196:『剣帝の一番弟子』
昼前の、<帝都>の闘技場。
そこは、異様な空気が支配していた。
円形施設の外縁にある観客席には、不思議な緊張感が漂っている。
誰もが困惑の表情で、黙りこくっていた。
しかし、中央のメイン会場を見下ろし出来事を注視している。
メイン会場の中では、すでに何度も軍用魔法のような、大きな炸裂音が響いていた。
学生枠トーナメントの決勝間近に割って入った、部外者3人が所狭しと暴れ回っているのだ。
―― 不意に、ズシィ~~ン!と地響きのような音が会場に響き渡った。
「ハァ……ハァ……。
さすがに、普通の<錬金装備>じゃ……ハァッ……キツかったよっ」
金髪の美男子が、<正剣>を杖代わりにして、息を切らせている。
彼の前には、暗色獣毛の魔物が横たわっている。
高圧電撃でも受けて、失神したのだろう。
口から泡を吹き、ピクピクと4本の図太い蹄を痙攣させていた。
幌付きの荷車ほどの巨体の魔物で、上位の中型魔物。
土魔法で強固な装甲を纏う<洞窟驢馬>に、単身で勝利していた。
実況と解説の驚きが、拡声器越しに響いてくる。
―― 『な、なんという、実力だァッ?!?!』
―― 『まさか、推定で脅威力4といわれる、あの巨体の新種魔物を倒してしまったァッ!』
―― 『脅威力4の魔物といえば、A級の冒険者が戦団で挑むような、超・強敵です!』
―― 『それを、たった独りで、しかもこの短時間で倒すとはっ!?』
―― 『恐るべし<天剣流>! 恐るべしマァリオ=スカイソード!』
―― 『ええ、さすがは魔剣士<御三家>黄金世代ィッ!!』
―― 『学生枠トーナメントの3年生の大本命、面目躍如の大活躍ですねェッ!』
異様な展開で静まり返った会場内を、無理矢理に盛り上げようとしている ――
―― そんな、ヤケクソな叫び声にも聞こえた。
▲ ▽ ▲ ▽
「お、金髪貴公子のヤツ、もう『魔物退治の試練』を片付けたのか」
魔導三院の赤い式典服の乱入者・ロックは、無造作に振り返る。
『クッ』『チッ』
その隙だらけの立ち姿に、黒装束の暗殺者2人は舌打ちしただけ。
硬直状況を崩すための『誘い』と判断し、迂闊に手をださなかった。
小柄な少年は、小さく肩をすくめて、敵2人に向き直る。
「じゃあ俺も、そろそろ終わらせるかな?」
『簡単に、言ってくれる……っ!』
『帝室の密偵の “隠し球” だからといって、そう簡単に……っ』
警戒する黒装束2人の小声に、ロックが小首を傾げる。
「―― ん?
帝室? 密偵? なんで、そんな話に?
あ、いや……そういえば、まだ名乗ってなかった……?」
そして、深く息を吸いこみ、大声量を轟かせた。
20~30m離れた黒装束2人どころか、会場全体に響かせるように。
「剣帝流の落ちこぼれ一番弟子、ロック!
