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異世界カクゲーSPIRIT'sサイキョー伝説[↓↘→+s] ~知ってる?異世界って格ゲー無いんだぜ(絶望)……ハッ!無いなら作ればいいんじゃね(閃き)~  作者: 宮間
Round 8.5:特設ステージ(ボス戦)

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196/236

196:『剣帝の一番弟子』

昼前の、<帝都>の闘技場(コロシアム)


そこは、異様な空気が支配していた。

円形施設の外縁にある観客席には、不思議な緊張感が漂っている。


誰もが困惑の表情で、黙りこくっていた。

しかし、中央のメイン会場を見下ろし出来事を注視している。


メイン会場の中では、すでに何度も軍用魔法のような、大きな炸裂音(はれつおん)が響いていた。

学生枠トーナメントの決勝間近に割って入った、部外者3人が所狭(ところせま)しと暴れ回っているのだ。



―― 不意に、ズシィ~~ン!と地響きのような音が会場に響き渡った。



「ハァ……ハァ……。

 さすがに、普通の<錬金装備>じゃ……ハァッ……キツかったよっ」



金髪の美男子が、<正剣>(フォーマル)を杖代わりにして、息を切らせている。


彼の前には、暗色獣毛の魔物が横たわっている。

高圧電撃でも受けて、失神したのだろう。

口から泡を吹き、ピクピクと4本の図太い(ひづめ)痙攣(けいれん)させていた。


(ほろ)付きの荷車ほどの巨体の魔物で、上位の中型魔物。

土魔法で強固な装甲を(まと)う<洞窟驢馬(ケイブピッカー)>に、単身(ひとり)で勝利していた。



実況と解説の驚きが、拡声器(マイク)越しに響いてくる。



―― 『な、なんという、実力だァッ?!?!』

―― 『まさか、推定で脅威力4といわれる、あの巨体の新種魔物を倒してしまったァッ!』


―― 『脅威力4の魔物といえば、A級の冒険者が戦団(パーティ)で挑むような、超・強敵です!』

―― 『それを、たった(ひと)りで、しかもこの短時間で倒すとはっ!?』

―― 『恐るべし<天剣(てんけん)流>! 恐るべしマァリオ=スカイソード!』


―― 『ええ、さすがは魔剣士<御三家(ごさんけ)>黄金世代ィッ!!』

―― 『学生枠トーナメントの3年生の大本命、面目(めんもく)躍如(やくじょ)の大活躍ですねェッ!』



異様な展開で静まり返った会場内を、無理矢理に盛り上げようとしている ――

―― そんな、ヤケクソな叫び声にも聞こえた。





▲ ▽ ▲ ▽



「お、金髪貴公子(ヒョロ)のヤツ、もう『魔物退治の試練』を片付けたのか」



魔導三院の赤い式典服の乱入者・ロックは、無造作に振り返る。



『クッ』『チッ』



その(すき)だらけの立ち姿に、黒装束(しょうぞく)の暗殺者2人は舌打ちしただけ。

硬直状況を崩すための『(さそ)い』と判断し、迂闊(うかつ)に手をださなかった。


小柄な少年は、小さく肩をすくめて、敵2人に向き直る。



「じゃあ俺も、そろそろ終わらせるかな?」


『簡単に、言ってくれる……っ!』

『帝室の密偵の “(かく)(だま)” だからといって、そう簡単に……っ』



警戒する黒装束(しょうぞく)2人の小声に、ロックが小首を(かし)げる。



「―― ん?

 帝室? 密偵? なんで、そんな話に?

 あ、いや……そういえば、まだ名乗ってなかった……?」



そして、深く息を吸いこみ、大声量を(とどろ)かせた。

20~30m離れた黒装束(しょうぞく)2人どころか、会場全体に響かせるように。



「剣帝流の落ちこぼれ一番弟子、ロック!

