195:vsギャグキャラ
帝国の首都<帝都>は、晴天に恵まれていた。
春の陽気で、汗ばむくらいの気温だ。
絶好の天候の中、国際的な注目を集める一大イベント『武闘大会の本戦』が開催されていた。
そんな本戦2日目の昼前に、大異変が起こる。
―― ドォオオンン!!と、青空に響き渡る大音響。
まるで、開会式典の花火が10発以上まとめて爆発したような大轟音。
音の発生源は、帝都の中心であり象徴的施設の闘技場。
さらに、モクモクと砂煙までもが天高く舞い上がる。
遠くから見た印象は、まるで活火山の噴火の様だ。
途端に、帝都の治安をあずかる衛兵や、皇帝陛下のお膝元を守る帝都守備隊の騎士たちが慌ただしく動き始める。
そうなれば、露天を冷やかしていた観光客や、昼間から酒をあおっていた庶民たちも、不安に顔をこわばらせる。
やがて、大通りや盛り場からお祭り騒ぎの賑やかさが消え去った。
皆、心配そうに周囲を見渡し声をひそめる。
にわかに、帝都に不穏な空気が広がり始める。
▲ ▽ ▲ ▽
黒装束の切り札・【アイトネの山火】。
それは、一族に伝わる門外不出の秘伝であり、特殊な身体強化魔法であり、破壊の奥義でもある。
熟練の使い手が用いれば、その威力は上級攻撃魔法を超えて、特級攻撃魔法に等しい破壊をまき散らす。
あるいは、条件さえ揃えば、かの<四彩の青>が奥義『戦略級攻撃魔法』にさえ迫るかもしれない。
『―― そのため、武器が使い捨てになる事が、最大の弱点か……』
絶技を放った黒装束は、腰に後ろ手を回して、背中の装甲代わりに並べた4本の鞘から<中剣>を一本抜き取る。
そして、鍔から先の剣身が消失した<中剣>の残骸を投げ捨てる。
その様子を見て、黒装束2人もメイン会場外縁をガリガリ鳴らしながら高速周回する『準備行動』を中断する。
そして駆け寄り、3人で並び立つ。
『……追い打ちは不要だったか』
『手応えは確かだ』
『あの “謎の魔法” だけが懸念だったが……』
彼がした先ほどの走行剣は、足下を狙った下段攻撃。
低姿勢の逆手刺突で、地面に突き刺すような動作だ。
そもそも、敵に当てるつもりがない技だ。
『しかし、“帝室の密偵” おそるべし』
『ああ、“燐火”を12全て使わざるを得ない程の使い手とは』
『まさか、そんな者が“月下凄麗” 以外に居るとはな……』
特殊な身体強化魔法【アイトネの山火】の特殊能力『燐火』を ―― それも今みたいに12印全て ―― 解放すれば、あらゆる物が粉砕されて弾け飛ぶ。
つまり、ここ闘技場メイン会場の砂地の地面に叩きつければ、砂や石粒が爆散して死の散弾となる。
巻き込まれた者は、無数の肉片と化して散らばり、遺体は形も残らない。
当然、技の使い手本人も、細心の注意をしなければならず、彼も直前で片腕を盾にして自分の覆面ののぞき穴を守っていた。
「うおぉぉ……砂のパワーゲイザーか……」
『…………』
『…………』
『…………』
…………なんだろう。
不思議な事に、何かしら声のようにも聞こえる、妙な物音がした。
「これはさすがに……予想外すぎてビビったわ……」
『……………………』
『……………………』
『……………………』
んん……?
いや、空耳というか、これは幻聴か……?
黒装束のような、『帝国の旧・暗部』として暗殺や拷問など諸々の悪事に手を染めた裏稼業の人間にも、無関係な人間を巻き込んだ事に良心が痛んだのだろうか。
不思議な事に、死人の声が聞こえてくる。
「――あぁ~……なんか多分、アレだな。
ジジイの『五行剣』みてーな、特殊効果のある身体強化魔法?
あんな、土砂をドシャドシャッと巻き上げる攻撃とか……ププッ」
『………………………………』
『………………………………』
『………………………………』
…………いや。
いやいやいや。
そんな訳ないだろ。
なんで……、砂ぼこりの中から……、人の声なんてするんだ……?
―― 無数の砂や石粒を、音の速さくらいで飛ばす絶技だぞ?
―― それはもう特級攻撃魔法を至近距離で食らったような物だぞ?
―― 使い手の錬金装備<中剣>が粉砕される威力だぞ?