いざ尋常に勝負ゥ!!」
『は……?』『へ……?』
わざわざ相手に自分の名を知らせる ――
―― 暗殺者のような裏稼業からすれば、あまりに予想外だ。
そもそも『名乗り』など、虚偽か詐称で当然。
相手を混乱させる、幻惑か。
あるいは、犯行を他者になすりつける、策略か。
敵対者に、わざわざ自分の本当の名を知らせる必要なんて、どこにも有りはしない。
「あぁ~……。
なんか気持ち悪いというか、いまいちキマリが悪かったの、コレか。
すまんすまん、急に飛び込んだから、ちょっと忘れちゃってた……っ
―― テヘペロッ」
『……………………』『……………………』
美少女がはにかむ様な面貌で、小さく舌を出す、赤服少年。
困惑して顔を見合わせる、黒装束2人。
―― 普通、偽名なら『強者』の威を借りる。
戦闘中で、しかも多数の敵相手なら、なおさらだ。
そんな局面で、何の役にも立たない『弱者』の名を借りる意味がわからない。
―― 魔剣士の皇帝『剣帝』は、有名だ。
―― だからこそ、その出来損ない弟子『一番弟子』も、有名だ。
この<帝都>において、知らぬ者は居ないだろう。
それも、『悪い意味』で。
―― 『ク、フッ……』
―― 『わ、我こそ剣帝流! そう名乗る謎の人物あらわるっ!?』
―― 『プ……ハハッ、け、剣帝の後継者アゼリア=ミラー』
―― 『その関係者だと、ぃい……フハッ、言いたいのでしょうか……っ?』
関係者から『知らぬ顔をしておけ』と指示された実況と解説も、思わず口を挟んでしまう。
まさに『ツッコミどころ満載』としか言い様がない。
2人とも拡声の<魔導具>越しの声が、抑えきれない失笑で少し震えている。
そのせいか、観客達のざわめきも少しは戻ってきた。
『な~んだ寸劇か?』『ハハッ、当たり前だよなぁ』『帝都のど真ん中、皇帝陛下のお膝元だぞ?』『余興に決まっている』『さっきの爆発も演出?』『花火かなんかだろ』『そりゃそうだ』『こんな真っ昼間から暗殺騒ぎなんて』『あるわけないっ』
いきなり『剣帝流の一番弟子』という、わかりやすい道化が出てきた事で、
『やっぱり、武闘大会の余興だったのか』
と、胸をなで下ろしたのだろう。
緊迫の戦闘が連続した事で、
『もしや本当に異常事態が起こったのか?』
と、勘違いし始めていた頃だったろう。
―― 全てを『武闘大会の余興で起こった死亡事故』で済ませるつもりの黒装束達には、好都合の雰囲気になってきた。
『では、そろそろ“出し物” も終わりにしようっ』
『幕引きの時間だよ、 “剣帝の一番弟子” 殿ぉ!』
黒装束2人は、『特級・身体強化』の効果で、超人の速度で駆けだした。
2人が併走する姿は、まるで鍔迫り合いしながら移動している様だ。
ロックを警戒するように円周回して、後方から一気に襲いかかる。
『―― ジャァッ!』
毒蛇の威嚇のような吐息で、黒装束の1人が斬りつける。
今の『仲間同士の鍔迫り合い』で、背負う『12燭台の魔法陣』に『燐火』1個を灯して、すぐに消費した超威力の攻撃。
<中剣>2本を、上段・下段で同時に横薙ぎする、逃げ場のない撃剣。
「ハッ、【止め・強化】……ッ」
ドガン!と、ロックは模造剣<小剣>で受けるが、跳ね飛ばされる。
さらに、ズザザザザ~……ッ、と余力で地面を滑っていくものの、その表情は余裕があった。
何せ、先程2回受けた『燐火2個消費攻撃』より威力が半減している。
『―― ヒャァッ!』
そんな防御直後の硬直を狙って、もう1人の黒装束が突撃。
しかも、『燐火』1個を消費して初速を早めた、『特級・身体強化魔法:疾駆型』の使い手にも迫る様な、瞬発の移動攻撃だ。
―― 決着は、一瞬だった。
▲ ▽ ▲ ▽
『チリン!』という魔法の自力発動音 ――
―― 果たして、それを聞き分けた者が何人その会場に居たか。
『―― ゴ、ヒャ……ァッ』
突撃した黒装束が、真上に跳ね上げられていた。
―― 顎を打ち抜く、下段からのジャンプ斬撃。
―― それも、直前に竜巻のような2連撃で迎撃した上、止めの一閃。
―― 『な! ……ぁ、あぁ!? そんな!』
―― 『ス、ス、“望星の撃剣”ぁ~~!?』
―― 『け、剣帝の!? 剣帝流の “奥義” ぃぃいいい?!』
実況と解説の悲鳴じみた絶叫は、拡声の<魔導具>をキーン!と反響させて壊さんばかりの大声だ。
そんな大騒音を上回る、絶望の狂叫がメインステージの円形会場から響く。
『あ゛あ゛!?
