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190/218

190:アゼリア=ミラーの消失(上)

武闘大会の本戦トーナメント出場に必要な『試練』 ――

 ―― それはもちろん(・・・・)、『魔物退治』。



超人の能力で人々を守る、それが魔剣士の大原則(・・・)だ。

だからこそ、<帝国(よん)剣号(けんごう)>という『最強の魔剣士』にふさわしいか問われる。


通常(・・)なら(・・)複数人(・・・)()退治する魔物を、単身で相手取る。

見事、自力(ソロ)で討伐して、『最強の称号』に挑むだけの腕前と胆力(たんりょく)を示す。

そして初めて、『武闘大会の本戦トーナメント』への出場が許されるのだ。



―― それは、『士官学生の特別枠トーナメントの勝者』でも、同じ事だ。


例え(・・)彼らが(・・・)(なか)ば記念出場であり、本戦トーナメントの前座。

さらに言えば、貴族・武門の子弟子女の中でも特に成績優秀と『お披露目(ひろめ)』が目的であったとしても。



「うふふ、ブチったら。

 しばらく見ないうちに、また大きくなりましたわね。

 これなら、もう小さな陸鮫魔物(サメさん)には負けないのではなくて?」



間違っても、魔物を手懐(てなづ)けて、大型犬と(たわむ)れるように寝転がっていい訳がない。


観客も運営も置き去りに、自宅で愛犬(ペット)くつろぐ(・・・・)ような銀髪少女。



―― まるで、その不真面目な態度を叱責(しっせき)するように、激しい金属音が鳴り響いた。


ガシャ~ァ……ン!!と新しい金属檻が、競技舞台(ステージ)機巧(ギミック)で地下から跳ね上がってくる。

金属扉が開き、グルル……ゥッ!と新たな魔物のうめき声。



―― 『おぉ~っと、2体目の魔物が出現!』


―― 『運営が、やり直しを命じているのでしょうか?』


―― 『新たな魔物は、森林の狩人!』

―― 『脅威力2の中でも強敵、<樹上爪狼(ロングクロー)>だ!』


―― 『木々の枝を飛び回る身軽さと、薄い防具なら貫通する鋭い爪』

―― 『これは手強い魔物ですよ』



メェ~!と急に鋭く鳴くと、寝転がっていた白毛の魔物は身を起こした。



「ん、ブチ?」



急に石畳の上に転がり落ちた、銀髪少女アゼリア=ミラーは不思議そうな顔。


そんな飼い主には構わず、白毛黒点模様の<羊頭狗(ガク)>は、新手の魔物へと向かう。

体重が数百kgの巨体が駆ければ、ド・ド・ド・ド・ドォ……!と石畳が揺れた。


その巨体の突進に、狼型の魔物<樹上爪狼(ロングクロー)>は一瞬ひるむも、すぐに飛びかかる。

高さ3~4mの大跳躍から、折りたたんだ変腕を伸ばして振り下ろす、右の長腕の爪撃(ロング・クロー)



ガァン!とヒツジのようにねじ曲がった頭角が、盾代わりになって爪撃をはじき返す。


白毛の<羊頭狗(ガク)>は、ブル、フゥ……ッと荒ぶる吐息。

そして、後脚2足で立ち上がり、後脚の3倍以上は太い豪腕を振りかぶった。


メェ~~~!!怒りの雄叫びで、大気を破裂させるような巨拳の一撃!