「あ~……しかし、ウゼーなこのホコリ」
そんな声と共に、『チリン!』と自力詠唱の音。
ボンッ!と空気が破裂したような衝撃と共に、闘技場メイン会場に舞い上がっていた砂煙が一掃される。
「うえぇ~~、ホコリまみれだぁ。
ああ、明日もこの制服着なきゃいけないのにぃ。
絶対クリーニング屋さんに『なる早』を頼んでも、ちょっとムリだよなぁ~……」
『………………………………………………………………』
『………………………………………………………………』
『………………………………………………………………』
…………認めよう。
やむを得ない。
これは現実だ。
あの天災そのものの即死攻撃を直撃で受けて、なおも生き残る ――
―― そんな得体の知れない存在が、この世には居たらしい。
▲ ▽ ▲ ▽
『き……貴様……い、いったいっ
いったい、今どうやって防いだ……っ』
焼け焦げた覆面の黒装束が、戦慄きながら問いかける。
絶技を放ち、確固たる手応えを感じていたからこそ、標的の生存が信じられないのだろう。
「えっと、こう……ジャスガで防いだ、的な?
つまり【断ち】と【張り】で『レッツゴー・ジャスティーン!』みたいな連続で必死に受けたというか……」
『……は……?』
『……太刀?、……針?』
『ジャス……、何……?』
黒装束3人、困惑して顔を見合わせる。
『タチ』はおそらく剣、つまり『剣の側面を盾代わりにした』という意味だろう。
しかし、『ハリ』というのが解らん。
「フゥ、これだから『最近の若いヤツ』は……っ」
『…………』『…………』『…………』
乱入者は、細めた目で一瞥してくる。
何故か、哀れみの混じった声と、呆れのため息。
ダメだ、まるで意味がわからん。
この言動が、混乱させるための虚言なのか、単に乱入者の頭がおかしいのか、それも判別できない。
『なら、もう一度だ……っ』
焼け焦げた覆面の黒装束が、焦れたような声を上げる。
ザクンッ!と再び<中剣>を砂地の地面に突き刺す。
『やむを得ん、か』
『どのみち、生かしては帰せん』
ザ……ッと砂地を蹴って、黒装束2人は左右に離れる。
同時に、中央の黒装束が駆け出す。
特級・身体強化魔法による超加速で、ザリザリザリィ……ッと<中剣>を地面に刺したまま引きずりながら。
『死ねぇぇえ!』
裂帛の気合いで振り上げる<中剣>。
すでに、刃に染みた毒液は、激しく引きずった事で乾いているだろう。
そして、手品の種である『燐火』も1個灯るかどうか、という程度。
しかし、それで十分だ。
攻撃の本命は、『燐火』を7個灯して左右から狙う、黒装束2人なのだから。
ともあれ、先行する黒装束が仕掛けたのは、フェイントまじりの一撃。
最初に、ドシャンッ!と水面を叩いたような音は、剣先で砂を舞上げた目くらましだ。
まずは逆手で引きずっていた<中剣>を振り上げて、砂の煙幕を作ったのだ。
本命の攻撃はその直後で、駆け抜けながら横払い、だ。
ヒュン!と風と砂煙を鋭く斬り裂いた。
しかし、特級魔剣士の剣は、標的を見失っていた。
『―― な、何ぃ!?』
絶句する黒装束の背後に、赤服の人影が現れる。
―― 交差法。
つまり『回避と攻撃を同時に行う』、達人の反撃技術。
飛び上がって上下逆転の体勢で独楽のように回転する乱入者が、振りかぶる。
模造剣の<小剣>で黒装束の後頭部を狙っていた。
『させるかァ~~!』『ハァ!!』
黒装束2人は、先程の石壁こすりで溜めた『燐火』の7個の内5個を速力に割り当てる。
グン……ッ!と背後から大波でも受けたように、全身が前に押し出される。
あるいは【特級・身体強化:疾駆型】をも凌駕するかもしれない、超加速。
「……フッ」
『チィ……ッ、くそぉっ』
しかし、小柄な乱入者は恐ろしい程に練達。
一歩早く踏み込んだ、もう1人の黒装束の体当たりすら、ろくに見もせずに逆さ横回転の勢いでいなす。
『―― だがッ!
これなら、どうだぁ!!』
3人目の攻め手は、急制動で停止した2人目の背中を蹴って、方向転換。
真横の空中へと飛び出す。
急激な移動と、変則的な体勢のため、まともに剣を振る余裕もない。
右手で柄を、左手で刃の途中を握り、体当たりしながら剣を押しつけるような形になる。
『終わりだ!!』
しかし、これだけはしくじらない。
空中で逆さまの乱入者が、模造剣で防御する瞬間、残り2個の『燐火』を解放!