 いざ尋常(じんじょう)に勝負ゥ!!」


『は……?』『へ……?』



わざわざ相手に自分の名を知らせる ――

 ―― 暗殺者のような(うら)稼業(かぎょう)からすれば、あまりに予想外だ。


そもそも『名乗り』など、虚偽(きょぎ)詐称(さしょう)で当然。

相手を混乱させる、幻惑か。

あるいは、犯行を他者になすり(・・・)つける(・・・)、策略か。


敵対者に、わざわざ自分の本当の名を知らせる必要なんて、どこにも有りはしない。



「あぁ~……。

 なんか気持ち悪いというか、いまいちキマリが悪かったの、コレか。

 すまんすまん、急に飛び込んだから、ちょっと忘れちゃってた……っ

 ―― テヘペロッ」


『……………………』『……………………』



美少女がはにかむ(・・・・)様な面貌(かお)で、小さく舌を出す、赤服少年(・・)

困惑して顔を見合わせる、黒装束(しょうぞく)2人。



―― 普通、偽名なら『強者』の()()りる。

戦闘中で、しかも多数の敵相手なら、なおさらだ。


そんな局面で、何の役にも立たない『弱者』の名を借りる意味がわからない。

―― 魔剣士の皇帝(ちょうてん)剣帝(けんてい)』は、有名だ。

―― だからこそ、その出来損(できそこ)ない弟子『一番弟子』も、有名だ。


この<帝都>において、知らぬ者は居ないだろう。

それも、『悪い意味』で。



―― 『ク、フッ……』

―― 『わ、我こそ剣帝流! そう名乗る謎の人物あらわるっ!?』


―― 『プ……ハハッ、け、剣帝の後継者アゼリア=ミラー』

―― 『その関係者だと、ぃい……フハッ、言いたいのでしょうか……っ?』



関係者から『知らぬ顔をしておけ』と指示された実況と解説も、思わず口を挟んでしまう。

まさに『ツッコミどころ満載(まんさい)』としか言い様がない。


2人とも拡声(マイク)<魔導具>(マジックアイテム)()しの声が、(おさ)えきれない失笑で少し震えている。


そのせいか、観客達のざわめきも少しは戻ってきた。



『な~んだ寸劇(すんげき)か?』『ハハッ、当たり前だよなぁ』『帝都のど真ん中、皇帝陛下のお膝元(ひざもと)だぞ?』『余興に決まっている』『さっきの爆発も演出?』『花火かなんかだろ』『そりゃそうだ』『こんな真っ昼間から暗殺騒ぎなんて』『あるわけないっ』



いきなり『剣帝流の一番弟子』という、わかり(・・・)やすい(・・・)道化(ピエロ)が出てきた事で、

やっぱり(・・・・)、武闘大会の余興(よきょう)だったのか』

と、胸をなで下ろしたのだろう。


緊迫の戦闘が連続した事で、

『もしや本当に異常事態(トラブル)が起こったのか?』

と、勘違い(・・・)し始めていた頃だったろう。



―― 全てを『武闘大会の余興(よきょう)で起こった死亡事故(トラブル)』で済ませるつもりの黒装束(しょうぞく)達には、好都合の雰囲気になってきた。



『では、そろそろ“出し物” も終わりにしようっ』

幕引(まくひ)きの時間だよ、 “剣帝の(・・・)一番弟子(・・・・)殿(どの)ぉ!』



装束(しょうぞく)2人は、『特級・身体強化』の効果で、超人の速度で駆けだした。

2人が併走(へいそう)する姿は、まるで鍔迫(つばぜ)()いしながら移動している様だ。


ロックを警戒するように円周回して、後方から一気に襲いかかる。



『―― ジャァッ!』



毒蛇の威嚇(いかく)のような吐息で、黒装束(しょうぞく)の1人が斬りつける。


今の『仲間同士の鍔迫(つばぜ)()い』で、背負う『12燭台(しょくだい)の魔法陣』に『燐火(りんか)』1個を(とも)して、すぐに消費した超威力の攻撃。

中剣(ミドル)>2本を、上段・下段で同時に横()ぎする、逃げ場のない撃剣(けん)