う゛あ゛あ゛ぁぁ~~~!!? き、き、貴様ぁぁぁぁああああ!!!』
最後の黒装束がする攻撃は、狂乱じみていた。
背中に並べた4本の鞘から<中剣>を全て抜き、一気に投げつける!
その投げた4剣を追うように、特級魔剣士の超人速度で駆け出す!
格闘用の肉厚<短剣>2本を両手に、体当たりの構え!
命を捨ててでも、必ず刺殺する! ――
―― そんな、決死の勢いで駆ける暗殺者が、ゴツン……!と額を地面に叩きつける。
まるで操り人形の糸が切れたように、突如として崩れ落ちた。
ゴロゴロォ~……ッと、疾駆の勢いそのままに、砂地の地面を転がっていく。
そして、黒装束が崩れ落ちた辺りには、魔導三院の赤い式典服に身を包む小柄な少年が、模造剣<小剣>を片手に静かに立っていた。
―― まるで、瞬間移動。
一瞬で位置が入れ替わり、途中に居た敵は、いつの間にか斬り捨てられて屍体を晒すだけ ――
―― 『い、今の、……さ、……さ、……サ、……サ、……サァ~ッ!?』
―― 『……サ、……“無声の一迅”……ゥッ!?』
実況と解説は、声帯を痛めたのかと疑うような、小声でささやく。
シイィ……ンと、会場は一気に静まり返った。
そこに、ヤケクソ気味で割れた声の、激しい叫びが響く。
『―― あ゛ぁ゛ッ! コロセぇ~~!』
地に伏せた黒装束の一方 ―― 奥義『望星の撃剣』で顎を砕かれた方 ―― が、割れた顎を片手で抑えて、必死の声を上げる。
『手段、選ばん゛ッ! 全部だ! 出せ!!』
ガゴンッ!
ガゴンッ!
ガゴンッ!
ガゴンッ! ……――
―― と、一度に10以上の鉄檻が地下からせり上がった。
ガシャァ……ン!と同時に鉄扉が開け放たれ、魔物が何十匹と解放される。
グルゥルゥゥ……ッ
ギャァ! ギャアァ!
ウゥオオォォン!
キィ! キィ! キィィ!
ブボボボォ……!
狐型、鳥型、狼型、猿型、虫型 …… まるで魔物の展覧会だ。
数十匹の魔物は、どれも腹を空かせているのか、口から涎を垂らしている。
種族間で睨み合い、囓りつこうと大口を開けて、威嚇しあっている。
「―― 1人目の位置、ヨシッ!
2人目、ヨシッ!
3人目、ヨシッ!
4人目の体勢も、一応ヨシッ!」
『未強化』の小柄な少年・ロックは、魔物集団のど真ん中に立ち尽くしながら、焦りもしない。
それどころか、倒れた黒装束4人を、いちいち指さし数え始める。
『おっ、お゛わ゛り゛だ゛、剣帝ィ流ゥッ
貴゛様゛が゛ァ、いくら強くともォ ―― 』
「―― 今日も、魔物退治をご安全に! ヨシッ!」
最後に、何故か『猫背で片足を上げて、片手で指さす』という奇妙な体勢を取る。
その瞬間、ガバッと魔物が一斉に振り返る。
『未強化』の赤服少年・ロックへと殺到する。
ロックが、鋭い針のような魔力の気配を無差別に放ち、魔物を挑発したのだ。
ゾワリ……ッと、毛が逆立つ程の強烈な殺気を向けられ、怒り狂った魔物達が、赤い式典服の小柄な人間へと殺到する。
『―― ヒッ、ァッ! 馬鹿が゛ァ゛ッ!!』
地に伏せたまま割れた顎で笑う、その暗殺者の言う通り。
誰がどう見ても、自殺行為だ。
どれだけ優れた魔剣士であっても、これ程の多数の強襲をしのげる訳がない。
―― しかし、
「久しぶり出番の、【秘剣・三日月:参ノ太刀・水面月】2重発動ぅ!」
魔法の自力詠唱の『チリン!』という音と、風を斬る『シュパン!』という音が重なった。
瞬間、血風が吹いた。
全ての魔物が横一文字に斬り裂かれ、ドサドサドサ……ッと地に落ちた。
『―― こ゛ォッ!?