頭角にはじき返されたばかりの、<樹上爪狼(ロングクロー)>の右長腕(うで)が、ベキボキと枯れ木のように粉砕。


ギャゥンッ……ギャィン……ヒィン!と狼型魔物が悲鳴を上げて、地面をのたうち回る。

よく見れば、粉砕された片腕からは、折れた骨が破り出ていて、鮮血をまき散らしている。



―― 『ロ、<樹上爪狼(ロングクロー)>が、1撃……!?』


―― 『……い、いくら<羊頭狗(ガク)>が相手とは言え』

―― 『<樹上爪狼(ロングクロー)>の代名詞である、あの長腕がたった1撃で粉砕っ!?』



実況と解説は絶句。

しかし、当然の結果だ。


大型犬並の<樹上爪狼(ロングクロー)>など、体重は50~100kg程度。

対して、白毛の<羊頭狗(ガク)>は、体重が300~500kgはあろうかという巨体。


人間で言えば、幼稚園児と成人男性くらいの体格差になる。

全力を出す方が、大人げ(・・・)ない(・・)くらいだ。





▲ ▽ ▲ ▽



―― 白毛ブチ柄の<羊頭狗(ガク)>は、ト・ト・ト……ッと今度は軽い足取りで近寄る。


だが、それに怯えて<樹上爪狼(ロングクロー)>が逃げ出す。


キュィ……キュィンッと、命乞いでもするような情けない声をあげながら、無事な方の左長腕(うで)を伸ばす。

闘技場(コロシアム)の観客席へとよじ登る。



『ひぃ……っ』



魔物を間近で見た観客席の中年女性が、(おび)えの声と、今にも逃げ出すように腰を浮かす。

しかし、その心配もすぐに杞憂と終わる ――


―― ギャァィィン!と狼型魔物が悲鳴。

メインステージを囲む高さ5~6mの壁の上には、観客席を守る鉄網が張り巡らされ、高圧電流が流れている。

うかつに接触すれば、今のように感電して転落する事になるのだ。



―― ガァァ……ッ!と、<樹上爪狼(ロングクロー)>は威嚇の声を上げて、荒ぶる。


さらに、『ゴォーン!』と魔物特有の魔法起動音。

狼型魔物の限界まで開いた大口から、近寄る白毛ブチ柄の<羊頭狗(ガク)>へ向けて、魔法の火炎放射が放たれた。


白毛ブチ柄の<羊頭狗(ガク)>は、メェ~……ッと頼りなく鳴きながらも、火炎魔法をヒラリと回避。

少し離れると、対抗するように口を大きく開き、魔法の術式<法輪(リング)>が作り出される。


しかし、それが1個にとどまらず、2個、3個と続けて形成される。



「―― だ、ダメですのよ、ブチ!

 こんな人の多い所で、三重詠唱(そんなの)使ったらっ」



石畳にゴロ寝していたアゼリアが、ガバッと慌てて立ち上がった。

制止の声を上げながらワタワタと駆け寄るが、間に合わない。



―― 白毛ブチ柄の<羊頭狗(ガク)>の前に、3種の魔法術式<法輪(リング)>。


1番目の『ゴォーン!』と鐘の音のような、魔法発動音は、真ん中の<法輪(リング)>だった。

氷魔法らしく、クリスタル結晶のようなギザギザの氷塊を生み出す。


間髪(かんぱつ)をいれず、2番目と3番目の『ゴ・ゴォーン!』と2重の発動音。

両左右の<法輪(リング)>は、衝撃波魔法の同時発動。


ドォォォ……ン!と落雷じみた爆音と、ギャァィィ~~ン!という断末魔(だんまつま)が重なった。



―― 魔法の氷塊を破壊し、飛び散らせ、散弾としてまき散らす。

鋼鉄に等しい氷の散弾をたたき込まれた<樹上爪狼(ロングクロー)>は、ズタズタの肉塊と成り果てていた。



『ひ、ひぃ……っ』『うわっ』『……さすがは<羊頭狗(ガク)>』『お、おぞましい……っ』『なんて威力だっ』

等々、観客席からは、恐怖と嫌悪のざわめき。



―― しかし、それもすぐに静まる。


白毛ブチ柄の<羊頭狗(ガク)>が、ズルズル……と、死傷した敵を引きずり始めたからだ。

サルのような前屈体勢で、豪腕でつかみ、血まみれ肉塊を引きずっていく。

凶悪な魔物が向かう先は、同年代に比べても華奢(きゃしゃ)な体格の、銀髪少女。


その足下へと、ドサリ……!

無残な姿に成り果てた<樹上爪狼(ロングクロー)>が投げ出された。





▲ ▽ ▲ ▽



アゼリアは、不機嫌顔で溜息。



「ハァ……、ブチ」



パコン!と鞘付きの<正剣>(フォーマル)で、魔物の巻き角を(たた)く。

観客席からは『ヒ……ッ』と息を呑む音さえも響く。



「その魔法使ったら、『ボロボロで売り物にならないからダメ』って。

 いつも、お兄様が言ってますわよね?」


メ、メェ~……、メェ~……ッ



白毛の魔物は、哀れっぽく鳴いて、ゴロンとひっくり返った。

少女の10倍は体重がある巨体の魔物が、反抗心一つも見せない。



「もう……、仕方ない子ですわね」



アゼリアがゴソゴソとポケットをあさり、地面に可愛らしい花柄ハンカチを広げる。

その上に、どこから出したのか、クッキーを2~3枚割って並べる。



メェ、メェ! メェ~ッ



飼い犬の服従ポーズをしていた、白毛ブチ柄の<羊頭狗(ガク)>がヒョッコリと起き上がり、小口でポリポリと焼き菓子(クッキー)をかじり始める。



「―― あ、あの!

 そういう訳で、この子やっぱり、ウチの子ですのっ」



アゼリアは、後ろに束ねた銀髪を尻尾のように揺らしながら、ペコペコと頭を下げる。



「いくら魔剣士とはいえ、ペットを殺すみたいな無体なマネはできませんし。

 わたくしが、責任もって連れて帰りますので」



少女がそう懸命に訴えるが、司会も、実況も、解説も、絶句。



―― 『………………』



実況席の後ろで『物言い』をしている、闘技場(コロシアム)の役員達も、声を上げられない。



「あの、みなさん? リアは、いったいどうしたら……?」



誰からも返事をもらえず、困り果てた少女がオロオロと左右を見渡す。


すると、少女が不意に、ポテンと尻餅(しりもち)をついた。

より正確に言えば、膝裏(ひざうら)を白毛魔物が押して、背中に乗せるようにすくい上げたのだ。



「あら、ブチったら、もう食べ終わりましたの?