「ハッ、【止め・強化】……ッ」



ドガン!と、ロックは模造剣(ナマクラ)小剣(ショート)>で受けるが、跳ね飛ばされる。

さらに、ズザザザザ~……ッ、と余力で地面を滑っていくものの、その表情は余裕があった。


何せ、先程2回受けた『燐火(りんか)2個消費攻撃』より威力が半減している。



『―― ヒャァッ!』



そんな防御直後の硬直を狙って、もう1人の黒装束(しょうぞく)が突撃。

しかも、『燐火(りんか)』1個を消費して初速を早めた、『特級・身体強化魔法:疾駆型(スピード)』の使い手にも(せま)る様な、瞬発の移動攻撃だ。



―― 決着は、一瞬だった。





▲ ▽ ▲ ▽



『チリン!』という魔法の自力発動音 ――

 ―― ()たして、それを聞き分けた者が何人その会場に居たか。



『―― ゴ、ヒャ……ァッ』



突撃した黒装束(しょうぞく)が、真上に跳ね上げられていた。

―― (あご)を打ち抜く、下段からのジャンプ斬撃。

―― それも、直前に竜巻のような2連撃で迎撃した上、(とど)めの一閃(いっせん)



―― 『な! ……ぁ、あぁ!? そんな!』


―― 『ス、ス、“望星の撃剣(スター・ゲイザー)”ぁ~~!?』


―― 『け、剣帝の!? 剣帝流の “奥義” ぃぃいいい?!』



実況と解説の悲鳴じみた絶叫は、拡声(マイク)<魔導具>(マジックアイテム)をキーン!と反響(ハウリング)させて壊さんばかりの大声だ。


そんな大騒音を上回る、絶望の狂叫(きょうしょう)がメインステージの円形会場から響く。



『あ゛あ゛!?

 う゛あ゛あ゛ぁぁ~~~!!? き、き、貴様ぁぁぁぁああああ!!!』



最後の黒装束(しょうぞく)がする攻撃は、狂乱じみていた。


背中に並べた4本の(さや)から<中剣(ミドル)>を全て抜き、一気に投げつける!

その投げた4剣を追うように、特級魔剣士の超人速度で駆け出す!

格闘用の肉厚(にくあつ)短剣(ナイフ)>2本を両手に、体当たりの構え!


命を捨ててでも、必ず刺殺(しさつ)する! ――

 ―― そんな、決死の勢いで駆ける暗殺者が、ゴツン……!と(ひたい)を地面に叩きつける。


まるで操り人形の糸が切れたように、突如として崩れ落ちた。

ゴロゴロォ~……ッと、疾駆の勢いそのままに、砂地の地面を転がっていく。


そして、黒装束(しょうぞく)が崩れ落ちた辺りには、魔導三院の赤い式典服に身を包む小柄な少年が、模造剣(ナマクラ)小剣(ショート)>を片手に静かに立っていた。



―― まるで、瞬間移動。


一瞬で位置が入れ替わり、途中に居た敵は、いつの間にか斬り捨てられて屍体(しかばね)(さら)すだけ ――



―― 『い、今の、……さ、……さ、……サ、……サ、……サァ~ッ!?』


―― 『……サ、……“無声の一迅”(サイレント・ゲイル)……ゥッ!?』



実況と解説は、声帯を痛めたのかと疑うような、小声でささやく。

シイィ……ンと、会場は一気に静まり返った。


そこに、ヤケクソ気味で割れた声の、激しい(さけ)びが響く。



『―― あ゛ぁ゛ッ! コロセぇ~~!』



地に伏せた黒装束の一方(いっぽう) ―― 奥義『望星の撃剣』(スター・ゲイザー)(あご)を砕かれた方 ―― が、割れた(あご)を片手で抑えて、必死の声を上げる。



『手段、選ばん゛ッ! 全部だ! 出せ!!』



ガゴンッ!

 ガゴンッ!

  ガゴンッ!

   ガゴンッ! ……――


―― と、一度に10以上の鉄檻(ケージ)が地下からせり上がった。

ガシャァ……ン!と同時に鉄扉(ゲート)()(はな)たれ、魔物が何十匹と解放される。



グルゥルゥゥ……ッ


ギャァ! ギャアァ!


ウゥオオォォン!


キィ! キィ! キィィ!


