に呑まれ、つい槍を戻して引き下がってしまった。
まるで、一喝の声に吹き飛ばされる様な光景。
特級魔剣士の若手精鋭ばかりで構成される帝室親衛隊も、半世紀を武に捧げた達人の前には形無しだ。
<精剣流>の副当主は、吐き捨てるように言って、客席の階段を上り始める。
「まったく……。
昨日といい、今日といい、不愉快な事ばかりだっ
帰るぞ」
「ハッ、父上」
いつの間にか後ろに騎士姿の若い女性が付き従い、一緒に出入り口へと向かっていく。
「……フゥ。
武門の面子争い、権勢争いに振り回される。
武力を重んじた我が帝国ゆえの、宿痾だな…… ――」
上席の中年は、国家の『業』の深さを嘆き、疲れたような息を吐く。
彼が上げかけていた腰を下ろし、豪奢な衣装の飾りをジャラリ……ッと鳴らして座り直した瞬間、予想外の声がかかった。
「―― よろしい、のですか?」
いつの間にか、貴賓席の一角に、赤い服の人影が現れていた。
▲ ▽ ▲ ▽
闘技場の最上端にある、士官学校1年D学級の観戦部屋。
一瞬の静寂の後、爆発するように少年・少女の声が溢れた。
「う、うそでしょ!」「ま、魔物が……」「はぁあっ?、あの一瞬で?」「何! 何が起きたの!」「え……、これ演出?」「……28、29、30ぅ? え、まだ居る」「いや、あり得んし!あり得んすぎ!」 ――
―― 等々、少年少女の疑いと驚きの声が、狭い室内にこだまする。
闘技場の最上段の端には、士官学校の生徒専用の観戦部屋がある。
最上段にある理由は二つ。
一つ目は、学生枠トーナメントも賭博の対象になっている事から、同級生といった関係者から情報を抜き出そうとする様な、迷惑な観客から隔離するため。
そのため、彼らは最上段の壁の一部のような最も離れた位置で、狭い箱のような部屋の中に学級ごとに押し込められている。
だから、出窓のような観覧場所に詰めかけて団子状態、押し合いながら観劇用望遠鏡を使って友人や先輩・後輩の試合を観戦する羽目になっている。
理由の二つ目は、この異世界において高所が危険地帯だから。
飛行型魔物という、空を飛ぶ巨大な人食い怪物が掃いて捨てる程に生息する『この異世界』では、高貴な人物が高所なんて命を脅かされる場所に『わざわざ居るべきではない』事は当然。
まさに、考えなしに高所に昇るなんて『バカと煙だけ』。
そのため貴賓席は、間近で観戦できる実況席のすぐそば。
当然のように、周囲では帝室親衛隊などの精鋭騎士が警護している。
つまり、観覧席の等級が下がる程にメインステージから遠ざかり、上の方へ、上の方へと押しやられる。
ここ最上段の席は、もっともメイン会場の試合展開が見づらい、最低等級の観客席より悪条件の観戦場所である。
「―― 皆様、見てくださいまし!」
『………………』
同級生達の騒ぎ声も、少女の呑気な歓声ひとつで静まってしまう。
「リアのお兄様が悪い人たちを倒してしまいましたわぁ~」
両手を上げてピョンピョンと跳び回り、銀髪を揺らす美少女。
魔剣士名門<封剣流>直系にして『剣帝の後継者』、アゼリア=ミラーだ。
「う、うわ~、リアちゃんのお兄さん、超トンデモないヨ」
「アハハ……、見かけによらず凄く鍛えているとは知ってたけど、ねえ?」
「お兄さん、さすがに人間辞めすぎ……。 東区のシーサイド・モールで、用心棒の人たちが最敬礼するはず……」
「そうですわよ、ウフフッ。
リアのお兄様はすごい方なのですわぁ~!」
仲の良い友人3人も『ドン引き』という顔をしている。
だが、上機嫌のアゼリア本人は、兄弟子の勇姿に見入っており、周囲の様子にまるで気付かない。
▲ ▽ ▲ ▽
そんなアゼリアへ、クラスメイトの女子の1人がおそるおそると声をかけた。
「あのさ。
アゼリアちゃん……お兄さん?、が使ったさっきの技って……?」
「さっきの技、というのは【断ち】 ―― いえ、つまり魔法剣の『斬撃の魔導』の事ですの?