こ゛れ゛が゛ァッt!!
電流の鉄網を斬った! 火魔法を斬った! 貴様の゛ォッ魔法剣か゛ァ゛ッ!』
「うっせえ!
こんな大勢の前で、俺の手札を解説すんなや!
お前もそろそろ寝とけっ」
『―― ガ……ァッ!』
ロックは、苛立ち混じりで模造剣を振り下ろした。
最後1人の黒装束も昏倒する。
―― 『……数十匹の……魔物が……し、死んでる……?』
―― 『……い、一撃……ま、魔法?』
―― 『それも、秘術的魔法……ッ!?』
実況と解説の、震える声。
それを最後に、しばらく周囲から声が消え去る。
魔剣士の皇帝 ――
武門の最高峰 ――
帝国最強流派 ――
人類守護の剣 ――
―― 急に闘技場メイン会場に乱入した挙げ句、『その縁者だ』と名乗った、あの少年。
もはや彼に、異を唱える事の出来る者など、誰一人として居ない。
………………
…………
……
―― 武闘大会2日目、学生枠トーナメントの最終日。
午後からは、本戦の本格開始の前日として様々な催しが目白押し。
帝国の首都<帝都>の、年に一度の一大イベントに、多くの観客が詰めかけて、大いに賑わう。
そんな、祝祭の日の昼前。
会場の賑わいは、完全に払拭された。
代わりに、重い重い沈黙がおりる。
まるで、葬儀の真っ最中だ。
数万の人間が、闘技場という小さな会場に詰めかけたとは到底思えない。
身じろぎ一つもできない、静寂の空気。
あまりの静けさに、遠く空高くの雲がうねる音や、施設の外で小鳥がさえずる声さえ、会場の中まで響く程だった。
▲ ▽ ▲ ▽
―― 帝国には現在、『剣帝の一番弟子』という慣用句がある。
ここ数年使われるようになった『ことわざ』の一種だ。
広義では『他山の石』、つまり『他人の誤りを見て、自身を見直せ』。
狭義では『血縁にこだわるあまり後継者選びに失敗する』、または『身の程をわきまえない候補者』。
そんな、『戒め』の意味を持つ言葉。
例えば、「隣国の失策を『剣帝の一番弟子』として法案を改正する」
例えば、「我が子かわいさで目が曇っては、まさに『剣帝の一番弟子』だ」
例えば、「決して『剣帝の一番弟子』にはならぬ様に、勉学と訓練に励み、立派な後継として日々邁進します」
元々は、そんな風に武門や貴族などの間で語られていた『皮肉』や『揶揄』の類い。
その人物が、『剣帝の一番弟子』として選ばれた当初から、不安・心配・不満・愚痴・懸念の声は少なくなかった。
関係者いわく、「魔剣士としての才能も素質も血筋も、何も持ち合わせていない者に、『控えよ! 我こそ魔剣士にとっての皇帝である!』など、のさばられては敵わんぞ」
―― 武門の関係者が抱える苦悩も、道理ではある。
いくら現在の<帝都>に魔物の被害がないとはいえ、魔剣士とは魔物退治を生業とする猛者達だ。
選ばれし者としてのプライドを持ち、厳しい訓練で鍛え上げた身体と技能を備えている。
腕っ節の強い荒くれ者のような気質は、大小はあれど、誰もが持ち合わせている。
だからこそ、弱者に下げる頭などない。
無能者を上位に戴き支えるなんて、まっぴらだ。
『皇帝の権威で虚飾る無能』など、誰も担ぎたくはなかったのだ。
―― そして数年後、思いがけず事態が好転。
そんな心配事は、無事、解決の目をみる。
噂に聞こえた天才児・アゼリア=ミラーが新たな弟子となり、無事『剣帝の後継者』に収まったらしい。
彼女は、その人物とは違い、由緒正しき武門名家の生まれ。