ブボボボォ……!



狐型、鳥型、狼型、猿型、虫型 …… まるで魔物の展覧会だ。


数十匹の魔物は、どれも腹を空かせているのか、口から(よだれ)()らしている。

種族間で(にら)()い、(かじ)りつこうと大口を()けて、威嚇(いかく)しあっている。



「―― 1人目の位置、ヨシッ!

 2人目、ヨシッ!

 3人目、ヨシッ!

 4人目の体勢も、一応ヨシッ!」



未強化(なまみ)』の小柄な少年・ロックは、魔物集団のど真ん中に立ち尽くしながら、焦りもしない。

それどころか、倒れた黒装束(しょうぞく)4人を、いちいち指さし数え始める。



『おっ、お゛わ゛り゛だ゛、剣帝ィ流ゥッ

 貴゛様゛が゛ァ、いくら強くともォ ―― 』


「―― 今日も、魔物退治をご安全に! ヨシッ!」



最後に、何故か『猫背で片足を上げて、片手で指さす』という奇妙な体勢を取る。


その瞬間、ガバッと魔物が一斉に振り返る。

未強化(なまみ)』の赤服少年・ロックへと殺到する。


ロックが、鋭い針のような魔力の気配を無差別に放ち、魔物を挑発したのだ。

ゾワリ……ッと、毛が逆立つ程の強烈な殺気を向けられ、怒り狂った魔物達が、赤い式典服の小柄な人間へと殺到(さっとう)する。



『―― ヒッ、ァッ! 馬鹿(バカ)が゛ァ゛ッ!!』



地に伏せたまま割れた(あご)で笑う、その暗殺者の言う通り。

誰がどう見ても、自殺行為だ。

どれだけ(すぐ)れた魔剣士であっても、これ程の多数の強襲をしのげる(・・・・)訳がない。



―― しかし、



「久しぶり出番の、【秘剣・三日月(みかづき)参ノ太刀(さんのたち)水面月(みなもづき)2重発動(ダブル)ぅ!」



魔法の自力詠唱の『チリン!』という音と、風を斬る『シュパン!』という音が重なった。

瞬間、血風(けっぷう)()いた。


全ての魔物が横一文字に斬り裂かれ、ドサドサドサ……ッと地に落ちた。



『―― こ゛ォッ!?

 こ゛れ゛が゛ァッt!!

 電流の鉄網(てつあみ)を斬った! 火魔法を斬った! 貴様の゛ォッ魔法剣か゛ァ゛ッ!』


「うっせえ!

 こんな大勢の前で、俺の手札を解説すんなや!

 お前もそろそろ寝とけっ」


『―― ガ……ァッ!』



ロックは、苛立ち混じりで模造剣(ナマクラ)を振り下ろした。

最後1人の黒装束(しょうぞく)昏倒(こんとう)する。



―― 『……数十匹の……魔物が……し、死んでる……?』


―― 『……い、一撃……ま、魔法?』

―― 『それも、秘術的魔法(オリジナル・スペル)……ッ!?』



実況と解説の、震える声。

それを最後に、しばらく周囲から声が消え去る。



魔剣士の皇帝(ちょうてん) ――

武門の最高峰 ――

帝国最強流派 ――

人類守護の剣 ――


―― 急に闘技場(コロシアム)メイン会場に乱入した()()、『その(・・)縁者(えんじゃ)だ』と名乗った、あの少年(・・・・)