それとも、剣帝流の奥義『無声の一迅』の事ですの?」
「う、うわー……」
アゼリアが喜色満面で問い返すと、質問した少女は引きつった半笑いで一歩後ろに下がる。
しかし、周囲にいる同級生の少年少女も、そんな声は上げはしないが、内心は彼女と同じだった。
―― 剣帝の奥義の代表格、『無声の一迅』。
その術理は単純、『緩急の剣技』だ。
初動はあえてゆっくりと速度を落とし、相手の警戒が薄れて心の隙が生じた瞬間を見極め、一気に加速して間合いを侵略する。
決して、珍しい術理ではない。
この程度の術理の技など、どの流派にも転がっている。
問題とされるのは、むしろ練度の方。
練度がまるで、幼児と大人。
自流派高弟の熟練の技が子どもだましに思える程の、『神業』。
その場に居た同級生全員が、こう内心で頷いた。
―― (なるほど、約10年前に『剣帝』という特別剣号が与えられたとき、各流派の頭の硬いお歴々や、難物の年寄り連中が認めるはずだ……)
彼らも、うっすら覚えている。
そう、あれは約10年前の『特別剣号授与』の式典への臨席のため、大人達が正装で出発準備をしていた時だった。
両親・祖父母・親族、あるいは流派の高弟達が、
―― 「たかだか冒険者くずれ如きに、特別な称号をくれてやるなんて」
―― 「皇帝陛下の弱腰 ―― いや、お優しさにも困ったものだ……っ」
―― 「確かに、半世紀にわたる稀代の働きとはいえ、所詮は辺境の村の魔物退治」
―― 「100年に1度の『魔物の大侵攻』で活躍したのなら、まだともかく」
などと、口々に不満や愚痴を言っていた事を。
そして式典が終わると、その全員が全員、見事に黙らされて、眉間に特大のシワ寄せして帰ってきた。
もしも、式典会場で『あんな技量』を見せつけられたのなら、それも当然だろう。
プライドの高い魔剣士ほど、腕前に自信があるほど、深く心を抉られる。
―― だから、魔剣士としてプライドの低い下位学級の生徒達の心は、重大な傷を負わずに済んでいた。
彼らは、武門や貴族の出自ではあるが、闘争本能や競争意識が薄い。
何かと兄弟姉妹や歳の近い親戚に比べられ、溜息をつかれたり、『あの子は覇気がない』とか『おっとりしている』とか諦めた声で評された者ばかり。
その分だけ学級の結束があり、気遣いのできる同級生達は、無言で目配りして頷き合う。
アゼリアは、そんな周囲には気付かず、紅潮した顔で小刻みに飛び跳ねる。
「もうこれで、お兄様を悪く言う人は居なくなりますわぁ、ウフフゥ~」
『………………』
そんな声を聞き流す同級生の男女の胸中は、大体こんな感じだ。
(アゼリアちゃんが、兄弟子さんに懐いているらしいから……)
(『兄弟子さん、剣帝の一番弟子、の事には触れないようにしよう!』)
(そんな風に、クラスの皆で話していたけど ――)
(―― 余計な事を口走らなくてェッ!!
本当にィ、よかったぁ~~ッ!!!!)