魔剣士<御三家>黄金世代の1人にして、<封剣流>直系の秘蔵っ子。
才覚、実力、実績、血統、将来性 ―― その全てにおいて、申し分がない。
めでたし、めでたし。
武門や貴族は、安堵して胸をなで下ろした。
胸のつっかえが取れ、気分が軽くなれば、口も軽くなる。
さらに口さがなく、『笑い話』を言うようになった。
そんな『皮肉』や『揶揄』としての、暗喩。
それが、<帝都>や<副都>では一般庶民の層まで広がって、市民権を得た。
『剣帝の一番弟子』とは、そんな慣用句だ。
▲ ▽ ▲ ▽
―― もちろん、当然の帰結として。
力なき市民にさえも侮辱され、嘲笑われるような、みっともない『旧・後継者』の末路など、誰も気にした事がない。
凋落を嘆き、ふて腐れ、酒色にでも溺れ、やがて手切れ金を使い果たして、色街の裏路地で野垂れ死んでいるか。
放逐された今も最強流派の勇名を振りかざし、口先だけで世間知らずを騙し脅して金銭を巻き上げる、そんな詐欺を働く無法者にでも成り果てているか。
「―― どうせ、その程度の末路だろう?」
そういう風に、時折、酒場で笑い話にされている程度だった。
だから、『そんな者』が圧倒的な戦闘能力をもって、急に目の前に現れるなんて、誰も想像だにしていなかった。
―― 『……さっきの、“無声の一迅”?』
―― 『……ほ、本当に……?』
―― 『お、おそらく……』
実況と解説の声は、一切の熱も、色彩もない。
解説席で2人、顔を寄せ合ってささやき合う。
ボソボソと吐息を拡声器が拾うくらいの、押し殺した声量。
もしかしたら、自分たちの声が<魔導具>越しに会場に響いている事さえ、気づいてないのかもしれない。
―― 『しかし、あれは……』
―― 『け、剣帝以外は誰も……到達し得ない、速剣の極限のはず……ッ』
―― 『……では、本当に?』
―― 『あの、例の、 “剣帝の、ぃい……い……” ―― ?』
まるで、『今となってはその言葉を口にする事すら畏ろしい』と言わんばかりだ。
―― しかし、彼らの様子はまだマシな方だ。
闘技場の観客席、貴賓席、会場の守衛として並ぶ帝室親衛隊など、武門の関係者はそれ以上の在り様だから。
全員が全員、顔面蒼白。
酒や飲み物を持つ手がガタガタ震えて、こぼし続ける観客。
カチカチ、カチカチ……ッと歯を鳴らし、目玉をむき出しにする他国の貴賓。
武器を落とし、鉄兜をかぶった自分の頭を抱え、石壁にもたれる近衛騎士。
座席から腰を半分浮かして、口をあんぐりと大開したままの、士官学校の関係者席。
それが例え、単身で魔物に立ち向かう<帝国八流派>魔剣士の精鋭であっても、だ。
誰もが、『未強化』の小柄な少年を、凝視している。
誰もが、『一刻も早く家に帰り寝入ってしまいたい』と心から願っている。
誰もが、かつて自分の吐いた言葉が胸をえぐり、苦悶している。
『剣帝の一番弟子』。
『落ちこぼれ』の ――
『出来損ない』の ――
『腑抜け』の ――
『魔剣士の成り損ない』の ――
『剣帝の後継者』から降ろされた ――
正統後継・アゼリア=ミラーにとって恥ずべき兄弟子 ――
―― そう嘲弄され続けた、『旧・後継者』ロック。
それが、武術と魔導の両面で遙か高みにある。
今まで『魔剣士の精鋭である』と自惚れていた自己など、足下にも及ばない。
そんな残酷すぎる事実を、ひと目で理解させられたから。