ズドォォン!と、まるで炸薬の破裂のような轟音が響き。
乱入者は逆さま体勢のまま数十mを吹っ飛び、頭から地面に衝突し、なおも数mは
地面を滑っていく。
防御の魔法を使う間を与えていない。
今度こそ、決着だ。
いかなる達人も ―― いや例え【特級・身体強化:剛力型】を極めた屈強な巨漢であっても ―― 命があるはずがない、無残な有り様だった。
▲ ▽ ▲ ▽
『3人がかりで、紙一重の勝利とは』
『恐ろしい達人だった。世界は広いな』
『ああ……。まさか、あれほどの使い手が、無名のまま野に居るとは』
だから今度こそ黒装束3人ともに、その声に凍り付いた。
「いやぁ~……、ビックリビックリ。
何、今の?
ズドォォン!ってヤツ?
『追衝の秘剣』とは違い、こっちは完全に魔法術式の効果か?」
『…………』『…………』『…………』
「いやー、スゴイ魔法だなー。
さすがは大都会<帝都>の暗殺者だなー。
<聖都>のチンピラ暗殺者とはレベルが違うなー。
持ってる人アコガれちゃうなー」
『…………』『…………』『…………』
どう見ても、『魔導三院の赤い式典服の人物』は無事の様子だ。
『……さ、さっき、逆さに落ちた、よな?』
『ああ、首からいったはずだが……?』
『間違いなく、地面を引きずった跡が残ってるんだが……』
「しかし、ウチのジジイ以外にも、そんな特殊な身体強化魔法作ったヤツいたのかぁ……
ザコ暗殺者相手のクソみたいな戦闘だと思ってたけど、ウププ!
もしかして、新しい魔法ゲットのチャンス到来!?」
『幻術……幻影魔法か?』
『しかし、手応えは間違いなかったぞ……?』
『いったい何が起きている?』
まるで、夢の中で戦っているような不条理さだ。
いくら会心の攻撃を加えても敵対者は平然としていて、自分ばかりが消耗させられる。
そんな、悪夢の中に閉じ込められたような心地だ。
「よ~し、兄ちゃん張り切っちゃうぞ!
―― という訳で死ねぇぇぇぇええ!!」
『ウゥ……ッ!? ……ッガ!』
急に、ギィ……ィンッ!という金属の悲鳴。
そして、黒装束が歯を食いしばる、苦しげな吐息。
『い、一瞬で20~30mの間合いを侵略した!?』
乱入者は的確に、焼け焦げた黒覆面の、手負いの仲間から狙ってくる。
黒装束への助力より、乱入者の次の動きの方が早い。
「クソがぁ!
ザコのくせに、不意打ちの【跳ね・強化】をあっさり防御してんじゃねーぞ、テメー!」
麗しい少女のような顔を激しく歪めながら、『チリン!』と自力魔法発動。
「追い打ちの【仮称:払い・強化】ぁ!!」
ギュシャァン!と異様な音が響く、横払いの一撃。
直撃を受けた、覆面の焼け焦げた黒装束が真横に飛ぶ。
途中からゴロゴロと転がったものの、50mは離れている、闘技場メイン会場の外縁の石壁まで吹っ飛ばされたのだから、もう昏倒しているに決まっている。
『このぉおお!! バケモノがぁぁああ!!』
切羽詰まった絶叫は、もう1人の黒装束のもの。
さっきの体当たり失敗で、消費していなかった『燐火』残り2個を解放。
ボゥ……ッ!と空気が破裂するような勢いの、回転斬りだ。
『くたばれっ!』
―― ズドォォン!と、また炸薬の破裂のような轟音。
乱入者は、またも直撃を模造剣で防いだが、そのまま吹っ飛ばされる。
ドン!と地面に叩きつけられ、ズザザザー……ァッ!と砂地を削りながら滑っていく、
そしてまた20~30m先の遠方で、何事もなかったように立ち上がり、
「ぅおおー……。
あ~……、なるほどなるほど?
今のピカッ!ってなった、その赤い光がアレなんだなー……。
う~ん……、魔法陣だけじゃ術式がアレだな。
もう一回くらい<法輪>の構文を、発動の瞬間が見たいなー」
魔導三院の赤い式典服の砂ぼこりをはたきながら、呑気な顔で独り言を言い続ける。
さすがに黒装束2人も、堪忍袋の緒が切れた。
『―― なんなんだ貴様はぁ~~~!』
『変な魔法使って模造剣使って、あっさり特級魔剣士叩きのめすな、常識ないんかお前ぇぇぇぇえ!』
「えぇー……、お前らが弱いだけじゃね?
つまり、いわゆるひとつの『非そち』ってヤツよ?」
『し・る・か! そんなの知るかぁ~~!!
何で首から落ちてっ、数m吹っ飛んでっ、えぐれた跡つけてっ、それでピンピンしてるんだよぉ~~!』
『頼むから! 即死攻撃受けたら、ちゃんと死んでくれぇぇ!
あと色々意味わからん! 気持ち悪いんだお前、ちゃんと解るようにしゃべってくれぇぇぇ!!』
「……解せぬ」
黒装束2人も、色々と我慢の限界だった。