クラスメイトの大多数が、愛想笑いの裏で、内心の絶叫をあげる。
そんな奇妙な緊迫と静かさが、士官学校1年D学級の観戦部屋の中を満たした。
▲ ▽ ▲ ▽
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
「フイィ~~……」
久しぶりに悪党退治できて、ちょっとスッキリ。
背伸びしたり肩をグルグル回して、運動後の事後体操。
周囲を見渡すと、なんかシラ~……ッとした空気。
みんな黙ってジッと見られて、ちょっと居心地が悪い。
「ロック君……」
背中にかかった金髪貴公子の声も何か、ちょっと言いたげ。
振り返ると、こっちに小走りで近づいて来てる。
デッカい魔物と鉄網電流デスマッチ(?)な魔物退治試練が終わって、競技舞台から降りているので、今から退場する流れなんだろう。
そのついでに、空気読めず場外乱闘して目立っていたバカ(もちろん俺の事!)を回収する気なんだろう。
「あ~……、はいはい。
今からAブロック?、Bブロック? ―― もう1人の学生トーナメント決勝出場の3年生が、魔物退治やるわけね?」
部外者がいつまでもメイン会場の中をうろうろしてたら、困るんだろう。
「そんなに心配しなくても、スパイ4人連れて出て行くつもりだったんだけどな……」
せっかく助けてあげたのに。
兄弟子、あまり感謝されてない感じで、ちょっとムクれちゃう。
まあ、確かに最初から『親切の押し売り』って言ったけど、さ。
(例えばお礼にさぁ、ちょっとお高い店で、さぁ。
分厚いステーキ的な肉とかゴチってくれても、よくない?)
そんな不満を考えちゃうのは、時刻がそろそろお昼前だから。
(観戦しながらポップコーン食ってたのが、『呼び水』になった?
ちょっと早くも、腹時計が……)
そんな雑念と煩悩まみれのまま、『鋼糸使い』技能で鉄弦4本操作。
メイン会場のあちこちで昏倒している、さっきの4人組をグルグル縛り上げる。
『チリン!』と、オリジナル魔法【序の二段目:圧し】で身体強化。
んで、4人まとめて、ズルズル引っ張っていく。
(はいはーい、黒ずくめの悪い子達も一緒に退場よー?)
そんな後始末しながら、関係者出入口に向かっていると、
―― 『―― なんだ貴様ァッ!』
と、なんか聞き覚えのある怒鳴り声。
「お……?」
声の方向的に、実況席の近く、か?
なんか偉いっぽい人がいっぱい座ってる『VIPボックス』みたいな所。
いたいけな警備の兄ちゃんを怒鳴りつけてる、クソ汚客が居た。
―― 『この『旧・王都の三剣』である、<精剣流>の副当主の前にィ、立ち塞がるなッ!!』
(おお、マジで昨日の『カンマジェム家の副当主』とかいう、クズ野郎じゃんっ)
そう認識すれば、昨日のイラッ☆と言動が脳裏によみがえる。
―― 『ミラー家の娘も落ちたものだ』
―― 『あんな小細工、黄金世代の面汚し』
―― 『フンッ、所詮は女、混じり物の忌み子、御三家の最弱ゥ』
「―― ~~~~……っ!!」
兄弟子、思い出し怒りで、鬼になった。
「よぉ~し! ついでにお前もブチのめす!」
そうと決まれば、ズルズル引っ張ってた黒装束4人を、関係者出入口そばにポイ捨て。
(あ、とは言っても、ちゃんと全身鎧の警備の人のそばに積み上げたよ?
何か『ヒィ……!?』とか、惨殺死体でも押しつけられた的な反応されたけど……)
(―― それはともあれ……!)
身体強化のオリジナル魔法【序の二段目:推し】を自力詠唱。
シュババ……ッと高さ5mくらいの石壁を登り、観客席の間を、ヒョイ・ヒョイ・ヒョイッと飛び跳ねて移動。
目指す先は、偉い人いっぱいの『VIPボックス』。
―― 喜べ<精剣流>本家の偉そうなオッサン。
―― お前は今から、デジタル表示『ただ今勝ち抜き中[05]人』という勝ち星に成り下がるのだ!