もはや(ロック)に、異を唱える事の出来る者など、誰一人として居ない。



………………


…………


……



―― 武闘大会2日目、学生枠トーナメントの最終日。


午後からは、本戦の本格開始の前日として様々な(もよお)しが目白押(めじろお)し。

帝国の首都<帝都>の、年に一度の一大イベントに、多くの観客が()めかけて、大いに(にぎ)わう。


そんな、祝祭(ハレ)の日の昼前。


会場の(にぎ)わいは、完全に払拭(ふっしょく)された。

代わりに、重い重い沈黙がおりる。


まるで、葬儀(そうぎ)の真っ最中だ。

数万の人間が、闘技場(コロシアム)という小さな会場(ハコ)に詰めかけたとは到底(とうてい)思えない。

身じろぎ(・・・・)一つもできない、静寂(せいじゃく)の空気。


あまりの静けさに、遠く空高くの雲がうねる(・・・)音や、施設の外で小鳥がさえずる(・・・・)声さえ、会場の中まで響く程だった。





▲ ▽ ▲ ▽



―― 帝国には現在、『剣帝の一番弟子』という慣用句(かんようく)がある。


ここ数年使われるようになった『ことわざ』の一種だ。


広義(こうぎ)では『他山(たざん)(いし)』、つまり『他人の(あやま)りを見て、自身を見直せ』。

狭義(きょうぎ)では『血縁にこだわるあまり後継者選びに失敗する』、または『身の程をわきまえない候補者』。


そんな、『(いまし)め』の意味を持つ言葉。


例えば、「隣国の失策を『剣帝の一番弟子』として法案を改正する」

例えば、「我が子かわいさで目が(くも)っては、まさに『剣帝の一番弟子』だ」

例えば、「決して『剣帝の一番弟子』にはならぬ様に、勉学と訓練に(はげ)み、立派な後継として日々邁進(まいしん)します」


元々は、そんな風に武門や貴族などの間で語られていた『皮肉』や『揶揄(やゆ)』の(たぐ)い。


その(・・)人物が(・・・)、『剣帝の一番弟子』として選ばれた(・・・・)当初から(・・・・)、不安・心配・不満・愚痴・懸念の声は少なくなかった。


関係者いわく、「魔剣士としての才能も素質も血筋も、何も持ち合わせていない者に、『(ひか)えよ! 我こそ魔剣士にとっての皇帝である!』など、のさば(・・・)られては(・・・・)(かな)わんぞ」




―― 武門の関係者が抱える苦悩(それ)も、道理(どうり)ではある。


いくら現在の<帝都>に魔物の被害がないとはいえ、魔剣士とは魔物退治を生業(なりわい)とする猛者(もさ)達だ。


選ばれし者としてのプライドを持ち、厳しい訓練で鍛え上げた身体と技能を備えている。

腕っ節の強い荒くれ者のような気質は、大小はあれど、誰もが持ち合わせている。


だからこそ、弱者に下げる頭などない。

無能者を上位に(いただ)(ささ)えるなんて、まっぴらだ。


皇帝(リュウ)権威(ツノ)虚飾(かざ)無能(トカゲ)』など、誰も(かつ)ぎたくはなかったのだ。




―― そして数年後、思いがけず事態が(・・・)好転(・・)

そんな心配事は、無事、解決の(・・・)目を(・・)みる(・・)


噂に聞こえた天才児・アゼリア=ミラーが新たな弟子となり、無事『剣帝の後継者』に(おさ)まったらしい。


彼女は、その(・・)人物(・・)とは違い、由緒(ゆいしょ)(ただ)しき武門名家(めいか)の生まれ。

魔剣士<御三家(ごさんけ)>黄金世代の1人にして、<封剣(ふうけん)流>直系の秘蔵(ひぞう)()


才覚、実力、実績、血統、将来性 ―― その全てにおいて、申し分がない。


めでたし、めでたし。

武門や貴族は、安堵して胸をなで下ろした。


胸のつっかえが取れ、気分が軽くなれば、口も軽くなる。

さらに(くち)さがなく(・・・・)、『笑い話(それ)』を言うようになった。


そんな『皮肉』や『揶揄(やゆ)』としての、暗喩(あんゆ)

それが、<帝都>や<副都>では一般庶民の層まで広がって、市民権(・・・)を得た。



『剣帝の一番弟子』とは、そんな慣用句(かんようく)だ。





▲ ▽ ▲ ▽



―― もちろん、当然の帰結(きけつ)として。


力なき市民にさえも侮辱(ぶじょく)され、嘲笑(あざわら)われるような、みっとも(・・・・)ない(・・)(もと)・後継者』の末路(まつろ)など、誰も気にした事がない。