 わたくし、お話中ですので、少し待ってね」


メェ~~……


「そういえば、角に付けていた鈴が無くなっていますわね?

 ―― よし、これで代わりにしましょう」



白毛ブチ柄の<羊頭狗(ガク)>の右の巻き角は、半分で断ち切られていて、先端のほうに穴が開いている。

アゼリアは、その穴に花柄ハンカチを通してリボン結び。



メェ~~ッ


「あら、気に入りましたの?

 ウフフ、楽しそうですわね」


メェ、メェ~~ッ



白毛ブチ柄の<羊頭狗(ガク)>は、少女を背に乗せたまま、ガイコツ兜の頭を上下に振る。

角の先のリボンを、ヒラヒラと蝶のように()らしている。


まさに、『飼い慣らされた馬と、牧場の娘』のような、のんき過ぎる光景だ。

確かに、彼女がさっき言った通り、今さら命がけで闘えというのも無体だろう。



―― 『……こ、これは……いったい、どうしたら……?』


―― 『……えっと……、あ、はい』

―― 『すみません。 まだ運営側も結論が出ないようで……』


―― 『えぇ、解りました』

―― 『では、いったん競技進行を中断して、休憩(きゅうけい)に入ります』


―― 『選手、観客のみなさんは、アナウンスがあるまでお待ちください』



30分以上かけて運営役員が頭を突き合わせても結論は出ず、会議は迷走を極める。


しかし結局、帝室関係者の『早く大会進行を再開するように』という下知(げち)に従い、うやむやのまま、『学生枠トーナメント』は再開される事になった。





▲ ▽ ▲ ▽



学生枠トーナメントの決勝戦。


それは、Aブロックの勝者と、Bブロックの勝者で行われる。



―― 『しかし、異例続きの、今年の学生枠トーナメント!』


―― 『ええ、通常なら、同学年最優秀のAクラスとBクラスで、雌雄を決するはず』


―― 『ですが、午前の部、2年生の男女ともに、Cクラスの生徒が決勝まで勝ち上がり』

―― 『しかも、そのまま優勝!?』


―― 『決勝のオッズは大荒れでしたね』


―― 『さらに、この午後の部、1年生の女子は、なんとDクラスの生徒が決勝進出』


―― 『おそらくは、学生枠トーナメントが始まって初の快挙でしょうね』



今、競技舞台(ステージ)の石畳の上で、アゼリアと向かい合うのはAブロックの勝者。

そして、つい先ほど『試練』をこなし、<樹上爪狼(ロングクロー)>を単身(ひとり)()ち取っていた。


家柄ばかりでは無い、魔剣士として確かな腕前を示した、対戦相手の少女だった。

その、褐色(かっしょく)(はだ)の少女が、アゼリアに少し震える声で語りかける。



「かつて古代魔導師が作った『最悪の生物兵器』。

 あるいは『魔剣士殺し』。

 そんな凶悪な魔物を屈服させ、従えるなんて……っ」


「……ん?

 何を言っていますの、公爵家の(かた)



アゼリアは、軽く首を傾ける。

しかし、公爵家令嬢は、気にせず対戦相手への賞賛(しょうさん)を続ける。



「さすがは『黄金世代・紅一点アゼリア=ミラー』ですね。

 まさに帝国武門の頂点を、継承する者。

 貴方の武勇(ぶゆう)武勲(ぶくん)に、あらためて感銘(かんめい)しました」


「……わたくし、では無いですわよ?」


「ご謙遜(けんそん)を」


「いいえ、本当に。

 あの子を、ウチのブチを(しつ)けたのはお兄様ですわ」


「ご冗談(じょうだん)を」



公爵家令嬢は、少し笑っているような声。


アゼリアは、楽しい事を思い出すような、歌うような調子で説明を続ける。



「悪い事した時に『メッ!』ってする怖いお父さん役が、お兄様なんですわ~。

 わたくしは、『ヨシヨシ』してあげるお母さん役なんですわ~、ウフフ~ッ」


「……随分と、その『一番弟子』の事をかばって(・・・・)あげますのね?」


「ん? 別にかばって(・・・・)なんて、ないですわよ?」


「剣帝殿の後継者どころか、まともな(・・・・)魔剣士(・・・)にも(・・)なれな(・・・)かった(・・・)

 『出来損(できそこ)ない』の一番弟子、なのでしょう?

 何か、『その男』に弱みでも握られているなら、公爵家の権力(ちから)で解決してあげても ――」


「―― は……、あァッ?」



アゼリア=ミラーの声が、震える。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 あっ…(察し) これはまた教本の題材にすべき素晴らしいフォーム(?)と言動で、地雷を全力で踏み抜きましたなぁこのご令嬢(笑) アゼリアは無論のこと、ブチさんもご令嬢の…
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