凋落(ちょうらく)(なげ)き、ふて(くさ)れ、酒色(しゅしょく)にでも(おぼ)れ、やがて手切れ金を使い果たして、色街(いろまち)の裏路地で野垂(のた)れ死んでいるか。


放逐(ほうちく)された今も最強流派の勇名(ゆうめい)を振りかざし、口先だけで世間知らずを(だま)(おど)して金銭を巻き上げる、そんな詐欺(さぎ)を働く無法者にでも成り果てているか。



「―― どうせ、その程度の末路(まつろ)だろう?」

そういう風に、時折、酒場で笑い話にされている程度だった。



だから、『そんな者(・・・・)』が圧倒的な戦闘能力をもって、急に目の前に現れるなんて、誰も想像だにしていなかった。



―― 『……さっきの、“無声の一迅”(サイレント・ゲイル)?』

―― 『……ほ、本当に……?』


―― 『お、おそらく……』



実況と解説の声は、一切の熱も、色彩もない。

解説席で2人、顔を寄せ合ってささやき(・・・・)合う。

ボソボソと吐息を拡声器(マイク)が拾うくらいの、押し殺した声量。


もしかしたら、自分たちの声が<魔導具(マイク)()しに会場に響いている事さえ、気づいてないのかもしれない。



―― 『しかし、あれは……』

―― 『け、剣帝以外は誰も……到達し()ない、速剣の極限のはず……ッ』


―― 『……では、本当に(・・・)?』

―― 『あの(・・)例の(・・)、 “剣帝の(・・・)ぃい(・・)……()……” ―― ?』



まるで、『今となってはその(・・)言葉(・・)を口にする事すら(おそ)ろしい』と言わんばかりだ。



―― しかし、彼らの様子はまだ(・・)マシ(・・)な方だ。


闘技場(コロシアム)の観客席、貴賓席、会場の守衛として並ぶ帝室親衛隊など、武門の関係者はそれ以上の()(さま)だから。


全員が全員、顔面蒼白。


酒や飲み物を持つ手がガタガタ震えて、こぼし続ける観客。

カチカチ、カチカチ……ッと歯を鳴らし、目玉をむき出しにする他国の貴賓。

武器を落とし、鉄兜(ヘルム)をかぶった自分の頭を抱え、石壁にもたれる近衛騎士。

座席から腰を半分浮かして、口をあんぐり(・・・・)と大開したままの、士官学校の関係者席。


それが例え、単身(ひとり)で魔物に立ち向かう<帝国八流派>魔剣士の精鋭であっても、だ。



誰もが、『未強化(なまみ)』の小柄な少年を、凝視(ぎょうし)している。


誰もが、『一刻も早く家に帰り寝入(ねい)ってしまいたい』と心から願っている。


誰もが、かつて自分の(・・・)吐いた(・・・)言葉(・・)が胸をえぐり(・・・)苦悶(くもん)している。




『剣帝の一番弟子』。



『落ちこぼれ』の ――

出来損(できそこ)ない』の ――

腑抜(ふぬ)け』の ――

『魔剣士の()(そこ)ない』の ――

『剣帝の後継者』から()ろされた ――

正統後継・アゼリア=ミラーにとって恥ずべき(・・・・)兄弟子 ――


  ―― そう嘲弄(ちょうろう)され続けた、『(もと)・後継者』ロック。



それ(・・)が、武術と魔導の両面で(はる)か高みにある。

今まで『魔剣士の精鋭である』と自惚(うぬうぼ)れていた自己(おのれ)など、足下にも(およ)ばない。


そんな残酷すぎる事実を、ひと目で理解させられたから。


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― 新着の感想 ―
おはようございます。 闘技場が賑わってまいりました。 今の世界軸の人々がピヨっている最中、前の世界軸(?)の人々はどう行動するのかワクワクしております。 ロックの中の人が織り成すバタフライのエフェ…
更新お疲れ様です。 今回の件はアゼリアも実力を見せ付けて『剣帝流此に在り』と世間に叩き付けた訳ですが……それ以上にロックが強さを見せ付けるどころか剣帝流の看板でぶん殴ってしまいましたねww真実を知ら…
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